世紀を刻んだ歌「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」 …メンバーとフレディ・マーキュリーの生涯などを、解きほぐしていく。


出典:『世紀を刻んだ歌「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」』の番組情報(EPGから引用)


世紀を刻んだ歌「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」[字]


イギリスのロックバンド、クイーンの名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の成立に潜んだ謎を検証。メンバーとフレディ・マーキュリーの生涯などを、解きほぐしていく。


詳細情報

番組内容

「世紀を刻んだ歌」シリーズの一本として制作された「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」。イギリスのロックバンド、クイーンの人気を不動のものとした名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の成立に潜んだ謎を検証した。全員が高い知性を備えていたクイーンのメンバー、180ものトラックを駆使した多重録音、中心メンバーのフレディ・マーキュリーの生涯などを、2人の“捜査官”が探るストーリー展開で解きほぐしていく。



『世紀を刻んだ歌「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

世紀を刻んだ歌「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」
  1. ボヘミアン
  2. ラプソディ
  3. イギリス
  4. クイーン
  5. フレディ
  6. no
  7. バンド
  8. トラック
  9. Galileo
  10. 撮影


『世紀を刻んだ歌「ボヘミアン・ラプソディ殺人事件」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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♬~

日英同盟から100周年。

「世紀を刻んだ歌」
今日はイギリスが舞台。

昨年11月24日
ロンドンの日頃は閑静な住宅街に

不思議な人だかりができていました。

この日は あのフレディ・マーキュリーが
エイズで亡くなって ちょうど10年。

生前住んでいたお屋敷の前に
世界中のファンが集まっていたのです。

♬~

♬「Put a gun against his head
Pulled my trigger,  now he's dead」

ファンの人たちが歌い始めました。

クイーンの代表曲
「ボヘミアン・ラプソディ」。

フレディ・マーキュリーが作った歌です。

♬~

「ボヘミアン・ラプソディ」。

この歌には複雑で奇妙な
ある殺人事件が歌われています。

♬~

♬~

♬~

♬~

♬~

(西田)あった。 ビル これよ。

凶器は銃。 でも 犯行のあと
急に怖くなってママに手紙を書いた。

「どうしよう
大変なことしちゃった」ってね。

♬~

♬~

自殺してるかもしれないよ。

♬~

♬~

♬~

あ~ もしもし お母さん? 私。
うん 明日 ロンドンたつけん。

犯人は死んで事件は解決。
日本に帰ります。

もしもし? あ~ お父さん
代わらんでよかよ。

日本に帰りま~す。

♬~

ガリレオが犯人でフィガロが被害者。
スカラムーシュは… 目撃者よ!

♬~

逃げようとする犯人と
そうはさせないビスミラ。

ビスミラ刑事!

♬「No,  no,  no,  no,  no,  no,  no-」

やっぱり犯人は地獄におちて
そこで裁判にかけられてる。

♬~

♬~

すごいことになっちゃったね。

石をぶつけられ つばを吐きかけられる。

こういうのって 何か見たことない?
見たこと?

死刑になる人が
処刑場に連れてこられるじゃない?

その時に周りの民衆とかが石ぶつけたりさ
つば吐いたりするじゃない。

つまり犯人は死刑にされて事件は解決。
日本に帰ります。

もしもし まー君? 私。

♬~

♬~

「Nothing really matters」。
「大丈夫 たいしたことない」。

つまり犯人は何らかの方法で死刑を逃れ
私たちをあざ笑っている。

多分ね。
はあ…。

変な歌よね。
変?

やたら長いわね。

大体 よく知らないのよ この歌。
昔の歌でしょ?

む… 昔?

このバンドって何?
何?

でも この人たち 男でしょ?
もちろん。

じゃあ どうしてクイーンなの?
キングでしょ 普通は。

じゃあ とりあえず
その辺から調べますか。

というわけで
まずはクイーンというバンドについて

2人は捜査を始めました。

(歓声)

♬~

♬「Mama,  just killed a man」

♬「Put a gun against his head
Pulled my trigger,  now he's dead」

♬「Mama,  ooo, 」

イギリスの国民的ロックバンド クイーン。
まずはメンバー紹介。

そして ピアノとボーカルが
ご存じ フレディ・マーキュリー。

バンド結成から20年
不動のメンバーだったクイーン。

その前身は
スマイルという名のバンドでした。

メンバーは3人。

ブライアンとロジャー
そして ボーカルはフレディではなく

ティム・スタッフェル。
バンドのリーダー的存在でした。

そして ティムの友達だったのがフレディ。

同じ大学の同級生でした。

2人が出会った…

♬「Is this the real life
Is this just fantasy」

なかなか芽が出なかったスマイルに
見切りをつけたティムはバンドから脱退。

そのあとにフレディが加わります。

ブライアン ロジャー フレディの3人に
最後にジョン・ディーコンが加わり

1971年 クイーンの歴史が始まりました。

このバンドの特徴はメンバー全員が
かなりのインテリであること。

ブライアンは
大学院で赤外線天文学を専攻。

中学教師をしながら
音楽活動を続けました。

彼のギターは高校時代 お父さんと一緒に
暖炉の木で作ったもの。

ユニークなクイーンサウンドを
このギターが支えました。

ジョンはロンドン大学の電子工学部を
首席で卒業。

ロジャーは医科大学で歯学を学んだ後
生物学を専攻。

そして クイーンの名付け親 フレディは

アートスクールで
デザインとイラストを学び

そのセンスを生かして
バンドのメークや衣装

ビジュアルコンセプトを決めました。

「ボヘミアン・ラプソディ」の衣装は

フレディが人気デザイナー
ザンドラ・ローズに依頼したものです。

この人もクイーンの
ユニークなルックスに驚いた一人。

バンドの伝記を書いた…

音楽とルックスに
知性が加わったクイーン。

なぜこんなバンドが生まれたのか
ビルが教えてくれた。

一つはプログレッシブ・ロック。

インテリで小難しい音楽性と
テクノロジーを追求。

シンセサイザーを使うのが特徴。

そして メークやファッション

グラマラスなロックを追求した
グラムロック。

こうした70年代ならではの
ユニークなロック。

クイーンは その特徴を併せ持った
最先端のバンドだったわけだ。

なるほど。

しかし クイーンは
なかなかブレークしませんでした。

イギリスのジャーナリストや批評家には
全く評価されなかったからです。

イギリス音楽界から
そっぽを向かれたクイーン。

しかし 思わぬところから火がつきます。

クイーンを圧倒的に支持したのは
日本の女の子たち。

初めての来日公演では

ビートルズ以来といわれる
熱烈な歓迎を受け レコードも大ヒット。

クイーンの人気は
不動のものになりました。

(中野)高校1年の時ですね
ペンフレンドの女の子がですね

「クイーンってすてきよね」
お手紙をくれまして

私 クイーンって
知らなかったんですけども

「すてきだよね」って返事を書いたんです。

それからフレディ・マーキュリーが
僕のロックアイドル。

2人しかいないんですけど
その一人です 堂々の第1位。

つまりクイーンの育ての親は
日本だったわけね。

そうなんですよ。

なるほど
事件の背景には日本が絡んでるわけだ。

絡んでるわけですよ。

ねえ ビル ちょっとルーペ貸して ルーペ。

「no synthesizers」。

「no synthesizers」って どういうこと?
だから…。

何か もっと複雑なことをしてる?
よく聴いてね。

凶器はギター。

多重人格?

あ~ 多重録音ね。 何ですか? それ。

というわけで
多重録音とは何か 説明しましょう。

こちらが普通のステレオ用録音テープ。

そして こちらが
同時に8つの音を録音できるテープ。

まずは8トラックの多重録音を

この人に解説してもらいましょう。

(中野)陸上競技のトラックと同じです。

1コース 2コース 3コース 4コース
5コース 6コース 7コース 8コース。

8つのトラックがある。

ここに男の人が わ~って歌います。

女性が ここに また わ~って歌います。

今度は楽器を入れるとしましょう。
ドラム。

これで もう多重録音なんです。

そしてですね トラックダウンという
作業をしてしまうんです。

いっぱいあるトラックを
ダウンさせるわけです。

何にダウンさせるかというと

2チャンネルのステレオに
ダウンするわけです。

こちらが8つの音を録音する機材。

60年代は
この8トラック録音が一般的でした。

「ボヘミアン・ラプソディ」は
24トラックのレコーダーで

録音したといわれています。

この8トラックの3倍ですね。

しかしですね さまざまな文献等によると
「ボヘミアン・ラプソディ」では

24トラックの7倍以上

180トラック分の音が
重なっているといわれております。

どうやって録音したのでしょうか。



はい もしもし。 うん イエス。

リアリー! う~ん! ホールド オン!
ホールド オン!

(操作音)



はい もしもし。
(中野)私だ。 見つかったんだ。

何が?

「ボヘミアン・ラプソディ」の
マスターテープだよ!

マスターテープ? 何ですか? それ。

(中野)バカ! いいからビルに代われ!
中野。

ハロー。

エクセレント!
何だったの?

何だろう?

「ボヘミアン・ラプソディ」は
180近い音が重ねられている?

その謎を解く鍵が
ロンドンのスタジオに運ばれてきました。

「ボヘミアン・ラプソディ」の
マスターテープ。

マスターテープとは
ステレオにミックスされる前の

ばらばらの音が録音されたもの。

つまり 声や楽器 24種類別々の音が
そのまま保存された

世界に一つしかない録音原盤です。

テープの幅は およそ5センチ。
太くて重いです。

ガリーさんは
当時アシスタントエンジニアとして

レコーディングに立ち会いました。

27年ぶりに出てきたマスターテープを前に
かなり興奮気味。

いよいよマスターテープの音が
再生されます。

♬~

♬~

音を確認したガリーさん。

音のトラックは24しかないのに

なぜ180もの音が
重なっているといわれるのか

分析してもらいました。

つまり何度もレコーディングを繰り返し
1つのトラックごとに

すでに複数の音を
ミックスしていたわけです。

♬~

最も複雑に音が重なっているのが
このオペラパート。

3人の声を何重にも重ね
壮大なコーラスにしています。

♬「Thunderbolt and lightning
very very frightening me」

そして レコーディングで
最大の問題だったのも このオペラパート。

作者のフレディとメンバーたちの間に
確執が生まれます。

新しいアイデアを思いつき
どんどん長くしようとするフレディ。

奇妙な歌詞や曲の構成に
メンバーたちは戸惑います。

周囲の困惑と反対にもめげず

フレディは このパートに
最後までこだわりました。

5週間もの膨大な時間をかけて完成した
「ボヘミアン・ラプソディ」。

しかし シングル発売には
問題がありました。

曲が長く複雑すぎてラジオでかからない。

この問題に一番頭を悩ませたのは

エリック・ホールさん。

モンスターと呼ばれる
名物プロモーターです。

ところが一人のラジオDJが
この曲を気に入り

シングル発売前に
番組で放送してしまいます。

人気DJ ケニー・エベレットは
2日で14回も繰り返し この曲をかけ

ファンの問い合わせが殺到。

「ボヘミアン・ラプソディ」は
シングルとして発売され

11月第4週に全英第1位。

更にレコード史上初の
9週連続NO.1を記録しました。

私は猛烈に疑問ですね~。

確かに すばらしい曲よ。
録音も すばらしい。

でも なぜ1975年のクリスマスに
この殺人の歌がヒットしたの?

9週連続1位ですよ?
「TSUNAMI」だって せいぜい5週でしょ。

♬「見つめ合うと素直にお喋り出来ない」

ともかく何かがあったのよ。

単に いい曲
飽きない曲という以上の何か。

当時のイギリスの大衆をとらえた何かが。

「ボヘミアン・ラプソディ」
プロモーションビデオ?

何だ プロモじゃん。

分かった。
このビデオがきっかけで曲はヒット。

以降 プロモビデオが はやった。

つまりクイーンは音楽ビデオの
先駆者でもあるってことでしょ。

見事だ! すばらしい。

チッ チッ チッ チッ。

問題は その映像の
どこが すごかったかってことだな。

とりあえずチェックしよう!

イギリスの人気音楽番組
「トップ・オブ・ザ・ポップス」。

「ボヘミアン・ラプソディ」の
ミュージックビデオが

初めて放送されました。

スタジオでの生演奏が中心の
この番組に

クイーンは出演する代わりに
このビデオを流したのです。

♬~

♬「Open your eyes
Look up to the skies and see-」

♬「Mama,  just killed a man」

♬「Put a gun against his head
Pulled my trigger,  now he's dead」

それが この場面。

♬「I see a little silhouette of a man」

♬「Scaramouch
will you do the Fandango」

♬「Thunderbolt and lightning
very very frightening me」

♬「Galileo Galileo
Galileo Galileo」

♬「Galileo figaro Magnifico-」

演奏できない複雑な音楽を
見事に映像化した このビデオ。

当時 イギリス中が驚いた この映像は

一体 どのように撮影されたのでしょうか。

ロンドンのテレビスタジオ。

ビデオを撮影した
当時のスタッフが集まり

撮影の様子を再現してくれました。

メンバーの代わりは
アルバイトの男の子たち。

フレディ役は
ちょっと小太りのアンソニー君です。

当時 スタッフが準備を始めたのは
夕方5時。

顔が並ぶシーンとライブシーン全てを
4時間で撮影したそうです。

撮影時間が短かったのは
予算が限られていたからです。

予算がないから時間をかけられない。

それだけでなく撮影の機材や方法にも

お金をかけない工夫が必要だったと
バリーさんは言います。

さまざまなアイデアを集めたのが
このオペラパート。

音に合わせて顔が重なり…。

♬「Thunderbolt and lightning
very very frightening me」

更に エコーに合わせて
顔が いくつも連なります。

エコーがかかった映像は
撮影したフレディの顔をモニターに映し

その画面を回転するカメラヘッドで
撮影したものです。

顔が重なるシーンは
このレンズをつけて撮ったもの。

なるほど 合成じゃなかったんですね。

♬「No,  no,  no,  no,  no,  no,  no-」

さて こちらの撮影には
ちょっと問題発生。

フレディ役のアンソニー君

ほんの少し顔が大きくて
バランスがとれません。 そこで…。

一番後ろのブライアンの位置に
下げられました。

なるほど バランスよく並びましたね。

というわけで準備ができました。

オーケー?

ファイブ フォー スリー ツー…。

♬「Is this the real life
Is this just fantasy」

♬「Caught in a landslide
No escape from reality」

♬「Open your eyes
Look up to the skies and see-」

27年ぶりに再現した
「ボヘミアン・ラプソディ」のビデオ撮影。

アルバイトの男の子たちでも
それなりに見えてしまうのは

やはり この歌の力でしょうか。

撮影した時は話題になるとは
思わなかったというバリーさん。

当時のイギリスの人たちは

なぜ衝撃を受けたのか
考えてもらいました。

「ボヘミアン・ラプソディ」が
ヒットした1975年は

イギリスが最も暗い時代でした。

オイルショックや
電力会社のストライキによって

週3日は停電。

イギリス病といわれる
長い不況のどん底にありました。

失業率は増大。
急激なインフレによって経済は破綻。

各地でストライキやデモが頻発します。

とりわけ打撃を受けたのは
石炭や鉄鋼業など

それまでイギリスを支えた産業の街。

ジョー・エリオットさんは
鉄鋼の街 シェフィールド出身です。

更に 爆弾テロや暴動が起こり

イギリス全体が
出口のない暗闇に包まれました。

当時15歳だった演出家のデビッドさん。

音楽も明るいだけの つまらないものが
多かったといいます。

♬~

♬「So you think you can stone me
and spit in my eye」

そっか… 暗い時代だから

明るい曲がいいと みんな思っていて
単純で退屈な曲が多かったわけだ。

だからこそ…

つまり 大英帝国とかって威張ってたのに
経済は破綻。

どうすればいいか
答えが見つからなかった。

今の どこかに似てるんじゃないの?
え?

でも バブルは崩壊。

経済成長 終身雇用
信じていた価値観は崩壊した。

♬~

そのあと どうしたの?
そのあと?

イギリスは どうやって立ち直ったの?
日本のヒントにならない?

あ~… じゃあ じゃあさ 歌は?

「ボヘミアン・ラプソディ」のあとに
何がきたの?

クイーンは消えちゃったの?
冗談でしょ?

♬~

♬「We are the champions-my friends」

♬「And we'll keep on fighting-」
Till the end-」

♬「This (This Thing)
called love (Called Love)」

♬「I cries (Like a baby)」

♬「In a cradle all night
It swings (Woo Woo)」

♬「It jives (WooWoo)」

♬「It shakes all
over like a jelly fish」

♬「I kinda like it」

♬「Crazy little thing called love」

♬「All we hear is Radio ga ga」

♬「Radio blah blah」

♬「Radio what's new?」

♬「Radio,  someone still loves you!」

クイーンの偉大さを改めて証明したのが
この番組

「ミュージック・オブ・ザ・ミレニアム」です。

(歓声)

イギリス60万人の投票によって

過去1000年のベストソングを決定。

ジョン・レノンの「イマジン」を抑えて

1位に輝いたのが
「ボヘミアン・ラプソディ」でした。

(歓声)

♬~

♬「Mama,  just killed a man」

そうだったんだ…。
「ボヘミアン・ラプソディ」だったんだ。

そうなんですよ。

ますます謎は深まるばかり。
え?

「ボヘミアン・ラプソディ」は
すごい曲だし

いい曲だとは思うわよ。

でもさ 1000年のナンバーワンよ。

当時ヒットしたってのは
よく分かったわよ。

でも 20世紀の終わりによ
何で この曲が1位なの?

ん…。

だから 面白いんじゃない。

この曲の中には
まだ私たちが分からない謎や

不思議な魅力が いっぱい隠されてるのよ。

イギリス人が
この曲を選んでしまった 何か。

ねえ… これ 何?

「QUEEN Complex Songs&Anthems」?

「アンセム」? 「アンセム」って何?

これはね…

うん? ルース・ドックレイ?

ちょっと読んでみて 尚美ちゃん。

「マイ ネーム イズ ルース」… う~ん。

「私はルース・ドックレイ

私の住んでいる街は
ビートルズが生まれた港町 リバプール。

フィッシュ&チップスが おいしいです。

今はリバプール大学の大学院で
音楽理論を専攻。

ポピュラーミュージックを
勉強しています」。

「クイーン ~コンプレックス・ソングズ&アンセムズ」は

彼女の大学の卒業論文。

「ボヘミアン・ラプソディ」をはじめ

クイーンの歌を
論理的に分析したものです。

彼女の分析によると
「ボヘミアン・ラプソディ」は

複雑そうに見えて 音域やコード進行は
意外に歌いやすくできているそうです。

♬~

♬~

ルースは まだ23歳。
若い世代のクイーンファンです。

3歳の時
「ボヘミアン・ラプソディ」を聞いて感激

6歳からレコードを買い始めました。

シングル LP
全てのレコードはもちろん

日本やフランスなど海外盤まで持っている
筋金入りのクイーンファンです。

「ボヘミアン・ラプソディ」を
若い世代にアピールした

映画「ウェインズ・ワールド」。

地下放送局の人気トーク番組
「ウェインズ・ワールド」。

その名物キャスター
ウェインとガースを主人公に

アクション…。

ロマンス…。

そして ユニークな笑いいっぱいの
はちゃめちゃなロックコメディーです。

♬~

「ボヘミアン・ラプソディ」が使われたのは
このシーン。

♬~

♬「for me-for me-」

更に 若いミュージシャンたちが

新しい感性で この歌をカバーしています。

♬~

♬「Mama,  just killed a man」

♬「Put a gun against his head」

♬「Pulled my trigger,  now he's dead」

♬~

♬「I see a little
silhouette of a man」

♬「Scaramouch will you
do the Fandango」

♬「Thunderbolt and lightning
very very frightening me」

♬「Galileo Galileo
Galileo Galileo」

♬「Galileo figaro Magnifico-」

ダークでエキセントリック

多様なイギリス文化を象徴するのが
シェイクスピア。

この歌には
シェイクスピアやイギリス演劇の

エッセンスが詰まっていると
この人は言います。

「永遠の眠りについて
それから どんな夢に悩まされるか

それを思うと いつまでも執着が残る

こんな惨めな人生にも」。

「あすがきて あすが去り

こうして一日一日と小刻みに
時の階を滑り落ちていく

この世の終わりに たどり着くまで」。

♬~

この曲で盛り上がるイギリスの若者たち。

う~ん… でも ちょっと引っかかるな。

確かにイギリスの文学や
オペラが入ってるのは分かるわよ。

でも 歌詞の中にはモーツァルトのオペラ
イタリアの喜劇

いろんなものが混ざってるじゃん。

そりゃそうですよ 当たり前じゃない。
だって…

じゃあ どこで生まれたの?
あ~…。

そっか アフリカで生まれて
イギリスで育った。

ブー。

ゾロアスター…。

ニーチェ! 知ってる。
「ツァラトゥストラかく語りき」。

ピンポーン!

う~ん…。 妙に納得。

フレディの生まれ故郷 ザンジバル。

現在のタンザニア連合共和国は
人類発祥の地といわれます。

♬~

1946年9月5日 フレディ・マーキュリー

本名 ファルーク・バルサラは

ペルシャ系ゾロアスター教徒の家に
生まれました。

8歳で…

クラシック音楽や絵画 スポーツなど

さまざまな才能を見せ始めました。

というわけで寄宿学校の仲間たちと
バンドを結成

オリジナルの曲なども作り始めました。

そして 16歳で故郷に戻りますが

ザンジバルではイギリス植民地からの
独立運動が起こりました。

危険を感じた一家は
住み慣れたアフリカを離れ

ロンドンに移住することを決意

フレディは17歳で
初めてイギリスの土を踏んだのです。

♬~

この歌はフレディの個人的な問題を
歌った歌だと ティムさんは言います。

いや ゲイに行く前に もう2つぐらい
あると思うけどね 我が輩は。

あの人 純粋な白人じゃないじゃない。

英国においての何らかの移民であったり

どっかインド系だったり
そういう血が入ってる。

そういうことでの やっぱり
差別や いじめもね

小さいころ 絶対あったはずなのよね。

生前は移民であることや
自らの宗教を明かさなかったフレディ。

しかし この歌の根底には
ゾロアスター教の精神が隠されていると

この人は言います。

ヴァジブダーさんが注目したのは
オペラパートの歌詞。

♬~

この曲は 「ボヘミアン・ラプソディ」は
一番言いたいことは一番最後

「ダーンダダンダン ダダダン」から先

「So you think you can stone me」…

「お前ら 俺に石投げて
唾 吐きかけられると思ってるだろ

お前ら 何か
俺にできると思ってるだろ?

こんなこと できると思ってるんだろ?」
「Oh Baby Can't do this to me baby」。

「そんなことは できねえぜ
お前らには そんなことはできないぜ」。

「Just gotta get out」。
「ただ出てくだけだ」。

「Just gotta get right outta here」
「俺の前から いなくなるだけだ」って

突っぱねるわけよ。

自分は みんなから
ちょっと疎外された存在

あるいは仲間外れ あるいは変わり者

何らかの ちょっと冷たい目で
見られてるかもしれないけれども

でも「今に見てろよ」と。
「なんとかなってみせるぜ」っていう

強いメッセージは
この曲から受け取れるわけね。

それでも
この人には最大の疑問がありました。

一番分からないのは
あんだけの曲の展開があって

あんだけ言葉が出てきてるのに

「ボヘミア」って言葉は
ひと言も出てこないわけ。

これは
なぜ「ボヘミアン・ラプソディ」なのか。

わざわざタイトルで
「ボヘミア」は地名だわね。

チェコの西 ドイツとの国境に接する
ボヘミア地方には

古くから漂泊の民族である
ジプシーが住んでいました。

社会から疎外され放浪する一方で

習慣や規則にとらわれない自由な生き方

それに憧れる芸術家たちは
自らをボヘミアンと名乗りました。

そして イギリスを代表する
ボヘミアンが この人…

主人公は絶世の美少年 ドリアン・グレイ。

彼自身は美しさや若さを失わない代わり

肖像画が醜く老けていくという
奇妙で幻想的な物語です。

「ああ 気がめいる。

自分の肖像画に目を注いだまま
ドリアン・グレイは つぶやいた。

悲しいことだ」。

「今日という一日以上に
年を取りはしないのだ」。

「そうなるものなら
僕は どんな代償も惜しまない。

そのためなら魂だってくれてやる」。

それぞれが さまざまな解釈を加えてきた
「ボヘミアン・ラプソディ」。

最後に
この人に改めて歌を聴いてもらいました。

♬~

♬~

♬~

1986年を最後にコンサートをしなくなった
フレディ。

91年11月23日。

憶測や偏見が渦巻く中
エイズに感染し

病と闘っていることを世界に発表します。

しかし 容態は急変

翌24日 午後7時
45歳の生涯を終えました。

何?

歌の本当の意味。

そして
ボヘミアンであることを力にして

音楽や文学のジャンルや形式を超えた
革命的な歌を作った。



Hello. What?

どうしたの?

え?

何だ バカ とっとと帰んなよ。 はい。

じゃあ お先に。
オーケー じゃあね。

ビル。
イエス?

ねえ 私たち 何を探してたの?

この部屋は誰の部屋?

誰が誰を殺したの?

また あした考えよう。
そうね。 またあした。

バイ。
バーイ。

「芸術家とは美の創造者である」。

♬~

♬~

「ママ 僕は人を殺した。

こめかみに銃を当て

引き金を引いた」。

「ボヘミアン・ラプソディ」。

この不思議な歌に導かれて
私は この部屋にやって来ました。

誰が誰を殺し 私は何を探していたのか

結局 答えは見つかりませんでした。

でも 一つだけ分かったことは

この曲が生まれた1975年のイギリスは

今 私たちが生きている2002年の日本と
よく似ているということです。

イギリスという国 始まって以来

最も屈辱的で暗かった
1975年のクリスマス

その暗闇の中 流れた
「ボヘミアン・ラプソディ」は

人々を励まし 勇気を与えました。

それは 私たち
日本人へのメッセージでもあると

私は思いました。

この歌の謎を解くのは あなたです。

♬~


♬~


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