高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある? 忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリー 大石内蔵助の使用した討ち入り道具…


出典:『高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?▼忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリー』の番組情報(EPGから引用)


[字]高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?▼忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリー


忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリーSP…兵庫県赤穂市…テレビ初公開!大石内蔵助が京都潜伏中に残した手紙に何が?…さらに、討ち入りに使用した道具が!


詳細情報

出演者

高島礼子【チーム高島・専門家】「蔵」のスペシャリスト一級建築士の渡辺義孝さん「くらや」の鑑定士・山岡真司さん「日本甲冑武具研究保存会」の菅野茂雄さん

番組内容

忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリーSP


兵庫県赤穂市。

忠臣蔵で活躍した赤穂浪士たちの故郷。

ゆかりの場所に建つ赤穂大石神社とは!?


そこには、300年以上前の歴史を今に受け継ぐ宝が…


テレビ初公開の蔵の中に…

大石内蔵助の使用した討ち入り道具、さらには絵画が!


今まで残されていた理由とは!?


さらに鑑定額は番組史上最高を更新!

忠臣蔵の宝物の持つ価値が明らかに!!


番組内容2

大石内蔵助ゆかりの刀と甲冑から読み解く

忠臣蔵の知られざる事実とは?


テレビ初公開!

大石内蔵助が京都潜伏中に残したお宝が登場!

冷静沈着な大石内蔵助像とは違った意外な素顔が浮かび上がる!

制作

2018年



『高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?▼忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリー』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある? 忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリー
  1. 大石内蔵助
  2. 菅野
  3. 忠臣蔵
  4. 飯尾
  5. 神社
  6. 宝物
  7. 甲冑
  8. 討ち入り
  9. 森家
  10. 評価額


『高島礼子が家宝捜索!蔵の中には何がある?▼忠臣蔵の謎に迫る!お宝歴史ミステリー』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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今回は 兵庫県赤穂市にやって来ました

赤穂市といえば
忠臣蔵で活躍した

まもなく訪れる12月14日は
忠臣蔵のハイライト

吉良家討ち入りの日です

<今から300年前>

<元禄15年12月14日のこと>

<47人の元赤穂藩の浪士達が>

<江戸にある
吉良上野介の邸宅に討ち入り>

<主君の仇討ちを敢行>

<江戸の町で起きた前代未聞の大事件
「忠臣蔵」です>

<そのリーダー 大石内蔵助の
心境については>

<数々の謎が…>

今回は 蔵から見えてくる

「忠臣蔵 歴史ミステリーSP」と
題しまして

忠臣蔵の謎に迫りたいと思います

<多くの物語を生んだ 忠臣蔵>

<その謎を解くために向かったのは…>

<兵庫県赤穂市 播磨国の西の端です>

<忠臣蔵で活躍した
赤穂浪士達ゆかりの地に…>

<いきなり現れた47体の石像!>

<この場所は一体?>

<テレビ初公開!>

<大石内蔵助が討ち入り前に書いた手紙に>

<記された真実とは?>

そうそう

<そして 討ち入りの時に使っていた道具が
現存>

<今まで残っている その訳とは?>

<今夜は…>

<今回訪れたのは 兵庫県赤穂市>

<江戸時代には 赤穂城を中心に
城下町が広がり>

<海運の拠点として栄えました>

<現在の赤穂城は
堀と石垣を残すのみですが…>

<本丸跡は庭園として整備され
多くの観光客が訪れます>

<その赤穂城前で
高島さんと待ち合わせをしていたのは…>

そして 今回も
蔵のスペシャリスト 渡邉さん

どうぞ よろしくお願いいたしま~す
よろしくお願いします

<蔵捜索のお供は>

この赤穂市というのは
どういった町なんですか?

赤穂といえば これですね

あ~
お塩です はい

江戸時代から
入浜式の塩田がたくさんあって

で 実は 今でも 塩を生産してるという

まあ 塩の町として知られますよね

<赤穂は
年間を通じて晴天が多く>

<古くから 塩作りが発達>

<江戸時代には ミネラル豊かな
「赤穂の塩」が評判を呼び>

<塩のおかげで 藩の財政は
大いに潤いました>

<ところが…>

<江戸時代が始まり
100年がたとうとした頃>

<「松の廊下事件」が起きてしまいます>

<藩主・浅野内匠頭が
江戸城で起こした刃傷沙汰によって>

<お家は取りつぶし>

<藩士達も散り散りに…>

<そのため 赤穂浪士達の墓も
ふるさとの赤穂ではなく>

<東京にある泉岳寺に
作られました>

<しかし 赤穂にも
浪士ゆかりの品が眠っているといいます>

<そこで チーム高島>

<強化メンバーで参上!>

<まずは 古美術などの>

<加えて…>

<甲冑 刀剣のスペシャリストとして>

<江戸時代のお宝を鋭く見抜きます>

どうですか? 今回は赤穂浪士のお宝
ということなんですけれども

いや ドキドキしますよね
ハハハッ

どんなものが出てくるのか…

さすがに あの ねえ 想像つかない

そうです

菅野さんは 忠臣蔵には…

結構 歴史 お詳しいじゃないですか

いやいや… 普通に詳しいっていうか
その程度です はい

…ということは ちょっと
菅野さんにも 色々お聞きしながら

はい 分かりました
よろしくお願いします

はい 紐解いていきたいと思います

<最強のチーム・高島で>

<いよいよ
忠臣蔵のお宝が眠る場所へ…>

<そこは 赤穂城の表門から歩いて1分>

高島さん こちらです
ここですね

うわ~ これ…

え~!?

<高島さん達の目の前に現れたのは>

<ずらりと並んだ
赤穂浪士 四十七士の石像達>

<彼らがいるのは>

<実は 赤穂城の敷地内に建つ
神社です>

<門に刻まれているのは…>

<赤穂城藩主だった浅野家
そして…>

<赤穂浪士達のリーダー
大石家の家紋>

<一体 どんな神社なのでしょうか?>

(飯尾)おはようございます
あっ おはようございます

ご遠方 どうもありがとうございます
飯尾宮司様でいらっしゃる?

はい 宮司の飯尾と申します
よろしくお願いいたします

ようこそ 今日はおいでいただきまして
ありがとうございます

<神社を案内してくださるのは>

この赤穂大石神社というのは
どういった神社で?

はい 忠臣蔵 いわゆる
赤穂義士物語の主人公であります

それと 忠節の烈士
いわゆる 討ち入り前に自害してしまった

萱野三平を主祭神にお祀りしておりまして

そのほかに 浅野家三代

それから 浅野家が断絶した後
一時 永井家というのが入って

その後 ずっと
森家というのが入りまして

明治の廃藩まで その森家が
この赤穂を治めましたので

その森家の遠祖
七武将をお祀りしております

<赤穂大石神社は
忠臣蔵で活躍した赤穂浪士達>

<そして この地を治めていた
浅野家と森家を祀る神社でした>

<四十七士が
1年と10カ月の浪人生活を経て>

<仇討ちを果たしたことから>

<大願成就 願望成就の
ご利益があるといわれています>

<しかし
神社が創建されたのは大正元年>

<忠臣蔵のずっと後の時代です>

<そこには
知られざる理由がありました>

…と申しますのも やはり
幕府に逆らった赤穂義士達ということで

公に
神社としてお詣りができなかった

つまり
名誉回復がなったってことなんですね

そうです そういうことです
それで 公になりましてね

で 大正元年にご鎮座になると

<明治に入り
やっと その働きが認められ>

<赤穂浪士達は名誉を回復>

<大正元年に 赤穂城の敷地内に
大石神社が創建されました>

<実は 選ばれたその場所にも
深い意味があるのです>

(飯尾)じゃあ どうぞ

うわ~
お~

素敵なお庭ですね

(飯尾)こちらが

(飯尾)ちょうど この辺りはね
赤穂城で申しますと 三ノ丸で

大石内蔵助の屋敷があったところ

なんと
当時のものが残されているなんて…

<神社の境内に残っていたのは
大石内蔵助邸の庭>

<赤穂大石神社は
赤穂城内にあった>

<大石内蔵助の邸宅跡に
建てられているのです>

<四季折々 訪れる人々を魅了する
大石内蔵助邸の庭園>

<しかし この庭に…>

<当時から残っているものは
1つだけだそうです>

まあ この中では いわゆる あの…

あれ クスなんですが
あのクスが 樹木博士によると

もう三百何十年たってる
っていうことなんで

じゃあ
生き証人のクスっていうことなんですね

当時からあるクス

だから 内蔵助親子がそぞろ歩きしたのや

第1の

<樹齢300年以上>

<つまり
大石内蔵助と共に生きてきたクスノキ>

<歴史的瞬間にも ここにありました>

<この事件によって 内蔵助と>

田舎のね 家老にしては裕福な…

そうですよね
生活をされて

何もなければ
大石内蔵助が囲碁が好きですから

囲碁を打ったりね 絵を描いたり

いい生活を送れてたんじゃないかなと…
そうですよね

ああいった事件があったんで
一変してしまいました

<元々 1900坪もあったといわれる
大石の豪邸>

<そこで 内蔵助は
平和な暮らしを謳歌していたといいます>

<この神社には
事件前に大石内蔵助が描いた作品が>

<残されています>

<絵画をたしなんだ大石内蔵助>

<鑑定士の山岡さんによれば>

<同じ時代の画家の
作品と比べても>

<非常に高く取り引きされている
ということです>

<ちなみに
絵を描いたのは 事件が起きる前>

<神社に残された絵からは>

<これまでの大石内蔵助のイメージを覆す>

<意外な人物像が明らかになります>

<貴重なお宝 早速 鑑定です>

はい では 大石内蔵助様が描いた屏風

ちょっと拝見させていただきます
はい どうぞ

それでは どうぞ
すいません お願いいたします

これが…
(飯尾)四季花鳥ですね

四季花鳥

えっ? これ…
(飯尾)ちょっと 素人に…

素人に思えない
うん

<大石内蔵助が描いた
「四季花鳥図」>

<それぞれ 右から>

<春 夏 秋 冬の順に>

<季節の花と鳥が描かれています>

<繊細かつ写実的な描写と>

<色とりどりに描かれた>

<四季折々の風景>

<芸術にも秀でた大石内蔵助>

<その知られざる人物像とは?>

特別なもんですよね
そうですね

(飯尾)この「可笑」というのが
雅号なんですけどね

<雅号に入った「笑」の文字>

<冷静で真面目というのが
一般的な内蔵助像ですが>

<実は ユーモアを愛する
人物だったのでしょうか?>

<この後
世界にただ一つかもしれない>

<大石内蔵助の屏風に>

<番組史上最高額の 驚きの評価額が!>

うわっ!

はぁ…

<大石内蔵助が
平穏な時代に描いた屏風>

<その評価額は?>

では ホントに これも
なかなか難しいことだとは思いますが

まあ この大石様の この屏風絵…

評価できますか?

あっ そうですね あの…

できます
あら?

で… せいぜい 私ができることとしては

もし… もしですよ
仮に 売りに出されたら

まあ 最低これぐらいからかな?

っていうところの感じになると
思うんですけど

四季花鳥図…
はい 四季花鳥図

屏風一双ですよね

うわっ!

はぁ…

理由は…

あ~
これは もう標準です

そんなにおかしい金額じゃないと思います

あの… ちょっとね 安易な… ハハッ

いやいや いやいや
でも 何か とても分かりやすい評価

実際は もっとすると思うんですよね

そうですよね
はい

はぁ… まあ そうでしょうね

はっきり言って 欲しい方からしたら…

ホント 1億とかいう単位になると思います

分かります 分かります

<屏風の評価は
最低3600万円から…>

<さすが 忠臣蔵のリーダー
歴史上の超有名人です>

<続いては 神社に残る
大石内蔵助ゆかりの宝物が続々出現!>

<忠臣蔵の意外な事実が明らかに!>

こちらは?
はい これは義士宝物殿といいまして

討ち入り関係の遺品ですとか

浅野家 大石家に伝わるものを
展示した建物なんです

<赤穂大石神社にある義士宝物殿>

<忠臣蔵関連の貴重な宝物が
展示されています>

<まず 目に入るのは…>

あっ 何か こちらの刀は?

はい これは

ただ これは
討ち入りに使用したものではありません

1500石の家老ですが

刀が一振りだけということも
ありませんので

持っていたうちの一つということで…

すごいですね 残されてるんですね
そうなんです

<「刀」としては
どのようなものなのでしょうか?>

では 刀ということで…

すいません
刀剣のスペシャリストの菅野さんに

ちょっと見ていただいてよろしいですか?

菅野さ~ん
(菅野)はい

すいません こちらが

大石内蔵助様が
所持していた刀です

ああ そうですか
ハハハッ

もう これね 刀剣女子からしたら…
(菅野)名前 付けるんですね

大石ちゃんとか そんなんに
なっちゃうんじゃないかな たぶんね

擬人化するっていいますか
刀に そういう感じで

キャラクターを合わしてやるんですね
そんなんあるんですよね

こちらにも
女の子とか いらっしゃいますか?

はい 最近は ちょっと多くなりましたね
あっ そうです?

だって こんなの なかなかね…
そうですね

これ なかなか見れませんよ

ちょっといいですかね?
見させてもらって

(菅野)で 備前長船ですね

そうですね ご家伝のその系統です
備前の刀ですよね

そういうあれですね

だから もう最高のブランドですよね
備前長船は

長船?
(菅野)ええ

で この「樋」っていう
溝彫ってありますよね これ

この刀にですね 樋っていいまして

その溝がスーッとあるんですよね
あ~

(菅野)で これが
一応 「血流し」とかいうんですけど

刺したとき 肉が締まっちゃうんで
抜けやすいためになってると…

<大石内蔵助の刀は>

<備前長船という
刀剣界の高級ブランド品>

<有名な刀の産地は 5つ>

<中でも 備前は>

<鉄の産地である出雲に近く>

<最も長い歴史を持ち 最高ランクの刀を>

<数多く生み出してきました>

<大きな戦のない江戸時代であっても>

<刀は 武士の命>

<主君と家を守るために
欠かせないもの>

<藩の家老であった大石であれば
なおさらです>

<この備前長船は>

<大石内蔵助の
武士としての誇りと覚悟を知る名刀です>

<その評価額は?>

大体 刀剣の世界っていいますか

そうですと 大体

(菅野)50~60ぐらいですかね
その辺の値段ですよね

それは 所持していたのを除く場合?
それは… そうそうそう

で それで その付加価値といいますか
大石内蔵助がっていうんで

それは これでしたと思うんで
それで だいぶ値段上がりますよね

そりゃそうですね

すごい…

あの… 宮司さん 譲ってくれなんていう
お話された方はいないですか?

いや いないですね
え~

そうですよ~
みんな高いですよね

何たって 忠臣蔵ですから

必ず この刀剣の世界では きっと

譲ってくれって思ってる人
いるんじゃないですかね

<こちらの刀 備前長船は>

<それぞれ 100万と50万という評価>

<さらに 大石内蔵助プレミアムがつくと>

<一気に倍の200万円と100万円まで>

<値が上がるとのこと>

<そして 宝物館には ほかにも>

<大石内蔵助ゆかりの
とんでもないお宝が…>

そして こちらに かなり立派な甲冑が

これは

(飯尾)まあ
どなたが着ていたのかというのは

そういったのは
ちょっと分からないんですけどね

ずっと伝わっていたということで…

どうでしょう? この甲冑

ちょっといいですか?
いや 結構なもんですよね これはね

じゃ 結構 位の高い方が…
もちろん もちろん… もちろん そうです

で 全部 糸が こう入ってます
これ毛引威といいまして

で 下級武士でしたら 鉄板か何かで

そういう感じで
もう大体 鉄のあれなんですけど

これはもう毛引威という
糸が いっぱい使ってまして…

相当 保存状態いいですよね

あっ いいですね これね
うん

色も そんなに褪せてないしね
そうですよね

で よく 帽子もね
欠損したり 丸まったり

揃っていない場合が結構あるんですけど

これ 完全に完備されてますしね

(菅野)兜は これ烏帽子ですよね?

(飯尾)はい 烏帽子型ですね
(菅野)金箔押の烏帽子型

<大石家に伝わる甲冑>

<江戸初期のものと
思われ>

<内蔵助のものである
可能性が高いそうです>

<この烏帽子型の兜>

<烏帽子は
神職や公家がかぶる帽子ですが>

<兜をその形にしたことに意味があると
菅野さんは考えます>

<内蔵助は 赤穂藩取りつぶしの後
すぐには 仇討ちをせず>

<1年と9カ月間 京都に潜伏>

<その理由は 「仇討ちの準備だった」>

<という見方もありますが…>

<実は
京都には 大石の遠い親戚>

<公家の名門 近衛家がおり>

<公家を頼って 幕府に>

<浅野家のお家再興を
願おうとしていました>

<公家の名門と親戚だった大石家>

<烏帽子型の甲冑は>

<それを
形に表したものなのかもしれません>

<思慮深く 常に用意周到な
彼らしい甲冑のようです>

<果たして 評価額は?>

これですね
市場価格といいますとですね

大体150… うん

やっぱり 150ぐらいでしょうね
市場ですとね

いや いいもんですよ ホントに
すごいですね

なかなか…
やっぱり まあ 宝物館ですけれど

なかなか こういう いい状態で…
少ないですよ ホントに

少ないですよね 残ってるのが
ええ

<大石家に伝わる甲冑>

<その評価は
実に 150万円>

<もし 本人のもの
だったとすると>

<プレミアムがついて>

<500万円の価値に
なるとのこと>

<この後 京都に潜伏していた
大石ゆかりの品をテレビ初公開!>

<意外な人物像が明らかになります!>

もう一点 見ていただきたいものが
あるんです

どうぞ こちらのほうへ お進みください

この軸なんです

で この軸は

(飯尾)奉納になったんです

で かなり大きなもんで
ものすごく傷んでたんで

ちょっと
3カ月かけて表装し直しました

で まあ テレビでは初めてです

公開するのは

<大石内蔵助が記した こちらの書状>

<書いたのは 浪人として>

<京都の山科に潜伏していた頃だと
いわれています>

<当時の内蔵助は茶屋遊びにふけり>

<贅沢三昧をしていたという通説が
知られていますが…>

<この書状の内容は
どんなものなのでしょうか?>

ちょうど
討ち入りから10カ月前ぐらいですね

4月ですからね 山科で
へえ~

宛先は…

(飯尾)口分田玄瑞っつって

赤穂藩の医師なんです

その人宛てに書いたんです
ふ~ん

何て書いてあるんですか?

あのね その山科の生活で

自分は お殿様の浅野内匠頭の弟で
浅野大学っていうのがいましてね

それが まだ
どうなるか決まってないんで

浅野家の再興になるか
あるいは ならないのか

そういったことで気をもんでると

それから 同じ同士だった赤穂藩士が

分配したお金が
もう なくなってきて

それぞれ 生活に
みんな困ってきてると

それから ちょっと おもしろいのが

大野九郎兵衛っていう まあ
悪役になってる家老がいますけど

それの弟…
実の弟が医者になってるんです

で 医者になって
いい生活をしてるんで

大石内蔵助が ちょっと…
自分は そういう芸がないんで

え~…

その大野九郎兵衛の弟みたいな
いい生活ができないと

そういうことを嘆いてて

まあ 「この先 どうなるのか?」
っていう不安

そういったものが書いてある…

だから 映画や歌舞伎ですと

祇園で遊んだりなんかしてますけど

まあ そりゃ
遊びにも行ったでしょうけど

そうそう 遊んでばっかしはいられるような
生活じゃなかったと思いますよね

この手紙を見るかぎりはね

<書状の内容から見えてくるのは>

<冷静で頼れるリーダー像ではなく>

<等身大の大石内蔵助>

<将来への不安 成功者への嫉妬など>

<感情をあらわにした
人間味あふれる内蔵助像です>

<しかし
京都で過ごした葛藤の1年9カ月の間にも>

<仇討ちの準備は着々と進みました>

<吉良邸の図面を手に入れ
武器を調達し>

<いよいよ 決行の日が迫ります>

<この後 忠臣蔵の宝物から>

<大石内蔵助の緻密な作戦が明らかに!>

それでは ふだん 皆様にはお見せしてない
宝物が入っております

収蔵庫のほうへ どうぞ
はい

収蔵庫? 何か この形 何となく…

もしかしたら
以前は こちら 蔵みたいな…?

そうです これが

あ~

今は こういう建物になってますが

昔は 土蔵だったんですけど

やはり 年代とともに
あちこち 壁が落ちたり…

空調も付いてないですし
耐震 耐火もできてなかったんで

新たに 平成11年に造った収蔵庫です

<赤穂大石神社の宝物が
保管されている収蔵庫>

<テレビ初公開の建物の中には
どんな宝物が?>

<捜索スタートです>

もう 中は ほとんど
蔵のイメージはなくなってますけれど

やっぱり でも 蔵だな
2階があるんですもの

あっ 失礼いたします

あ~ すごいきれいにされてますよね

まあ 宝物なんでね
やっぱり きれいにしとかないといけない

そうですね

<こちらが
テレビ初公開 収蔵庫の内部>

<忠臣蔵関連の宝物が
全部で1000点以上保管されています>

<一体 どうやって ここへ?>

まずは ちょっと スペシャリストを…
(飯尾)はい

山岡さん!
はい

こうなってしまうと
ホントに どれもこれも ちょっと

どうしていいか
分からない感じなんですけど…

全国から
受け付けとかはされてるんですか?

はい 関西圏が多いですけどね

「家にこういうものがあるんだ」とか言って
持ってこられるのがありますね

まあ それと 何か
供養みたいなのを込めて

神社とかお寺へね
持っていくっていうのが多いですよね

<数ある宝物の中で
まず 目を引かれたのは…>

(飯尾)これは

えっ? え~!?
え~!?

<この後
実際に使われた道具を鑑定!>

<知られざる討ち入りの様子が
明らかに!>

(飯尾)これは

えっ? え~!?
え~!?

見ていいですか?
(飯尾)はい どうぞ

フフッ えっ?

これは 山岡さん どうですか?

ちょっとね もう…
これ 討ち入りのときに持ってたやつ?

(飯尾)ボロボロになってるんでね…
フフフッ 開けるのが怖いですね

これで見ないと 見れないんです
あっ そうですね はい はい

こういう

いいですか

これを持っていたんですね

<収蔵庫に眠っていたのは
討ち入りのそのとき>

<大石内蔵助が
指揮を執るために使用した 軍扇>

<さらに 現場で使用していた道具が
ほかにも!>

じゃあ これ以外にも もしかして

討ち入りのときの遺品というか
そういうのは…

あるんです
あるんですか!

はい ちょっと
そちらのほうにあるものなんで

ちょっと待ってくださいね
ちょっと… あっ!

あっ!

こちらが

あっ
いわゆる 四十七士は

吉良上野介を見つけたときには

必ず 笛を吹いて合図するように
ということでしたんで

全員が これを持ってたんですね
うん

え~!?
うわっ!

うわ~
へえ~

みんなが
この笛の音を待ってたわけですよ

みんなが…

<さらに…>

ちょっと 私 気になってるんですよ
これ これ これ…

これ!

これ… これ!

これってさ もしかして… えっ?

え~!

<収蔵庫に眠っていた
大石内蔵助の討ち入り道具は>

<この3点>

<なぜ これらが
残ったのでしょうか?>

<その謎を解くため
討ち入りの様子を振り返ってみましょう>

<四十七士が討ち入った
吉良邸の守りは>

<総勢150人>

<しかし 1人の死者も出さずに
彼らは 仇討ちを果たしました>

<これらの道具は
まさに その日に使われたもの>

<実は そこに
緻密な作戦がありました>

<まずは その侵入経路>

<表門を破って突破したと
思われていますが…>

<実際は はしごを掛けて
静かに侵入>

<目立つことを避けたのです>

<まずは 屋敷には向かわず>

<兵士達が 大勢休んでいる
長屋の出入り口を封鎖>

<突然 襲撃された兵士達は
敵の数も分からず>

<出るに出られぬ状態に>

<突入も 裏門と表門の二手に分かれ>

<それぞれで役割分担をする
念の入りよう>

<ここまでで 敵の数は150から>

<一気に 40人まで
絞られたといわれています>

<また 浪士達は
全員 防御のための着込みを着用>

<斬られても致命傷にならない工夫を
していました>

<これらの作戦を
大石内蔵助が考え>

<この討ち入り道具で指示を出し>

<見事 吉良の首を
討ち取ったのです>

<しかし 内蔵助をはじめ
討ち入りした四十七士は>

<吉良討伐後 泉岳寺にある>

<主君 浅野内匠頭の墓前へ
向かいました>

<そのまま 切腹までの時を
幕府の屋敷で過ごしたのです>

<仇討ち道具が
そこで 大事に保管されるとは>

<考えられません>

<実は まだ知られざる登場人物が…>

こういうものは…

一体 誰が管理をして
今 ここに至るんでしょうか?

実は

その関係者 あるいは
自分の手伝いとか 弟子とか

そういった者も
ついていきましたんで

表門 裏門には
何人かがいたわけなんです

で これらは 大石内蔵助の一族で

いわゆる
弘前大石家っていうのがありまして

そこの大石無人 三平っていう親子が

やっぱり 表門や裏門に
ずっといました

で そういう人に
討ち入りが成功した後

形見として 遺品だということで
渡したものだと

すべて その場で渡したんだ

そこの一族が
ず~っと 保管してて

で 昭和になってから
私どもの神社に奉納していただいたもので

あっ でも そのおかげで
こういうものが…

…が残ってるということですよね

意外と そういう
きちんとした手順というか あれがあるんで

遺品が これほど多く?
そうですね

残ってるということですよね
あ~ そうか…

<忠臣蔵には
影の協力者が>

<それこそ
弘前大石家>

<大石内蔵助の>

<曽祖父の弟の家系に当たり>

<明治以降も青森に住んでいました>

<吉良討伐後 内蔵助の形見として>

<その討ち入り道具を授かったのは
この一族でした>

<討ち入り道具は 江戸時代には
謀反人の形見とされたため>

<ひそかに隠し持ち続け>

<明治になって 名誉回復とともに
大石神社が建てられた際>

<ようやく 奉納されたのです>

<意外ないきさつによって
現在に残された>

<大石内蔵助の
リアルな討ち入り道具>

<果たして その評価額は?>

<赤穂大石神社は
元々 2つの神社でした>

<昭和になってから
赤穂浪士と浅野家を祀る 大石神社>

<そして 浅野の後 赤穂藩を治めた
森家を祀る 赤穂神社の2つが>

<合祀されたのです>

<境内にある義士宝物殿別院には>

<森家ゆかりの宝物が
展示されています>

菅野さん 菅野さん

結構 このね 森家の甲冑はね

結構 多く残されているんですけれど
すごいですね

こちらは?
これは 江戸中期ぐらいですかね

中期ぐらいですか
(菅野)でも 兜は ちょっと古いんですよ

檜垣と覆輪って こう 筋 あるでしょ?
うんうん…

(菅野)
ちょっと 金色になってるっていうか

だから この兜は
もう だいぶ いい兜ですね

これ 卯の花威っていいますよね

で 卯の花威なんですけど…
それは 珍しいものなんですか?

(菅野)あっ 珍しいですね
紺糸が多いですからね うん

だから ちょっと 見栄えも
すばらしいしね 程度もいいですよ

<森家に伝わる
江戸時代の甲冑>

<果たして
その評価額は?>

この甲冑はですね
大体 市場価格だと

250ぐらいから
う~ん

まあ 数寄者でしたら
300ぐらいするかな

特に この兜だけでも
結構 もう

貴重なもんですよね
まあ もちろん 売らないでしょうけども

市場価格としては
それぐらいの金額ですね

この中で一番高い あれですよね

ふ~ん
高価なもんですよね

<森家に伝わる
甲冑は>

<250万円から
300万円の評価額>

<赤穂大石神社でしか
見ることのできない宝物の数々>

<皆さんも 一度
訪ねてみては いかがでしょうか?>

<大石内蔵助使用の
討ち入り道具>

<その評価額は?>

鑑定というよりも 恐らく
こういったのは あれなんですよね

あの…

個人のお客さんが
所有するっていうことは

まず ありえない物なんですよ
そうですよね

で そうなると え~っと

所蔵する先としては
どこかな? 国の博物館 美術館…

公立のですね 博物館 美術館
あるいは 研究家

あるいは ゆかりのある
こういった神社とか

もう そこしか
お客さんがいないんですよ

あ~ そうですね
一般の… 何ていうんでしょう

ちょっと 鎧 好きだし
っていうぐらいでは

これは…
まあ 手に入るものではないですね

一点一点 見ると 伝来…

その

で 今 ここに
こう あるという その道筋が

はっきりしてるものっていうのは

物の値段じゃないんです
伝わり方の値段なんで

う~ん
まあ 値段って言ったらあれですけどね

伝わり方が 非常に重要なんで

歴史史料としての
まあ 一級史料ですよね?

言ってしまえば
(飯尾)そうですね

一級史料としての
こういう所持してたものは

まあ これぐらいかなという
ブレはあると思います はい

…となると?
…となると

そういったところに
きちんと収めるとなると

3点で1000万ぐらいです

一般の店頭小売価格じゃ
全然ないですから

まず ないものなんで

やっぱり この伝来っていうのは
非常に重要ですよね

<大石内蔵助の
討ち入り道具は>

<3点で1000万円の評価額>

<といっても
それを収める先は>

<博物館や美術館>

<文化財クラスの
宝物でした>

<こんなお宝を残すことになるとは>

<思慮深い内蔵助にも
想定外だったことでしょう>

<ことしも また 忠臣蔵の季節です>


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