ブラタモリ「#121 東京・豊洲」 水陸両用車で海へダイブ!東京湾に浮かぶ巨大緑地とは!? タモリ、林田理沙


出典:『ブラタモリ「#121 東京・豊洲」』の番組情報(EPGから引用)


ブラタモリ「#121 東京・豊洲」[解][字]


大注目の豊洲へ!水陸両用車で海へダイブ!東京湾に浮かぶ巨大緑地とは!?埋め立て地に突如現れる「謎の坂道」の正体とは?タモリさんがブラブラ歩きながら解き明かします


詳細情報

番組内容

東京中央卸売市場が移転、タワーマンションが立ち並び、人口はこの10年で2倍に!今、大注目の豊洲のルーツをひも解きます。今回は水陸両用車で海へダイブ!東京湾に浮かぶ巨大緑地の正体とは!?さらに埋め立て地に「謎の坂道」を発見。一体何のため?巨大エネルギー基地として東京を支えた戦後復興から高度成長期。最新都市に変貌した21世紀…。タワーマンションの足元を歩きながら、豊洲の変遷に迫ります。

出演者

【出演】タモリ,林田理沙,【語り】草彅剛



『ブラタモリ「#121 東京・豊洲」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

ブラタモリ「#121 東京・豊洲」
  1. 志村
  2. 豊洲
  3. 東京
  4. タモリ
  5. 昭和
  6. サポーター
  7. 笑い
  8. 岩成
  9. 石炭
  10. 部分


『ブラタモリ「#121 東京・豊洲」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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え~ 今日は ここは東京の豊洲ですか。
はい。

…に来ておりまして。

ええ。

え~っと あの 建設中か。

そうですよね。

そうですよね。 世界各国から。

そして… あれ?

どっか隠れてんのかな。
(ディレクター)あちら右手に。

あ~ あれだ あれだ。
あれ 東京タワー 見えますね。

それで向こうに…

そうですね。

これ何だっけ? なんか 東京の…
東京の胃袋とか なんか いいません?

ああ。
あれ おかしいよね。

食べる前じゃんねぇ。
(笑い声)

ここが築地で…。
築地ですね。

この辺りですか?

(ディレクター)この形と同じ形を
探して頂いていいですか?

(タモリ 林田)えっ?

こうか。
(ディレクター)そう。

今いるとこは これ晴海。

(ディレクター)ここに います。
あっ ここか。 ああ そうそうそうそう。

ここに いるんですね。
ごめん ごめん ごめん ごめん ごめん。

ここに います。
こうか。 あっ。

タモさんでも知らなかった
豊洲の場所。

東京湾に浮かぶ このハンマーみたいな
形の埋め立て地が 豊洲です。

築地からは 車で10分。

ちなみに
豊洲市場は こちらにあります。

へえ~。
こういうふうに だんだん
だんだん埋め立ててきましたからね。

広がってきたんですね。
来ました。

何でしょうか。 何だろうね。

今回は分からないよね。 だって…。

結構 最近なんですね。
最近でしょう。

「TOKYOサポーターは豊洲にやってくる」。

「TOKYOサポーターは豊洲にやってくる」。

オリンピックとかってことですかね。

このね
サポーターって言い方なんだけど

なんか みんな サッカー以来
お客さんがファンでしょ。

あっ はい。 サポーターって言いますね。

我々は陸上の時に ここに こう
パンツの下に。  (笑い声)

あれをサポーターって言ってたんだよ。
あっ そうなんですか。

支える人たちでしょ これ。
ってことですね。 はい。

これも支えてんのか。
(笑い声)

支えてるよりも
押さえてるに近いんだよね。

支えるってことは こういうことだもんな。
(笑い声)

分からない。 意味が分かんないですね。
あっ どうも。

(3人)こんにちは。
志村秀明と申します。

東京湾岸の まちづくりと歴史に詳しい
専門家です。

(笑い声)

ところで 林田さん まず…

(志村)ではですね この豊洲市場がある
巨大な この豊洲の埋め立て地ですね。

一体 それが どうやって できてきたのか
その誕生の秘密ですね。

それを これから
迫っていきたいと思いますので

よろしくお願いいたします。
(タモリ 林田)よろしくお願いします。

では行ってみましょう。
はい。 まず どこに行きますか?

行かないの? ああ そうですか。
えっ 入れないんですか?

マグロでも買って帰ろうと思ってた。

始まりました 「ブラタモリ」!

今回は…

今年10月 東京中央卸売市場が
築地から移転したことで大注目。

新しい東京の名所として
たくさんの人で にぎわっています。

こちらは 今年7月に誕生したばかりの

デジタルアートミュージアム。

インスタ映えスポットとして
若者が殺到中。

早くも 50万人が訪れています。

更に 建設ラッシュの
タワーマンションによって

人口は この10年で なんと2倍に。

豊洲は
東京沿岸部に数多い埋め立て地の一つ。

実は ここ 東京を支える重要なものが
集まる場所なんです。

一体 豊洲にやってきた
TOKYOサポーターって何なんでしょう?

タモリさんが ブラブラ歩いて
解き明かします。 今日は豊洲で…。

(一同)「ブラタモリ」!
あ~!

♬「ハロー ハロー お元気?」

♬「今夜
なにしてるの?」

♬「TVなんか 見てないで」

♬「どこかへ
一緒に行こう」

♬「だからもう I love you so」

♬「I'd love to
be back in your heart」

♬~

最初に タモリさんがやってきたのは
豊洲の中心。

駅前のバスロータリーです。

今日はですね
豊洲誕生の秘密に迫るために

特別な乗り物を用意しました。
お願いします!

あっ。
おっ 来た。  来ました。

へえ~。

こちらが水陸両用バス。

ほら 立派なスクリューもついています。

まずは豊洲が どうやって生まれたのか
見に行きましょう。

早速 出発で~す。

高いですね。

また この高さから見ると
全然違って見えますね。

まずはですね タモリさん。 よいしょ。
ちょっと後ろからなんですけれども。

昭和3年。

(志村)
そうです。 まさに そこですね。 はい。

これ シールになってまして シールを
剥がして頂けますでしょうか?  はい。

(タモリ 林田)おお~。
(志村)このとおり

晴海 豊洲 東雲と
できていきました。

今 こう… こうなってますかね。
(志村)はい。

昭和7年の東京湾には
埋め立て地は ほんの僅か。

当然 レインボーブリッジもありません。

豊洲は こちら。

まだ ハンマーの
柄の部分がつくられる前です。

これは お台場ですよ。

あっ これ お台場の卵ですか。

うん。 お台場の卵って
これが お台場なんだよ。

あっ そうなんですか。
うん。

そう 今のお台場は昭和になってから
埋め立てられた所。

もともと台場とは この小さい島のような
ものだったんです。

あります。
へえ~。 知らなかったです。

あっ あ~。
うん。

(志村)それはですね この水陸両用バスが
水上に出てからですね

ご覧頂きたいと思います。
はい。

タモリさんが やってきたのは こちら。

入り江のようになっている部分です。

海から ある面白いものを見ると
昭和初期の東京湾の様子が分かるんです。

到着したのは
水陸両用バスの特設スロープ。

さあ タモさん いよいよですよ。

豊洲で…。
(一同)「ブラタモリ」!

あ~!

あ~!  おお!

おお~。
(笑い声)

びっくり…。

なかなか この 海から見ないですよね。
見ないですね これは。

(志村)タモリさん あの…

えっ 東京港?

ええ。 正解です。

(笑い声)
いやぁ。

そのとおりでして…

これが 昔の防波堤だったんですか。
ええ そうなんです。

運河に横たわる巨大な島…

昭和10年代に
つくられました。

当時 遮る物が何もなかった
東京の港を

波や風から守っていたんです。

今では 埋め立て地に挟まれて
中州のように見えますが

80年前の姿を そのまま残す
貴重な東京遺産です。

(志村)ほんとに そうなんです。

ああ だから こうなってるんだ。 ふ~ん。

あの 石垣なんですけども…

(志村)
それを「谷積み」というんですけども

衝撃に強くなるように
当然 防波堤ですので。

(志村)この旧防波堤…

どこまで?
(志村)
ず~っと まっすぐなんです これが。

え~っと…。

そう。
防波堤は第三台場を越えて 更に先まで。

全長は なんと3.5kmもあります。

昭和初期
東京には国際的な港が必要でした。

そのため 大型船が入港できるよう
巨大な防波堤の他

大規模な港の整備を進めたんです。

ところが それが大問題を引き起こします。

なんと 東京の財政が
大赤字になってしまったんです。

東京サポーター。

何だろう。

(志村)はい。 これなんですが

林田さん ちょっと読んで頂けますか?

日本萬國大博覽會會場配置圖。

(志村)そうです。 万博の計画が
この豊洲を中心として あったわけです。

これ困ったから やったんですか? これ。

困ったんで。
え~。

なんか 逆に お金かかりそうですけど。
かかるよね これね。

それで お金を出すわけですよ。 それで…

(志村)で さっき 我々…。
これが正門だった…。

(志村)正門。 我々 この水陸両用バスに
乗った辺りが ちょうど この辺りで

豊洲の あの交差点の所が
会場の正門。  ああ。

これ 飛行場まで つくろうとしてた。
あっ。

借金を解消するために呼び込んだ
強力な東京サポーター

それが万博でした。

しかし 昭和13年
万博は延期を余儀なくされます。

理由は…

東京も 大きな戦争の流れに
飲み込まれていったんです。

さて 東京湾に出たバスも折り返し。

スタート地点目指して 戻っていきます。

(タモリ 林田)へえ~。
(志村)もう あそこまで できてます。

確かに アリーナみたいになってます。

やる気が すごいですね。
(志村)すごいです すごいです。

(笑い声)

さあ 再び上陸。

ここからは 豊洲のハンマーの柄の部分が
誕生した秘密に迫ります。

アメリカ軍がつくった
戦争直後の東京の地図です。

黄色い部分が 建物が密集しているエリア。

灰色の部分は 空襲で焼けた場所です。

(志村)そうですね。 空襲で。

それで この豊洲の先の所ですけども…

アメリカ軍が?
はい そうなんです。

あっ。

はい。 あれ?

(志村)赤い印が出てきました。
この赤い印 一体何でしょうか?

あっ そのとおりです。

こちらの赤い部分は戦後
アメリカ軍に取り上げられた場所。

沿岸部分だけを表示しています。

船着き場は
ほとんどがアメリカ軍のものに。

これでは復興のための物資を船で
運んできても 陸揚げすることができず

東京の戦後復興は
行き詰まってしまいます。

そんな中 豊洲には埠頭がなく
船が着岸できなかったため

そのほとんどが接収を免れたんです。

実は それこそが…

なんとか この辺をやれば
着岸できるんじゃないですか。

改良すれば。

(志村)はい。
まさしくですね そういうことで…

埠頭をつくるの大変ですよ。

(志村)で この豊洲の新しい所が…。
え~。

(志村)つまり…

豊洲のハンマーの柄の部分 それは

船が着岸できる埠頭として
埋め立てられたんです。

新しくつくられた埠頭では
東京湾の物流を一手に引き受けました。

ここに戦後復興のための資材を抱えた船が
日本中から集まってきたんです。

この埠頭ができたんで 戦後の…。

東京の復興があったということですね。
そうです。

ああ。

それを見に行きたいと思います。
行きましょう 行きましょう。

こっちですね?
こっちです。

あっ こっちですか。
(笑い声)

全然違うな。

でも この辺
ちょっとした こういう公園もあるし。

ね 歩いてても きれいだよね。
いいですよね。

ウオーターフロントっていうんですかね。

(志村)この辺りは東京都が結構 気合い
入れて お金かけて つくってますね。

こんにちは。
こんにちは。

いいですね。

(タモリ 林田)ありがとうございます。

ここ いいよ。 ちょっと食べて。

(志村)いい場所です。 ほんとに いい場所。

はい こちらです。

あっ。
面影を残す所ですね。

(志村)
ロープを結わえつけるくいが ある。

あと ゴムがありますね クッションが。
クッション。

(志村)このような船着き場に…

残ってるんですね これね。
はい。

戦後 焼け野原だった時に どんどん船が。
うん。 ここへ着いたんだよね。

実は ここに運び込まれた物が

東京サポーターに
深く関わっているんです。

どんな物を運んできたんだろう。

建築 まず…

ではですね 当時の豊洲に詳しい方に
お越し頂こうと思いますので。 はい。

では こちらに また。
(タモリ 林田)はい。

おっ もうスタンバってらっしゃいますね。

(一同)よろしくお願いします。

豊洲の成り立ちや歴史に詳しい
専門家です。

大きな ちょっと道具があるんです。
おお 大きいですね。

よいしょ。

(タモリ 林田)おお~。

すごいですよね。

ちょっと お人形さんが出てきました。
そこですか。

ちょうど ここに おられます。 はい。

当時 豊洲で一番目立つのが
やっぱり こちら。 造船所。

造船所があったんですか。  造船所。

これはね…

そのとおりです。
そうなんですか。

うん。 造船所ありましたね これ。

これが最初の民間の。 今でいう IHIです。
(岩成)そうですね はい。

IHIですか。
石川島播磨 合併して。

船が いっぱい寄っているんですが

この船の ちょっと積み荷を
タモリさん 見て頂きたいんですが

何 積んでると思いますか?
何ですか? これ。

(岩成)黒い物ですね。
黒い物ですね。

(岩成)豊洲に一番最初に この場所に
何ができたかと申しますとですね

まず こういうものができました。
昭和25年に…。  石炭置き場。

(岩成)石炭埠頭といってましてですね
いわゆる石炭の置き場です。

…が つくられます。

火力の元となる石炭は
最も重要な資源でした。

最盛期の豊洲には

年間164万トンの石炭が
集められていました。

まず…

石炭 いろいろ使うんですが。
最初に石炭なんですね。

(岩成)はい。 正解です。

石炭を使うですね
石炭火力発電所が出てまいります。

へえ~。
ほお~。

ってことは あっちに行くと
火力発電所が。  そこですね。

(岩成)
はい。 あの辺りになると思って頂ければ。
あれが 石炭火力発電所だ。

(志村)こういう発電所をですね…

昭和30年から送電を開始した 火力発電所。

なんとここで
東京都心16万世帯分の

消費電力を発電していたんです。

でも 豊洲にやってきた東京サポーターは
これだけじゃないんです。

ところが まだ こんだけ空いてます。
空き地がいっぱいあります。

すばらしい。

石炭 ガス。
昔は石炭ガスっていいましたよね。

それを使ってたんですよ。
そうなんですか。

あ そうなんですね。

ガスをとったあとの石炭。
あとの これはね もう熱量がすごいの。

だから 熱量が要る
まあ 昔ですけども…

石炭置き場 発電所に ガス工場

そして 復興に必要な建築資材となる
鉄製品の倉庫まで誕生。

東京サポーターが集結した豊洲の埠頭は
エネルギー基地と呼ばれ

復興の要となったんです。

ああ こんなだったんですか。
はい。

ここから戦後の復興が始まるわけですね。
(志村)まさに。

さあ いろんな材料もある
コークスもある。

そうですね。
これ ためといても しょうがないんで。

そこでどうなるかっていう
問題なんです。

はい。

そうすると 当時としては
手っ取り早いのは…

(岩成)はい そのとおりです。
鉄道ですか。

鉄道ですね。
(岩成)今ちょっと種明かしをしますので。

おっと きました。

きました。

おお~。

更に豊洲には 鉄道も敷かれました。

ここから…

(岩成)時代が違います。
申し訳ございません。

俺 これ覚えてるな。 ここ。

ここですか。 何があったんですか?

ここ 線路… 線が これずっと
走ってたんだけども。

これは まだ
道路の上に線路残ってましたね。

(志村)晴海通り。
晴海通りにね。

(志村)こちらの橋は
まだ残ってるんですね 実際。

この橋は残ってるんだ。 赤さびて。
(志村)はい。

意外と そう。 使われてたんですよね。

(志村)そうですね。

あ~ そうですか。
すいません。

余計なこと言いました。
いいえ いいえ。

余計なこと言いました。

(笑い声)
余計なこと言っちゃいました。

こういう貨物列車。
先ほどの この機関車がこちらですね。

後ろに いっぱいついてます。

「とよす号」という名前をつけてですね
当時 発送されておったんです。

え~ そうですか。 はぁ~。

えっ これ もう何十両編成で
ここからやってたんですか。

そうです。 45両ぐらい
一番長いとつけましてですね

こっから持っていくわけです。
すごい。 そんなに。

豊洲に集まったものは 東京のみならず
日本全国へと運ばれていきました。

こうして 戦後から高度成長まで

急速に発展した日本。

新幹線の開通 テレビ放送の開始

風呂つきの夢のマイホームなど

生活環境の変化に 全国が沸きました。

そうした人々の喜びの陰に

豊洲のエネルギー基地の存在が
あったんですね。

すごいね。
そうです。 はい。

(志村)というようにですね…

そうです。 言っていいです。
(笑い声)

昭和の東京を支える
エネルギー基地となった豊洲。

しかし 時代の変化と共に
その役目を終えると

工場は 次々と立ち退きます。

平成に入ると その跡地には
再開発の波が押し寄せました。

数々のタワーマンションは
膨れ上がる東京の人口の受け皿。

21世紀の豊洲に誕生した

新たな東京サポーター
となりました。

すごいね この変わりようはね。

(志村)
変わりようが すごいんですけれども…

え~ このマンションが立ち並ぶ
新しい街に

昭和の痕跡なんてあるのかな?

今んとこ見えませんね。

前方なんですけどもね。
前方。

前方 交差点。

(志村)何か変じゃないですか?

(志村)そうなんです。

なんで坂道があるんでしょう?
ちょっと行ってみましょうか。

行ってみましょう。

何だろうな。 ちょっとそこまで
上ってみましょう。

上って上って…。

平らなはずの埋め立て地に
突如現れた坂道。

実はこの坂道 この街に
古くから住む人のためのものなんです。

ヒントはですね
このコンクリートの壁なんですね。

これ 古そうですね。

実はこちらの壁も 先ほどの坂道と
同じ目的でつくられたんです。

壁ができたのは 昭和30年代。

一体これ 何なんでしょう?

何だろう。
まあ一応 区切りですよね これがね。

区切り。 区切りなんです。
区切りですよね。

何のための区切りなのか。

あれ?

(志村)あったんです。
何だ?

実は 防潮堤。

堤防 防潮堤なんです。

なんで こんな曲がって… あっ!

そうなんです。

そう。 この壁の正体は 防潮堤。

豊洲のハンマーの柄の部分は
かつての工場地帯。

そして ハンマーの打撃部分は
古くから住宅地帯でした。

人が住む場所を高潮から防ぐため

工場地帯と住宅地帯の境界に
防潮堤を設置したんです。

工場の敷地に合わせてつくられたため

このようなジグザグのラインに
なっているんです。

あれだ。 あれだ…
「防ぐぞ高潮 守るぞ都民」だよね。

まさにそうでして
これまっすぐ行くと あれがあるんです。

あれがあるんだ。
水門があるんです。

え~ すごい。
これですね。

これですよね。
「防ぐぞ高潮 守るぞ都民」。

(志村)これなんです。
水門が。

こんな所に防潮堤があるんですね。

知らなかったです。

守るべきものは
こっちにあるんですね。

あっ どうも こんにちは。
こんにちは。

よろしくお願いします。
いつも見させて頂いてます。

こちらのマンションに住む 鹿取俊二さん。

高校生の時から 豊洲に住み続けて40年。

実は 先ほどの坂道の秘密を
知る方なんです。

いや それが あの~
メイン道路だから 車を…。

鹿取さん ちょっと行って
またもう一回 坂道見ましょうか。

ちょっと じゃあ…。
ちょっと見てみます。

鹿取さん それで移動して
あそこで 昔は平らだったって話を。

鹿取さん ちょっと移動を。

いろいろあるんですか。

(志村)
じゃ また坂道が見えてきましたけども。

鹿取さん かつてここ 昭和30年まで?

タモリさんがいるのは ここ。

先ほどの防潮堤のラインは
このように道路を横切っています。

でも実際に 幹線道路を横切る壁を
つくってしまうと 車や人が通れません。

そこで 道路を防潮堤と
同じ高さまで坂道にして

水の侵入を防いだんです。

(志村)ということで…

名残ですね。

あ そうですか。
ちょっとこう 周りを見渡して頂いて

ちょっとじゃあ 移動しましょうか。
信号を渡って…。

(志村)
そうなんです。 ここら辺から来ると…。
若干高いですか。

(志村)また上がっていって。

豊洲では 人が住めなかった場所を
住める土地にするために

海岸線に沿って土を盛りました。

そのため 元の地面と
土を盛った部分の間に

新しい坂道が誕生したんです。

かつての工場地帯が人が住める場所として
認められたのは 僅か10年前。

それが今や…。

一気に激変しました。

ではですね 続いて…

またですね 豊洲の中心部に
戻るんですけれども そこにですね…

行きましょう。

タモリさんが やってきたのは
再び豊洲の中心。

実はここにも 昭和のにおいが
色濃く残る場所があるんです。

ん? 一見 普通の駅前ですけど…。

あ~ 飲み屋街。

もう先ほどは タワーマンションが
林立してましたけども

この路地を抜けると 昭和の街が
一気に広がるということになります。

ああ…。

あっ。

公園があって
低層のね 集団住宅があって。

これ どういう集合住宅か分かりますか?

5階建てぐらいで。

(志村)そのとおり。
古い都営ですね。

超近代的な豊洲の一角に
今も残る都営住宅と懐かしの公園。

ん~ 昭和だなぁ。

曲がる必要はないと思いますけどね。

ええ まさに。 なんかね 面白い。

じゃあ ちょっと もう一回
入ってみたいと思います。

確かにそうです。

我々 さっき
こっちの方から来ましたけども。

こっちも道ありますね。
あれ?

あれ?

碁盤の目の中に なぜかここだけY字路が。

不思議~。

なんでだろう。 Y字に?

なんで?

こんにちは。       ああ こんにちは。
渡辺です。

豊洲で生まれ育って69年
商店街のリーダーです。

ここだけY字路で
変になってるんですけども。

そうですか。
これは?

我々は そんな意識はないんですけども。
ああ そうですか。

実はですね…

え? どこに?

(渡辺)ここの。
大した大きさの土地じゃないですけど。

住宅の人が 表に出れるような通路を
つくるのが普通だと思うんですけども。

もう これが普通でしょう。
そうですね。

ただね これよりは確実に自分たちが

表と横と商売ができる面が多くなる
という考えのもとに

こういう形にしたと聞いてますけども。
へえ~。

不思議といえば不思議だよね これね。
いや ほんと珍しいですね。

Y字型の路地って なかなかないです。
ないですよね。

そうですかね。
うん。

豊洲のど真ん中に こんな時空を超える
迷宮空間があったんですね~。

短い期間で 大いに変貌を遂げてきた豊洲。

続いては その最前線に向かいます。

やってきたのは
今まさに建設中の こちらのビル。

こんにちは。
今日は こちらの一番背の高い棟に

特別に 今日一番上がれるフロアまで
上って頂こうと思っておりますので。

ああ そうですか。
よろしくお願いします。

是非 見て頂けたらと思います。
はい。

では こちらまで。

苦手ですよね!

あれ 私だけ?

高い。

うわ~。

お~ よく見える。
見晴らしがいいです。

え~っと どっち…
あ~ あれが レインボーブリッジ。

レインボーブリッジですね。

最初にスタートしたのが
あの辺りですかね?  あの辺りだったね。

これが全部工場だったんですね?
(志村)エネルギー基地ですね。

エネルギー基地。 ず~っと。
(志村)東京を支えた。

今はもうマンション。
はい。

またマンションが建とうとしてます。

あそこも工事してますもんね。
そうだよね。

人知れず 戦後の東京を支えた昭和の街。

そして今 再開発が進み
注目を集める最先端の街 豊洲。

この街には そのどちらも入り交じる
面白さがあるんですね~。

意外と 近いけど知らないもんだね。
ほんとですね。

これほど劇的に都会というのは
やっぱ変わるんですね。

驚きました。

新しい街だと思ってましたけど。
そうでもないんですね。

すごいとこですね。

♬「未来の あなたに」

♬「幸せを 贈る」

♬「記憶と 想い出を」

♬「花束に 添えて」

♬「ひとときの 夢を」

♬~

(笑い声)


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