アナザーストーリーズ 羽生結弦オリンピック連覇~メダリストたちが語る最強伝説 羽生が涙した親友ハビエル・フェルナンデスの…


出典:『アナザーストーリーズ▽羽生結弦オリンピック連覇~メダリストたちが語る最強伝説』の番組情報(EPGから引用)


アナザーストーリーズ▽羽生結弦オリンピック連覇~メダリストたちが語る最強伝説[字]


フィギュアスケートで五輪連覇を達成した羽生結弦。歴史的快挙の舞台裏と真価を3人の超一流が激白!表彰式直前、羽生が涙した親友ハビエル・フェルナンデスの言葉とは!


詳細情報

番組内容

フィギュアスケートで五輪連覇を達成した羽生結弦。あの歴史的快挙の真価と秘話を、3人の超一流が明かした!羽生の前、66年前に五輪を連覇した伝説の選手ディック・バトン(89)が賞賛した意外なポイント!羽生が憧れたロシアの皇帝プルシェンコが語る、独特のすごみ!そして羽生の親友かつライバル、戦いを最も間近で見ていたハビエル・フェルナンデスが友情秘話を初めて激白。表彰式直前、羽生が涙したハビエルの言葉とは?

出演者

【司会】松嶋菜々子,【語り】濱田岳




『アナザーストーリーズ▽羽生結弦オリンピック連覇~メダリストたちが語る最強伝説』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

アナザーストーリーズ 羽生結弦オリンピック連覇~メダリストたちが語る最強伝説
  1. 羽生
  2. オリンピック
  3. ユヅル
  4. フェルナンデス
  5. 演技
  6. 選手
  7. 解説
  8. 最高
  9. 金メダル
  10. 連覇
  11. プルシェンコ
  12. 実況
  13. バトン
  14. ケガ
  15. ジャンプ
  16. 羽生選手
  17. ミス
  18. 羽生結弦
  19. 試合
  20. オリンピック連覇


『アナザーストーリーズ▽羽生結弦オリンピック連覇~メダリストたちが語る最強伝説』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(実況)羽生結弦 連覇!

66年ぶりの連覇達成!

オリンピック2大会連続

金メダルという偉業を成し遂げた
フィギュアスケーター…

大ケガで4か月間
試合のリンクに立てなかった彼は

なぜ連覇を達成できたのか?

その真相を知るカギが

表彰式直前 メダリストが集った
この瞬間にある。

「最悪だな!」と言いながら
涙が止まらない羽生。

今 初めて明かされる

連覇の裏の 知られざる感動の物語。

(ハイタッチの音)

♬~

4年に1度しかない オリンピック。

その大舞台に
心と体のピークを合わせ

究極の力を発揮するのが
どれほど難しいことか。

クーリック ヤグディン

プルシェンコ ライサチェック。

他の大会では
何度も頂点に立った彼らも

オリンピックを制したのは 1度だけ。

そこで 2連覇の偉業を
達成したのが…。

羽生結弦選手です。

4歳でフィギュアスケートを始めた
羽生結弦。

9歳 初めての全国大会で
いきなり優勝する。

そのころからの夢は…。

そして 19歳の時

彼は夢を実現する。

2014年 ソチオリンピック
初出場で金メダル。

まさに 快挙だが…

彼は ここで 立ち止まらなかった。

オリンピック連覇という
高い高い目標に向け 快進撃が続く。

しかし ピョンチャンオリンピック直前。

羽生をアクシデントが襲う。

右足首の重傷。

彼は そこから姿を消す。

「出場できないのでは」と
危ぶむ声すらあった。

だが 本番。

2度目のオリンピックの
舞台に立った羽生。

周囲の不安を 一気に感動へと変えた!

運命の分岐点は…

ピョンチャンオリンピック
男子フィギュアスケート フリーの当日。

ケガの影響で 実に4か月ぶりに
フリーの演技に挑んだ羽生選手。

しかし 見守る私たちの不安は
驚きへと変わります。

4回転ジャンプを連発。

切れ味鋭いステップ。

ブランクを感じさせない 圧巻の演技。

日本のファンのみならず

世界の超一流スケーターたちを
うならせました。

羽生選手が幼い頃から憧れていた

あのロシアの皇帝も。

ユヅルは あれで究極の選手になったんだ。

最高の上の 最高の選手にね。

羽生選手の次に滑った 最強のライバルも。

彼に金メダルを取られたけれど

悔いはない。

最高の舞台で 最高の演技で戦えたから

大満足さ。

第1の視点は…。

羽生選手が
オリンピックで連覇する以前に

2大会連続で金メダルに輝いた…

66年ぶりに 自らの記録に並ばれた彼は

どんな思いで 羽生選手の演技を
見守っていたのでしょうか。

オリンピックのリンクに
立った者だけが知る 連覇のすごみ。

最強のスケーター 羽生結弦の高みに迫る
アナザーストーリーです。

戦後 羽生以外に

オリンピックを連覇したのは
たった一人だけ。

フィギュアスケート界の
「生ける伝説」となった その男は

ニューヨーク郊外に住んでいる。

机の上に何気なく置かれた これ。

もしや…。

これが
1948年のオリンピックのメダルだよ。

母にプレゼントしたら
ネックレスにしていたよ。

次のオリンピックのメダルは
父に あげたら…

書類用の文鎮にしていた。

ちゃんと2つ取れて よかったよ。

レジェンドらしい
にこやかで すてきな おじいさま…

かと思ったら。

プルシェンコ? 技術は すごいけど

私の批判に もっと早く
耳を傾けてほしかったね。

彼のスピンは 無駄に回りすぎだよ。

突き出た頭が いつか大砲の弾みたいに

氷の上に転がってくるんじゃないかって
ヒヤヒヤした。

あと クーリック?

まず 衣装が最悪だよ。

黄色に黒の斑点って
キリンじゃないんだから。

そればっかり気になってしかたない。
まあ おかげで

目が くぎづけになったことは
認めるけど。

(笑い声)

金メダリストたちも タジタジのバトン。

アメリカでも屈指の
「毒舌」解説者として

長年 鳴らしてきた。

66年ぶりに自分の記録に並んだ
羽生のことを どう思っているのか?

おっかなびっくり 聞いてみると。

結果なんて おまけだよ。

私の評価基準は 演技が ちゃんと

「劇場」になっているかどうか
それだけだ。

独創的で お客を呼べる 「劇場」にね。

羽生結弦の演技は
そういう意味では最高だ。

みんなを うっとりさせる。

満員御礼 間違いなしだね。

歯に衣着せぬ発言を繰り返す
バトンだが

彼には それを言うだけの資格がある。

1952年 コロラドで試合に出た時の映像だ。

結構うまく滑っていると思うよ。

切れ味鋭いジャンプ。

軸のブレないスピン。

世界で初めて
3回転ジャンプを跳んだのも

実は バトンだ。

今の選手は 「スケート界を変える」
という気概が足りないよ。

採点に縛られて窮屈で

新しい技をやろうなんて選手は
全然いない。

羽生は違う。

4回転ループをはじめ

世界初の技を実現してきた。

だが バトンが自分との
最大の共通点として挙げたのは

意外な点だった。

羽生が
最初の金メダルを獲得した この大会。

ジャンプで転ぶなど ミスが見られたが

他の選手のミスもあり

結果的には 優勝した。

メダル決定直後のインタビュー。

結果として すごいうれしいな
というふうに思うのと半分…

まあ オリンピック金メダル取って
言うのもなんですけれども

やっぱり
ちょっと悔しいかなって思います。

私もね
1948年のオリンピックは よかった。

最高の演技で優勝した。

でも 次の1952年の時は

選手としては絶頂だったのに
ジャンプで転んでしまって。

生涯で最大のミスだ。
今でも悔やまれるよ。

1948年から 1952年まで

出場した国際大会
全てで優勝したバトン。

そのまま 1952年のオリンピックでも
優勝したのだが…。

ダメだよ。

なんでって? 転んじゃったからだよ。

(笑い声)

今のルールじゃあ
失敗しても点数が付くけど

私は ああなった時に
「フィギュアスケートは死んだ」と思った。

オーケストラが
一音でも飛ばしたら台なしだし

バレエでダンサーが転んだら
白けるだろ? 同じだ。

お客を がっかりさせちゃいけない。
いけないんだ!

だから ユヅルの言葉に
感銘を受けたんだよ。

「若いの 分かってるじゃないか!」ってね。

もう一度 納得できる演技で 金メダルを。

走りだした 羽生。

ピョンチャンまでの4年間
年下の選手が次々 台頭する。

そして日本の…

皆 多くの4回転ジャンプを跳ぶのが
武器だったが…。

4回転 4回転!
だからなんだっていうんだ。

どいつもこいつも
点数 目当てに

雑巾を絞るみたいなジャンプばかりして。

あんな見苦しいものは見たくない!

彼女は軽やかに飛躍していた。

距離を跳んで 静かに着地する。
それが本当のジャンプだ。

(動画音声)「さて フリーでは
世界一という定評があります

ジャネット・リン選手 18歳」。

♬~

(動画音声)
「非常に軽やかなジャンプですね。

今から やるぞっていう
あんまり身構えがなくて

楽な感じがしますね」。

「銀盤の妖精」と呼ばれた
ジャネット・リン。

当時あった規定演技の順位が響き

結果は銅メダルだったが フリーは1位。

世界中を魅了した。

彼女を教えたのが 誰だか知っているか?

私の別れた女房だよ。

(笑い声)

彼女とは いろいろあったけど
いい指導者ではあったと思う。

(バトン)1つの表現として
コントロールされていて

ジャンプも音楽に乗って シンプルに跳ぶ。

もう一人 忘れてならないのは

伊藤みどりだね。

彼女は ジャネットとは
別の意味で

最高の「劇場」だった。

とにかく みんな
目を奪われたよ。

あんなに空高く跳ぶ選手は いないよ!

そして 浅田真央。
彼女はゴージャスだったね。

まさに 名女優。

他の選手に やれと言っても 絶対に
できないパフォーマンスだった。

そうした名選手と比べても

羽生結弦は別格 破格の存在なんだよ。

ユヅルは
どこかで見たような演技はしない。

(バトン)それだけが価値があるんだ。

どんなに難しい技だろうが
その選手独自の表現になっていなくちゃ。

みんな似たようなジャンプじゃあ
点数だけで 感動はない。

バトンは確かに 「感動」を人一倍
重視してきたスケーターだった。

もともと フィギュアスケートは

「フィギュア」 つまり 「図形」を
氷の上に描く種目がメインで

リンクを滑る演技は
採点の3割ほどしか占めていなかった。

だが そんな中でバトンは

新たな技を加えることに邁進した。

世界初の3回転ジャンプ。

浅田真央や羽生が得意とする

跳び上がって回る技
フライングキャメルスピンも

最初の呼び名は…

バトンが発明した技だ。

キャメルスピンとかをやったのも
見る人の心を動かすためさ。

優雅に ゆったり滑るだけだった
スケートに ダイナミズムを加えて

目を くぎづけにしたんだ。

ユヅルには できる。

オリンピックの前に ケガがあったけど
彼が戻ってくることだけを願っていた。

本物のスケーターをね。

(歓声)

オリンピックの3か月前
右足首の じん帯に大ケガをし

姿を消していた羽生。

本番5日前に到着したが…

試合に臨むのは4か月ぶり。

どこまで体調が戻っているのかは
なかなか分からなかった。

だが。

♬~

♬~

(解説)
4回転サルコウ。 きれいに決まりました。

(解説)
トリプルアクセル。 余裕がありましたね。

(解説)4回転トウループ

トリプルトウループ 決めました。

(実況)完璧だ!

ショートプログラム トップに。

周囲の不安を 打ち消す。

バトン以来 66年ぶり

戦後2人目のオリンピック連覇が
現実味を帯びてきた。

そして 運命の時を 迎える。

♬~

(実況)最初に跳ぶのは 4回転サルコウ。

♬~

(解説)
4回転サルコウ。 きれいに決まりました。

彼のジャンプで見るべき
一番重要なポイントは スピードだ。

そんな選手は まず いない。

♬~

(解説)
4回転トウループ。 余裕がありましたね。

見たかい? 「跳びましたよ!」なんて
アピールはしない。

(実況)後半です。 羽生の体力は大丈夫か。

(解説)4回転トウループ。

(バトン)おっ?

でも よく尻餅つかなかった。
成長したね。

大ケガ明けだろ?

ほんとに よく こらえてる。

一回くらい尻餅ついても 正直

点数では勝てるはずだ。

だけど彼は お客を魅了し続けることの
大切さを知っているんだ!

♬~

まさに 「羽生劇場」。

とどまることなく

1つの表現として貫かれた演技。

♬~

(歓声と拍手)

(実況)これが王者です!

(笑い声)

彼も やっと満足できたね。
気持ちは よく分かるよ。

いや本当に すばらしかった。

(笑い声)

羽生結弦 66年ぶりのオリンピック連覇。

はるかに人を惹きつける演技に
なっていたね。

よりシンプルなのに
より伝わるものがある。

点数なんて関係ない。

これぞ 金を超えて…

ダイヤモンド級の演技だね。

♬~

ディック・バトンの連覇から 66年後。

オリンピック連覇
達成者となった羽生選手。

第2の視点は それまでの間で
最も連覇に近づいた あの人物です。

トリノオリンピック 金メダリスト…

4年後のバンクーバーでも

絶対の優勝候補
と言われながら

僅差で敗れた彼。

オリンピック連覇の
難しさを

最も よく知る
存在です。

羽生選手も幼い頃から憧れ
尊敬し続けてきた プルシェンコ。

自分が成し得なかった
オリンピック連覇に挑んだ羽生選手を

どう見つめていたのでしょうか。

フィギュアスケート界の皇帝が明かす
アナザーストーリーです。

ロシアの首都…

未来を担う 10歳以下のスケーターの
大会が開かれていた。

その名も…

厳しいコメントを
言われた この子。

アレクサンドル・プルシェンコ君 5歳。

プルシェンコの息子だ。

5歳の子供にも容赦ない厳しさ。

それには 大きな理由があった。

このプルシェンコ杯の目的は
優秀な子供をスカウトし

僕のスケート学校で 英才教育すること。

だから 誰だろうと
この段階から厳しく接するんだ。

だって 今の僕の目標は 打倒・羽生結弦。

史上最強の彼を超える選手を
育てることだから。

1997年に シニアデビュー。

2017年に 35歳で引退するまで 20年間

銀盤に君臨し続けた皇帝 プルシェンコ。

羽生は彼に強く憧れ

幼い日から髪形まで
マネしていた。

初めてユヅルに会ったのは
彼が 10歳くらいの時。

日本で ショーをしていた時だね。

「あなたに すごく憧れている子供が
いるよ」って言われて会ったんだ。

一目見て驚いたよ。
センスが違う。 スピンも上手で。

ただ あまりに痩せてたんで

「しっかり鍛えれば
いい結果が得られるぞ」って言ったんだ。

まさか オリンピックで
2つも金メダルを取るとはね。

オリンピックに
4回出場。

シングルで
金メダル1回。

銀メダル2回。

団体でも金メダルを
1つ取った

まさに 「皇帝」
プルシェンコ。

羽生との年の差は
12歳。

初めて戦えるチャンス
となったのが

ソチオリンピック
だった。

(会場アナウンス)Yuzuru Hanyu!

ソチオリンピックの3年半前
15歳でシニアデビューした羽生。

♬~

(解説)4回転のトウループ 決めました。

(実況)成功。 大歓声。

♬~

次々とタイトルを獲得し

きたる ソチオリンピックへの
出場権を

手にしていった。

ソチオリンピックに向けて
最高の対戦相手ができた。

腕が鳴ったね。

どれだけ昔から知っていようが
リンクに立ったら 敵。

彼なら 倒しがいがある。

プルシェンコが
羽生の登場に興奮した背景には

その前のオリンピックで感じた
大きな失望があった。

(歓声と拍手)

前回 トリノ大会で優勝したプルシェンコ。

58年ぶりの連覇に挑んだ。

(実況)最後は余裕のポーズ!

連覇を確信したが…。

(実況)プルシェンコは2位だ。
勝ったのは ライサチェック。

僅か1点差で 連覇を逃した。

バンクーバーオリンピックの時は
ケガだらけで

正直 出られるだけで奇跡だった。

負けたのは本当に悔しいし
採点にも不満があるけど

もし 僕が出ていなかったら
もっとひどい戦いになっていたと思う。

あのころは戦い続ける選手が少なくて
みんな すぐに引退していく。

まだまだ滑れるのに。

プルシェンコが銀メダルに
終わったのは2回。

金を取った ヤグディンと
ライサチェックは

連覇に挑むことなく
戦いの場を去っていた。

引退していく選手の気持ちも
分からないでもない。

メダルを争うようなレベルまでいくと
維持するだけで 本当にキツイ。

「あんな苦しみは もうゴメンだ!」
と思うから

オリンピックや世界選手権でメダルを
取った選手は 引退の道を選びがちだ。

引退しても ショーで滑った時は

「メダリストの誰々」って
紹介してくれるしね。

でも そのせいで オリンピックという
最高の戦いのレベルが下がってしまう。

「お前も辞めるのか? お前もか?」って。

それが悔しくて。

だからこそ
羽生という強敵が現れたことに

プルシェンコは 奮い立ったのだ。

それが僕の流儀さ。

羽生も このギラギラした闘争心に
全力で応えようとした。

そして迎えた 戦いの時。

2人の願いは かなわなかった。

腰の骨を留めていた チタン製のボルトが
試合前の練習中に外れて…。

あんな痛み 感じたことない。

演技は 不可能だった。

ケガで 個人戦…

オリンピック4回連続出場
4つのメダルを獲得という

強烈な記録を残して 皇帝は去った。

プルシェンコが去った衝撃が残る
オリンピックで

金メダルを取った羽生。

(プルシェンコ)
ユヅルがソチで金を取ったあと

「引退しない 次も出る」と言ってくれて

飛び上がるほど うれしかった。

ユヅルは 分かっているんだ。

最高の演技は 試合でしかできないこと。

そして フィギュアスケートの世界に

オリンピックチャンピオンになる以上の
喜びは 絶対にないってことをね。

プルシェンコから受け取ったバトン。

ピョンチャンオリンピックへと
邁進した羽生。

その間の4年間
若手選手の台頭はあったが

プルシェンコは 問われれば常に…

…と答え続けた。

勝手に相手がミスすることも多いし

オリンピックならではの緊張感も
むしろ アドレナリンをくれる。

それを あわせ持ってるのは
ユヅルしかいなかった。

ユヅルは
オリンピックを連覇した今だって

まだ 「勝つ」ための進化を
止めようとしないだろう?

連覇が どれだけ難しいのか
私は身をもって知っているけれど

誰かが やるとしたら
世界に… ユヅルしかいない。

だから僕は あのオリンピックでも
ユヅルが その場に立てさえすれば

連覇は間違いないと断言していたんだよ。

今 我々は プルシェンコの予言が
的中したことを知っているが

直前まで彼は
立てるかどうかすら危ぶまれていた。

右足首の大ケガ。

深刻なトラブルが
羽生に襲いかかっていたのだ。

その時 大きな支えとなったのは…

金メダルをめぐる
最大のライバルでもあった

この男だった。

オリンピック直前…

ケガで なかなか
表舞台に立てなかった羽生選手。

もはや出場は無理だという
臆測まで飛び交います。

反論しない彼に対し
一部から

言われのない批判や中傷も
向けられました。

しかし彼は 戻ってきました。

第3の視点は…

そんな羽生選手の挫折と復活の日々を

最も よく知る人物。

ピョンチャンオリンピック
銅メダリスト…

2人は同じコーチのもとで
ずっと切磋琢磨してきた親友同士。

ピョンチャンオリンピックでは
最大のライバルの一人だった彼は

羽生選手の復活劇を どう見つめたのか。

氷の上で繰り広げられた熱き友情の
アナザーストーリーです。

(歓声)

あの日 羽生が演技を終えても

まだ金メダルが取れるかどうかは
分からなかった。

それは次に 彼の演技が控えていたからだ。

(会場アナウンス)
Next skater representing Spain

Javier Fernandez!

(実況)ハビエル・フェルナンデスが
これからフリーです。

(実況)練習では絶好調だった4回転。

(解説)
4回転トウループ。 流れがありましたね。

ダイナミックな4回転ジャンプと

羽生よりも高い得点を得たステップ。

羽生には敗れたが 母国スペインに

初のフィギュアスケートのメダルを
もたらした

ハビエル・フェルナンデス。

金メダルは彼に取られちゃったけれど
僕は満足していました。

だって
最高の勝負をして3位になる方が

お互いミスを連発して
たまたま1位になるより ずっといい。

ずっと一緒に練習して
互いの背中を追いかけてきたからね。

彼が最高のレベルで
戦いの場に戻ってきてくれて

本当に うれしかったよ。

オリンピックの前に あれだけ
つらい時期を過ごしていたからね。

羽生とフェルナンデスの深い友情が
育まれ始めたのは 2012年。

羽生が ブライアン・オーサー コーチが
指導する

カナダのクリケットクラブに入った時だ。

フェルナンデスは 羽生よりも
1年前に入門した兄弟子だった。

彼が来ると聞いて
「へえ?」と思いました。

あの時は まだ試合で
ちょっと顔を合わせる程度でしたからね。

バンクーバーオリンピックで

韓国のキム・ヨナを金メダルに導くなど
指導力に定評があった オーサー。

だが羽生が ここを選んだ理由は
それだけではない。

ユヅルの言っていることは
よく分かります。

僕だって そうだったから。

でも ただ見て マネするだけじゃない。

…と思うんです。

僕とユヅルは そうやって互いに…

バンクーバー以降の第一人者は
世界選手権3連覇の…

だが 羽生もフェルナンデスも
しかと上位に入っていた。

2人は 同じクラブで切磋琢磨しながら

きたるソチオリンピックに臨んだ。

(歓声)

パトリック・チャンが転倒するなど

次々とミスが連鎖した この大会。

フェルナンデスも 規定よりジャンプを

跳びすぎるというミスをおかし 4位。

羽生自身も金メダルは取ったが
ミスについて反省し

自らの出来は不本意だと述べていた。

だが。

金メダルは…

そんな簡単に取れるものじゃない。

ユヅルは 強い。

僕が心底 そう思わされたのが
あの大会でした。

(フェルナンデス)
そんな中で ユヅルは堂々と演技した。

みんながミスをしていたけれど
初出場の彼の演技が 一番だったのは

結果が示しています。

この先 彼は勝ち続ける。
負けてはいられない。

そう思いました。

フェルナンデスの言葉どおり
ソチのあと

羽生は
トップを走り続ける。

そんな彼の背中を

フェルナンデスは 必死に追いかけた。

僕たちの練習場には

世界選手権や オリンピックで
メダルを獲得した選手の

名前を掲げる場所があるんです。

あそこに僕も名前を載せたいと
ずっと思っていた。

だから…

2015年 中国・上海で行われた
世界選手権で

フェルナンデスは
オリンピック王者の羽生を破り

優勝したのだ。

結果を受け
羽生は人目も はばからず 涙した。

だが それは
負けた悔しさからだけではなかったと

フェルナンデスは言う。

彼は もちろん悲しかったんですよ。
勝ちたかったんですから。

でも 同時に
僕の勝利を喜んでいたんです。

彼は こう言いました。

(フェルナンデス)
僕には その意味が よく分かりました。

同じ高みに立っているんだってね。

僕は あの時から
ユヅルと真の友になれたと思います。

互いに認め合った2人。

ここから世界を驚かせていく。

(会場アナウンス)
羽生さんの得点…

216.07。

(実況)出ました
合計 322.40。

羽生が世界初

トータル300点超えを
達成すれば…。

その2か月後に フェルナンデスが
同じく300点を突破。

2016年の世界選手権を
フェルナンデスが制すれば

2017年は 羽生が制する。

得点も タイトルも
トップレベルの2人。

きたる
ピョンチャンオリンピックは

2人にとって
決戦の場と位置づけられた。

だが。

ピョンチャンオリンピックの
3か月前に起こった 羽生の大ケガ。

一報は フェルナンデスのもとにも届く。

だが彼が心配したのは
ケガよりも 別のことだった。

僕の母国スペインでは 正直

フィギュアスケートが
報じられることは ごくまれです。

それに対して日本はフィギュアスケートの
人気が高い。 高すぎる。

案の定 あのケガの時 頂点に立つユヅルに
なんとか隙を見つけようと

妬みやウソが
あちこちに あふれましたね。

人気の高さゆえに

あちこちから湧き続けたウソや ゴシップ。

こうした声が 羽生不在の間に

更に高まることを恐れた フェルナンデス。

ユヅルは どんなことからでも

演技に生きるものを得ようという
貪欲な人です。

だから 落ち込む時は
とことん落ち込んでしまう。

頂点に立つ選手の秘密を知りたい
ウワサを立てたい

そんな気持ちは 分からないでもない。

でも だったら真正面から
取材してくれればいいんです。

ユヅル本人もコーチも ちゃんと
報道の依頼には応じていますから。

面と向かっては
会わないようにしていました。

彼は 時々リンクに出て
練習しようとしては

すぐに傷が痛んで下がる
という状態でしたからね。

僕らは お互いのケガについて
話したりしません。

ユヅルに求められれば
なんだって手伝いますが

彼には お母さんをはじめ
ケアしてくれる人が たくさんいる。

求められるのは 変わらず
「背中を見せ続ける」ことなんです。

「僕の背中を見ろ。

僕はレベルを保って
君との戦いを待っているよ」ってね。

実は僕は…

…と思っていました。

ユヅルは全てのマイナスを
一気にプラスに変えられる。

それだけの力を持った人間ですからね。

2014年
試合直前の練習中に選手と衝突。

大ケガをした時も
頭に包帯を巻いて試合に出た羽生。

ピョンチャンまでの4年間 手術や

幾度ものケガを経ながら

常に戦いの場に戻ってきた。

オリンピック直前の
羽生のケガを受け

メディアは
新たな優勝候補として

宇野昌磨や ネイサン・チェンなど
若き才能に注目したが…。

ユヅルですよ。

僕が完璧に…
完璧にプログラムを こなせば

昌磨やネイサンには勝てる。

でもユヅルは
僕が完璧にプログラムを こなしても

常に僕より高い得点を出しました。

いつも少し上 少し上。

僕には彼の背中しか
見えていませんでした。

たとえ ケガをしていようと

羽生の背中だけを見つめていた
フェルナンデス。

そこに 羽生は戻ってきた。

2人の究極の戦いが 始まる。

♬~

(解説)
4回転サルコウ。 きれいに決まりました。

最高のジャンプ。

♬~

最高の表現力。

♬~

(歓声)

(実況)本当に彼は2か月間
氷の上に乗れなかったんでしょうか。

フェルナンデスも 続く。

(解説)
4回転トウループ トリプルトウループ。

♬~

(解説)このステップシークエンスで
見せ場が多いですね。

すばらしいステップです。

ショートプログラムを終えて

羽生1位 フェルナンデス2位。

共に切磋琢磨し 世界のタイトルを
争ってきた2人の名前が並んだ。

僕は そうなると思っていましたよ。

みんな ユヅルの復活に
驚いていましたけど

彼なら やると思っていました。

そして 僕は彼の背中を
誰よりも近くから追いかける。

「いいぞ 最高の戦いじゃないか」
と思いましたね。

そして翌日 決戦のフリー。

♬~

これ 初めて見ます。

うん 初めて。

僕は 自分のも見ません。

演技は見るものじゃなくて
見せるものですから。

(実況)最初に跳ぶのは 4回転サルコウ。

♬~

(解説)
4回転サルコウ。 きれいに決まりました。

(実況)次は4回転トウループ。

♬~

(解説)
4回転トウループ。 余裕がありましたね。

♬~

(解説)
トリプルアクセル シングルループ

トリプルサルコウ。

(実況)ここを3連続にしてきました。

(解説)トリプルループ。

さすがだね。

♬~

(解説)
フライングからの足替えシットスピン。

♬~

(フェルナンデス)
楽しんでいるね。 見れば分かる。

♬~

だから僕は言ったでしょう?
「落ち込んだ分 戻ってくる」って。

♬~

(解説)コンビネーションスピン。

♬~

(歓声と拍手)

(実況)これが王者です。

羽生は このシーズン自己ベスト

200点超えの点数を たたき出す。

その次にリンクに立ったのが…

フェルナンデスだった。

いいえ ありませんでした。

あの舞台で彼が
いい演技をしないわけがない。

だから 何にも影響はありません。

今度は 僕が応える番。 それだけです。

♬~

(解説)
4回転トウループ。 流れがありましたね。

フェルナンデスは 予定どおりに
跳べなかったジャンプはあったが

他にミスはなく 演技を終了。

♬~

(歓声と拍手)

最後に演技した
日本の宇野昌磨に次いで3位に。

羽生と共に オリンピックの表彰台に
のぼることとなった。

その表彰の直前。

リンクサイドに集まった
3人のメダリスト。

フェルナンデスが 2人をハグする。

そして 何かを告げたフェルナンデス。

何を話しているかは聞こえない。

でも。

「最悪だな!」と言いながら
涙が止まらない羽生。

何を話したのか

これまで語られたことはなかった。

この時は まず ユヅルと昌磨に

メダルと演技について
おめでとうと言いました。

そしてユヅルに こう言ったんです。

「君と競えたことは 僕の誇りだ。

実は これが君と戦う 最後の試合なんだ」。

実は あの時までは
誰にも言っていませんでした。 誰にも。

ヨーロッパ選手権に出る約束は
あったのですが

ユヅルは日本の選手なので
ヨーロッパ選手権には出場しない。

だから 本当に最後の試合になる。

今しかないと思って 伝えたんです。

ユヅルには
「最悪だな お前!」と言われましたよ。

だって あんなタイミングで伝えたから。

でも僕は ここだと思ったんです。
最高の戦いのあとだったからね。

一番 告げたい相手と
一番いい場所にいられて

本当に よかったよ。

フェルナンデスが
正式に引退を表明したのは

この9か月後。

世界を驚かせたニュースを
最初に伝えたのは

オリンピックの頂を共に目指した
最高のライバル。

最高の友だった。

オリンピックの舞台で
金メダルを争うほどのスケーターも

「史上最高の選手」と呼ぶ 羽生結弦。

「羽生を超えられるのは羽生だけ」。

そう言われるほど 今も最強の座を

揺るぎないものにしています。

オリンピック連覇という偉業を
成し遂げたあとも

自らに更なるプレッシャーをかけ
挑戦が続きます。

彼は どこまで進化していくのでしょうか。

オリンピック連覇という
快挙を果たした羽生結弦に

今後 期待することは?

三者三様の答えが 返ってきた。

ユヅルが試合に出るということは
イコール 勝つために出るということ。

オイ 誰だ そんなことを言ってるのは!

ケガさえ治れば あとは もう好きなだけ
前へ前へと目指していけばいい。

そして もし引退をする時が来たら

その時 初めて
後ろを振り返って見てほしい。

君が登ってきたのは
今後 永遠に語り継がれる道のりだ。

その道のりの途中に
僕の名前があるのも お忘れなくね。

皆さんは こうおっしゃっていますが…

さて羽生さん あなたは この先
どこまで行くのですか?


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