アナザーストーリーズ 運命の分岐点「“平成”誕生~新元号決定までの攻防戦~」 密命を受けて準備した官僚が語る真相!さらに…



出典:『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「“平成”誕生~新元号決定までの攻防戦~」』の番組情報(EPGから引用)


アナザーストーリーズ 運命の分岐点「“平成”誕生~新元号決定までの攻防戦~」[字]


昭和天皇の崩御を受け、即日決定したことになっている元号「平成」。密命を受けて準備した官僚が語る真相!さらに直前で情報を入手した記者など、新元号誕生のウラの攻防!


詳細情報

番組内容

昭和64年1月7日に発表された新元号「平成」。その選定作業は、昭和天皇の崩御を受けて始まり、即日決定したことに表向きはなっている、が事実は違う。準備作業ははるか以前から極秘で始められていた!密命を受けた官僚が、たった2人でこなした秘密の作業の真相とは!鉄壁の守りをくぐり抜け、あの2文字をつかんだ記者の作戦!そしてあの記者会見の知られざる舞台裏!新元号誕生のウラの攻防に迫るアナザーストーリー!!

出演者

【司会】松嶋菜々子,【語り】濱田岳




『アナザーストーリーズ 運命の分岐点「“平成”誕生~新元号決定までの攻防戦~」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

アナザーストーリーズ 運命の分岐点「“平成”誕生~新元号決定までの攻防戦~」
  1. 平成
  2. 元号
  3. 発表
  4. 新元号
  5. 的場
  6. 昭和
  7. 仮野
  8. 石附
  9. 小渕官房長官
  10. 河東
  11. 記者
  12. 時間
  13. 準備
  14. 本社
  15. 毎日新聞
  16. スクープ
  17. 確認
  18. 記者会見
  19. 時代
  20. 小渕


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昭和64年1月7日。

「昭和」が終わった。

この日の朝6時33分 昭和天皇崩御。

新しい元号は 「平成」であります。

新元号が発表されたのは

8時間後の午後2時36分だ。

「平成」という元号は

この8時間の間に考案され

決まったということに…

表向きはなっている。

だが 事実は違う。

選定作業は はるか前から進められていた。

誰にも知られないよう ひっそりと。

ところが 発表直前
その機密情報が… 漏れた?

その時 一体何があったのか?

♬~

いよいよ来月
新しい元号が発表されます。

この新しい元号 長い歴史の中で
何番目に当たるか知っていますか?

645年の「大化」から始まって 248番目。

一体どんな名前になるのでしょうか?

今 新たに元号を決める時には
こんなルールがあります。

実は このルールは 平成を決めた30年前に
初めて適用されました。

新元号を決定し
国民に発表するまでは

もちろん 全てが極秘。

それは とても大変な作業でした。

運命の分岐点は

1989年1月7日 午後2時36分。

当時の官房長官 小渕恵三が
新しい元号を発表した瞬間です。

この直前まで 最重要機密として
厚いベールに包まれていた

「平成」の二文字。
しかし

その中身を知っていた者が
実はこの場に 確かにいたのです。

この記者会見の仕掛け人と
スクープを追い続けていた新聞記者

そして

新しい元号を決める作業の責任者だった
この人物です。

第1の視点は…

新しい元号を準備するよう
密命を受けていました。

その作業とは
一体どんなものだったのか?

極秘任務に就いた官僚が明かす

「平成」決定までの
アナザーストーリーです。

新しい元号は 「平成」であります。

新元号「平成」発表記者会見。

ここまでは よく知られている。

しかし このあと…。

小渕官房長官が口を閉ざした…

その全てを知る男がいる。

官房長官の次に登壇した…

水面下で新元号の準備を進めた
キーパーソンだ。

だが この男 一筋縄ではいかない。

口が堅いことでは定評があった。

当時 言われてたの…

で 「平成」が決まったのは

ほんとは いつですか?

もう忘れたな。

それはもう 発表する時に
発表して決まったんですから。

正式にはね もう…

…と とぼけた顔で。

この男は 人知れず何をしていたのか。

的場は 京都大学を卒業後 大蔵省に入局。

中曽根 竹下 両内閣のもとで

内閣内政審議室長となる。

内閣と各省庁にまたがる
重要事項を調整する役目だ。

もう 根回しでね…

それで その辺りと相談をして
落とし所っていうのを考えて

そして野党も 大体これは大丈夫でしょ
っていうことで落とし所 作るんだから。

昭和60年。

「新元号の仕事がある」と
ひそかに知らされたのは

前任者からの引き継ぎの時だったという。

明治以降 皇室典範の定めで
元号を決めるのは 天皇の役割だった。

ところが 敗戦後の昭和22年
新憲法により

天皇の地位は
国の主権者から象徴に変わった。

それに伴い 元号も
法的に存在しないことになったのだ。

以後32年間
「昭和」は慣習として使用されたが

この間に生まれた人は 法的には
「昭和生まれ」とは言えないことになる。

それが変わったのは昭和54年。

新たに元号法が制定されてからだ。

元号は 天皇ではなく
政府が決めるものとなった。

しかし
新元号の準備を命じられた的場には

難しい条件が課せられた。

なぜ言っちゃいかんかっていうと…

左の人も元気がよかったから。

だから その中で誰にも相談できずに
やらなきゃいかんのだからさ。

だから…

天皇が存命の間に 次の元号を考えるなど
不謹慎と言われかねない。

だからこそ 準備は内密なのだが…。

昭和62年
的場が動かざるをえない事態が起きる。

実は 前任者から

3人の学者が考えた新元号案を
ひそかに知らされていたのだが

そのうち2人が相次いで亡くなったのだ。

建て前上 天皇崩御のあとに作る新元号案。

その考案者が先に亡くなっていては
まずい。

急ぎ 新たな候補者を
決めねばならなかった。

だから ものすごく大変ですよ。

配慮することは他にもあった。

学問の塊っちゅうのはね

北海道にも東北にも東京にも名古屋にも
関西にも九州にもあるじゃないですか。

そうすると そういうものに照らして

学者仲間がどう思ってるかということも
忖度しないと困るんですよ。

的場は
苦労の末に選んだ考案者から

極秘で元号案を受け取った場所を
教えてくれた。

(的場)久しぶりだ。 ああ…。

懐かしいな。

密会の相手は 東大名誉教授で…

彼が考えた案こそ 「平成」だった。

平成っていうのを見た時に
ああ もう これだなと思ったもん。

平成っていうのは 字見たら
平らに成るんだから

天と地にね
平和が来るんだというのが

分かるじゃないですか。

元号は これまで
中国の古典から引用されてきた。

「平成」には2つの出典がある。

この二文字には
「天地内外ともに

平和が達成される」
という願いが込められた。

的場は 「平成」の考案者を
かたくなに明かさなかったが

平成27年
初めて 山本達郎であると公表した。

今では 他の元号案も明らかになった。

中国文学の 目加田 誠は 「修文」

中国哲学の宇野精一は 「正化」。

この3つを正式候補にするまでに

的場は気が遠くなるような
事前チェックを行った。

それは 政府が定めた6つの条件。

日本は もちろん

過去に元号を使用していた
中国 韓国 ベトナムの史料も精査した。

そして この条件。

俗用されてないっていうことは
どういうことかっていうと

要するに…

特に 焼き肉屋さんと中華料理店には
ない方がいいなと思ってた。

機密保持のため
作業は たった2名で行った。

商標だけでも 500万。

地名や会社名なども
しらみつぶしにチェックする。

パソコンなど ない時代
全ては手作業だった。

時には 地方まで資料を求め 出向いた。

(アナウンサー)発表があったようですが
どういう状況でしょうか?

夕方 若干の下血
つまり腸を通って下に出血する

若干の下血があった
という発表が ただいまありました。

的場は 運命の日を覚悟した。

笑いや歌や祭りなどを自粛する空気が
世の中を覆い尽くした。

同時に 新元号のスクープを狙う
記者たちの取材合戦が過熱。

的場にも 番記者が張り付いた。

事実上の番記者で
へばりついて離れない人たちができた。

あなた ほんとに親戚ですか?
っていうのでね

いやまあ 家族にも迷惑かけましたよ。

相当な被害ですよ 僕らにとっては。

「ブリキのパンツ」と揶揄されても
的場は秘密を守り通した。

そして…。

天皇陛下には 本日午前6時33分

皇居において崩御されました。

誠に哀痛の情に堪えません。

国民と共に
心からご冥福をお祈りいたします。

この瞬間から
新元号選定は一気に動きだす。

的場によれば 3人の間では

あうんの呼吸で 「平成でいく」
という合意ができていたという。

当日は全てが分刻み。

新元号の発表は 崩御から7時間

臨時閣議決定後と予定されていた。

それまでに
有識者や閣僚などと会議を行い

3つの案から絞り込む作業を
済まさねばならない。

いたずらに議論が紛糾すると
収拾のつかない事態になる。

的場は一計を案じた。

どちらかっていうと…

的場は 全ての会議で 「修文と正化は

頭文字がSになり 昭和とかぶる。

平成のHが すわりがよいでしょう」

と説明した。

それは まあ あれだな たまたま…

午後1時3分 民間の有識者による懇談会。

出席者たちには厳重な箝口令が敷かれ
トイレに立つのも監視された。

そして 臨時閣議で最終決定され
的場は ついに新元号発表にこぎつけた。

新しい元号は 「平成」であります。

あとは 記者たちの質問に
答えるだけだった。

緊張して臨んだが…。

記者たちは去っていく。

新聞記者の皆さんからね
いろんなこと言われるのかなと思って

覚悟のほどを決めてたの
ここが一番強敵だと思ってたから。

そしたら みんな 見た瞬間にワーッと
半分ぐらい いなくなったから

いやぁ これはあれだなと…。

出典が… いい意味がたくさんある方が
そりゃ いい元号になりますから。

ほとんど 私は 説明みたいな説明を
する必要がなかったっていう記憶しか

残ってないんですよ。

ああ こういうものかと。

日本中が テレビを通して
新元号「平成」を知った歴史的な日。

3年半の極秘任務から
解放された的場は…。

まず家内に言われたのは

ここに絶えず ここに… シワ寄せてね

あれが シワ寄せなくなったわね
っていう話と

それから 翌日から会う人たちに 人相が
柔らかくなったって言われた ほんとに。

もともとね 要するに 割合にハンサムだ
って言われることが多かったんだけどね

なんか厳しい顔して
怖い顔してるからね

お前 なんか世の中に不満があるのか
みたいな顔してたけども

よくなったぞってね。 ハハハハッ!

だが発表後 まさかのことが…。

平成村があったのだ。

そうですかって…。

平成が使われていないか
大字までは調べたが

小字に その字があったのは
気付かなかった。

この村は 「平成」の始まりとともに
一躍有名になった。

重圧がかかる中
ついに秘密を知られることなく

新しい元号の発表に こぎつけた
官僚たち。

しかし この時
実は 鉄壁の守りをかいくぐり

平成の二文字に たどりついていた
新聞記者がいます。

これは あの日の各社の夕刊。

ほぼ同じ内容を伝えていますが
違う所が1つ。

他の全てが4版なのに
この新聞だけは3版。

これは僅かに早く紙面を刷り上げたことを
意味するそうです。

その新聞社とは 毎日新聞でした。

でも 一体どうして?

第2の視点は…

ある因縁で 昭和が終わる はるか以前から
元号に注目していました。

極秘のベールに包まれた元号を探れ。

スクープに誇りをかけた記者の
アナザーストーリーです。

東京・永田町。

その男は この街で
記者人生のほとんどの時間を過ごした。

ここが記者会館 国会記者会館。

で ここは 新聞 テレビの全ての会社が
一部屋ずつ持ってまして

国会に行ったり 官邸…
あっちが官邸ですけど

例えば 政治家と約束して
時間を調整するとか

そういう時に ここで 「控え室」と呼んで
ここで休んだり原稿を書いたり

本社と連絡とったり
というような機能がありましたね。

30年前 他の新聞社よりも早く
「平成」を突き止めたという。

本社に知らしたあと それとなく
他の社の動きを見ることができるわけで

こうして見たんだけど…

すぐ分かったね。
空気で分かるからね そういうのは。

なぜ 毎日新聞が他紙に先駆け
「平成」を取ったと言えるのか?

毎日には やらねばならない理由があった。

話は明治の終わりに遡る。

この時 新元号が「大正」だと
スクープしたのは 朝日新聞。

毎日の前身 東京日日新聞は苦杯をなめた。

その15年後。

今度は
日日が次の元号を入手。

「新元号は光文」と号外で報じた。

ところが…。

数時間後 正式に発表された元号は
「昭和」だった。

情報が漏れたため 急きょ 宮内省が
「昭和」に変更したという話もあるが

真相は明らかになっていない。

世に「光文事件」と呼ばれた この大誤報で
日日は 編集主幹が辞職に追い込まれた。

それは毎日新聞の悲願であり

プレッシャーでもあった。

だから 毎日新聞にとってみると
2連敗してるわけですよ。

3連敗は許されないだろうなと。

何とか取り返したい。

もし それができれば 毎日新聞みんな
元気になるんじゃないかっていう思いも

私自身も含めてね 考えましたですね。

仮野は そもそも元号に縁があった。

33歳の時に すっぱ抜いたスクープ。

元号法制定までの水面下の動きを
次々に報じ

「元号専門記者」の異名をとった。

そして 昭和天皇の闘病が告げられた
昭和63年9月

官邸キャップに就任した。

当時 もう既に昭和天皇は 病気されたり

健康面で
不安視され始めてた時期ですし

当然 その時
亡くなる日は来るわけですからね…

元号っていうのは平均すると
明治 大正 昭和…

40年間に一度しかないことを取材できる。

…と思って 引き受けましたね。

ただし これで失敗したら

つまり 他社に抜かれたり

あるいは 新たな元号報道で
誤報をおかしたりすれば

首だなと思ってましたから。

もちろん 他社も
新元号への探りを入れ始める。

政治家 官僚 考案者とおぼしき学者
あらゆる人物に張り付いた。

この時 奇抜な手段をとったのは
朝日新聞。

中国の古典から 選ばれそうな漢字を
二文字ずつ組み合わせて

およそ100個の元号案を作った。

これを小渕官房長官ら関係者に当て
反応を探ったのだ。

これは それから ずっとあとに

小渕さんが外務大臣時代かな
小渕さんと2人だった時に

あのとき「平成」が入ってたんだそうですね
そうだよって。

朝日の記者は 口で言わなくてもいいから
指さしてくれって言われたんだけどって。

それはできない。

そこで… だけども
「平成」があったもんだからな

「平成」の字に目が行かないように
キョロキョロしてたって言ってましたな。

そして 各社がこぞって
ターゲットにしたのは…

だが 恐ろしいひと言を返された。

的場さんを追いかけてた記者たちが

追いかけてたら 官邸内で
歩きながら いろいろ聞いてたら

的場さんが足を止めて
「毎日さんなら分かるだろうけど…」

この光文事件
当然 彼らも知ってますから。

下手にスクープすると元号を替える。

冗談とは言い切れない。

更に 痛恨の事件が起こる。

英字新聞の毎日デイリーが あろうことか
天皇崩御という誤報を出した。

他紙からは

「毎日の大ポカ」と
たたかれた。

やっぱり一番ショックだったのは
これで何となく

僕らは とにかく元号を抜くぞって
燃えてる中で

一種 水を差されたような感じがしたね。

信用を取り戻したい仮野たちは
一つの極秘資料に目を付けた。

記事にしないことを条件に

政府が ひそかに配布した
Xデー当日のスケジュール表。

その時 仮野が書き込んだメモ書き。

どの時点で新元号が確定されるか
血眼で探した。

正式決定されるのは 臨時閣議だった。

だが 事実上 1つに絞られるのは
その前の全閣僚会議のはずだ。

狙いは ここだ。

ここで情報を取れば
もう新元号は変わらないだろう。

だが どうすれば情報を取れるのか…。

一人の部下が 仮野に作戦を提案した。

今回 仮野は その記者の名を
匿名にする条件で 作戦の内容を明かした。

「キャップ こういう方法は
どうでしょうか?」って

言ってきたんですよ。

こういう人から取れる気がすると。

部下のA記者は
ある人物に目星を付けていた。

その人物を口説く作戦に 仮野もかけた。

ある時 「今日 キャップ
その人の奥さんが誕生日で

かなり広く誕生会みたいなものをやる
ということになって

呼ばれたんです」って言うから
「おお そうか。 それはいいことだ。

じゃあね 奥さんに
花束を持っていきなさい。

金は僕が出す」って言って。

そうこうしてるうちに
協力してもらえそうな空気が漂い始めた。

仮野たちは この人物を
ウォーターゲート事件の情報源に倣って

ディープ・スロートと呼んだ。

そして 1月7日。 運命の日。

天皇陛下におかせられましては
本日 午前6時33分

吹上御所において
崩御あらせられました。

お亡くなりになりましたという
発表がありました。

予定では 崩御の7時間後
臨時閣議終了後に新元号が発表される。

勝負は その直前の全閣僚会議。

仮野は A記者からの連絡を待ち続けた。

正式発表の35分前だった…。

これぐらいの小さな紙片でしたけど
鉛筆書きで「平成」と漢字だけでした。

これ受け取って 「お~ なるほど。

あの 例のディープ・スロートからか?」
って聞いたら 「そうです」って。

すぐに聞いて 本社に連絡して
「取れたぞ」と。

「平成で 平和の平に 成田空港の成だ」って
口頭で伝えた 「平成だ」。

仮野は本社に
すぐ号外を出してくれと頼んだ。

しかし 編集局長からは
「情報は確かか? 裏を取れ!」との指示。

そんなことを言われても
確認などできるはずもない。

僕も悩んだんだよ。

ちょうどそこに 官房長官番や副長官番
A記者などがいたので

「おい 本社が確認取れと言ってるんだ」と。

そしたら 一人が動き始めて

「じゃ 確認に行ってきます」って
行き始めたんだよ。

だけど 俺はもう取らないと。

それよりも A記者を俺が信用してない
ってことになるじゃないか。

俺は信用してる。

すぐ3人を呼び止めて
「今の取り消し!」って言ってさ…

仮野は 確認はしないと 本社に告げた。

「おい 確認どうなった?」。

「いや 仮野君は確認は取らない
取ると替えられますと言ってる」。

…っていうようなことを
説明してくれたらしいんだけど

編集局長は 「間違えたらどうするんだ」。

毎日新聞は とんでもないことになると。

その時は…

そしたら
「君一人の首で済むか」と言われて。

それで そうこうしてるうちに
どんどん どんどん時間がたつんだよね。

新しい元号は 「平成」であります。

やったと思ってました ほんとに。
ほんとにやった。

ただし それまでの間は震えたね。

まあ 体じゅうが震えたね。

他の連中に気付かれないように

貧乏揺すりを わざとしてたけど
まあ 震えた震えた。

結局 本社は号外を出さなかった。

だが 「平成」の二文字を入れた記事を
準備しておき

発表と同時に輪転機を回し始めた。

これが 毎日新聞だけが
3版で印刷できた理由だ。

35分前に取ったっていうことに対して

何だ たった35分前に取って
どんな意味があるんだと

今の若い人たちは言います。

そんなの どうせ
あとで分かる話だからとかね。

だけど…

やはり 国民が知りたいことを
できるだけ早く国民に知らせてあげる。

それに早く応えることが
ジャーナリストの使命だと

僕は思ってます。

こうして仮野たちのスクープ合戦は
幕を閉じた。

この小さな数字が
彼らの誇りを物語っている。

さまざまな人の思惑が絡み合い
ようやく迎えた新元号発表の記者会見。

ところが この会見の準備が大変でした。

元号決定から発表までに
あの平成と書かれた「書」などを

完璧に準備しなければいけないのです。

国民に向けてテレビの生中継で発表される
新元号は 史上初の試み。

この歴史的会見を
どうやって印象的なものにするか

知恵を絞り抜いた人物がいました。

第3の視点は…

絶対にミスが許されない緊張の舞台裏とは
一体どんなものだったのか?

あの会見の裏にあった
知られざるアナザーストーリーです。

「総理大臣官邸で 新しい元号について
小渕官房長官が記者会見を行います」。

小渕官房長官に
平成の書が入った額を渡す…

この会見直前。

彼が最後の最後まで粘っていたことは…。

一番の心配は…

(取材者)
リハーサルっていうのは どういうことを
やったんですか? 小渕さんとの。

額は 要するに こう置きますよと。
これ 上下ね。

これだけだと動かないんですよ。

これよりも こうやった方が
人の目線が集まりますからね 注目度。

しかも こっちだけやってると
文句言いますよ こっちの人はね。

ああ こっちの人はね。
「見えない」っつって。

だから こうやって…。

(取材者)
これを 直前に練習されたんですか?
ああ。

リハーサルの成果は…?

「新しい元号は 平成と決まりました。

平和の平 成功の成 平成です」。

小渕官房長官の黒子として
いつも その傍らにいた秘書官 石附。

彼のミッションは
新時代の始まりを告げる

元号発表の記者会見を
完璧に仕上げることだった。

小渕官房長官に仕えて
10か月後に それは起こった。

この日から石附は およそ100日間にわたる
緊張の日々を過ごすことになる。

とにかく内閣として政府として
ある意味では 非常に…。

石附は 小渕と共に
刻々と変わる事態に対処し続けた。

やっぱり元号を ご発表というね

そこが…

トンネルを 長~いトンネルをね。

それで 最後の雪景色がね
トンネルを出て

これが 実は元号
新しい時代のね 新世界というか。

そこで一段落。 そこまで
どうやって持っていくかっていうね。

その後 更に 200ccの輸血を行った。
更に血小板輸血も行った。

なお夕方 若干の下血があったと。
これが発表です。

この裏で政府は

天皇崩御から新元号発表までの段取りを
ひそかに決めた。

新元号の文字は 紙に筆で書く。

それを 小渕官房長官が
テレビを通じて発表する。

そこで黒子としては…

私は別に
映像専門家ではありませんので…

記者会見場で
皆さんに見てもらうっていうね。

分かるように。
可視化ですかね 今で言う言葉で言えば。

手元でこう置く場合もあれば
大きさもあるし。

で こう 斜めにして
動かすのかどうかみたいな。

元号は 時代を象徴するもの。

何一つ文句のない形で出したい。

そのために あらゆる手段を使った。

スクープ合戦のさなか
石附にも番記者がついた。

ここの部屋ですよね。

なんと 自宅に番記者の部屋を用意。

ちょうど娘が受験でね
大変だったんだけど…

で 当初は上にガラスをね… とか
アクリルで上から押さえれば 固定すると。

「何で?」って こう聞いたら

180度で… 要するに このライトですね。

ってことは ガラスとか光るもの
アクリル 使えないわけですよね。

新元号を入れた額からガラスを外す。

番記者たちからの知恵だった。

人選は総理府人事課長に一任された。

そうすると 中にいる人で
そういうことができる人っていったら

辞令ですよね 内閣総理大臣に命ずるとか
そういうお仕事されてる書家。

まあ そういうことで選ばれたんだと
私は思いますけどもね。

白羽の矢が立ったのは…

内閣の辞令などを書く役職で
書家でもあった。

この地下倉庫に 河東が書いた平成の書が
厳重に保存されている。

いやいやいや ご無沙汰しております。

あの時 大役を命ぜられた河東。

(河東)これ レプリカだね。
これは その大きさですよ。

(石附)確かA3の大きさになるのかな。

まあ 墨書して… 墨で書いて発表する
ということを言われた。

…については お前書けということを
人事課長から言われて。

ただ 額も何も届いてませんでしたから

その時は別に
私が書かせて頂きます ということで。

そのあとで 額が届いてからですね。

ちょっと中途半端な
大きさだったものですから

どの紙を どうしようかと。
(石附)なるほど。

そうすると これを書いた奉書紙という
紙しかなかったんですね。

用いられたのは 越前和紙と呼ばれる
最高級の奉書紙。

だが 墨で書くと
文字が かすれやすかった。

奉書紙という紙は 普通に こういうふうに
文字を書く紙とは違うんですね。

厚くて 吸い取り紙のようで。

紙に慣れるまではね
ちょっと時間がかかりました。

墨をたっぷりつけてあっても ちょっと
筆が速くなると かすれちゃうのでね。

もう ゆったり書くしかないんです。
それがよかったかな。

(石附)なるほど。

河東は 奉書紙を家に持ち帰り
日々 練習を繰り返し その日に備えた。

そして 1月7日。

私はあの日はね 確か 朝一番の電車で。

電話が入って 発表までは
だいぶ時間ありましたけども

ともかく すぐ出てこいと。

崩御とか そういう話は一切なしに…

で 役所に着いたら…

河東が待機していたのは

官邸向かいにある
内閣内政審議室の会議室。

周りで慌ただしく資料準備が行われる中で
書くことになった。

元号の候補が3つあるというふうに
あのころ言われてましたよね。

だから 3つの候補を見せてもらえるん
じゃないかと思ってたんですよ。

まだ決まってないけども
これのうちのどれかだと。

そしたら その3つをまず書いて

一枚 予備に置いといて
決まったら もう一枚書こうと。

だが 事前には一切知らされず
いきなり本番で書かねばならなかった。

そして 午後2時18分 臨時閣議終了後。

(河東)平成に決まりましたと
メモに「平成」ってもらって。

何時発表ですから
何時までに書いてくれとか

そういったことは一切なかったですね。

だから 緊張はしてましたけど
焦るようなことは 全くなかったです。

もっとも私が書かなかったら
発表にならないんですからね。

いや そこが名人なんだ。
いやいや…。

河東は この文字を4枚書いた。

何で4枚かというと

1枚書いて すぐ渡しても
別に構わないわけですよね。

そうじゃなくて しっかり4枚書いて
で 最後の1枚を発表に使って頂こうと。

4枚並べてね どれがいいかって
選んだわけでも何でもなくて

最初から 4枚目をお渡ししようと。

気になるのは 残った3枚
どうされたんですか?

あれは こう 折ってしまいましたので
3枚とも。

で さっき言いましたように
まだ ぬれてますからね

恐らく 確認はしなかったですけど
もう汚れちゃってると思う。

ですから これ1枚しかない。
(石附)そういうことですよね。

「平成」の書は 箱に入れて風呂敷で包まれ
直ちに 官邸の石附に届けられた。

(石附)この結び目が えらい固くてね。

もうほんとに秒刻みでの行事の中で

内政から届いた風呂敷包みが
なかなか固いんですよ 結び目が。

あれね 私が渡した係員がね
ギュッとやったらしいですね。

私は あの~
包むまでやらなかったですから。

額に入れて渡して。

それで とにかく ほどいて。

一番怖かったのは 官房長官が

会見台ってありますけど そこに置かれて
で こう見せて 発表するという。

全部 裏で…
誰も見てないわけですね。

だから これ 逆さまに映っちゃったら
大変なことになりますよね。

それで リハーサルをやったんですね。

それが やっぱり一つの黒子としてのね
見えないけど 案外重要なところかな。

書を受け取った小渕官房長官は

石附のリハーサルどおり

無事に発表を終えた。

今でも鮮明に覚えてるのが
額を開けた時に墨の香りがね 元号のね。

ほんと生乾きのような
高雅なっていうのかな。

墨の香りしましたね。

あの記者会見 あまりに新鮮に
人々の記憶に刻まれたおかげで

割を食った人もいたらしい…。

竹下先生はね どういうふうに
言っておられたかっていうと

「あのな 的場ちゃんよ

小渕ちゃんと2人でな
街歩いてたら 向こうからな

『平成おじさん』がいる
っていうんでね

俺の方に来るのかと思ったら

みんな小渕ちゃんの方に
行っちゃうんだよな」と。

「やっぱり総理が
記者会見で これやられた方が

よかったのかもしれません。

気が付かなくて申し訳ありませんでした」
って謝ったの。

あのあと随分 あの
小渕長官の発表の映像が流れて

最近でも よく流れてますけど

やっぱり 平成の時代の始まりを

象徴するものに
なったんじゃないかなっていう。

30年たっても そういうね
ことであるということを

私は もし天国行ったら
小渕長官にね ご報告したいですね。

国の内外ともに
平和で穏やかであってほしい。

「平成」は その願いのとおり
日本に戦争のない時代となりました。

さまざまな事件はありましたね。

ヒーローの活躍。

大きな地震や災害。

苦難も数多くあった一方で それを
乗り越える新たな希望も生まれました。

その向こうに
次の新しい時代が見えています。

ここに今 人気の商品がある。

「平成」のファイルだ。

昨年3月に発売されて以来
2万枚を売り上げる大ヒットとなった。

あっ これに 河東先生のサインが
入ってれば より… 倍で売れる。

5枚買いますね。
ちょっと孫から頼まれて。

はい。

(歓声)

平成の終わりは 次の元号についても

気軽に話せる空気が生まれた。

皆さんは 新元号 何になると思いますか?

そこに どんな願いを込めますか?


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