あいつ今何してる? “S・ジョブズの落とし子”9歳の天才少年は今?/生島ヒロシ SHELLY、関根勤、田中律子、山本美月


出典:『あいつ今何してる? “S・ジョブズの落とし子”9歳の天才少年は今?/生島ヒロシ 』の番組情報(EPGから引用)


あいつ今何してる? “S・ジョブズの落とし子”9歳の天才少年は今?/生島ヒロシ [字]


新企画!「世間を騒がせた天才少年は今?」9歳にして1000本のゲームを自作し“S・ジョブズの落とし子”と呼ばれた超天才少年が…“小学校を半年でやめた”超波乱の人生!


詳細情報

◇内容Ⅰ

①新企画!「世間を騒がせた天才少年・少女は今?」…9歳にして1000本のゲームを自作し、“S・ジョブズの落とし子”と呼ばれた超天才少年が…“小学校を半年でやめた”・“文字を書けない”・“外に出て1人で買い物の仕方が分からない”その時、母は何を思った?天才がゆえの超苦難の人生が!そしてそんな苦難の末辿り着いた現在の職業とは!?苦難を乗り越えた意外なキッカケとは?

◇内容Ⅱ

②宮城県出身・生島ヒロシ(67)…進学校として知られる気仙沼高校で“オシャレで都会的だった”・“多摩美術大学に進学した”という男子同級生が…61歳で驚きの(秘)職業に転身!さらに田舎暮らしをスタートさせ、妻と2人で家を建てた!?まさに夢のセカンドライフにスタジオ大興奮!

◇出演者

【MC】ネプチューン

【進行】林美桜(テレビ朝日アナウンサー)

【ゲスト】生島ヒロシ、SHELLY、関根勤、田中律子、向井慧(パンサー)、山本美月(一部地域を除く) ※50音順

【ナレーター】小林星蘭、三森すずこ

◇おしらせ

☆番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/aitsuima/



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今夜は 新企画!

スティーブ・ジョブズの落とし子と騒がれた
天才少年が

その後 まさかの…!?

かつての

〈先日 世界オセロ選手権を

11歳という若さで制し

最年少優勝記録を更新した

天才少年 福地啓介くんが

大きな話題に!〉

〈その他にも 日本には

世間やマスコミを驚かせた
天才少年や天才少女が

数多く存在する〉

〈そんな世間やマスコミを
にぎわせた

天才少年や天才少女は
その後 どんな人生を歩み

一体
どんな職業に就いているのか?〉

〈今から20年前に

ゲーム業界を震撼させた

9歳の とんでもない天才少年!〉

〈その天才少年について

当時 彼を取材した雑誌は
こう紹介している〉

〈「これぞ スティーブ・ジョブズの
落とし子か」〉

〈この 9歳とは思えない
堂々とした佇まいで

キーボードを触る
天才少年の名は…〉

(原田)頭 良さそうだね
この子。

(関根)ハンサムに
なったんじゃない?

〈当時 記者として
妹尾くんを取材した山下さんと

幼い頃から妹尾くんを知る
橘川さんに

当時の天才ぶりを
聞いてみると…〉

(橘川さん)…というふうに
持ってきたんですよ。

(橘川さん)
それを見たら…。

これは 天才が来た!

…というふうに
思いましたね。

すごいのはですね…。

〈なんと 3歳にして
父親から

ボタンを押すと
カタツムリが前に進むという

プログラミングを教わり
それ以来 ドハマり!〉

〈そして

〈知識を要する お題と

〈そして

〈さらに 天才 妹尾くんは

当時 特集された雑誌でも

歯に衣着せぬビッグマウスを
連発!〉

〈3歳で
プログラミングを覚え

9歳にして 1000個もの
自作ゲームを作ったという

ビッグマウスの天才ゲーム少年
妹尾泰隆くん〉

〈今 何してる?〉

〈現在29歳となった
天才 妹尾くんと連絡を取り

スタッフが向かったのは…〉

(一同 笑い)

(田中)でも 日本にいるの?

〈閑静な住宅街を
進んでいくと…〉

(堀内)なんか 普通だな。

〈10歳にして

大人の99パーセントは
みんなバカだ! と

言い放った
天才 妹尾くん〉

(堀内)
出てくるの? いきなり。

「はい」
(スタッフ)すいません あの…。

(関根)やっぱり
しゃべり方が知的。

(堀内)そうですね。

どうも こんにちは。
(スタッフ)すいません あの…。

あっ はい そうです。

(スタッフ)はじめまして。
あっ どうも はじめまして。

天才の顔やな 今の。
天才の顔してる…。

〈出会い頭から
天才感がほとばしる

29歳になった妹尾くん〉

じゃあ ちょっと…。

〈ミステリアスな奇才感漂う
妹尾くん〉

まあ 普通の和室ですよね。

(スタッフ)あっ 作業部屋…?
(妹尾さん)はい。

〈洋服が掛けられた
作業部屋に到着〉

〈果たして

〈彼の

〈ここで
天才ゲーム少年 妹尾くんの

想像を超えた波瀾万丈人生を
プレイバック!〉

〈東京都渋谷区で

音楽系ライターをするお母様と

ブルースハーモニカ奏者のお父様の間に

生まれた妹尾くん〉

〈一体 なぜ この家庭環境で

3歳からプログラミングに

興味を持ったのかというと…〉

僕もっていうふうに…。

多分 3歳になるか
ならないかぐらいの頃

だったと思うんですけど。

〈さらに
それを使って

音楽を 録音や
編集していた

お父様の
様子を見て

パソコンに
俄然興味を持った

妹尾くんは

9歳にして
大人顔負けのゲーム作品を

次々と作り上げていきます〉

〈しかし 実は

〈幼少期に 一体 どうやって
英語をマスターしたのか?〉

電子辞書ですね。

〈6歳頃から わからない英単語を
電子辞書で調べているうちに

英語をマスターしていき…〉

〈そして 妹尾くんは

ネットで
自作ゲームを配信したり

テクノロジー雑誌としては
著名な

『WIRED』に掲載された事が
きっかけで

ゲーム業界の人たちから
注目を集め…〉

〈天才ゲーム少年として

小学生にして
ゲーム雑誌に連載を任され

コラムを掲載〉

〈さらには

自作のゲームにつける音楽も
自分で作りたいと思い

シンセサイザーを
親に買ってもらうと

12歳にして これまた
独学で演奏をマスター〉

止まらないな!
全部 自分でやりたいんだ。

〈と ゲーム業界では

その天才ぶりを
遺憾なく発揮した

妹尾くんですが
その一方で…〉

(スタッフ)
学校行きたくなかった…?

〈小学校に

〈そんな妹尾くんを
見た

やっぱり まさか

それは なかなか
心配は心配でした。

(美恵さん)はい。

彼が それで…。

とは思ってました。

〈しかし そんな
お母様の思いとは裏腹に

小中学校を不登校で過ごした
妹尾くんに…〉

自分の名前も ずっと
コンピューターやって…

キーボード
やってるものですから

こうやって 文字が
書けなかったんですよ。

それで ちょっと これは
まずい事になったなって

自分で思って
それで ちょっと…。

〈外の世界で
コミュニケーションを取らず…〉

〈その影響で

15歳になっても
1人で買い物もできず

自分の名前すら書けない
状態に〉

〈このままでは
社会に適合できないと

危機感を持った妹尾くんは

定時制高校へ進学を
決意したのですが…〉

(一同)えーっ!

〈こうして どうにか

定時制高校へ進学した
妹尾くんは

無事に 18歳で
高校を卒業するのですが…〉

ただ 出たは出たで

〈やはり

〈悶々とした日々を
過ごします〉

〈しかし そんな

〈やはり

〈悶々とした日々を
過ごします〉

〈しかし
そんな妹尾くんを救い

人生を切り開いたのは

パソコンとは真逆ともいえる
自然でした〉

(妹尾さん)
その時のインパクトが

もう 砂漠なんですよ。
だだっ広い砂漠で。

そのインパクトが強くて…。

それで ちょっと

もう一回 行ってみようかな
みたいなのはありましたね。

〈それまで 自室で

〈22歳の時
そんな自分を変えるため

たった一人で
アリゾナへ向かいます〉

そうか!

〈そして そこで

妹尾くんの人生観を
大きく変える出会いが

次々と訪れます〉

あるいは
ビーガンっていって

生野菜しか食べない…

ゆでた野菜も食べないんだ
って人がいたり…。

ホピ族は 結構 その…
普通は入れない保有地に

泊めてもらったりとか。
それで…。

〈宗教や思想や生まれが異なる

様々な人々が暮らす

アリゾナの生活に触れたり…〉

〈アパッチ族の聖地とされる
断崖絶壁の山を

仲間と一緒に登山したり…〉

〈今までの社会から
隔絶された生活とは

真逆ともいえる

大自然と対峙した
妹尾くん〉

〈すると その意識に

もうちょっと…。

〈こうして
再び 前を向き始めて

帰国した妹尾くんは

現在の仕事へと結びつく

その当時
タッチスクリーンの…。

〈では
天才ゲーム少年として

メディアを騒がせてから

およそ20年

妹尾くんは
今 何をしているのか?〉

すごい。

〈そう 天才ゲーム少年
妹尾くんは

当時の才能そのままに

現在は フリーの
ゲームクリエイターに〉

(スタッフ)ちなみに

〈こちらが
妹尾くんが開発した

音楽ゲームアプリ〉

〈スマートフォンや
タブレットなどで

誰でもダウンロードして
遊ぶ事が可能で…〉

「♬~(音楽)」

〈このように
リズムに合わせて画面を押す

『Tone Sphere』
というゲーム〉

〈詳しい金額は
言えませんが

〈しかも
このゲームアプリは

〈現在 自らが考えた

〈そんな
ゲームクリエイターとしての

〈イギリスや台湾のイベントに
招待されるなど

〈という事で

ゲーム業界の天才少年と騒がれた
妹尾くんは

紆余曲折の人生を経て

ヒットメーカーとして
活躍していました〉

(拍手)

すごいな~。

(名倉)なあ!

続いては
生島ヒロシさんの同級生が

61歳で 驚きの転身。

どこかに

まさに…。

そんな

あっ… なんか

ビートルズだ
なんだかんだって…。

やっぱり
進んでましたよね。

あの頃から。

そんな芸術家肌で

都会っぽかった
管野くんの

管野くんと連絡を取り
スタッフが向かった先は…。

2人の母校 気仙沼高校から

およそ380キロ。

埼玉県比企郡小川町。

管野くんに指定された住所は

こちらの 大自然あふれる山の中。

(堀内)
どういう事なんだ? これは!

住所を頼りに
町を進んでいくと…。

あっ あそこにいる…。

どうやら こちらの建物に
管野くんが。

(スタッフ)すみません。
すみません 突然。

テレビ朝日なんですけども…。
こんにちは。

(スタッフ)いらっしゃいますか?

はい。

何やら

おっ!

(スタッフ)テレビ朝日
なんですが

そうです。 こんにちは。

では 高校卒業から49年

管野くんは 今 埼玉県 小川町で
何をしているのか?

(スタッフ)という事は

私は今ですね…。

うわっ!

では 高校卒業から49年

管野くんは 今 埼玉県 小川町で
何をしているのか?

私は今ですね
こちらの 建築される…。

…って呼んでますけど。

いわゆる まあ…。

ええーっ。
へえ~。

管野くんは 現在

こっち側で こうやって…。

(堀内)これ お客さんかあ…。

これを すくい取る。

昨今のDIYブームで増加している
施主自らが家を作る作業の

指導やお手伝いする仕事を
しているんです。

ちなみに
先ほど 管野くんが言っていた

ハーフビルドというのは…。

という建築方法。

そして この日は 埼玉県 小川町に
家をハーフビルドする

施主の小笠原さん宅の
ドアを付ける

レクチャーの日だったというわけ。

(スタッフ)こういう…。

(スタッフ)ないまま ご自身…。

電動ノコギリや金づちなどを
使った事がない未経験者でも…。

ハーフビルドで家を建築する
お客さんは

30代のご夫婦から

仕事をリタイアされた
60代のご夫婦まで

幅広い年齢の方々が
いらっしゃるんだとか。

…になりますよね?
(小笠原さん)そうですね。

現在

(スタッフ)そうなんですね。
(管野さん)はい。

そう 実は
管野くんがこの仕事を始めたのは

7年前の61歳の時から。

一体 なぜ セカンドキャリアで

ハーフビルドにたどり着いたのか
その

宮城県の北東部に位置する
気仙沼市で生まれ育った2人は

気仙沼小学校 中学校

さらに 気仙沼高校と

同じ学校で青春時代を過ごします。

高校では 昔から 絵を描く事が
好きだった管野くんは美術部

生島さんは 空手部に所属。

そして 卒業後

映画とか
テレビ ドキュメンタリーとかに

興味が どんどん湧いていったので
そうか…。

っていうのが… 漠然と思って。

映像制作に興味を持った
管野くんは

その後 大学院に進学し

映像の勉強をスタート。

一方 生島さんは

21歳の時には
語学勉強を兼ねて

カリフォルニア州にある

フルトンジュニアカレッジ
放送学科に留学。

そこで
アメリカのテレビに出ていた

キャスターの姿を見て これからは…。

と確信した生島さんは…。

そして
大学卒業後…。

念願だったアナウンサーの道へ。

そして 29歳の時には

人気音楽番組『ザ・ベストテン』の
追っかけマンと呼ばれる

中継リポーターを担当。

一方 管野くんは
大学院卒業後

テレビ番組制作会社
日本映像記録センターに入社。

日本テレビ系の

32歳の時には

今度は CMを作ってみたい
という思いから

広告会社
東急エージェンシーの

関西支社に入社。

その頃 生島さんはというと

35歳で 日曜お昼の長寿番組

『アッコにおまかせ!』の
進行役となり

名実共にTBSの顔となり 活躍!

そして 1989年

その年の10月には

テレビ朝日
『クイズタイムショック』の司会や…。

そして

CMディレクターとして働いていた
管野くんでしたが

大学院の

(管野さん)ある時に

オーストリアの
新しいコンセプトの

自然の家具を
自分のところで扱いたいから

それを引き受けてくれないかと。

(スタッフ)広告を?
(管野さん)広告もそうなんですが

広告も引き受けてほしいんですが

店もやってくれ
という事になったんです。

今の仕事につながる感じですかね。

長年 家具店の広告を
担当してきた経験から

そして その5年後 51歳の時には

さらに 住宅についての知識も
深めたいと

東京にある
自然木材で家を建てる会社に

4度目の転職。

そして 52歳の時には

古くからの友人だった
奥様の美喜子さんと結婚。

一方 生島さんは
不動産投資などが原因で

バブル崩壊後

借金が 一時
10億円近くに膨らむなど

自らが会長を務める
事務所の経営も

危うい状態に…。

そんな中でも
後進の育成を始め

ファイナンシャルプランナーや

ヘルスケアアドバイザーなどの
資格を取得するなど

着実に活躍の場を広げ…。

(原田)すごーい。

一方 住宅業界で知識と経験を
蓄えていった 管野くんは

59歳を迎えたある日 奥様と
思い切った決断を下します。

どこかに

59歳にして
都会の喧騒を離れ

栃木県の
那須への移住を決意!

しかし 仕事で 家の建築には
携わっていたものの

さすがに 夫婦2人だけで
家を建てるのは難しいと考え…。

色々 探したら

ハーフビルドホームという会社が
あるぞと。

まあ インターネットですけど。

60ちょっと前ですかね。

自分たちでできるところは
自分たちで作り

それ以外は専門業者に任せる
ハーフビルドを知った管野くん。

そして 家を建てるにあたり

東京から那須まで通うのは
負担がかかるので

夫婦で那須に引っ越し
部屋を借り…。

(管野さん)それから あとの

窓入れとか ドアとか 外壁…。

まあ ほぼ セルフビルド系ですね。

…で建てたと。

(スタッフ)奥さんも ご一緒に…?

そして 建築開始から
およそ10カ月かけて

管野くんの自宅は完成。

この自宅建築がきっかけで

現在 勤務する会社から

一緒に仕事をやらないか? と
声がかかり…。

そして ここで
管野くん夫妻が8年前に建てた

(スタッフ)こちらが…?
(管野さん)ええ。

ここが

(スタッフ)そうなんですね。
(管野さん)はい。

(名倉)わあ すげえ!
おお! かっこいい!

こちらが 8年前に ご夫婦で
10カ月かけて建てたご自宅。

(管野さん)どうぞ。
(スタッフ)すいません。 お邪魔します。

(スタッフ)失礼します。
(管野さん)はい。

(管野さん)じゃあ どうぞ。
(スタッフ)失礼します。

(林)うわあ すごーい。

(スタッフ)広さ的には
どういう間取りに…?

ご夫婦で暮らす
2階建て2LDKの素敵なご自宅。

リビングには 薪ストーブも。

そんな 68歳になっても

いまだ 学生当時の気持ちで
毎日を過ごす管野くんに…

生島さんのエピソードVTRを
見てもらいました。

(スタッフ)「そうですね」

「彼も なんか 確か…」

(原田)久しぶりなんじゃない?
かんぷくって呼ばれるの。

(スタッフ)というVTRなんですが…。

っていう感じでしたね。

(スタッフ)今のしゃべり方
あるじゃないですか。

あれって もう
小学校 中学校 あんな…。

(スタッフ)そうなんですか。
(管野さん)ええ そうです。

ああいうふうに あのまま
ちっちゃいのがしゃべってた

っていう感じですね。

という生島少年。

そんな同級生が その後

数々の番組で
司会を務める事になるのですが…。

実は 当時 広告会社の
プロデューサーだった管野くんと

一緒に仕事をした過去が…。

えっ?
え~?

生島ヒロシさんに。

(スタッフ)あっ そうなんですか?
(管野さん)はい。

どこかの企業の

社内の研修用の
ドキュメンタリー的なものなんですけど

それに
ナレーションをつけるんですね。

えーっ!?

忘れてるかも…。
彼はね 忙しいですから。

でも その頃
当然 有名でしたから。

って言うと 僕の…。

非常に喜んでいたのを
よく覚えてますね。

僕も 当然 嬉しいですけどね。

生島くんと俺
今 仕事してるんだなと思うと

なんか… その間
全然会ってませんでしたからね。

なんか面白いな
っていう感じがしますね。

そんな 生島さんとの再会を
喜んでくれた

今 こうやって…。

いつも思い出しています。

生島くんも
お元気でやってください。

では。

なんか ちょっと

でも やっぱり
1つの所にこだわらないで

次々に こう…。
やっぱり 彼の自由人の心が…。

そうですね。
うん。

ほほえましい感じがしますよね。

続いては

おお~!

一時は もう なんか…。

グイグイいって…。

なかなか
バイタリティのあるヤツですが

全然… 会った事ないですからね
高校卒業以来。

スタッフが富塚くんと連絡を取り
向かった先は…。

母校 気仙沼中学校から

およそ360キロの 成田空港。

そして そこから

飛行機で およそ6時間。

到着したのは
中国南部にある広東省深市。

ここ 深市は

中国のIT系企業が
本社を構える事から

「中国のシリコンバレー」と
呼ばれているんだそう。

そんな
発展し続ける都市 深で

富塚くんは
今 何をしているのか?

すごい人だね!

待ち合わせ場所は
巨大ターミナル 深駅。

(堀内)駅?

黒のスーツを着ている
との事なので…。

富塚くん 発見!

(堀内)かっこいい。

(スタッフ)すみません。
はい。

(スタッフ)
テレビ朝日なんですが

そうです。
(スタッフ)よろしくお願いします。

どうも お疲れさまです。

その表情を見比べると

面影が残る68歳になった富塚くん。

富塚くんが働いているという
場所に案内してもらう事に。

ええと あの…

この前に見える黄色いビルですね。

そして

(スタッフ)失礼します。

中国語で 気さくに現地スタッフと
あいさつを交わす富塚くん。

一体 なんの仕事をしているのか?

えーっ!
へえ~!

早速 富塚くんの

(スタッフ)こちらが…?

(スタッフ)別室に?
(富塚さん)ええ。

(スタッフ)失礼します。

何やら 奥の個室に到着。

(スタッフ)こちらが…?

ええとですね…。

(スタッフ)そうなんですね。
(富塚さん)ええ。

そうですね 一般的には

支社長ぐらいの
意味合いじゃないでしょうかね。

そう こちらの会社は

東京に本社を構え

自動車や オフィス用のコピー機の
部品を製造 販売する

三豊精工の深事務所。

そして 富塚くんは
その深事務所の総経理

つまり 日本でいう支社長に。

気仙沼市内で

その後 富塚くんは

浪人の末…。

卒業後は 当時…。

営業や新入社員の研修など

様々な業務を経験すると…。

45歳にして
当時 成長著しい

中国の深支社の
トップとして

中国へ赴任する事に。

しかし

そんな中 富塚くんは 49歳の時

へえ~!

えーっ!
へえ~!

さらに 中国の

国としてのエネルギーに
魅了された富塚くんは

中国に残り
退職金を元手に…。

へえ~。

日本から 工事現場で使う
中古の重機を輸入し

中国で販売する商社を
49歳で立ち上げます。

おお~ やるね。

その後
中国での仕事の実績が認められ

当時 仕事を請け負っていた

現在 勤務する三豊精工から
声がかかり…。

そして

アナウンサーになった生島さんを

当時 どう見ていたのか
聞いてみると…。

それはね ですから
意外でしたですよね 逆に。

そういう媒体に

好んで出てくるような
タイプには

思えなかったですね。

学生当時は
真面目な印象だったため

テレビという
華やかな世界で活躍する

生島さんの姿は
意外だったという富塚くん。

しかし その後

っていうのは
私から見ると…。

自分も現役でいられる
っていうところで。

そういう中で やっぱり

励まされる
って聞いたのは

逆に 僕にとっては
すごい励みであると同時に

俺も まだまだ よし

みんなに
元気を与えられるならば

頑張ろうかなっていう気持ちにも
なりましたね 今日はね。

続いては
明治大学卒業の才女でありながら

女優 モデルとして大活躍中の
山本美月さん。

今回は

テレビ初告白!!
福岡市立壱岐小学校時代に恋した

お相手が登場!

っていう
男の子だったんですよ。

でも 私…。

実は 両思いだった事が
発覚して。

で 私…。

友達に託したんですよ。

(スタッフ)そこからですか?
はい。

それは なんか…。

須加くんと連絡を取り
スタッフが向かった先は…。

人気温泉地として知られる…。

との事なので…。

(スタッフ)あっ すいません。
おはようございます。

(須加さん)
おはようございます。

(スタッフ)突然 すいません。
テレビ朝日なんですけど…。

はい。
(スタッフ)あっ 須加さん?

(名倉)好青年だね。

では 須加くんは
今 湯河原で何をしているのか?

(スタッフ)あっ こちらですか?
(須加さん)はい。

(スタッフ)須加さん…。

はい。

須加くんは

早速 職場の皆さんと一緒に
VTRを見て頂き 真相を確認。

(名倉)届いてるやん!

(スタッフ)物理的にできない?
(須加さん)はい。

(スタッフ)返信しなかったの。

あとは ちょっと…。

(スタッフ)恥ずかしかったんですか?

(スタッフ)須加さん ちなみに…。

(スタッフ)全く?

うーん…。
(スタッフ)いや 正直に。

(堀内)ああっ!
また やばいぞ! 社長が。

そうですね。

(スタッフ)ちなみに

あっ よかった…。
よかった~!

(スタッフ)それ
なんで捨てちゃったんですか?

(原田)すげえ!
えーっ!

とはいえ
山本さんへの恋心は

はっきりと否定した
須加くんですが…。

同僚の方がいなくなると…。

突然
「さっき言えなかった事がある」と

スタッフに話し始めた須加くん。

慌てた

…を話し始めます。

(スタッフ)えっ!?
見れるかなと思ったんですけど…。

(スタッフ)会場 どこですか?

確か 有楽町の…。

なんで
さっき 言わないのかな…?

(スタッフ)そこは
かたくななんですね。

(名倉)どんな感じやねん。

すごいシャイだったなっていう
印象はあります。

(原田)ああ そっか。

ここで…。

私のファースト写真集
『Mizuki』が

12月15日に発売になります。

イベントもやるので…

ねえ 須加くんが
来てくれたらなと思います。

27歳のありのままの姿を
撮影しましたので

ぜひ 見てくれたら嬉しいです。
よろしくお願いします。

〈今夜の
『ミラクル9』は


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