ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 半﨑美子×舘野晴彦 “ショッピングモールの歌姫”として数々のメディアに…


出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 半﨑美子×舘野晴彦』の番組情報(EPGから引用)


[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 半﨑美子×舘野晴彦


“ショッピングモールの歌姫”として数々のメディアに取り上げられ、下積み生活17年を経て、去年ついにデビュー。日本有線大賞新人賞も受賞した半崎美子、38歳の魅力に迫る


詳細情報

番組内容

「お弁当ばこのうた~あなたへのお手紙~」で知られるシンガーソングライター、半﨑美子。“ショッピングモールの歌姫”と呼ばれる彼女は1980年、北海道・札幌で生まれた。1999年、歌手になりたいと、父の猛反対を押し切って大学を中退し、上京。製パン店に住み込みで働きながら、音楽活動を開始するが、実は音楽については素人も同然だった。そんな彼女がどのように運命を切り拓いたのか?

番組内容2

その後、ショッピングモールで活動を始めた半﨑。会場の交渉、その場で販売する自主制作CD、ステージ終了後のサイン会など、17年間、ひとりですべてを行ってきた彼女が、その舞台裏を明かす。2017年にメジャーデビューし、多忙になった今も、ショッピングモールでのコンサートとサイン会は続けている。今回、そんなサイン会での交流から生まれた曲「明日へ向かう人」や、全ての人に贈るエール「明日への序奏」を披露する。

出演者

【ゲスト】半﨑美子(歌手)

【インタビュアー】舘野晴彦(編集者)

次回放送予定

次回1月5日(土)は歌舞伎俳優の尾上松也に、テレビ朝日アナウンサーの小松靖が迫る!お楽しみに!


*また、12月30日(日)夜11時~は、純烈×舘野晴彦を再放送!お見逃しなく!

番組概要

様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!

番組ホームページ

<番組ホームページはこちら!>

www.bs-asahi.co.jp/interview/

制作

BS朝日、ViViA



『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 半﨑美子×舘野晴彦』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 半﨑美子×舘野晴彦
  1. 自分
  2. 本当
  3. ショッピングモール
  4. ハハハハ
  5. 思い
  6. お願い
  7. 時間
  8. サイン
  9. サイン会
  10. ステージ


『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 半﨑美子×舘野晴彦』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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〈人影もまばらな
ショッピングモールで

ひたすら歌い続けた〉

〈振り向いてもらえるまでには

長い時間がかかった〉

♬~「Amazing grace」

♬~「how sweet the sound」

♬~「that saved a wretch」

♬~「like me」

♬~「I once…」

〈人は彼女を
「ショッピングモールの歌姫」と呼ぶ〉

〈苦節17年〉

〈今 その歌声が

聴く者の心を
つかんで離さない〉

アハハ。
(舘野)こんにちは。

こんにちは。
舘野です。

よろしくお願い致します 今日は。
半美子と申します。

よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

ここは 高田馬場にある
ライブハウスなんですけど。

そうですね はい。
ご縁がありますか?

初めて こう 単独ライブ…。

はいはい。
イベント出演ではなくて

こう
ワンマンライブというものを

開催したのが この…。
あっ ここの場所ですか?

はい。 天窓.comfortなんですね。

今日は
ピアノもあるという事は

弾いて頂けるという…?
はい そうですね。

実は ほとんど弾き語りを
私 しないものですから

ちょっと どんな感じになるか
想像がつかないんですけど。

いや 楽しみです。
はい。 フフフフ…。

ぜひ よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

♬~

〈シンガーソングライター
半美子を

一躍 全国区に押し上げた曲

『お弁当ばこのうた』〉

♬~

〈2017年〉

〈NHKの『みんなのうた』に
取り上げられ

深い共感を呼んで大ヒット〉

〈ついに
メジャーデビューを果たした〉

〈同級生を亡くした
友人の気持ちを歌った

『サクラ』では

この年の日本有線大賞新人賞〉

〈彼女が 話題を呼び始めた頃の
映像が残っている〉

〈コンサート会場の交渉から

その場で販売する
自主制作CDの準備まで

何もかも たった1人 しかも…〉

(観客の拍手)

〈自分で自分を紹介して
ステージへ〉

♬~「心に咲いた花を」

〈ありふれた日常に見いだす
いとおしさ〉

〈半の歌は

普段 人が閉ざしている扉を

そっと開けてしまう〉

〈耳を傾けてくれた

聴衆との触れ合いを
大事にしたい〉

〈ステージ終了後の
サイン会は

時に3時間にも及んだ〉

〈どんな不遇にも
へこたれなかった日々〉

〈一体 何が
彼女を支え続けたのだろう?〉

♬~

♬~

その時はピアノ まだそんなに
弾けないんですよね?

もう 本当に全くもって
弾けないですし…。

鼻歌を…。 ハハハハ…。

鼻歌のデモテープを…。
そうなんですよ。

それを届けたわけですか?
はい。

♬~「導くための序奏は」

♬~「誰よりも自由でいよう」

♬~「未来はいつだって」

♬~「始まったばかり」

とか…。

今 この曲を聴いて

自分をなんとか
奮い立たせてますって

本当に そういう意味では
歌っていうのは

とてもパーソナルな歌であっても

それが いろんな方たちに

こう 共鳴していくんだな
っていうのを

この曲で教えてもらいましたね。

半さんといえば
ショッピングモールの歌姫と言われて

あれは なんか
ご自分で なんでもやるんですね?

アハッ。 そうですね はい。

今は ねっ…
ちょっと その事務所の方や

レコード会社の方が
いらっしゃるので…。

メジャーデビューも果たされてますもんね。
あっ そうですね。

やろうとすると
止められるんですけど。

ハハハハ…。
フフフフ…。 はい。

当時は 本当に ずっと個人で
17年間活動していたので

大体 こう 大きいスーツケースに

こう CDとか
お釣りとか マイクとか

いろいろ こう 忍ばせて…
ガムテープとか忍ばせて。

一式忍ばせて。
一式忍ばせて

まず 2時間半前に会場入りして

大体 会場のステージの位置とか

お客様の導線とか。

お客さんの導線も見るんですか?
あっ そうですね はい。

それは
どんなポイントがあるんですか?

フフフフ。 やっぱり

例えば エレベーター
エスカレーター こう降りてきて

すぐステージがあるのかとか
流れがあるんですよね。

なので
椅子の並べ方一つにしても

こう 例えば 3つ並べて
ここに通路を作ると

前に入りやすいとか。
ああ はいはい。 なるほど。

はい。 なんか
なるべく空席にならないように

お客様が座りやすいようにとか。

登場する前に
ご自分でご自分の事を

MCで呼び込むというところも…。

そうですね。
もう 今 それが みんな

楽しみになってるところも
これまでは

あったんだと思うんですけど。
そうなんですよ。

当初は本当に
必要に迫られてやっていたのが

なんか
芸風みたいになっちゃって。

「間もなく
半美子さんの登場です」。

「拍手でお迎えください」って。

そこで さん付けでするところも
またいいですね。

あっ そうですね はい。
ちょっと 客観的な感じ。

ちょっと客観的な… 一応 本当に

陰のナレーションとして…。
ナレーションとしてもみたいな。

もう何百カ所も?
あっ そうですね。

200カ所以上は 多分やってますね。

へえ~。

でも 何もかにも
とにかく行動力?

これから伺う話でも
幾つもポイントがあるんですけど

その行動力は
もう 幼い頃からですか?

あっ 行動力は
確かに幼い頃からありましたね。

思いついたら すぐ行動する
っていう事でいうと

ある意味 後先考えないっていう

無知であり こう
無鉄砲でもあるんですけれども。

〈母親譲りの無鉄砲で
子供の頃から猪突猛進〉

〈半には
母親に捧げた歌がある〉

〈その名も 『母へ』〉

〈1980年 北海道札幌で

サラリーマンの家に生まれた〉

〈3人姉妹の末っ子〉

〈とりたてて

音楽とゆかりの深い家庭では
なかったそうだ〉

〈少女時代は飽きっぽく

何をやっても
長続きしなかったという〉

〈歌手になりたいと思ったのは
大学1年の時〉

〈だが 父親は

決して 認めては
くれなかった〉

いつ 歌をっていうふうに
思い始めたんですか?

高校の時に学園祭で

『すき』という ドリカムの…。

ドリカムですね。
はい。

その曲を歌ったんですよね。

で その時に優勝みたいな

ちょっとした
その中で称号を頂いて

その時に少しだけ自分の中に

こう 何か 手応えみたいなものを
感じてはいたんですね。

で その後 大学1年生の時に

R&Bを歌っている友達がいて

その子がクラブで
歌を歌っていたんですね。

洋楽のカバーをずっとしていて

その子に誘われて

相方として一緒に
洋楽のカバーを最初…。

ああ… あっ 2人で?
2人で。

ああ。
はい。 歌うようになって。

で すぐに私も

R&Bの当時の
レコードのインストにのせて

自分で歌詞とメロディーを

なんとなく
こう 浮かんだものをのせて

オリジナルって言い張って
なんか 歌ってたんですよね。

ああ 曲は向こうの曲で
それに合わせて歌うんですか?

そうなんです はい。

なんか
そういうやり方をしていて。

そうすると
たまたま すごく反応があって

いい歌とか
感動したみたいな声を頂いて

もう そこで本当に こう
雷が落ちたように

「私には これだ」っていう。
雷が?

はい。 フフフフ…。
ハハハハ…。

それで もう
すぐ思い立つわけですよね?

そうなんです。
ここがすごいですよね。

何か 私には
これしかないって思った時に

その確証となるものとか
根拠みたいなもの

本当に
一切なかったんですけれども

ただ 何か
東京に行きさえすれば間違いなく

例えば テレビに出たり

デビューしたりみたいな事がある

いろんなところから

きっと 声がかかるっていう
変な…

変な自信に満ちたんですよね。
へえ~。

誰か知り合いがいたわけでも
ないんですよね?

そうなんですよ。

なので とにかく
父の反対があって

父は やっぱり
私の長く続かない性分みたいなの

見てきたのもありましたし

また きっと思いついて
すぐやめるだろうっていう

多分 思ったんだと思いますし

単純に まあ 行くなら せめて

「大学4年間行ってからでも
遅くない」っていう。

いや そりゃ
まっとうな感じですね。

フフフフ…。
もう 本当に。

それ まっとうな感じがします。
そうですよね。

もう そうなんですよ。
当時の私にとっては

その時間が
もう もったいないというか

もう 今すぐに出たいっていう。

もう そうなんですよ。

思い立ったらすぐ
っていうところで。

結局 家出同然というか

許しを得ないまま
上京したんですけど。

〈父親の猛反対を
押し切って

大学も中退〉

〈それが
1999年の事だった〉

〈求人広告に応募し

住み込みで働きながら
音楽活動をスタート〉

〈全てが手探りだった〉

〈何せ 音楽については

素人も同然だったのだ〉

最初は まあ
私自身の一文なしというか

お金もないですし
住むところもなかったので

ちょうど パン屋さんの
住み込みを見つけて

そこで 本当に こう
電話とか お手紙でお願いして

結構 倍率が高かったみたい
なんですけど。

ハハハハ…。
ハハハハ…。

ちなみに手紙には
どういう事を書いたんですか?

それが 「私には夢があって」って
本当に夢の事ばっかりで

全然 パン屋さんの…。
ハハハハ…。

すごい 自分中心な手紙を。

それで パン屋さんは?

はい。 受かって…。
受かって。 あっ じゃあ

快く受け入れてくれたんですか?
そうなんです。

よっぽどの熱意に
負けたんでしょうね。

そうそうそう。
多分 根負けしたんで。 フフッ。

あっ そうなんですか。
はい。

で じゃあ 住み込みで?
住み込みで。

朝起きて 2階から下りてきて

それで パンを仕込んだり
ケーキを仕込んだりして

大体 6時まで
週6回働いてましたね。

週6回?
はい。

その仕事そのものは
楽しかったんですか?

その仕事そのものは

楽しいというよりは
なんか 本当に

生きるためっていう感じは

当時あったかもしれないですね。
そうか そうか。

もう 2階と1階の往復の日々を

ずっと繰り返していたので

孤独を深める機会では
ありましたね ある意味。 はい。

それで 活動というか

それは 残り1日は
どう過ごすんですか?

そうですね。 なんか 最初は

自分で一応 デモテープ
みたいなのを作っていて

本当に 鼻歌混じりのものを
入れていたんですけれど…。

鼻歌?
鼻歌を…。 フフフフ…。

鼻歌のデモテープを…。
そうなんです。

それを届けたわけですか?
はい。

いや もう なんか
もらったほうも

どうしていいか
わからないですよ。

そういう時って
レコード会社の人とかって

話聞いてくれるんですか?

耳の痛い言葉というか。

言う人いますよね きっと。
はい そうですね。

いると思います。

やっぱり
歌はやめたほうがいいとか。

まあ そういうのも
結構あったんですけれど

なぜか 「あっ この人には
通じないんだ」っていうだけで

とどめられたというか。

なんか 自分の歌とか自分自身を

決して疑う事なくいられた
っていうのを

なぜなんだろうっていうのは
自分でもあるんですけれど。

〈やがて

〈半は ショッピングモールという
ステージを手に入れる〉

♬~「あぁ 私は今 ここで…」

♬~「一緒に見ていた夢を」

♬~「ふわり空にのぼった」

♬~「あなたに送りたい」

〈それにしても

〈去年 初めて
芸能事務所と契約するまで

実に 17年の間

彼女には
マネジャー1人いなかった〉

〈今 会場の交渉や
CDの販売には

スタッフが動いてくれる〉

〈ただし…〉

それでは お待たせ致しました。

半美子さんのご登場です。

拍手で お迎えください!

(拍手)

〈自分で自分を
紹介するスタイルだけは

変えていない〉

〈メジャーデビューを果たしても

ショッピングモールは

半の大切なステージの一つ〉

〈そのきっかけを
つくってくれたのは

上京4年目に出会った
一人の女性だった〉

〈小島紀代美さん〉

と言っていい〉

当時 その… レストランで

たまたま ピアノを
演奏していた方を見つけて

その方に声をかけて
「私のピアノを

弾いてほしいんですけど」
っていう…

突然 お話をしたら

最初は その方も すごく
警戒心があったんですけれど…。

アハハッ。
ハハハハ…。

いろいろ
お話をさせて頂くうちに

引き受けてくださるようになって。

最初 その方に ピアノを
演奏してもらってたんですよね。

あ~。
はい。

別の番組で見たんですけど
その方が小島さんという…。

そうです そうです!
あ~。

いい人そうですもんね。
ものすごく いい人で。

ほぼ無償で ずっと
やって頂いていたので

なんか
パンを作って渡したりとか…。

ハハハハ…。
なんか そういうところで

やり取りをさせてもらって。

感謝の気持ちを…。
感謝の気持ちを。

それで クラブで
大体6年ぐらい歌っていて

そのあと ライブハウスで また
6年ぐらい歌っていたんですね。

本当に ちょっとずつ…
本当に 草の根的にというか

お客さんが増えてきてくれている
実感は あったんですけれども

なかなか… 自分の歌が

じゃあ 本当に こう…

不特定多数の方に
届いてるかっていうと

そんな事も なかったですし。

なので その
ショッピングモールで歌った時に

その…
たまたま 買い物に来ている方

全く その音楽を
聴きに来たわけでもなく

私の歌を
聴きに来たわけでもない方が

通りすがりで 足を止めてくれて
涙してくれたっていう

経験があったんですよ。
はい。

何か そこで すごく 私自身
視界が開けたというか…。

っていうふうに
思ったんですよね。

その出会いが忘れられなくて

ショッピングモールで
歌い始めるんですけど。

じゃあ 1回目
ショッピングモールでやってみようという

そもそものきっかけは
なんだったんですか?

それが まさに 小島さんで ピアノの。
はい。

たまに イベントで。
へえ~。

…っていうお仕事もされていて。

っていうふうに
言ってもらえた事が…。

普通
考えもつかない感じですもんね。

そうなんです。 で 私も
全然 そこには あんまり こう…

考えがいってなかったので
「ああ それは…」。

ただ 私は すごい…
とても楽観的なので

人が集まるかなっていうよりも

そんなに たくさんの人たちが
行き交う場所で歌ったら…。

って やっぱり 思いで…。

ハハハッ。 そういうふうに思える
ちゃんとね。

思えちゃうんですよね。
ハハッ。 思えちゃうんです。

それで
よし これだ! と思って。

最初に やっぱり
歌いに行った時は

全然 こう 人が…
集まってもらえなかったですね。

なので 自分としては
すごく びっくりっていう…。

感じが違うな…。
感じが違うなっていう…。

♬~「心に咲いた花を」

♬~「摘み取ることはできない」

〈多忙を極めるようになった今も

モールでコンサートをしたあとの
サイン会は続けている〉

〈ファンと話し込み

それぞれの悩みや苦しみに
耳を澄ますと

つい もらい泣きしてしまう〉

〈こうした交流から

名曲が生まれた事もあった〉

サイン会も そうですよね
大事な機会なんですよね。

その… ファンの方と…。
そう そうですね。

本当に ファンの方の思いを
受け取ったりする大事な場所で。

やっぱり 皆さん それぞれ

いろんな思いを
抱えていらっしゃって

それは 私も 本当に
ショッピングモールで歌って

初めて感じたんですけれど

楽しくおしゃべりをするような

会話というよりも
本当 「対話」に近くて。

すごい長い時間も
やってらっしゃるんですよね。

そうですね。
大体 本当に もう 3時間とか…。

3時間… 歌ったあとに3時間…。

ハハハハ…。
ハハハハ…。

そうですね。
へえ~。

お客様も泣いて
私も泣いてみたいな…。

お互いの思いを確認し合って

というようなサイン会を
ずっと…。

してるんですね。
はい。

そういうとこから

曲も生まれてきたりって事…。
そうですね。

自分自身で
例えば その時に お話を聞いて

そこから すぐ 曲にっていう事は
まず考えられないですし

もう 受け止めるだけで
精いっぱいなんですけれど

本当に自然と…。

やっぱり そういったお話だったり
思いみたいなものが

流れずに 自分の中に
残っていくんですよね。

とどまるんですよね。

それが
何かの拍子に出てくるんですよね。

〈2014年に書き下ろした
『明日へ向かう人』〉

〈ショッピングモールに
来てくれたご夫婦の

辛い体験を聞いて

誕生した曲だ〉

〈ご夫婦は
暴走するクレーン車に

我が子を奪われた〉

〈まだ 9歳だった〉

栃木県のショッピングモールで
出会ったご家族で

伊原さんというご家族で。

大切な息子さんを亡くされて

私の歌を聴いて
サイン会に並んでくださって

お手紙を…
くれたんですけれども

そこに その息子さんへの
思いだったりとか

私の歌を聴いて

こういうふうに前を向けた
みたいな言葉を書いてくださって。

それで 1年以上経ってから

この『明日へ向かう人』という曲を
書きましたね。

それを演奏された時に
また ご家族の方も…。

そうです。 その歌を作って

同じ
栃木県のショッピングモールに

発売記念として行ったんですよね。

ただ 1年半ぐらい経っていて

私から連絡する事も
もちろん出来ないですし。

っていう かすかな望みで。

じゃあ 「こういう曲を作りました。
今度 発表します」。

「いらしてください」
っていう事では…。

なかったんですよ。
なかったですか。

『明日へ向かう人』という曲を
歌う前に

実は この曲は この
ショッピングモールで出会った

あるご家族に向けて書いた歌です
っていうのを言いながら…。

でも 見当たらなかったんです。

だから
いらっしゃってないなとは思って。

ただ その思いを伝えてから
歌を歌ったんですけれども

終わったあとに
サイン会をした時に

一番最初に
そのご家族が並んでくれて

お手紙とか持ってきてくれて

まさか 自分たちに?
っていう事で

すごく こう
泣いてらっしゃいましたね。

〈今回は その曲を
弾き語りで披露してくれた〉

♬~

♬~

♬~

(拍手)

ありがとうございます。
ありがとうございます。

(鼻をすする音)

やっぱり この曲に… 思いは
やっぱり 先ほど伺ったように

特別ですね またね。
そうですね。

この曲を聴いて
毎日 頑張っていますとか

今 この曲を聴いて

自分を
なんとか奮い立たせてますって…。

いろんな事情を持った方たちが
たくさんいらっしゃって

本当に そういう意味では
歌っていうのは その…。

っていうのを
この曲で教えてもらいましたね。

すごいですよね 歌って。
本当に改めて…。

すごいですね。
はい。

〈かつて
娘が歌手を目指す事に

猛反対した父親も

今 半美子の活躍には
目を細めているそうだ〉

〈最近 彼女が
情熱を傾けているのは

中学生や高校生との
合唱〉

合唱というものにも
また新たに…。

これは どんな事からですかね?

これまで 自分が 歌を届ける…。

歌う喜びとか 歌を聴いてもらう
喜びっていうのは

ずっと感じてきたんですけれど…。

いろんな方たちが…
まあ カラオケでもそうですし

学校で歌ってくれる方たちも
すごく増えて。

それで 自分の曲が
そういった形で触れられる…。

自分の詞とかメロディーに
触れてもらえて…。

っていう思いとかもあって…。

その合唱を自分のコンサートで
一緒にやる事もあれば

学校に歌いに行ったり
っていうのを ずっと続けていて。

なので…
私自身の一つ大きな夢が

その…。

っていう思いがあって

自分がこの世からいなくなっても
歌だけが ずっと残っていって

歌い継がれたり その歌の中で
私は生きていくっていう…。

そういう意味で
音楽の教科書に載るっていうのを

ずっと
夢で持っていたんですけれど…。

子供たちに歌ってもらう事で

すごく 自分の夢が すでに
かなった感覚がありますね。

歌い繋いでもらえたら
嬉しいなっていう…。

なるほど。
はい。

〈半の歌の中でも 若者たちに

とりわけ愛されている曲が
『サクラ』〉

♬~(合唱)

合唱の魅力って なんですかね?

まあ でも 本当にあれは

皆さんの むくな
その声の束みたいなものが

重なった時に すごく こう…。

みたいなものも
もちろん感じますし…。

あとは 個々それぞれで…

その歌に対しての
思いみたいなものがあったとして

それが こう交じった時に

なんか やっぱり
心にスーッと こう届くような

パワーになっているな
って思いますね。

で 合唱っていうものは

なんか 単純に
その歌を歌うっていう事以外の

なんか 副産物みたいなものが

すごくあるな
っていうのは思いますね。

じゃあ 最後に また
1曲 よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

♬~「羽ばたくための序章と」

♬~「いつまでも笑っていよう」

〈今を生きる全ての人に贈る

それは エールだった〉

♬~「いつも美しい」

『明日への序奏』。

今まで続けてきた事は
無駄じゃない。

今やろうとしている事は
間違いじゃないと。

助走を長くとったほうが
高く飛べるというけれど

助走を助走とも思わずに
無我夢中で走り続ける人こそ

きっと いつの間にか
飛んでいるのかもしれません。

世の中のタイミングは気にせずに

自分の間合いで
自由に 助走を続けてほしい。

♬~

♬~

♬~

(拍手)

ありがとうございます。
ありがとうございました。

とかく やっぱり
エキセントリックなものとか

派手なものって
今 世の中 行きがちなんだけど

それを一切 捨てて

普通の誰にでもある日常に
寄り添うという事なんで

ああ みんなに愛されるわけだな
というふうに思いましたし

感激しました。

〈半美子が
今 大切にしている言葉〉

「明日を拓く」

私自身… 自分自身の人生とも
重なっていますが

明日を待っているのではなく
自分から切り開いていくっていう

そういう意味合いが
込められています。

〈歌姫は言う〉

〈たとえ いくつに
なっても

見る前に跳べ〉


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