開運!なんでも鑑定団【高杉晋作の奇兵隊員が褒美でもらったお宝は?】 渡辺めぐみ、中島誠之助、北原照久、安河内眞美…


出典:『開運!なんでも鑑定団【高杉晋作の奇兵隊員が褒美でもらったお宝は?】』の番組情報(EPGから引用)


開運!なんでも鑑定団【高杉晋作の奇兵隊員が褒美でもらったお宝は?】[字]


お宝は、亡き夫と訪れた骨董店で発見した、江戸時代の名工の茶碗。大事に保管している

が息子たちは無関心。名品と証明して受け継いで欲しい!果たしてその価値は…!?


詳細情報

番組内容

【江戸時代に名を馳せた名工の茶碗】

昭和42年(1967)から45年間、夫婦で寿司屋を営んでいたが、6年前に夫が亡くなったのを機に引退。今はヨガなど習い事三昧の日々を過ごしている。お宝は50年程前、夫婦で訪れた岐阜県大垣市の骨董店で発見したもの。とても珍しかったので5万円で購入した。

いずれは息子や孫に大事にしていって欲しいが、「ガラクタ」と言って全く興味を持ってくれない。

番組内容続き

名品だと証明して、息子たちに受け継いでもらいたい!

出演者

【MC】今田耕司 福澤朗

【アシスタント】片渕茜(テレビ東京アナウンサー)

【ゲスト】渡辺めぐみ

【出張リポーター】石田靖

【出張鑑定】鹿児島県いちき串木野

【ナレーター】銀河万丈、冨永みーな

鑑定士軍団

中島誠之助(古美術鑑定家)

北原照久(「ブリキのおもちゃ博物館」館長)

安河内眞美(「ギャラリーやすこうち」店主)

山村浩一(「永善堂画廊」代表取締役)

阿藤芳樹(「阿藤ギャラリー」代表取締役)

土田昇 (「土田刃物店」店主)

ホームページ

http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/



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開運!なんでも鑑定団【高杉晋作の奇兵隊員が褒美でもらったお宝は?】
  1. お宝
  2. 万円
  3. 香木
  4. 果た
  5. 結果
  6. 本物
  7. 笑い
  8. 香割道具
  9. 思います
  10. 本人評価額


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<本日のゲストは

こちらのスポーツジムに
いらっしゃいました>

<中に入ると トレーニングの真っ最中>

< つらそうな声を出し

必死の形相で
ダンベルを持ち上げています>

こんばんは。

<女優でタレントの
渡辺めぐみさんです。

現在 筋トレで鍛えた体と
美貌で

美魔女として
話題を呼んでいます>

<高校生の時
町でスカウトされたのを機に

モデルの仕事を始め

卒業後 『ときめき Touch Me』で

アイドル歌手としてデビューしました>

「だから ときめき Touch me」

< いわゆる花の82年組で
同期には 小泉今日子さん

中森明菜さん 松本伊代さんなど
そうそうたる方々がいました>

「あなたの胸の中」

< そして その年の10月

フジテレビ 「笑っていいとも!」の
レギュラーに抜てきされると

番組内で 松金よね子さん
KINYAさんとともに

「よめきんトリオ」を結成。
異色の組み合わせで

大人気になりました>

< その後も 数々の舞台や
テレビ番組で活躍。

トレーニングを始めたきっかけは
去年 久々に水着撮影をした際

太ってしまった体を見て
がく然としたからだそうです>

< そこで せっかくなら
コンテストに出場したいと思い

週3回のパーソナルトレーニングと
食事制限を重ねると

わずか3か月で

ご覧のとおり大変身。

そして…>

< それにしても
この見事なプロポーション

到底 54歳とは思えません>

<現在も相変わらず
トレーニングに励んでいるのですが

コンテストを目指しているため
まさに本気。

まるで 般若のような
表情になっています。

こんな顔
映していいんでしょうか?>

無理無理…
押さないで押さないで。

私の筋肉と同じくらい

きれいなお宝を
スタジオに持っていきます。

期待してください。

依頼人の登場です。

東京都からお越しの
渡辺めぐみさんです。

ようこそ 「鑑定団」へ。
お願いします。

よろしくお願いします。

でも 去年からで
この成果はすごいですね。

痩せたのは
5キロくらいなんですけど

でも 筋量って… 重いので
たぶん実際は 8キロくらい

痩せてるんだと思うんですよ。
なるほど。

この世の終わりみたいな
顔してましたね。

でも 本気でやってるから…
自然に ああなるんですよ。

確かになりますね。
気に入ってらっしゃる筋肉は

どこですか?
今は やっぱ肩ですかね。

あ~ 肩…。
ここ やっぱりここに…。

あっ この辺…。
なんか筋が入ってくると

やっぱり皆さん
そんな腕が欲しいって

若い女の子たちは 皆さんね…。

そんな腕が欲しいって。
でもできますよ。

こういうトレーニングをしたりすれば…。

さあ それでは
お宝拝見しましょう。

お宝オープン!

あら あら?
あれですやん ガレですやん!

そうなんです。 父が 生前
これを手に入れたというふうに

私はずっと聞いてたんですね。

で 今回この番組に出るにあたり

母に聞いたら 「ん…」って

なんか言葉を濁しだしたので

問い詰めたら 母が
お金を出して買ってる物で…。

お値段聞いたんですか?
お母さんから。

いや それで
いくらなの いくらなの?って

ず~っと問い詰めたんですよ。
そのたびに 「んん…」って。

もうね 絶対に言わないんです。
(笑い声)

本物か偽物かっていうところも

母も ちょっとなんか
あるんじゃないですか?

いや これ本物ですよ。 青い色が

すごくきれいじゃないですか?
まあ いい物だと思いますけどね。

え~ なんかやだ! やだ もう。
言い方!

ちょっとね 最近 この番組の
福澤さん悪いんですよ…。

ご本人の評価額になりますが
おいくらくらいでしょう?

一応ね 母に 10? 20?
とかって聞いてったんですよね。

そしたら 40っていう数字に

なんかピクピク
っていうのがあったんですよ。

だから そのくらい…。
はい 40でいっときましょうか。

さあ それでは
40でまいりましょう。

オープン ザ プライス。

80万 おめでとうございます!

ウソ!
本物 本物。

すごい。

ガレの第二期工房の時代の作品に
間違いございません。

一期工房っていうのが
1904年まで。

そのあと
1904年から1914年までが

第二工房というんですけれども。
10年間だけ?
ええ。

ブルーの色がきれいですよね これね。
ほら!

ほら 言うたとおりやん!

ぬいてぬいて。
(笑い声)

地肌が黄色っぽいガラスの上に

薄いブルーのガラスを着せて
その上に さらに茶褐色。

全部で3層になっていまして
それを エッチングで削っていって

こういう文様を
出すわけなんですけれども

この模様は
クレマチスではないかなと思いますね。

いい作品だと やはりじわじわと
値段上がってきてますけどね。

この結果は お母さんも
喜ぶんじゃないですか。

ですよね。
ぜひ報告してください。

はい ありがとうございます。
どうもありがとうございます。

番組も最後まで
楽しんでいってください。

<続いては 山口県萩市から。

早速 ご自宅にお伺いしました。

ごめんくださ~い>

はい。

ようこそ いらっしゃいました。

<次なる依頼人は…。

< と 言われるまま
ついていくと…>

こちらです。

<食器棚の中に
色とりどりのコーヒーカップがずらり。

まるで喫茶店のようです>

<聞けば田坂さん

もともとは 高校の生物の先生で

長期休暇を利用し
海外旅行に行くたびに

思い出として 必ずコーヒーカップを
買ってきたそうです>

< もちろん 大のコーヒー好きで
毎日飲んでいるそうですが…。

あれ? これは ただの
マグカップじゃありませんか?>

< ところで

<曾祖父 津田常名さんは
長州藩士で

18歳にして 禁門の変に参加。

その後 高杉晋作が組織した
奇兵隊の一員としても

活躍した方でした。

今回のお宝は その曾祖父が

とても
大事にしていたものだそうで…>

珍しいものです。

鑑定を
よろしくお願いいたします。

< いったい どんなものなのか?

スタジオで拝見しましょう>

依頼人の登場です。

山口県から お越しの
田坂健さんです。

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いします。

どうぞ お座りください。

どうも 足が悪いもので…。
いえいえ。

でも すごくないですか?
曾祖父が奇兵隊?

そして あのお顔立ち…。
頑固そうですよね。

『西郷どん』見てます?

ときどき見てますけど。
ときどきかい!

奇兵隊は
曾祖父の 旗と陣羽織が。

すごい。

すごいわ。

もうね 今更
マグカップの話に戻れない。

拝見します。 お宝オープン。

これは 何でしょうか?

最初は 大工道具やないかと
思ってたんですが

香に使う 香割道具…。

香を割る道具ですよね?

香木を
切ったり割ったりするわけです。

鋸みたいにしてますよ これ。

若干 お香の香りが
残ってるんじゃない?

残ってないかな?

ちょっと いいにおいします。

鋸側には ついてない?

いや… においは そんなに。

どなたから いただいたってことは
聞いてないですか?

毛利の家老の
益田家の家来でしたから

たぶん 益田家の当主から
いただいたと思います。

眺めたりとかいうのは
されるんですか?

いえ しません。
家内も興味がなくて

売れ 売れ… 言ってます。

奥さん お越しだということで。

高額な値段がついたら
どうします?

旅行費用にします。

ちなみに どちらのほうに?

アイスランド。
アイスランド?

旅行プランは
バッチリできあがってますね。

お孫さん どうですか? これ。
ちょっと いらないです。

いらない? 『西郷どん』見てる?

見ろよ!

僕は 売る気が全然ありません。
さすが!

家庭内の 禁門の変が…。

<香を聞き 楽しむ遊びが
本格的に始まったのは

14世紀のことである。

用いる香木は
東南アジアで産出する沈香だが

産地により その香りに
微妙な違いがあるため

これを
言い当てる
組香が

流行した
のであった。

その際 貴重な香木を
小さく切り揃える道具を

香割道具といい

通常は 一つの箱に

香槌 香鋸 香鑿 香鉈
香割台が収められている。

どのように用いるかというと

香割台に 香木をのせ

香鋸で木目に対し
直角に刃を入れ 断ち切る>

<次いで 香木の木目に沿って
香鉈を当て

香槌で割る。

最後に 香鑿で

3ミリほどの大きさに
整えるのである>

< そして 15世紀の末

足利義政により
東山文化が花開くと

義政に仕えた志野宗信と

公家にして歌人の 三条西実隆が

組香を体系化した

香道を大成した。

これは世界でも他に例を見ない
日本独自の文化である。

その所作は まず
灰の入った香炉の中央に

炭団を入れる。

次に 灰押で 灰を整え

火箸で 50本ほど筋をつけ

最後に 熱を通す火窓を
中央に開ける。

そのうえに 銀葉とよばれる
薄い雲母をのせ

3ミリほどの香木を置くと

ほどなく淡い香りが立ち上がる。

香を聞くときは 左に二度回し

正面を向こうにする。

そして 右手で香炉を覆い

指の間から3回

息を継ぎながら
深く香りを味わう>

<香道に用いる香木は
六国五味に分類される。

この六国とは 香木の品質を指し

五味は 甘い 酸っぱい しおからい
苦い 辛いを指す。

そのため 香木を組み合わせると

香りは複雑に変化し

組香は それぞれの力量に応じ
難易度を変えて楽しむのである。

しかし それだけではない。

例えば
七夕の頃に行われる七夕香では

7種の香木に それぞれ

雲 月 扇 糸 竹 牽牛
織女と名付けて 無作為に焚き

牽牛と織女が出るまで続けるが

香を聞くたびに 和歌をしたため

香席に設けた笹飾りに結びつける。

このような組香の様式は

数百種にもおよぶが

いずれも 優劣を競うのではなく

風雅を味わうことに
重きが置かれるため

上流階級の間で
大流行したのであった。

そして 江戸時代になると

香割道具にも
豪華な蒔絵や象嵌が施され

大名や豪商の子女の
嫁入り道具のひとつとして

重宝されるようになった。

例えば これは
尾張徳川家二代 光友に嫁いだ

千代姫の婚礼調度に収められた
香割道具だが

梨地に 精緻な金銀薄肉高蒔絵で

蜀江文と葵紋を施しており

現在 国宝に指定されている。

改めて 依頼品を見てみよう。

黒地に金の蒔絵が施された
香割道具である。

5種類の道具が
すべて揃っているが

残念ながら 金属の部分は
錆びてしまっている>

褒美だもんな。 しかも

香を楽しむような位の
人ですよね。

上流階級じゃないと
やらない…。

ご本人の評価額に
なりますけれども…。

30万くらい。
30万で よろしいですか?

はい。
まいりましょう。

オープン ザ プライス!

100万円!
やった~!

いい香割道具だと思います。

蒔絵の装飾部分も
さることながら

僕が評価したのは刃の部分です。

鋸の弦って言われる部分の
角の部分。

それから
鑿の肩と言われるところ。

畚っていう形をしてるんです。

ひとつの様式美として

やわらかく上品なものに
仕立て上げてるわけですよね。

鋸ですけれどもね とても細かい。

それで 目の形は茨目っていう目が
立てられています。

木の繊維を直角に切るため
要するに横引き目ですよね。

現在の横引き目っていうのは

江戸目って呼ばれてて

この茨目より
くずはけがよくなってます。

なんで 弦鋸がついてるのか。

それはですね
ひきぶを小さくするため。

ひきぶっていうのは
鋸で引いてって

くずになる体積のことを言います。

小さくするためには
鋸板を薄くするしかありません。

薄くすると鋸板って
ペナペナになっちゃうんです。

そのペナペナになったものを
まっすぐ引けるように

弦がついてる。
なるほどね。

香割道具っていうのは
明治以降 美術工芸品として

海外に
出ていっちゃうわけですよね。

だから 全部が揃って…。

しかも これ やっぱりね
大名道具に類するような

質のものだと思いますからね

残ってるものが とても少ない。

< お宝列島 日本縦断>

<今回の舞台は
鹿児島県 いちき串木野市。

薩摩半島の北西部に位置する
自然豊かな町である。

冠岳は 古くから霊峰として
あがめられており

その名は およそ2, 200年前

秦の使者 徐福が
この地を訪れた際

景色のすばらしさに感動し

自らの冠を解いて
頂上に捧げたとの伝説に由来する。

そして 幕末には
薩摩藩士19名が

この地から英国に向け密航。

それが 五代友厚 寺島宗則を
はじめとする若者たちで

帰国後
海外で学んだ知識を生かし

日本の近代化に
大きく貢献したのであった。

そのため
薩摩藩英国留学生記念館には

苦難の旅路や

のちの業績を物語る
貴重な資料が

数多く展示されている。

また 漁業も盛んで

遠洋まぐろはえ縄漁船の船籍数
日本一を誇る

まぐろの町として
知られるだけあって

自慢のご当地グルメは この

まぐろで だしをとった
スープの上に

チャーシューの代わりに
ヅケをのせたもので

上品で あっさりとした味が
大人気となっている。

本日の鑑定士は

中島 北原 そして 安河内。

会場は

早速 いってみよう!>

(2人)「出張! なんでも鑑定団」
IN いちき串木野!

< まずは
検定試験を受けるのが趣味の

今村さん>

どんな検定を受けてるんですか?

< こちらが今村さんの名刺>

< そして 表と裏に

これまで合格した検定試験が

ぎっしりと書かれている。

それだけでなく 耳を自分で
動かせる特技も持っており…>

じゃあ お願いします。

(笑い声)

< しかし どう見ても
動いているのは アゴだけ>

ここが動いてます。
(笑い声)

< お宝は こちら。 作者は…>

< とはいえ
落款は どこにもないが

推測するに…>

<終戦直後 廃業することになった
地元の料亭から

父が買い取ったもので
もともとは…>

(笑い声)

<本人評価額は 堂々の150万円。

推測とはいえ 熟慮に熟慮を重ねて
下した結論なので

絶対 本物。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン!

< やっぱり…>

まったく
伊藤若冲ではございません。

若冲のニワトリというのは

もう写実を突き抜けて

生命力というか
そういうものを描ききっている。

この絵は もう
まったく画風が違う。

こういう中途半端な
ちょっと色が入ったのは

そもそもない…。

<続いては 元漁師の濱上さん>

いくつから漁師は
されてたんですか?

14歳からで
いつ引退されたんですか?

えっ 84のときに?
はい。

70年間 漁師?
はい。

いや 殺したんじゃないですよ。

捕獲したわけでしょ。
あぁ そうですね。

<最初は

<今は 毎日 のんびりと
暮らしている>

趣味は?
趣味は…。

また釣ってるやん。

< お宝は こちら>

<30年ほど前 いつものように
漁に出たときのこと>

(笑い声)

<要するに 水深350mの海底に
沈んでいたもの。

底引き網を引きあげると
エビと一緒に網に絡まっていた。

そのときは カキがびっしりと
ついていたため…>

変なものが入ったと思って
海の中 放ろうかと思ったら

ちょっと見たら
形が違うもんですから…。

(笑い声)

< しかし カキを取り除くと

きれいな松の模様が出てきたので
そのまま家に持ち帰った>

奥さんとか…
どう おっしゃいました?

<本人評価額は

このくらいしてくれれば十分と
10万円。

70年の漁師生活で

こんなものを引きあげたのは
一度きり。

ひょっとすると難破船に
積まれていたものかもしれない。

果たして 結果は!?>

<30年ほど前

水深350mの海底から引き上げた
鉢。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン!

< やった~!>

<今回 鑑定額が
本人評価額よりアップした方には

市の特産品…>

< おめでとうございます。

すると…>

これはね 今から350年くらい前の
江戸時代前期に

佐賀県武雄市の
弓野地区で焼かれた

古武雄のかめですね。

見事な松の絵が
描いてありますのでね

江戸時代から
弓野の松絵っていってね

筆遣いの奔放さ ダイナミックさ
これが すばらしいんですよ。

北国船とか北前船に積まれて

北日本の沿岸都市一帯に
売りさばかれた。

あまりにも状態がいい。

きっと こも とか わら で
梱包したまま沈んだんでしょうね。

海の底から よく戻りましたねぇ。

<続いては 若いころ
大志を抱いていた久木山さん>

高校卒業で? 何を求めて?

それがですね

はぁ?

先輩です お疲れさまです。

半年で諦めた?
諦めました。

なんで?

そやね ポンポンというのは
ないもんね。
ですよね。

<会場には 応援団が>

ご家族ですか?
そうです。

<実は 古いおもちゃを
集めるのが趣味で

コレクションは ざっと100点あまり>

1番のお宝は なんすか?

1番だと。
はい。
2番は?

1番 嫁さんで
2番が… ですよっていう。

いやいや カットしませんよ。

< お宝は
ブリキの蒸気機関車である。

大阪で暮らしていた19歳のころ
近所の骨董市を見に行き発見。

店主が言うには
持ち主の家が火事になり…>

いや 違う違う…。

大阪人は 嘘つきではない。
ですよね。

話は盛るけど。

< しかし とても気に入り
5, 000円で購入した。

以来大事にしてきたが

今回の出場を妻に告げると
いきなり…>

<本人評価額は
自信満々の30万円>

どう? 応援団の皆さん これ30万。

だそうです。

< こんな小さな子どもたちに

全否定されるとは
夢にも思わなかった。

今に見ていろ~。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン!

< あちゃ~!>

「うんだもしたん」。

どういう意味ですか?

1960年代に

寺井商店というところが作った
蒸気機関車。

箱もきれいだし
本体のおもちゃも さび1つない。

当時のデッドストックです これは。

はずみ車で作られたおもちゃで
ただ前に進むだけじゃなくて

前のほうが動くことによって

蒸気機関車の躍動感も
表現されてるという

凝った作りなんですけど

蒸気機関車自体が
現在の市場では人気がないんです。

<続いては 本日の最高齢
大園さん>

おいくつでいらっしゃいますか?

89!

元気の秘訣は何ですか?

デーエヌエー?

いちばん よく食べる食べ物は?

えっ…。

< お宝は 平佐焼の花生けである。

実は 骨董が大好きで
収集歴は40年。

そのため 部屋は こんな有様>

何点くらいお持ちなんですか?

200。

お金も
それ かかるじゃないですか。

いや…。

どっから沸いてくる?

< これは なかでも
いちばん自慢の品で

10年ほど前
骨董好きの知人から買い取った。

値段は…>

<以来 居間に飾り楽しんできた。

どこが気に入っているか
というと…>

これは やっぱり
そうたくさんない品物だと。

<本人評価額は
買ったときと同じく30万円。

ずっと この番組に出たかったので
今日は とてもうれしい!

もしも高ければ

あの世で
骨董仲間に自慢するつもり。

果たして 結果は!?>

<10年ほど前

骨董好きの知人から
30万円で買った平佐焼の花生け。

果たして 結果は!?>

ジャカジャン!

< う~ん 残念!>

鹿児島県の川内市で焼かれた
平佐焼ですね。

作られたのは これは 比較的近年。

金属器の花器である薄端の形を
そのまま持ってきたもんで

実に端整です。

黒べっ甲手 って言いましてね
黒を基調とした三彩釉。

明治の終わり頃

三彩べっ甲の名工の向井勘兵衛
っていう人が出たんです。

92歳で世を去ったあと
後継者がいなくて

窯も有田焼に押されてしまって
廃絶してしまった。

そして近年になって
復活したのが これですね。

これから大きく発展する
焼き物だと思います。

<続いては
ガーデニングが趣味の川井田さん>

今の時期は 何を?
今の時期は そうですね。

小さな小花
かなりちっちゃいですね。

お召し物の このお花は。

ヒマワリ。

< お宝は こちら>

どなたの作品でしょうか?

ちょっと…。
何を見てるんですか?

はっきりね
「がんく」って書いてある。

<岸駒の鍾馗図である。

父が残したもの。

父は骨董が大好きで
膨大なコレクションを持っていたが

なかでも これが
いちばん気に入っていた。

40年ほど前
父が他界し 受け継いだが

自分も大好きで…>

今も飾ってらっしゃる?
はいはい。

< というのも
これを見ていると…>

パワーをもらうような。

<本人評価額は
父に敬意を表し 150万円。

父は腕の立つ指物師だったので
当然 審美眼もあったはず。

名品に違いないと
信じているが…。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン!

< う~ん 残念!>

ガッカリだね。

岸駒の作品とは
とうてい言えないですね。

(安河内)岸駒は
最初は狩野派を学んで

そのあと 円山派を学んだ。

それだけ 勉強し
修行した人なので

やはり 線なんかも
非常に強弱があり表現力がある。

この作品は まったく もう
太いだけの線で抑揚がない。

で フニャフニャとしてしまっている。

でも 鍾馗様
厄除けの神様ですよね。

飾っていらっしゃるということで
よろしいかと思います。

<最後は おもちゃコレクターの…>

きっかけは なんやったんですか?
子どもが生まれて

その 子どものために おもちゃを
買いに行ったりしてて

そこで ちょっと
ブリキを見つけて

ほんで
その色合いが好きになって…。

<以来 コツコツ集め
現在 コレクションは ざっと100点。

当初は妻に小言を言われたが

ある時 一緒に
おもちゃ屋に行ったところ

セルロイドの人形に興味を示したので
すぐさま…>

なるほど。
奥さんを自分のテリトリーに

入れていったわけですね。
そうです。

< お宝は…>

オートバイのハンドルなんです。

(石田)あ~ ほんまや!

<手に入れたのは 三十数年前。

家族で親戚の家に行った際

近くに古びた おもちゃ屋が
あったので中に入り

昔のおもちゃは ありませんかと
聞くと

奥から これを持ってきてくれた>

これ見た瞬間 どうでした?

今の ガッツポーズですか?
そうです。
優しいガッツポーズやな。

(笑い声)

いくらで買われたんです?

え~!?

< もし これが高ければ

家族みんなで
焼肉を食べにいくつもり>

ご家族 何名ですか?

9…。

<本人評価額は
14人分の焼肉代として 5万円。

家族は 皆
焼肉は決定事項のように

はしゃいでいるが
もしも安かったら どうしよう…。

果たして 結果は!?>

(2人)ジャカジャン!

< よかった~!>

(拍手)

すばらしい おもちゃですね。
ダイハツ・ミゼットは

1957年から1972年に生産された

街のヘリコプターというのが
キャッチフレーズです。

小回りが利いて 小さいわりには
荷物がたくさん積めたと。

そして 大村崑さんがコマーシャルで
「ミゼット ミゼット ミゼット」って連呼した。

この おもちゃは 当時の値段は
だいたい 140円前後です。

遊ばれてないから
状態が すごくいいです。

ミゼットというのは人気があるんです。

いろんなメーカーが
作っていたりするんですけど

これは 箱を見ても
おもちゃを見ても

マークが まったくないんです。
(石田)えっ?

(北原)ホント 我々
おもちゃコレクターの中では

どこのメーカーが作ったのかって
話題になった

謎のおもちゃなんです。

<出張鑑定 IN いちき串木野は
これにて 無事閉幕>

<続いては 名古屋市千種区から。

早速 ご自宅にお伺いしました。

次なる依頼人は
黙々とストレッチをしている この方>

<3年前
ヨガ教室にかよい始めて以来

こうして 自宅でストレッチをするのが
日課になったそうです>

ちょっと見てください。

< うわ~ すごいですね!

実は 浅田さん

それで

<ヨガの他 卓球や社交ダンス

ペン習字 カラオケなど

毎日のように
教室にかよっているそうです>

今は

< ぜひ 頑張ってください!

ところで…>

<50年ほど前
骨董好きの純男さんと

岐阜県の骨董店を訪れた際
そのお宝を発見。

とても珍しいと思ったため
買ってしまったそうです。

値段は…>

当時の5万円は
私たちにとっては大金でした。

<以来 ずっと
大事に保管しており

いずれは 息子さんに
受け継いでほしいと

思っているのですが…>

名品だとわかれば 大切に
してくれると思いますから

鑑定のほど
よろしくお願いいたします。

<果たして その お宝とは?

スタジオで拝見しましょう!>

依頼人の登場です!

愛知県からお越しの
浅田千代子さんです。

ようこそ 「鑑定団」へ。
よろしくお願いいたします。

よろしくお願いします!
よろしくお願いいたします。

きれいな お着物で…
気合いが入ってますね 今日は。

習いごとも
たくさん やられてますから。

卓球も
やってらっしゃいましたね。

結構 卓球
うるさいほうなんですよ。

私たち 試合に出るような
卓球じゃないんです。

いいんです…。
せっかくですから ちょっと

何か テクニックというかね
聞いておきたいことは…。

うまくなってしまうと 相手に
なってくれる人がいないから

うまくならないほうが…。

お宝オープン!

あら!

これは?
仁阿弥道八の大茶碗です。

お茶碗。
はい。

ご存じやったんですか?
いえ 全然。

全然 知らないけども
何か ひかれるものがあった?

私は 食べるものの
入れるものかなぁと思って。

チキンラーメンには ピッタリ…。
そうなんですよ。

抹茶茶碗だ言われて
えっ 抹茶茶碗って

普通こういう感じが…。

もう少し小さい
小ぶりなイメージですけど。

ご主人は このお宝については。

これいいねって言って。

主人が欲しいというものは
私も いいなで すぐ…。

仲よしでね。

あの頃はね
よく儲かったんですよ。

50年前の5万というと
今のいくらくらいなんですか?

1日の売り上げで
5万円あったら

うわぁ すごく
売れたなぁっていう感じ…。

お寿司屋さんの1日の稼ぎが。
そうなんです。

何て言ってるんですか?
息子さんは。

安ければ うちに猫が
4匹もいるから

猫の1匹のエサ…。

息子さんが言ってるんですか?
そうなんです。

ホントに このバカ息子!

前 本物ありました こういうの。

えっ?
こんな色の本物。

前 本物ありましたって
あたかも これが偽物みたいに…。

似たようなの…。

<京焼は 安土桃山時代に始まり

400年あまりの伝統を誇る。

その長い歴史のなかで
幕末の三名工と謳われるのが

青木木米 永楽保全

そして 仁阿弥道八である>

<幼い頃から父に従い
作陶に励んだが

更に腕を磨くべく

<当時 頴川は 京焼で初めて
磁器の焼成に成功し

文人の間で流行していた
煎茶道具を作っていた。

当然 あまたの陶工が
これに倣ったが

道八は むしろ茶の湯の道具に
重きを置き

伝統的な京焼の美を
追求したのであった。

1811年 京の五条坂に窯を開くと

三島 刷毛目 御本

伊羅保などの
高麗茶碗

あるいは

野々村仁清 尾形乾山などを
手本とし

その写しに心血を注いだが

道八の作は 本歌が持つ味わいを

忠実に写し取っただけでなく

更に そこに独創性を
加味したものであった。

そのなかで最も評価が高いのが

桜と紅葉を対比させた
雲錦手である。

この装飾は 明らかに乾山の
色絵に想を得たものだが

釉の下に白泥を散らして
桜を表し

濃い赤絵の具を主体にして

楓の葉を力強く描いており

ここには 道八ならではの
創意と工夫が見てとれる。

また その才能は彫塑においても
遺憾なく発揮された。

それらは 色絵の
図案化された文様とは対照的で

写実に徹しており

寿老人などの置物
狸や猫をかたどった手あぶり

香合や根付けなど

いずれも実に表情豊かである。

その1つ 寿星置物は

寿星が架空の存在であるにも
かかわらず

その表情は
ふくよかな笑みをたたえた

温和な老人のごとくで

更に頭部や手には
あえて釉をかけず

人間の肌の質感を
みごとに表現している。

あるいは 僧衣をまとい
座禅を組む

狸をかたどった炉覆。

愛嬌あふれる姿から
袈裟狸と呼ばれ 珍重されたが

この圧倒的な存在感や
ユーモアあふれる作風は

それまでの京焼では まったく
例を見ないものであった。

かくして道八の人気は
高まるばかりで

宮門跡や諸大名から 注文が殺到。

更に石山寺や西本願寺

紀州徳川家で御庭焼の指導をし

その名は全国に とどろいた。

60歳を過ぎてからは
家督を3代道八に譲り

桃山城下に隠居し
作陶を続けたが

この頃 手がけた
錆絵金彩桐一葉鉢は

錆釉と染付で
枯れ葉の質感を出し

金彩で葉脈を
みごとに表現しており

道八晩年の傑作といえよう。

改めて依頼品を見てみよう。

仁阿弥道八の黄伊羅保 大茶碗で

直径は およそ18センチ。
通常の茶碗の直径が

13センチほどであることからすると

やや大振りで 裏には道八と

銘が記されているが…>

ご本人の評価額に
なりますけども。

50万。
50万。

当時5万円ですから
10倍くらいはね。

そうそう。
わかりました。

50万でまいりましょう。
オープン ザ プライス。

200万円 すごい すごい!

やりましたね。
よかった!

仁阿弥道八の作品というのは
大変に偽物が多いんです。

これは珍しく本物です。

そして 極めて状態がいい。

昨日 窯から出たような
輝きがある。

仁阿弥道八という人はね
大変に写実主義で

本家の黄伊羅保を見て
しっかりと写してると思います。

端反りでもって わんなりで
静かな形をしてて

そして 胴に細かい ろくろ筋が
ずっとついておりますね。

高台は竹の節高台で

中側に兜巾の盛り上がりが
ちょこっとある。

粘土をろくろで
立ち上げていくと

土の過不足によって
口のところが

でこぼこの
べべら口になるんですよ。

それを へらでもって
ぐるっと おさえてますね。

そうすると 樋口になる。

樋口というのは
水を流す樋の形ですね。

これね 黄伊羅保の
約束のひとつなんですよ。

ところが 茶碗の中を見ますとね

パシャッと こう薄緑の
灰釉をかけてある。

写しではないんだと。

これは道八の
創作なんだという心意気が

そこにあるわけなんですよ。

お正月のお祝いに福茶を飲む
お茶碗なんです。

非常に縁起のいいものなんです。

ぜひ これで福茶を
召し上がってください。

もう今日 一服
ぜひ楽しんでください。

ありがとうございました。
どうも 貴重なもの

ありがとうございました。
どうもありがとうございました。

<依頼人 大募集>

「鑑定団」 また来週です。
さようなら。


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