先人たちの底力 知恵泉「大新年会“改元”~いろいろあったね!歴代元号~」 橋本大二郎、石田衣良、川田裕美、久禮旦雄…


出典:『先人たちの底力 知恵泉「大新年会“改元”~いろいろあったね!歴代元号~」』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉「大新年会“改元”~いろいろあったね!歴代元号~」[解][字]


2019年は「改元」の年。元皇室記者が明かす「昭和」から「平成」への舞台裏、信長や家康が改元に秘めた天下統一の野望…日本文化そのものといえる元号の知恵が続々!


詳細情報

番組内容

2019年は改元の年。元来、中国で用いられていた元号だが現在に至るまで使用してきたのは日本のみ。元皇室記者がはじめて明かす昭和から平成への舞台裏、信長や家康が改元に秘めた天下統一の野望など改元にまつわる驚がくエピソードが続々。日本の文化と歴史そのものといえる元号には吉兆を期待し、悪しきをリセットしてさまざまな時代の壁を乗り越えてきた先人たちの知恵のかたまり。その知恵を新年そうそう、たんと召し上がれ

出演者

【出演】橋本大二郎,石田衣良,川田裕美,久禮旦雄,井上二郎,【司会】新井秀和



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先人たちの底力 知恵泉「大新年会“改元”~いろいろあったね!歴代元号~」
  1. 改元
  2. 元号
  3. 川田
  4. 信長
  5. 笑い
  6. 平成
  7. 井上
  8. 何か
  9. 天正
  10. 日本


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あけましておめでとうございます!

今夜は 歴史居酒屋「知恵泉」の新年会!
いらっしゃい!

いや 自分で店 開けておきながら

こんなこと言うのも何なんですけれども

わざわざ 元日にお越し頂きまして
どうもありがとうございます。

おめでとうございます。
いや~ 皆さんね

よほど暇 ああ いや
時間があるんだなあと思ってですね。

違いますよ 暇なんじゃなくって
私たちもね 時間はないんですけれども

ここに来たいから
集まってきてるわけじゃないですか。

そうなんですか?
いや 小説家はね お正月 結構暇なんです。

(笑い声)
ほら~ 本音が 本音が。

ゆったりするためですね ここで。
ねえ。

理由はともあれね
元日 早々 来て頂いたので

今日は皆さんに
おいしい料理 用意してますから。

ありがとうございます。
早速ね 食べて頂きましょう。

どうぞ どうぞ どうぞ。

こちらね けんちん汁風のお雑煮を
今日は ご用意いたしました。

(川田)へえ~。
(石田)いや~ きれいですね。

お正月っぽいアレンジでしょう?
是非 召し上がって下さい。

(川田)う~ん!
どうでしょう?

いや おいしい。
(川田)あ~ おいしいですね。

お正月が来たっていう感じがしますね。
そうですか?

(石田)う~ん 紅白のかまぼこね。

一説には 鎌倉の建長寺で考えられた
メニューで

「けんちん」だっていうことなんですね。
ほお~。

で じゃあ そもそも その建長寺という
名前は なぜなのかというと

鎌倉時代の元号 「建長」からきてると。
だったらしいんですね。

そもそも
元号なんですか?

はい。 その元号こそが 今年最初の
「知恵泉」お勧めメニューでございます。

こちらです。 どん!

…ということなんです。

ちょうど気になる タイムリーな話題では
ありますよね。       そうなんですよね。

今年 ちょうど
改元が行われますけれどもね。

元号って 意識することって…。
そもそも それで商売をしていますから。

そうですよね。 失礼しました。
意識してないと言うと

怒られてしまう立場ですから。

さあ 今日はですね たっぷりと改元の
知恵をね 味わっていこうと思います。

今年の春 新天皇が即位され
平成から新たな元号となる日本。

もともと 「元号」
あるいは 「年号」は

紀元前の中国がルーツ。

その後 東アジア各地に広まりましたが
今は日本だけで使われています。

元号が導入されてから 1, 300年余り。

日本人は歴史の折々に 元号を改める
「改元」を繰り返してきました。

そこには 「より良い国をつくりたい」

「新たなスタートを切りたい」など

さまざまな願いが込められているのです。

平成最後のお正月。

今日は 大新年会。

日本史とは切っても切り離せない改元を
酒のさかなに

新たな時代を生き抜く「知恵」を
味わっていきましょう。

そんな特別な夜にお迎えするお客様は

高知県知事を
4期16年にわたり務めた…

去年9月まで 民放のワイドショーの

キャスターを務めていたことでも
おなじみですが…。

実は もともとNHK社会部の記者。

皇室報道のエキスパートなんです。

また意識は しっかりしていらっしゃると。
現在は休んでおられるということですね。

昭和から平成に移り変わる あのとき。
一体 何が起きていたのか。

橋本さんが ここだけの話を明かします。

元記者 橋本さん

そして 作家の石田衣良さん。

先人たちが 改元にかけた知恵に

鋭く迫ります。

あけましておめでとうございます。
(一同)おめでとうございます。

どうぞどうぞ こちらに お掛け下さい。

初めてのご来店 ありがとうございます。
はい。

橋本さんっていいますと
元NHK社会部の記者ということで

当事は言えなかったけれども

今なら言える こんなこととかって
あったりしますかね?

ちょびっとあるかもしれませんね。
あ そうですか。

いやもう あのころはね どうだったかって
ちょっと昔の資料を読んでみたんですよ。

もう 前の年の88年の 10月の時点で
側近の人は 10月いっぱいで

昭和は終わるんじゃないかという
話をしてて

そこから もう いろんなことが
スタートしてるんですよね。
へえ~。

どんなことがあったのか 今日は ちょっと
たっぷり伺っていきたいと思いますので

よろしくお願いします。
よろしくお願いします。

あの~ すみません ちょっと さっきから
気になってたんですけれども

この 後ろにある大きな布って
これ 何なんですか?

いや これあの 新年早々ね

私のお世話になった方から
送られてきたものなんですけれども

まあ 広い店でもないのに
ちょっとねえ 正直迷惑してるんですよ。

困ってらっしゃいますね。
まあ でもね そういう方いますからね。

何か。

(笑い声)
まあ。

一応ね 昭和と平成二時代のギャグから
入ってきたんですけれども。

ひょっこりとね。
いや~ おめでとうございます。

私 井上二郎と申しまして
初代の「知恵泉」のね 店主なんですよ。

私が まあ この店を作った。
私がね 作ったっていうことなんですよ。

(川田)こういう先輩いますよねえ。
なのに 赤字なんですけれどね。

ところで新井君ね
私が送ったお年賀って どこにある?

ありますよ。 ほら 見て下さいよ。

ああ~ でもね
こんな布かけてちゃ駄目じゃない。

皆さんにお見せしないと
いけないんだから これ。
そうですか?

取っちゃっていい?
取っちゃうよ? ね?
はい。

じゃあ いきますよ!
はい こちらで~す! はい!

247の元号が書かれた
お酒の数々。

ねえ 圧巻でしょう? これ。
(川田)すご~い。

(井上)247本ありますから。

(川田)こんなにあるんですか 元号って。
へえ~。

まず 最初が
中国を参考に付けられた

「大化」から始まりまして

以来 1, 374年 247の元号が積み重なって

今日に至るということなんですよねえ。
(川田)へえ~。

ですから ひとつの元号あたり
大体 平均すると何年ぐらい?

まあ 4~5年。

へえ~ 何か ころころ変わってた時代が
あったっていうのも驚きですね。

そうですね。
あっ 例えば 皆さん

ほら これ
ずら~っと見て 気付きません?

(川田)あれ? 四文字!
(井上)4文字。

読み方 分かります?
いや その辺は もう怪しいですね。

あとは もう漢字が見えないんですよ。
(笑い声)

この距離ですと ちょっと
遠かったですかね。

すみません 距離感をちょっとね

もうちょっと考えれば よかったですよ。

私のお勧めなんですけれども

例えばこちら。
「暦仁」と読むんですけれども

これ 何で お勧めかっていうと

元号なのに
2か月ちょっとしか なかったんです。

(川田)え? 一年も もたないような。

そう。 非常にね 賞味期限の短い。

防腐剤が入ってないんですね。
(笑い声)

(井上)そういうことなんです
橋本さん。

さあ 川田さん
この中で どれ 味わいましょう?

どれから。 もう迷いますけれども
やはり 橋本さんに来て頂いてますので

「平成」 お願いいたします。
(井上)いや~ さすが。

じゃあ 皆さんにね 平成をね

知恵を味わって頂こうと
思うんですけれども

これ 実はね 日本酒ではなくて
お正月なので

皆さんにスパークリングワインを
飲んで頂こうと思って

特別にあつらえたんですよ。 さあ!

ちょっと先輩 ふだん それ
私の仕事なんですけど

やるんですか?
さあ 新年 派手にいきますよ!

(栓が開く音)
お~!

(拍手)
(井上)はい。

昭和に代わる
新しい元号が発表されました。

新しい元号は 「平成」であります。

翌1月8日より 「平成」が始まります。

30年前のあのとき 何が起き
何を人々は感じていたのか。

当時の映像とともに
振り返ってみましょう。

改元の前年 9月19日の夜。

昭和天皇が
お住まいの吹上御所で吐血されました。

非番の侍医も駆けつけ
皇居は慌ただしい雰囲気に包まれます。

このニュースは
瞬く間に列島を駆け巡りました。

マスコミは連日 昭和天皇の容体を

詳しく
報じるようになります。

少し お待ち下さい。

あ 今 取材にあたっております池上記者が
走ってきました。

発表があったようですが
どういう状況でしょうか?

午後7時現在の陛下のご様子について。

7時45分 宮内庁の

前田総務課長の発表です。

陛下の午後7時現在の体温ですが
37度9分。

全国に お見舞いの記帳所が
設けられました。

回復を祈る人々が詰めかけ 年末までの
記帳者は 600万人にも上ります。

寄せて頂きました。

その一方で
昭和天皇が体調を崩されたことで

日本社会は いわゆる自粛ムードに
包まれていきます。

こちらは 東京・六本木で
当時から営業を続ける居酒屋。

店主の橋本邦彦さんは
病状が悪化した 9月以降

店に 大きな変化が起こったことを
覚えています。

大勢の予約が入らなくなりましたね。

個人的に 自分たちの仲間内で
宴会やるとか その程度でしたね。

当時はバブル景気。

それまで連日満席だったのが
空席が目立ち始め…

記帳に行かれる方なんか 映りますよね
ニュースとして。

そういう雰囲気が
一般の方にも伝わって

世の中全体が ちょっと 何となく

やっぱり そういうムードだなって
いうふうに感じましたよね。 ええ。

催し物のプログラムからは
「祝う」という文字が姿を消します。

伝統の秋祭りや運動会を
取りやめるところも相次ぎました。

影響になってるわけですよね。

自粛ムードが漂うまま明けた 昭和64年。

正月三が日の全国の初詣客は 例年より
5%ほど数を減らし およそ7, 500万人。

その時が訪れます。

≪さあ 始めます。 静かにして下さい。

≪静かにして下さい!

では 発表させて頂きます。

天皇陛下におかせられましては
本日午前6時33分

吹上御所において崩御あらせられました。

まことに哀痛の極みに存ずる
次第であります。

国民の平和と 世界各国を

明るく照らすことを意図して

付けられた元号 「昭和」。

この日をもって
激動の時代は終わりを迎えたのです。

「黙祷を捧げたいと思います。 黙祷」

新しい元号は 「平成」であります。

この 「平成」には…

…という意味が込められており

これからの新しい時代の元号とするに
最も ふさわしいものであると思います。

喪に服しながらも 街には少しずつ
変化の兆しが現れてきました。

僕ら 今日から何の年か知ってる?
う~んと 平成。

(子供たち)平成元年!

まあ いいんじゃないですかね。

自粛ムードだった街にも
少しずつ活気が戻り始めます。

実際 成果はどうだったんですか?
成果は まあまあです。

意外なところにも影響が及びました。

各地の法務局には 企業名に新しい元号を
使いたいという人たちが殺到したのです。

平成元年だけで…

そんな会社の一つが
神奈川県鎌倉市にあります。

一戸建て住宅の建設と販売を行う

「株式会社 HEISEI」です。

大手電機メーカーに勤めていた
秋山 始さんが

独立し 会社を登記したのは

改元の僅か2日後 1月10日のことでした。

今 思ってみると…

それから30年。

たった1人で始めた会社も
少しずつ成長し

5人の社員を抱えるまでになりました。

建てた住宅も
鎌倉市に 200戸を数えます。

私としては やはり…

今年の5月 再び訪れる改元。

新元号の到来とともに 秋山さんも会社も
新しい時代を迎えます。

川田さん どうですか?
この 昭和から平成。  いや~ ちょっと

結構 意外なことも多かったです。

元号が変わる時に

やはり 自粛ムードだったというところも
驚きましたね。

あれだけ こう皆さん
抑えられてたんですね いろんなことを。

まあ 抑えられるというか
周りが そういう雰囲気になると

今 はやりの言葉で言えば 忖度で。
みんなね。

あそこも
特に同業者とか同じ業界の方だと

あそこが やってるんだったら
うちも まあ そういうふうに

しないといけないなという雰囲気は
わっと広がりましたよね。

いや 僕は ともかく あのころ
まあ 広告会社で

コピーライターみたいなこと
してたんですけど

ともかく寒くて 雨が多い冬だったなあ
っていうイメージなんですよね。

でも さっきの あの赤い魚が いっぺんに
売れなくなったって びっくりですね。

懐かしいなって 思わず言ってしまう
映像も いっぱいありましたよね。

(川田)30年前ですから
あの 池上 彰さん出てこられて。

若かったですね。
一緒にお仕事されてるんですね。

私の一年下だったですね。
そうですか。

私の方が ちょっと偉いという。
(笑い声)

池上さんはね 午前中の部 まあ あれは
最初のね 始まりの時ですけど

ずっと後も
午前中は ずっと池上さんがやってね

あそこで もうほとんど
宮内庁に いずっぱりで。

橋本さんと交代で やられてたんですか?
いや 僕はね

もう この放送センターの中で
ぬくぬくとしてたので

池上さんには
今も言われるんです。

橋本さんは ずっとね
放送センターで

おいしいお弁当も食べて
ぬくぬくとしてた。

私は 宮内庁で ず~っと。
宮内庁のお弁当が

まずいみたいに言わないで下さいよ。
(笑い声)

そうですね。

いや でもね 懐かしい映像といえばね
実は こういったものもあるんですよ。

こちらなんですね。

(川田)あれ?

川田さん 何かちょっと急に
恥ずかしそうにしてますけれども…。

はい。
こちらですよね?

私です。
妹が ちょうど生まれてすぐだったので

これが ちょうど
平成元年くらいの写真ですね。

(井上)かわいい。
こんなものもあるんですよ。

(井上)あら!
沖縄旅行ですね~。

(川田)おしゃれですね。
ウエスト高めですもんね。

(井上)ズボン太め。
うん。 痩せてたね~。

(井上)私 中学生だったんですよ。

その時に みんなで どうも次の元号は
これになるらしいとか

そういう うわさを
みんなで集めてきて

当てっこみたいのをしてたのを
すごく覚えてますね。 ええ。

「朝日」らしいとか 「あおい」らしいとか

そういうね うわさで
みんなで遊んでましたね。

「光る」を含む 光とか 明るいという
イメージをつく年号に

決まるんじゃないかという うわさは
かなりあった。

ありましたよね。
あったんですよ。

さあ 改元のね 舞台裏を ちょっとね
話していこうと思うんですけど

先輩 何か私たち やっぱ こうね
NHKで働いていると…。

働いてるんですか?
(笑い声)

私は店主ですけれども。

またの顔があるんですけれども…
痛いとこ突っ込みますね 初代は。

でも私たちのね 大先輩。
そう そう そう。

橋本さんが
当時どんな働きぶりだったのかって

気になりますよね?
気になる。

あの当時はね とにかく
昭和天皇のご容体というか

ご病状が どうかということと
それから いろんなことが起きた時の

儀式が どうなるかとか
もし 昭和が終わって

新しい元号になった時に
どういう影響が出るかとか

まあ 調べることっていうか
山ほどあってですね

もう みんなで手分けして
やってましたよね。 うん。

局内の方からも
いろいろ聞かれませんでした?

こう 「今 橋本さんだけ知ってること
ありません?」 みたいな。

だから局内で 一番あれだったのは

「紅白歌合戦」が
無事できるかどうかということを

まあ担当の方っていうか 編成というかね
聞いてこられて

そっからまた どうなんだと。

年は越して昭和は続くか
というようなご質問も受けて。

その場合 崩御された場合は

「紅白」は中止っていうふうに
決まってたんですか?

それも決めないといけないので。

でも 当日とかだったら
できないですよね 「紅白」。  そうですね。

改元について
誰が最初に情報をつかむのかっていう

厳しさもあったと思うんですけど。
僕は社会部にいて

まあ 内閣が決めるものなので

政治部が 取材をする対象なんですよね。

政治部の中では もう 各社と競争は
大変だったと思いますよね。

やっぱり記者の側からすれば
政府なり政治家なりが

まあ隠そうというわけじゃないですけども
してるものを

こう とってくることによって
いろんな道が開けるという思いで

やってるってことでしょうね。

先生 元号を選定するっていうのは
ほんとに極秘の作業なんですか?

そうですね。 決める時は これはですね
内閣 もちろん閣議の時にも

お手洗いに行く人がいてはいけないので
お茶も出さずに

もう 禁足令を出してたんですが

絶対 事前に
漏れちゃいけないっていうことで

皆さん配慮なさったという。
(川田)厳重ですね。

幹事長が 安倍晋太郎さん。

今の総理の
お父様だったんですけど

体調崩されてて 兄が
幹事長代理だったんですけど

実質
幹事長の役割をしてたので

情報は
確実に入っていたんですよね。

元号だけじゃなく
日々の病状とか。

だから教えろと
言ってたんですけれども…。

(井上)そうですよね
お兄ちゃん ちょっと教えてって。

お兄ちゃん 全然教えない。
(笑い声)

(石田)さすがですね。
(川田)いくら兄弟でも。

結局 何にも分からないまま。
(井上)へえ~。

じゃあ ついに
「平成」って発表された時は

あ 一旦 自分の仕事はそこで落ち着いたな
って思えたんですか?

「平成」とね 発表された時は
社会部の 社会部長の真ん前に

ソファーがあったんです。
そこで寝ておりました。

みんなが わ~って言うので
ハッていって

そのソファから目を凝らしたら
こうやって 「平成」って。

じゃあ ず~っと そのために
伝え続けてきたのに

歴史的瞬間だけ
疲れて寝てたっていう。

そうなんです。
(井上)何をやってるんですか。

(笑い声)
思わず 朦朧とした中で。

まあ そういう中で
平成を迎えたわけなんですけれども

先ほどのVTRでね 時代が変わって

自粛ムードが変わったっていう話が
ありましたけれども。

雰囲気は もう明らかに変わりましたよね。
(石田)変わりましたね。

もう そういうムードに浸ってるという
感じはなかったですよね もう。 うん。

こうやって 改元することで
みんなの環境だったり

気持ちが変わるっていうことが
あるんですね。

あの年はね ちょうど美空ひばりさんが
亡くなったんですよ。

(井上)手治虫さんも亡くなりましたね。

で そこで ほんとに
昭和が終わったなっていう

大衆感覚からしても そういう感じがね

こう 重なってったような
気がしますけどね。

だからこそ 新しい時代へという
雰囲気がね。

改元して その翌日に ばんって
株価も上がってるんですよね。

ああ そうですか。

大きいんですね
どういった元号になるかというのは。

うわ~ 期待が高まりますね これ。
ねえ。

もう ひどいのだったら許せない。
(笑い声)

株価を下げるような…
それは いけません。

そもそもなんですけれど 元号って
かぶってはいけないものなんですか?

ちょっと重なるものがあるというのは

何か その時代と重ね合わされて
見てしまうというような。
そうか。

あの時代 こうだったとか。
というようなこともあって

かぶってはいけないということも
あるわけですね。

現在ですと 例えば 会社名 地名

そういうものとも
重なってはいけないわけですよね。

そういうことを考えますと もうこれは

大変なことを 今されてるんではないかと。

都道府県の名前なんかは
ありえないわけですね。

そうですね もう ですから
そういう点で言うと…。

(笑い声)

しっくりきましたけど。

やっぱり 誰から見てもですね あ これが
我々の年号なんだなっていうことを

いわば共有できる。
そういう年号であるということが

特に近代以降は望まれていると
いうことだと思いますね。

縛りが多すぎる。 それで明るくて
音の響きが良くて

語呂が良くて みたいなこと
全部あるんですもんね。

漢字2文字で かつ何かに出典があること。

古典に出典がないといけない
ということになりますので。

(石田)なるほど。

元号のネーミングには いろんなルールが
あるということでしたけれども

次はですね…

例えばですね 先ほどの こちらですね。

「平成」。 これは こういったルールで
行われたんです。 どん!

「代始改元」と。

新たな天皇の代が始まる
ということなんです。

ということで 二郎さん ちょっと
お願いしたいことがあるんですけど

天正の瓶をね 取ってきて頂けます?
天正? ああ天正ね。 はいはいはい。

え~っと 天正って あっ これか。
そうなんです。

ほいよ。
はい。 ありがとうございます。

で この天正に ぴったりのね おつまみを
私 ちょっと新井店主が心もとないんで

私が作ってきますので。
(川田)あら 初代自ら。

楽しみにしてて下さい。
(川田)ありがとうございます。

おいしい料理 待ってますよ。

ということでね 天正なんですけれども
川田さん 天正といえば?

そうですね。 その信長も
改元に関わっていたんですけれども

その きっかけというのは
先ほどの「代始改元」とは

また別のきっかけだったんです。
味わってまいりましょう。

(石田)あ~ いい音ですね。
(川田)お~。

(石田)うわ~ これ酒飲みのつぎ方だ。
(笑い声)

押し出せ~!

相手の虚をつく奇襲。

南蛮渡来の新兵器
鉄砲を駆使し

群雄割拠の戦国時代
頭一つ抜け出した 戦国武将。

破竹の勢いで勢力を広げた信長が

人生最大ともいえるピンチに
陥った時がありました。

それは 元亀元年。

信長は
越前の朝倉義景との
戦いのさなかでした。

北近江の浅井は
同盟関係を結んでいたため

安心して
背後の守りを任せていたところ…。

なんと 浅井が
突如裏切ったのです。

その後 友好関係を結んでいた

大名や宗教勢力が

立て続けに 信長へ
反旗を翻しました。

敵対勢力に囲まれ
四面楚歌に陥ってしまった信長。

この時 彼は意外な方法で
危機を脱することになります。

日増しに 反信長勢力からの圧力が高まる
元亀3年。

信長は ある人物に
一通の手紙をしたためます。

送った先は 改元をつかさどる
朝廷と強いコネクションを持つ

室町幕府15代将軍 足利義昭。

なぜ 信長は 改元に強くこだわったのか。

戦国史を研究する小和田哲男さんは
その理由を推測します。

当時の人は やっぱり…

そういう改元のルールというのが
ありますので

まあ 一種の世直しと言ったら
いいでしょうかね。

そういった期待を改元には込めてますね。

いわゆる 改元の理由としての
いわゆる「災異改元」になりますね。

つまり 自分にとって
あんまり めでたくない

そういう状況を
何とか打開するためには

改元したいというのを
信長自身は考えてたんですけど。

古くから日本では 自然災害や
疫病などが起こると

その悪い流れを断ち切るために元号を変え
国の体制を保ってきました。

絶体絶命の信長。

改元が持つ力に 自身の命運をかけます。

ところが 義昭は信長の
再三にわたる要請にもかかわらず

一向に動きを見せません。

とうとう 信長は しびれを切らし

朝廷に乗り込み
自ら申し入れを行いました。

その迫力に
公家たちも圧倒されたのでしょうか。

1週間という異例のスピードで
改元が行われます。

新しい元号「天正」は 信長が選んだもの。

出典は 中国の古典「老子」。

心清らかで 冷静な者が
天下をとるという一文です。

天は やっぱり天下の天ですから
何か 世界というような意味でしょうね。

世界が正しくなるっていうか。

世の中の平和みたいなね
安寧みたいな そういったものも込めた

年号だというふうに
信長自身は思ってたと思います。

元亀から天正への改元を機に
世の中の風向きは変わっていきました。

天皇が 信長の味方についたとの認識が
広がったのです。

いわば 官軍の信長。

これは 反信長勢力の大名たちに
大いなるプレッシャーを与えました。

その後 信長は
かつての勢いを取り戻します。

天正元年 宿敵
朝倉 浅井を

続けざまに倒しました。

そして天正3年 武田に大勝利。

一時は 信長を人生最大の危機にまで
追い詰めた敵対勢力を

次々と下していきました。

悪い流れを断ち切る「災異改元」。

こうして信長は ピンチを脱し
天下統一の道を 再び歩みだしたのです。

ということで 信長が行った改元は
これですね 「災異改元」だったと。

そうですね これは もともと中国の思想。

いわば 君主が悪い政治をしていると
天が災害を起こしてですね

いわば イエローカードを出すという
そういう考え方があったわけですね。

改元をしてですね

こういう今の政治が良くなくて
災害が起こったということに対して

責任を感じてますよといいますか

そういうことで
いわば 新規まき直しをするという。

これ 信長の時代も
天皇が OKと了承しないと

あくまでも やっぱり
改元っていうのは できなかった?

そうですね。 そういう
いわば 朝廷を中心とした年号制度が

かなり強固に生き続いてきたというのが
モデルは中国でありながらも

日本の かなり独自の在り方
ということだろうと思われますね。

日本って あれですよね
天皇と 時の実力者が

摂関家だとか 将軍だとか 幕府だとか
絶えず いろいろ表裏 陰ひなたで

その一つの せめぎ合いのポイントが

やっぱり 元号にあったという
ことなんですね。           そうですね。

しかも 選んだ元号が
すごいじゃないですか。

自分が天下を正すって
ねえ 天正って

しかも 音も すごく堂々として
いい響きだし 信長 センスあるなぁ。

本当ですね。 大義名分
いろいろ くっつけたとはいえ

絶対 自分の思いが
一番 こもってるんですもんね。

天正はね まず見てね
字画が非常に少ないなあと。

今 数えたら 9画しかないのでね
まあ 誰にでも 目に入って

すぐ覚えられてっていう点では
すごいと思いましたけども。

あとは もう あれじゃないですか
音の響きが いいのと

あの 字を書いて 落ち着きがいい字って
あるじゃないですか。

天正なんか すごくいいんですけど

そういう 漢字のインスタ映えみたいな
ことも考えないといけないですよね。

漢字のインスタ映え その形というか

そういうのを意識することとかも
あるんですかね。

例えば 正徳という年号がある。

その他にも 正しい
という字を使う年号の際なんかは

正しいって いいじゃないですかと
思うんですけど

いや 正しいというのは 分解すると
「一年で止まる」と読めるから。

(一同)え~!
確かに。

そういうのは駄目だとかですね。

そういう 例えば 仁という字を使う

人を慈しむ 仁という字を使うと

人が2人いると読めるから これは君主が
2人いるように読めるからダメだとか。

え~ それ言いだしたら大変ですね。

それを言うと
もう 決まらないじゃないですか。

何か 川田さん
そういう舞台裏 聞いちゃうと

何か ああ そうなんだっていう感じも。
そうですね。

本当に 今の感覚と かなり違ったんだな
というのを思いますし

まあ そこには
いろんな人の思惑っていうのも

そこに関しては 今以上に
元号にはあるんだなと思いました。

今は 何か 役所的すぎるんですね。

もうちょっと 何か こう
どろどろじゃないけど

人間関係が反映されて出てくる元号って
面白いですよね。

平成なんかも もしかしたら
あったかもしれないですけど

公開されてないだけで。

慶長5年9月15日。

天下分け目の
関ヶ原の戦いが起こりました。

ここで勝利を収め
信長 そして秀吉が手にした

戦国乱世の覇権を最終的に握ったのが…。

(一同)おお~!

江戸に幕府を開いた家康は 諸大名に
城の破棄を命じた「一国一城令」や

その行動を統制した
「武家諸法度」など

さまざまな政策を進め
幕藩体制の基盤を整えていきます。

そんな試みの一つが 朝廷の改革でした。

もはや 国内に敵なしの幕府にとって

武力はなくとも…

彼らを いかに抑えていくか。

家康は知恵を絞り ある奇策を弄します。

表向きの理由は 4年前に即位していた
後水尾天皇の代始改元。

しかし実際には この年 大坂の陣で
豊臣家を滅亡させた幕府が

新しい時代の到来を宣言するために行った
改元だと考えられています。

慶長20年で
改元ということになった時に

多分 いろんな案が出たと
思うんですけどね。

その中で
やっぱり家康が選んだのが 私は「元和」。

それは 「平和元年」の意味というような
これからは もう平和が続きますよ

天下安寧ですよというところを
まあ 内外に示すというね。

とまあ 改元に介入するまでは
信長も やっていたこと。

家康の策士ぶりが うかがえるのは
それを 法令として定めたことでした。

天皇や公家の行動を
細かく規定した…

この第八条に 改元についての項目が
設けられています。

書かれている内容は それまでの考えと
大きく変わりありません。

それを 幕府が定める新しい法令に
わざわざ明文化したことが

家康の知恵でした。

なにも 天皇大権とも言うべき
年号改元の権限を

幕府が奪った 将軍が奪ったわけじゃ
ないですよと言いながら

やっぱり そこに…

まあ 何て言うのかなぁ。

…という意味合いが込められてますね。

家康は 直接的な表現は避けながらも…

徳川家の支配を
末長く 続かせようとしたのです。

その後は 将軍が代替わりすれば…。

江戸で 大火災が起これば…。

江戸時代 幕府は
改元の主導権を握ることで

安定した支配を築き 世界でも稀な
長きにわたる太平の世を続かせたのです。

しかし そんな江戸幕府にも
終わりの時が やって来ます。

奇しくも その崩壊には
改元の影が見え隠れしていました。

幕末。

開国を迫ったアメリカに対し

幕府は 何の手だても
打つことができませんでした。

開国をめぐって 国論は二分。

政情は 悪化の一途をたどっていきます。

対応に窮した 14代将軍 徳川家茂が
この時 すがったのが なんと朝廷。

次の元号を決めるにあたって
家茂は天皇に こんな手紙を送っています。

家茂は 悪い流れを断ち切る災異改元を
行うことで 危機を打開しようとし

それを天皇に一任したのです。

孝明天皇が新たに決めた
元号は「慶応」。

その意味するところは…。

「今 まさに めでたい雲が
輝く時が やって来た」。

改元の権限を
再び手にした朝廷。

新しい元号には その喜びが
込められていたのでしょうか。

大政奉還により
幕府が 政権を朝廷に返上したのは

その僅か2年後の慶応3年。

改元を牛耳ることで始まった徳川幕府。

250年後 その権限を自ら手放したことで
終わりを迎えたのです。

橋本さんは どうご覧になりました?

いや やっぱり法令を
いろいろね 武家で また公家で

まあ庶民についても決めたでしょうけども
そういうものを決めてくことで

ルールなんですよという形で
自分の権力維持を うまくこう制度的に

取り入れていくというのは
すごい知恵ですよね 政治家としては。

いや~ でも権力者って面白いですね。

そうやって国 空間を
全部 支配するようになると

次は 時間とか歴史を
支配したくなるもんなんですね。

欲張りだなあ。

しかも 何か悪いことがあったら
改元することで

また こう 気持ちを新たに 前のことは
無かったかのようにできるという。

考えれば家康って 何か そういう
漢字というか 文字というか

巧みに使う人ですよね。
そうですね。

あの秀頼の例の方広寺のね
「国家安康」

これが
家康の「家」と

家康の「康」を
分けたといって

難癖をつけたと
いうんですかね。

今度 元和は もう
平和の元年だと。

そういう 何か 言葉の意味合いを
うまく 人を攻撃する時にも使え

また世の中を盛り上げる時にも使うって
いうことでいえば すごい上手ですよね。

だって元和ってね 平和元年を
ひっくり返して 何か今で言うと

「メシ 行きませんか」というのを

「シーメー 行きませんか」
みたいな感じの

おやじギャグなのかな みたいな。
おやじギャグ。

この辺り 石田さんとか どう見ます?

いや もともとね これはもう
家康だけではなくて 日本人全体が

こういう だじゃれとか 言葉を
ちょっと いじったりして遊ぶのが

大好きなんですよね。
で なぜか 偉い人も好きなんですよね。

こんなこと あんまり外国では
やらないんですけど

何でしょうね このだじゃれ好き。

(井上)はいはい皆さん できましたよ~。
できました? 先輩。

はい こちらなんですけれども
お正月らしく豪勢に。 はいっ!

(川田)わ~ お鍋だ!
お鍋。

(井上)すっぽん鍋 ご用意いたしました。

皆さんに 精をつけて頂こうと思って
こしらえたんですけれどもね

この すっぽんといえば 亀。
この亀も 実は

改元のきっかけになっていた
という話があるんですよね。

そうなんですよ。
それ 私 言いたかったんですけど。

それ 私 言いたかった…。 それね
ちょっと じゃあ ご覧下さい。    (笑い)

改元と すっぽん。

その不可解な関係性を調べるために
やって来たのは 奈良・東大寺。

およそ15メートルの高さを誇る大仏で
有名な このお寺…。

すぐ近くには 天平文化の美術品や
工芸品などを多数所蔵する

正倉院があります。

ここに 改元とすっぽんの謎を解く
お宝が隠されているというのですが…。

ありました。

石で精密につくられた このすっぽんの像。

背中に刻まれた北斗七星が特徴です。

奈良時代について書かれた歴史書
「続日本紀」には

この像のモデルになったとされる
亀についての記述があります。

驚くことに 亀が改元のきっかけになった
例は これだけではないんです。

「神亀」は 白い亀が献上されたため。

「天平」は なんと 亀の甲羅に
こんな文字があったから。

「天王は貴く その治世は平和で
百年にも及ぶであろう」。

そして 「宝亀」は
再び 白い亀が献上されたから。

奈良時代には 4回も亀を
きっかけにした改元があったのです。

鶴は千年 亀は万年。

長寿にあやかれそうな ありがた~いお宝。

拝んでおきましょ。

さて 長寿のためには先立つもの…
そう お金が必要ですよね。

そんなわけで訪れたのが
埼玉県秩父市。

この地の聖神社は
金運に御利益があるとされ

多くの参拝者を集めています。

こちらにも
改元ゆかりのお宝がありました。

銅でつくられた ムカデです。

なんと1, 300年前に
天皇から贈られたもの。

(小池)ご存じのように ムカデは…

天皇が そこまで喜んだ理由は

ムカデと一緒に保管されている
大きなかたまりに理由が隠されています。

実は これ 「銅」なんです。

時は慶雲4年 秩父の山中から
突如 大量の銅が発掘されました。

驚いた地元の人々は それを朝廷に献上。
天皇は大いに喜びます。

ちょうど その時
日本に通貨制度を導入するため

原料となる金属を探していたからでした。

その銅を使って つくられたのが

日本最初の貨幣となる和同開珎。

同時に 「純度の高い銅」との意味を持つ
「和銅」に改元されたのです。

実際に銅が採掘されたのは
神社から歩いて10分ほどの山中。

高さ4メートルの巨大なモニュメントが
目印です。

当時の露天掘の跡が今でも残っています。

日本のお金発祥の地で
金運に あやかってみませんか?

長寿に お金を手に入れても
満足しないのが人のさが。

そんな時は こちらがおすすめ。

日本の滝百選にも選ばれる名瀑…

滝の傍らには なんと
改元のきっかけになった泉があるんです。

(荒木)それに感動した元正天皇が…

やっぱり女性の方は いつまでも若く
きれいでいたいという思いが

どこかにあったんではないかというふうに
私も そう思います。

「美肌の泉」の伝説。

泉の効用 あります?

(取材者)今日は どちらから?
え~と 名古屋から来ました。

毎日 通いたいなと思います。

(取材者)どうですか?
効果ありました?

完璧です。
実感は分かんないです。

家 帰って 鏡を見るまで。
(笑い声)

改元にまつわる
うんちくは さておき

長生きして お金があって
お肌もツルツル 若返る

縁起のいい改元スポット。

「知恵泉」からのお年玉
どうぞお納め下さい。

ということで 先ほどね 二郎先輩に
作って頂いた そのすっぽん鍋

どうぞ召し上がって下さい。
是非 召し上がってみて下さい。

おいしく できてるんでしょうねえ。
すっぽんもねえ ちょっと。

(井上)これはね 自信作。
これはキャリアが違うから。

そう言われると
私も何も言えないんですけども。

う~ん!
いかがですか? 川田さん。

おいしいですね。 やっぱり すっぽんはね
お肌もプルプルになるんじゃないかと。

実は これ VTRの中に出てきた

養老の泉から湧いた水で
作ってあるんですよ。     え~!

しっかり飲んでおかないと。
すっぽんのコラーゲンだけじゃないですよ。

お肌だけではなくて これは 当時の天皇が
側近の人も それで頭を洗ったらですね

抜けてた人は 生えてきて
白髪の人は 黒くなったと

こういうふうに書いているんですね。
すごいな。

すごいアンチエイジング効果があるという。

(笑い)

ということで めでたいから改元をする
ということでありましたけれども

このルール 名付けて
「祥瑞改元」ということだったんですね。

これも 中国由来の思想に基づくもので

いわば 良い政治をしていれば

天からですね お前 いいことしてるなと
そのままでいいよということで

めでたい印が出てくると。

そういう形で いわば 改元のきっかけに
したということだと思います。

でも 貴族たちは みんな日本中で
探させたんでしょうね 白い亀。

ごまをすりたくて。

でも思うんですけど 珍しい亀が出たから
元号 変えましょうって

ちょっと何か
困りません? 周りの人。

不思議ですし 亀の甲羅に描かれてた
文字から とかいうのも

ちょっと考えられないですね。
あれはもう 絶対に作ってますよね。

何か そういう雰囲気を作っていく
というのは

何か みんなを盛り上げるためにも
今でも使えること。

それを 変な手に使っちゃいけないけど

そういう気分を盛り上げていくというのは
とてもいいかなと思いましたね。

そうですね そういう おめでたいことを
取り上げて

みんなの間で あるムーブメントみたいな
ものにしていくっていうのは

政治としては いいやり方ですよね。

もうちょっと使っても
いいかもしれませんね。

何か いろいろ探していけば
ありそうですよね。

ありそうですね。 国民栄誉賞だけじゃなく
もっと いろいろあるかもしれませんね。

真っ白いパンダとか シロクマですけど。
(笑い)

(川田)
でも こうやって政治を動かしたり

ムーブメントを作ったりするような
元号って

そもそもの始まりって
大化からなんですよね。

日本では。
日本ではね。

でも どうやって
始まったんですか?

大化というのが 日本の一番最初の
年号ということになってまして

直接的な きっかけは
いわゆる大化の改新。

ただ これは当時の東アジア情勢が
密接に関わっておりまして

当時は 朝鮮半島の国々も
年号を使っておりました。

独自の年号を使っていたんですが
例えば新羅という国などは

唐から 中国の唐から
何で お前

勝手に独自の年号を
名乗っているのだと

かなり きつめに言われて
すいませんでしたといって

以後 中国の年号を
使うようになったという

そういう経緯があるんですね。

まさに その ほぼ同時期に
日本は…

あとですね 大化 そして 白雉 朱鳥は

あんまり使われなかったようなんです。
あ 使われなかった。

なぜかと言うと
出土遺物に ほとんど出てこない。

付けたものの浸透していない。
そうですね。

いや 浸透させなかったんだと思う。
ねえ 言葉だけで。        そうですね。

でも だって 独立するぞっていう
気概を見せるために 付けたのに

ばれないようにっていう。

そこが 外交というものの
微妙なところなんです。

(笑い)

さあ今日はね たっぷりと改元の知恵や
うんちくを味わってきましたけれども

川田さん いかがでしたかね?

こんなに やっぱり日本人が
大切にしてきたものなのに

知らないことが多かったので
本当に勉強になりましたね。

そして 楽しみになりました。
やっぱり 次が。

そうですよねぇ。
はい。

言葉を こんなに
大事にする国なんだというのは

ひしひしと感じましたね。

信長の天正もね うまいですし
本当に次が楽しみですよ。

まあ 和歌でも俳句でもね
ほんと言葉とか文字の こうね

順列とかいうのを楽しみながら
生きてきた文化の国ですから

元号というのも そういう意味合いが
いろいろな意味でね あるものだと。

たかが されどの
典型的なものかなと思いましたね。

これから どんどん
西暦が中心になっていく中で

元号というものについて
広く知って頂いて

そういう文化があるということを
まあ いわば生きた文化財として

味わって頂くということが 今後も
続くと ありがたいなと思いますね。

そうですね。         いい時間でした。
続けたいですよね。

そうだなあ 私も この際
店の屋号も かえちゃおうかな!

あっ じゃあ
この際 店主もかえちゃおう。

えっ?    ねえ 改元じゃなくて
復権ということで どうかな?

えっ 別の人じゃなくて 復権?

はい 私で。 今日 何かね
手応えを感じたところもあるから。

じゃあ 今日は この247本で
徹底的に議論しましょう。

今日は眠れませんね。
(笑い)

元号と共に歩んできた日本
そして 日本人。

過ぎゆく平成と 新しい元号を前に
本年も「知恵泉」 ごひいきに!

♬~

ちょっとちょっと
危ない。 ガス出てるから!

♬~


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