SWITCHインタビュー 達人達(たち)「周防正行×玉川奈々福」 …語り芸とは、映画とは、2人の達人が語り合う。


出典:『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「周防正行×玉川奈々福」』の番組情報(EPGから引用)


SWITCHインタビュー 達人達(たち)「周防正行×玉川奈々福」[字]


映画監督・周防正行の新作の主人公は「活動弁士」。その取材中に浪曲に出会い、玉川奈々福に感銘を受けたという。語り芸とは、映画とは、2人の達人が語り合う。


詳細情報

番組内容

東京・浅草に玉川を訪ねた周防、今なぜ浪曲なのか奈々福に尋ねた。それに対し奈々福は「暑苦しいところが魅力」と、喜怒哀楽をストレートにぶつける浪曲ならではの魅力について語る。一方奈々福は新作映画の撮影現場に出向き、周防流の感情演出を観察。そこではどんな周防の様子が?数々のヒット作を生んできた周防だが、監督としてのあり方を変える出来事があったという。良い作品を作るために必要な、監督の心得について語った。

出演者

【出演】映画監督…周防正行,浪曲師…玉川奈々福,【語り】吉田羊,六角精児




『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「周防正行×玉川奈々福」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

SWITCHインタビュー 達人達(たち)「周防正行×玉川奈々福」
  1. 浪曲
  2. 映画
  3. 周防
  4. 三味線
  5. 本当
  6. 面白
  7. 師匠
  8. シコ
  9. 思うん
  10. 舞台


『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「周防正行×玉川奈々福」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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すんまへん! 通りまっせ!

おお…!
すんまへん!

はい! オーケー。

日本映画屈指のヒットメーカー…

今年12月に公開される最新作の制作が
快調に進んでいる。

はい! オーケー!

≪潰れる…。
≪辛抱 辛抱。

周防の名を世に知らしめた
「シコふんじゃった。」。

うわ~!

弱小の大学相撲部を舞台に

ほとんど知られていなかった世界に
スポットを当て 大ヒット。

日本アカデミー賞 13部門を受賞した
「Shall we ダンス?」では

社交ダンスの一大ブームを巻き起こした。

♬~

よ~い はい!

荒れ狂う大海原へ突き出たる絶壁に
一人 たたずむ モーゼは…。

そんな周防が 最新作で取り上げるのは
「活動弁士」。

映画に まだ音が付いていなかったころ

スクリーンの横で
映画の解説をする活動弁士が

観客を物語に引き込んでいた。

この作品を制作するにあたり

活動弁士について
徹底的に調べ上げた周防。

その過程で 関心を寄せたのが

活動弁士誕生の礎にもなった
日本の「語り芸」。

中でも 周防を とりこにしたのが…。

浪曲は 三味線の音色に乗せて
浪曲師が せりふと節で物語を伝える

「浪花節」とも呼ばれる大衆芸能だ。

玉川奈々福は この浪曲界にあって
今 期待の注目株。

♬~(三味線)

独自の解釈で
浪曲に新しい風を吹き込んでいる。

もうちょっと浪曲 やりたかったのに~!

奈々福は 海外にも積極的に進出。

さらに 能や義太夫などと
コラボレーションを行うなど

浪曲を新しいステージへ
押し上げようとしている。

(拍手)

奈々福のホームグラウンド 浅草を
周防が訪ねた。

やって来たのは
常に浪曲を楽しむことができる

数少ない劇場「木馬亭」。

実は 周防が木馬亭に来るのは
初めてではない。

去年5月に浪曲に はまって以来
たびたび 足を運ぶようになり

演者や常連客の間で

「今日も周防監督が来ている」と
うわさになるほどなのだ。

♬~(三味線)

〽 周防さんが お見えになった

〽 木馬亭にお見えになった

〽 浪花節に興味を持たれ

〽 ここまで お運びくださるとは

〽 感謝感激

〽 とてもうれしい

♬~(三味線)

(拍手)

極上のエンターテインメントを生み出す
映画監督と

大衆芸能のホープ。

その目で見据えるものは?

こんなベテランにもなって
120% うわ~! って

パンツも びっしょりになって
降りてくるって どういうことだ? って。

…って言って
涙 流してね 楽しんでくれたり。

「シコふんじゃった。」っていう映画を
作るときに…

それで スタッフ連れて
見に行ったんですよ。

で ちょっと待てよ! と。

何で 俺 見て こんなに面白いのに
この人たち 退屈なんだろう? って。

要するに…

…っていうのを分かったんですよ。

♬~

全く タイミングが分からなかったです。
これ 靴脱ぐんですか?

このまま お上がりください。
お靴のままで。

裏側を見るの 初めてです。
はい。

お三味線を弾いてくださっている
沢村豊子師匠でございます。

どうも よろしくお願いいたします。
どうぞ よろしくお願いいたします。

奈々福のパートナーである…

三波春夫や二葉百合子の
三味線も弾いていたという

浪曲界のレジェンドだ。

お師匠さんと…

実は 浪曲には 決まった譜面がない。

浪曲師は その場の空気で節を変え
曲師が それを感じ取る。

♬~(三味線)
〽 何まで 何とやら

♬~(三味線)

浪曲師と曲師の あうんの呼吸。

♬~(三味線)
よっ はっ!

〽 物が物まで 物とやら

このようにですね もう…。
すごい。

〽 何から 物まで 何とやら

もう こう…。

ハハハハ…! うわ~ うれしい!
気持ちいいですよ。

こういう感じで
息と息とを合わせながら やっていく。

あと あのね…

お師匠さんね そうなんですよ!
本当 可憐なんですよ。

お師匠さん…

ありがとうございます。
いや 本当に。

同じって ないっていうことですよね?

お師匠さん「この間の手が良かったから
もう一回」って言っても

覚えてないんですよ
お師匠さんは 何をやったか。

それ すごいな。
ねっ?

ハハハハ…!

あの… 周防さんは…

うん!
ハハハ…!

ちょっと 三味線で
「チャン チャン チャン チャン」って

声 出してみませんか?
そんな…。

豊子師匠の三味線でっていうのも
なかなか ないことなので。 はい。

ちょっと お師匠さん
弾き出しを弾いてください。

♬~(三味線)
どんな感じが…?

♬~(三味線)

おお~!
…っていう感じですか?

失礼しました。
いえいえいえ。

今日も 何か
この客席の中で たった一人で…。

違う意味で ドキドキしながら
聴くっていうのはね。

聴くのには… ドキドキするっていう。

ないです!
なかったんですもんね。

いつも マイクって
立ってるじゃないですか。

ただ このぐらいの小屋なら
マイクなしでもいいので。

自分の勉強会のときには
マイクを使わないで…

こんなに… 声の幅っていうか
語りっていうか…

落語って
やっぱ都会の芸な感じがするんですよ。

いざ舞台に出ると ものすごい声を…

もう少し 何か こう

大人なんだから 引いて
ちょっとね 様子を見るとかないのか。

そんな 100%…

こんなベテランにもなって
120% うわ~! って

パンツも びっしょりになって
降りてくるって どういうことだ? って。

それ 今でも そうなんですけれども
もう ものすごいんですよ。

あの感じって やっぱり
大道芸が出自であることを

引きずっていると思っていて。

道行く人の足を止めて
ここから胴巻き出さして

お金まで出させなきゃ
いけないわけじゃないですか。

それが 浪曲が浪曲たるところだったので。

それを いまだに
根っこに持っていると思うんですね。

私は 本当に
名人のお師匠さんに弾いてもらって

2人の息が合ったとき

あの~… 正直なことを言っちゃうと…

きた~! と思って うわ~! っとして
走り過ぎかな? とか

途中で思うんですけども
お師匠さんも 耳 真っ赤にして

「もう… 手がころころ ころころ…
動いちゃうんだよ。

あんたが ここまで声出すんだったら

ここまで弾いちゃうよ~!」。
みたいなときがあるし。

お師匠さん 今日 乗ってるな~。

よ~し じゃあ
ここまで声出しちゃえ! みたいなとき

やり取りの…

言葉とか 理屈にならないで…

そういうのを演者の側にも
若い子たちにも

感じてもらえるような
感じるような浪曲 やってほしいし…

浪曲は 古くから伝わる
さまざまな語り芸がルーツになっている。

江戸時代末期は 路上や軒先で
歌謡や語りを聴かせる大道芸が

民衆の人気を集めるようになった。

木魚をたたき拍子をとりながら うたう
「あほだら経」も その一つ。

こうして 長い年月をかけて
今の浪曲の形に近づいていった。

明治時代初期 浪曲は 東京や大阪で
寄席の演目として確立する。

さらに 大正14年 ラジオ局が開局されると
浪曲の番組が増え

大衆娯楽の先頭を走る芸能に発展。

全盛期を迎えた。

中でも圧倒的な人気を誇ったのが
2代目 広沢虎造。

名調子で一世を風靡した。

〽 待てば海路の

〽 日和あり

今 思うと 浪曲 聴いてると

あっ これ 知ってる
っていうの あるんですよ。  ああ~。

「神田の生まれよ」。

これ 僕… たぶん 今 50歳以上の人
みんな 知ってると思うんですよ。

私の手元に…

すごいですね。

…っていうような人たちが
並んでるんですね そのころ。

今 見る影もないですけどね。
いやいや でも 面白い。

すごい幅が やっぱり あって。

ねえ。 すごいですよね。

演題は かなり 講談から 影響受けて。
講談を浪曲化したものが多いですし。

落語の影響も受けてますし。
はい 受けてますね。

もともと やっぱり
江戸時代の大道芸っていっても…

大道芸だから。

娯楽としての やっぱり 浪曲っていうのは
かなり強いものだったっていうか…

そうですね。 多いとき…。

今 えっと
空前の落語ブームっていわれていて

東西合わせて 噺家さんが900人ぐらい
いらっしゃるそうなんですけど

私の持ってる記録だと

昭和18年の時点で
すごいですよね。
3, 000人ぐらいいたって。

大正時代に やっぱり 今の基礎っていうか
花咲いた感じがあって。

13年前 師匠から「奈々福」の名前をもらい
一本立ちした奈々福。

実は 初めから浪曲師として
修業を重ねていたわけではない。

大学卒業後 会社員をしていたという
異色な経歴の持ち主だ。

奈々福さんは そもそも どういうあれで
浪曲と出会ってるんですか?

お勤めをしていたんです。

そのときに 例えば 20代の私が
周防さんとお会いするっていうときに

大好きで 本を書いてほしいと
思っていたけれども お会いしたときに

そりゃ 人生経験が全然違うのは
当たり前なんだけれども…

それが痛くて 自分で…。 とても痛くて。

それ 普通は編集者だったら

本を読むっていう行為に
いくと思うんですけれども

何か こう 感覚的なものを養いたいって
思ったんです。

そのときに 新聞の
本当にちっちゃいベタ記事で

日本浪曲協会が
三味線教室を開くっていう。

それまで 浪曲を聴いてたんですか?

入ったのが たまたまで。

一番最初に 三味線の音色を 当時の…

すごい きれいな音色で。
本当 弾いてるバチの先から

ダイヤモンドの ちっちゃい粒が
パラパラ…

惜しげもなく こぼれていくような。

拾いたいんだけど
瞬時に消えていくっていう。

何なんだ? これはって。
続くわけがない。 だけど…

…っていうので 続けていたら
日本浪曲協会の三味線教室というのは

一般の人たちに「ほら 三味線を
触ってみましょうね」っていう

優しい気持ちで始めたわけではなくて…

三味線を弾いてくれる人が。 だから…

すごいですね。

1年も たたないうちに うちの師匠から

「教室だけじゃ うまくならないぞ。
うちに来れば 俺が うなるんだから」。

つまり…

「だから うちに遊びにおいで」って言って
遊びに行ったら

いきなり 弟子入りの話になっていて。

ちょっとした お習い事として
始めたはずだった。

それなのに 気が付けば
師匠 玉川福太郎に従い プロの曲師に。

三味線片手に 1日4か所も
舞台のはしごをすることも。

過酷な日々を過ごしたという。

途中から師匠に
「うなってみろ」って言われて。

師匠から言われたんですか?
それは 三味線が すごく下手で。

手が器用に弾けることじゃなくて…

さあ これから一発 声を出そうって
声 出したとたんに

ジャンと入ったら 声を潰してしまう。

相手の呼吸を読んで「ここから声出すのよ
いけ! バン! うわ~!」って出す。

だから 息を吸うところと 吐くところを
ちゃんと見極めなきゃいけないのに

それができないから…

どういうふうに弾いてもらったら
助かるのかを…

「お前は下手すぎ」っていう意図で
一席 習わせたのに…

新作から古典まで幅広く
取り組んでいる奈々福。

その中で 奈々福が注目を集める
きっかけになったのが

異なるジャンルの作品を
浪曲にしたものだ。

例えば 戯曲。

つかこうへいの「熱海殺人事件」。

さらには アニメ。

スタジオジブリの
「平成狸合戦ぽんぽこ」も浪曲に。

こちらは
「百人一首」の浪曲バージョン。

わが身世にふる ながめせしまに。

百人一首を現代風の解釈で語っていく。

恐ろしいまでに咲き誇っていたのは
つい昨日の事なのに

一夜明ければ
色あせ 散りゆく桜花。

そうして 私も古びていく。
(笑い)

ゆうべは2時間しか寝ていない。

鏡に映る私の

くっきりと目立つ ほうれい線
肌のくすみ。

ああ ああ… ああ~!

♬~(三味線)

時には 自虐ネタも織り込むなどして
浪曲の分かりにくさを払拭。

さらに 講談師の神田松之丞とも
共演するなど

浪曲のイメージを
刷新する活躍を続けている。

〽 わが身世にふる

〽 ながめせしまに

最初から? ああ…。

まだ 舞台に上がって
1年もたたないうちに

自分の勉強会で 新作発表しちゃいました。
へえ~。

まず その新作を
やりたいって思った気持ちは

どういうところなんですか?
えっと…

だから そこに 一個一個…

それで それを試してみて…。

試してみて駄目だったら
諦めもつくけれども

できる限りのことをやってみたいな
っていう…

それを勉強するきっかけになったので…

あるテレビドラマだったんですけれども
テレビドラマの台本を

テレビドラマを書かれた方に許可を得て
浪曲にしてみて。

それが お客さんに出してみたら
割と評判が良かったので

ありうるんじゃないかと思って。

あとは その敷居をですね…

じゃあ 節のところで
気持ちいいって聴いていると

筋が飛んじゃうというのであれば…

今 そうかなと思った。
はい。

こちらが「浪曲シンデレラ」。

入り口に たたずむ
一人の少女と目と目が合う。

そのとき 真夜中を告げる12時の鐘。

〽 残ったものは ただ一つ

〽 片足だけのガラスの靴

♬~(三味線)

〽 シンデレラを座らせて

〽 そっと靴を当ててみる

〽 するり入って ぴたりと合う

うう~! 見つけた~!

♬~(三味線)

とりあえず 今日のところは
シャルル・ペロー原作

よい子のみんなも知っている…。

どんな題材でも 奈々福ならではの
浪花節ワールドに作り上げる。

〽 これまで

仲間内とか 先輩とかで
こう 批判したりとか

そういうような場ってのは
あるんですか?

言われたんだろうと思います。

ただ 私の師匠は…

だから 師匠が認めてくれさえすれば…

途中で 師匠は
亡くなってしまったんですけれども。

浪曲のすごいとこっていうか

伝統芸能って
思われるかもしれないんですけど…。

一応 150年ぐらいの歴史がありますから。

伝統は伝統…

いや 本当 違いますよね。

だから 浪曲… 浪花節っていう芸で
続いているけれども

それこそ勃興期と 今と
もう別物だけれども やっぱり…

そこしか生きる…
それしか 何というか

芸人やってる かいはないと思うので。

ただ その前に
体には昔のもの いっぱい入れたうえで

入れて 入れて 入れて
まねも まねも まねもしたうえで

でも 今に臨もうっていうことだとは
思います。

奈々福が もう一つ大事にしているのが
積極的なライブ活動。

全国を くまなく回り
1年のうち200日以上 舞台に立っている。

♬~(三味線)

じゃあ 乾杯!
(一同)乾杯!

演じ手と観客の距離の近さが
浪曲本来の魅力だと考えるからだ。

「銭形平次捕物控
女流浪曲師殺人事件」の一席

お時間まで…。
(拍手)

この日は神社の境内に作られた
特設ステージで

「銭形平次」奈々福バージョンを披露。

悲鳴を上げて 奈々福の体が
前のめりに 客席の中へ倒れた!

〽 息絶える

「親分! 行ってまいりました」。
「お~ 早かったな。 どうしたい?」。

「どうしたも こうしたも
えらい騒ぎですよ。

ええ? だってね 浪曲師が
浪曲やってる その舞台の上で

客の見てる目の前で
殺されちまったんですからね」。

通りすがりのお客も 是が非でも
浪曲の世界へ引っ張り込もうと

奈々福の節と たんかが さえわたる。

「『奈々福は ああ見えて
めっぽう いちずで 堅かった』って

言うんですよ」。

(笑い)

「分かった」。 「え? 親分 何か…
分かったんですかい?」。

「ああ 分かった」。

「奈々福を殺した犯人の察しがついた」。
「えっ?」。

「誰にも言うんじゃねえぞ。
奈々福を殺した犯人はな…」。

〽 この続きは またのご縁と お慰み

それいっ!

今こそ 浪曲のパワーに
目を向けてほしいと 意気込む奈々福。

その可能性に周防が切り込む。

僕 浪曲っていう
こういう芸能のジャンルっていうか…

いや これ もったいないよって。

難しいですね。

でも やっぱり個人で
実演だけでって 本当に…。

例えば 私が
年間に250回 舞台に立つとして

1回 100人のお客さんが
来てくれるとして

2万5, 000人にしか届けられないんですよ。

だから 一気に広げるっていうのは
なかなか ちょっと難しいけど…。

例えば その…
私たちは すごくお客さんと近いので

お客さんの個人的な事情なんかも…。

あるお客さんで…

…って思っていたのに
ひょんなことから浪曲に出会って

「奈々福ちゃん 私」…

…って言って
涙 流してね 楽しんでくれたり。

具体的に 元気づけることになるんだ。
うん。

ただ やっぱり生きてくと これから
もっともっと大変になっていくから

そういうときに
芸能の果たす役割って 結構あったり。

何か 日常生活の中に…

…として 思ってもらえるような
芸能でありたいなって。

それを まあ 要するに多くなくても
とにかく必要な人に届けばっていう。

でも 本当に すごいものは…

100冊… 1年間に100冊読む人にしか

伝わらない面白さはあるかもしれないけど
そうじゃなくて

そういう人にも面白いと思われるし

初めて読んだ人にも面白いって
思われるっていうものは

やっぱり すごいなと思うんですよ。
そうありたいなと思いますね。

そういう浪曲を…。
そうありたいと 本当に思います。

常連だけじゃなくてね
今日 初めて来た人にも

すごいと思ってもらえるっていうのは。
もうね…

絶対 逃がさん!

僕は だから 60過ぎて
自分の仕事の関係から

語り芸というところから
浪曲に触れて 驚きがあって

好きになってしまったんですけど。

マジですか!?
ハハハ…!

「シコふんじゃった。」
絶対 浪曲いけんじゃねえかなって

ずっと思ってるんですけど。
いけると思いますけど。

私 あの映画 大好きなので。
ああ そう? ありがとうございます。

大好きなので もう…
昨日も 見直してたんですよ。
ああ 本当?

これ でも語り始めると…。

もう言いたいこと 伝えたいこと
いっぱいあります。

「シコふんじゃった。」も
「舞妓はレディ」も。

後半は 舞台をスイッチ。

よ~い はい!

今年12月に公開予定の
周防の新作映画「カツベン!」。

映画にまだ音がなかったころに活躍した

活動弁士が主役の この映画。

スタート!

声を張り上げる若い活動弁士たちの活気。

新しい娯楽の登場に
わくわくする観客の熱気。

映画への愛が詰まった
エネルギーあふれる青春活劇だ。

この日の撮影では
国の登録有形文化財にもなっている

小学校の講堂を利用して
大正時代の映画館が再現された。

観客として参加した100人のエキストラも
当時の衣装に身を包む。

奈々福は この撮影現場を訪ね

万人が楽しめる映画を作る
周防の監督術を探った。

♬~

まず 目についたのは

現場を こまめに回り
スタッフに声をかける周防の姿。

出演者にも気軽に声をかける。

≪うお~!

決して声を荒らげることはない。

♬~

撮影現場は 映画に夢をかける
当時の雰囲気までが

よみがえっているようだ。

じゃあ テストいきましょう。
はい テスト。

よ~い はい!

あの… 豊郷小学校のロケーション
見せていただきまして…

えっ! そう?
そう。

ああ そうですか?
はい。

「よ~い はい!」っていうのが
おなかから出てらして。

え~! こんなに しっかり
おなかの底から声出されるんだと思って。

えっ! そうですか?
それ あんまり…。

あっ でも 一個思い出した。

音楽をかけて 撮影っていうシーンが
いくつも あるんですよ。

「夜遅くなると 近くは普通の一般家庭
町の中ですから 9時以降は…」とか

「音だけは気をつけてください」って
ずっと言われてたんですよ。

みんなで 気をつけながら やってて。
あるとき 制作部っていう

そういう世話をしている
パートの人が来て

「すみません 監督 ちょっと うるさい」
っていう。

「え~ だって 音楽だって
そんな あれじゃない

もう かけてないじゃない」…

俺 あっけにとられたんですけどね。
「勘弁してくれ」って。

うそ! そんなこと やったことないです!

…演出っていうか。
いや そんな大して してないんですよ。

でも やっぱり 体動かしてらして。
で しかも朝すごい早い時間から

遅くまで撮影されますでしょ?
撮影のときは。            はい。

すごい体力仕事だなと…。
いや でも もう…。

でも 随分 若いときに比べて

さすがに 撮影現場に余裕…
時間の余裕は

今回も 撮影日数
とても長く取ってくれたので…

徹夜とかされました? 結構。
しないです。

もうね 徹夜ほど
効率の悪いことはないので。

でも 昔は あったんですね。
「Shall we ダンス?」のころは

すごかったです。 徹夜というか…。
「送り」っていうんですけど。

スタッフ キャストが
もう電車がなくて帰れないから

タクシー出したりとかって。

それが 結構また お金もかかって。
そうですよね。

みんなの仕事の効率が悪くなるわ
お金はかかるわ

徹夜って いいこと一個もないですよね。
ああ なるほど。

もう動きも 考えも
全部が遅くなっちゃうから。

だから スケジュール組む担当者も
割に余裕を持って組んでくれて。

夜は早いですよね。
あっ そうですか。

とりあえず あぜんとする客たち…。

撮影現場で 奈々福が
もう一つ 気が付いたことがある。

監督である周防が 一方的に
指示をする場面が見られないことだ。

ここで 俊太郎の後ろ姿をなめて 客席
っていうのがあります。

で 正面の引きがあります。

次に 客たちに入っていくから
そのときに 橘と安田を撮ればいいと思う。

打ち合わせをする周防の手元を見ると
絵コンテがない。

絵コンテとは 監督が考えた

画面の構図や俳優の動きなどを
共有するために

イラストで簡単に描かれたもの。

では 周防は どのようにして
みずからの意思を伝え

映画を作ろうとしているのか?

なるほど。
絵コンテが 僕が好きじゃないのは

カメラマンのサイズ感とか
僕が考えるサイズ感ってあるじゃない。

そうですね。
「引き」って言ったときに

このカメラマンは
どの程度の引きを考えるのかとか。

そうそう そうです。

そのサイズに
近づけようとしてくれるから

いや そうじゃなくて…

ああ そうですか。
だから 芝居も そうです。

…っていうふうなことが多くなってきた。

最初は 割と こう…。
決めました。

そうじゃないと 撮り切れないから。
だから すごかったです 最初のころは。

「ここで立って で こっち振り向いて

それで ちょっと頭 下げたら
すぐ出てって」とか

そこまで言って やってた。
ああ そうですか。

今は 「ちょっと とりあえず動いてみて。
どんなふうに動ける?」っていうふうに。

「例えば こうだったら どうなります?」
って言うと

スッて 違う芝居が返ってきて
それが面白かったりするんで…

なるほど なるほど。 へえ~!

それがあって 役者が…
要するに 役者も僕の頭の中は分からず

とにかく シナリオを読んで
簡単な打ち合わせはするけれど…

でも そこで現場で動いてもらって

「おお! そういうふうに解釈するんだ!」
っていう。

ああ 面白いですね。
それが面白い。

もうね やってて痛感するのは…

だったら… これ 役者さんだけじゃなくて
スタッフもそう。

美術もそうだし カメラもそうだし
照明もそうなんですけど…

とにかく預けてみて…

いや 俺が考えてるほうが
面白そうだなと思ったら

そっち 追求すれば いいだけなので。

これは もう…

映画の撮影の現場を見ることって
本当に この間が

ほとんど初めてみたいな感じだったので

比較ができないですけれども…

何か 皆さんが 大きい一つの生き物。
で 次 何するかも ちゃんと分かってる。

個人個人なんだけれども…

その現場の躍動感みたいなものを感じて
へえ~ 面白い!

コントロールしてるっていう
意識はないですね。

やりたいことを言ったり
人の話を聞くっていうことはするけど…

そうですか。

…って思いながら
いつもやってるんですよ。

周防は 1956年生まれ。

子どものころから野球に明け暮れ
中学校では 野球部に入部。

しかし ひじを痛めてしまい
野球の道を断たれてしまう。

立教大学に進学したのち

映画評論家 の講義に刺激を受け
映画監督への道を志すようになった。

いざ 映画監督になろうって
志されたあとに

具体的に どういうふうにしたら
なれるって思われたんですか?

きっかけは 伴明さんがよく出入りしてる
飲み屋でアルバイトしている

アマチュア演劇の女優さんがいたんです。
ハハ…。

僕が手伝ってた劇団に その人が出てて

「伴明さんなら うち よく来るわよ」って
聞いて 会いに行ったんです。

おお~!
飲み屋に ゴールデン街に。

ゴールデン街?
はい。 ハバナムーンってお店でしたけど。

そこへ行って 伴明さんが来て…

で しばらく考えた。

えっと それは 卒業された…?
在学中なの。

在学中ですね。

私たちは 芸能は まず入門してから
修業から始めるんですけど

こういうのが修業だったのかな?
って思ってらっしゃることって…。

これは やってるときは
思わなかったんですけど

今 強く思って…

規模小さくても ピンク映画って

低予算で 撮影日数も少なけりゃ
仕上げ日数も少ない。 だけど…

でも 今
一般映画の助監督をやってる人たちは

拘束期間っていうものを
なるべく短くしないと

制作費が かさむから
準備が始まるときに

シナリオを渡されて
1か月ぐらい準備して

撮影1か月半 2か月やったら
そこで おしまいなんです。
う~ん。

脚本に書かれてることを
どう撮影するかっていうところまでで…

それで 監督をするんですよ。
そこが でも 逆に言えば 腕なのに。

一番大事なんです。
昔のように 撮影所時代のように

この人は 将来 監督になる人として

今 助監督として
働いているっていう状況はない。

まあ それは 就職先として
周防監督の弟子っていうのだと

時給いくらですか? みたいに
なっちゃうんですけど。

ほれ込んで 弟子になるって… 私たちも
お金のことにしたら

ちょっと ブラックに
相当するような状態ですけど…

いや だから 時代がそれを…
そういう感じじゃないんですよ。

僕らのときは… 僕だって 親に
言えなかったですからね 何してるか。

大学4年出て 最初にもらったギャラ
40日働いて 1万5, 000円ですよ。

いくら40年前とはいえ。 でも たぶん…

そうですね。
今 僕が若者だったら やっぱり

「え~! 給料も もらえないどころか

バイトしたって こんなブラック嫌だ」って
きっと思ったと思うんですよ。
はい。

だから その希望の種の一つとして
映画だったり

浪曲だったり 芸能もあったりすると
思うんですけれども。

修業するっていうのを
明日 もしかしたら

こんなことも ありうるかもしれない
っていう希望を食べて

人は生きていけると思うんですよね。

若い人 入ってきてほしいな。 アハハ!

前に出てくる力を利用して
出たぞ 必殺 内無双!

出世作となった 「シコふんじゃった。」。

廃部寸前の大学相撲部。

初心者がほとんどの部員たちの
奮闘を描いた 青春コメディーだ。

あの…
おしっこ ふんどしにかかっちゃって。

まわしだっつってんだよ!

≪西 教立大学。

誰でもいいから 一勝ぐらいしような。

あんなのに負けたなんて言ったら
恥だからさ。

従来の映画ファンにとどまらない
幅広い観客を動員した この映画。

周防にとっては
監督としての転機になった作品だという。

勝負あった!

年間に1冊しか本を読まない人でも
100冊読む人でも

それは映画でも 一緒で
年間1本しか見ない人でも

みんなに楽しんでもらえる映画をって

どうやって想像するのかな?
っていうのが とても不思議。

そう それができているかどうかは
別にして

ものすごい 僕にとっては
大きい経験があって。

立教大学の
今日 初めてまわし締めた子が

国技館の土俵に上がってるっていう
そういう大会を見に行ったんですよね。

何で… こんなことに
なっちゃってるんだって たまらなくて。

それで スタッフ連れて
見に行ったんですよ。

で ちょっと待てよ! と。

そうするとね 今 目の前で起きている
面白いこと

それを面白いって感じるのは
僕の感覚なんですね。

だって そうじゃなかったら
そうですよね?

学生相撲 そんな面白かったら
もっと観客 埋まってますよね?
はい。

でも 僕は
笑い転げるぐらい面白かったんですよ。

要するに…

…っていうのを分かったんですよ。

…っていう発想に
つながっていくんですね。

「シコふんじゃった。」のときに
考えたのは…

すごい身近な人で置き換えたんですよ。

母親のセンス よく分かってるし
母親が どんなもの好きか分かってる。

なるほど。

どっちかって言うと
「シコふんじゃった。」の前までは

おのが世界を突っ走るっていう
感じだったのが。

こんな嫌なことないんですよね。

「Shall we ダンス?」にしても
そうだし

「それでもボクはやってない」なんて…

ああ そうですか。

痴漢えん罪事件が題材の…

周防は 作品を制作するにあたり
刑事裁判を200回以上傍聴し

当事者や弁護士への綿密な取材を
2年以上続けた。

「それでもボクはやってない」って
主人公を2つのタイプで書き分けて

両方とも 9回ずつ書き直して
読んでもらってるんですよ。

うわ~…。

法律だし…

僕が考えていることを誤解されない
要するに どこまで…

本当に嫌だったけど
法律 全く知らない人に

シナリオを読んでもらって 意見 聞いて
最終的に ああいう形になったんですけど。

周防さんにおいてさえ そうですか。
いや 伝わらないです。

だから 本読んで…。
今 ちょうど編集中ですけど

ラッシュを見てもらったときに…

嫌ですよ 本当に。

だけど 撮影現場でもそうです。

どんなに… スタッフ 助手さんで

まだ 映画始めて 日が浅い人の
意見であっても あったら聞きたいんで…

それがあって 本当に何げない ひと言で

その ひと言が面白いって
思うときもあれば

その ひと言から違う発想が
生まれることもあるのを

経験してきてるから。

シナリオでも そうです。
本当 嫌なこと言われるんだけど

その嫌なハードルを飛び越えることで
もっと面白くなる可能性があるんで。

そうですね。

怒鳴っちゃったりしたら…

怒鳴ったこととか あるんですか。
ない ほとんど。

あっ 現場で 今回 1回だけあったな
イライラしたことが。

無声映画の 再現って…
無声映画を作んなきゃいけなくて。

着ぐるみなんで
中に 助監督 入れたんですよね。

芝居できないんです あまりにも。
アハハハ…!

思わずね 「お前 猫なら猫らしく
ちゃんと 見得切れよ!」とか言ってね。

猫が見得切る…。
化け猫なんですけど。

「キャッ!」とやれよって…
もう演技まで見せて。

でも 助監督ができなくて 思わず…

思わず イライラしたっていうのが
ありました。

そうですか。

はい よ~い スタート!

伝えたいことを届けることに
精魂を傾ける周防。

新作「カツベン!」でも
その精神は存分に発揮されている。

当時の雰囲気を表現できる場所を精査し

ロケは 福島 岐阜 滋賀など
全国各地で行われた。

成田 凌が主役を務める
活動弁士を描くにあたっても

実際の弁士に教えを請うなど
徹底した取材を行った。

「拍手ご喝采のうちに」…。

「されば絶大なるご喝采のうちに
ご観覧のほど お願い申し上げます」。

そうすると 「いよっ 待ってました!」。

周防の手によって 活動弁士は
単なる映画の解説役ではなく

映画に命を吹き込むエネルギッシュな
作り手として描かれていく。

≪はい では 本番いきます!

今度の映画のことは
ものすごい やっぱり こう

浪曲に興味を持っていただいた
きっかけでもありますし。

どういうところから撮ろうと
思われたのかっていうのは

すごい伺いたいんですけど。

最初 これ… 僕の 初めてじゃないかな?
僕のオリジナル企画ではないんですね。

ずっと一緒にやっていた助監督さんが

もう何年も前から
温めてた企画だったんです。

あっ そうなんですか。
そうなんです。

僕も その本を読んで
何年か前に すごく面白いって言って

感想を言ったりしてた本だったんですね。

で そのときも思ったんですけど…

これは 本当に どうして
活動弁士という職業が生まれたか

っていうのを きちんと書かれたような
資料って なかなか ないので…。

なかなか ないというか
僕が目にしてないので。

想像でしかないんですけど
だから 誰かが

「映画を こうやって見せましょう」って

「活動写真を こうやって見せましょう」
って提唱したわけではなくて。

単に場所だけだったり
情景だけだったのが

だんだん物語がくるから…

そういうときに 今の海外の映画ファンは
この状況を見て 何て言うんだろうと。

なるほど なるほど。

変わっちゃうんです。
で それは やっぱり

これ見せて 「つまんねえな」って言うと
弁士は 受けようと思って

いろんなことを考えて…。

今でもやってますけど…

もう まさしく それに…。
そうなんです。 そういうことなんです。

どう ツッコミを入れるかっていうような。
そうなんです。

あっ 映像にツッコミ入れたりとか?
そうなんです。

そうなんですよ。 で そのときに
昨日も ちょっと お話ししましたけど…

日本の文化。
浄瑠璃とか あるわけですよね。

で 明治のおしまいですから。
いっぱい 語りの芸能はあれば

語り手も いっぱいいたはずです。
だから お客さんは

そうやって見せられることに
何の違和感もなかった。

うん なるほど。 う~ん。

だから… 言ってるんですけど。

ぜひ!

浪曲師の映画 それとも…
え? 浪曲師の映画?

浪曲師の映画。
それは だって 周防さんは

成長の物語がお好きです。 修業好き。

浪曲家の話も 修業時代の話をして
うまい人は

みんな 本物やってもらうんだったら
いけるかもしれないから。

どういう切り口で浪曲の世界を描くか。

じゃあ また
そういう取材をさせていただいて。

いや でも「シコふんじゃった。」
本当 浪曲にしてほしいな。

はい 宿題として
お預かりさせていただきます。

「清水次郎長伝」みたいに
長く作っていただいて。

連続もので! ここまでで!

だって 途中で いいところで切られるのが
あれ いいですよ すごい。

青木富夫! んっ!
ちょうど時間となりました!

そう そう そう…。

ちょうど 時間となりました!

♬~


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