先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!神に選ばれた恐怖の将軍 足利義教」 神田松之亟、村井美樹、清水克行、新井秀和


出典:『先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!神に選ばれた恐怖の将軍 足利義教」』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!神に選ばれた恐怖の将軍 足利義教」[解][字]


近年の日本史の研究で、それまで悪人とされた人物の評価も変わっている。背景の事情をひもときながら反面教師としての知恵を探る。1回目は、室町幕府6代将軍・足利義教。


詳細情報

番組内容

足利義教は、日本のカリギュラとも言われる残忍な将軍。比叡山の僧を殺し、その噂を口にした商人を斬首。料理がまずいと言って料理人の首をはね、世阿弥を佐渡に流すなど、徹底した恐怖政治を敷いた。しかしなぜ?どんな言い分が?鍵は、義教が、なんとクジ引きで選ばれた将軍だったこと!背景には室町幕府の権力基盤のぜい弱性があった。近年の研究で、恐怖政治で将軍の権力を最大にした有能な将軍との評価も!義教の真実に迫る!

出演者

【出演】神田松之亟,村井美樹,清水克行,【司会】新井秀和




『先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!神に選ばれた恐怖の将軍 足利義教」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数BEST10)

先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!神に選ばれた恐怖の将軍 足利義教」
  1. 義教
  2. 将軍
  3. ヒール
  4. 自分
  5. 室町幕府
  6. 幕府
  7. 足利義教
  8. 本当
  9. 例えば
  10. 意見


『先人たちの底力 知恵泉「ヒールの言い分!神に選ばれた恐怖の将軍 足利義教」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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悪く思われる人って
どうして いつも同じ人なんでしょうね?

村井さん 最近
「ヒール」って言葉 聞きません?

ヒール? 悪役っていうことですかね?
そうなんですよ。

私 ヒールって言われて
何の意味だろうと思ったら 悪役だった。

え? ヒールって言われたんですか?
う~ん 失礼しちゃいますよね。

全然 そんなキャラじゃないですけどね。
う~ん。

だって ヒールっていうと
「スター・ウォーズ」のダース・ベイダーとか。

「アンパンマン」でいったら
バイキンマンみたいな?

あ~ 嫌いじゃないですよ。

どうでしょうかね
歴史上の人物だと 吉良上野介とか

こう 悪い敵役の代表格っていう
感じですかね。              う~ん。

世界史だと曹操とか。
あ なるほど なるほど。

結構 魅力的な悪役 いますもんね。
こんばんは。

あ こんばんは。
お待ちしてました 清水先生。

どうぞどうぞ。 いらっしゃいませ。

はじめまして。
はじめまして。 こんばんは。

いや 今ね 村井さんと一緒に

世界には いろんなヒールがいるなぁ
なんていう話をしてたんですけどね。

日本で言ったら 吉良上野介とかかな
なんて 思ってたんですけど。

吉良上野介って でも言ってみると
パワハラですよね。

そうですね。
やってることは。

どうも いろいろ史実を見ると 本当に
どこまで パワハラをやってたのか

浅野内匠頭に対して
よく分かんないらしいんですよね。 へ~。

たとえ どんなパワハラやってたにしても
斬りかかっちゃ駄目だと思いません?

まあ そうですね。

吉良の方が そんな悪い人なのかなって
いうふうに思うんですよね。

地元では 吉良上野介っていうのは
結構 ヒーローなんですよ。

ちょっと私は かわいそうなぐらいに
思いますね。               そうですか。

どうですかね そうすると
悪者 ヒールを語るうえで

誰か いい方っていますかね?

それね 私 室町時代が専門なんですけど
私の専門分野でいうと

室町幕府の将軍というのは やっぱり
キャラの立ってる人はいますよ。

へ~。
知られざる悪者が。 いや悪役が。

室町時代の日本に こんな
とんでもない将軍がいたことを。

旅先で出された料理が まずかった。

ただ それだけの理由で
その調理係らを惨殺。

また どの将軍も やらなかった
有力守護大名の家督争いに介入。

嫌いな大名は
次々と暗殺していきます。

更に 日本仏教の大本山
比叡山の寺に対しては

僧侶をだまし おびき寄せては
首をはね 喝采をあげる始末。

おまけに 都で その一件を
ただ うわさしただけの商人の首を

容赦なく
はねたといいます。

「万人恐怖」。

都に暮らす人々全てが
その将軍を心底 恐れおののき

「まさに悪の将軍だ」と
声を潜めて ささやき合ったといいます。

日本史上最悪の
正真正銘のヒール…

でも一体 足利義教は
「ヒール」と呼ばれるまでに

なぜ こんな悪行を
積み重ねてしまったのでしょうか?

今日は その義教の「言い分」を みっちり
「反面教師」として探っていきます!

そんな義教に寄り添って
その悪を味わってくれるのは…。

今 東京 大阪合わせて
一番若い男の講釈師 誰か…。

私でございます。
(笑い)

まだ 真打ちでもない
二ツ目の地位ながら

催される独演会は 軒並みソールドアウト。

講談界きっての若手スターです。

松之丞さんの舞台は 江戸からの
スタイルを打ち破る革新的なもの。

従来なかった笑いも交え

歴史上の人間ドラマを
圧倒的なリアリティーで語ります。

「まだまだ 痛うございましたぞい。

何だと! 振り返ってみれば 己の肩へ
己が手にかけて殺した 宗悦。

貴様! 化けて出おったか!」。

人の心に潜む「悪意」をあぶり出し

社会のまやかしを 斜め切りにする
「毒舌トーク」!

まさに 「悪」の何たるかを知る
カリスマ講談師です。

今日は松之丞さんと 「悪将軍」と言われた
足利義教の真実に迫り

「あいつは 悪いやつ」と 後ろ指を
さされないための知恵を学びます。

すいません お邪魔いたしま~す。

いらっしゃいませ 神田松之丞さん
お待ちしておりました。

お世話になります。
どうぞ どうぞ。 お掛け下さい。

なんか あの 足利義教を語って頂くのに
あなたが ぴったりだと

言われたんですけど
失礼すぎるんじゃないかなと。

すいません。
いいえ とんでもないです。

悪役登場みたいな感じでね。
いや そうなんです。

だから できるだけね みんなに
かわいがって頂こうと思って。

義教さんとね
一緒にされるっていう でもね。

いや でもね 実際 その講談の人気が
高まってきてるわけですけれども

どうなんですか? ご自身としては
意識していることっていうか。

そうですね 多分 初めて
講談を聞くっていう方がですね

なんか 私にも分かるのかしらっていう方
多いと思うんですね。

なので 予備知識がなく
ただお越し頂いて 聞いて頂くだけで

あ~ 楽しかったって 帰って頂けるように
予備知識ゼロみたいな感じのは

イメージしてますね。
あ なるほどね。

でも 聞いて頂くと
私以外の方も もちろんなんですけど

こんなに面白かったのっていうね
すごく新しい発見があると思いますね。

例えば なんかこう
先ほどね 吉良上野介の話してて

まあ どうしても講談は勧善懲悪なんで
吉良を悪者にするんですが

そこに描かれてるのが 侍の矜持とかね
プライドとかだったりすると思うんですよ。

元禄時代の 300年以上前の話を なぜかね
講談聞くと 感情移入できるんですよ。

だから 共感しちゃうんですね。

そこにいる 目の前にいる方と演者と
こう 一体感があってっていう。

なるほど。

でもね今ね VTRで なんかこう 若いね
一番若い講談師ということなんですけど

実はね もう最近ね 講談が ちょっと
人気になってて 下の世代が増えてきて

一番若いのから 追い出されてますよ。
下が増えてきましてね。

もっと若手の方が?
うれしい悲鳴が。

でもね そうやって下が増える
きっかけになったのも

やっぱり 松之丞さんの人気っていうのも
あったんじゃないんですか?

いや これ だから もちろんね「そうです」
というふうに言えばいいんですけど

見てる人が印象悪いじゃないですか。
だって みんなで まいてきた種がね。

なんで そんな
好感度 上げようとしてるんですか。

いや だって なぜかね NHKが
僕を低めようとしてるんですよ。

足利義教と対みたいにさせられてるから。

まあ そんな気持ちも
ないわけでもないんですけど

まあ今日は お手柔らかに。
是非 よろしくお願いします。

今日はね テーマが足利義教
ということなんですけれども

どうですか?
松之丞さん もともと ご存じでした?

いや 僕はね なんか
聞いたことあるなぐらいでしたね。

松之丞さんにピッタリの人物をと
言われたんで

すごく楽しみに調べたら
ものすごい殺してるんですよ。

どういうことなんだと思ってね。

でもね 私の持ちネタもね
9割5分ぐらいがね

結構 悪人の話が多いので。
そうなんですね。

そういう意味でいうと
合ってるかもしれないですね。

多分 スタッフもね そこに
目をつけたのかもしれませんね。 確かに。

先生は やっぱり室町時代を

研究されてらっしゃるということですから
もう ご存じでしたよね?

まあ 大学入試問題に
ちょこっとだけ出てくるんですけど。

私も それで知った口です。

それぐらいで 一般の人は
あんまり この人のキャラクターまで

詳しい人って そうはいないと思いますね。

それって どうしてなんですか?
何なんですかね。

私 室町時代を研究してるんで
たまに歴史番組とか出るんですけど

そうすると 大体 最終回なんですよ
その番組。        (笑い)

私が出ると 司会の方 代わったりとか
番組が終わったりで

何でかなと思って いろいろ調べてみると
結局 戦国とか幕末とか

人気の時代から ずっと やってって

ネタがなくなった頃に 室町を
やるみたいなんですよね。
なるほど。

で 私に声がかかると
もう 番組 長くないみたいなんで

今日も危ないんじゃないですか?
ねえ 年度末近いし みたいな。

人気のない室町を
何で研究しようと思ったんですか?

本当ですよ。
いや そこが面白いんですよ。

逆に 手あかがついてないって
いうんですかね。

信長とか秀吉っていうと

もう 世間に イメージが
出来上がってるじゃないですか。

だけど 足利将軍っていわれて パッと
まっさらで何も浮かばないですよね。

やっぱり 何ていうんでしょうね
ヒーローがいないっていうのは

ある意味 ちょっと
不利な部分でもあるんですけど

逆に言うと 等身大の人間が出てきて

カオスなんですよね。
カオス?

くんずほぐれつ いろんな人が
自分のことを考えて

そういう意味じゃ 現代に
むしろ近いのかもしれないですよね。

リアリティーがあるというか。
かもしれないです。

先生は 義教は好きなんですか?
僕 割と好きですね。

好きなんですか?
あんなに悪い人なのに。

ちょっとね 日本史のスケールに
収まりきれない

キャラクターっていうんですかね。

だから私は 結構
これから伸びるんじゃないかと 義教は。

義教が。
思ってます。

さあ今日はですね そんな
室町時代のヒール 足利義教の言い分

悪役の言い訳をですね
見ていこうと思うんですね。

こんなメニュー ご用意いたしました。
こちらです。

出ましたね。
昼御膳 まあ ランチなんですけどね。

「神の味」って何ですかね。

何をね
おいしい思いをしてしまったのか

どんなことなんでしょうか。
一応 これダジャレだったんですけど。

ヒールと 昼御膳をかけてるんですよね。
ええ。

まあ そう冷静に言われてしまうと
ちょっと恥ずかしいんですけれども

いや だから こっちもケガしないように
必死です。          (笑い)

ありがとうございます。
とんでもない。 距離をおこうと思って。

では 早速 義教の
「ヒールの言い分 その一」を

ご覧頂きましょう。
はい。

室町幕府6代将軍 足利義教は

数々の信じられない悪行を重ねました。

例えば 将軍の就任儀式。

何が面白かったのか たった一度
儀式の最中に笑ってしまった公家に

腹を立て その全ての領地を没収。

蟄居までさせました。

将軍に献上された 美しい梅の木。

その木が運ばれた際に枝が折れ 激怒!

木を運んだ者 2人に切腹を命じ
関係者 合計8人を処罰します。

能楽の第一人者 あの世阿弥を

齢70にして
なんと 佐渡へ追放してしまった!

一体 何が気に食わなかったのか…。

義教の 理不尽で残忍
過酷な処罰の対象は

大名 僧侶
皇族 庶民など

あらゆる階層に
及びました。

この ひどい悪行の数々…。

なぜ 義教は
そんなことをしたのでしょうか?

「悪将軍」義教には 果たして
どんな言い分があったのでしょうか?

室町幕府が出来てから
70年余りが過ぎた頃…。

歴代の中で 最も
権威があったという

3代将軍 足利義満が
亡くなった頃から

幕府政治は揺らぎ始めていました。

畿内では民衆が団結し 力をつけて
一揆が多発していました。

九州では 地侍同士の争いが続き
幕府のコントロールが効かなくなり…。

関東でも 副将軍とも言うべき
鎌倉公方 足利持氏が

「自分こそが 将軍に
なるべきだ」と

言い始める始末。

早急に解決しなければならない問題が
山積していたのです。

そもそも室町幕府は 全国あちらこちらに
領国を持つ守護大名たちの「連合政権」。

足利将軍は
その頂点に君臨するのではなく

その真ん中にいる
というくらいのものだったのです。

ですから 大切なことは全て
有力大名との「合議制」で決められました。

実は 初代将軍 足利尊氏以来

室町幕府には
ある 暗黙の了解がありました。

それは 「遠い所は
そこの有力者に任せ

ほどほどに
距離を置いて

口出しはしない」
というもの。

まさに幕府は 将軍と
有力守護大名たちとの

「協調路線」で
成り立っていたのです。

6代将軍 足利義教は そんな状況の中
政治のただ中に姿を現します。

義教は応永元年 3代将軍 義満の
第二子として生まれました。

父の義満は 次の4代将軍は
長男の義持と決めたあと

残りの4人の男子を
次々と仏門に出します。

次男の義教は 10歳で…

後に 天台宗の僧侶の最高位
「天台座主」になるほど

出世していきました。

しかし 義教35歳の時
予想だにしなかった転機が訪れます。

兄の将軍 義持の息子が

5代将軍に就任して
間もなく急死。

更に 義持自身も
重い病に伏せるのですが

次の後継者を指名しようと
しなかったのです。

…と どこか なげやりな感じ。

義持は 力のある有力大名が幅を利かせ

彼らとの合議でしか決まらない政治に
疲れ果てていました。

しかし 一番困ったのは 「あなたたちで
決めていいよ」と言われた有力大名たち。

候補の4人は 全て義満の子どもでしたが
侍ではなく

既に お寺に入ったお坊さんばかりでした。

誰が将軍に向いているか
判断材料はありません。

議論を尽くし 万策尽きた時
大名たちは ある方法で決することに。

それは なんと クジ引き!

将軍選びのクジは
戦の神様 石清水八幡宮で行われました。

そして そのクジで選ばれたのが

天台宗 青蓮院の僧であった
義教だったのです。

義教の幕政が始まりました。

室町幕府を支える有力大名たちは
将軍 義教を立てつつも

基礎のキから 政治のやり方を
教えなければなりませんでした。

幕府とタッグを組む朝廷も

僧侶だった義教が
どんな手腕を発揮するのか戸惑う始末…。

まさに 前代未聞のスタートでした。

当の義教は クジ引きで選ばれたことを
どう思っていたのでしょうか?

特に 父親の義満を
意識してたと思うんですよね。

ですから
将軍就任の儀式での あの事件…。

うっかり笑ってしまった公家を
厳罰に処したのには 理由がありました。

「これから 自分は
他の誰よりも偉く 強い将軍になる」。

そんな決意を 周りの皆々に
知らしめようとしたのでしょう。

強い将軍には
独自の軍事力が必要である。

義教は 将軍直属の軍隊
「奉公衆」を整備しました。

そもそも 幕府の軍隊は

守護大名たちの兵力を寄せ集めた
「連合軍」だったのですが

義教は 大名の配下にいない
地方の武士たちを集め

5, 000から1万人規模の
独自の兵力として組織したのです。

刃向かう者には 容赦はしませんでした。

あの織田信長に先駆けること 136年

永享6年には 京の武家政権にとって
かねてからの政敵だった

比叡山延暦寺を攻撃します。

でも義教は もともと
比叡山系のお坊さんだったのに

よく そんな ひどいことができたよねと
思いませんか?

しかし それは寺の内部にいて

延暦寺の僧たちが 幕府に どれだけ
横暴を働いたのかを知っていたから。

このころの延暦寺は 金融業を営み

僧兵という
強大な軍事力を持っていました。

その上 神仏の威光を持ち出しては
「寺に盾つく武士を処罰しろ」とか

「そんなことをしたら
たたりが起こる」などと

何かにつけて 幕府に注文をつける
やっかいな存在だったのです。

つまり 比叡山への攻撃は

幕府が いつかは
やらなければいけなかった仕事。

それを初めてやったのが
義教だったのです。

更に 義教は幕府の中での将軍の仕事も
変えていきました。

例えば 室町幕府に持ち込まれる
土地争いなどの裁定。

それまで そんな裁定に
将軍は関わらなかったのですが

義教は
誰もが裁判を受けられるようにし

最終的な判決は
将軍が一人で下すことにしました。

幕府政治の根幹 合議制にも
メスを入れました。

合議に参加できる大名を
将軍が意のままに選べるように変更。

近年 研究者の間では
室町幕府史上 6代 義教の時代に

「将軍の権力」は 最も強くなったのでは
ないかと言われ始めました。

実際 成果も確実にあげています。

例えば 4代義持の時に途絶えた
日明貿易を

義教は明の政府と交渉し 復活させました。

傾き始めた幕府の財政を
立て直そうとしてのことです。

また 義教は
室町幕府が始まって以来の懸案…

南朝の皇室の残党から
皇籍をはく奪

遠方へ追放したのです。

更に かねてから幕府に反抗的だった
関東の鎌倉公方までをも制圧。

足利幕府の支配地域は 室町時代を通じて
最大になったと考えられています。

容赦ない悪行の数々は
弱い幕府に危機感を持った義教が

理想の将軍を求めた末の必要悪だった?

そんな言い訳を
義教は したのでしょうか?

ということなんですね。
村井さん どうでした?

結構 だから 義教がやった
功績といいますか

かなり その政治を変えたりとか
貿易を もう一回 復活させたりとか。

意外と ちゃんとしてるんだなっていう。
悪人とはいえ。

ボンクラな人ではないんですよね。
ねえ。

むしろ かなり意欲的な人だと思いますよ
政治家としては。

昔は 例えば室町幕府っていうと
あの金閣寺のイメージがありますよね。

足利義満っていうのが
どうしても インパクトがあるんで

あの人が全盛期だって
ずっと言われてたんですけど

最近は やっぱり義満の時代って
まだ ちょっと不安定なんですよね。

で むしろ この義教の時期が
絶頂期だっただろうと。

でも 35でね 将軍に いきなりお坊さんを
そこで かなりの地位まで行った人が

いきなり 帝王学も学ばずに
いくわけじゃないですか。

私も ちょうど35なんですよ。
あ ほんとですね。 同い年。

同い年で いきなりね 「総理大臣に
なってくれ」って言われても。

どうします?

いや確かにね なんか俺の就任式で
笑ってるやついたら 腹立ちます。

あの公家 腹立つなと思って。
俺が総理なのにって。

だから ちょっとね いや
もちろんレベルは違いますけど

感情的には 少し分かる面も
このVTRだと 分かるところはあります。

ただ驚いたのは やっぱり信長よりも
130年も前に延暦寺を攻撃してたんですね。

確かに。 しかも もともと延暦寺系の
お坊さんだったのにですね。

延暦寺って
今だと お寺という感じですけど

当時は お寺っていうのが
一つの政治団体なんですよね。

南北朝時代以来 やっぱり
京都のそばにあった延暦寺というのは

立派な政治勢力で
室町幕府に敵対する勢力っていうのは

必ず 比叡山に逃れちゃって
比叡山と組んじゃうんですよ。

それで 幕府の喉元に刃を突きつけるって
いうような存在なので

目の上の たんこぶだったんですよ。

ただ とはいえ やっぱり宗教勢力なので
武力で弾圧してはいけないっていう

意識があるもんですから みんな
やっぱり イライラしてたんですよね。

それを 一気に片づけたというのが
義教だと思います。

なんか 義教 好きになってきましたね。

早くも?
早くも。

やる時に決断をしたということですよね。
その時の流れで。  ええ そうですね。

延暦寺というと ちょっとこっちは
はたから見ると幻想もあったけれども

中 入ると おっしゃるように 内輪の
いろんな細かいことも見えてきて

ああ こんなのだったらっていうところも
逆にあったのかも。

多分 あったと思いますね。
ああ 面白い。

でも わざわざ それをうわさした商人まで
殺すことなくないですか?

それはね ちょっとやり過ぎなんですけど。
いや 僕は 気持ち分かるな。

分かるんですか?
僕は 気持ち分かる。

もう だいぶ義教の気持ちが。
義教派ですから 僕は。

気持ちを ちょっとね。
そうなんですね。

さっきのね 笑われて怒るっていうのも
そうなんですけど

この人は 「外聞」っていう言葉で
資料上 出てくるんですけど

外聞きっていうことを
すごく 気にする人なんですよね。

自分が 外から
どう見られてるかっていうことを

かなり 多分 コンプレックスの
裏返しだと思うんですけど

そこを意識するところがあって。
自信がなくて。

庶民が 自分のやった行いに対して

どういうふうに評価してるか
ということが気になるんで

逆に ナーバスになっちゃう。

先ほど VTRの今谷先生は
クジで選ばれたということが

義教の自信につながったんだというふうに
言われてるんですけど

「クジ引きなんかで選ばれて…」という
負い目が むしろ あったんじゃないかと。

そう言われることが嫌だから

もう いろいろ どんどん どんどん
改革していったり。     …と思います。

中身の伴う者に
自分がなっていこうという

背伸びをするようなところが ちょっと
あるんじゃないかなと思います。

芸事でも何でも
結局 後継者をちゃんと選ばずに

前の人が亡くなると もめるんですよね。

歴史って でも そうですよね。
そうですね。

だから 何で
こんなミスを犯したのかな。

逆に言うと
家康って ほんと賢いんだなというのを。

こういうのを全部学んで
徳川体制に生かしてますよね。

隠居して 跡継がせてとか 秀忠を…
とかっていう なんか歴史を学ぶって

だから本当に こういうところでも
大事なんだなというふうに思いますね。

あと 歴史上 見てると 例えば
徳川吉宗とか上杉鷹山とか井伊直弼とか

封建制社会の中で
ちょっと異色の人っていうのは…

傍流から 何かの間違いで家督の座に
ついたっていう人が多いんですよ。

そうすると その前の
しがらみがない分だけ

帝王学も学んでないんですけど
それが逆に メリットになって

何か 取り戻そうっていうんで
意欲的なことをやって

それが もちろん
いい面に出る場合もあれば

悪い面に出る場合もあるんですけど。

歴史を動かすのは 割と そういう
傍流の人っていうのは多いですね。

でもね その義教 権力を強めて
成果もあげているわけじゃないですか。

権力的にはね 最も強かったとも
いわれますけど どうですか?

そうですね 難しいですよね。

トップダウンで優秀な人というのも
いるじゃないですか。

そういうのを求める民衆もいたりとか。

でも この人は間違いなく
優秀ではあったんですね?

多分 そうだと思いますね。

みんなで なんか相談するというのは
いい部分もあるんですけど

何か 臨機応変に対応するという時に
どうしても遅くなるんですよね。

民主的っていうのは。
確かに。

我々も 年中 落語家さんと一緒に
やってたりするんですけど

ちょっとね
その仲のいい 10人11人でも

本当に こいつ まぬけな意見
言うなっていうやつもいるんですよ。

でも それは おのおのの意見なので…

その まぬけなやつを抹殺すれば
どんだけ早く決断できるかって。

でも そういうことですよね。

でも確かに 政治的なところで
やむをえずだったら分かるんですけど

例えば 料理がまずくて料理人を殺すとか
そこまで しちゃう…。

ちょっと私は サイコパス的な感じが
しちゃうんですよね。

若干 その気もありますね。
あ そうなんですか?

すごい まずかったんじゃないですかね。
ものすごい味だったんじゃないですか?

でも ひっくり返すぐらいはいいけど
殺しまでは ちょっと…。

もう だいぶ義教の方の味方に
なってますよね。            (笑い)

でも 料理人からしたら
たまったもんじゃないですよね。

たまったもんじゃないですよ。
みんな おびえてますよ やっぱり。

いつ殺されるかって ビクビクしながら

いろいろ 身の回りのお世話とか
しないといけないと思うと。

梅の木 折っちゃったんで 処罰された
というので 次の ある公家がですね

やっぱり 庭木を
プレゼントすることになったんですけど

厳戒態勢で贈ってますよね。
なりますよね 絶対。

折るなよ 折るなよって。

そんなに緊張 強いられるんですね。
面白い。

それは プレッシャーだと思いますよ
周りには。

あ~ そりゃそうだ。

さあ 権力を強めていった
義教なんですけれども

更にね とんでもないことをね

このあとも
やっていくということなんですが

2つ目の ヒールの言い分
見ていきましょう。        はい。

「俺は 神によって選ばれた将軍…。

これまでにない
強力な室町幕府を作り上げる」。

そのために
6代将軍 足利義教が

築き上げていった
恐怖の独裁政治。

しかし 最初の頃は 配下のベテランの
重臣たちが機能していました。

将軍に就任したばかりの義教は

彼らのアドバイスを
ちゃんと聞いていたのです。

例えば 副将軍とも言うべき
関東の鎌倉公方 足利持氏とのいさかい。

持氏は 義教が
クジ引きで将軍になったことが不満で

「将軍になるべきは俺だろう」と
再三 幕府に迫っていました。

義教が 将軍に就任して
元号を 正長から永享に変えた時も

持氏は それに反発して
新元号を使わずにいたほどでした。

「新元号を使わないのは
将軍への反逆だ!」と

義教は 鎌倉の持氏を
すぐにも たたこうとしますが

それを止めたのは 幕府の重臣…

先代将軍の時も
管領を務めた義淳は

「今 鎌倉公方を討つことは

幕府体制の土台を揺るがしかねない」と
義教を 強くいさめます。

当時の資料は 「命がけで

義教の暴発をおさえた」
と記しています。

その気迫に押されたのか 結局 義教は

重臣たちの意見をのみ
持氏をたたくことを取りやめるのです。

ところが 将軍に就いて
5年余りが過ぎた 永享5年

命がけで将軍をいさめた
管領 斯波義淳が病で急死します。

更に 他の重臣たちも 僅か2年の間に
次々と亡くなってしまったのです。

その跡を継いだ息子たちは

義教から見れば 何だか
頼りない存在でしかありませんでした。

そして 義教は
次第に その姿を豹変させていくのです。

重臣たちがいなくなったあと
義教は どんな行動をとったのか?

まず 義教は 有力大名家の家督問題へ
介入していきました。

例えば 斯波の家には
跡継ぎに決まっていた義淳の弟を

「その器ではない」と言って
別の兄弟を推し 跡取りにさせます。

介入を受けた斯波家では それが原因で
内紛が起こり 家自体が弱体化。

他にも畠山 大内 山名 一色

土岐といった家々に次々と介入。

それは いくら将軍といえども これまで
誰も やってこなかったことでした。

結果 将軍の権力は
ますます強くなることになりました。

ことごとく 企てがうまくいった義教は
次第に自らの力を過信し始めます。

永享10年。

将軍就任以来 義教に反抗し続けてきた
あの鎌倉公方も

ついに 大軍勢を送って たたき潰します。

追い詰められた足利持氏は自害。

長年の政敵との戦いに
終止符が打たれました。

しかし義教は それだけでは
鎌倉を許しませんでした。

持氏の血を継ぐ 3人の息子までも殺害。

持氏一族を
根絶やしにしようとしたのです。

末の子は まだ10歳にも
なっていなかったといいます。

また 鎌倉公方の残党をかくまったと
うわさされただけの有力大名

一色義貫も 暗殺。

残された一色家の領地は
全て取り上げました。

自分の意に沿わないものをたたき

この世から
その存在を跡形もなく消していく。

それが 義教のやり方でした。

公家や武士 そして 一般の民の者まで
容赦なく手を下す義教…。

都は 異様な恐怖に包まれていきました。

同時代の公家が書いた「看聞日記」には

「万人恐怖」

「薄氷を踏むの儀
恐怖千万」などの

文字が おどります。

義教は 力による「恐怖」によって
人々を黙らせ 従えていったのです。

しかし その恐怖による支配が
人々の心をむしばんでいる事態に

義教は思い至りませんでした。

ここに 赤松満祐という有力大名がいます。

赤松は おびえていました。

義教が 赤松家の家督問題に介入し

赤松の領地を取り上げ
別の親族にやろうと画策している。

そんな うわさを聞いていたのです。

赤松は 斯波や一色に続いて

次は 自分がやられる番だと
追い詰められていきます。

そして あるたくらみを思いつくのです。

ある日 赤松は 義教をはじめ
おもだった大名たちを屋敷に招きます。

生まれたカルガモの子供を眺めながら
お酒を楽しみませんかというものです。

しかし 次の瞬間。

屋敷に潜んだ数十人の武士が
義教目がけて なだれ込みました。

その時 義教を助ける者は
ほとんど いませんでした。

それは 前代未聞の…

権勢の絶頂期にあった義教の突然の死。

それ以降
権力は 将軍の手から次第に離れてゆき

室町幕府の衰退が始まります。

せめて 暴走する義教をいさめてくれる
重臣が一人でもいたならば

歴史は変わっていたかもしれません。

いや~ 恐ろしい将軍ですね。
これだけ振り切ってるなら

やっぱり 最後は殺されちゃうよね
という感じがしますよね。
ねえ。

あのカルガモのね 親子を
一緒に見ようじゃありませんかって

言われて そこで殺されるというね
なんか。 う~ん。

でも なんかリーダーって
孤独なんだなって

ちょっと そこにも思いましたね。

僕は どこまで義教の味方なのか
分かんないんですけど 孤独だろう…。

いや最初は まさに VTRにあったように
重臣たちが 最初ほんと分かんないから

聞いてたけれども だんだんと
そういうのが なくなって

頼りなくなってくる 周りの者たちが。

どうも
俺が頑張んなきゃっていうところでの

奮起っていうのが
いい方向であれ 悪い方向であれ

出てしまったのかなっていうね。

最終的には みんなが
その人の一挙手一投足を

見るようになるぐらいの恐怖を
与えることでしか

その孤独を癒やせなかったというか。

なんか それが なんかちょっとね
人間の なんでしょうかね

このクジで選ばれた人の 最後の

人間らしいなというような感じも
しましたけどね 僕は。

あの時 その重臣を失った時に
どうしてたら よかったんですかね?

何が正解だったんですかね。

バランス感覚というか
もう少し こう聞く耳を持つのが

必要だったんじゃないのかな
っていう気は。

あの会長のね 歌丸師匠が ずっと私の
会長だったんですよ 落語芸術協会の。

歌丸師匠が おっしゃってたのは

歌丸師匠っていうのは
もう 全国に名前知られてて

歌丸師匠が ちょっとでも言うと
それになっちゃうらしいんですよ。

鶴の一声で。 なので歌丸師匠は そこ
気を付けてらっしゃったみたいで…

もう それで人の意見を
非常に風通しのいい環境を作って

それで みんなの意見として
最後 歌丸師匠が発言するという。

だから まあ本当に
リーダーっていうのは孤独で

極端に言うと 自分の意見も全く あえて
言わない方が まとまりそうだとか

ここは言わざるをえないとかっていう

本当に帝王学って
大事だなと思いましたね 逆に。

そうですよね。 いや~ なんか改めて
やっぱりね 権力の魅力というか

怖さというか。
確かに。

だから なんか政治家とかで
占いに頼る人とか

なんか うわさで聞くじゃないですか。

なんか占いでね
なんか最終的に決めようとか

最初
「何 言ってんだ」と思ったんですけど

そうか 最終的に人って 誰も本音を
周りに言わなくなっちゃったりすると

そのレベルでしか
頼るものがなくなってくるのか。

自分の意見にも 自信が
そこまで持てなくなったりっていう

最終決断をするっていうのは いかに
人間って弱いから大変なのかなとか

そんなことも ちょっと思いますけどね
僕は。

だから本当 権力っていうのは 自分がね
そんなに なったことないから

分かんないですけど
非常に難しいもんなんだなというのを

この番組で分かりましたよ ちょっと。

あとは 周りの責任っていうのも
ありますよね。

室町幕府なんか見てると 大名たち
被害者みたいな感じになってますけど

実は 彼ら自身もライバルなんですよね
お互い。

なので ライバルが
蹴落とされる分に関しては

かまわないっていうふうに思ってて

みんなで フォローする時代も
あったんですけど

ライバルが 勝手に自滅していく分には
自分にとって…

戦国時代の その片りんが。

そうですね はしりみたいな感じに
なってるんですよね。

だから本当は 「次は自分だ」というふうに
リアリティーを持てれば

もうちょっと トップに ストッパーとして
抑えにかかろうというふうな発想にも

いけたんでしょうけど
そうならなかったっていうのが

義教の暴走を どうも押し上げちゃった
ようなところがありますよね。

例えば 我々の世界でも
講談とか落語の上の方になると

もう みんな イエスマンしか
言わなくなるんですよ。   そうですよね。

タレントさんも そうだと思います。

だから 一回 ものすごい偉い
相手の名前は伏せますけど

落語家さんのところで勉強しに行ったら

そんなに その日ちょっと
調子良くなかったんですよ その師匠はね。

でも 次から次へと その関係者が
「いや~ 師匠よかったです。

もう ほんと感動しちゃいました」
もう10人以上 来るんですよ。

で もちろん その師匠は
客観的に分かってるんですけど

そういうのが続いていくと 誰も自分に
意見を言える人がいなくなる。

いいことしか言わなくなる。 だから…

かなり意識的にしないと
できないことなんでしょうね。

松之丞さん その時
何と おっしゃったんですか?

僕ですか? 「ほんと よかったです」。
言ってんじゃないですか!

それは もちろん言いますけど
そこで僕が 一点突破でいけます?

でも そういうのってね 面白い。

人を見ててね 偉い人 見てて
ちょっと思ったりもしてますけどね。

どうでしょう? 先生 組織の中で
強い権力っていうのを

どう扱っていけばいいという
感じなんですかね?

歴史から学ぶこととして。
どうなんでしょうねえ。

やっぱり 一つの組織が壊れるのって
意外に簡単なんですよね。

一番上の人が独走してしまう体制が
できちゃえば

あっという間に崩れていくし

それを作る方は大変でしょうけど
壊すのは一瞬なんで。

そこの さじ加減が
政治ってものなのかなって思いますよね。

そう考えると 室町幕府の合議制って
いうのは どうだったんですか?

そういう意味じゃ
何ていうんでしょうね

臨機応変な対応っていう点では やっぱり
いろんなハンデがあるんですよね。

ただ それで一応
ある秩序が成り立ってたんですけど

義教は その文脈を やっぱり
断ち切っちゃったっていうのが

よくも悪くも個性的ですよね。 ええ。

この人が もし将軍じゃなくて
そのまま 天台座主としていったら

どうなってたんでしょうね?

ちょっと神経質な お坊さん
ぐらいだったかもしれないですね。

そうか~。 本当に権力って 使い方次第で
やっぱ怖いものですね。

なんか どっちにも転んでいくというか
いいふうに使えば あれだけど

悪くすれば どんどんどんどん ちょっと
エスカレートしてしまうっていう。

ほんと 今の政治にも言えることだと
思うんですけど。

やっぱり 今日一日 見てみて
義教 好きになりました?

いや もうずっと好きですね。
(笑い)

ただ とにかく村井さんが
気持ち悪い サイコパスだと。

気持ち悪いとは言ってないです。

こんな おかしなやつがって
自分に言われてるみたいで。

全然 そんなことないです。
もう 完全に義教の…。

最初 一緒にしないでくれって
おっしゃってたじゃないですか。

急に好きになりましたね。

いや もちろんね 現場にいたら
たまったもんじゃないんですけど

どっか 人間というのは
こういう ヒールというか

こういうのに なんか面白いなって

好奇心をかきたてられるようなところが
やっぱ 人間にはあるな なんて。

惹かれるところが
あるのかもしれないですね。

なんか ありますね。
それは なんか感じましたけど。

ヒールの言い分を見ていくことでね

歴史の面白さっていうものが
ちょっと見えましたね。    確かに。

いや~ 今日は ご来店
どうもありがとうございました。


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