プロフェッショナル 仕事の流儀「乳腺外科医・明石定子」 乳がん治療一筋25年の細やかな手技… 橋本さとし、貫地谷しほり


出典:『プロフェッショナル 仕事の流儀「乳腺外科医・明石定子」』の番組情報(EPGから引用)


プロフェッショナル 仕事の流儀「乳腺外科医・明石定子」[解][字]


乳がんと闘う医師・明石定子(52)に密着。乳がん治療一筋25年の細やかな手技と、患者にとことん向き合う姿勢で、これまで3000件もの手術を手がけてきたすご腕!


詳細情報

番組内容

いま女性の11人に1人がかかる乳がん。乳がん治療一筋25年の医師・明石定子(52)。細やかな卓越した手技で、これまで3000件もの手術を手がけてきたすご腕だ。もっとも大切にするのは、患者が「納得」する治療法を施すこと。例えば「胸は全摘出でも乳頭乳輪は残したい」という患者には、その切実な気持ちに応えた手術を行う。ステージ4の乳がんでも自分らしく生きたいと願う40歳の女性との1年にわたる闘病を追った。

出演者

【出演】乳腺外科医…明石定子,【語り】橋本さとし,貫地谷しほり



『プロフェッショナル 仕事の流儀「乳腺外科医・明石定子」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

プロフェッショナル 仕事の流儀「乳腺外科医・明石定子」
  1. 明石
  2. 女性
  3. 手術
  4. 患者
  5. 治療
  6. 安東
  7. 人生
  8. ステージ
  9. メス
  10. リンパ


『プロフェッショナル 仕事の流儀「乳腺外科医・明石定子」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

やっぱり女性にとって おっぱいは大切だ。

今 女性の11人に1人がかかる乳がん。

手術を受けたとは思えないほど

丸みを帯びた 美しいおっぱい。

救ったのは この人だ。

技術は 超一流。

だが その素顔は。

3, 000件もの乳がん手術を
手がけてきた 日本屈指の外科医。

フロントランナーでありながら
双子の母としても奮闘する明石。

患者の希望に 100%の力で応える。

♬~(主題歌)

♬~

40代を中心に増え続ける乳がん。

明石の腕を求めて
全国から患者がやって来る。

若き日。
ある患者のひと言に はっとなった。

ステージ4の乳がんを患い
明石を頼ってきた 40歳の女性。

自分らしく生きるための治療を
どう選択するか。

どんなにつらくとも 苦しくとも。

まっすぐ 患者の人生と
向き合う日々に 密着。

乳腺外科医・明石定子が勤めるのは
東京・旗の台の大学病院。

すご腕医師というイメージとは 遠い。

ちょっと冷やしとかないと。
ハッハッハ すいません。

(取材者)あっ 仕込んでるんですね。
仕込んでるんです。 はい。

息つく間もなく 病棟へと向かう。

明石が所属するのは
乳がんの手術から抗がん剤治療

胸の再建までを包括的に行う
最先端のブレストセンター。

この日の外来。 訪れたのは
早期の乳がんを患う 40代の主婦。

手術の方法が検討されていた。

20年ほど前までは
がんの大きさにかかわらず

乳房を全てとる
全摘しか手術の方法がなかった。

しかし現在は
ケースによって

がんの周辺を部分的に切除し
胸を残す

乳房温存術も選択できる。

明石は 女性のがんの状態から

全摘せず 部分切除でも
生存率は変わらないと伝えた。

だが。

女性は 不安を払拭して生きていきたいと
全摘手術を希望した。

すると。

明石は 女性の希望をすぐに受け入れ
更に選択肢を提示した。

(明石)うん そうそうそう。

あらゆる情報を事細かに伝えながら
女性と共に治療法を導き出す。

女性は手術の方法を 自分で選択した。

明石には 一つの 信念がある。

おはようございま~す。

この日は 40代の主婦の手術。

右胸の乳がんで 皮膚にまでがんが浸潤し
全摘手術は避けられない状況だった。

女性の希望は 乳頭乳輪の温存。

術後 子どもたちと できるだけ
これまでどおりの生活を送りたいという。

はい よろしくお願いしま~す。

手術が始まった。

乳頭乳輪を残す全摘手術は

乳がんの手術の中で 最も難しい。

通常 全摘手術の場合 中央にメスを入れ

皮膚とがんのある乳腺組織を剥離する。

しかし それでは 乳頭乳輪は残せない。

そのため 明石は 胸の下の
輪郭に沿ってメスを入れる。

だが この方法は 視野が狭い中
メスを奥まで入れなくてはならず

難易度が極めて高い。

何度も立つ位置を変えながら
皮膚を傷つけないよう慎重に

メスを進めていく。

手術も 終盤にさしかかった時だった。

明石が突如 温存する予定の乳頭の下に
がんがないか

病理検査に出したいと言いだした。

画像診断では問題がなかったが
万が一 がんが潜んでいれば

乳頭乳輪を残すことが 女性の命を脅かす。

10分後。

はい 明石です。

はい。 はい…

以上です おしまいです。
ありがとうございました。

がんは なかった。

開始から90分。
乳頭乳輪を残し 無事 手術を終えた。

2時間後。
女性には 笑顔が戻っていた。

乳がん治療一筋25年の明石さん。

その腕は 折り紙付きだ。

そんな明石さんの手術に欠かせないのが

この小児用の小さなサイズのかんし。

血管や神経が集中する箇所では
このかんしで より慎重に より精密に

がんなどを剥離する。

手間はかかるが
通常では残せない神経が残せ

術後の後遺症軽減につながる。

そして 細やかな技が 仕上げにも。

傷口を
目立たないようにするのは もちろん

がんを切除した部分も

そのままにはしない。

乳腺組織と脂肪を丁寧に集め
丸く きれいに整える。

ここまでやるのが 明石さんだ。

ほんとに お上手だと思います。

ハハハハハッ!

♬~

この日 明石の診察室で
驚きの声が上がった。

新潟に住む60代の女性。

半年前から 明石のもとで
抗がん剤治療を受けてきた。

ステージ3の乳がんで
左胸に3センチ大のがんがあり

更に リンパ節にも転移が見られた。

明石は 手術前に抗がん剤を投与する
術前化学療法を提案。

それが功を奏し
乳房やリンパ節のがんが縮小。

消滅した可能性もあるという。

ということで…

深刻な状況から一転 部分切除で
胸を残せるまでに がんが縮小した女性。

その背景には
明石が行った一つの研究がある。

2004年 世界的に権威がある
医学誌に載った 明石の研究。

それは 術前の抗がん剤で
がんがどのように縮小するかを

過去の患者のデータを分析し
明らかにしたものだった。

それにより 術前化学療法を使って
部分切除に持ち込めるかどうか

より正確に判断できるようになった。

この日。

部分切除で手術を終えた女性の
病理検査の結果が出た。

はい どうぞ~。

はい こんにちは~。

はい え~っとね…

がんは 完全に消えていた。

ありがとうございました。
よかったですね。

自宅に帰ったあとも
明石さんは バタバタと忙しい。

37歳の時 双子を出産した明石さん。

今 息子たちは高校生。

食事の支度など やることは山積みだ。

医師として 母として。

駆け抜けてきた その傍らには
いつも患者さんの人生があった。

明石さんは 1965年 兵庫県の生まれ。
読書が大好きな少女だった。

勉強は全く苦にならず 東京大学に入学。

大学在学中
職場における男女差別を禁止する

「男女雇用機会均等法」が制定された。

明石さんは 腕さえあれば 男女問わず
活躍できるはずと 外科医の道を志した。

しかし いきなり洗礼を受ける。

それでも明石さんは思い切って
外科に飛び込み

3年目の時 乳腺外科を選択した。

女性ならではの視点で

患者と向き合えるのではないかという
思いからだった。

程なくして。
40代の女性が入院してきた。

進行性の乳がんを患い
手の施しようがない。

しかし当時は がんの告知が
タブーとされていたため

女性本人には 何も知らされていなかった。

どんな治療をするか。

全ては 主治医が決め
患者に選択肢は与えられなかった。

明石さんは
ただ黙って見ているしかなかった。

その女性は いつか治ると信じて
入院を続けたが 具合は みるみる悪化。

いよいよ死が間近になった時
こう つぶやいたという。

(明石)「こんなはずじゃなかった」。

明石さんは 疑問を覚えた。

それが最善の治療であったとしても

医師が患者の人生を
決めてしまっていいものか。

もんもんとしたまま 数年が過ぎた。

そんなある日。

その後の医師人生を左右する
患者さんとの出会いがあった。

70歳のおばあちゃん。
やって来るなり こう言った。

しかし診断では 全摘手術が望ましい。

でも女性として 胸を残したいという
気持ちも痛いほど分かった。

明石さんは 決断した。

おばあちゃんの希望どおり
乳房温存術で がんを切除。

大喜びで 退院していった。

数年後。

再び おばあちゃんが
明石さんのもとにやって来た。

再発だった。

それでも 笑顔で言った。

…と思っています。

明石さんは もう思い悩むことはなかった。

がんになっても 患者が その後の人生を
自分らしく生きるために。

今日も 患者と共に考え 治療に励む。

♬~

ちゃんと指導してるね。

♬~

ハッハッハッハッハ!

働き盛りの女性を患者に迎える時
明石はいつも この病の難しさを痛感する。

仕事の続け方はもちろん 抗がん剤の
副作用で多くの人が閉経するため

出産を望むかどうかによっても
治療の選択は異なる。

どんな苦境に立たされても
前を向く女性たちを前に

明石は いつも思うことがあるという。

よろしくお願いします。
どうぞ。

彼女もまた そんな一人だ。

安東夏子さん。 40歳。

明石が安東さんと出会ったのは 1年前。

最も進行した段階である
ステージ4の乳がんだった。

右胸に 2センチ大のがん。

わきと鎖骨のリンパ節に加え
更に肺にも転移。

深刻な状態だった。

安東さんは 3週間に1度の投薬で
今は安定していた。

安東さんは がんが発覚する2年半前

念願だった着物専門の
ウエディングサロンをオープン。

他にはないコンセプトが受け

まさにこれからという時に
突きつけられた 過酷な現実だった。

(取材者)お邪魔します。

病気になっても自分らしく生きるには
どうすればいいか。

いくつか病院を回るうち
たどりついたのが明石だった。

1年前。 明石の1回目の診察。

その様子を録音した音声がある。

この時 告知を受ける。

つらい瞬間だった。

だが 安東さんは
明石からかけられた言葉に 救われた。

もう一つ 安東さんが明石に
治療を託そうと決めた出来事がある。

通常 ステージ4では 他の臓器などに
転移したがんを取りきれないため

手術は行わない。

しかし安東さんは 転移があっても

胸のがんを切除した方が
余命が長いという

海外のデータを検証する
臨床試験への参加を考えていた。

ただ 他の医師からは 手術するなら
全摘しかないと言われていた。

だが 明石は。

そして 3か月後。

明石の読みどおり 抗がん剤が効き
部分切除で胸を残せることになった。

こうして治療を始めて 1年。

(ノック)

こんにちは どうも。

手術と抗がん剤治療を終え
乳房とリンパ節のがんは ほぼ消滅。

治療は転換期を迎えていた。

そうそう そうそう…。

現在は 抗がん剤とは別の
2種類の薬で治療を続けている。

体調も安定しており
薬を減らせるかどうか 安東さんが尋ねた。

可能性はあるが
薬はまだ認可されて間もないため

長期投与のデータがなく 判断は難しい。

薬を減らせるか 安東さんの病状を
更に詳しく検査することとなった。

一度の投薬でかかる治療費は
およそ25万円。

高額医療制度を使っても 相当な重荷だ。

はあ…。

体への負担を考えても
できることなら 薬を減らしてあげたい。

投薬を減らせるかどうかを見定めるための
検査の日がきた。

ん~…

ステージ4と告知されて 1年。

病状は良くなっているが
いつどう転じるか分からないのも事実だ。

時折 折れそうになる心を
必死に保っていた。

ありがとうございま~す。

検査から5日後。

安東さん 安東夏子さん
10番にお入り下さい。

おはようございます。

検査の結果を伝える。

胸やリンパ節は 問題ない。

しかし肺に かすかに影が映っていた。

今すぐに薬を減らすのは難しい。

(明石)そうですね。

決して 悪化しているわけではないが
これが がんという病の難しさ。

明石の意見に 安東さんは うなずいた。

治療は2年目。

2人は これからも 一日一日 歩む。

♬~(主題歌)

そうなんですよねえ。

はい ありがとうございます。

ありがとうございま~す。

人生に寄り添う外科医 明石定子。

患者がまっすぐ 自らの未来を歩めるよう
今日も メスを握る。

乳がんになっても自分の人生を生きる。

そのために必要な治療を
共に考え行うこと。

乳がん診療に役に立つ研究を行うこと。

あとに続く後輩に道をつくること
以上です。

♬~

行っちゃった。

♬~

他の先生に頼むから大丈夫。
食べてて。

♬~

まだね アドレナリン残ってるんで。
もうちょっとすると切れてグタッとなる。


関連記事