偉人たちの健康診断「遠山の金さん 奉行所はブラック!?」町奉行…遠山金四郎景元「隠れ疲労」の恐ろしさ・桜吹雪の入れ墨は本当?


出典:『偉人たちの健康診断「遠山の金さん 奉行所はブラック!?」』の番組情報(EPGから引用)


偉人たちの健康診断「遠山の金さん 奉行所はブラック!?」[字]


時代劇でおなじみ「遠山の金さん」のモデルとなった町奉行・遠山金四郎景元。過酷な労働環境で陥った「隠れ疲労」の恐ろしさとは?桜吹雪の入れ墨は本当だったのか?


詳細情報

番組内容

時代劇でおなじみ「遠山の金さん」こと遠山金四郎景元。南北両町奉行をつとめた官僚だが、そんなお堅い身分と職業にある男がなぜ大衆のヒーローになったのか?ドラマなどで描かれるフィクションの裏にある金さんの実像に健康面から迫る。浮かび上がってきたのは奉行所の過酷な労働実態と知らず知らずのうちに忍び寄る「隠れ疲労」の恐ろしさ!さらに「桜吹雪の入れ墨」伝説の真偽を、当時の史料から徹底検証する。

出演者

【出演】関根勤,カンニング竹山,萬田久子,山本博文,梶本修身,【司会】渡邊あゆみ




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北町奉行 遠山左衛門尉様 ご出座。

ただいまより
楽屋弁当 盗み食いの件について

吟味いたす。 一同の者 面をあげい。

お奉行様 私の楽屋弁当を
勝手に食べたのは この男です!

あっしは食っておりません。
何の証拠があって そんなこと言うんでい。

証拠は その でかいおなかでしょう。
何だと~!?

何ですか!
おうおう おうおうおう!

さっきから 黙って聞いてりゃ
いい気になりやがって。

てめえらの悪事
この遠山桜がお見通しだ!

おい 弁当泥棒 竹山!

市中引き回しの上 打ち首獄門!
これにて 一件落着。

お助け下せえ! お助け下せえ!
万歳!

斬れ! 斬れ! 経費節約じゃ!

弁当 食っただけなのに!

♬~

健康のヒントは歴史にあり。

♬~

さすがは芸達者な皆様
見事なお芝居でしたね~!

いや 松方さんでやるか
高橋さんでやるか 迷ったんですけど。

誰になったんです?
結局 分かんなかったです。

お二人もね。

ほんと こんな裁判官がいる国には
行きたくないですよね。

めちゃくちゃですもんね 裁きが。

今日はですね 皆様も よくご存じの
あの江戸時代の名奉行

遠山の金さんこと 遠山金四郎
健康診断してまいるんですけれども

山本先生 当時のお裁きの風景は
こんな感じで よろしいんでしょうか?

なかなか面白かったですけどね ただ…

え~!
あっ そうなんですか?

老中は 一応 将軍の許可を得て
申し渡すっていうことになるんですね。

しかも申し渡す時に 死罪の場合は
奉行は もう関与しないで

小伝馬町に
牢屋敷っていうのがありますね。

そこに閉じ込められてるんで

それを庭に引き出して
与力が出張していって

打ち首って言ったら
その場で斬られちゃう。       厳しいな。

やっぱりドラマはね ちょっと
史実と違うのかもしれません。

ちょっと簡略しますよね。
はい。

それではですね
遠山金四郎の健康診断 まいりましょう。

江戸時代 ここに誰にもおなじみの
ある建物がありました。

江戸 南町奉行所。

町奉行が容疑者を裁く 裁判の場所です。

町奉行といえば
「遠山の金さん」の物語を

思い浮かべる人も多いでしょう。

桜吹雪の入れ墨を入れた奉行 金さんが
悪人を退治する活劇です。

明治時代に 講談や歌舞伎で大評判。

その後も 映画やテレビドラマで
繰り返し楽しまれてきました。

主人公・金さんのモデルになったのは

江戸時代の終わりに実在した
町奉行 遠山金四郎景元です。

しかし 金四郎の素顔については

信頼できる史料が
ほとんど残っていません。

実際の…

残された 数少ない手がかりを
頼りに探ってみましょう。

遠山金四郎の実像。

かつて 遠山家の知行地がありました。

ここに 「遠山金四郎のもの」と伝わる
肖像画が残されています。

がっちりした体格の 目つきの鋭い老人。

しかし この肖像が 本当に
あの金さんであると断定できる証拠は

現在のところ 見つかっていません。

何しろ
遠山金四郎という名前が付いた人は

遠山家歴代には 5人もいるからです。

ところが 今回初めて
この肖像画に描かれている人物が

遠山金四郎景元 本人だという
手がかりが つかめました。

千代田区にある靖國神社。

ここに 確実に金さんの遺品だと
分かっているものがあります。

子孫が奉納した
遠山金四郎景元の 鎧兜です。

記録によれば
金さんが 50歳の頃に作らせたもの。

この鎧兜から 金さんの体格を推定して
肖像画と比べてみます。

この時代の甲冑は 着用する人の
体のサイズに合わせて作られています。

甲冑の胸回りと胴回りを
測ってみましょう。

ここから推定すると
金さんの胸囲は およそ97cm。

ウエストは 93cmくらいだと分かりました。

では 身長は
どのくらいあったのでしょうか?

これも 甲冑のサイズから
割り出すことができます。

ヒトの身長は 上腕骨の長さと
相関関係があることが分かっています。

鎧の寸法から 金四郎の上腕骨は
36cmだと分かりました。

上腕骨を基にして 公式がありますから
それで出してみますけれども。

金さんの身長は 173.8cm。

それも 人気があったんじゃないかな?

そういう体格が良いから
堂々としててね。

篠田先生の分析によると
実際の遠山の金さんは

背が高く 太めで 力士のような
体格だったそうです。

では 肖像画に描かれた人物は
どうでしょうか。

やはり がっちりとした立派な体格。

鎧から導き出した体格と
確かに よく似ています。

この絵は 遠山の金さんである可能性が
高そうです。

恐らく 60歳で隠居したあとの姿。

老いてなお 鋭気十分の表情。

金さんは こういう顔をしていたんですね。

遠山金四郎の実像。

金さんといえば
やはり気になるのは 「入れ墨」。

物語でおなじみの入れ墨を
本当にしていたのでしょうか?

もともと 入れ墨は
刑罰として施されていたもの。

例えば江戸では 犯罪者の肘の下に
2本の線を入れ墨し

前科者の刻印としていました。

なぜなら入れ墨は 一生消えないからです。

入れ墨は 皮膚を傷つけ

表皮の下の
真皮部分にインクを注入して描かれます。

表皮と皮下組織の下にある真皮は

表皮のように
新しく生まれ変わることがありません。

そのため 一度インクを入れると
生涯 消えないのです。

やがて 吉原などの遊郭で
遊女と ひいき客が

お互いに 相手の名前を入れ墨する
秘め事がはやります。

入れ墨は 「彫り物」と呼ばれて
庶民に広がっていきました。

江戸時代後期 浮世絵がブームになると

腕や背中に デザインされた絵柄を彫る
入れ墨が大流行します。

こちらは 幕末に撮影された 江戸時代の
入れ墨の様子が分かる貴重な写真。

入れ墨を好んだのは 町人たち。

特に鳶や火消し 飛脚など

ふんどし姿になって肌を見せる機会の多い
職人たちが中心でした。

当時の入れ墨には
流行の絵柄がありました。

一つは 中国の伝奇小説「水滸伝」の
影響を受けたもの。

この時期
大ヒットしていた「水滸伝」には

九紋龍史進という英雄が登場します。

史進は 背中に9匹の龍の入れ墨を入れて
大活躍します。

これが火付け役になって
「龍」をモチーフにした図柄や

英雄豪傑 虎などの勇ましい姿を描く
入れ墨が はやりました。

やがて 美しさや派手さを追求する
「花」の入れ墨も登場します。

そして 人を驚かす効果の高い
「般若」や「生首」といった

グロテスクなものも流行しました。

そんな中 幕府は度々
入れ墨禁止令を出します。

江戸時代は 士農工商の秩序を守るため

それぞれの身分に応じた服装が
定められていました。

入れ墨は
そのルールに反するものだったからです。

しかし 禁止令の効果はなく
ブームは 一向に収まりませんでした。

金さんは どうだったのでしょうか?

史料には さまざまな証言が残っています。

人前では 肌を見せず

風呂も いつも一人で
入っていましたなぁ。

肌を見せないってのは 怪しいよなぁ!
そうだなぁ。

女の生首だってよ!
まあ 恐ろしい!

花って やっぱり桜なのかい?
桜だそうだよ。

更には 金四郎の姪に聞いたところ…

…と答えたという
記録などなど。

証言を総合すると

金四郎が入れ墨をしていた可能性は
極めて高そうです。

しかも 証言が全て本当だとすると

その絵柄は 「右腕に桜吹雪 背中に龍
そして 左腕に女の生首」

なんてことだったのかもしれませんね。

ということで 金さんの素顔は…

さてさて 真偽の程は?

ほ~ 入れ墨はしてたってことですね。
(山本)そうですね。

実際には どういう入れ墨かは
分からないんですけど

ああいう感じですね。
何かは入っていた。

(山本)何かは入ってただろうと。

そもそも 入れ墨というのは
町人たち 特に職人ですね。

あとは鳶の者とか
そういう人たちが入れるものなんですね。

武士は 儒教の影響ありますから

親から頂いた体に
傷つけちゃいけないですから。

元はといえば 入れ墨に関しては
罪人に施したものなんですね。
はい。

そういうことを
しょっちゅうやる人間はね

そういうふうに見せしめにするというのと
そういうのを入れてると

この人は何かやるんじゃないか
っていうので警戒するっていう。

人権意識が まだない時期ですから

そういうふうに予防のためにも
入れたわけですよね。

刑罰の入れ墨の柄は各藩で違い

広島藩では 額に「犬」という文字を彫った
という記録があります。

入れ墨は 現代では「タトゥー」と呼ばれ

ファッションの一部となっている国も
あります。

…というデータもあるほどです。

そもそも
健康上の問題はないのでしょうか?

入れ墨の危険性として指摘されているのは
感染症です。

入れ墨を入れる時に使用する針を通じて

ウイルス性肝炎などの 重篤な感染症に
かかる可能性があります。

また 入れ墨のインクに含まれる
金属成分の影響で

MRIなどの医療を受ける際に
支障が出ることが報告されています。

一方 入れ墨を健康に役立てようという
研究も始まっています。

アメリカ マサチューセッツ工科大学と
ハーバード大学は

共同で 入れ墨用の特殊なインクの研究を
進めています。

このインクを入れ墨にして
皮膚の下に入れることで

体調管理に役立てようというのです。

例えば このインクは

血液の中の糖分が増加すると

色が 青色から茶色に変わります。

これを入れ墨にして
表皮の下に入れておくと

血糖値の上下が一目で分かります。

いちいち 血液を採取して
血糖値を測定する必要がないのです。

他にも このインクは
血液のナトリウム濃度を緑色で表し

高血圧対策に役立ちます。

入れ墨を使って 自分で体調管理をする。

まるで SFのようですね。

さて 話を金さんに戻しましょう。

今回は 体格は どうか
っていうところまで。   ええ ええ。

意外なことにですね 身長が173.8cm。

これ 江戸時代だったら大きいですよね。

そうですね 大体 江戸時代は
155cmから 157cmぐらいが

成人男性のね
背の高さだと言われるんですよね。

だから かなり大きく
感じたでしょうね。

そして胸囲が97で胴回りが93って これは。

93は 結構 おなか出てますよね。
そう 太ってる。

大体ですけど
僕ぐらいの今の体格だと思いますよ。

僕は もうちょっと
それより太かったりしますけど。

でも 大体
こんな感じだったんじゃないんですか。

ちょっと ぷくっとしたような感じの。
迫力ありますね じゃあ。

(山本)そうですね。
となると目立ちますよね。

町をちょっと歩いただけでも
お~ でっかいな この人ってなるから。

たまに プロ野球選手とかと出会うと
ちょっとびっくりするじゃないですか。

ああいう感覚になるということですよね
町で会うと。

町奉行っていうのは すごく偉いので

歩く時には
大体 お供の者がつくんですね。

だから
なかなか それはないんですけど

ふらっと遊んだことが 全くないとはね
言えないですけども。

先生 今で言うと どれくらい偉いって
考えればいいんですか?

最高裁判所の裁判官ぐらいの
人なんですか? 事務次官とか?

町奉行っていうのは 要するに
東京都知事と 裁判所の裁判官と

あと警視総監と 消防総監の役目を全部
あわせ持ってるような人なんですね。

旗本では トップだと考えていいですし

将軍のお膝元の
江戸の市中の行政官ですから

やっぱり偉いわけです すごく。
(関根)相当 偉いですね。

めったに会えない人なんですね。
(山本)そうですね。

さあ 武家に生まれた金四郎
遠山の金さんが

なぜ 庶民の味方になったのか
ご覧下さい。

遠山金四郎景元は 1793年
旗本・遠山家の長男として生まれました。

父親の遠山景晋は 昌平坂学問所の試験に
トップ合格したエリートで

長崎奉行を務め 幕府の外交を
一手に担った 有能な官僚でした。

金四郎も 幼い時から優秀。

父のあとを継いで 官僚として
活躍できるのかと思いきや…。

お前は 家督を継ぐ者ではない。
兄に尽くすように。

金四郎が生まれた時
既に家督を継ぐ 養子の兄がいたのです。

金四郎は 血のつながらない義理の兄の
何かあった時のスペア

補欠にすぎませんでした。

どうせ 俺なんか この家に必要ないんだ。

若き日の金四郎の心は屈折し
ある時 家を飛び出してしまいます。

その後の金四郎は…。

盛り場で放蕩を繰り返し
悪い者たちと交わったといいます。

この時期に
入れ墨を入れたのかもしれません。

金四郎32歳の時 遠山家を継ぐはずだった
金四郎の義理の兄・景善が病死します。

放蕩生活を送っていた金四郎は
急に 家に連れ戻されました。

そして翌年には 江戸城に出仕。

すると 遊び人の金さんは
とんとん拍子に出世。

ついには 江戸北町奉行に就任します。

もちろん 金四郎の手腕が
認められてのことですが

エリート官僚だった父・景晋の影響も
あったかもしれません。

へっへっへ… お役目も慣れちまえば
こんなもんでぃ。

そんな金四郎の前に
巨大な敵が立ち塞がります。

水野は 逼迫した幕府財政を
立て直すために 大胆な改革を進めます。

世に言う…

倹約令を出して
ぜいたくを禁止し

風俗を厳しく
取り締まることに。

そいつはいけねぇ。
てぇへんなことになるぜ。

当時 江戸には農村から大量の人が流入し
行商や力仕事 芸能などの仕事をして

庶民の暮らしを支えていました。

風俗を厳しく取り締まると 江戸の経済が
回らなくなる おそれがあったのです。

若い頃 放蕩者として町で暮らした
金四郎には

そうした庶民の事情が
よく分かっていました。

金四郎は立ち上がります。

この金様が 黙っちゃいねぇぜ!

町奉行として 江戸を預かる立場から

金四郎は 水野忠邦に
真っ向から立ち向かいます。

その戦い方は 実に見事なもの。

遠山の金さん VS 老中・水野忠邦。

遠山 江戸の寄席を全部廃止にせよ。

はあ?

人形浄瑠璃も講談も 必要ない。

確かに ごもっとも!
さすがは御老中!

しかし 御老中
寄席の客たちは貧乏人ばかり。

芸人は 他に仕事がありませぬ。

寄席を閉めてしまえば やつらは
不満に思って 悪事をしでかしますぞ。

う~む… なるほどのう。

ということで ここはひとつ

廃止ではなく
削減ということで いかがかと。

やむをえまい。

こうして 江戸庶民の娯楽であり
日本の伝統文化である

寄席や古典芸能が守られました。

遠山の金さん VS 老中・水野忠邦。

遠山 江戸に来ておる百姓どもを
全員 村へ帰せ。

はあ?

江戸は人が多すぎるし
やつらは すぐに悪事を働く。

確かに ごもっとも。
さすがは御老中!

しかし御老中 やつらは
村で食えなくなって 江戸に来たのです。

それに やつらがいないと
江戸で荷物を運ぶ労働者が足りませぬ。

う~む… なるほどのう。

ということで ここはひとつ
所帯持ちは勘弁して

独身の者だけ帰すことで いかがかと。

やむをえまい。

こうして 金四郎の妥協案で

農村から江戸に
食いぶちを求めて集まってきた

貧しい人々の生活は守られました。

金四郎は あの手この手で
水野の改革に異を唱え

江戸の庶民の生活を守ろうとしました。

そんな金四郎の姿は
江戸の人々の喝采を浴びます。

こうして 金四郎は

名奉行 遠山の金さんと呼ばれる
人気者になっていくのです。

天保の改革を推し進めた
老中・水野忠邦が失脚すると

遠山金四郎は
今度は 江戸南町奉行に就任します。

名奉行 遠山の金さんは 江戸庶民に頼られ
仕事に忙殺されていきました。

お奉行様
まだ お裁きが残っておりますが

大丈夫ですか?

大丈夫 大丈夫! 全然疲れちゃいねぇよ。
もういっちょいこう!

金四郎の評判は ますます うなぎ登り。

江戸の人々は…。

…と
口をそろえたといいます。

ところが 南町奉行に就任して
3年たった頃から…。

金四郎は 時折 体調を
崩すようになります。

どうしたのでしょうか。

町奉行の仕事は激務でした。

その仕事量の多さに
あの 大岡越前守忠相すら

弱音を吐いています。

その毎日は こんな感じ。

深夜まで続く。

(犬の遠ぼえ)

北町奉行所と南町奉行所で
月ごとの交代制になっていましたが

それは あくまで
訴えの受理に関してのみ。

どちらの奉行所も
毎日毎日 稼働していました。

町奉行の仕事は
裁判をこなすだけではありません。

お触れ書きを出して 法令を定め

更には 大江戸八百八町の警察
消防から 道路や橋 水道の管理までも。

記録によると 金四郎は度々
火事の現場にも駆けつけ

消火活動の
指揮をとっていました。

「町奉行の仕事は激務で
長続きしない」。

…と記された記録もあるほど。

日々続く激務によって 金四郎は
体調を崩したと考えられます。

しかし体調を崩す度に 金四郎は
すぐに回復して 仕事に復帰します。

よ~し もう でぇじょぶだ。
仕事仕事!

実は ここに 金四郎が抱えていた
健康上の大きな問題があったのです。

それは 「隠れ疲労」。

隠れ疲労とは 体が疲れているのに
本人が それに気がつかないため

どんどん 疲労が蓄積していく状態。

最悪の場合 死に至ります。

普通 ヒトは「疲労」すると
間脳から前頭葉に サインが送られ

「疲労感」を感じます。

疲れたから休めというアラームが
届くというわけです。

ところが 何かに夢中になっていたり
やる気にあふれていたりすると

脳の中に 快感物質が分泌されます。

そのために 「疲れたから休め」という
体のアラームを無視し

休養をとらないまま続けて
ますます疲れてしまいます。

これが 「隠れ疲労」です。

過労が問題になる人たちの多くは
仕事の中身や

それによる自分の評価などが
引き金になって

脳内に 快感物質が分泌されています。

本当は疲れているのに
疲れを感じなくなってしまった結果

長時間労働を繰り返してしまうのです。

実際ですね…

過労死をされた方のご遺族に伺うと…

江戸の人々や 奉行所の部下から慕われ

金四郎は 大きなやりがいを持って
仕事にあたるようになっていきました。

よ~し この金さんに任せときな!

さすが金さん かっこいい!
任せたよ~!

分かった 何とかしてやろうじゃねえか。

よっ 金さん!

大丈夫でぃ この金さんがついてらぁ!

(一同)金さん! 金さん! 金さん!

このため 脳の中に快感物質が分泌され

隠れ疲労の状態を
引き起こしていたのかもしれません。

そして 金四郎 59歳の時。

ついに倒れてしまいます。

記録には こうあります。

「軽い 中風にかかり
半身不自由となる」。

人々の期待に応え続けた結果

過労により 脳卒中を引き起こしたと
考えられるのです。

いや これ ありますよねぇ。

そんなに「疲れた」って感じは
ないですけど。

竹山さん自身が?
ありますね。

やけに 自分でもびっくりするぐらい
やけに元気な時が多いですから。

やっぱり労働は だいぶ してますから。
はい。

何か当てはまるところが
いくつもあるから 怖いですね。

楽しかったりすると
疲れ 忘れてますもんね。

関根さんは どうですか?
隠れ疲労予備軍的なことは。

分かんない 自分でも分かんないです。

ただ 40代の時には
ほんとに忙しかったんですよ。

1日4本ぐらいのを
ず~っと やってたんですよ。
番組。

疲れたな しんどいなと思うんだけど
次の収録行くと またやるんですよ。

頑張っちゃうんですよ。
「ああ さっきのは 何だ錯覚か」ってなる。

先生ね 北町奉行になり
南町の奉行にもなった金さんですけど

本家 呼び戻され

それでも栄達を遂げる
というところからすると

これ お父さん偉すぎた?

お父さんが偉かったから 期待されてた
というのもあると思いますけど

ちょうど そのころ33ですよね。

たまたま最初にですね 将軍の側近である
小納戸っていうのになるんですね。

小納戸っていうのは
将軍の いろんな物品を管理したり

差し上げたりする役なので
将軍からも 目をかけられるっていう

そういう役職ですね。

それで優秀だって認められて
目付に出て 町奉行になるわけです。

町奉行になった時には
将軍が代替わりした時にですね

一度 町奉行とか寺社奉行の
公事上聴というね

公事って裁判のことなんですけど
それを聞くっていう儀式があるんですね。

その時に 遠山がうまく裁いて
将軍の家慶から 奉行たるべきもの

遠山のようにありたいものだというふうに
言われて 褒められるんですね。

それでもう
名裁判官という評判が立って

だから 水野もね
なかなか遠山に手が出せないっていう。

どうなんですか?
やっぱり やんちゃしてた時に

遊び人なんか
いろんな気が利くじゃないですか。

あの気配りみたいなのを
吸収したんですかね?
そうでしょうね。

それから 庶民が どうやって生きてるか
というのが分かったと思うんですね。

要するに 旗本として
勉強だけしてると

庶民が どうやって生きてるか
分かんないわけですよね。

だから 水野も
非常に優秀なんですけども

とにかく 幕府が決めた掟に従ってれば
それでいいと。

遊びなんか要らないっていうのが
水野の考え方だけど

遠山は やっぱし庶民は
一生懸命 仕事をしてるんだから

たまに息抜きがないと
これは 気が詰まって駄目だから

少しは遊ばせてやろうよっていうのが
遠山の考えなんですね。

なるほどね。
(山本)そこで対立するわけです。

ここで 隠れ疲労の専門家
梶本修身さん監修による…

ボードに書いてある項目に
当てはまるものがあるか

チェックしてみましょう。

「趣味や好きな作業が すぐ飽きてしまう」
など チェック項目は4つ。

当てはまるものが多いほど
隠れ疲労度が高いそうですよ。

皆様方 チェックできましたでしょうか?
ご一緒に見てまいりましょう。

ああ なるほど。

関根さん1つ 萬田さん2つ

竹山さん 全部 当てはまってますね。

一番上から見てまいりましょう。

「趣味 好きな作業
すぐ飽きてしまう」ということなんですが。

運転するの好きなんですけど

もう最近 すごい長距離になったら
昔だったら楽しくて

長距離 運転して
目的地まで行ってたんだけど

途中で嫌になっちゃうから。

だから もう はじめから
新幹線で行こうとか思っちゃいますよね。

その 飽きるというのは 脳の中で
同じ場所ばっかりを使っていると

脳の同じ場所の所が
もう うちを使うの やめてくれ

他を使ってくれと 脳の他の場所を
使ってくれっていうサインなんですね。

すなわち それによって脳の一部だけを
使いすぎて疲れることを防ぐための

防御反応であり アラームなんですね。

ですから 飽きるということのアラームを
無視してはいけないんですね。

仕事中に 「飽きた」からって
すぐに休憩するなんて甘すぎる!

なんて言ってる人は 古い古い!

「飽きた」と感じたら すぐに休憩をとって
脳を休ませてあげましょう。

また 「移動の車や電車で
すぐに寝落ちする」という方も要注意。

寝つきがいいと自慢される方
たまに いらっしゃるんですけど

布団に入って5分以内に寝ついてしまう。

「寝落ち」といわれる
現象の一つなんですね。

こういった方というのは
実は睡眠が足りていない。

睡眠負債と呼ばれる状態にあると
考えられます。

そうした方というのは
実は 隠れ疲労の原因にもなるし

また 隠れ疲労が起こってる時が

そうした状態を呈しやすい
ということなんですね。

「夜中に何度も目が覚める」に
丸を付けた人も

同じく 睡眠負債を抱えている
可能性があります。

3番目。 関根さん
それ どんぴしゃ きてますね。

「夜中に 何度も目が覚める」。
おしっこで。

それは また要因が…。
2回3回 起きますね。

毎回。

萬田さん 心当たりありますか?
夜中に。

恥ずかしいけど
関根さんと一緒だったりしますね。

あっ やっぱり お手洗いも。

お手洗いとか 喉が渇いてとかっていうか
とにかく起きますね。

先生 あと南の島って関係あるんですか?
南の島 萬田さんと竹山さんですね。

みんな行きたいんじゃないんですか?
南の島 みんな行きたいでしょう。

関係ないと思ったけど。
どういうことですか?

南の島に行きたいというのは
実は どこかで自分が 休めたい

自分を解放したい
この危険な状況から逃避したい。

そうした自分の体から発する
本能的な いわゆる防御反応であり

アラームであるということが多いので

これも 実は疲れのファーストサインであることも
あるということですね。

じゃあ 駄目なんだ。

先生 でもね 南の島は
僕も ハワイとか大好きなんですけど

やっぱり疲れてる時に ハワイ行って
過ごしてると 治るんですよ。

やっぱり これは いいってことですか?

実は 新しい所に行くというのは

人間として ホームではなくて
アウェーの環境に行くわけですよね。

このこと自体も 実は非常に疲れる。

ですので ハワイのように1週間とか

あるいは 2週間 3週間
行かれるような場合は

向こうで そこがホームになってくるので
いいんですけども

1泊2日とか あるいは もう2~3日で
本当に弾丸旅行のような

旅行をされてる場合は 決して疲れが
取れるということはないと思いますね。

隠れ疲労の解消法は ずばり?
はい。

ずばりですね 隠れ疲労
起こってしまった疲労を解消するのは

質のよい睡眠をとること
まさに これに尽きるんですね。

先生 ひょっとするとね 僕 家のベッドで
ごろごろとして が~っと寝て 起きて

また ごろごろとしてると ものすごく
幸せを感じる時があるんですよ。

それが解消法ですか?
それが 実は
休みの一番 すばらしい方法です。

隠れ疲労を防ぐ方法というのは
もう 2つだけしかなくて

1つは 今 申し上げたように
起こってしまった疲労を回復させる。

これは 質のよい睡眠しか無理なんですね。
もう1つ 実は食事。

何を食べればいいんでしょう?

これは イミダゾールペプチド
というものなんですね。

何ですか? それ。

イミダゾールペプチドというのは
実は 鶏の胸肉に含まれてる成分。

実は この物質を摂取しておくとですね
脳の中に ちゃんと届いて

そこで 脳の疲れを起こしにくくする
ということが分かったんですね。

胸肉 食べよう。
胸肉。 はい。

いや 隠れ疲労 怖いですから

しっかり寝ましょう。
しっかり鶏肉 食べましょう。

先生 ありがとうございました。
どうも ありがとうございました。

さて 隠れ疲労から倒れてしまった
金さんなんですが

その後 どうなったのでしょうか。

脳卒中で倒れた金四郎は
一命を取り留めます。

軽い まひが残りました。

翌年 60歳になった金四郎は
ついに町奉行を引退します。

隠居して 「帰雲」という
号を名乗った金四郎。

残された肖像画の羽織にも
雲の模様が描かれています。

雲に 強い思い入れがあったことは

金四郎が 町奉行を引退する時に
詠んだ歌にも表れています。

「空は太陽が照らし 一点の曇りもなく
白雲は 元来た山に帰る」。

引退する自分を
山に帰る白雲に例えています。

「山に帰る白雲」とは 官僚勤めをやめて
元の自由人に戻る 自分の姿でしょうか。

引退した金四郎は
奉行所や幕府とは一切の関係を断ち

悠々自適の毎日を送ります。

引退後も 名誉やお金のために

引き続き 仕事にしがみつく官僚が
多い中で

金四郎の潔さは 人々の称賛の的に。

現代の日本人の場合
仕事を辞めて引退した 2, 727人に

生活において 何をする時間が増えたか
アンケートをとったところ…。

旅行をしたり
外出をしたりするよりも

家で ゆっくり過ごす時間が
増えた人の割合が

随分 多いことが
分かりました。

体に軽いまひが残る遠山金四郎も
家で のんびり過ごしたのかと思いきや。

金四郎 晩年の様子が分かる
「遠山金四郎家日記」には こうあります。

とにかく 出かける 出かける。

家に引きこもることなく
家族を従えて 頻繁に外出しています。

それだけではありません。

多種多様な人たちが
金四郎の屋敷に出入りしています。

晩年の金四郎のもとを
訪れていたのは…

さまざまな
文化人たちでした。

一般に 老後も外出したり
人と会ったりすることは

健康長寿には
大切なこととされていますよね。

金四郎の場合は 更に 今注目の健康法を
実践していたかもしれないのです。

それは 美術鑑賞。

狩野探淵ら 狩野派の
絵師たちを度々呼んで

絵を見せてもらっていたのです。

近年 絵画などの芸術作品の鑑賞と
脳の関係が注目されています。

絵画を見ることで
脳の さまざまな部位が反応し

活性化につながるのではないか
というのです。

ヒトは 風景画を見ると
海馬周辺が反応します。

ここは 空間内の物体の
位置関係を認識し…

静物画を見ると
後頭葉側部が反応します。

視覚で捉えた…

そして 肖像画を見ると
紡すい状回が活動を高めます。

顔を認識して…

このように 脳のさまざまな認知機能を
刺激する効果が

絵画鑑賞にはあると
考えられています。

こうした効果を使って
高齢者の脳の維持や

若返りに役立てようという研究も
進められています。

対話型の美術鑑賞といって

絵に どういうふうなことが
描かれているのかといったことを…

…という試みが盛んに行われています。

「対話型美術鑑賞」とは
誰かと対話しながら絵を見る絵画鑑賞法。

オススメは美術館。
風景画や肖像画など

さまざまな種類の
絵があることから

脳の違った場所の認知機能の
活性化が期待できます。

対話型美術鑑賞の優れたところは
絵を ただ黙って眺めるのではなく

お互いに
感想を言い合うことで

会話や言語に関わる部位も
刺激されること。

絵に何が描かれているのかを考え
意見交換することで

思考や記憶に関わる部位も
活動します。

このように 「対話型美術鑑賞」は
脳全体を使うことで…

金四郎は 狩野派の絵師たちを呼んで
一緒に絵画を見ることで

絵に関する さまざまな対話をしていたと
考えられます。

この 対話型美術鑑賞によって

金四郎は 脳を若々しく保つことが
できたのかもしれません。

それだけではありません。

美術鑑賞の効果について
近年 驚くべきことが分かってきました。

…という脳の活動を調べてみると
そこには共通性が見られます。

川畑さんたちは 被験者に
384枚の絵画を 1つずつ見せて

「美しい」 「醜い」 「どちらでもない」の
3つで評価してもらい

その時の脳の活動を
特殊なMRIで測定しました。

その結果 絵画を
「美しい」と感じる時は

眼窩前頭皮質内側部
という部位が

活動していることが
分かったのです。

この部位は 例えば
働いて お金をもらった時や

人助けをして
いい結果に結び付いた時など うれしい…

つまり 絵画などの芸術作品を見て
美しいと感じることは

人を助けて 気分が高揚することと
同じ快感を得られるのです。

江戸の人々から頼られ 彼らを
助けることに熱中した 遠山金四郎は

隠居したあと 絵画鑑賞に その代わりを
見つけていたのかもしれません。

それが 精力的な老後を支えていたとも
考えられます。

隠居して3年 外出先で倒れた金四郎は
9日後に息を引き取ります。

脳卒中の再発作だと考えられます。

東京・巣鴨にある本妙寺。

ここに 遠山金四郎の墓が残っています。

墓の前には 立派な石灯籠が2基。

石灯籠の正面には これを献じた人たちの
名前が刻まれています。

左側の灯籠は かつての
奉行所の部下たち。

そして 右側の灯籠は
町人を代表する町年寄たち。

遠山金四郎景元は 多くの部下や
町人たちに惜しまれて

来世へと旅立ったのでした。

見事な人生ですねぇ。

周りから慕われてたことが
分かりますよね。

でも 63っていうと…。

当時としてはね 普通なんですけども

長生きする人は 80まで生きますから
ちょっと早いって感じもしますね。

激務が たたりましたよね。
(山本)そうですね。

それにしても 美術鑑賞ということで
これがいいという。

美術館なんて
みんな 黙って見てるじゃないですか。

あれ これからは ちょっと

ここからは おしゃべりタイムですよって
いう時間 設けてほしいですね。

今は こういう対話型の美術鑑賞会を
企画してる美術館もありますので

それは やっぱり ちょっと確認して
参加されるといいですよね。 いいですね。

一緒に行ってる方とは
「これ好き」とか何だかんだ言いますが

対話まで いかないですよね。
あまり そこでは なかなかね。

だから美術館の近くというか
美術館についてるのもあるけど

ちょっと
喫茶店みたいなのあるじゃないですか。

あれは 見たあとに おしゃべりして下さい
っていうとこなんですかね。

今回の作品に とか。
ああ それはしますね。

健康診断してまいりましたけれども
いかがでしたでしょう?

遠山の金さんは 遊んでた時期が
全てにおいて 後で役に立ったという

すばらしい人生を歩みましたよね。
無駄に生きてないですよね。

あれが多分
養子のお兄さんがいなかったら

堅い… そんなに人気が出たかどうか
分からない。

ドラマもできなかったような気がする。

数奇な運命を
見事に味方にした人ですよね。

ああ いいですね。
すばらしいですね。

私 ほんと 実在する人物とも
思ってませんでしたし

また ちょっと見方が変わりましたよね。
時代劇 もう1回 見たいなと思いますね。

あと 隠れ疲労は
初めて聞いた言葉でしたしね。

ちょっと気を付けていかなきゃ。
はい。

町のヒーローだった歴史上の人って
意外と掘ってみると

全然 そんなことなかったみたいな
パターンがあるんだけど

遠山の金さんは
本当に愛されてたんだなっていうか

本当にヒーローだったんだなというのが
分かるのが ちょっとよかったですね。

山本先生 今 こうして改めて
金四郎 どのように評価されますか?

皆さん 感じて頂いたようにですね

大体 幕府とか老中とか
上の者っていうのは

庶民を 自分の思いどおりに
したいわけですね。

自分たちの道具としてね。

それを金さんは 庶民の側に立って
最初にね 主張した

幕府の高級官僚だと思うんですね。

庶民を押さえつければいいと思ってる
政治家もいるかもしれないけど

江戸時代の中で やっぱり
庶民が活発になることによって

幕府も繁栄するんだという そういう
考え方を持ってるわけですから

これは やっぱり
政治の 政治家の出発点のようなね

そういう位置づけの人だと
思いますよね。    はい。

ますます また応援したくなる
ドラマがあったら見たくなりますね。

ありがとうございました。
(一同)どうもありがとうございました。

名奉行 遠山金四郎景元。

金四郎は 江戸の庶民の暮らしを
誰よりも よく知っていました。

庶民が営む 屋台や仮設の店を
老中・水野忠邦が廃止しようとした時

金四郎は こう言って反対しました。

このような店を営む者たちが

裏長屋に住み 家賃を払って
生活することで その地が潤う。

名もない 多くの庶民の生活が
あるからこそ 江戸は繁栄している。

金四郎が亡くなって程なく
時代は明治を迎えます。

近代化で 江戸の記憶が失われていく中

庶民の楽しみだった 春のお花見も
廃れていきます。

桜が植えられていた 大名屋敷やお寺が
取り壊されたからです。

人々が
再び 花見を楽しむようになるのは

江戸が 東京になって
落ち着きを取り戻す 明治20年代のこと。

そして ちょうど このころ

歌舞伎 「遠山桜天保日記」が上演され
大ヒットします。

江戸の庶民が愛したものは
桜の花と名奉行…。

こうして 遠山の金さんの物語は

古きよき 大江戸の記憶として
語り継がれていくことになったのです。


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