復活の日~もしも死んだ人と会えるなら~出川哲朗が亡くなった母ちゃんと再会した、一日の記録。あなたは故人と何を語り合いますか?


出典:『復活の日~もしも死んだ人と会えるなら~』の番組情報(EPGから引用)


復活の日~もしも死んだ人と会えるなら~[字]


この番組は、僕、出川哲朗が死んだ母ちゃんと再会した、嘘(うそ)みたいな一日の記録です。たった一度きりの復活の日、あなたは故人と何を語り合いますか?


詳細情報

番組内容

出川哲朗が亡くなった母ちゃんと再会した、一日の記録。「信じられないですよね? 僕も会うまでは、いつものドッキリかと思ってました。でも、8年前に死んだはずの母ちゃんと話したんです。」……この番組は出演者がもう一度会いたいと願う故人と再会します。徹底取材と技術の粋を集め、ついに実現した、たった一度きりの復活の日、その時、出川はどうなった!?あなたなら、もう一度会いたい故人と何を語り合いますか?

出演者

【出演】出川哲朗



『復活の日~もしも死んだ人と会えるなら~』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

復活の日~もしも死んだ人と会えるなら~出川哲朗が亡くなった母ちゃんと再会
  1. 自分
  2. チェン
  3. 兄貴
  4. 意識
  5. 元気
  6. 番組
  7. 包丁
  8. 本当
  9. スタッフ
  10. 問屋
  11. ブタ
  12. 頑張
  13. 最悪
  14. 仕事
  15. 人形
  16. 多分
  17. LA
  18. お握り
  19. 一回
  20. 格好


『復活の日~もしも死んだ人と会えるなら~』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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<この女性の名前は 出川泰子。

僕 出川哲朗の母ちゃんです>

<母ちゃんは 2011年
76歳で この世を去りました。

この番組は
僕が死んだ母ちゃんと再会した

嘘みたいな一日の記録です。

死んだ母ちゃんと再会した?
信じられないですよね。

僕も会うまでは
いつものドッキリかと思ってました。

でも…>

<おかげで どうしても
母ちゃんに言いたかったことを

伝えることができました>

ほんとは 言いたかったけどね…。

意識あるうちに言いたかったけど…。

<それでは 僕が体験した「復活の日」
その一部始終を ご覧ください>

♬~

まずは ほんとに復活してくれるのか
どうかっていう

まず そっからですよね。

復活っていっても あと どういうふうに
復活するのかっていうのも

詳しく 僕は聞いてないし…。 はい。

まあ普通だったら 母ちゃんか父ちゃん
って言うんでしょうけれども

まあ 私のおやじというのは
まあ ほとんど家にも帰ってこないで

いろんなところに 自分の愛人を作って…。

そういう方だったんで。

まあ 父ちゃんは 子どもの時から
ろくに家 帰ってこないから

いなかったから
別に気にもなんないんですけど

やっぱ 母ちゃんは 僕にとって
いて 当たり前という感じだったんで

そして もう どんな時でも
僕の味方というか。

亡くなっちゃった時に ほんとに…

「あっ もう いなくなっちゃうんだ」
っていうのが不思議でしたね 逆に。

もう…。

ああ そうですね あの…
生きてる間 母ちゃんに

どうしても 言えなかったことがあるんで
それを言いたいですね はい。

はい よろしくお願いします。
(スタッフ)じゃあ お願いします!

お願いします!
お願いしま~す。

(スタッフ)いよいよ本番です。

いや~ 来ましたね。 はい。

(スタッフ)改めて 今 どういうお気持ち…。

いや~ もう 今んとこ もう
普通に 楽しみしかないですね はい。

あの~… バラエティーの場合は

「よし やってやるぞ」っていう感じで
スタジオに入りますが

ここは フラットな気持ちで入れますね。

わっ すごいな。 おお~!

何すか この暗い…。

わっ。 何か イメージと全然違いましたね。

スタジオというより もう
何にもないっすね。

あそこに 椅子が1個あるだけだ。

あっ こんな感じでやんの?

何か ものものしいなあ。

もうちょっと あの… 普通のスタジオで
さ~っと やるのかなと思ったら。

すごいな。

もう ドッキリ臭が満々なんですけどね。
誰か飛び出てこないですよね?

いいんですか? 座って。

あっ…。

わっ 何だ 急に始まるのかな
ドキドキするなあ。

うわ~…。

哲ちゃん。

うわ~…。

ちょっと こっち来て
顔 見せてちょうだい。

えっ? こっちって どういうこと?

こっち こっち。
ああ… こっち? はいはいはい。

はい。

ああ 母ちゃんだ…。

あれ?

不思議だねえ。
えっ?

不思議だよねえ。
そうねえ。

うん 久しぶり。
久しぶり。

ちょっと 髪の毛がね ボサボサだね。
うん。

えっ せっかくね
皆さんが見てるわけですから

ほら もうちょっと 何ていうの
きれいな格好というか。

前ね 覚えてる?
え?

あの~ ロンドンブーツのドッキリに
かかった時があったでしょ 僕が。

ああ あったねえ。

そん時 母ちゃんが 裏で
スタッフさんに呼ばれて

モニタリングしてたでしょ?
してた してた。

そん時も もう 白髪頭で髪も染めないで

格好も 何か
ちゃんとした格好しないで来て

後で
かずこおばさんとか おばあちゃんに

「テレビ出るんだから ちゃんとした格好
してきなさい」って怒られたでしょ?

うん 怒られたね あの時は。

いや だから
今も ちょっと そんな感じ…。

あん時も こういう感じだったでしょ?
白髪も そのままで。

でもさ あの世から こうやって
テレビに出る人ってのは

日本で初めてなんだから
あたしは 胸を張ってるわけ。

なるほど なるほど。
外見なんか どうでもいいの。

ねえ ところで元気だった?
えっ?

元気だったの?
いや もう 元気 元気。

もう めちゃめちゃ元気ですよ。
…まあ 元気でもないな。

ほんとのこと言うとね もう 体が
いろいろ ガタがきてますけど

去年かな。
うん。

胆管炎で… 去年か おととしか。

胆のうに石が出来ちゃって
入院しちゃったの。

めちゃめちゃ 痛いの何のって。

仕事も全部 1週間ぐらい
飛ばしちゃって 休んじゃって

もう めちゃめちゃ
皆さんに迷惑かけたんで…。

母ちゃんが亡くなってから

自分の番組とかも
やらせてもらえるようになってきて…。

そうだよね。
そう。 そうなると

ゲストで休むのと 自分の番組を休むのは
全然違って

自分の番組だと
もう収録もできなくなっちゃって

皆さんに迷惑かけるんで…。

ああ そっか。
だからね ほんとに

ここ何年かは 健康に対して
すごい考えるようになりました。

とにかくね あんた ここまで
ほんとに よく頑張ったね。

いえいえ いえいえいえ。

たくさんの人に愛されるような
芸人になってくれて

本当に うれしいなって思ってるの。

いや とんでもない とんでもない。
うん…。

ほら 「紅白」の審査員にも
なっちゃったしねえ。

はいはい。

いや もう ほんとに ありがたいことで。
うん。

まあね しかも その「紅白」の司会が
チェンがね やって。

まあ しかも… そう 母ちゃんが だからね
俺は忘れもしない

学生時代 ずっとね
チェン… ウッチャンのことを

チェン チェン チェン チェン
呼んでたでしょ?          うん。

チェンが遊びに来て 母ちゃんとかも
お茶 出したり 何だしてて。  そうそう。

ある日のお正月かな。 あの~…

「チェン君は どうするの?」
とか何とか言ったら

「田舎の熊本 帰るよ」って言ったら

「熊本!? えっ?
あの人 中国の人じゃないの?」って。

アハハハハ!
ハハッ!

そんなことあったかしら?
俺が ずっと

チェン チェン チェン チェン
言ってるから

母ちゃんは ずっと
中国の人だと思ってたんだよね。

そう あの方 ちょっとね あっちの方の
カンフー映画の方に似てるから。

そうそう ジャッキー・チェンに似てるし
実際 チェンが…

何で 僕が ウッチャンのこと チェンって
呼ぶようになったかっていうと

ジャッキー・チェンに似てるから あだ名で
チェンって呼ぶようになったんだし

実際に 自分もね ジャッキー・チェンが
大好きだったから。           そう。

そう。
だから 日本語が上手だなとは思ってたの。

いやいやいや 上手すぎるでしょ。
でも まさか

熊本とはね思わなかったから
びっくりした~。

上手すぎるでしょ。
人生の中で一番びっくりした あれが。

中国の方としては。

あと ほら テレ東のやつも見てるよ。
バイクで旅するやつあるじゃない。

ああ あれ ちゃんと見てる?
うん。

すごいでしょ?
うん。

いや ねっ 母ちゃんが…
まだ 信じられないでしょ?  うん?

8年前に 僕が ゴールデン番組で
自分の冠番組を持つなんて

8年前の母ちゃんからすりゃ
信じられないでしょ?

ほんとよ。 びっくりした~。

いや もう ほんとに
それは 最高に うれしかったし

何よりも そして 一番うれしかったのが

自分の その番組に
あの さんまさんがゲストで来てくれた。

ああ そうだねえ。
はい。 あれはね ほんとに…

まあ 母ちゃんが ほんとに生きてたらね
あの… いや~ 見せたかったな。

母ちゃんは ずっと 俺の番組
見ててくれたじゃない。  うん。

そんで ねえ 月に1回ぐらいは
必ず 電話をくれて

「今月は何に出るんだい?」とか
何とか言って

俺が 何か調べて
「何日が何チャンの何時から」とか

ずっと 伝えてたでしょ?
うん。

<僕の母ちゃん 出川泰子は

1935年 宮城県の塩釜市の
のり問屋で生まれました。

若い頃の母ちゃんは
ものすごく きれいで

塩釜小町と
呼ばれていたそうです。

それで 仕事で塩釜にやって来た
僕のおやじに見初められて

結婚したというわけ。

で これが 僕のおやじの誠一郎。

横浜で 1894年創業の

老舗のり問屋の若旦那でした。

これが その のり問屋。 僕の実家です。

母ちゃんは
誠一郎の妻として
店を手伝いながら

3人の子どもを
育て上げました>

<しかし まあ 母ちゃんは大変でした。

とにかく
うちの家は いろいろあったんです。

おやじが
なかなかの放蕩者で

家には ほとんどおらず

母ちゃんは お店のことから
住み込みの従業員の食事の世話までして

僕ら兄弟を育てたんです。

ほんとに 大変だったと思います。

でも 母ちゃんは弱音を一つも吐かず

亡くなる直前まで お店のこと

そして
家族のことを気にかけていました。

僕の母ちゃんは…>

<僕は いつも叱られてばかりいたけど
そんな母ちゃんが 大好きでした>

<そして 僕は
母ちゃんと再会したんです。

それは まるで
奇跡のような出来事だと思いました>

そうだ 哲ちゃんと見たいものがあるの。
はい。

後ろにある台のところに
行ってみてくれる?

えっ 後ろの台?
うん。

見える?
あっ 見える。

えっ 向こうに行っていいの?
うん。

アルバムだ。

そう。 一緒に見ようよ。
開けていいの?

アルバム めくって見せてよ こっちに。

わ~ すごいなあ。

ほら!
うん。

あっ よくあったな こんなの。

これ まだ ほんとに小さかった時だよね。

わ~ なんて…。
このころはねえ かわいかったのにねえ。

かわいい ほんとに かわいい 俺!
ねえ。

なんて かわいいのかしら!

ほんと そう思うよね これ。
いやいや もう ちっちゃい… ちっちゃい。

サイズもね。
サイズも。

ちっちゃいし。
ほんとに ちっちゃい。

あんた どんな子どもだったか覚えてる?

まあ 多分 子どもの時は
泣き虫だったかな すごい。

うん。
何か… あと まあ

兄貴とは ちょっと 年 離れてたんだけど
姉ちゃんとは1つ違いだから もう

姉ちゃんの後ろばっか くっついてた…。
ねえ。                 そうね。

ああ もう ほとんど やっぱね
写真も もう ほとんど

これも 俺のお姉ちゃんでしょ。

これも 俺のお姉ちゃんでしょ。

一緒だもんね いっつも。

ほとんど お姉ちゃんと一緒にいましたね。

あっ これ…。  あんたはね ほんとにね
手のかかる子だったのよ。

えっ 俺が?
うん。 覚えてる?

子どもたちだけで留守番してる時に
倉庫の棚の上から落ちたこと。

ああ それは覚えてる 覚えてる。

帰ったら 子どもたちが わんわん泣いてて
あたし どうしたのかと思ったよ。

もう びっくりした。
ああ あの棚からは多分

俺 自分から落ちたこともあるし

かくれんぼとか よくやってたから
かくれんぼで2回ぐらい落ちたのと

あと 兄貴に突き落とされたのが2回。

骨折したのよね 2回も。
骨折ね。

うん 今 考えると あれ 事件だからね。
一つの大きい事件だよね。

そう。 自分の兄貴に
突き落とされてんだからね。  うん。

あんたとあたしは よくけんかしたの
覚えてる?

いや よく あの…
怒って 俺が逃げたりすると

追っかけてたのは 覚えてる。
ああ そう?

あと 一回ね 俺が 多分ね
中学の時か何かなんだけど

また 母ちゃんが いつもみたく
ひっぱたこうとしたら

俺が 初めて反抗して

ひっぱたこうとした手を持って
反抗して ど~んとかやったんだよね。

ああ。
そしたら 母ちゃんが もう ぶち切れて

また 追いかけてきて 俺が逃げて

また… 30分ぐらいかな?
30分ぐらいして家に戻ったら

1階で仁王立ちで
母ちゃんが まだ待ってたんだよね。

フフフ…。
「うわ 怖え~」と思って

「1時間 そこにいたのかよ」と思って。
そうだよ。

あたしも やられるとは
思わなかったからね

もう 頭にきちゃって。
それは すごい覚えてる。

それが 俺が母ちゃんに反抗した
初めてだったから。

まあまあまあ とにかく
よく ひっぱたかれましたよ あなたには。

うん。
よく ひっぱ…。

今は ひっぱたくって
言っちゃいけないのかな?

いや でもね それが当たり前だったからね
あの時代は。                   昔はね。

あっ あと これは 小学生の時かな?

これね 次のページね。
ランドセル。

あんた ほら 背が低かったから

ランドセルを しょっただけで
後ろに ひっくり返ってたよね。

まあ もちろん クラスの どの…
1年生から もうずっと

どのクラスでも やっぱ
一番前だったからね。           うん。

それで 哲ちゃんは 小学生になって

ますます やんちゃで
聞かん気な子になったのよね。

ほら お兄ちゃんと
兄弟げんかするじゃない?

で 哲が お兄ちゃんに
けんかで勝てるわけないの。

うん。
年齢も体格も違うじゃない?

そしたら 哲は あまり怒った時に
どうしたか覚えてる?

えっ 何だろう?

えっ? とにかく 兄貴には もう
やられてるイメージしかなかったから…。

そう 今まではね。
うん。

あの時はね…。
じゃあ 兄貴のミニカーとかを

放り投げたのかな?
ううん。 もっと すごいの。

兄貴のG.I.ジョーの首をへし折った?
ううん。

台所から包丁持ってきたんだよ。
ああ~!

それでね 震えながら立ってたの。
ああ~。

ああ 包丁 よく使ってた。

よく使ってたの?
そう よく…。

包丁は 今 思うと

もう とんでもないガキだけど

よく 住み込みのね
杉山さんとか みんな…

若い頃 住み込みだったでしょ? 4階で。

そこで遊んだりすると
やっぱ 俺は 子どもだから

みんなに 結局 からかわれて。
うん。

結局 そんな感じになると 必ず
俺らの部屋から戻ってきて

包丁 持って
その おにいさんたちの部屋に

「お前ら やるぞ~!」とか言って

それは すごい覚えてる。
とにかく 包丁を持ってた。

そうね。 テレビでは
「切れたナイフ」とか言ってるけど

ほんとは切れた包丁だったのよね。
ほんとに。

よくよく考えたら あのころから
包丁 持ってたんだなと思って。

あとね 哲はね 峰子ちゃんの腕に
鉛筆を刺したこともあった。

ああ~!          峰子ちゃんの腕にね。
うわ~ あった!   ねえ 覚えてる?

うわ~ 思い出した。
その時の傷が残ってたし。

うわっ 全く記憶から無くしてた。

あっ やっぱり忘れようとするんだね。
いや もう 危ない子どもだね!

考えてみたら すごいよね いろいろ。
いや~ ありえない ありえない。

あった 刺しちゃったんだ。
そんで 姉ちゃんが すごい泣いて…。

そうだよ。
鉛筆の芯が折れちゃって…。

痛かったと思うよ あれは。
うわ~… 姉ちゃん ごめん。

うわっ もう ほんとに
俺の記憶から無くなってた その事件は。

いや ほんとに あんたにはね
いろいろと手を焼かされたんだよ。

最悪だね 自分の姉を鉛筆で刺し
従業員の皆さんを包丁で脅し…。

フフフフ! 自供しましたね。

私はね 哲のことをね

気持ちの中に 火の玉を持ってるような
子どもだなと思って 見てたの。

なるほど なるほど。
うん。

で 体は ほら ちっちゃいのに
それなのに ものすごくパワーがある。

なるほど なるほど。  強いわけ。
なるほど。

それで あんたの内にある
その火の玉みたいなのを

どうやってあげるべきか

道を踏み外したりしないか
すごく心配だったのね 本当は。

ああ なるほどね。
確かに 親からすると そうかもね。

だから よかったね。
変な方に行かなくて。  よかったよ。

やっぱり それは 自分のやりたいことを
見つけられたからだよ 母ちゃん。

そうだね。
そう。

ほら あと 哲ちゃん人形っての覚えてる?

哲ちゃん人形? 何それ? 知らない。

哲ちゃん人形って 自分で作ってたの。

じゃあさ 後ろの台のところに
また 行ってくれる?

えっ?

哲ちゃん人形 分かんないんだけど。

分かった?
え~?

懐かしいでしょ?

いや これは…。

いや こういうのは描いてたの いっつも。

こうやって
自分で 絵を描いて 切り取って

お姉ちゃんと いっつも遊んでた。

これを 動物君っていって

お姉ちゃんと いっつも
これを しゃべらせて

いっつも 何時間でも遊んでたのは
それは もう はっきり覚えてる。

哲ちゃんごっこにはね
ちゃんと お話があって

哲ちゃんが歌手になって
売れていくって話も作った。

ああ そんなのもあったね。
うん。

そんで あの~…

よく 曲かけて
こういう お人形さんに歌わしたり…。

そうだよね。
オーディションのシーンとかあって

審査員とかも ちゃんと
自分で作ってたのよね そういう役を。

ああ かもしれない。

あっ そうだ 石橋正次の
「夜明けの停車場」っていう歌とか

ビリー・バンバンの
「さよならをするために」とか

あれを よく歌ってたよ。
いや めっちゃ歌ってた。

それは あの 動物君の したしたっていう
ブタがいるんだけど

したしたって名前 付けてたんだけど
そのブタの持ち歌だったの。

何で したしたなの?
えっ?             何で したしたなの?

したしたっていうのは
このブタは 上向いてるけど

下を向いてる ブタちゃんがいて
それは したしたって名前を付けて

したしたの持ち歌が 石橋正次さんの
「夜明けの停車場」だったんですね。

じゃあ やっぱり
あんたは そのころから

タレントになりたいって思ってたんだね
きっと。

いや 全く それはなかったけど
でも いつの間にか

そういうの やってたね
そう思われると。

だって こうやって ブタのおもちゃに…。

♬「夜明けの停車場に」

…とか 小学生が歌わせて遊んでるって
ちょっと怖いよね。

ちょっと変わってるかもね。

何か… うん。 でも 確かに

そういうのが好きだったかもしれない
今 思うと。      うん うん。

<死んだはずの母ちゃんと会話してる。

まるで 奇跡のような時間でした。

でも 僕は まだ
本当に母ちゃんに言いたかったことを

切り出せずにいたのです>

哲ちゃん。
うん。          一つ聞いていい?

うん。     パパのことなんだけど。
うん。

あんた パパのこと どう思ってたの?

まあ 親としては もう最悪だよね。

いや 正直
もう 親としては最悪でしょう。

だって まず 愛人 作って
家に帰ってこないっていうのは もう

親としては もう 最悪ですよ。

だから ねっ おやじが たま~に
1か月に1回ぐらい帰ってくると

俺 敬語だったからね。  あ~。
会わないから。

親戚のおじさんが 久々に来るぐらいで。

「あっ こんにちは
ご無沙汰してます」。

いや 自分のおやじに
「ご無沙汰してます」って

やっぱ おかしいでしょ だって。

俺が 子どもの時の
もう ちゃんと 記憶がある頃には

もう 家には いなかったから。

だから もう 別に おやじは

ほかの女の人のとこへ行って
帰ってこないものだと

もう 子ども心に
何となく分かってたし

だから
それに対して寂しいなんていうのは

全然 思わなかったよね。

<おやじの出川誠一郎は
破天荒な男でした。

僕が生まれた頃は
実家の のり問屋の経営は順調で

おやじは
いろいろな事業に手を出しました。

でも 結局 ほかの事業は うまくいかず

僕が高校生の頃
ばく大な借金を抱えてしまったんです。

それで 倒産寸前の実家の のり問屋に

銀行が 融資してくれることに
なったんですけど

一つ条件があったんです。

それは
おやじを社長から降ろすことでした。

もともと あまり家にいなかったおやじ。

店の経営からも外され

それから 僕ら家族は
おやじと会うことはなくなったのです>

母ちゃんが
まじで どう思ってたのかなと思って。

何で あんな 全然帰ってこない人と
何で 離婚しなかったのかなって。

あの人はね やっぱり 何が魅力って

男から すごく好かれる男だったのね。

うん そういうところが やっぱりね
すばらしいなって思うし

哲にも よく似てるなと思うね。

うん 俺は 正直…

自分で こんなこと言うのは
あれだけど

やっぱ 俺とおやじ ちょっと
似てるとこ あると思うもん すごい。

いや あの 何ていうの
その 外面がいいとか 何か…。

女の人 いるの?
エッヘヘ いやいやいや。

そこだけ…
そこだけ似なくてよかったなって。

フフッ よかった。
そこだけ…。

ただ ねっ それは結婚する前は
女性のことも大好きだったし。  うん。

あと ねっ
何か あの 友達のために

何か お金貸して
おやじも失敗しちゃったりとか

何か そんなとこも

まあ ちょっと
私と似たようなとこもあったりとか。

うん。
だから… 何ていうのかな。

男気があったよね。
いや 男気というか

まあ 義理人情とか
まあ 分かんないけど

義理人情をいっぱい破るとこも
おやじもあったけど。

な… 何ていうかな。

何か おやじ
あんだけ いろいろやってきたけど

おやじのこと悪く言う人
一人もいないでしょ。

うん。 そういう人は
なかなか いないと思うのよね。

それが やっぱ すごいなと思って。
うん。

俺は おやじに対しては

おやじとしては最悪だけど

男としては
最高の人生だったんじゃないかな

と思ってるんで。
え~ どういうところが?

いや だって もう
自分のやりたい放題やって

自分の好きなこと やって。 ねっ。

うん そうだよ。
そんで まあ 外面もいいから。

ねえ おやじの結婚式なんて

1, 000人以上の方が あんな来てくれて
みんな…。

お葬式ね。
あっ ごめんなさい お葬式ね。

お葬式ん時
1, 000人以上の人が来て

みんなが
俺とか兄貴に向かって

「いや~ 哲ちゃん
あんな すばらしい人 いなかった。

君のお父さんには
お世話になったんだ」。

知らない人が
どんどん どんどん来て

外面がいいから
やっぱ 人望は すごいあったでしょ。

そう。
友達もいっぱいだし。      うん。

ただね

一回 哲ちゃんには
ちゃんと謝らなくちゃいけないなって

思ってて。
うん。

あたしとパパが うまくやれなかったこと
ほんとに悪かったなって思ってるの。

あっ。
哲にも苦労かけたし…。

いや そんなの あの…。
気を遣わせたと思うよ。

母ちゃんが悪いなんて思う必要は
もう 1ミリもないよ。

あっ そう?
そう。 だって もう それは もう

もう 誰が どう見たって
おやじのせいだから。

そんなこと思ったこと
俺もだろうけど 兄貴も 姉貴も

そんなふうに思ったことは一度もないよ
母ちゃんに対して。

<大きな借金を抱えた
僕の実家の のり問屋。

それで 兄貴は家を継ぎ

家族一丸となって
店を再建することになりました。

僕は高校を出たばかりで

とにかく「稼がなきゃ! 働かなきゃ!」
って思ってました>

哲が 高校を出る時が
一番 うちが貧乏だったのね。

そうね。 はい。
それは ちょっと心苦しかった。

あ~ まあ でもね

だから それは
家がね 傾いちゃったから

まあ 俺も もちろん
のり屋を手伝おうと思ってたけれども

こういう状況になっちゃったんで。

ねえ あの 急に
就職しなきゃならないって形になって…。

うん。
僕はね 親戚のおじさんの紹介で

京都の尼寺に修業 行くでしょ。
うん。

でも 正直
料理なんて細かいね 仕事は 俺は

ほんとのこと言うと 大嫌いなわけで。
うん。

でも あん時 いっつも親族会議とかして

親戚のおばさんとかも
泣いちゃったりして

何か 「どうする? どうする?」なんて
なってた時に

俺らが かっこつけて
また そこも いいかっこしいだから

「俺が働くから」とか何とか言った手前

好きでも何でもない 料理の修業で
京都に行くことになるんだけど

やっぱ あの半年間で…

毎日ね
尼さんと2人だけで生活してる時に

やっぱ 毎日
矢沢永吉さんの「成りあがり」を読んで

ほんとに
自分の好きなことやらないでいいのか。

自分の世界 好きな世界で
ビッグにならないでいいのかって

あれを 毎晩毎晩
18歳ぐらいの若造が読んで

「やっぱ このままじゃダメだ。
せっかく生きてきたんだったら

自分の好きなことをやんなきゃ
しょうがない」と思って

庵主様に土下座して謝って

京都から
俺は 横浜に戻ってくるわけじゃない。

うん。
そん時 でもね

すごい 俺が覚えてるのは
あの 母ちゃんに

俺が もう やっぱ料理人を諦めて
寺もやめて

やっぱ もう
こんな ちんちくりんだけど

やっぱ 映画が好きなんで
役者になりたいと思うって

自分の好きなことを見つけられたんで

そっから頑張りたいと思うって
言った時に

母ちゃんが 何て言うかな
反対するんじゃないかなと思ったら

「あっ やっと哲ちゃんらしくなったね」
って言ったんだよね。

そうだよ。
あん時 ほんとに うれしかったんだよ。

あ~ うれしかったんだ。
哲ちゃんが やりたいことがあるって

教えてくれて。

ほら 家族とか お店のせいで

やりたいことを我慢させてるっていうのが
すごい心苦しいものなの。

あ~ なるほどね。
ほんとに うん。

よく話してくれたなと思って
うれしかった。

あっ やっぱ これでよかったのかなって

すごい背中を押してもらった
みたいな感じには 何か思ったんだよね。

あっ やっぱ これでよかったんだなって。

やっぱ そうだよな。
こっちの方が俺らしいよなって。   うん。

<それで 僕は
晴れて 映画の専門学校に入学。

そこで出会った内村光良や南原清隆らと

劇団SHA・LA・LAを旗揚げしたんです>

あたしはね
SHA・LA・LAの公演を見に行くのが

ほんとに楽しみになってきたのね。
あ~ もう いっつもね。

うん。
まあ 母ちゃんと 兄貴と 姉貴とね

いっつも見に来ててくれてて。

あたしが お握り
いっぱい作っていったのは覚えてる?

お握り?           うん。
劇場に?

じゃあ あの また
後ろの台のところ 行ってみて。

えっ?

でかいな。

わ~ 懐かしいな!

そう 昔よく作った みそお握り。

うわ~ 懐かしいな。 あったわ。

食べて 食べて。
忘れてた。 食べんの?

どうぞ どうぞ。
ほんとに?

頂きます。

久しぶりでしょ。

うんうん。

はあ… これだよ。

はあ… 忘れてたね。

食べてたわ これ。

あたしの料理なんか
もう覚えてないかと思った。

いや 覚えてる。
カレーライスとか…。

あの酸っぱいサラダね 俺の大好きなのは。
それは すごい覚えてたけど。

これは忘れてたね。

これ 食べてたね。

急に泣くんだよね 昔から。

いや そんな泣かなかったけどね。

♬~

あっ これは忘れてたわ。 食べてた。

うん。

いや
なんてことない お握りなんだけどね。

そうね。
あの…

お握りの周りに ほんと みそ
みそをつけてるだけなんだけどね。

でも 何か おいしくて…。

食べてたね。
うん。

忘れてた。 これ ほんとに忘れてた。

あ~ そうね。

これね でもね

さんまさんに見られたら
めっちゃ怒られるね。 うん。

え~ そうだね。
そう。

またね こんなん食って泣いたら…。

何て言われる?
えっ?    何て言われる?

(明石家さんまのものまねで)
「お前な お前 何 お笑いが

テレビで泣いてんじゃ。 お前…」。

あの ほんとに怒られるやつね。
そうだね。

でも しょうがないよね。
フフフフ。

しょうがないというか
これは ダメだよね。

今日はね。
このお握りは。 うん。

これは やっぱ
いろんなとこで言ってんだけど

母ちゃんが あん時 俺が いろんな
「抱かれたくない」や「気持ち悪い」に

選ばれてる時に

やっぱ 俺の親とか きょうだいとか
当時つきあってる彼女に

やっぱ 申し訳ない気持ちがいっぱいで
一回 母ちゃんに謝ったでしょ。

何か そんな1位になって申し訳ない
恥ずかしいでしょ

自分の息子が そんなになって
本当に申し訳ないって謝った時に

母ちゃんが
「何言ってんだ 哲朗」って言ったのよ。

「あんた どんなジャンルだろうが
日本一になることなんて

すごいことなんだから 胸張りなさい」
っつったのよ。

うん それでね 楽になった。

それで
いろんな恥ずかしいこと やっても

母ちゃんとか きょうだいとか
親戚のことを

気にしないで できるようになった。

それはね すごい助かった あの言葉は。

あ~ じゃあね あの…

まあ 俺も あの 母ちゃんに
やっぱ ちょっとね

あの ずっと 気になって
聞きたかったことがあるんだよね。

うん。
うん。              何?

あの…

ほら ずっと おやじが あんな感じで…。
ほんとに朝から晩まで働いてたじゃない。

うん。
ねっ。

朝 俺たちのお弁当を作って ねっ

デパートで
うちの のりも店頭で出してたから

オープンから ねっ 閉店まで
ず~っと立ちっ放しで

毎日 ねっ 売り場に出て

で 帰ってきて 俺とかのごはんと
あと 住み込みのおにいさんたちのね

7~8人のごはんも 毎晩 作って

そのあと
やっと 今度は お母さんの仕事

ねっ 俺たちの洗濯物とか何とか。

その仕事… ねっ。 その一日が もう

365日 ほとんど
ず~っと その生活だったわけじゃない。

うん。
おやじも帰ってこない。 愛人 作って。

その人生で
幸せだったのかなと 母ちゃんが。

うん。 その時はね
幸せって分からなかったんだけど…。

忙しすぎて?
うん。

見えなかったんだけど

今になると
すごく幸せだったってことが見えてくる。

哲ちゃんが売れるようになって
私の誇りになって

それは やっぱり 希望の光だったからね
ありがたかったなと思ってるし

産んで育ててよかったなと思ってる。

うん ほんとに ありがとう。
いや とんでもない とんでもない。

あのね あの…

俺が
まあ 母ちゃんに言いたかったのは…。

もう ほんとに
たった一つなんだけれども

もう… ほんとに あの…

「ありがとう」と言いたい。 ねっ。

あの 母ちゃんが
最後ね 病院で ず~っと入院して

ほんとはね ほんとは やっぱね

死ぬ前にね
ちゃんと 母ちゃんが意識ある時にね

ほんとに 「ありがとう」と。

俺らが子どもん時から苦労して
ず~っと働きづめで

「ありがとう」と言いたかったんだけどね。

やっぱね
あの まだ意識があるとこにね 急に…

そんなこと
絶対 恥ずかしくても言えないし

急に言ったら
多分 母ちゃんが あの もうすぐね

あの 自分でね あの 死んじゃうって

ばれちゃうじゃん。

ありがとう。
あんまり早めに言うと。   うん。

ほんとは 言いたかったけどね…。

意識あるうちに言いたかったけど

やっぱ ばれるからね。

あの それで
意識がなくなってから 言ったけど

多分 もう 意識ないからね。

あの 分かんないからね あの…。

やっぱね 意識があるうちにね

あの あれ 「ありがとう」とね

言っとけばよかったかなってね

ずっと… ずっと それは思ってたんでね。

あの…。

まあ 結局 今回はね
こういう形になりましたが

あの…
あの 言えてよかったなと思います。

うん。

また さんまさんに叱られるよ。

怒られるね。
うん。

あっ でも ほんとに それだけだな。

あの 言い残したのは
ほんとに それだけだね。 うん。

ほんとに 「ありがとう」と。

それだけだね。 うん。

あとは もう 何にもないね。

あとは もう ほんと お疲れさまでした。
ほんとに頑張りました。

自分の親に言うのは おかしいけど
ほんとに あなたは頑張りました。

頑張って生きましたって
言えるからね。

うん そう だから

かける言葉は
ほんとに ありがとうってだけだね。

じゃあ ここに降りてきてよかった。

そうね。
うん。

あたしも 哲のおかげで
いっぱい いい思いをしたし

誇らしかったし

ふだんは見られない世界を
たくさん見ることができたから

ほんとに…
うん こうやって出会えてね…。

あたし
「出川哲朗の母です」って人に言う時

とっても誇らしかったの。

ありがとう。

哲ちゃんを産んで 本当に よかったよ。

いやいや とんでもない。
もう こちらこそね。

あの 産んでもらって ありがとうだよ
ほんとに。

体に気を付けてね。
はいはい。

元気で。
母ちゃんも。

うん。 何となく
上から見ててくれてるのは

感じてるから。 いつも。   あっ そう?
そうそう そうそう。

ちょっと 最後に 近くで顔を見せて。
うん。

♬~

じゃあね。
はい。

はい。
じゃあね。

♬~

(スタッフ)どうも お疲れさまでした。

あっ ありがとうございました。
(スタッフ)お疲れさまでした。

あ~ そうですね 最後…。

もう 入る前も一番言いたかったんだけど
ほんとに まあ 言いたかったのは

その ほんとに 「母ちゃん ありがとう」
ってとこだけだったんで

それが あの 病院で
結果 一回も言えなかったんで

それに対しては
すごい後悔があったんで

あの この番組の中だけど

言えてよかったのかなとは思いますね。

<こうして
嘘みたいな一日は幕を閉じたんです。

この日を 僕は
二度と忘れないと思います。

母ちゃんに会えて よかった。

母ちゃんの息子で 本当に よかった。

本当に ありがとう。 出川哲朗>

♬~


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