アナザーストーリーズ 決断 史上初の強行突入~全日空857便ハイジャック事件 地下鉄サリン事件の3か月後、北海道・函館で…



出典:『アナザーストーリーズ▽決断 史上初の強行突入~全日空857便ハイジャック事件』の番組情報(EPGから引用)


アナザーストーリーズ▽決断 史上初の強行突入~全日空857便ハイジャック事件[字]


地下鉄サリン事件の3か月後、北海道・函館で史上類を見ないハイジャックが発生!正体不明の犯人、推定される武器サリン。特殊部隊が史上初の強行突入、知られざる攻防戦。


詳細情報

番組内容

あの地下鉄サリン事件が起きた3か月後、北海道・函館で史上類を見ないハイジャック事件が発生!犯人は正体不明、推定される武器はプラスチック爆弾とサリン。その時警察は、それまで存在自体を極秘としてきた特殊部隊を初めて強行突入させることを決断する。決断の決め手は、機内からの不思議な通報、そして乗客たちの勇気ある行動!警察内部で下された重大な決断とは?およそ16時間に及んだ籠城戦の知られざる舞台裏。

出演者

【司会】松嶋菜々子,【語り】濱田岳





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あの「地下鉄サリン事件」の3か月後。

北海道・函館では
凶悪なハイジャック事件が起きていた。

推定された武器は…

そして 毒ガス…

籠城戦は 16時間に及ぶ。

その時 カメラに映らない機体の陰で

一体 何が起きたのか?

知られざる 攻防戦の内幕。

♬~

ハイジャック。

乗客の命を盾にした卑劣な犯行は

その度に
日本中を震撼させてきました。

犯人の要求に屈したことで
世界から非難を浴びた ダッカ事件や

逃亡を許した よど号事件。

その中で 今回注目するハイジャックは

もしかして 皆さんの記憶に
残っていないかもしれません。

なぜなら いとも簡単に犯人が逮捕され
事件が収束したように見えたからです。

しかし この事件の裏には
日本の警察が初めて機内に

強行突入するという
歴史的決断がありました。

これは
その瞬間を捉えた貴重な写真。

外からは開かないはずの扉を開き
警官隊は三方から突入した。

しかし 一体どうやって?

突入直前の様子を捉えた
貴重な映像が残っている。

当時 開発中の高感度カメラが
暗闇での動きを捉えたものだ。

実は この作戦には

当時
その存在自体が極秘とされた部隊が

ひそかに投入されていた。

運命の分岐点は…

ハイジャック犯に対して 日本で初めての
強行突入が行われた瞬間です。

切り札となったのは 極秘の部隊。

実は その特殊部隊を よく知る男が

偶然にも この時
北海道にいたことが

解決への伏線となりました。

その男 北海道警察本部長だった
伊達興治が第1の視点。

彼は自らの責任で 強行突入を決断します。

絶対に失敗が許されない非常事態。

重い決断を下した男の
アナザーストーリーです。

その男は
勇猛な警察官のイメージとは程遠い。

♬~

趣味は 真空管アンプで聴く音楽鑑賞。

伊達は 警察庁に入庁後
警視庁などを経て

北海道警トップに着任した警察官僚。

凶悪事件と最前線で対峙した経験は
ほとんどなかった。

定年まで4年。

平和に終わるはずだった
警察人生の終わりに

突如 降りかかったのが あの事件だった。

1995年は

底知れぬ不安が
日本に広がった年だった。

オウム真理教が
地下鉄にサリンを ばらまき

罪のない人々の命が奪われた。

その10日後には
警察トップが何者かに狙撃され

瀕死の重傷を負うも 犯人は捕らえられず。

いつ誰が 何を たくらむのか

もはや 想像もつかない時代。

不気味な闇に 誰もが震撼する中

あの事件は静かに起きていた。

全日空857便 羽田発 函館行き。

ビジネス客や旅行客など
360人余りが乗っていた。

熊本から やって来た 田島敏徳。

職業は オートレーサー。

結婚5周年の記念に
初めて計画した遠出の家族旅行だった。

(田島)函館の夜景と 五稜郭を見たくて

函館から札幌まで行く旅行を
組んだんです。

「キツネも見たいね」とか言ってね。
ああ キツネね。 キタキツネね。

遠出は それが初めてじゃないですかね。

下の子が まだ ちゃんと
歩けるようになってからと思ってたんで。

そして この人も。

「ようこそ」と言っていいんだか。

歌手の加藤登紀子と
バックバンドのメンバーなど 計8人。

特別に思い入れのある
北海道ツアーが待っていた。

(加藤)私の30周年のコンサートに
あたっていて

もう 全国あちこち
ツアーをしていたんですけど

結構 メンバー編成の大きい
ツアーだったんですね。

それは離陸から
30分ほど たった頃だった。

で 「ええ?」と思って。

これは 857便が地上と やり取りした…

ハイジャックの一報が記録されたのは…

それは すぐさま全国の警察や
マスコミに伝えられた。

日本では 16年ぶりのハイジャック。

それは これまで発生したものとは
全く異なるものだった。

ハイジャックを知らせた6分後
衝撃の情報を伝えてきた。

「麻原容疑者を乗せた車が
動きだしました」。

伊達の脳裏を よぎったのは

ひとつき前に逮捕された
教祖 麻原の奪還。

(伊達)麻原彰晃が…
身柄を捕らえたんで。

オウムは
化学兵器を製造する設備を持ち

目的のためには無差別殺人すら
いとわない 反社会集団。

彼らがジャンボ機を
人質に とったとすれば

何が起きうるか?

その想像は 伊達を戦慄させた。

「今 函館空港から

中継の映像が入ってきました」。

「今 着陸を… しました」。

「函館空港に ハイジャックされた
全日空の857便が今 着陸しました」。

果たして犯人は何人いて
何を所持しているのか?

行き先は 東京・羽田。

機長のアナウンスに 乗客たちは…。

もし この巨大な機体を

360人余りの人質とともに離陸させれば

すさまじい凶器を
犯人に与えることになる。

警察は ある作戦をとる。

「あっ 今 車…
1台の車が近づいています。

今 ハイジャック犯の要求に
従ったんでしょうか。

燃料の給油車と思われる車が
後ろを回り込むようにして

この857便の すぐそばに
今 止まったところです」。

だが 映像を よく見てほしい。

給油車は 何もしていない。

トラブルを装って 時間を引き延ばし

犯人と会話する機会を探るのが
警察の ねらいだった。

1970年代 日本でも
ハイジャックが多発したことから

警察は対策を練ってきた。

だが この訓練映像を
見てほしい。

重視しているのが

犯人との直接交渉
であることが分かる。

犯人と直接
会話することで

外からは うかがえない
機内の様子を探る。

そして 差し入れなどを口実に
ドアを開けさせ…。

取り押さえるのが 常套手段だった。

しかし…。

犯人は 巧妙な手を打っていた。

要求は全て客室乗務員に伝え
それをコックピットの機長へ。

更に機長から 無線を通じて
航空会社と警察に伝わるという

伝言ゲームのような交渉。

これでは 機内の状況はおろか

犯人の手がかりとなる肉声すら
つかめない。

航空機のドアは外から開かないため

機内に侵入するとすれば
コックピットからしかないが

犯人の武器も分からない中
近づくのは危険すぎた。

ハイジャック事件が起きまして
既に5時間余りが たっております。

犯人からは プラスチック爆弾の
タイマーを進めるとの脅しが

再三 入ってくる。

だが 5時13分 不思議なことが起きる。

機内の様子を伝える 110番通報。

決死の覚悟で電話したのは

加藤登紀子のバックバンドのリーダー…

乗客は犯人によって
テープで目隠しをされていた。

だが 閉じ込められて5時間
汗でテープが剥がれ始めていた。

これもね どんどん取れてくるんですよ。

あの もう汗で
くっつかなくなってくるので。

僕の席からすると 前の方は
こうやって見えたわけですよ。

どうも犯人は その列の一番前の方に
見え隠れしてたんです。

それはもう 助かりたい一心なので
中の情報を伝えるということしかないと。

1つでも2つでも何でもいいから
小さなことでも伝えようと思ってました。

乗客たちは目隠しをされながらも

目の下の僅かな隙間から見える
犯人の足元を観察した。

そして その情報を小声で共有し合った。

服装の違う人物が
何度か見回りに来たが

いつも同じ靴を履いていることに
気付いたのは 加藤だ。

複数に見えるが…

実は 単独犯の可能性がある。

告井は マネージャーの女性が

当時まだ珍しい携帯電話を
持っていることを思い出し

貸してくれと頼む。

分かったけど 怖いから。

犯人が どこにいるか分からないので

僕に携帯電話を渡せないわけですよ
彼女も。

やっぱり意を決するまで
時間かかるので。

それから何分かかったんだろう
10分以上… かかったと思います。

だいぶ かかったと思いますよ。

告井は
新聞紙に包んだ携帯電話を受け取り

トイレから 110番
単独犯の可能性を伝えた。

その情報を受け取った伊達。

犯人の人数を断定するには
至らないものの

はっきり
感じたことがあった。

夕方の時点で 伊達は最前線の函館に移り
指揮を執った。

この場で伊達は
ある秘密の応援部隊と接触している。

彼らの所属は…

その本当の顔を知る者は

当時 警察の中にも
ほとんどいなかった。

1970年代

ハイジャック犯から
収監中の人物の釈放を要求された時

日本政府は それをのみ
海外から非難を浴びた。

その反省から
凶悪テロに備えた特殊部隊が

ひそかに作られていた。

それが この第六機動隊に所属する

通称 「SAT」。

その任務は 海外の特殊部隊同様

機関銃などの重火器を駆使する
強力なもの。

機体のドアも 特殊な技術で こじあける。

だが 強力すぎる装備は国民を
刺激しかねないとして

その存在は ここまで
一切極秘とされてきた。

伊達は 警視庁時代に
その部署の上官を務めた数少ない人間。

そのため警察上層部から

史上初めての SAT投入も視野に入れるよう
打診されていた。

ただし…

もし犯人と銃撃戦になれば
乗客が犠牲になるおそれがある。

まして犯人が サリンを使用すれば…

史上最悪レベルの惨事になる。

事件発生から
7時間が経過。

そして 夜9時過ぎ

犯人の返答が
いらだちを増し始める。

1階席にいた田島。

子供の様子が気がかりだった。

もう かなり ぐったりしてきたんで
抱いてて。

「これ ちょっと やばくねえか」
とは思いました。

苦しかったんでしょうね 息子はね。

子供は まだ2歳
今からでしょう これからなのに

かわいそうなことしたなって
思いました その時。

だから 子供だけどうにかって
思いだけです。

自分は死んでもいいから。
ね。

追い詰められた伊達に
ある情報が飛び込んだのは

夜11時が近づいた頃。

それは テレビからだった。

「今夜10時35分

同じように スチュワーデスに
メッセージを伝えさせる形で

6回目の電話を かけてきました。

この中で男は
オウムの信者とも名乗っていないし

自分の名前も名乗っていない
などと伝えて

乗客の様子を尋ねると 電話は一方的に
切られたということであります」。

なんと犯人から 東京・渋谷のNHKに
電話が入り

「自分はオウム信者とは言っていない」
と伝えてきたというのだ。

ハイジャック機の客室乗務員からという

にわかには信じがたい
電話を取ったのは…

そして もちろん それ以上に驚いたのが
電話の中身だった。

事件発生当時 犯人から伝えられた
「オウムの尊師のため」という言葉。

一体 何が犯人の ねらいなのか?

もちろん 犯人の言葉を
真に受けていいかは分からない。

全ては伊達の判断に委ねられた。

深夜0時半。

伊達は幹部を集め 方針を伝えた。

犯人は
オウムを かたった 単独犯と思われる。

極秘で来ている
警視庁・特殊部隊の応援を頼み

強行突入を行う。

そのさなか 機内から
衝撃の情報が飛び込んだ。

この先 どんな犠牲が待ち受けるのか?

苦渋に満ちた 決断だった。

こうして 日本で初めての
強行突入が決断されました。

けれど 本当に大変なのは ここからです。

第2の視点は 突入の最前線にいた男。

北海道警察本部 捜査第1課…

急きょ集められた即席の部隊で
命懸けの作戦を決行することになります。

その時 目にした 仲間たちの決意とは?

人命救助に命を ささげた男の
アナザーストーリーです。

北海道 札幌市の住宅街。

川尻は 14年前に警察を退官。

今は妻と2人
静かに暮らしている。

24年前の あの日
突入前の夫からの電話を

チカ子は よく覚えている。

函館行くっていうのは聞いてたけど

「頼むな」って言った時は 「分かったよ」。

(取材者)それだけですか?
それだけ。

うちは 刑事1課にいる以上は
いつ非常招集かかるか分からないから

うん だから 心配とかじゃなく…。

どうしようとは思わなかった。

実は あの時 川尻たちは作戦の詳細も

特殊部隊の応援があることも
知らないまま

覚悟を決めざるをえなかったという。

「むちゃ」 その意味とは?

あの日 札幌の北海道警本部から
派遣された川尻は

午後5時ごろ 函館空港に入った。

たたき上げで 刑事一筋22年。

犯人を説得する腕を買われ

これまで誘拐や
立てこもり事件を担当してきた。

だが相手は…

説得の機会など ありそうにもなかった。

しかし いてもたってもいられない。

川尻は 犯人の動きを観察した。

そして ある疑念を抱く。

ハイジャックから5時間。

なぜ犯人は 武器が本物である証拠を
示そうとしないのか?

実は あの時
同じ直感を抱いた現場の刑事は多い。

地元函館の捜査課長として
空港に詰めていた

佐藤直義も オウム信者だという
犯人の主張を いぶかった。

だが もちろん 命令がなければ動けない。

じりじりしながら 刑事たちは
ありったけの知恵を絞ろうとしていた。

川尻たちが向かったのは 格納庫。

航空会社の作業員とともに
実際の飛行機をモデルに

突入する方法を探った。

人の命が かかっている以上

使えるなら どんな手でも
使うつもりだった。

だが 何時間粘っても

犯人に気付かれずに
機内に侵入する方法は

ついに 見つからなかった。

緊迫の時間が続く中
突然 招集が かかったのは

夜10時を過ぎてから。

場所は 応接室。

そこで強行突入が
間近に迫っていることを伝えられた。

作戦の詳細は 知らされない。

だが 命がかかる任務であることは
告げられた。

妻のチカ子に電話したのは
この直後だ。

だが この日 警察の意志決定には
一つの謎がある。

時間経過を もう一度 見直してみよう。

川尻たちが 上層部から
突入を打診されたのは

夜10時過ぎだという。

一方 伊達が
会議で突入を命じたのは深夜0時半。

つまり 正式決定までに
2時間ほども かかっているのだ。

この遅れは 一体 何を意味するのか?

実は この時 北海道警と警視庁の間の
調整に手間取ったことを

伊達が明かした。

強力な武器を持つSATは

凶悪事件に限定して
使うことになっている。

そのため もし この事件が
オウムではないと考えるなら

そもそも彼らを使う根拠が
薄れるというのだ。

SATは警視庁の管轄で
伊達の指揮権が及ばない。

伊達は 突入は北海道警で行うから

ドアを開ける特殊技術だけ
SATに支援してほしいと

警視庁に頼んだ。

突入が打診されてから
決定するまでの空白の時間は

この すり合わせが
簡単ではなかったことを物語っている。

突入直前
決死の覚悟を固めていた川尻は

初めて特殊部隊の存在を知らされた。

開けて!

そして突入部隊は 静かに動きだした。

各所から集められた
暴力団や詐欺担当などの刑事たち。

そして 機動隊員が続く。

犯人に気付かれないよう
ライトの使用は禁止。

そして 機体の下で
タイミングをうかがった。

当時開発中の超高感度カメラで捉えた
映像が残っている。

午前3時33分。

まずSATが ドアに はしごを立てた。

続いて 作業服姿の北海道警察が
はしごを のぼっていく。

犯人を一気に制圧するには

3つの入り口から
同時に突入できるかが勝負。

3時42分。

突入。

果たして犯人は 1人だった。

三方から迫られ 何をする暇もなかった。

およそ16時間ぶりの解放。

犠牲者は1人もいなかった。

ありがとう!
ごめんね… うん 元気だった。

≪今 どういうお気持ちですか?
もう最高。 うれしいです。

これで 娘と孫に会えます。

≪お会いしたら
まず どんなこと話したいですか?

う~ん 何て言ったらいいんだろうね。

テレビで見てる感じのことが
身近で起きているようで

すごい怖かったです。

全日空857便を巡るハイジャック事件は
こうして幕を閉じました。

犯人の正体は 53歳 エリート銀行員。

精神を病んでいたとも報じられましたが

裁判では
責任能力があったと認定されています。

一体何が 彼を犯行に駆り立てたのか?

取り調べをした刑事でさえも

動機は最後まで
つかめなかったといいます。

その謎を知りたくて

その後 20年にわたって事件を追い続けた
新聞記者がいます。

それが 3つ目の視点。

北海道新聞…

そこで記者は何を発見したのか?

犯人の転落の闇に迫る
アナザーストーリーです。

「多くの警察官が
飛行機の方に向かっております。

かなりの数の人です」。

事件後 日本を震撼させたものの正体が
明らかになった。

「プラスチック爆弾」と
称していたのは…。

粘土の塊。

そして サリンに見せかけていたのは…。

ビニールに入った ただの水だった。

むなしいほどの結末に

以後 このハイジャックは
ほとんど話題にも上らなかったが

北海道新聞の記者 相原秀起は

その後も
事件に こだわり続けてきた。

足かけ 実に20年。

そして今年 取材記を出版した。

当時の犯人はですね バブルで躍って

バブルの中に転落した
人生だったわけですね。

それで非常にゆがんだ動機の中で
この事件を起こすわけだけど

そういうことも考えても 僕はね…

相原が この取材にのめり込んだのは
ある悔しさが きっかけだった。

事件当日は ロシアで地震の取材中。

ハイジャック現場に立ち会えなかった。

(相原)ほぼ取材が終わった夕方
日本とサハリンの時差は3時間ある。

車の後部座席に もたれていたら

突然 ロシア人の助手が
僕の方 振り返ったんですよ。

今ラジオで 全日空のジャンボ機が
ハイジャックをされて

犯人はオウム真理教を名乗ってるらしい
というニュースを

ロシアのラジオ局が 今 流したよって。

ひょっとして オウム信者が多くいる
と言われるロシアに来るのでは?

…と 待機もしたが
当ては外れ 蚊帳の外だった。

相原が
事件に再び関心を持ったのは

それから4年
北海道警の担当になってからだ。

鮮やかに見えた逮捕劇の裏で
報じられなかった実態を初めて知った。

警察内部の連携のまずさや
縦割りの弊害など

多くの反省が浮かんでいた。

そして北海道警は
機内に監視カメラをつけることや

乗客のセキュリティーチェックを
強化することを提言したが

十分な対策は
とられなかったという。

そして 事件から4年後

またもハイジャックが発生。

コックピットに侵入した犯人に
機長が殺された。

更に2年後 あの巨大テロ。

機内に防犯カメラが設置され

ドライバーなどの工具の持ち込みが
厳しく制限されたのは

この悲劇のあとだ。

ドライバー1本を持った男に
あれほど恐怖したにもかかわらず

なぜ あの経験を生かせなかったのか?

「函館空港ハイジャック事件」は
成功裏に終わった。

突入して きれいに終わった。
あまりにも きれいに終わったがために

日本社会が これを教訓にしなかったんだ。

相原は 事件の詳細な記録を残すと決めた。

部下の記者も投入し あの事件での
警察の動きを徹底的に調べた。

そして その取材は
犯人の背景にも及んでいく。

訳の分からない犯行だったと
片づけるのは簡単だが

それでは
何かを見落とすことにはならないか?

相原は 犯人の歩みを追体験して回った。

男はバブル絶頂の頃 企業買収を手がけ

会社一の切れ者と呼ばれていた。

私が取材した中では
函館に土地取引の関係で

札幌支店の部長を
かばん持ちにしてですよ

それだけの地位にあった。

企業売買に非常に詳しい
切れ者だったと。

やがて 愛人に貢ぎ

会社の金を事実上 横領。

それが露呈し 窓際に追いやられたが

会社を辞めることは許されなかった。

関係者は語った。

社交的に見えながら
友人らしい友人は いなかった。

やがて心を病み 休職するようになる。

そして犯行の前日 渋谷へ。

粘土 粘着テープなど 締めて6, 529円。

その胸の内は どんなものだったのか?

想像しながら
相原は 男の足取りどおり歩いてみた。

最後の宿泊は
五反田駅前のビジネスホテル。

部屋で1人 サリンに似せた保冷バッグや
粘土のプラスチック爆弾を

黙々と作った。

僕は そんな気がしたんですね。

あの日 オウム信者を装ったのは
麻原を おびき出したかったから。

彼と刺し違え
ヒーローのように死ぬのが

男の計画だったという。

犯人に同情はしない。

だが この男の孤独は ひょっとすると

この時代の
一つの典型だったのではないかと

今 相原は感じている。

ハイジャック事件の
被害者である加藤登紀子は

犯人と1歳違いだった。

取り調べを担当した刑事の佐藤は

それまでに見た凶悪犯とは まるで違う

奇妙な感覚を覚えている。

男は連行される直前
タオルを かけられた時

小さな声で 「ありがとうございます」と
つぶやいたという。

その胸の奥には
どんな思いが渦巻いていたのだろうか?

♬~

警察の強行突入によって
乗員乗客全員が救出された

全日空857便ハイジャック事件。

その裏には 突然の危機にもかかわらず

それぞれの持ち場で
責任を全うした人たちがいました。

長年 この事件を追いかけた
相原記者は言いました。

「このハイジャック事件は
解決したがゆえに忘れられ

その教訓が十分に生かされなかった」と。

この4年後

ハイジャックによる 日本で初めての
犠牲者が出てしまいました。

「危機管理」という言葉は

平成になって数々 叫ばれてきた。

救急 来たよ ほら! 救急!

だが 数々の事件から 我々は

何を学んできたのだろう?

(サイレン)

事件は 時代を映す鏡だと言われる。

だとすれば 平成という時代は

どんな時代として
語り継がれるのだろうか。


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