報道特別番組「平成最後の日~天皇陛下退位へ」皇陛下が臨まれる“平成最後の儀式”・「退位のお気持ち表明」の舞台裏…



出典:『報道特別番組「平成最後の日~天皇陛下退位へ」』の番組情報(EPGから引用)


報道特別番組「平成最後の日~天皇陛下退位へ」[字]


「ひるおび!」と「Nスタ」が強力タッグ! ★天皇陛下が臨まれる“平成最後の儀式”をどこよりもわかりやすく報道 ★陛下の「退位のお気持ち表明」の舞台裏に迫ります。


詳細情報

番組内容

◆詳報!天皇陛下が臨まれる最後の儀式を徹底報道

◆納得!宮中三殿とは? 中で何が? わかりやすく解説

◆独自!退位のお気持ち表明までの舞台裏に迫る

◆決意!退位の意向をにじませた陛下の思いとは…

◆必見!元側近が語る天皇皇后両陛下の知られざる姿

◆貴重!秘蔵映像で紡ぐ 両陛下31年の旅路

◆秘話!両陛下が旅に込めた思い 異国での知られざる出会いとは

出演者

【MC】

恵俊彰/「ひるおび!」メインキャスター

井上貴博/「Nスタ」メインキャスター

ホラン千秋/「Nスタ」キャスター


【ゲスト】

佐藤正宏さん/元宮内庁侍従次長

苅田吉夫さん/元宮内庁式部官長


【解説】

牧嶋博子/TBSテレビ解説室長

スタッフ

プロデューサー:谷上栄一

編集長:樫元照幸




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報道特別番組「平成最後の日~天皇陛下退位へ」皇陛下が臨まれる
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  6. 退位
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  11. 参拝
  12. 宮中三殿
  13. 天皇陛下
  14. 国民
  15. お二人
  16. 佐藤
  17. 最後
  18. 非常
  19. 皇后
  20. 今日


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平成が始まって今日で1万107
0日。

それはまさに激動の日々でした。

災害。
テロ。

金融危機。

そして、慰霊の旅。

その平成が終わろうとしています。

陛下は間もなく退位を報告するた
め、

宮中三殿へ向かわれます。

ついに平成最後の日となりました。

今日のこの時間は報道特別番組と
して

「Nスタ」の井上キャスターと

ホラン千秋キャスターとお伝えし
ていこうと思います。

平成も残すところ、時間が出ており
ますね、

令和まで、あと14時間3分50秒

どんどん進んでまいりますけれど

平成が終わります。

その平成の31年をボードにまと
めました。

多くの感動を生みましたスポーツ
の祭典、

オリンピックということで言いま
すと

冬季、夏季、

合わせて15回のオリンピックを
経験したことになります。

また、阪神・淡路大震災、東日本大震
災など

幾度の災害に見舞われた時代でも
ありました。

そんな平成も1カ月前の4月1日、

令和という新元号が発表されまし
て、

令和まで14時間3分を切ったと
ころでございます。

いよいよ新しい時代がやってくる、
そんな感じがしますけれど

この歴史的な一日なんですが、

今日は一体どんな日程になってい
るのでしょうか。

あと2分半ほどですね、宮中三殿の
儀で、

午前10時から執り行われます。

まず、全体像をご覧いただきます。

皇居は東京ドームおよそ25個分、

大変広い敷地内にあります。

宮殿がありまして、御所はお住まい
になっている場所です。

そして宮中三殿。

天皇陛下は綾綺殿でお召し替えを
されて

まずは賢所に向かわれるという段
取りになっております。

ジオラマにも再現してみました。

中央の賢所は両サイドよりも

30cm高く設計されています。

右幄舎は、祭儀などが行われる際に
臨時に設置されますが

この場所に秋篠宮さまを含めた

皇族の皆様が儀式を見守っていら
っしゃるという位置関係になりま

す。

左幄舎の辺りに代表のカメラ、記者
がいます。

弊社で言いますと、記者の小曽さん
が取材しています。

新たな情報が入りました、出席者が
参列場所に到着されました。

皇族方が宮中三殿に入られたとい
うことです。

現地のカメラの映像は、リアルタイ
ムではないんです。

少し時間差がありまして、届きます
ので

まず情報が入ってきてから

映像が届くという関係になるかと
思います。

天皇陛下の動きなんですが、綾綺殿
を出られて

基本的には入り口に向かって右側
から

中に入り、その後、終えられた後、

右側からまた出られるという位置
関係になります。

これが午前10時から行われると。

賢所に関しては、鈴が最後に鳴る合
図がありますので

その鈴が鳴った時点で、儀式が滞り
なく

終えられたんだなという合図にな
るそうです。

その鈴は皇霊殿と神殿、

奉告の儀では鳴らすことはないと
いうことです。

それぞれの神様に退位をご報告さ
れるということです。

天皇陛下が入っていかれるところ

こちら側のカメラから映像として
お届けすることができるんですが、

中でどういったことが行われるの
かは

基本的に非公開ということになっ
ています。

今日は朝から東京は雨が降ってお
ります。

思い返してみますと、昭和から平成
になるタイミングでも

たしか雨が降っていたと記憶して
います。

今日という日を一緒に迎えていた
だきます、

ゲストの方をご紹介いたしましょ
う。

皇室の儀式を司る部門のトップ、

式部官長を務められました苅田吉
夫さん。

苅田さん天皇・皇后両陛下のとても
お近くで

仕えていたということで、こんな映
像が残されているんですね。

美智子さまの後ろにいらっしゃる
のが苅田さんです。

苅田さん、式部官長とはどのような
お仕事なんでしょう?

式部官長というのは、宮内庁の中で

外国に関することと、

それから宮中の儀式に関すること、
この2つを総括しております。

儀式といいますのは、宮中で行う一
切の儀式、

いろんな儀式がありますが、

ほかに園遊会だとか

晩さん会、そういうのも含みます。

外国では一番大きいのは、外国ご訪
問、

それから国賓の接遇、

そして東京に百何十人おります大
使との関係、

そうしたことが主なものになりま
す。

様々な重要な場面でお手伝いされ
るということですね?

それを企画して実施するというこ
とになります。

ずっとそばから見てこられたわけ
ですね。

苅田さん、今日、平成が終わるとい
うことですが、いかがですか?

ちょうど私が宮内庁と、

それまで外務省だったものですか
ら、関わりを持ちましたのが

平成2年ですから、ちょうど即位の
礼のときからのお手伝いになりま

して、

それから全部で約10年お仕えし
ました。

そんなことで、とても今、1つの時
代が終わることに

大変感慨深いものがあります。

映像が入ってきました、

宮中三殿の儀式が始まりました。

天皇陛下がゆっくりと

賢所の入り口へと向かわれます。

後ろに仕えているのが、侍従です。

あいにくの雨模様ですので、

お足元も大変心配されました。

今ゆっくりと一礼されまして賢所
へと入っていかれます。

後ろの侍従が手にしているのが御
剣となります。

今ゆっくりと賢所へと入られまし
た。

先ほどのジオラマでもご紹介しま
したが、

入り口の右側から入っていかれる
という形です。

いま一度映像をご覧いただきます。

天皇陛下のみ着用することができ

黄櫨染御袍を身にまとっていらっ
しゃいます。

テレビの前の皆さんはこの色はど
うお感じになるでしょうか。

赤みがかった黄色という方もいれ

黄色がかった茶色という方もいる、

いずれにしても、太陽が一番高く昇
ったときの

色を表現しているとされる、最高の
礼装です。

一礼されてゆっくりと賢所に入っ
ていかれます。

苅田さんは式部官長でいらっしゃ
ったんですが、

今、執り行われているものに関して

掌典長、つまり宮中祭祀を執り行う

掌典長が基本的にはリードしてと
り行っていく形になるようです。

ゲストをもう1人ご紹介いたしま
しょう、

天皇・皇后両陛下に17年間仕えた
という

前の侍従次長、佐藤正宏さんです。

佐藤さんの映像もあるんです、ご覧
ください。

陛下のすぐ真後ろにいるわけなん
ですけれども、

佐藤さん、侍従という役職、

やはり今日のような儀式もそうで
すし

陛下のすぐそばにいるということ
なんですか?

侍従職というのは、陛下の一番近く

お仕えしている仕事ですけれども、

その中で侍従は会社でいえば社長
さんの

秘書というような感じでございま
しょうか。

陛下の行事の準備に携わって、

実行の当日は、そのお手伝いをする
という仕事でございます。

今日、陛下の様子をご覧になってい
かがですか?

陛下は恐らく最後ですから、

万感の思いで臨まれていると思い
ますけれども、

非常に今のところ、拝見するところ
では冷静に

いつもどおりになさっているよう
に思います。

そして解説は宮内庁担当のTBS
の牧嶋博子さんです。

いよいよ平成最後の一日というこ
とになりまして、

儀式も始まりました。

およそ3年前に陛下が、8月8日、

忘れることができませんが、

おことばで退位のお気持ちを事実
上表明されて

この期間、長かったような、短かっ
たような、

でも、お健やかにこの日を迎えられ
ることができて

本当によかったと思います。

2016年8月8日、

あのことばがあったから今日につ
ながっているということですよね。

あそこから、いろいろな動きが始ま
ったなと思いますね。

政府の方も特例法をつくって、

退位に向けて、円滑に退位ができる
ように

進めましたから、本当にお元気でこ
の日を迎えられたことが

よかったです。

佐藤さんはあの2016年の8月
8日、

陛下のおことば、どのようにお感じ
になりました?

私はお話をお伺いして、非常に驚き
ました。

青天の霹靂でございました。

でもよく考えてみますと、非常に陛
下らしいと言いますか、

合理的なお考えをお持ちなんだな
と思いました。

どこかでずっとそういうことをお
考えになっていたんですかね?

それはちょっとよくわかりません。

佐藤さん、以前もおっしゃっていま
したが

陛下は科学者でもあるから、

自分のお体のことはご自身が一番
わかっていらっしゃったのでは

ないかとおっしゃっていましたが。

陛下は科学者でもいらっしゃるの

非常に物事を合理的にお考えにな
って。

人間誰しも年をとってくると

体力が弱ってくるということを踏
まえて

お考えになったのではないでしょ
うか。

その陛下が入られました宮中三殿
の1つ、賢所なんですが

内部は非公開だそうなんですけれ
ども、

ホランさん、一体どうなっているん
ですかね?

陛下、間もなく出てくるということ
ですが、

この賢所、セクションが3つに分か
れています。

賢所の内部は完全非公開なんです
が、

取材をもとに内部を再現いたしま
した。

映像でご覧ください。

入り口を入ってすぐの部屋が外陣
とお伝えしましたが

白い帳が開きまして、

奥の部屋が天皇陛下が今いらっし
ゃる内陣です。

ここに1つ置かれているもの、

中央に置かれているのが御畳とい
うもので

ここに陛下がお座りになるわけで
す。

ちょうど今、出ていらっしゃいます

まずは侍従の姿ですかね。

賢所での参拝を終えられたようで
す。

前の侍従次長である佐藤さん、まず
侍従が出てきてという形になるわ

けですか?

今出てきたのは、おすその侍従でご
ざいますので

陛下が中に入られたら、いったん外
へ出てくる、

まず侍従が先に出てきます。

入っていかれたルートをそのまま
戻られる形です。

平成最後の一日の儀式が始まった
という感じですね。

どんなお気持ちなんでしょうか。

この後、賢所から皇霊殿に移られ、

神殿に向かわれる段取りです。

原則、非公開なのによく調べました
ね。

取材をもとにということになりま
すね。

陛下が賢所を退出されましたけれ

宮中三殿ではまだ厳かな儀式が続
いています。

皇居内には記者の増尾さんがいま
す。

最新情報を伝えてください。

陛下は今まさに私の後ろに見えま

この宮内庁庁舎からおよそ400
mほど奥にいきました

宮中三殿で退位を報告する儀式に
臨まれています。

ご覧いただいていましたように、

今からおよそ15分ほど前、

午前10時過ぎに皇室の祖先神と
される

天照大御神をまつった

賢所へと入られました。

この際、陛下は天皇にだけ着用が許
された

黄櫨染御袍という特別な装束を身
にまとい

真っすぐと前を見つめ、厳粛な面持
ちで臨まれていました。

陛下はその後、歴代の天皇や

皇族を祭った皇霊殿、

国中の神々を祭る神殿にそれぞれ
参拝されることになっていて

今まさにそうした儀式が行われて
います。

これらの儀式ですが、皇后さまと

雅子さまは出席されていません。

皇后さまは持病の肩や首などの痛
みがあり

お住まいの御所で静かに過ごされ
ています。

また雅子さまですが、この後夕方に
国事行為として行われる

退位の儀式や明日の皇太子さまの
即位の儀式などに備えて

出席を見送られています。

陛下は午後5時から皇居・宮殿で

国民に退位を知らせる退位礼正殿
の儀に

皇后さまとともに臨み、

天皇として最後のおことばを述べ
られる予定です。

ちょっと質問があるんですけれど
も、

天皇陛下が取り組まれる神事とい
うのは

どのくらいあるんですか?

本当にたくさんありまして

国家と国民の安寧を祈る宮中祭祀
です。

平成という時代を改めて、

佐藤さん、陛下は儀式に向けて正座
の練習なんかも

なさっているんですかね?

先ほどの新嘗祭のときは、

夕の儀、暁の儀、それぞれ2時間ず
つありますので

合計で4時間正座されているわけ
ですから

それに先立って、少し前から

体を慣らされて、備えていらっしゃ
います。

牧嶋さん、そう考えると本当にお忙
しい一年ですよね。

お忙しい1年でしたね。

佐藤さんのお話にもありましたよ
うに

側近の方々も正座をされる方がい
らっしゃるので

新嘗祭はとてもつらいというふう
に。

ずっと正座をしなくてはならない
ので、

そういう話も聞いたことがござい
ますし、

今日、皇后さまと雅子さま、

こちらの祭祀の方には出られない
ということなんですが

お召し物が十二単という

大変重いものをお召しになられる
んですよ、この儀式のときに。

3つの神殿をお参りするというの

大変なご負担なので、

退位されるのはとにかく陛下なの
で、

お二方、出られないことは致し方な
いかなと思いますね。

ここで宮中三殿で取材をしていた

記者の小曽さんと中継です。

宮中三殿での取材を終えて、

本当につい先ほど、こちら宮内庁庁
舎前に戻ってまいりました。

報道陣が取材を許されましたのは

午前10時過ぎに天皇陛下が

賢所へと入り、

拝礼を終えて、出られるところまで
でした。

陛下は天皇だけが身につけること
のできる

黄櫨染御袍と呼ばれる伝統的な装
束を身にまとい

一歩一歩ゆっくりと回廊を進まれ
ました。

その際、真っすぐ前を見つめ、

厳粛な面持ちで臨まれていました。

賢所の内部に入る際には

一礼をされまして

中へと入られました。

再び陛下が姿を見せられたのは

7分後のことで、出てきた際には

再び深々と一礼されました。

入られたときの一礼よりも、さらに
深い一礼だったのが

印象的でした。

また陛下が賢所での参拝を終えら
れて

回廊を歩く際に風が吹いたという
のが

とても印象に残りました。

参拝の場所なんですけれども、

鳥のさえずりだけが響くような

とても静かな環境でした。

陛下が参拝される様子は、皇族方、
また宮内庁の幹部らが

参列し、見守っていまして、

皆さん陛下が参拝される際には

起立されてその様子を見守られて
いました。

女性の皇族方は、華やかな淡い色と
りどりの

ロングドレスをお召しでいらっし
ゃいました。

宮中祭祀は天皇陛下の重要な務め
でして

陛下は去年1年間でも20回以上

宮中祭祀に臨まれています。

今回の宮中三殿での一連の儀式が

陛下が天皇として臨む最後の宮中
祭祀に当たります。

小曽さん、雨、やみましたね?

はい、宮中祭祀が始まる前、午前9
時過ぎ頃から

ほとんど雨がやんだ状態になりま
して

陛下が参拝を始められた際には

完全に雨がやんで

空が明るくなってきておりました。

宮中三殿の儀式、また行われている
ということなんでしょうが、

ここからは実におよそ200年ぶ
りという

異例の退位について、陛下がどのよ
うな思いで

表明されたのかということを見て
いこうと思います。

天皇陛下が国民に向けて

退位への思いを表明したのは

2016年でしたが、実はその6年
も前に

陛下は退位についてのご自身の思
いを

ある場所で打ち明けられていまし
た。

その思いを聞いた関係者の証言で
す。

それは天皇陛下76歳の夏。

この映像が撮影された4日前、

平成22年7月22日、午後7時の
ことでした。

両陛下のお住まい、皇居・御所で

ある会議が開かれました。

天皇陛下に皇后さま、

羽毛田宮内庁長官と側近の川島侍
従長、

それに有識者として国民の立場か

意見を具申してきた宮内庁参与ら

合わせて8人が集まりました。

月に1~2度、皇室の重要事項につ
いて

ごく限られたメンバーで意見交換
を行う参与会議。

その日は、特別なものとなりました

平成18年から9年間、宮内庁参与
を務め、

その参与会議に出席した三谷太一
郎さんが

一部始終を明かしました。

そのおことばを、三谷さんは陛下の
正面で聞きました。

そして、こう続けられます。

天皇に代わって公務を行う摂政。

当時76歳とご高齢の陛下が

その摂政を置くことに反対された
のです。

今から9年前の参与会議で

天皇に代わって公務を行う摂政を
置くことに

反対された陛下。

その直後のおことばに、出席者たち
は驚かされます。

退位して、皇太子さまに皇位を譲る

そう淡々と述べられたというので
す。

陛下はさらに80歳まではやると

退位の具体的な時期まで示し

その後は上皇になるとも話された
といいます。

何とか思いとどまっていただけな
いか。

出席者は口々に摂政を置くことや

公務を減らすことを提案しました。

しかし、陛下は…

天皇の務めは、天皇にしか果たせな
い。

相応の緊張感でなければ務まらな
い、

そう繰り返されたと言います。

摂政を置くことについては、皇后さ
まも…

この会議に参加していた羽毛田信
吾元長官は

陛下の思いを、こう話します。

活動あっての象徴天皇だと話され
た陛下。

洪水被害に遭った茨城では、雨の中

傘を閉じて、頭を下げられます。

神戸では寒い冬にも手袋をせず

被災者に寄り添い、

暑い沖縄では、流れる汗を拭うこと
もされません。

東日本大震災では、7週続けて被災
地を訪問。

いずれも過密な公務の間を縫って

日帰りの強行日程でした。

実は、私たちが目にするのは、公務
のほんの一部分で、

式典への出席も頻繁にあります。

さらに書類への署名などだけで

1年間におよそ1000件にも上
ります。

こうした活動すべてを全身全霊で
行うことこそが

象徴天皇であり、年を重ね、

全力を尽くせないならば退位すべ
きだ、

それが陛下の思いだと言うのです。

陛下が退位を口にされた参与会議。

5時間以上が過ぎた後、

両陛下がようやく出口に向かわれ
ます。

ところが、そこで陛下が立ち止まら

全員立ったまま、再び議論が始まっ
たそうです。

午前0時を過ぎても結論は出ない
ままでした。

時が流れ、自ら設定した

80歳を越えられた陛下。

その意思が変わることはなく…

平成28年8月8日、当時82歳。

陛下は、国民に対して

退位の意向を初めて明かされまし
た。

参与会議で思いを伝えられてから、
実に6年。

象徴天皇とは、どうあるべきか。

陛下が熟慮を重ねた末の結論だっ
たと

三谷さんは言います。

知らなかったですね、初めて退位に
ついて

お話しになったのは、平成でいうと
22年、

陛下が76歳のときだったんです
ね。

そこからずっと退位への思いを

抱かれ続けたということなんです
が。

我々が認識したのは2016年で
すけれども

その6年前にってことになります
ね。

参与会議というもの、陛下の相談役
の方々が集まって

普段は食事などを交えながら

和やかに行われることも多いそう
なんですが、

このときばかりは真剣な面持ちで、

5時間以上に及ぶ議論がなされた
ということなんです。

健康上の不安が背景にあったと後
のビデオメッセージの中でも

自ら語られているんです。

これTBSの取材ということなん
ですが、

今から9年前だったんですね。

ただ、いろいろ取材をしますと

その前から、象徴のお務めが果たさ
れなかったときに

どうすればよいのかっていうこと

ずっとお話しをされるようなこと
があったようなんですね。

ですから、先ほどインタビューに答
えていただいた

三谷さんは、そのときに初めて聞い
たと、

本当にびっくりしたということだ
ったんですが、

そういうことをお話しされるよう
になっていって

羽毛田長官の後半のときにはそう
いう思いをお持ちになられていた

と。

ところが、なかなかどうしたもんか
ということで

次の風岡長官のときに

ビデオメッセージという形でお気
持ちの表明があって、

今、山本長官ですから、

もう3代の長官にわたって

これをどうしようかっていう大き
な問題だったんですね。

ですから本当にビデオメッセージ

いろいろなことが動き始めた、

国民が陛下の思いを初めて知るこ
とになったわけですよね。

ただ、皇室典範上も憲法上も

天皇というものは前の天皇である
方が亡くならないと、

崩御されないと移らないというこ
とになっていますから、

どうするんだという本当に大きな
課題を

今回、政府も長い時間かかりました
けどクリアして

実現したんだと思います。

佐藤さんは当時、おそばに仕える侍
従でしたが、

退位については何か?

私はお伺いしてませんでした。

苅田さんはいかがですか?

私はずっと前に退官しております
から

この話は全部、報道その他で知るの
みですけれども

いろんなお話を伺いまして、

私は1つの決め手は

国民の受け止め方だったんじゃな
いだろうかと。

このお話が出たときに、

みんな驚いたんですけれど、

結果的には90%の国民が、

それはもうもっともだと言って賛
成したんですね。

それはなぜかといえば、やはり両陛
下が

この長い間、本当に1分1秒も惜し
まず

ずっと象徴天皇の道を歩んでこら
れて

誠心誠意務めてこられたことをよ
くわかっている

国民としては本当にご苦労さまで
したと、

そのときに陛下がここで退位して、

次に譲りたいとおっしゃれば

それは本当にわかるといって

みんな賛成したんだと思うんです。

ですから非常に苦慮していた政府

それだけの世論の後押しがあった
こともあって、

いい解決法を見つけてくださった
んじゃないかと

私は想像しております。

ですからやはり、陛下の日々の行い

この結果を生んだと。

その結果、皆さんご承知のとおり、

本当にすばらしい形でのエンディ
ングになったと思いますね。

逆に言うと9年かかるんですね。

いろんな問題があるわけでしょう
から。

憲法上の問題、皇室典範の問題、

いろいろありますけれど、

本当に両陛下、今どういうふうに思
われているかわからないんですが

ホッとされているのではないかな
と私は想像いたします。

陛下の一番近くでお気持ちを酌ま
れて、

寄り添われてきた皇后さまだから
こそ

このようにおっしゃったのかもし
れないですね。

牧嶋さん、これはすごいおことばで
すね。

形だけの天皇ではいけないという
お考えなんですよ、

行動あっての天皇陛下であるし、

国民と触れ合って、

国民の喜びを我がことのように感

それを相互作用として象徴という
ものを

人生じゅうをかけて模索してきた
んですよね。

どういう形で、象徴天皇というのは

一体何なんだろうと、それを模索し
た人生の中で

摂政でいいじゃないかと言われた
ときに

皇后さまはそういうお気持ちを持
たれたんじゃないかなと思います。

それは理解が足りないんではない
ですかと

おっしゃられたんじゃないかなと
思います。

両陛下とも同じ思いだったんでし
ょうね。

平成最後の日です。

先ほどの中継ではもう東京では雨
がやんだようなんですが

ここからは両陛下の歩まれた日々、

特に両陛下の旅に注目していこう
と思います。

テレビの前の皆さんもぜひ平成の
時代を

思い起こしながらご覧いただけれ
ばと思います。

あるものをご用意しました。

天皇・皇后両陛下は国内・海外、

数多くの地を訪問されています。

そして後ろの映像にもありますね。

お二人は地図の上で、訪れた地に

ピンを立てている、その時々の思い
出を

お二人で語られる、そんなひとこま
があったんです。

ですので、この地図を手前ども再現
してみました。

色分けもされているんです。

日本国内でいいますと、全47都道
府県を2回以上です。

赤いピンがあるのが、これは即位さ
れた後です。

青いピンは皇太子時代にお二人で
訪れた場所、

赤が目立つかなと思います。

ほかにも、それぞれお一人で訪ねら
れた場所も、黄色、

白、ピンク、あと緑もあります。

色分けしてあります。

その数、およそ1080本。

細かく見ていきますと、被災地に強
い強い思いを持たれているのは

もちろんなんですが、

もう1つ注目すべきところが、離島
にも

数多く足を運ばれていることがこ
の地図からも

おわかりいただけると思います。

これら島々への旅、陛下は特別な思
いを抱かれていました。

北海道の北部に浮かぶ島、利尻島。

去年8月、両陛下はこの島を

初めて訪問されています。

島の特産、ウニの養殖施設をご覧に

こちらは沖縄・与那国島、日本最西
端の島です。

こちらにも、去年3月、両陛下のお
姿がありました。

ご覧になったのは地元で取れた重
さ170kgのカジキマグロです。

日本中を旅されたお二人、

そこには陛下の強い思いがありま
した。

平成29年、鹿児島・奄美諸島の与
論島を

初めて訪れた両陛下。

このとき、島での移動手段は

御料車ではなく、ミニバスでした。

陛下はまず自ら窓を開けて、お手振
り。

美智子さまも顔を出されてニッコ
リ。

沿道にもたくさんの人が出迎えま
す。

前侍従長の川島裕さん、

移動中の両陛下のご様子について

このとき陛下83歳、立って手を振
られていました。

翌日、沖永良部島では

昔から伝わるサトウキビをしぼっ

黒糖をつくる様子をご覧に。

地域に根づく文化を知り、

人々と交流することを大切にして
こられました。

帰りの空港でも、たくさんの人が見
送ります。

最後まで視線を合わせて手を振ら
れた両陛下。

両陛下は皇太子時代からできるだ
け多くの土地を訪ね

人々に直接会い、話を聞くことを望
まれました。

天皇・皇后となって最初に地方を訪
問されたのは

平成元年、徳島県で開催された

全国植樹祭でした。

滞在中、両陛下は養護学校をご訪問

両陛下は大きな行事で地方に出か
けられたときに

こうした福祉施設などを訪れてい
ました。

特にハンセン病施設への訪問は

皇太子時代から続けられてきたこ
とでした。

差別と偏見に苦しんだ入居者たち
と同じ目線で…

国内にある14の施設すべてを訪
れました。

そして平成7年、戦後50年の節目
に両陛下は

太平洋戦争の戦没者慰霊と平和を
願う旅を始められました。

7月、長崎へ。

翌日には広島を訪れ、祈りを捧げま
した。

この日、被ばく者が身を寄せる養護
ホームをご訪問。

戦争を経験した人の声を聞きまし
た。

8月には、激しい地上戦が行われた
沖縄へ。

そしてその翌日には、東京大空襲の
犠牲者を慰霊。

その後も国内外へ慰霊の旅を続け
られたのです。

両陛下の旅には6年前から私的旅
行という名の旅が加わります。

これは、特定の季節・地域でしか見
られない風景を

ゆっくり見てもらいたいと始めら
れたもの。

しかし、沿道に人がいれば

立って手を振り続けられました。

私的旅行でも国民との触れ合いを
大切にされてきた両陛下。

その旅は9回に及びました。

こちらに行って、あちらに行かない

平等性を損なうのではないかとい
うこともおっしゃっていたようで

そういったところも重視されてい
た旅だったようです。

全47都道府県2回以上という話
をさせていただきましたが、

宮内庁のホームページ、

また原武史さんの本をもとに

この地図は作成させていただきま
した。

本当にお二人で手を取り合って

いろんなところに行かれていた様
子がわかりましたけど、こちらご覧

いただきましょう。

牧嶋さん、本当にいろんなところに
行かれておりますが、

特に遠隔の地。

島の暮らしというのはいろいろ不
便なことも多いですから

そういうところにもきちんと目を
配っていらっしゃるんだと思うん

です。

地図なんですけれども、皇太子時代
に行ったところに

もう1回行くとピンの色を青から
赤に変えたりしているんですよ。

ピンを差すこともある種のお楽し
みといいますか、

終わったときにですね、地図をしま
ってあって

お時間があるときに侍従さんが出
してきて、

今回ここに行きましたからここに
差しましょうという形で

なさっているようですね。

佐藤さんも一緒に行かれたことも
あるわけですよね?

いろんなところに旅行にお供させ
ていただきました。

両陛下の様子をご覧になっていか
がでしたか?

両陛下、象徴天皇としての役割は

現地に行って、しかも土地の人と

直接お会いになるということが非
常に重要だと

お考えになっていますので、

ですから、特に人との出会いという
のを

大切にされてます。

今映像でご覧いただいているのが、
ライブ映像です。

皇太子さまが皇居を後にされます。

先ほど車の窓を開けられまして

笑顔の皇太子さまの姿がありまし
た。

半蔵門を出られる映像ですね。

皇太子さまの参拝の映像はござい
ませんが、

参拝を終えられて、半蔵門から

いったんお住まいの東宮御所に戻
られる際の映像だと思います。

これで宮中三殿の儀が終わったこ
とになるんでしょうか?

情報としては、参拝を終えられたと
いうことになります。

また映像が入ってきたらお伝えし
ましょうか。

先に天皇陛下が参拝されて、

その後、皇太子さまが参拝される、

それが終了したと。

正式に言いますと、今の、陛下が終
わりますと、

皇太子殿下が参拝される。

その後、出席されている宮さまが

1組ずつ行かれて参拝をされる、

そして1人ずつお帰りになる。

最後に宮内庁の職員が1人ずつ行
って、

やはり参拝してお帰りになる。

最後に1人だけ、式部官長が残りま
して

お参りをして帰る。

これで全部いなくなる、それですべ
て終わります。

全体で恐らく1時間ぐらいだと思
いますね。

中継映像です、

お住まいの東宮御所に戻られる動
線、

幾つかカメラが出ていますので

赤坂見附周辺ですね。

皇居内の宮中三殿にかかる儀式に
関しては

なかなかライブ映像をお届けする
のは難しいんですが

その皇居の周辺でありますとライ
ブ映像でお届けできる形になりま

す。

苅田さんは映像をご覧になってど
のようなお気持ちですか?

私は職業柄、国内の旅行は全く関係
しておりませんが、

国内旅行も海外旅行との関係で、

海外は全部カバーするんですが

何回か見ておいた方がいいだろう
ということで

1回か2回、連れていっていただい
たことがあります。

割と早い時期だったと思いますが

大阪に行かれまして、

大阪から伊勢に行かれたんです。

その間1時間以上、列車の旅、特別
列車です。

今も、先ほどからお手振りのことが
出ていましたが、

そのときに私も本当に感激したの
は、

その間、1時間以上、

必ずどなたたが向こうにいて、旗を
振ったりしていて

そうしますと、両陛下がずっと立っ

窓を開けて、それにお応えになって
いる。

大阪の全部の仕事が終わった後で

お疲れになっているに違いない、

私どもは、ただついていっているだ
けで、すっかりくたびれて

ゴロンとしているんですが

そこでずっと最後まで一度もお座
りにならずに

手を振られた。

ですから、お茶を飲む暇もトンネル
に入ったときぐらいということで、

そのときはすっかり感激したのを、

唯一のでしたけれど、よく覚えてお
ります。

牧嶋さん、気になる映像ですか?

これは迎賓館前ですから、

もう間もなく東宮御所に到着され
ると思いますね。

先ほど皇太子さまの前の映像で、

この間、伊勢に行かれたときの

近鉄電車の中からお手振りをされ
ている映像が流れていたんですが。

また東宮御所の画になりましたね。

もう間もなく東宮御所の正門に入
られると思います。

雨がやんでこの映像を見る限り

明るくなってきたのかなという印
象があります。

平成最後の一日です。

再び両陛下の旅、詳しく見ていこう
と思います。

CMの前は国内に着目してご覧い
ただきました。

もちろん国内だけではありません。

右側に表記したのが

両陛下の主な訪問先です。

赤い字にご注目ください。

皇太子時代から数えますと、両陛下

お二人で訪れた国の数、58カ国に
及びます。

そのうちの1つです、オランダです
ね。

若者と窓越しに気さくに

お話しをされる姿でしたり、

サイパンで、さきの大戦の戦没者に

深々と頭を下げ、祈りを捧げられる
姿。

海外の訪問先では両陛下の印象的
なお姿が

多くありました。

両陛下、最初の海外への訪問は

ご結婚翌年の昭和35年、アメリカ

若きお二人の国際親善の旅が始ま
りました。

ディズニーランドでは、創業者のウ
ォルト・ディズニー氏に案内され

ティーカップを楽しまれる両陛下。

海外訪問では日本であまり見られ
ない

お二人の姿がかいま見えます。

昭和58年のタンザニアご訪問で

写真を撮るのがお好きな陛下が

2頭のゾウを発見、すると…

雄大な自然を前に童心に返られた
ような表情を見せました。

昭和60年、アイルランドご訪問の
際には

案内役から記念にと、丘に登ること
を勧められます。

陛下はすっかり登る気に。
ところが…

一瞬ヒヤッとする場面も、

陛下は笑顔で周りを和ませました。

平成6年、天皇・皇后として初めて
アメリカをご訪問。

熱烈な歓迎を受けるお二人に

男の子からプレゼントが。

かわいいプレゼントは、おもちゃの
ドル紙幣。

美智子さまが陛下に駆け寄り、お見
せすると…

プレゼントは大切にしまわれてい
ました。

しかし、歓迎一色ではなかったこと
も。

平成10年のイギリスご訪問。

陛下を乗せた馬車が通過するその
とき…

沿道からはブーイング。

そしてパレードに背を向ける人た
ち。

彼らは戦時中、日本軍の捕虜となっ

元イギリス兵や、その遺族たちでし
た。

2年後のオランダ訪問でも

両陛下に対して、元捕虜らによる

抗議運動が行われていました。

こうした中、お二人が最初に訪れた
のは

戦没者慰霊碑。

およそ1分間の長い黙とう。

大勢の市民が見つめる中、

戦争の犠牲になった人たちへの思
いを

強く示されました。

そして、その後の両陛下の行動が

よりオランダの人たちの心を動か
すことになります。

訪問先の福祉施設での出来事。

突然、王冠をつけた少女が泣き出し
ました。

すると美智子さまは…

少女を優しく抱き上げたのです。

このときの写真がオランダのメデ
ィアで

一斉に報じられました。

こうした誠実な両陛下の姿に反日
感情は薄れ

オランダの人たちが心から歓迎す
る雰囲気に。

学生寮の窓から身を乗り出す大学
生たちにも

気さくに話しかけられました。

この場面も多くのメディアに取り
上げられ

両陛下の人柄がオランダ全土に広
がったのです。

両陛下は世界各地に住む日系人た
ちへの思いも

大切にされていました。

その代表国、ブラジル。

昭和42年のご訪問では

会場に7万人もの日系人が詰めか
けたのです。

昭和42年、両陛下がブラジルをご
訪問。

会場には7万人もの日系人が詰め
かけました。

多くの日系人は、お二人の姿に

遠く離れた祖国を重ね合わせたの
です。

滞在中、美智子さまは

障害がある子どもたちが入院する
病院をご訪問。

そこで1人の少女と出会います。

芹口百合子さん10歳。

病気で歩くことができず、10日後
に手術を控えていました。

現在61歳の百合子さんは、

当時をこう振り返ります。

そして美智子さまは百合子さんに

こんなメッセージを記されました。

その後も美智子さまは百合子さん
を思い続け

毎年、直筆の年賀状を送られました

これを心の支えに、14回もの

手術に耐えた百合子さん。
そして…

最初の出会いから11年後の昭和
53年、

再びブラジルを訪問された両陛下。

そこには、百合子さんの姿が。

自力で歩けるようになっていたの
です。

11年ぶりに対面した2人。

手をとった美智子さまは…

さらに19年がたった平成9年、

3度目のブラジルご訪問のときに
も…

美智子さまは百合子さんを見つけ
ると

元気な姿に笑顔を浮かべられまし
た。

海外へのご訪問をご覧いただきま
したが

こちらの写真をご覧いただきたい
と思います。

平成17年、サイパンをご訪問した
際に

バンザイクリフとも呼ばれる崖で

戦没者に深々と頭を下げられた姿
です。

佐藤さんはこのサイパンの訪問に

深く関わっていらっしゃると聞き
ましたが?

お供させていただきましたが、

平成7年、戦後50年のときに

両陛下は国内を慰霊の旅をされま
した。

それが終わりますと、今度は海外へ

特に南太平洋の島々を訪問して

慰霊の旅ができないかと望まれま
して

それがどのくらいできるか、調査の
ために

平成16年に宮内庁と外務省と

皇宮警察と合同チームで

南太平洋の島々を調査しました。

その結果、やはり小さい島々の国が
多いものですから

なかなか全般的なご訪問は難しい
という結論になって

その旨、陛下にご報告しましたら

それでは、せめてサイパンだけでも
行けないだろうかとおっしゃって

平成17年の戦後60年の年に

サイパンへの慰霊の旅が実現した
わけですね。

私もそのとき、お供をさせていただ
きましたけれども、

非常に印象的であったのは、

戦争中に上陸してきた米軍に追い
詰められて

多くの民間人が身を投げたという

バンザイクリフに行かれまして、

そこで長い間、深々と黙とうを捧げ
られたというのが

非常に印象的でございました。

サイパンにというのは、陛下のご発
言だったんですね。

戦後60年で海外への慰霊の旅を
したいということで

自らお気持ちで、

普通の海外ご訪問というのは、

外務省と政府主導なんですけど、

この慰霊の旅は佐藤さん、陛下のお
気持ちでということですよね?

そのとおりですね。

普通は政府間で決めることですけ
れど、

サイパンの場合は陛下がご希望さ
れて

実現したということですね。

バンザイクリフの写真というのは、

佐藤さん、両陛下の後方から

撮影しているように見えるんです
が、これは珍しいんですか?

崖ですから、それから海の方に向か
ってなさっているところを

撮影したということです。

いろいろ撮影ポイントを

事前調査で、普通は横から撮られま
すよね。

あまりバックショットというのは
ないんですけれども、

バンザイクリフで身を投げたとい
うことを、

御霊が海にあるということを考え
たときに

後ろからになってしまうけれど、

それでよろしいですかというご了
解をとって

こういう写真になったそうなんで
すけど、

これは本当に平成を代表する

両陛下のお写真になっていると思
います。

逆風の中の海外訪問もありました
けれども、

オランダは苅田さん、ご承知だと思
うんですけれども。

先ほどから映像も出ておりました
けれど

私もいろいろなところにご一緒し
ましたけれども、

問題があって、その関係がよくなっ
たというところは

特に印象深くて、

それの1つがイギリスであります。

その次はオランダなんですね。

両方とも、捕虜の問題なんかいろい
ろありましたけど、

両陛下が向こうに行かれて、

そして身をもって、ああいうふうな
形で

双方その友好関係を図られる、

向こうのそういう関係者の人も、お
会いになる機会もあって、

そこでも全く分け隔てなくと申し
ますか、

真剣にお話になる、

そういう姿をテレビで見ますと、

わずか数日で印象が変わるという
ことは、

そんなことないでしょうと言われ
るんですが、

実はああいう形での

日本の天皇・皇后陛下というものは

向こうで大変、どういう方だろうと
思って

関心が非常に高いので、

それがああいうふうに出てきます

あ、こんなすばらしい方だったんだ
ということが

向こうの人々に伝わる、

それが数日にして、日本をそれを通
じて見るわけですね。

日本に対する印象が非常に高まる
というのは

毎回経験しておりまして、

オランダとかイギリスなどは、そう
いう問題があったからこそ

さらにその後のそういう動きが私
はうれしいという気がいたしまし


この写真なんかがスペインの大使

ここへ来るとピアノの上に乗せて
飾っているくらい

本当に有名な写真です。

美智子さまが女の子を抱き上げら
れた、

あれも急に伏せてしまった女の子

恐らくその場で抱き上げられて。

それからブラジル、私は式部官とし
て最初だったんですが、

やはり日系人の幅の深さ、

それからその前に2度行ってらっ
しゃるということで

非常に向こうの関心が高くて、

ああいうふうに非常に盛り上がっ
ておりまして、

6つの都市を回られる、大変厳しい
ところだったんですけど

皇后陛下、風邪をおして、

外では全く風邪のことはわからな
いぐらい

ああやって最後までお務めになっ

すばらしい旅行だったと思います。

両陛下には退位後は

ゆっくりと旅を楽しんでいただき
たいなと思います。

平成が終わるんだなということと
ともに

この後予定されているのが退位礼
正殿の儀ですので

これは憲政史上初めて執り行われ
るということになります。

過去の資料をいろいろとひもとい

どういう儀式にするかということ
を政府側も大変悩んで

国事行為ですので、天皇は憲法で

政治には関与してはいけないとい
うことが言われている中で

どういう取り決めにするんだとい
うことは

政府側も大変悩んだそうなんです
ね。

その中で10分ほど予定されてい
ますが

最後のおことばを述べられると。

牧嶋さん、今日最大の注目というこ
とになるんでしょう?

陛下の最後の国民に向けてのメッ
セージを

私たちが受けることになりますの

どんなおことばか注目したいなと
思います。

この後はJNNニュースを挟んで

私は「ひるおび!」、

お二人は「Nスタ」が拡大スペシャ
ルということで

午後1時55分から7時まで

5時間の生放送、

そして、さらにその後7時からの生
放送の番組にも

私たちそれぞれ違いますが、「Nス
タ」と「ひるおび!」ですが


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