歴史秘話ヒストリア「新発見!歴史NEWS 2018」 「歴史」は今も変化している―発見、大調査、新解釈などなど…



出典:『歴史秘話ヒストリア「新発見!歴史NEWS 2018」』の番組情報(EPGから引用)


歴史秘話ヒストリア「新発見!歴史NEWS 2018」[解][字]


「歴史」は今も変化している―発見、大調査、新解釈などなど去年2018年に報道された歴史にまつわるニュースを研究者アンケートでランキング。さあ、日本史の最前線へ!


詳細情報

番組内容

「歴史」は今も変化している―歴史は過去のモノ、すでに決まっていると思いがち。でもとんでもない!未知の文書や絵図が発見されたり、手つかずの遺跡が大規模に調査されたり、確定的とされた歴史的事実にあらたな解釈の光があてられたり…と毎年、歴史に関するニュースが次々飛び込み「史実」が変わっている。ヒストリアでは去年2018年に報道された歴史ニュースを研究者へのアンケートでランキング。さあ、日本史の最前線へ!

出演者

【キャスター】井上あさひ




『歴史秘話ヒストリア「新発見!歴史NEWS 2018」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

歴史秘話ヒストリア「新発見!歴史NEWS 2018」
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  17. ランキング
  18. 結果
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『歴史秘話ヒストリア「新発見!歴史NEWS 2018」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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歴史は 今も
姿を変え続けています。

2018年 歴史の常識を覆す

大発見が相次ぎました。

まずは 世界遺産。

天井裏で見つかった昔の刀。 なんと…。

続いての舞台は 京都。

つくったのは 教科書にも載っている
鎌倉時代の あの人?

国宝級のお宝かもしれません。

そして…

仁徳天皇陵という名前でも
有名です。

去年暮れの調査で

日本最大の古墳 その秘密の一端に
光が当たりました。

他にも…

女王・卑弥呼と
邪馬台国の謎にも…

あの織田信長の お城からは

驚くべき構造が
発掘されています。

今回の「歴史秘話ヒストリア」は
新発見のニュースを 一挙にご紹介。

日本史の「今」が分かります。

♬~

「歴史秘話ヒストリア」。
今夜も どうぞ おつきあい下さい。

今回は 「歴史ニュース2018」。

去年1年間に報道された
歴史にまつわる発見 新しい動きを

ご紹介します。

ですが 歴史に関するニュースは
たくさん あります。

そこで 「ヒストリア」では

特に知っておきたいニュースを
ランキング。

そのトップ10を
ご覧頂くことにしました。

2018年に報道された
歴史に関する 主なニュースは300。

それらについて 歴史の研究者50人に
アンケートをとり

重要度ベスト3と 注目のニュースを
挙げてもらいました。

ご覧のような点数をつけ

集計したトップ10を
ご紹介します。

それでは 早速いきましょう。
まずは 10位です。

歴史ニュース 第10位は…。

幕末の外交をめぐる
とても貴重な品の発見です。

東京の 徳川家の蔵から 漆塗りの箱が
見つかったことが発表されました。

中にあったのは 銀のはんこ…

幕末史において
重要な働きをしたものでした。

使われたのは なんと
「日米修好通商条約」。

日本が 開国

海外との貿易に
踏み出した条約です。

アメリカにのみ現存する批准書に

捺印の跡がありましたが

印自体は失われたと
考えられていました。

彫られているのは 「経文緯武」。

…という言葉。

世界の列強に立ち向かう
決意を

この銀印に
込めたのでしょうか。

第9位も 貴重なお宝ニュースです。

つくったのは 有名なあの人かも?

9月。 京都の醍醐寺で
秘蔵されていた仏像が公開されました。

大きさは 5センチほど。

金ぱくが貼られた 阿弥陀如来像です。

収められているのは
ハスのつぼみをかたどった水晶。

極めて珍しいものです。

いつ 誰が つくったのか
全く 記録がありませんが

様式などから
鎌倉時代のものと推定されました。

そして 作者はというと…

当時 「肩を並べるなき」と
たたえられた名人

快慶と考えられています。

公開された仏像の 衣の表現が

快慶の仏像と よく似ていることなどが
その理由です。

しかし 水晶に入れられた仏像は
他に例がなく

確かなことは 分からないままです。

続いて 第8位。

日本人は いつ
「日本」を意識したのでしょう。

この日本地図を公開したのは
広島県の博物館。

縦は 1m余り。

東北から沖縄まで
描かれています。

字や 紙の質
書かれている地名を分析して

700年ほど前のものだろうという結果が
出ました。

これまで 広い範囲を描いた
地図としては

1548年 戦国時代のものが
最も古いとされてきましたので…。

今回 なんと 200年も遡った地図が

発見された というわけです。

地図作成の時期は

室町幕府を開いた
足利尊氏が

中国・元の国と 貿易を
行ったりした頃。

当時の日本人が 「世界」を意識し
自らの国「日本」を意識した

その証しかもしれません。

ここで ちょっとランキングを離れ

歴史ニュースのトピックを
番外編として ご紹介します。

多かったのは

伊能忠敬に関するニュース。

ご存じ 江戸時代に

正確な日本地図を作った人物です。

なかでも 富山県射水市で見つかった
古い書状が話題に。

全国を測量して回っていた
忠敬一行への

「おもてなし」の内容が
書かれていたのです。

例えば 夕食のおかずは 新鮮な鯛に卵。

当時の高級食材です。

宿舎の畳は わざわざ新しく替え…。

測量用紙として
高級な紙を それも150枚プレゼント!

費用は
現在のお金で

およそ50万円も
かかりました。

こんなに おもてなしを張り切ったのは

伊能忠敬の測量が

時の徳川幕府が命じたものだったからと
考えられています。

しかし 忠敬自身は

この接待にも おごることなど
なかったようで

「酒は飲まない」
「朝は早く起きた」と

真面目な姿が記録されています。

さあ 新事実が 続々登場の
歴史ニュース。

第6位は 同点で
2つがランクインしました。

まずは こちら。

神秘の邪馬台国に また一つ 光が!

およそ 1, 800年前
女王・卑弥呼をいただいた 邪馬台国。

国の名は有名ですが
その内実のほとんどが謎です。

それらを解くカギが

中国の歴史書「魏志」の この部分。

「卑弥呼に 銅鏡 百枚を与えた」。

当時 大陸にあった魏の国が
邪馬台国へ贈った鏡が発掘されれば

所在地や その他の謎が
明らかになるのではないか。

実は それらしき鏡は
いくつか見つかっています。

こちらの古墳で出土した

「三角縁神獣鏡」も その一つです。

去年10月 X線分析の結果が発表され

邪馬台国研究に 新たな一石を投じました。

なんと 鏡に含まれる
銀や スズの割合が

古代中国の鏡と…

黒塚古墳のある奈良には

「卑弥呼の墓」とも言われる
箸墓古墳もあります。

…となると 邪馬台国は
奈良に あったのでしょうか。

さすがは 卑弥呼様。

なかなか
答えは 教えてくれないようです。

古代の女王に並ぶ 同点6位は

戦国の魔王!

天下取りの秘密を発掘です。

11月。

織田信長 30歳の時の城
小牧山城の発掘調査で

新たな発見がありました。

この時 発掘されていたのは
山城である小牧山城の頂上辺り。

こちら 何らかの建物というのがある。

柱の礎石と共に
一面に敷き詰められた 丸い石。

「玉石敷」といって 高貴な人物の屋形に
よく 見られるものです。

更に…。

当時 珍重された 「天目茶碗」。

この茶碗を愛用し
山頂の玉石敷の豪邸に住まう人物。

それは 信長自身だった可能性が
極めて高いと考えられています。

実は 信長より昔の山城では

主君と家臣は対等。

住まいの高さも 造りも

同程度であることが しばしばでした。

しかし信長は 自身は山頂
家臣は山の下としました。

自分の屋形は 玉石敷や石垣で
ひときわ立派にし

「上下関係」を
はっきり 形にしたのです。

晩年 信長が築かせた空前の大城郭
安土城も 全く同じ構造でした。

今も こうして出てくるとは
信長の革新性 本当にすごいです。

織田信長のお城に関する発見
いかがでしたか?

そこで ランキング番外編 2つ目。

その信長と因縁の深い
明智光秀にも

去年 発見されたものがありました。

(銃声)

天下統一目前だった信長が見舞われた…

この大事件を引き起こした

家臣の明智光秀は

生まれも
信長に仕えるまでの半生も

ほとんど分かっていません。

室町幕府の名門大名 土岐氏の一族
という説もあれば…。

現在の福井県小浜で
刀鍛冶をしていたという記録も。

しかし 確かな事実は ゼロでした。

ところが 8月。

戦国時代の書物の ある記述が
にわかに注目されます。

「永禄9年のことである」。

書かれたのは 1566年。

光秀が 織田家に仕官する2年前です。

その時 光秀は 既に

近江の城一つを任される
身分だったことになります。

更に 「明智光秀と 本能寺の変の

真相に迫る
発見かもしれない」といいます。

この発見は 日本史最大のミステリーに迫る
カギとなるのでしょうか。

歴史ニュースの奥底には

実に さまざまな可能性が
秘められているようです。

では ランキング発表に戻りましょう。
残りは5つです。

歴史ニュース 第5位は…。

1, 500年以上前の日本

その国際交流が明らかになりました。

奈良県 明日香村に程近い
高取町。

7月 この町の市尾カンデ遺跡の
発掘調査で 大きな発見がありました。

直径30センチほどの穴が
たくさん出土したのです。

穴は 柱の跡と考えられ

その結果 たくさんの柱を
土で覆って壁にする

「大壁建物」があったという結論が
出されました。

そして 発掘現場近くの遺跡からは…。

かまどの煙を流して

床を暖めたと見られる大壁建物も。

これは 古代から 朝鮮半島で用いられた

床下暖房「オンドル」と
よく似ています。

こうしたことから かつて この地には…

大陸からの移住者 「渡来人」。

定住したのは 5世紀後半ごろからと
されていましたが

遺跡は 更に 1世紀は前のもの。

渡来人の歴史を
捉え直す必要があります。

当時の「ヤマト政権」が
早くから 海外の文化に関心を持ち

その吸収に積極的だったことを
うかがわせる発見です。

続いて 第4位です。

「大坂城」といえば 豊臣秀吉のお城
というイメージですが…。

大坂の陣が終わった5年後
豊臣家の大坂城は

徳川幕府によって
完全に 造り替えられます。

この作業を担当した奉行
小堀遠州が

大名の藤堂高虎に送った書状が

見つかりました。

主な内容は 大坂城内につくる
庭についての相談ですが

その中に驚くべき記述が…。

「『御』居城」と丁寧な言い方なので

遠州や高虎より

相当 身分が上の人物が
住むことを

念頭に置いていると
思われます。

相当な身分とは すなわち

幕府を率いる 時の将軍

3代 徳川家光。

あるいは その父で 前将軍・秀忠。

けれども 徳川将軍の居城としては
江戸城がありますが…。

確かに 大坂の陣には勝利しました。

しかし 特に西日本には

敵対したこともある
毛利や島津といった

元 戦国大名たちがいます。

大坂に 将軍OBがいれば

西へ より にらみがきくという構想。
なるほどです。

2018年の大河ドラマは 「西郷どん」。

維新の英雄・西郷隆盛のニュースも
ランキングに入っています。

というわけで 第3位は…。

こんニュースは
おいが ご紹介しもす。

おいのふるさと 薩摩… じゃなか

鳥取県で だ~れも知らんじゃった
おいの手紙が見つかりもした!

新しい手紙の存在を確認したのは
鳥取市の博物館。

発表された 1月

気になる その文面が
専門家や報道陣に公開されました。

その中で注目されたのは
日付。

それは 西郷を中心とした新政府と

徳川慶喜の旧幕府が激突した

「鳥羽・伏見の戦い」の
10日前のものでした。

緊迫する状況下
西郷が 何を書いたのかというと…。

鳥取藩が 新政府に味方するのか
旧幕府につくか 問いただしています。

西郷の属する薩摩藩が

倒幕で連携していた
藩といえば…

長州 土佐 肥前。

鳥取は
なかったようですが…。

兵も武器も どっさい あっとじゃ!

因州鳥取藩32万石は

全国の大名たちの中でも
特に石高の多い家の一つ。

かなりの兵力を有し

銃火器類の近代装備も
充実していました。

ほんのこっは 徳川家の身内ごわした!

藩主の池田慶徳は
実は 徳川慶喜の兄。

同じ水戸徳川家出身でした。

この時期 いずれの藩も

新政府と旧幕府の
どちらにつくか

迷っていました。

そこで
有力な鳥取藩が

徳川に味方すると
決めれば

他の藩も 影響を
受けないわけがありません。

西郷は それを
恐れていました。

(砲声)

手紙から10日後の…

懸念された鳥取藩は

新政府の中軸である
長州藩の部隊と

行動を共にしていました。

更に 鳥取藩と近い…

西郷の手紙は
見事 功を奏しました。

大きな西郷どんが
せっせと書いた手紙が 時代を動かした。

ちょっと 面白いですね。

ランキングも 終わりに近づいてきました。
第2位です。

大坂城とは逆。
家康の城に 秀吉がなんと…。

静岡市の駿府城跡。

徳川家康が築き
晩年の居城でもあった お城です。

6月の発掘では 思わぬ出土品が
多数 発掘されました。

特に目を引いたのは…。

金ぱくが施された瓦。
それも 330枚 出てきました。

家康は 金が好きだった…
わけではなく

別の人物ゆかりのものと
考えられています。

しかも 現存する天守台の下から
別の天守の跡も明らかに。

秀吉の駿府城のものでした。

ずっと家康の城と思われていた
駿府城に いつ秀吉が?

それは 1590年のことです。

豊臣秀吉が

最後の抵抗勢力だった
関東の北条氏を降伏させ

東北も平定し
全国統一を果たしたのが この年。

しかし 秀吉には
まだ 「敵」がいました。

それは
秀吉に次ぐ実力者…

間もなく 家康に

北条氏がいなくなった
関東へ移るよう命じます。

この時 空き家となった駿府城。

秀吉は これを なんと壊させます。

そして…

同じ場所に築き直したのが

秀吉の駿府城でした。

掘り出された金ぱく瓦は

この時 用いられたものと思われます。

きらびやかな城で

油断がならない東国全体を

けん制する ねらいが
あったかもしれません。

しかし 最大の懸念は
やはり家康。

その後
間もなく秀吉が死去。

家康に 反撃の機会が
巡ってきました。

関ヶ原の戦いで

今度は 家康が
天下取りに乗り出します。

その家康が
真っ先に取り組んだのが

再びの駿府築城でした。

秀吉のものを取り払い
前にもまして 巨大な城を築いたのです。

豊臣から徳川へ。

戦乱の時代が 平和へと向かう裏側には

こうした 戦以外の暗闘もあったのです。

それでは ついに第1位の発表です。

研究者の皆さんが 最も注目した
「歴史ニュース」は…

これでした!

およそ1, 600年前に造られた
日本最大の墓…

天皇陵とされていることから
調査は制限されてきました。

しかし 10月。

古墳保全のため

初めて 宮内庁と 地元自治体共同の
調査が行われました。

調査の場所は こちら。

1, 600年もの間 積もり積もった土が
取り除かれました。

現れたのは
おびただしい数の焼き物のかけら。

この場所だけでなく 古墳全体に
並べられていたと推定されている

「円筒埴輪」の破片です。

大山古墳の大きさで計算すると

必要な円筒埴輪の数は
3万本にも及びます。

更に 埴輪の周辺から

大きさのそろった 大量の丸石が
一面に敷かれた状態で出土しました。

現在は 森のように見える大山古墳。

しかし 本来 草木はなく

無数の丸石で覆われていたと
推測されています。

現場に入った
研究者の森岡秀人さんは

この丸石の装飾に
衝撃を受けました。

想像を絶する 労力と費用を
費やしたであろう 大山古墳。

これを造らせることができたのは

恐らく 時のヤマト政権の
「大王」です。

大王は なぜ
自分のいる奈良盆地ではなく

海に近い堺に
超巨大古墳を造らせたのでしょうか。

大王のものとされる古墳は
他にもあります。

調査が進めば 古代日本の 本当の姿に
もっと近づけるにちがいありません。

さて 今回は
NHKネットクラブ会員の皆さんにも

アンケートをお願いしました。

最後は そちらで関心の高かった
「歴史ニュース2018」を

ご覧頂きましょう。

9月 京都国立博物館で開催された

刀剣の展覧会。

改めて 日本刀ブームの白熱ぶりが

注目されました。

そうした中 奈良・春日大社で
いにしえの名刀発見の知らせが…。

見つかったのは 宝物庫の天井裏。

初めは 由来も何も
一切 不明でしたが

刀を研いだ結果

日本刀でも最古の
平安時代のものと判明しました。

刀鍛冶の祖とも言うべき…

「この刀の作者では?」とも
言われています。

まだまだ 「名刀」が どこかで
人知れず眠っているかもしれません。

近代のニュースにも
関心が寄せられています。

広島県では7月 昭和の貴重な写真が
多数 発見されました。

原爆投下前後の広島を撮影した
膨大な量のフィルム。

そこに写っていたのは
傷ついた町の姿。

そして 町に暮らす市民たちの

意外にも力強く
時に明るさも見せる表情でした。

撮影したのは
市内に住んでいたカメラマン。

軍や新聞社などの写真で
伝えられたものとは異なる

当時の町の息遣いが
聞こえてくるようです。

今までとは違う 「ヒロシマの写真」として
話題を呼んでいます。

一つの新事実が
明らかにされる度

すぐ また次の謎が生まれる
歴史ニュース。

今年も
さまざまなニュースが

私たちを
驚かせてくれることでしょう。

♬~


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