NHKスペシャル「日本人と天皇」天皇と神との知られざる関係や、「皇位継承」をめぐる議論…。新たな時代の…



出典:『NHKスペシャル「日本人と天皇」天皇と神との知られざる関係』の番組情報(EPGから引用)


NHKスペシャル「日本人と天皇」[字]


平成最後の日にお届けするのは、「日本人と天皇」の長い伝統の姿。天皇と神との知られざる関係や、「皇位継承」をめぐる議論…。新たな時代の、天皇のあり方を見つめる。


詳細情報

番組内容

私たち日本人にとって天皇とは何か。歴史をひもときながら考える。皇位継承に伴う一世に一度の儀式「大嘗祭」。その内容は長くベールに包まれてきた。私たちは徹底取材を元に「大嘗祭」を再現。天皇と神々との関係に迫る。さらに、皇位継承を男系に限るという伝統についても取り上げる。これまでの議論を発掘資料やスクープ証言を交えて検証。新時代、主権者の私たちはこの問題にどう向き合えば良いか。そのヒントを探っていく。

出演者

【語り】石澤典夫,中條誠子




『NHKスペシャル「日本人と天皇」天皇と神との知られざる関係』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

NHKスペシャル「日本人と天皇」天皇と神との知られざる関係や
  1. 天皇
  2. 儀式
  3. 即位
  4. 皇族
  5. 時代
  6. 皇位継承
  7. 男系
  8. 伝統
  9. 三笠宮
  10. 皇室
  11. 大嘗祭
  12. 問題
  13. 政府
  14. 平成
  15. 江戸時代
  16. 皇室典範
  17. 女性
  18. 当時
  19. 重要
  20. 天照大神


『NHKスペシャル「日本人と天皇」天皇と神との知られざる関係』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

東京の光の海に囲まれた 夜の皇居。

今から4時間後
新たな天皇が即位します。

これから行われる一連の儀式。

天皇の知られざる伝統の姿が
現れます。

それは 神に向き合い
祈る姿です。

天皇の祖先は

天照大神をはじめとする
神々であるとの神話に

基づいているからです。

初代 神武に始まる天皇。

古代については存在が疑われ

いつから続いていたのか諸説ありますが

現在まで 125代

神に由来する皇位を
継承してきたとされています。

せ~の!

皇位継承の儀式の中で
極めて重要とされるのが大嘗祭です。

これまで明かされてこなかった儀式を
再現。

天皇と神の知られざる関係とは…。

更に 初めて公開された資料から

天皇は その時代に応じて
姿を変えていたことも

明らかになりました。

かつて 仏教が盛んだった時代。

不思議な呪文を
即位の儀式で唱えていたというのです。

即位の儀式を

庶民が間近に見ることができる時代も
ありました。

先の戦争を経て 新憲法の下で
国民の象徴となった天皇。

男女平等の原則に基づき 女性の天皇を
認めてもよいのではないか。

ある皇族の直筆の意見書も
今回 見つかりました。

日本人と天皇。

どんな伝統を継承し
時代に合わせて何を変えていくのか。

平成最後の日。

知られざる歴史をたどりながら
新たな時代の天皇のあり方を見つめます。

30年前
象徴天皇として即位された天皇陛下。

この時 神に祈る儀式を継承する考えを
示されていました。

天皇が行う儀式とは
どのようなものなのか。

30年前の 平成の即位。

これと同じ 神道由来の儀式が
明日から行われます。

まず 最初に行われる…

代々 天皇に伝わる
いわゆる 三種の神器のうち

剣と曲玉を受け継ぐ儀式です。

儀式の中心にある考え方は 神話です。

天照大神から伝わる三種の神器を
受け継ぐことで

初めて 天皇となると

考えられています。

本来 剣と曲玉は
天皇と共に動く存在とされ

今も 儀式のために
一緒に持ち運ぶこともあります。

三種の神器のうち
鏡にまつわる儀式も行われます。

天皇は 皇居の賢所にまつられている
鏡を通じて

即位したことを
天照大神に伝えます。

鏡は 平安時代に何度も火災に遭い
損傷しているとも

その後 複数の鏡が用意されたとも

いわれていますが

公開されたことはありません。

三種の神器をつかった儀式の原型は
古墳時代に遡るともいわれています。

これは 奈良 黒塚古墳から出土した

3世紀の鏡の一つです。

そして 即位した天皇が行う
極めて重要な儀式が

奈良時代から始まったとされる
大嘗祭です。

皇居に特別に造られる
2つの宮殿の中で

天皇が 全国の農産物を
神に供え

国の安寧と五穀豊穣を祈る儀式です。

平成の時は 皇居東御苑に

仮設の建物が建てられました。

大嘗祭にかかった費用は…

天皇が即位した時にしか行われない
大規模な儀式です。

長年 大嘗祭について研究してきた…

大嘗祭は 新天皇が 日本人を代表して
神に祈る 大切な儀式だといいます。

宮殿の中で 何が行われているのか。

これまで 公にされたことはありません。

この中で 天皇は 神と
どのような やり取りをしているのか。

せ~の!

私たちは 複数の研究者や

平成の大嘗祭に関わった人たちの
取材を基に

儀式の再現を試みました。

再現したのは 悠紀殿と呼ばれる
宮殿の内部です。

天皇が この中に入るのは
夜7時過ぎ。

内陣と呼ばれる8メートル四方の部屋。

菜種油で灯した 僅かな明かりの中で
儀式は行われます。

この時 既に内陣には 神が降りてきている
と考えられています。

中央には 畳表を何枚も重ねた寝床。

神が休むためのものともいわれています。

天皇が座るのは 御座と呼ばれる
90センチ四方の畳の上。

その先にあるのは…

天照大神がまつられる伊勢神宮がある
南西の方角に置かれています。

天皇は 天照大神と全ての神々に対して
向き合うのです。

この部屋の中で 天皇を手伝うのは
2人の女官のみ。

天皇は各地から集められた食材を受け取り
神に供えます。

これらの食材は 神饌と呼ばれています。

この年に収穫したばかりの 米と粟。

タイやアジ アワビなどの海産物。

そして 栗や干し柿などの果物。

天皇は 柏の葉で出来た32の皿に
1時間半かけて盛りつけます。

♬~

天皇が この場で見せるのは
ひたすら 神々に奉仕する姿です。

そして 天皇は
伊勢神宮の方角に向かって拝礼し

御告文を読みます。

天照大神と全ての神々に感謝し
日本人の安寧を願うという内容です。

儀式を締めくくるのが
神との食事である 直会です。

天皇は 米 粟 そして酒を
神と一緒に口にするとされています。

こうした儀式を
もう一つの宮殿でも行い

天皇は一晩中
神と向き合う時間を過ごすのです。

即位に欠かせない儀式とされる大嘗祭。

実は そのあり方は
時代とともに変わっていました。

戦国時代から
およそ200年間 中断し

江戸時代の中期に復活。

そのころは
簡素な小屋を建てて行っていました。

明治に入り 天皇を中心とした
国づくりが進むと

宮殿の規模は拡大し
現在の形に至っています。

日本国憲法の下で初めて行われたのが
平成の大嘗祭。

神道色の強い祭祀に 22億円もの国費を
投じることの是非が問われました。

憲法には 「国は いかなる宗教的活動も
してはならない」という

政教分離の原則があるからです。

当時 儀式のあり方を巡り
対応を迫られたのが

事務方のトップだった
石原信雄元官房副長官です。

この秋に行われる 新天皇の大嘗祭は

平成の時を踏襲することが
決まっています。

ただ 皇室の宗教的な行事に
国は どう関わるべきなのか

課題は残されたままです。

皇位継承の儀式から見えてきた
神と天皇との深い関わり。

時代を遡ると 実は 仏教とも
深い つながりがあったことが

分かってきました。

京都にある真言宗…

鎌倉時代から江戸時代までの
39人の天皇や皇族が埋葬され

御寺と呼ばれています。

幕末の孝明天皇が亡くなった日には

毎年 僧侶も加わって 皇族による
神道のお祀りが行われます。

(読経)

そのあと 寺による
仏教の法要が行われるなど

江戸時代までの神道と仏教が
一体となった姿が

今も残されています。

この寺には 仏教の影響を受けた
天皇の秘密の儀式が伝えられています。

泉涌寺で葬られた天皇にまつわる文書。

そこには 鎌倉時代から江戸時代まで
皇位継承の際に行われた

即位灌頂という儀式が記されていました。

即位灌頂を行うために

天皇は ある言葉を唱えていました。

それは 仏教発祥の地 インドの

サンスクリットの文字で
書かれていました。

天皇と神と仏を一つにする呪文 ボロン。

当時 大きな影響力を持っていた

仏教の力も借りて 即位していたのです。

即位灌頂は 92代の伏見天皇から

幕末の孝明天皇まで

500年以上にわたって行われていました。

皇位継承の儀式には

時代に応じて変わる日本人と天皇の関係も
映し出されています。

武士に権力を奪われ

天皇が政治から遠ざかっていた
江戸時代。

近世の服飾の歴史を研究している
森田登代子さん。

江戸時代 天皇が即位する際の
儀式の様子について

文献を集めています。

注目したのが

109代の女性の天皇 明正天皇の
即位の儀式を描いた絵図です。

儀式を飾る重要な旗に

子どもが手を触れています。

このころの即位の儀式には

庶民も入場券をもらって 御所に入り

見物することができました。

華やかな儀式を見ることが
庶民の楽しみになっていました。

戦乱の世が終わり
平和な時代を迎えた江戸の初期。

天皇と人々の関係は
おおらかなものだったと

森田さんは考えています。

即位の姿が大きく変わったのが

天皇を中心とした国づくりが始まった
明治でした。

国の統治者として君臨することになった
明治天皇。

これは その即位の儀式を描いた絵図です。

このころには 庶民の見物は許されず

その姿は描かれていません。

一方で それまでにないものが
置かれていました。

庭の中央に見える 巨大な地球儀。

これは 何を意味したのか。

宮内庁に
地球儀の写真が残されていました。

当時 新政府が
特別に用意させたものでした。

記録によれば 天皇が日本地図の上に
左右交互に足を置き

日本に君臨することを
示すためのものでした。

海外の列強を意識し

近代国家への道を踏み出そうという
当時の政府の思惑が

天皇の即位の儀式にも
大きな影響を与えていたのです。

125代にわたって続いてきたとされる天皇。

その長い歴史の中で
唯一変わらなかったのが

皇位継承者を男系に限る
という伝統です。

男系とは
父方の親をさかのぼると

必ず
天皇につながる血筋を意味します。

例えば 女性の
元正天皇の場合

父方をたどると
祖父の天武天皇に行き着くため

女性でも
男系の天皇と言うことができます。

しかし 仮に元正天皇が
皇族以外の男性と結婚した場合。

子どもが生まれても

父方は天皇につながらないため

子どもは天皇になることはできません。

男系の伝統は 明治の皇室典範によって
より限定されたものになります。

皇位継承資格を 男系の男子のみとし
女性の天皇を認めないことにしたのです。

女性天皇は 歴史上

適当な男性の天皇が出るまでの
中継ぎでしかなかったというのが

主な理由でした。

男系男子の規定は 平成の時代に
皇位継承の問題を浮き彫りにしました。

この半世紀余りの間に生まれた

男性皇族は

秋篠宮さまの
長男

悠仁さまのみ。

これは 現在の皇室の系図です。

明日 皇太子さまが
天皇に即位されると

皇位継承の順位は
秋篠宮さまが1位

悠仁さまが2位になります。

3位となる 上皇さまの弟
常陸宮さまは 83歳。

今後 男性の皇族が
誕生しなければ

皇位継承資格のある
皇族は

悠仁さまだけになるという

可能性もあります。

男系男子の規定を続けるのかどうか。

終戦直後
大きく問われたことがありました。

天皇の名の下に始められ

日本人だけでも 300万もの人々が
犠牲となった 先の戦争。

昭和20年に敗戦を迎え

皇室を巡る体制が
大きく変わった時です。

「政府は新しい憲法の草案を
発表しました」。

国民主権や基本的人権の尊重を理念とする
日本国憲法が制定され

天皇は 国の統治者から象徴となりました。

日本を占領したGHQの意向で

皇室は大幅に縮小。

600年前の天皇の血筋をくむ 11の宮家

51人の皇族が民間人となりました。

戦後初の普通選挙では
初めて女性の国会議員も誕生。

男女平等の機運が高まっていました。

一方で
新たに作られた皇室典範の草案では

皇位は男系の男子が継承するとされ

戦前のまま 変えられませんでした。

当時の吉田 茂内閣。

法制局長官 入江俊郎らが中心となり

法律の制定に向け 準備を進めました。

この時 ある皇族が

入江たちに対して
異論を唱えていたことが分かりました。

入江の遺品の中に

その皇族の直筆の資料が
残されていました。

「新憲法と皇室典範改正法案要綱」。

昭和21年11月3日

新憲法の公布の日に合わせて書かれた
意見書でした。

これを書いたのは
昭和天皇の末の弟 三笠宮崇仁親王。

政府が進める皇室典範の草案に
見直しを求めていました。

三笠宮が異論を唱えたのは

新憲法が施行される直前の
昭和21年11月。

皇室制度など 国家に関する
重要な問題を審議する枢密院に

草案が送られた時のことです。

枢密院の委員たちに配られた
ガリ版刷りの意見書。

この中で 三笠宮は

戦前の皇位継承の規定を変えようとしない
政府を

批判していました。

軍人として 戦地に赴いた経験のある
三笠宮。

軍の暴走を止められなかった反省から

今後の日本のためには

皇族が率先して
民主的に変わる必要があると

考えていました。

意見書では 女性天皇の
可能性についても触れていました。

「今や婦人代議士も出るし
将来 女の大臣が出るのは必定であって

その時代になれば 今一應
女帝の問題も再検討せられて

然るべきかと考えられる」。

更に 天皇にも 基本的人権を認め

場合によっては その地位を退く選択肢を
与えるべきだと主張していました。

天皇のあり方を巡って
現在議論されている課題が

この時 既に提起されていたのです。

皇室典範と
三笠宮の関わりについて研究してきた

高見勝利さん。

三笠宮には 新しい憲法の理念を
第一にしなければならないという

強い思いがあったといいます。

しかし 当時の議事録によれば

枢密院で 三笠宮の意見について
議論された形跡はありません。

このころ 政府では

皇室の伝統まで変えるべきではない
という考えが多数を占めていたからです。

3回の会合を経て 法案は
修正されることなく 可決されました。

三笠宮は その後も 新聞を通じて
法案への不満を表明していました。

政府は 「女帝の問題については
将来の研究に委ねたい」とし

女性の天皇を
認めませんでした。

そして
「男系男子」の規定を残したままの

皇室典範が成立しました。

GHQの占領下で
皇室を守ることが何より重要だった政府。

三笠宮の考えを検討する余裕は
ありませんでした。

この問題が再び問われるようになったのは
それから およそ半世紀後。

平成13年
愛子さまの誕生がきっかけでした。

おめでとう~!

皇族に 40年近く男子が生まれない中

皇太子さま 雅子さまに

待望のお子様が生まれたことで

女性天皇を議論する機運が
高まったのです。

バンザ~イ バンザ~イ!

平成17年 小泉総理大臣は

皇室典範改正を検討する
諮問会議を設置しました。

当時 皇位継承について
強い危機感を持っていた官僚は

小泉総理に対し 会議の必要性を
こう説いたといいます。

諮問会議で何が話し合われたのか。

委員たちは
宮内庁の資料を基に 10か月間

天皇の歴史を詳しく調べる中で
ある意外な事実に気付きました。

多くの天皇は 皇后のほかに

第2夫人 第3夫人にあたる
側室がいましたが

およそ半分の天皇が
側室の子どもだとみられていたのです。

更に 過去400年では

側室の子どもではない天皇は

江戸時代の明正天皇

昭和天皇 そして 天皇陛下の3人です。

「側室の制度がない以上

男系の伝統を維持するのは
難しいのではないか」。

多くの委員は そう認識したといいます。

諮問会議は
皇位の継承順位について

男女を区別せず 「直系の長子」 つまり

天皇の最初の子どもを優先する
という最終報告を出します。

これを受けて 翌年 政府は

女性天皇を認めるだけでなく
日本の史上初めて

父方の血筋が 天皇につながらない
女系天皇の容認にも かじを切ったのです。

委員の一人 皇室典範の専門家で
元最高裁判事の園部逸夫さん。

女系であっても 皇室の血がつながれば

天皇の伝統は保たれると
考えたといいます。

しかし この動きに猛反発したのが
男系の伝統を重視する人たちでした。

与野党を超えた政治家や
神社界をはじめとする人たちが

武道館で1万人規模の集会を行い

皇室典範改正法案の
国会提出阻止を訴えました。

この集会を企画した一人 大原康男さん。

女系天皇を認めると 皇室の伝統が
断ち切られてしまうと考えています。

結局 この問題は
この年の秋に

男子である
悠仁さまの
誕生で

棚上げとなり…

紀子さまにとって第二子の佳子さまから

12年後の出産でした。

それから13年。

明日 新たな皇位継承が行われる中で

男性皇族が少ない状況は変わらず
問題は 積み残されたままです。

諮問会議の委員の一人だった

元官房副長官の古川貞二郎さん。

皇位継承の問題は 女系も含めて

すぐに議論しないと 間に合わなくなると
考えています。

男系を維持すべきと訴えてきた人たちは

ある案に期待を寄せています。

それは 昭和22年に民間人になった…

男系が続く家の男子に

女性皇族と結婚するか

皇族の養子になってもらい

男系の血をつなぐというものです。

この案は 旧宮家の方々の
本人の意思が重要になります。

私たちは 男系が続いている家に
質問状を送り

皇族に復帰する気持ちはあるか
尋ねました。

いずれも この件についてのコメントは
差し控えたいという回答でした。

仮に 復帰する意思があったとしても

皇室典範の改正が必要です。

戦後 民間人として暮らしてきた人々を

国民が 皇族として受け入れられるのか
という課題もあります。

「記者会見で…」。

女系天皇反対の急先ぽうだった
元衆議院議員の平沼赳夫さん。

皇位継承の伝統を維持すべきとの思いは

今も変わっていません。

戦後 男女平等の新憲法に沿った

天皇のあり方を訴えた三笠宮。

あれから およそ60年。

晩年に出演したラジオ番組では

皇位継承の問題の難しさを
語っていました。

敗戦後に唱えた理想と その後の現実。

皇室の行く末を案じながら

三笠宮は 3年前 100歳で亡くなりました。

長い歴史の中で
伝統を受け継ぎながらも

それぞれの時代の
日本人の姿を反映してきた天皇。

天皇を巡る課題に
主権者である私たちは

どう向き合っていくのか。

新たな天皇に何を期待し

どのような時代を共に作っていくのか。

その問いと共に
令和が間もなく始まります。

♬~

♬~


関連記事