平成ネット史(仮)前編 懐かしい映像と貴重なインタビューでひもとく!歴史秘話 池田美優、宇野常寛、落合陽一、堀江貴文…



出典:『平成ネット史(仮)前編▽懐かしい映像と貴重なインタビューでひもとく!歴史秘話』の番組情報(EPGから引用)


平成ネット史(仮)前編▽懐かしい映像と貴重なインタビューでひもとく!歴史秘話[字]


日本のネット革命の変遷を、懐かしい映像の数々や貴重なインタビューで紐解く番組。前編はウィンドウズ95からニコニコ動画までパソコンで起こった歴史秘話を語りつくす!


詳細情報

番組内容

平成は、インターネットの普及により私たちの暮らしが大きく変化した時代だった。その変遷をパソコン通信、ウィンドウズ95、2ちゃんねる、フラッシュアニメやニコニコ動画まで、パソコンで起こった変化を中心に多彩なスタジオゲストとともに語りつくす!2ちゃんねる閉鎖を食い止めた伝説のプログラマーや、当時大人気だったテキストサイト侍魂の作者・健さんのインタビューなど、当時の貴重な映像とともに紹介する!

出演者

【出演】池田美優,宇野常寛,落合陽一,堀江貴文,ヒャダイン,眞鍋かをり,森永真弓,【VTR出演】戀塚昭彦,健,川上量生,佐々木渉,【司会】恵俊彰,是永千恵,【語り】緒方恵美,梶裕貴





『平成ネット史(仮)前編▽懐かしい映像と貴重なインタビューでひもとく!歴史秘話』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

平成ネット史(仮)前編 懐かしい映像と貴重なインタビューでひもとく!歴史秘話
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『平成ネット史(仮)前編▽懐かしい映像と貴重なインタビューでひもとく!歴史秘話』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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↓NHK関連商品

いいですね 頑張りましたね スタッフ。
本気で集めてますよ。

これも そうでしょ? 分かります?
これ iMac。

(是永)Appleの製品だということは
分かるんですけど。

Appleマークがありますもんね。

おしゃれですよ
いろんな色があって。

これを使いこなせる男になりたい。
ハハハッ。

携帯は いつから持ってました?
携帯は中学2年生の時に

当時 携帯小説が はやっていたので
読みたくて買ってもらいました。

こちらです。
わ~ もう 折り畳み。

中学3年生当時の
待ち受け画面なんですけど

「だ~いスキ」とか黒歴史ですよね。
「だ~いスキ」とか書いてます 親友なんだ。

ということで
そろそろ番組を立ち上げましょう。

平成31年 平成最後の年。

この31年は まさに…。

(一同)乾杯!

ネットの普及で
コミュニケーション 恋愛 仕事など

僕らの暮らしは大きく変わった。

♬~

iPhone 3G!

平成のはじめ
ネットの世界に初めてログインした

希望に満ちていたあの日から

日本のインターネットは
独自の進化を遂げてきた。

これは
そんな激動の時代を駆け抜けてきた

僕ら日本の…。

(拍手)

改めまして「平成ネット史」。
皆さん どうぞよろしくお願いします。

眞鍋さん 反応してましたね。
ちょっと何か懐かしくて

泣きそうになる映像が結構 出てきて。
いや でも 何かホントに

時代は ホント 変わるの早いですよね。
堀江さん どうですか?

中国とか行くと
みんなQRコードで決済してるし。

アリババのECとか 独身の日に
何兆円も売り上げたみたいな話が。

3兆円超えでしたっけ。
(堀江)そう そんな感じになってくると

あ 日本人が変わったというよりは…

落合さん
どんな変化があったと思いますか?

最初は 例えばmixiとか使ってたし
2ちゃんとか見てたけど

最近はTwitter見てるし
例えばFacebookつながってるし

時間がたつにつれて
日本のインターネットサービスは

ほとんど使わなくなってったな
っていうのはありますね。

多分 生まれて初めて 何か
歴史の転換点にいるというか 世の中が

大きく変わってくんだって思えたのが
インターネットだったんですよ。

ただ もう僕自身は
ネットが出てなかったら

絶対に世に出れなかった人間なので
何か インターネット自体は

絶対 否定したくないなと思ってます。

宇野さんとか 僕もそうなんですけど
陰キャラっていわれる人たちとか

オタクとかは すごい
世の中に出やすくなりましたよね。

スクールカーストの底辺に
住んでなくてよくなった。

さて
今回のスタジオセットなんですけども

平成初期のころの部屋を
モチーフにしました。

懐かしいパソコン
携帯 いろいろ転がっておりますよ。

(ヒャダイン)F5ボタンは
オタクには たまんないんですよね。

F5。
F5連打。

更新のボタンなんですよ。
新しいの きてないかなって。

テキストサイトとかで
新しいのきてないかなっていう時に

F5を押しまくる。
(堀江)僕はだからCtrl+R押しちゃうんで

リロードしちゃうんです。
F5とかは使わないですね。

(森永)私もCtrl+R派です。
(ヒャダイン)僕 F5派でした。

(堀江)僕は古いんで。
でも 1~2年で

すごい差が出るんですよね この常識もね。
みちょぱ どうですか?

今の話を聞いて。 意味は分かった?

熱いよね 何か。
オープニングトーク 熱いっていう。

確かに陰キャラっていわれてる人が
何か出やすくなったって

言われるかもしれないけど…

3万件もの投稿が寄せられました。

その投稿をもとに

12個のキーワードをピックアップ。

秘話とともに番組独自の

平成ネット史をあむことに。

前編と後編 2回にわたってお送りします。

どうぞ お手柔らかに。

最初のキーワードは こちらです。

新しい元号は「平成」であります。

平成のはじめは日本でインターネットを
使っている人は ごく僅か。

当時の
パソコンユーザーが使っていたのは…。

(一同)うわ~!
(落合)懐かしい! やべえ!

主な使いみちは
テキストによる趣味の情報のやり取り。

え? 今と変わらなく見える?

当時のパソコン通信は

基本 一つの大きなサーバーを通じての
やり取り。

世界とは つながっていなかったんだ。

一方 インターネットは
一部の大学や研究機関で使ってたけど

一般には ほとんど知られていなかった。

[ スタジオ ] (ヒャダイン)理系のものでしたよね。

そんなインターネットが
注目を集める出来事が

平成7年に起こった。

「至る所で火の手が上がっており…」。

電話をはじめ
通信手段が失われた被災地で

国内 そして世界へ向けて情報を
発信したのがインターネットだった。

被害地域の地図や避難所一覧など

さまざまな情報を
他の地域で得ることができ

ネットの力が
広く知られるようになったんだ。

この年の11月 「クローズアップ現代」が

インターネットを特集。

まずNASA いきますよね。

今では当たり前のことだけど
これが当時は画期的だった。

このころ 日本のインターネット利用者は
人口の1%以下だった。

でも 番組が放送された10日後
この状況が激変!

世界に向かって
インターネットの窓が開かれたんだ!

(浅野)日本をバージョンアップ。

聞こえた?

変わるのは あなたです。

98で Windows95。

(一同)3 2 1… わ~!

(歓声)

全国のパソコンショップは
ソフトを買い求める人で

どこも お祭り騒ぎ。

Windows95を搭載したパソコンも
各社から発売された。

キャッチコピーは…。

スタートボタンを押すだけで
直感的に使えるだけじゃない。

注目は充実したネットワーク接続機能。

このおかげで誰でも簡単に

インターネットに
接続できるようになった。

今と比べて
当時のパソコンは とても高かった。

それにもかかわらず大ヒット商品に!

多くの人が
インターネットに夢中になった。

このブームを受けて…

NHKのホームページも
平成7年に公開がスタート。

「サイバー番組ステーション」に
「宇宙船団」。

このころは これが新しかったんだよね。

ちなみにスタジオにいる

是永アナが生まれたのも
この年。

Windows95と同い年だね。

平成8年には
「Yahoo!」が日本でサービスを開始。

ホームページを探して回る
ネットサーフィンが大流行した。

ネット初体験のユーザーが
特に衝撃を受けたのが…。

そう 今では当たり前の

チャットやEメール。

ネットで知り合った人と
テキストで会話をするチャット。

一瞬で文章が送れるEメール。

そういえばピンクのクマが
メールを配達してくれる

PostPetなんてあったよね。

平成7年は 日本のインターネット史の
大きなターニングポイント。

インターネットへの窓が開いた
まさにネット元年といえる一年でした。

僕ね ちょうど高校のころに
Windows95が出たんですよね。

90年代のインターネットって大学生の
カウンターカルチャーだったんです。

まだギリギリね。 それが
どんどんどんどん普及していって

あ これで世の中 変わるんだってことを
多分 世界中の若者が考えてた。

僕 ネットを使い始めたのって
8歳の時で

Windows95が出て よっしゃって言って
買って始めたんですけど

ちっちゃいころインターネットやってると
チャットしてる相手

大体 大学生でした。
変換が分かんないんですよ 小学生だと。

で 「お前 ひらがな多いな」とか言われて
「すまん 10歳なんだ」って。

10歳はネタみたいな。
(ヒャダイン)信じてもらえないですよね。

ちなみに その当時の落合少年が
こちら。

こんな子がチャットの
向こう側に座ってるなんて

誰も思わないよね。

皆さん そもそも そのインターネット
ネットワークっていうのは

一体 最初は どのようにして生まれたか
ご存じなんでしょうか。

みちょぱ 知ってる? ネットワーク。

では インターネットの成り立ちを
簡単に説明しよう。

インターネットの起源は1969年

アメリカの国防総省が研究機関を

つなげたネットワーク ARPANET。

日本では 1984年 JUNETという

日本の大学を結んだネットワークが誕生。

これが
後に世界のネットワークとつながり

日本のインターネットの基礎となった。

でも 主な使いみちは

メールやファイルのやり取り。

この状況を変えたのが…。

こちらです。
これ 分かりますか? みちょぱ。

これ 大文字ですか?
これ 大文字なので

ワールド・ワイド・ウェブなんですって。

ワールド・ワイド・ウェブは訳すと

世界中に広がるくもの巣。

つまり 世界中をつなぐウェブサイトの

仕組みのことで
1991年にイギリスの技術者

ティム・バーナーズ=リーさんが発明しました。

(落合)イギリス産に見えるけど
でも あれ スイスだよね。

違う スイスが… だから
スイスのCERNっていう研究所で

ただ ティム・バーナーズ=リーさんって
イギリス人なんだよね。

イギリス人 はい。
(堀江)だから これ 開発されたのは

CERNという欧州原子力機関。

原子力機関に勤めてた人が
開発したというか 提唱したんです。

このワールド・ワイド・ウェブが
生まれたことで

現在のようなホームページが誕生した。

更に 平成5年11月 研究用だった
ネットワークが一般に開放され

誰でも使えるように!
そして2年後…。

Windows95が入った
当時のパソコンを ご用意しました。

劇的なんでしょう これが。
これ 落合さん。

こんな感じのやつですね。

あと 熱がすごい。

(落合)ブラウン管だから
ほこり付くから よく拭いてたよね。

また 接続が大変なんですよね
いろいろケーブルとか

楽器とかつないで
曲とか作りたかったんですけど。

今は結構 USB ドンッで
終わりとかなんですけど。

ジャックの種類が いくつもあって。
そう。 もう大変。

(堀江)Mac 使ってたんじゃないんですね。
(ヒャダイン)最初は僕 Windowsでした。

続いてのキーワードは こちらです。

シュッ シュッ シュッ…。
何だ それ。

Windows95の登場で
インターネットが身近になったとはいえ

当時は いろいろな苦労があったんだ。

Wi-Fiなんて当然ない時代。

家庭からインターネットに
つなげる方法といえば この電話回線。

どんな感じだったかというと…。

(発信音)

(接続音)

この謎の音が パソコンが
インターネットに接続している音。

パソコン立ち上げから接続まで
およそ4分。

コーヒーをいれる余裕も。

当時のユーザーからは…。

更に
多くのユーザーから寄せられたのが…。

インターネットに接続している間
増え続ける恐怖の電話代。

高額請求される人が続出して
社会問題にまで発展した。

この状況に対して
NTTが夜11時から朝8時まで

登録した番号への電話代が定額になる
テレホーダイを開始。

でも 使うためには
新たな問題が生まれたんだ。

夜11時の少し前。

なぜ 急ぐのか?

実は ネット用の電話回線は
接続数に制限があった。

11時になると
みんながネット接続するため

電話回線に殺到。 すると…。

そう つなぎたいのにつながらない問題。

つながれ! つながれ! 今
つながらなきゃ何にもならないんだよ!

だから つながってよ!

そんな心の叫びから生まれたのが…。

「スリー ツー ワン」!

「フライングアタ~~~~ック!!!」。

説明しよう。 フライングアタックとは
テレホーダイになる11時の少し前から

あえて接続して
混雑を回避する先手必勝の技のこと。

オーケー!

当時の電話代は3分で10円ほど。

確実に つながるためには
追加料金は惜しくなかったんだ。

定額だからといって
深夜までネットサーフィン。

ついつい寝不足に。
何 見てるのかと思ったら…。

あ~…。

で その結果が…。

接続したまま寝落ち!
起きた時にはテレホーダイの時間外。

また やっちゃったよ~。

インターネットに つながる喜び。

それは お金にも睡眠時間にも代えがたい。
そんな時代だったんだ。

そうなんですよ 堀江さん
フライングアタックって そういうことなんです。

分かんないんです。

そのころから…。
(堀江)そう 会社。

仕事してたから このころ
インターネットで。

だから ずっと専用線なんです。
(眞鍋)一般人はね 時間気にしながらね。

眞鍋さん どう やった? 覚えてる?
懐かしいです テレホーダイ。

あの音も懐かしいです。
ダイヤルアップ接続する時の…。

ただでさえ高額になりやすいのに
何かウィルスとかで

変なのに感染しちゃって
回線 乗っ取られると ホントに

ばく大な請求とかきたりするんですよ。
そんなことあった?

ありました ありました!

だから いきなり 何かモルディブとかに
電話かけたりとかして…。

エロサイト見たら 何か
モルディブに電話かかってるみたいな。

業者だから。 僕は やってないですよ。

僕は やってないですけど そうやって
荒稼ぎをしてたやつはいた。

僕はチャットのアプリ入れて
みんなで何時に集まろうみたいな感じで

チャットをして… チャットって すごい
時間が すぐに とけていくんですよね。

あれで夜中2時 3時ぐらいまで
やってって話だよね。

多分 テレホーダイがあるせいで

留年した大学生とか
めっちゃ いっぱいいますよ 当時。

オンラインゲームとかね あれに はまって
23時になったらゲームにログインして

5時 6時までやって
それを ずっと繰り返していくと

昼夜 完全に逆転するんですよ。
(ヒャダイン)でも当時って

これってインターネットあったけど
すごい速度 遅かったですよね。

当時のダイヤルアップ回線の速度は
28.8Kbps。

今 皆さんが家で使っている
パソコンの速さが大体 100Mbpsとすると

単純計算で 今に比べて
3, 500分の1くらいの速さだった

ということなんですけど。
画像のダウンロードとか大変だった。

(一同)ピーッ。
(眞鍋)ちょっとずつ出てくるのね。

しかも 途中で止まってるっていう。
みちょぱさん どうです?

その速度って想像できます?
いや できないです。

今はね すぐ ビュンって出てくる 一瞬で。
ビュンって。

たまにWi-Fi調子悪っとか
そのぐらいはありますけど。

なので 当時の計算でやると
今 1秒で開ける画像を開くのに

1時間ぐらいかかった
ということになります。

楽しみ…。
そりゃそうですよね それが初めてだから。

(森永)ワクワクして。 こないかなって。
さっきVTRにもありましたけど

待てるんですね それもね。
つながるってだけで もう感動なんですよ。

こんな遠くの人とも やり取りできるんだ。
それこそ NASAのホームページ

見ちゃったぜっていう。
つながること自体が奇跡だったっていう。

さあ それでは次のVTRなんですけれども
2000年前後の話題です。

キーワードは こちらです。

平成10年。
女子高校生の間でルーズソックスや

プリクラ たまごっちが流行していた
このころ。

個性的なサイトが次々と誕生した。

その当時の あるあるといえば…。

「キリ番GET」とは サイトにある
訪問者を数えるカウンターが

アクセスしたとき
キリのいい番号になること。

「カキコ」とは
サイトの掲示板に書き込みをすること。

今でも使う人いるよね。

キリ番になったことをカキコすると

管理人からお礼のメッセージや
プレゼントをもらえることもあった。

サイトの中には 完成していない
工事中のページが数多くあった。

中には永遠に工事中のまま閉鎖…
なんてことも珍しくはなかった。

ちなみに このころは 回線が遅く
画像の読み込みに時間がかかった。

そのため画像を多く使ったサイトは
ユーザーから避けられる傾向があった。

そこで当時 はやったのが

画像を少なくして文章を工夫した
テキストサイト。

文字の色や大きさなど
見た目に工夫を凝らし

サイトの管理人がネタのような日記や
コラムを発信。

個性あふれたテキストサイトが
流行したんだ。

そんなテキストサイトの中で
人気を集めたのが

平成13年開設の「侍魂」。

サイトの管理人 健さんが
独特の視点でつづった日記やコラムが

大人気になった。

中でも人気を集めたのが この「先行者」。

細かい内容は エッジがききすぎていて
紹介できないんだけど

同人誌や ストラップなどのグッズが
登場するほど 一大ブームに!

「侍魂」は開設から2年足らずで
1億ページビューを達成。

まさに お化けサイトだった。

これがきっかけで 管理人の健さんは
テレビやラジオ出演 更に本まで出版。

一躍 人気者になった健さん。

当時は どんな感じだったのか?
本人を直撃した!

大人気サイトとなった「侍魂」だけど
平成18年を境に更新が途絶えてしまった。

実は 当時 テキストサイトの
管理人の多くが学生だった。

他の人気サイトも
就職を期に更新頻度が激減したり閉鎖に。

そのころ入れ替わるように登場したのが
ブログだった。

更新は
決められたフォームに入力するだけ。

専門知識が必要ないブログは
手軽さがうけて大人気に。

このブログの登場を
健さんは どう思っていたの?

だけど 実際 横で見てると…

ブログ人気が高まると
グルメや旅行など

自分の得意分野を記事にする
ブロガーが続々と登場した。

ゲストの眞鍋かをりさんが
平成16年に開設したブログは

独特の文体で大人気に。

眞鍋さん
当時はブログの女王と呼ばれてた。

ブログの中で 自分の事を
「オイラ」って呼んでましたね。

更新の手軽さから 一般人だけでなく
多くの芸能人もブログを開設した。

さまざまな情報を
個人が発信し始めたことで

ネットは新たな役割
巨大なメディアとして成長を始めました。

眞鍋さん ブログの女王。

いや~ もうね 当時 今だったら
信じられない話なんですけど

私 デビューしたぐらいって
芸能事務所も

自分の事務所のホームページすら
持ってないっていう時代で。

ファンの人に握手会とか来てもらっても
ありがとうっていう

コメントを出す場すらないっていう
時代だったので

それを 何か自分でやりたいなと思って
本を買ってきて

Wordで作れるホームページみたいな。
HTML 書いて

個人のホームページでファンと
やり取りし始めたっていうのが

多分 99年ぐらいで。
今は結構 芸能人がブログで

私生活出すのって普通じゃないですか。
でも 全然 昔は そういうこと…。

テレビの世界が全てだったので
ちょっとした何か 失敗談とか

裏の表情みたいなものを
見せられるっていうのが

インターネットの
中だけだったんですよね。

当時 だから アイドルでデビューして
優等生アイドルみたいな印象で

ずっと やってきたので
すっごい何か息が苦しかったんですよ。

それを 何か ちょっと
真面目じゃないところ出したいっていう。

もともと芸能人のウェブサイトとか
そういうのやってて

それが すごいファンとの距離を縮めるし
彼らのマーケティングにとって

めちゃくちゃ役に立つことが分かったのと
あと個人が書いてるブログも

結構 面白いんですよ。
さっきの「侍魂」じゃないけど。

これを簡単にネットで作れるようにしたら
いいんじゃないかっていうのを

ちょうど多分 2003年ぐらいに
ITの会社の人は みんな思ってて。

で ニフティサーブって会社と
うちのライブドアって会社が

一気に それを作って
一大ブームになったっていう。

事件の前までは うちらが もう圧倒的で

アメーバブログなんて
もう影もなかったですね。

ホントに楽しかったですね。

特に映像とか画像が
あるわけじゃないんですけど

テキストで ちょっと色変えたりとか
大きくなったり 小さくなったりとかで

あと 文章力ですよね。
文章力だけで引き付けて

もう文章だけでゲラゲラ笑ってたんで。
逆に今って…

画像とか なしで楽しめるサイトでしたね。

毎日 見にいって 今日も
更新してないかなって見にいくみたいな。

テキストサイトって
基本 暇な文系大学生のカルチャーで

「侍魂」とかっていうのも 結構
そういうメンタリティーですよ。

みんな 匿名というか
ハンドルネームでやっていて

何かマスコミとかで扱わないような
えげつないとこ

どんどん入れていくっていう
独特のテーストだったんですよね。

ワイドショーで扱われた人
ググると出てくるのが 何か

モザイク入ってない画像だったりとか。
落合さん そういうことやってたんだ。

(落合)犯人の名前が出てこないみたいな。

いわゆるメディアに出てこない情報が
いっぱい出てくる。

ホント インターネットっぽいっていう
文化っていうと

あれだったんですよ 当時。
さて そのテキストサイト全盛期

私たちのネット史に大きな影響を与える
あのサイトが登場します。

続いてのキーワードは こちらです。

平成のネット史で 忘れてはならないのが
当時 人気を集めた匿名の掲示板の数々。

[ スタジオ ] (落合)背中がかゆくなってくる。

中でも絶大な人気を誇ったのが
平成11年に開設された…

「板」と呼ばれる
さまざまなジャンルの掲示板が

無数に集まって あらゆるテーマを網羅。

そのサイトに集う人々は
2ちゃんねらーと呼ばれ

掲示板は彼らの遊び場になった。

ここから 今でも使われている
さまざまな日本のネット文化が開花した。

文字や記号でイラストを作る…

数々のネット用語も

2ちゃんねるから広まっていった。

では ここでスタジオのみちょぱさんに
ネット用語からクイズ。

この「kwsk」 何の略か分かりますか?

5秒以内に答えて下さい。

正解は…

「詳しく教えて」っていう意味だよ。

このようなネット用語を使って
仲間との会話を楽しんでいたんだ。

更に 2ちゃんねる発の文化が

一つの話題でリアルも
巻き込んで盛り上がる「祭」。

映画「マトリックス」が公開された
平成15年には…。

「登場人物のコスプレで
鬼ごっこをしよう」。

という書き込みがきっかけで
150人もの2ちゃんねらーが

渋谷スクランブル交差点をジャックする
マトリックスオフ会に発展。

大騒ぎになった。

こうした2ちゃんねらーが団結して

実際に行動に移す「祭」が続々と開かれた。

ところで この2ちゃんねるが
一時閉鎖寸前になったことを

みんな 知ってた?

開設から2年がたったころ
利用者が増えたことで

サーバーとの通信データ量が激増。

広告の表示で賄っていた費用では
運営が困難になっていた。

その結果…。

掲示板が
次々と消えていってしまったんだ。

誰もが諦めつつあった中
閉鎖を食い止めるために動きだした

ある板の住人たちがいた。 その板が…。

このUNIX板のプログラマーたちが

サーバーとの通信データを圧縮する
アイデアを提案。

他の板の住人たちにも呼びかけた。

匿名のプロフェッショナルたちが
それぞれの技術を駆使し

新たな圧縮プログラムを作り上げたんだ。

2ちゃんねるが 初めて
一つになった伝説の日として

今も語り継がれている。

今回 番組で この時のことを知っているか
呼びかけてみた。

すると こんな返信が…。

すごい! 詳しく聞かせてほしいな。

返信してくれたのは
戀塚昭彦さん。

ニコニコ動画を3日で作った
超有名なプログラマーだった!

あの… なぜ参加したんですか?

戀塚さん 実は 今回
インタビューを受ける事を悩んだそう。

というのも圧縮プログラムの活動は
匿名だったからなんだって。

今 もう ほとんどの方は…

匿名の掲示板 2ちゃんねる。

危機を救ったのは
無名の住人たちの知恵の共有

そして 遊び心だったんだね。

もちろんね 2ちゃんねるっていうのは
後のニコニコ動画にもつながっていく

何かアナーキーなね
センスを維持したまま

ネットの集合知を集めて 面白いもの
いっぱい作っていこうという

そういう場になってたのは
間違いないんですよ。

ただね 今 ちょっといい話で
まとまりそうになってますけど…

いい話で そのままスルーしようかなと
思ってたんですけど。

ろくなもんじゃないですよね。
いや もう ひどいっすよ。

僕の板なんか ずっと前からあるから。
僕をディスるための。

匿名だから何 書いてもいいと。
で あと 匿名で みんな書いていて

板に空気ができると
それが世間の声なんだと

天の声なんだっていうふうに
錯覚するようなやつも

いっぱい出てきて その結果
今のね Twitterの悪いところにも

通じるような とりあえず目立つやつの
足を引っ張ってやれとか。

気に食わないやつの
足を引っ張ってやれとか

何か人に石を投げて すっきりする
日本のインターネットの

一番 駄目なところを
やはり源流にあるのが

2ちゃんねるなんですよね。

だから 当時はルールとかも全然なくて
混とんとしてたんで

2ちゃんねるの登場によって
精神を病むアイドルが続出したんですよ。

私もデビューしたてぐらいの時に
ちょうどパーッて

広まってったんですけど
それで結構 見ない方がいいみたいに

一時期 事務所の中で

2ちゃんねるは見ないようにみたいなのが
結構 言われるぐらい。

でも 私 匿名性の恩恵も受けていて
例えば 女性じゃないですか。

そうすると 例えば 格闘技好きとか
プログラミング好きとか

電子工作好きとか ちょっと男性っぽい
趣味のことを話そうとした時に

生身でいくと わりと
女が来たぞ 女が来たぞとか

上から目線で
何か分かってないお姉ちゃんに

教えてやろうじゃないかみたいな
マウントをかけられたりして

嫌な思いをすることがあるんですけど
2ちゃん語だと性別が分からないから

普通に同志として先に仲よくなって
そのあと 実際に会うか会わないか

オフ会とかは別として それができたのは
すごい恩恵を受けている。

匿名の恩恵ですね。

そんな匿名が生んだ2ちゃんねるの物語が
あの「電車男」。

「電車で酔っぱらいに絡まれていた
女性を助けた」と書き込んだ

22歳のヲタクのために

多くの2ちゃんねらーが
恋愛のアドバイス。

リアルタイムで進む恋のドキドキを
共有した。

「HERMESって買いてあるけど
どこの食器メーカーだろ」。

食事の場所から
電話をかけるタイミングまで

多くの2ちゃんねらーが協力して
恋の成功を祈った。

書籍化 映画化 ドラマ化。

匿名性から生まれた物語は
社会現象にまでなった。

ドラマ見たことあるけど
2ちゃんねるからだって

初めて知りました。
ドラマから入った?

そうですね 知らなかった。
(ヒャダイン)最初は みんな

うそだとか言ってくるんだけど
だんだん だんだん盛り上がって

みんながレスしていくっていう感じで
盛り上がって。

後半 みんな 他の見てる…
ROM専の人とかたちも

がんがん集まってきて応援し始めて
リアルタイムで みんな応援して…。

リアルタイムで応援する?
(ヒャダイン)「今 なんとかにいる」

みたいなのを 携帯で打ち込んで。
(森永)「彼女から こういう

反応がきたんだけど
僕は どうしたらいいんだろうか」。

そしたら みんなが ああした方がいい
こうした方がいい。

中学生か そのぐらいだった気がするけど。
いや 青春… 青春です。

インターネットからね いろんなことをね。

こうした背景には
平成ネット史上の大きな転換があった。

それが 高速回線の常時接続。

こちらを ご覧下さい。

平成5年に始まった日本の
商用インターネットなんですけれども

こちら 平成12年にはNTTで
定額制のブロードバンドと呼ばれる

大容量の通信ができるADSL。

そして光回線へと
一気に進化していきました。

平成12年
定額制の常時接続サービスがスタート。

特にADSLは 電話回線を
ほぼ そのまま利用できる

高速なサービスとして人気を集めた。

これにより 動画も
見ることができるようになっていった。

やっぱ 速くなった方が
使う人が多くなるってことでしょ 当然。

値段は やっぱりありますね。
お金。

あのころ だってモデム 外から
持って帰ってきたりしましたよね。

あと 広く広げるって意味でも
駅前で赤いジャンパー着た人たちが。

モデム がんがん。
(ヒャダイン)やってた やってた。

あ タダでできるんだみたいな。
みんなでネットを使うための環境を

日本中が整えようとしてる感じが。
(ヒャダイン)ADSL 配ってましたよね。

多分ね この回線が
どんどん太くなっていくってことと

インターネット文化のメジャー化って
多分 併走してるんですよね。

テレホーダイのころってホントに
基本的にインターネットって

専門家と暇な大学生のカルチャーで。
みんな夜の11時からログインしてね

朝までやるっていう…

この回線の進化で生まれた新たな遊びが
掲示板で急速に拡散されました。

それが…。

Flashというソフトで作られた
通称 Flashアニメ。

データ量の大きな動画も 回線の高速化で
気軽に見られるようになりました。

この動画の作者 ポエ山さんいわく…。

「それまでのネット上の
アニメーションといえば

静止画を重ねて作る
GIFアニメが主流。

商用アニメのような動画を
自宅で手軽に作れる

Flashの登場は画期的だった」。

…のだそう。

パソコンユーザーの間で

このアニメーションを作るという遊びが
大流行。

ゲストの落合さんも作ってたんですよね。

♬~

当時 国民的アニメのキャラクターを
勝手に使ったり

著作権的にアウトなものも
結構あったんです。

ネットという巨大な集合知で
新しい遊びが生まれ

それをシェアする文化が
育まれた時代でした。

新しい創作活動みたいなのがね
眞鍋さん 生まれてたんだね ここにね。

いや 毎日 見てました これ ホントに。
Flashアニメ見るのを楽しみに

毎日 家に帰ってたような感じでした。
(森永)今日は何があるかなみたいな。

森永さん 何 見てたんですか?
ネット廃人なので 基本的には

一とおり見てっていう…。
ホントにくだらない映画ばっかりですけど。

筋肉ムキムキのドラえもんとかね。
(ヒャダイン)権利的にアウトなやつですね。

流れてたポエ山さんのやつなんか
私の誕生日と

公開日 一緒だとかっていうだけで
すごいキュンとして うれしくなった。

その接点で うれしい。
ヒャダインさんは?

僕もアウトな方が ちょっと
面白いんですよね 皮肉がきいてて。

そういったスパイスって 絶対
テレビじゃ流せないやつじゃないですか。

で ぬるぬる動くんで画期的でしたね。

当時 だから 一般社会が
インターネットを通じて

オタクっていうものを面白がり始めたと。
全く理解できない存在なんだけど

ちょっと この人たち面白いじゃん。
ネットで よく見かけるぞって

思い始めたっていうことが1つ。
もう1個が 何か まさにオタクがね

カミングアウトしだした
ということですよね。 今まで自分たち

ずっと日陰者だったんだけど
結構 面白がってもらえるし

何かオタク趣味っていうものを通じてね
コミュニケーションを広げていって

変な話だけど オタク趣味を通じて
リア充してもいいじゃないかってことを。

(堀江)オタクなんか まさにね…。
あと 何か だから

オタクであるっていうのを
女性がカミングアウトできない。

できにくい環境にあったのも
事実なんじゃないですか。

だから 最近の若い子たちと話してると
何か堂々とオタク趣味を

ひけらかせるから 俺 この時代に
生まれたかったわと思いましたもん。

昔はカミングアウトできなかったから。
今は普通に平気で

漫画好きです アニメ好きですって。
むしろ売りですもんね。

(堀江)言っちゃったりとかするから
いい時代ですねって思います。

さあ じゃあ 続いてまいりましょうか。
キーワードは こちらです。

ニコニコですか? ニコニコ。

日本でIT起業家が注目され

ヒルズ族という言葉が話題になった
平成17年。

ゲストの…

想定の範囲内ではあるんだけれども…。

この年 アメリカで
あるサービスがスタート!

それは 動画共有サイト…

ADSL そして 光回線へ。

通信速度が速くなったことで
ネット動画が急速に広まっていったんだ。

そして翌年の平成18年
日本で始まった動画サービスが…。

このサービスを生んだ
川上量生さんに

作った理由を聞いてみた。

役に立たないというサービスの一つが
動画にコメントをつける機能。

すると この機能を駆使する
弾幕職人が登場。

動画を使った日本独自のネット文化が
生まれていった。

数多く投稿されたのが…

歌ったり 踊ったり 演奏してみたり…。

アマチュアでありながら何十万という
ファンがつくことが社会現象に。

ユーチューバーが誕生するよりも
前の事なんだ。

平成20年からはユーザーたちが
一堂に会するイベントがスタート。

リアルとネット合わせて
毎年500万人以上が参加する

巨大イベントに発展した。

そんなニコニコ動画から
ブレークしたスターが

初音ミクを代表とするボーカロイド。

平成19年に発売された
ボーカル音源ソフトで

歌詞とメロディーを入力すれば 誰でも
オリジナルの歌を作ることができる。

♬「かえるのうたが」

ソフトの発売後 初音ミクで作った曲が
ニコニコ動画に続々と発表された。

こうしたボーカロイドの曲を作る人
通称 ボカロPたちが大きな注目を集めた。

♬~

人気ボカロPの曲を集めた
コンピレーションアルバムは

オリコンチャートで
1位を獲得するほどの人気に。

去年 歴代累計最多ダウンロードの

ヒット曲を生んだ米津玄師さんも

「ハチ」の名前で活動していた
ボカロPの一人。

平成21年
ニコニコ動画に初投稿して以来

数々の作品を発表してきた。

♬~

この初音ミクを生み出したのが
開発者の佐々木渉さん。

人気の理由って何なんですか?

日本のネットでブレークした初音ミクは

今や海外でライブを行う
世界規模のスターに。

ネットとリアルを融合させる存在にまで
成長したんだ。

YouTubeとかが
ウェブのアプリケーションで

出てきたっていうのは
すごい画期的なことで

もともとニコ動ってYouTubeに

字幕を付ける
サービスだったんです。

勝手にニコ動の… 動画を流用して…。
(堀江)そしたら YouTubeにBANされて

アメーバビジョンって
多分 誰も知らないと思うんですけど

サイバーエージェントがやってた…
サイバーエージェントの

黒歴史なんですけど。
(みちょぱ)言っていいんですか?

全然。 だって それは
みんな知ってることだから。

アメーバビジョンを使ってやってたら
それにもBANされそうになったんで

ニコビデオっていう独自の
動画配信サービスを作ったんですよ。

ニコニコ動画は。

(ヒャダイン)僕が 例えば 歌を出したら
それに動画つけてみたとか

踊ってみたとか そういうふうに
2次創作が3次創作ぐらいに

どんどん どんどん 派生していって
何かオタクが高度な

遊びをしてるみたいな感じ。
(堀江)お笑いでいうと

ツッコミは簡単なんですよ。
ボケる方が難しいんですよ。

ボケるの… 最初のネタを
要はツッコまれるネタを出すのって

あんまり できる人いないですよね。
TikTokとか 最近 はやってる

動画サービスあるじゃないですか。
お題を与えると

大喜利的に みんな反応できるんですよ。
TikTokも曲があって

で お題の踊りをしてる人たちがいて
それを見て

こうやってやれば面白いんだっていって
みんなが まねするっていう。

だから 要はオリジナルを作るのは
難しい人でも 絵がうまい人とかは

山のようにいたりとか いい曲を何か
思いつく人がいたりとかするんで

お題を与えると みんな2次創作は
すごい頑張ってやるんですよね。

で 連鎖していきますしね。
しかも何がすごいって ニコ動

コメントが流れるんですけど…

いいタイミングでドンと
コメントでアスキーアート描いたりとか

いろんなことができて
参加できるんですよ。

確かに私も 当時
香川県で高校生だったんですよ。

で やってみた動画とか よく見ていて
何か東京で行われているものに

コメント一つで参加できてるみたいな
そういう感覚もあって。

誰もがヒャダインさんみたいにね
すごい曲とか作れたりしないわけですよ

でも このヒャダインの曲超いいぜとか
あるいは何か こう

そっから一歩踏み込んで
ちょっとアレンジして

ヒャダインさんの作った
この すばらしい曲に

ちょっとイラストをつけてみようとかね
もうちょっと この曲が広まるように

タグ付けしてみようとか ちょっとだけ
参加するってことだったら

結構 できるわけですよね。
なので そういった少しでも

何か自分の物語っていうものを
楽しもうっていう動きに

インターネットの いろんなサービスが
適応していった時代だと思うんですよね。

私 びっくりしたのが この楽曲作ったら
初音ミクは歌えるけど

人間は無理だろうっていう曲を
作ったのに対して

人間が対抗して
歌ってみたって返す。

ボカロだったら 調教っていうんですけど
専門用語で。

ミクちゃんを調教する。
悪い意味じゃないんですよ。

ボカロはキーの制限がなくて
高いところも低いところも

あと息継ぎができなくてもいけるんで
音楽的に新しいことを実験できるし。

キーを めちゃくちゃ上げても歌えるとか
ギターのリフとか

めちゃくちゃなんだけど
「千本桜」 さっき出てきたでしょ。

「千本桜」のギターの
ソロのとことかって

弾けねえだろっつって
作ったんですよ。

なんだけど…。
弾きこなした人が出てきた。

全然 みんな 普通に 今 弾いてますよね。

多分ね 当時のボカロの裾野の広がりって
あれ ホント プロになりたいとか

俺は音楽に人生をささげているんだって
人だけがやってるとこじゃないとこだと

思うんですね。 だから ずっとね
日本には結構 2次創作の文化があって

ずっとコミックマーケット
みたいなものがあってね。

何か自分の好きな漫画や
アニメのキャラクターを

2次創作することによって
愛を表現するっていう。

そういう文化が ずっとあったわけですよ。
それがインターネットで爆発して

そこにボーカロイドが
ボーンと出てきたんですよね。

これもね コインの裏と表で
2次創作大国 ボーカロイドのような

すばらしいものを生んだ日本というのと
1億総ツッコミ社会で

とりあえず出るくいは打つっていう
日本ってのは 裏表なんですよね。

表裏一体なんですよ。

ここまでご覧になってきた人も
見逃した人も これで分かる!

♬~

♬~

♬~

♬~

♬~

♬~

そして最後にスタジオの あの人が…。

僕 今年で31になったんですけど 30歳…

今年 平成30年じゃないですか。
僕 9月生まれなんで

大体 平成と同じ年の時があるんですね
9月まで30歳なんで。

そうすると平成と同い年で歩んできて
インターネット見てると

僕 ちっちゃいころは
インターネットの向こうから

いろんな人に教わりながらやってて
18超えて大学入って仕事しだすと

自分が作る側になってって
考え方 変わってって

で 僕は多分 動画とかブロードバンドで
ものが配信できるようになって以降

働きだした人間なので

それ前までの夜の時代に
インターネット使ってたやつは

ホントに学校終わって
夜 インターネット見て…。

何だけど 働きだすと もう一日中が
インターネットにいるんですよ。

仕事もインターネットの上だし
勉強するのもインターネットの上だし。

そうなってくると やっぱ 健全なころに
やってたのかなって思うフェーズと

大人になってから
常時接続になってからの過ごし方で

授業中にインターネットしてる方が
成績伸びるっていうか

いろんなもの調べ物
進んだりとかするわけじゃないですか。

今だったら。 何か だいぶ変換器が
回線速度とともに

変わっていくんだなと思ったら
ホント しみじみしちゃいましたね。

青春そのもの。
青春そのもの。

トークは まだまだ終わらない!
後編も お楽しみに!

♬~


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