アナザーストーリーズ ブッチャーがやってきた!世紀の悪役、愛と哀しみのドラマ 悪役レスラーなのに、なぜか人気者に…



出典:『アナザーストーリーズ▽ブッチャーがやってきた!世紀の悪役、愛と哀しみのドラマ』の番組情報(EPGから引用)


アナザーストーリーズ▽ブッチャーがやってきた!世紀の悪役、愛と哀しみのドラマ[字]


凶器攻撃を繰り出す悪役レスラーなのに、なぜか人気者になったブッチャー。熱望されて来日したと本人はうそぶくが真相は全く違う。日本を愛した大男、愛と哀しみのドラマ!


詳細情報

番組内容

“ブッチャー”という名前は、「プロレスなんて嫌い!」という方でも絶対に知ってるはず!悪役レスラーなのになぜか人気者、先月の引退式はニュースで異例の特集が組まれた。体重150キロ、凶器攻撃を繰り出し、自らも流血する大男に、なぜ日本のお茶の間は親しみを覚えたのか?そもそもなぜ来日したのかと尋ねると、「熱望されたからさ」と本人はうそぶくが、真相は全く違う。日本を愛した大男ブッチャー、愛と哀しみのドラマ!

出演者

【司会】松嶋菜々子,【語り】濱田岳





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アナザーストーリーズ ブッチャーがやってきた!世紀の悪役、愛と哀しみのドラマ
  1. ブッチャー
  2. 悪役
  3. フォーク
  4. プロレス
  5. レスラー
  6. 馬場
  7. アメリカ
  8. 試合
  9. 日本
  10. 実況
  11. 人気
  12. リング
  13. テリー
  14. ファン
  15. 両親
  16. サンキュー
  17. 凶器攻撃
  18. 時代
  19. 木原
  20. 来日


『アナザーストーリーズ▽ブッチャーがやってきた!世紀の悪役、愛と哀しみのドラマ』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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突然ですが 皆さん。

この顔に見覚えがありませんか?

確かに。

確かに 確かに。

男の名は 希代の…

今年 引退を発表するや

別れを惜しむ声が全国で上がった。

(悲鳴)

にっくき悪役が
今なお人々に愛されるのは

一体なぜなのか?

♬~

かつて その人間離れした肉体で

日本中を熱狂させる男たちがいました。

ご存じ…

…と戦った
プロレスのレジェンドたちです。

謎の…

2メートル23センチの
身長を誇る…

お茶の間のアイドルとなった…

個性あふれるレスラーたちが
過激な戦いでファンを魅了しました。

その中に
このフォーク一本で伝説となった

希代の悪役レスラーがいます。

人々を震え上がらせたのは
自らも血を流し

相手を血祭りにあげる残忍なファイト。

しかし なぜか不思議と
人気もあったのです。

去年 放送された朝ドラ。

鈴愛さん 楡野鈴愛さん!

はっ… はい!

主人公の親友のあだ名は…。

帰れ! 帰れ!
何やと~!

地獄突き やってみい!

あのころ ちょっと太めの男の子は
たいがいブッチャーと呼ばれていた。

その存在感は とにかく絶大。

悪のカリスマとして
雑誌をでかでかと飾り

清涼飲料水のCMにタレントと出演。

本人をモデルにしたマンガも
人気を呼んだ。

だが その試合は毎回
流血する どぎついものだった。

(実況)場外乱闘です…
あっ 武器が出た 武器が出た!

アブドーラ・ザ・ブッチャーの右手!
(解説)今 見えました。

(実況)見えましたか 何ですか?
(解説)釘のようなもの…。

(実況)釘ですか!
ああっと 今度は目にさし込んだ!

この残忍な凶器攻撃が なぜか
お茶の間の人気をさらったのだから

世の中 分からない。

そして 伝説の試合といわれるのが これ。

(実況)今度は… あっ! フォークだ!
フォークです フォークですね。

(解説)フォークを刺してますね。
(実況)フォークを刺しました。

ああっと またしてもフォーク突き!
フォーク突き 止まらない 止まらない。

凄惨なシーンです!

なんと フォークで相手をめった刺し。

目を背けるほどの強烈なインパクト。

しかし 流血すればするほど
ブッチャーの人気は上昇。

中継スタッフや興行関係者も驚いた。

40年以上も暴れ回り 愛された悪役。

その人気は いかにして生まれたのか?

運命の分岐点は…。

アブドーラ・ザ・ブッチャーが
フォークを使った凶器攻撃で

日本中に衝撃を与えた瞬間です。

その時から
プロレス中継の視聴率は うなぎ登り。

男は 誰もが知る存在となっていきました。

第1の視点は ブッチャー本人。

悪の限りを尽くした本人の口から
語られたのは

悪役への揺るぎない信念と
知られざる美学。

史上最大の悪役レスラー誕生。

その興奮と狂気の アナザーストーリー。

今年2月 ブッチャー本人が取材に応じた。

長年の戦いで足腰を痛め
今は歩くのが難しい。

ジャイアント馬場だ。

俺がフォークを刺している写真もあるな。

随分 痛めつけたり
痛めつけられたりもしたね。

額に刻まれた傷が
戦いのすさまじさを物語っている。

今年78歳
穏やかになったのかと思いきや…。

どういう意味だ? 俺は まだ若いのに。

ふざけたこと言うな
顔も全然変わってないだろ。

突然 ディレクターが餌食に。

いててて 痛い痛い痛い…。

(悲鳴)

今なお 悪役を演じ続ける男。

その誕生の秘密。

そもそも 日本でプロレスが始まったのは
戦後まもなく。

アメリカ人を悪役に見立て
あの力道山が空手チョップでなぎ倒す。

戦争に負けたショックが
重くのしかかっていた時代。

人々は その姿に酔いしれ

街頭テレビは この人だかり。

プロレス人気が爆発した。

しかし ブッチャーが来日することになる
1970年代。

高度経済成長を経て
豊かになった日本人は

分かりきった戦いでは飽きたらず

もっと刺激の強いキャラクターを
求めていた。

力道山 亡きあとの二大エース
馬場と猪木の時代に現れたのは

個性的なキャッチフレーズがついた
人間離れした男たち。

無類の怪力を誇る…

恐るべき握力で顔面をつかむ…

毎回 違うマスクで登場する…

あげくの果ては 全身に包帯を巻いた…

客を呼べるレスラーには
多くのギャラが支払われていた。

そんな時代に初めて来日したのが
ブッチャー。

キャッチフレーズは…

…の生まれで
謎の秘密結社のメンバーという

とにかく怪しいプロフィールだった。

ロサンゼルスで試合をしていた時
日本のプロモーターが俺の試合を見て

これは日本でもウケると
気に入ってくれて

是非 来日してほしいと誘われたんだ。

最初は断ったんだ。
だが 何度も頼みにきたんで

断り切れなくなって来日したんだよ。

と 本人は言うが 真相は全然違うらしい。

(リングアナウンサー)グレート小鹿~!

その秘密を知るのが この男。

76歳。

キャリア50年以上を誇る悪役レスラーだ。

若き日 アメリカで武者修行をしていた頃
ブッチャーに出会った。

ブッチャーは何度も訪ねてきては
日本行きを懇願したという。

当時 ブッチャーが戦っていたのは
カナダのリング。

地元では多少知られても
全米では知名度がなく

お金にも困っている様子だった。

というのも 目をみはるような
筋肉があるわけでもなく

技といえば 空手の突きや頭突きぐらい。

だが 日本のリングで稼ぐことを
夢みていた。

小鹿は何度も何度も断ったが…。

拝み倒された小鹿が
プロモーターに掛け合い

ようやく来日が決定した。

そのデビュー戦。
ブッチャーは いきなり目立とうと…。

わけの分からないベルトを巻いて
リングに上がった。

リングに上がる前はプロレスの専門誌でも
でくのぼう扱い。

ところが
ファンのどぎもを抜くことになる。

会場を目いっぱい使った
桁外れの場外乱闘。

それまでにない過激な暴れっぷりに
観客は大興奮した。

そのころのブッチャーを見ていたのが

あの 力道山の息子であるレスラー…

その動きを物語る
馬場との試合映像が残されている。

地獄突き。

(実況)まず 先制攻撃は
アブドーラ・ザ・ブッチャーからであります。

リング外へ。

そして 素早い動きで…

巨漢とは思えないスピードだ。

客の反応は最高だったよ。
馬場に地獄突きをしたら

みんなが泣いて
「馬場! 馬場!」って叫んでたよ。

客を興奮させれば俺の気分も最高だ。

みんなが俺を殺したいと思うほど
憎まれることがね。

更に もう一つ。

(実況)凶器攻撃 ジャイアント馬場への
凶器攻撃であります。

凶器で馬場を攻撃。

凶器を使ったレスラーは俺が元祖だろ。

とにかく 何でもありの過激な
試合スタイルは 俺が始めたんだよ。

いざ やってみたら こうなった。

それから ずっと同じやり方を貫いたら
観客にウケたんだ。

人々はバイオレンスを求めているのさ。

マスコミは手のひら返しで
ブッチャーを大絶賛。

2年後には 馬場が設立した…

一躍 悪役のエースとなり
ギャラも跳ね上がった。

その出世ぶりに驚いたのが
帰国後 同じ団体に入った…

いつの間にか格上になったブッチャーに
小鹿は血だるまにされている。

この野郎めって ハハハハ。

このころになると
ブッチャーといえば凶器攻撃。

客も それが いつ出るかが
楽しみになっていた。

その出し方に工夫を凝らし
いかに客を沸かせるか。

当時 若手だった
レフェリーの和田京平は

ブッチャーのうまさを こう語る。

映像を見ると
確かに胸の下に凶器を隠している。

レフェリーに見えないから
観客が更に怒るという図式。

今のレスラーは こうですよ。

俺から言わせりゃ。

全くの底辺から金が取れるレスラーに
はい上がったブッチャーの姿は

成功を夢みる若手を がぜん刺激した。

後にレジェンドとなった この男も
当時 ブッチャーに憧れた一人。

代名詞の必殺技…

…で 20年以上にわたって
トップに君臨した。

だが その陰には
ひたむきな研究と努力が。

もともとはアメフトのプロ選手。

だが 芽が出ずに解雇され
この世界に入った。

生きていくためには何としても客を呼べる
レスラーにならなければならない。

そのヒントが欲しくて
ブッチャーの試合を研究したという。

ブッチャーのスタイルは
本当にユニークだった。

恐らく あのスタイルをまねできる選手は
ほとんどいないよ。

それでも 試合への取り組み方や
リングに入場する時の動き

大事なことを学んだ気がするね。

まさに リングの…

…だったブッチャー。

その演出を見習うかのように ハンセンは
テンガロンハットをかぶり

ブルロープを振り回して入場する
自分のスタイルをつくり上げた。

巡業先でブッチャーの泊まる部屋は
こんなに大きかった こんなにだよ。

でも 私の部屋はとても狭かった。

それを見て やる気が出たんだ。

いつか 自分も大きな部屋に泊まれる
レスラーになるんだってね。

その後の大活躍は ご存じのとおり。

頑張ったかいがありましたね。

そして 初来日から7年。

ブッチャーは 転機を迎える。

日本では活躍できても
本場アメリカでの知名度は いまひとつ。

そんな時 ある人気レスラーと
戦うチャンスが巡ってきたのだ。

兄弟コンビ…

二人とも元世界チャンピオンという

アメリカでは雲の上の存在。

特に弟のテリーは若い女性ファンが
できるほどの甘いマスク。

どう試合を盛り上げてみせるか
ブッチャーの腕にかかっていた。

テリーは 俺にとっては最高のレスラーさ。

人気者だし 大勢のファンが見に来ていた。

とにかく すごい戦いを見せたかったんだ。

どうすれば客を沸かせられるか。

その一点に 知恵を絞った。

そして 試合当日。

いよいよ あの場面が訪れる。

(実況)右腕を狙ってきましたよ…
今度は… あっ フォークだ!

フォークです フォークですね。
(解説)フォークを刺してますね。

(実況)フォークを刺しました 力いっぱい
テリー・ファンクの右腕にさし込みます。

アブドーラ・ザ・ブッチャー ああっと
またしてもフォーク突き

フォーク突き ああ… 止まらない
止まらない 凄惨なシーンです!

ブッチャーが選んだ凶器は フォーク。

弟テリーの右腕に突き刺した。

その光景を見た 悪役レスラーの小鹿は…。

いまだに すごいなって。

リアルな殺し合いには見えない
ギリギリのところで客を怖がらせる。

たどりついた答えが フォークだった。

ちょっと試してみたくてね。
フォークで腕を刺してみたんだ。

そうしたら 客は
予想もしていなかったのか 大騒ぎさ。

客の反応を見て 俺も興奮したね。

もっともっと激しく凶器を使ったんだ。

そして この反則が
劇的な試合の流れを生む。

(実況)テリーがいった テリーがいった
テリーが左のパンチ!

凶器攻撃を耐えていた
テリーの怒りがついに爆発。

黄金の左腕で 兄ドリーを助け出すと

観客のボルテージは最高潮に達した。

…と僕は思うんですけどね。

この一戦で ザ・ファンクスの人気は爆発。

一躍 お茶の間のアイドルとなった。

(取材者)Are you Mr.Dory Funk Jr.?
こんにちは ドリー・ファンクです。

どうぞよろしく。

ものすごく興奮して
痛みも感じなかったよ。

それ以来 ブッチャーと対戦する時は
他では見たことがないほど

お客さんが
すごい興奮してくれるようになった。

私たちが日本で大成功できたのも

ブッチャーのおかげさ。

以後 ブッチャーの人気は
本場 アメリカでも高まり

殿堂入りを果たすまでになる。

無名のレスラーが勝ち取った
成功の証しだった。

最高の悪役は こう語る。

俺はプロ 人を楽しませるのが仕事だ。

人々は叫んで怖がり 逃げ惑うけど
結局は また俺を見に来るんだ。

もっと大勢ね。

ブッチャーが悪役としてファンの憎悪を
かきたてれば かきたてるほど

プロレスの人気は高まっていきました。

しかし その裏に隠された
意外な一面を見た男がいます。

第2の視点は この試合を観戦していた
プロレス記者 門馬忠雄。

初来日から追い続けてきた門馬は

ブッチャーの真の姿を目撃していました。

実は 差別という
大きな苦悩を抱えていたのです。

悪役が向き合い続けた
悲しみのアナザーストーリー。

その男は 50年以上にわたって
プロレスを見続けてきた。

80歳。

現役最古参の記者として

レスラーを見る目には自信を持っている。

稽古してるなと見れば…

この男が プロレスの裏の裏まで
通じていることを示すのが

この秘蔵写真。

(門馬)馬場さんに 絶対…

ただの記念写真と思うなかれ。

敵同士は席を同じくしない時代。

信頼して撮らせてくれた貴重なものだ。

そんな門馬は
外国人レスラーの控え室で

ブッチャーの知られざる一面を見た。

悪役は どんな哀しみを抱えていたのか?

当時 門馬は
東京スポーツのプロレス担当記者。

ブッチャーの初来日から
毎日のように追いかけ

それなりに親しくなっていたが

当初は リングの上での
エンターテイナーぶりに

迷惑もこうむった。

苦労しながらも
関係を築いていった門馬。

そんなある日
ブッチャーの意外な一面を見た。

ある日 控え室で 2人の白人レスラーが
ブッチャーにした行為をはっきりと見た。

目の前にいるんですよ ブッチャーが。

なんか…

…ということが
あったらしいんだけど…

その時 ブッチャーは何の抵抗もせず
ひたすら我慢していたという。

当時 一体何があったのか?

差別はあったが 話したくはない。

どんなスポーツにだってあるだろう。

多くを語ろうとしない ブッチャー。

そもそも なぜ
プロレスの世界に入ったのか?

ブッチャーのふるさとは

アメリカ・デトロイトから
国境を越えた対岸

カナダの小さな街 ウィンザー。

多くの移民が住む地域で生まれ育った。

その一角に 幼い頃のブッチャーが
暮らした家が 今も残っている。

これは ブッチャーの少年時代の写真。

8人きょうだいの3番目。

生活は貧しく 9歳の頃から
さまざまな仕事をして家計を助けた。

俺を含め 家族みんな 姉も兄も弟も
子供の頃から ずっと働きづめだった。

毎日路上に立って新聞を売っていたよ。

泣いているふりをして 「全部売れないと
家に帰してもらえないんです」と

うそをついて売ったこともあったね。

だが 暮らしは一向に楽にならない。

やがて空手を習い 体が大きくなった
ブッチャーに声がかかった。

それが プロレス。

プロモーターの言葉に心をひかれた。

成功を夢みて カナダを拠点に
プロレスの本場 アメリカを目指した。

しかし 当時アメリカには
人種差別の嵐が吹き荒れていた。

白人用のレストランに黒人は入れず

水を飲む場所も はっきりと分けられた。

生活のあらゆる面で
人種による差別が横行していた時代

プロレスも その雰囲気を
色濃く反映していた。

これは 白人が主催する興行に
黒人レスラーが出場した時のチラシ。

対戦カードは 黒人同士で組まれ
白人と戦うなど まずありえなかった。

その後 黒人レスラーが増え 時代と共に
白人との試合も組まれるようになったが

差別の根は 深かったという。

アメリカのプロレス史を研究してきた…

その功績から アメリカで
殿堂入りも果たした 第一人者だ。

実際 ロサンゼルスで活躍した
ある黒人レスラーは

命の危険にさらされていた。

その現実を知る男がいる。

都内で居酒屋を経営する…

またの名を ザ・グレート・カブキ。

「東洋の神秘」の異名で
日本やアメリカを席けんした。

若手時代 米良は
日系の悪役レスラーとして

ブッチャーと同じ地域で戦っていた。

白人以外の 肌の色が違うレスラーは
観客の目の敵にされ

何をされるか分からなかったという。

危険を避けるため 黒人レスラーの大半が
善玉をやりたがる中で

ブッチャーは
悪役を通していた。

そんなアメリカから
活路を求めてやって来たのが日本だった。

そのブッチャーを理解し
受け入れたのは ジャイアント馬場。

若手時代 アメリカで
悪役をやったことのある馬場は

ブッチャーの気持ちが
痛いほど分かっていた。

馬場の付き人を務めた
レフェリーの和田は

よくこんな指示を受けたという。

小さくてもいい
一人になれる控え室を作ってやれ。

馬場の配慮に ブッチャーは…。

リングでは 激しくぶつかり合った
2人の間には

深い敬意と信頼があった。

更に ブッチャーが感謝していたのが
日本のファン。

客を沸かせれば 人種に関係なく
リスペクトしてくれたからだ。

馬場は ブッチャーの人気が
上がっていくにつれ

その活躍に応じたギャラを払った。

その信頼へのお返しが この凶悪ファイト。

流血もいとわず 戦い続けた。

体を張り続けたブッチャーに
ささげたい言葉がある。

簡単な表現ですけど…

何ちゅうか 日本…
アメリカもそうです カナダもそう。

差別と闘いながら 生きる道を模索し
必死に切り開いたブッチャー。

そんな悪役の
もう一つの顔を知る男がいます。

第3の視点は ブッチャーの試合を
テレビで熱狂して見ていた少年。

後にプロレス界に入り ブッチャーの
世話係を務めるようになります。

プライベートな間柄になる中で
男が見たのは

ある時 ブッチャーが見せた一筋の涙。

ブッチャーの心の奥に迫る
アナザーストーリー。

ブッチャー ブッチャー ブッチャー。
(手拍子)

今年2月に行われた
ブッチャーの引退セレモニー。

その功績をたたえるため
往年の名レスラーたちも駆けつけた。

(歓声)

日本で大スターになった悪役には
ずっとこだわり続けたものがある。

その生き方を ブッチャーは
雑誌のインタビューで こう述べている。

「マネー・イズ・ベスト・フレンド」。

誰よりも金を稼げるレスラーであること。

多額のギャラで 突然馬場のもとから
猪木の団体に移籍。

その契約が終わると
また馬場のもとに逆戻り。

時に節操がないと映るほど
晩年まで 多くの団体を渡り歩いた。

その裏で 意外な素顔を見た男がいる。

本日のメインイベント…。

プロレスの演出を手がける
プロデューサーだ。

長年 ブッチャーの世話係を務めた木原の
最初の印象は

やはり 金にシビアな姿だった。

この男 守銭奴か?

だが木原は ブッチャーが隠し続けていた
ある姿を目撃している。

スナックで歌ってた時なのかなんかで
食事した時に歌いだしたのか…。

すすり泣くとか
そんなんじゃなくてですね…

涙に隠された 切なる思いとは?

幼い頃からプロレスが好きだった木原は…

憧れのブッチャーと対面した時
ブッチャーは 来日17年目を迎えていた。

確か青森だったと思うんですけど…

なんと 悪役二大巨頭の目の前で
大胆にも本人のモノマネを披露したのだ。

まあ あの~ ブッチャーさんだったら
しゃべり方とかだったら…。

(ブッチャーのモノマネ)

…とかですね。
タイガー・ジェット・シンのは…。

(タイガー・ジェット・シンのモノマネ)

…って感じで まあ そういうことを
本人たちの前でやったわけですよ。

多分 恐らく…

そしたら やはりこう…
こうなったわけですよ。 食事しながら。

それで2人が… 立ち上がったわけです。

僕はもう覚悟したんですけど いきなり…。
(拍手)

それをきっかけに ブッチャーの世話係に。

当初は 恐る恐る世話をしていたが

そのうちに
悪役の意外な姿を見るようになった。

木原の父親が 話しかけた時も…。

そして いつもこう言っていたという。

…っていうことを まあ 常に。

実は ブッチャーの心の中には
いつも両親がいた。

ブッチャーの両親は 貧しい中

どんな仕事も いとわず働き

ブッチャーたち8人の子を育てた。

父は 本当に真面目な人で

毎日 自転車やバスを乗り継いで
遠くの自動車工場に働きに出ていた。

母は葬儀屋で 床に手足をついて
一心不乱に働いていたんだ。

ブッチャーが両親から学んだのは
身を粉にして働くこと。

それが 幸せをつかむ正しい生き方だと。

だから 俺も喜んで働いたよ。

母に稼いだお金を渡すのが
本当にうれしくてね。

両親を助けることの大切さを学んだんだ。

プロレスのリングに上がると言った時
危険すぎると 両親は反対した。

でも 凶悪ファイトで血を流すことこそ
身を粉にして働くこと。

その金で両親を助けた。

後年 ブッチャーの母親が息子への思いを
語ったインタビューが残っている。

初めて両親にプレゼントを贈った時の
記憶は 今も忘れていない。

新車をプレゼントしたんだ。 それまで
新車に乗ったことがなかったからね。

泣いていたよ。

心の奥にしまっていたものがあふれて
俺も泣きそうだ。

ブッチャーの涙は
いつも家族を思う時だった。

そして ブッチャーは
知られざる活動を続けてきた。

アメリカで 40年近く

ホームレスや社会で行き場を失っている
若者への支援を続けてきた。

ブッチャーと一緒に活動してきた
元レスラーは こう語る。

ブッチャーは 正しいことをしろ
と話していた。

大人や子供たちに会うと
いつも同じことを話していたね。

「奥さんのそばにいてあげろ」

「町にたむろしないで
学校に行きなさい」とね。

ブッチャーを呼んだ
慈善団体の男性は こう語る。

ブッチャーは 大人や子供たちと
積極的に触れ合い

若い人たちの未来や向上心 希望を
大切にしようと語っていました。

間違いなく みんなの心に響いたでしょう。

苦しい経験をしてきたブッチャーが今
人々のところに出向き

寄り添おうとしている姿勢は
本当にすばらしいと思います。

私も ブッチャーのように
なりたいものです。

思えば
ブッチャーが日本で人気を集めたのも

その心の奥にある優しさを
感じ取っていたからかもしれない。

木原は こう語る。

ブッチャー ブッチャー ブッチャー。
(手拍子)

それでは 御礼のご挨拶です。

引退するブッチャーから
最後のメッセージ。

サンキュー サンキュー サンキュー…。
(拍手)

(木原)アブドーラ・ザ・ブッチャー!

(拍手)

史上最大の悪役 ブッチャーが登場して
およそ半世紀。

数々の凶暴なファイトで憎まれながらも
人々に愛されたのは

時折のぞかせる優しさとのギャップに
強くひかれたからかもしれません。

私も流血の試合は
ちょっと苦手でしたが

改めて思い返すと 懐かしさを覚えます。

ブッチャーさん
長い間 お疲れさまでした。

引退セレモニーから2日後。

♬~(「SUKIYAKI」のスキャット)

地方のイベントに向かう
ブッチャーの姿があった。

ブッチャー ブッチャー カムイン。
サンキュー サンキュー 頑張ろう。

山口県で開かれた ファンとの撮影会だ。

スリー ツー ワン。

怖いけど きっと優しいはず。

ファンたちは ブッチャーを分かっていた。

サンキュー。 わあ~。

OK?

あ~! あ~! あ~!

すごいサービス精神旺盛で
あ~ やっぱり来てよかった。

すごい待ってよかったです。

ほんとに危険なところと

エンターテインメントの
うまいところをね。

昔 場外乱闘でブッチャーさんに
ちょっと肩を押されたことがあって

その時は 中学生だったんで
死ぬかと思ったんですけど。

思い出が なんか泣きそうになるぐらいに
思い出がよみがえりました。

あなたこそ 真の悪役です。


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