ザ・プロファイラー「“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン~」 斉藤由貴、立川志らく、眞鍋かをり


出典:『ザ・プロファイラー「“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン~」』の番組情報(EPGから引用)


ザ・プロファイラー「“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン~」[字]


永遠の妖精と呼ばれたオードリー・ヘプバーン。「ローマの休日」「ティファニーで朝食を」など、華麗な演技の裏にあった戦争の影。知られざる苦悩に迫る。MCは岡田准一


詳細情報

番組内容

岡田准一が、今も絶大な人気をほこる女優・オードリー・ヘプバーンをプロファイル!戦争でバレリーナの夢を断念し渡米。初主演「ローマの休日」で一躍スターになり、「ティファニーで朝食を」「マイフェアレディ」などに主演し、世界中をとりこにした。その裏で、離婚や流産を経験するなど、人知れず過ごした苦悩の日々があった。晩年はチャリティーに力を入れる。今も愛されるオードリーの知られざる姿を多彩なゲストとともに探る

出演者

【司会】岡田准一,【ゲスト】斉藤由貴,立川志らく,眞鍋かをり



『ザ・プロファイラー「“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン~」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

ザ・プロファイラー「“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン~」
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『ザ・プロファイラー「“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン~」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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そんな悩みを抱える少女がいました。

のちに 「永遠の妖精」と呼ばれる…

僕にとっても 憧れの存在です。

自分に自信が持てなかったという
オードリー。

そんな彼女が いかにして
世界的なスターと なったんでしょうか。

今も 多くの人々を引き付けてやまない
「ローマの休日」。

「ムーン・リバー」のヒットでも知られる
「ティファニーで朝食を」。

数々の名作に出演した…

晩年には ユニセフの活動に力を注ぐなど
人々に愛され続けた。

だが その人生は
決して 順風満帆なものではなかった。

心に深い傷を残した…

戦争中には 栄養失調で倒れる寸前に…。

そして 女優としての絶頂期に
9年もの間 映画界から姿を消した。

華麗な経歴の裏側に 一体 どんな
人生のドラマが秘められていたのか?

今夜は 「永遠の妖精」と呼ばれる
オードリー・ヘプバーン。

その知られざる苦悩を プロファイル!

♬~

オードリー・ヘプバーンは
初めて主演した「ローマの休日」で

主演女優賞に輝いた。

ローマを訪問中の ある国の王女が
がんじがらめの生活から逃げ出し

偶然 知り合った新聞記者と恋に落ちる
ラブストーリーである。

もともと 王女役として
名前が挙がっていたのは

当時 ハリウッドを代表する女優だった…

しかし 監督のワイラーは…。

オーディションに臨むオードリーを
撮影した 貴重な映像がある。

当時 オードリーは 22歳。

数本の映画で 端役をこなした経験が
あるだけの無名の女優だった。

そんな彼女に スター性を見いだしたのは
監督だけではなかった。

恋人役を演じた グレゴリー・ペック。
当時 トップスターだった。

もともと この映画は グレゴリーが主演
オードリーは 助演のはずだった。

だが グレゴリーは…。

有名な「真実の口」のシーン。

グレゴリーは 経験の浅いオードリーに
自然な演技をさせようと

あるアイデアを持ち出した。

手首が見えないことに
本気でおびえた オードリー。

まさに 自然な反応だった。

撮影開始から2年 ついに映画が公開。

細身で 清楚なオードリー。

オードリーの登場は
人々に衝撃を与えた。

それまで ハリウッド女優といえば

マリリン・モンローや
エリザベス・テイラーなど

グラマーで 官能的なタイプが
主流だったからだ。

「LIFE」誌は オードリーを表紙に抜てき。
8ページに わたって特集を組んだ。

オードリーの人気は アメリカ
ヨーロッパをはじめ 日本にも…。

ヘプバーン・カットと呼ばれる
ショートカットが 大ブームとなった。

中には
オードリーの細く長い首に憧れて…

初の主演作「ローマの休日」によって

オードリー・ヘプバーンは
一躍 世界的なスターとなったのだった。

オードリーのね 影響力っていうのも
すごいなっていうのを感じましたけど

「ローマの休日」 皆さん どのような印象を
お持ちですか? 斉藤さんは。

緻密に作り上げられたものというよりも

その一瞬一瞬に 次には もうないような
輝きを こうふっとキャッチしたような

そういう 何か偶然のすてきな要素が
こう集まって

化学変化を起こしたみたいな
そんな映画っていう印象があります。

何か存在自体で
彼女が 自然に中心になって

周りが それを中心に どうやったら
よくなるかっていうのを考えて

動いてる感じが すごいしましたけどね。

志らくさんは オードリーのこと
どう思ってるんですか?

「オードリーのこと
どう思ってるんですか?」いや~ 私は…。

最初に聞いておきたいんですよ
志らくさんに。

女優としては
とっても すばらしいし好きですよ。

合わない! やっぱり…

そっちの方が 客観的に見れるんですよ。
へえ~。

ただ うまいか下手かで言ったらば…

人が こう言ってるっていうの
卑怯ですよ。

でも ちゃんと やっぱ見ると
あの そんなに うまくないのが

かえって この映画の場合は
よかったって 私は見てますね。

…っていうか 逆に聞きたいですけど
あの 女優って うまいこと必要ですか?

いらないです。 女優も男優も
そりゃ うまいに越したことはないけど

うまい役者なんていうのは うまいって
いうのが 客に ばれてるわけだから

うまいよりも 魅力がある役者の方が
どれだけ すごいかってことです。

なかなか持てないのが
魅力って言いますからね。

あのね 手首が こうヒュッて引っ込んでる
あのシーンとか まさに そうですよね。

あのフレッシュな リアクションというか
アドリブに対しての。

あれ フレッシュだったんですね。
フレッシュにしては すごいですよね。

でも多分 あれ場慣れしている
女優さんだったら

「あっ 監督 これNGじゃないですか?」
みたいな

もしかしたら そんなシーンに
なっちゃってたかもしれないけど

あんなに キュートなリアクションを
出せるっていうのは

もしかしたら フレッシュさが
なせたことかもしれないですよね。

オードリー・ヘプバーンは
やっぱり こう…

シンプルな美しさを持ってるイメージは
やっぱり ありますかね。

何か 素の良さみたいな。
素の良さ ナチュラルな良さみたいなのを

生き方の良さみたいなのが詰まった女性の
シンボルみたいな イメージがありますけどね。

じゃあ 志らくさんと対照的に
女性としての…。

そう…

オードリー・ヘプバーンは

もともと
女優になりたいわけではなかった。

若い頃の夢は バレリーナ。
周囲からも 将来を期待されていた。

だが オードリーは バレエをあきらめ
女優の道へと進む。

いったい 何があったのか?

1929年 オードリーは
ベルギーのブリュッセルで生まれた。

母 エラは オランダの貴族の出身。

父 ジョセフは イギリス人だったが

金融の仕事の関係で ブリュッセルに来ていた。

2人の間には争いが絶えず

オードリーは
どなり合いが始まると隠れて耳を塞いだ。

こうした体験から いつしか…

そして 6歳の時 ついに 父が姿を消した。

10歳の時 更に 暗い影が忍び寄る。

当時 オードリーたちは
イギリスに住んでいたが

ナチス・ドイツの
空襲を恐れた母が

中立国だった オランダのアルンヘムに
逃げることにした。

翌年 ドイツ軍が オランダに進撃。

アルンヘムは
占領されてしまったのである。

イギリス国籍のオードリーは…

いつ 収容所に入れられても
おかしくなかった。

母からは 「絶対に 人前で英語を話すな」と
厳重に注意された。

オードリーは
ユダヤ人が 次々と収容所に送られたり

ナチス・ドイツに抵抗する
レジスタンスの活動家たちが

射殺される光景を 目の当たりにする。

恐怖が 日常と化していた。

そんな中 支えとなったのが
幼い頃から習い続けていた バレエ。

専門家からも 絶賛されるほどだった。

戦争中 オードリーは
しばしば 秘密のバレエ公演を行い

レジスタンスの活動に 資金を提供した。

また レジスタンスの連絡係も務めた。

子供は 学校の行き帰りがあるため

大人に比べ
自由に 町を動き回ることができた。

後に アンネ・フランクの存在を知った
オードリーは こう語っている。

だが 戦争が長引くにつれ…

オードリーも 危機にさらされる。

オードリーは 栄養失調で
歩くのが やっとという状態に陥った。

ドイツの占領下から解放された1945年。

16歳のオードリーは 168cmの身長が
ありながら 体重は 僅か41kgだった。

戦後 オードリーは イギリスに戻った。

バレエ界の有名な指導者 マリー・ランバートの
レッスンを受けることになったのだ。

目指すは
バレエ団の最高位 プリマ・バレリーナ。

だが 二十歳の時 こう告げられた。

戦時中の栄養不足で
筋肉の発達が不十分だったことに加え…。

バレリーナの道を断念したオードリーは
モデルの仕事をしたり

ミュージカルや映画の端役を
こなすようになる。

生きていくために
稼がねばならなかったのだ。

世界的スターになる前の人生を
ご覧頂きましたが

戦争というものが オードリーに
こう深いものを残していたというのは

何か初めて知った感じがしましたけども
プロファイルテーマは

「なぜバレエをあきらめて
女優になったのか」ということですけども。

眞鍋さんは リストで気になるものは?

そうですね でもやっぱり
びっくりしたのは 栄養失調でしたね。

だって 自分のせいじゃないんですもんね。

それで 夢をあきめなきゃいけないって
いうのは すごくショックですよね。

今の僕たちって あきらめることに
慣れてないじゃないですか 多分。

でも 戦争中とか 生きていると
日々 こう あきらめることだったり

絶望だったり 突きつけられてくるから

その あきらめるっていうことに関しての
ものっていうのが…。

多分 あれですよね。

自分の努力とか 何とかっていうものと
関わりのないところで

「これは できませんよ」とか そういう自分
どうしようもないことじゃないですか。

身長が高いことも そうですよね。
高いことも そうだし

そういうのを
あの経験してるっていうことが

自分が そのあと 女優をやるっていう
キャリアを積むうえでも

ちょっと こう離れた 俯瞰的に

冷静に 客観的に 自分のやっていることを
見るっていうことが

できた部分もあるのかな なんて。

でも このキーワードを見て
改めて「ローマの休日」の演技見ると

ほんとに すごいなって思いますよね。
あのフレッシュさというか…

そうですよね。 考えてみたら こういう
こう5年も 修羅場くぐってきて

あの「ローマの休日」のピュアさって
どうやって出せるんですかね?

やっぱり 「私たちは生き残りました。
それが一番大事なことでした」っていう

例えば 私の師匠の談志 それから
談志の盟友だった 大林宣彦監督

みんな 自分たちが食えなかった
世の中が食えなかったって

これは やっぱり戦前 戦後ではものすごい
バイタリティーに差が出てくるんですよ。

やっぱり ここで ナチス相手に
生きてきたっていう

それで生き残ったっていう強さ だから
戦争で生き残った人間っていうのは

「生かされた」っていうのは
ものすごい強いんですよね。

だから 命を粗末にしない。

それが だからこの もともとヘプバーンって
恐らく その芯の強かった。

それに輪をかけて ものすごく
女優に深みを持たせたっていうのは

ここら辺に
原因があるんじゃないですかね。

あの「失踪した父」という
影響も大きかったと思いますか?

何か こう足りないっていう
その喪失感みたいなものを

持ってるっていうのって 女優にとって
ものすごく もしかしたら

すてきな ある素養なのかもしれない。
素養というか 要素というか。

何かを こう求めても求めても得られない
こう悲しさ むなしさ

追っかけても得られない何かって… うん。

何か それが逆に女優としての魅力に
何か つながっているというか

そんな感じもします。

求められたいって
誰にでも あったりするじゃないですか。

父親だったり いろんな人を
失っていくことを経験していたりすると

必要とされる 求められるって
いうことに対しての ものって

やっぱり すごく大きかったのかなって
思うんですよね。

何か自然の流れで その中で自己表現を
することで 何かを求めてもらえるって

すごく幸せなことを
こう感じていたのかなという。

「ローマの休日」に続く
主演作「麗しのサブリナ」。

大富豪のお抱え運転手の娘 サブリナが

洗練された女性に生まれ変わり
大富豪の息子と結ばれる物語である。

このころ オードリー・ヘプバーンは
まだ演技に自信がなく

容姿にも引け目を感じていた。

それでも オードリーは前向きだった。

オードリーは かつてのモデルの経験を
踏まえ ファッションにこだわった。

そして 「麗しのサブリナ」の制作にあたり
一人のファッション・デザイナーを訪ねた。

頭角を現し始めていた
ジバンシィである。

ところが ジバンシィの方は
「ヘプバーンが来る」と聞き

思い浮かべたのは 当時の大女優
キャサリン・ヘプバーン。

だが オードリーは
すでに ある服から選んだ衣装を

まるで オーダーメードのように
完璧に着こなす。

驚いたジバンシィは
衣装を作ることを約束した。

その後も ジバンシィは 数多くの映画で
オードリーの衣装を担当する。

本屋の店員が ファッション雑誌の
モデルとなる「パリの恋人」。

この映画で オードリーは

バレエの経験を生かし
華麗なダンスを披露。

シンプルな美を追求する ジバンシィの衣装は
オードリーの魅力を引き立たせた。

一方 私生活でも 大きな出会いがあった。

俳優で映画監督の メル・ファーラー。

パーティで知り合った2人は
すぐさま 恋に落ちた。

間もなく
舞台「オンディーヌ」で共演。

翌年 オードリー25歳の時に 2人は結婚。

そして すぐに妊娠。

両親が
けんか別れした オードリーにとって

幸せな家庭は
何よりも憧れていたものだった。

だが…。

悲しみの中 オードリーは

夫 メルとの時間を
一層 大切にするようになる。

映画「パリの恋人」に出演したのは

夫が パリで
別の映画のロケをしていたから。

オードリーは ホテルに 銀の食器から花瓶
ベッドシーツに至るまで

50箱以上の荷物を持ち込んだ。

メルが監督する映画にも出演。

ところが 出演者の間で 監督のメルの
演出に対する不満が募っていく。

その後 オードリーは
再び流産したものの

3度目の妊娠で ついに
長男 ショーンを授かる。

31歳の時だった。

出産後 オードリーは
こう叫んだという。

母になったオードリーは 女優としても
新たな境地を切り開こうとする。

「ティファニーで朝食を」。

主人公は 自由奔放に生きる娼婦。

自分自身とは 正反対の役柄だった。

オードリーは 見事に演じきる。

この映画では
歌にも挑戦しなければならなかった。

「ムーン・リバー」である。

♬~

だが 試写会の席で 映画会社の社長は…。

オードリーは さっと立ち上がると…。

結局 映画は そのまま公開。

「ムーン・リバー」は 映画史に残る名曲となった。

♬~

そして 女優 オードリー・ヘプバーンに
対する評価も 一層高まったのだった。

さあ ということで 「ムーン・リバー」
これ 名曲中の名曲として

今 いろんな人が歌い継いでいますけどね。
そうですね。

いや それは あの
あまりにも有名なシーンだから

本当に すばらしいっていうふうに
我々は思うんだけども

多分 うまい下手で判断したら…

うまくない。
はっきり言うと 何ですか?

社長が これをカットしろって
言ったのは そうなの。

「お前 歌下手だな」と。
だから これ流すと恥になるから

映画全体のクオリティーが下がるから
これを カットしようと。

でも ヘプバーンは この映画の中で
自分を このラッシュで見た時に

表情が あまりにも よかったと。

それで それは監督のものなんだけども
でも芯の強さが出てるってことですよね。

もう単なる操り人形だけになっちゃったら
しょうがないと

自分は やっぱり
言いたいことは言うんだという

芯の強さが ものすごく出てます。

まあ オードリーといえば
やっぱり ファッションということで

ちょっと
写真を いろいろ用意していますので

みんなで見ていきたいなと
思うんですけど まず1枚目はこちらです。

「ローマの休日」の時の
オードリーということですけれども。

すごく この人が上手だなと思ったのは
最初 これ まくってるでしょ これ。

登場の時は 長袖なんですよ。

それが 途中で髪の毛 短くした途端に
これに なるわけでしょ。

そうすると 衣装替えてないんだけど
ものすごく おしゃれに感ずるんですよね。

天性のやっぱりね センスがあるんだと思う。
その ファッションに対しての。

自分の見せ方っていうことに関しては
自信はないって おっしゃってるけど

でも きっとね すごい
こういうふうにしたら

もっと すてきになるとかっていうことが
天性の勘で分かってるんだと思いますね。

続いては 「麗しのサブリナ」より。

これは あれですか
サブリナパンツっていうものなんですよね?

これから? これから サブリナ…
どうした? どうした?

全然 僕 ファッション分かんないですって
感じが すごい何か出てて。

知ってるの? 知ってるんですか?

今も 普通に雑誌に書いてありますよね
サブリナパンツって。

この映画から?
(志らく)この映画からですよ。

自分の細さをよく知ってて 何て言うの

しかも ちゃんと こう
欠点をカバーしてる感じがありますよね。

首の長さを あまり強調しすぎないとか

すごく 自分をよく知った
スタイリングだなって感じます。

シンプルだから ほんとに何か見てたら
まねしたくなっちゃうような

ファッションなんですけど これを
気軽に まねしたら危険なやつですよね。

(志らく)ただのお葬式に
なっちゃいます。        ねえ。

これも 同じ「麗しのサブリナ」より。

ここから生涯の親友となるジバンシィとの
記念すべき第一歩ということで。

これ ほんとに グラマラスな人が着たら
ちょっと ほんとに 何か

ボーンみたいになっちゃって ちょっと
色気 出すぎちゃうかもしれないですよね。

じゃあ 次 行きましょうか。
これ 「ティファニーで朝食を」。

これ オープニングで着ている衣装だと
思いますけど

早朝のマンハッタンの街に
この格好で現れたのは 衝撃的だった。

ほんとに このタクシーがね ティファニーの前に
ヒュッと乗りつけて 降りるんですけど

何か今だと 画像を加工したんじゃ
ないかって 言いたくなるぐらい

もうね 後ろ姿がね
もうね 腰から足の長さがね

尋常じゃなく美しいんですよね。

もう演技とか 何とか
そういうこと関係ないんですよ。

その有無を言わせない
納得させる力みたいなものが

もう立ち姿だけであるんですよね。

美しい1枚ですよね。

欠点と向き合い 逃げようとしない
というのを ずっと言ってましたけど。

何か グラマーな人じゃ
絶対できないのを

私は やりますっていう思いを
すごく感じるというか

やっぱ 細くないと魅力的に映らない
シルエットを強調してるんですかね。

何か グラマーつぶし みたいな。
(笑い声)

自分に 完璧に自信がある人なんて
いないじゃないですか。

女性が陥りやすいのは
やっぱり欠点があると 例えば

こうちょっと ふっくらしすぎてたら
それを隠そうとして

ダボッとした服を着ようとしたりとか

だけど あえて自分は ここが足りないなと
思うところと向き合って

それを 自分の武器に変えていく。
で それによって

なおさら 魅力的に見えるっていうのの
ほんと お手本というか

先駆者という感じは
この写真を見てると すごい感じますね。

(志らく)誰も やる人がいなかったのが
これが 私なんですからってやったのが

男性が こう見て 「わっ
こういうのも きれいだね」ってこう

「むしろ
こっちのが いいんじゃないの?」って…。

それが 時代が
変わっていったってことですよね。

何か 一枚一枚 こうキャラクターを
自分の中で 見つけていって

役を見つけようとしている感じが
すごく してくるというか。

誠実に 1個1個の仕事に
向きあっていた オードリーが

見えてくる感じがしますけどね。

そんな感じないですか? 志らくさん。
そりゃ もう異論はありません。

「ティファニーで朝食を」で

女優として高い評価を勝ち得た
オードリー・ヘプバーン。

その後も 「マイ・フェア・レディ」など
ヒット作に出演し続けた。

だが 38歳の時 突然 映画界から姿を消し
9年もの間 沈黙する。

一体 何があったのか?

「ティファニーで朝食を」の
撮影が終わる頃

次に やりたい役を尋ねられた
オードリーは こう答えていた。

2年後
その念願が ついに かなうことに!

だが 状況は複雑だった。

このころ 「マイ・フェア・レディ」は
ブロードウェイのミュージカルとして

空前の大ヒットを記録。

主演のジュリー・アンドリュースに

映画にも出演してほしいという声が
高まっていたのだ。

そんな周囲の期待に反する形での主役。

オードリーは それほど得意ではない歌に
磨きをかけようと

何か月も レッスンを受け続けた。

そして…。

「マイ・フェア・レディ」が 公開。

言葉遣いの悪い花売り娘 イライザが

言語学者の指導のもと レディーへと
生まれ変わるミュージカル映画である。

そして 問題の歌のシーン。

♬~

なんと オードリーの歌声は ほとんど
プロの歌手によって 吹き替えられていた。

当時 歌のシーンを吹き替えるのは
よくあること。

しかし 猛練習を続けてきたオードリーは
激しいショックを受けた。

追い打ちをかけるように

ジュリー・アンドリュースの主演を
期待していた人々から

「役を奪っておきながら
自分で歌わない」と 非難の声が…。

「マイ・フェア・レディ」は 8つの部門で
アカデミー賞を受賞したものの

オードリーが関わる主演女優賞の部門では
ノミネートさえされなかった。

そして 主演女優賞を獲得したのは
あの ジュリー・アンドリュース。

しかも 出演した「メリー・ポピンズ」は

吹き替えに頼らず
主演女優が 自ら歌うという

ミュージカル映画の
新たな時代を切り開くものだった。

オードリーは…。

そんな彼女に
更なる試練が…。

夫 メルとの破局である。

家族を優先したい オードリーに対し
仕事を優先してほしいと望んでいた夫。

3度目の流産が
別れの きっかけとなった。

失意のオードリーを
救ったのが

イタリア人の精神科医
アンドレア・ドッティ。

メルと別れた翌年 2人は結婚。

すぐに オードリーは妊娠した。

だが 9歳年下の夫は
ナイトクラブで戯れる日々。

2人目の息子 ルカを
無事出産した オードリーは

幸せな家庭を築くことに
全精力を注ぐ。

そして 映画の出演依頼を全て断った。

オードリーは 映画界から姿を消した。

続いての プロファイルテーマは

「なぜ映画界から姿を消したのか?」
ということで 志らくさん。

彼女の大きな間違いは 役者は演技が
うまくなくても 魅力があれば成功する。

あの「ティファニーで朝食を」の時は
ほんの鼻歌程度だから

歌が うまくなくても
魅力的だったんですよ。

だけど…

私は 味のある歌を歌うから
味のあるダンスを踊るからとか

そんなんじゃ 通用しないじゃないですか。
そうですね。

このあと まあ映画の
出演依頼を断るっていうとこに

つながっていくんだと思いますけど。

もともと 演技が
うまい人じゃないわけですよね。

下手くそなんですよね。
他のうまい女優と比べたら。

下手くそではない。
何回 下手くそって…。

下手くそではないですよ。
いや~ まあまあ 下手くそでしょうね。

それがね 「マイ・フェア・レディ」って
ほんと すばらしい作品なんですよ。

映画としては。
だけどね 彼女の何が駄目かっていうと

一生懸命 言葉のレッスン…
今 ワンシーン出てきたけども

あそこを もっと面白くなるはずなんです。
うまい コメディエンヌがやったら。

彼女 うまくないから
あそこ 全然面白くないです。

だから 恐らく 彼女はね

この映画で 自分の役者としての限界を
悟ったんじゃないですかね。

すごく複雑な気持ちもするんですよね。

だって 「私は そんな大女優じゃないし

スターになりたいって思ったことなんか
ないわ」って コメントしてますけど

でも その前には 彼女は やっぱり

「イライザのためだったら何だってするわ」って
言ってるわけですよね。

だから その 彼女は多分 すごく
揺らぐ人だったんじゃないかなって。

芯の強いところもあるし でも だから
あの そこも魅力の一つなんだけど

どっかで 「ああもう ちょっと離れよう」
離れずには おられない瞬間って

多分 彼女の中にあったと思って
彼女にしてみれば

そういう何かこう
しれつな競争っていうのも変ですけど

そういうものに 自分が身を置くことに

何か もう疲れちゃったのかな
なんていうふうには感じますよね。

でも やっぱり 彼女が母でなければ

もう一回 何くそって言って 頑張った
かもしれないとは思うんですけど。

お母さんの気持ち 分かりますもんね。

何か それまでは すごく自分が輝いて
仕事をしてることが

子供にも胸を張れて すごくプラスに
なっていたのかもしれないですけど

逆に つらい経験になったりとか
バッシングの的になることで

今度は それが 仕事イコール 子育てに
マイナスなことに変わってしまった途端に

だったら マイナスになるぐらいだったら
私は 仕事もういいですっていうふうに

切り替えたんだと思うんですよね。

大事なものが 子供になりますからね。
そうですね うん。

だから 母としての判断っていうことで
考えると

何か すごく納得のいく判断だったんじゃ
ないかなと思いました。

いや 何か でも すごくシンプルな人
なんじゃないかっていうのを思っていて

だから 自分にとって 家族にとって
一番幸せを求めながら

生きている感じが すごい
してくることは あるんですけどね。

そのために
別に仕事をしなくても よかったし

まあ うまくいかなくなってきた時に

すがりついても
やることではないなという感じが

自分の中で あったのかなという感じが
ちょっとするというか。

46歳の時 オードリー・ヘプバーンは
9年ぶりに映画に出演した。

「ロビンとマリアン」。

ロビンフッドと 恋人 マリアンの
晩年を描いた作品である。

このカムバックを
後押ししたのが 子供たちだった。

ロビン・フッド役の ショーン・コネリー。

つまり 初代 ジェームズ・ボンドに
会いたかったのだ。

しかし その後
映画界に 本格的に復帰することはなく

出演したのは…

家庭を第一に考える
オードリーだったが

夫 アンドレアは
女遊びを繰り返していた。

結局 2人は離婚。

そして オードリーにとって
最後の伴侶となったのが

7歳年下の俳優
ロバート・ウォルダースだった。

それまでの夫と違い

ロバートは オードリーのことを
第一に考える男性だった。

2人は 生涯 籍を入れることはなかったが
お互いを 心から信頼し合った。

生活の拠点としたのは スイスの小さな村。

「戦争のない国」だったことが
理由の一つだった。

そして 59歳の時
オードリーは 新たな活動に乗り出す。

ユニセフの特別親善大使となったのだ。

かつて ドイツの占領下で
栄養失調に陥った オードリー。

解放された時
救援物資を届けてくれたのが

ユニセフの前身 アンラだった。

最初の仕事は 飢餓が深刻化していた
エチオピアの視察。

世界の関心を エチオピアに
向けさせるのが ねらいだった。

マスコミ嫌いの オードリーだったが

ユニセフの仕事を始めてからは 進んで
インタビューを受けるようになった。

更に オードリーは
ユニセフの慈善事業として

「アンネ・フランクの日記」の朗読を軸とした
音楽コンサートを 自ら企画する。

実は 20代の人気絶頂の頃 オードリーは

映画「アンネの日記」への出演を
断り続けていた。

アンネの人生を 自分の収入につなげる
気にならなかったのだ。

だが 今回は…。

63歳の時 オードリーは
ユニセフの活動で ソマリアを視察。

戦争と飢きんで荒廃した この国では
800万人が 餓死寸前に陥っていた。

その光景は 想像を絶するものだった。

オードリーは 世界に…

まもなく 国連は
アメリカ軍を中心とする 多国籍軍を

人道支援のため ソマリアに派遣した。

ソマリアから戻ったオードリーは
体調不良を訴えた。

当初は 感染症かと思われた。

だが 末期がんだった。

最後の望みは
自宅で クリスマスを迎えること。

そのクリスマスを 家族と過ごした
オードリーは こうつぶやいた。

4週間後 オードリーは 息を引き取った。

63年の生涯だった。

あの まあ
私も女優という職業をしていて

それは あくまで やっぱり
あの 仮想の世界というか

物語の世界に 生きてるわけですよね。

どんな すばらしい物語
映画にしても 何にしても

やっぱり 現実の前では
かなわないとこってあると思うんですね。

特に あのオードリー・ヘプバーンは
彼女の生涯を通じて

愛を与えたい。 愛を分かち合いたい。

それでなければ 意味がないって
きっと思ってたと思うんです。

そこに あの この世界の現実
あの リアルみたいなものが

自分の世界に飛び込んできたら

そこにいて 私のできることは
何だろう?って

思わずには おられなかったんだろうな
ってことは 何か すごく分かります。

ソマリアでもって あの やせ細った赤ちゃん
子供たちを抱いてる

オードリー・ヘプバーンの顔って
ものすごい きれいじゃないですか。

だけどもね 「オールウェイズ」だとかに
出ているヘプバーンは

メークも あまりせずに それほど
きれいじゃないんですよ 映画だと。

スクリーンに 浮かび上がってくるものは
やっぱり限界があるんですよね。

だから それと自分の このボランティアを
やってる時の顔と比べた時に

やっぱり こっちの方が きれいなんだって
当人も 気がついたんじゃないですか。

だから もう たくさん
映画なんか出ることはないんだと。

私は これを やってるのが
一番 自分らしいんだっていう。

最終的には それが こう
人のためにではなくて

自分を救うんだと思うんです。

多分 オードリーにとっても
その活動に することによって

本当に こう心の安住の地というかを

見つけた思いだったんじゃないのかな
なんて思います。

ほんとに 何かこう 人の幸せって
結局 すごくシンプルなものだなっていう

すごく 愛にあふれた家族がいて

人のために 何かできるっていう。
そこに たどりつくまでに

多分 いろんな みんな道があったり

いつ そうなるかも 人によって
タイミングが違ったりがあるだけで…。

女優さんって
やっぱ 何か分かんないけど

こう全てを許される 何か力があって

現場にいても 何か その笑顔ひとつで
スタッフが こう デロ~ッてなって

全て許されるみたいな存在が ほんとの
女優さんなんだと思うんですよね。

それが何か そういうものって やっぱ

中から出てくるものだったり
するじゃないですか。

そのピュアさ みたいなのを
ずっと持ち続けて

最後まで ほんとに美しく生きて

僕たちに 人生を考えさせてくれたりとか
する人なんだろうなっていうのを思うし

きれいですよね まあ何か。

いい女優さんってね ポーンと
スクリーンに出てきた時に

最初はね あまり魅力的じゃないんですよ。
何 こいつ? これが ヒロイン?

それが 見終わった時に 「うわ~
かわいかった!」って ほれちゃうのが

ほんとに すばらしい女優だと。

だから私も オードリー・ヘプバーン あまり
それほど注目してなかったんだけど

こうやって人生を追っかけてきたら
最後の方になったら 何か…

オードリーが ついの住みかとしたのは
スイスの小さな村。

葬儀の際 人口僅か1, 200人の この村に
2万5, 000人もの人が詰めかけた。

長男のショーンが 挨拶に立った。

死後 クローゼットに残されていたドレスは
僅か10着ほどだったという。

ほとんどを チャリティーのため
売りに出していたのだ。

オードリーは
晩年 こう語っていた。

♬~


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