昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱(むねあつ)TV!」電話やデートスポット、アイドル、ファッション…


出典:『昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱(むねあつ)TV!」』の番組情報(EPGから引用)


昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱(むねあつ)TV!」[字]


電話やデートスポット、アイドル、ファッションなど身近な世界の「令和」はどうなる。昭和・平成の「あったあった」で盛り上がりながら近未来を思うトークバラエティーです


詳細情報

番組内容

「令和」幕開け初日に生放送!20代から60代までのゲストがずらり!「恋人の連絡」といえば黒電話からポケベル、スマホ、そして立体映像電話。アイドルといえば吉永小百合、松田聖子から未来のバーチャルアイドルまで。「あったあった!」「なにそれ?知らない」と半径5mのくだらない話題に世代間で盛り上がりながら「令和のくらし」に思いをはせるトークバラエティー。令和初日の夜、家族で胸熱(むねあつ)になってください

出演者

【司会】加藤浩次,【ゲスト】石田純一,陣内孝則,柴田理恵,岡田圭右,磯野貴理子,木下ほうか,小木博明,千秋,AHN MIKA,澤部佑,藤本美貴,ベッキー,木村有希,河北麻友子,八乙女光,有岡大貴ほか



『昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱(むねあつ)TV!」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱(むねあつ)TV!」
  1. 加藤
  2. 杉浦
  3. 令和
  4. 時代
  5. 柴田
  6. 当時
  7. 木下
  8. 胸熱
  9. アイドル
  10. ベッキー
  11. 陣内
  12. 青春
  13. 電話
  14. 磯野
  15. 世代
  16. 石田
  17. 河北
  18. 親衛隊
  19. 岡田
  20. 格好


『昭和・平成・今日から令和「半径5メートルの胸熱(むねあつ)TV!」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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≫昭和、平成、そして
きょう幕を開けた

新たな元号「令和」。

日本が大きな節目を迎えた
今だからこそ!

歴史を彩る大きな事件を
振り返る!

…のは、よその番組に
おまかせして

日々の暮らしに寄り添った
半径5メートルの

身近な歴史を振り返ります。

そして、みんなでこの先の
未来も考えちゃう90分!

(ドラムロール)

≫ナウ!レディースアンド
ジェントルメン!

そして、あらゆる世代の
あらゆる方々!

記念すべき令和の初日を
みんなで楽しむ生放送!

マスター・オブ・セレモニーは
加藤浩次!

加藤≫皆さん!
令和が始まりましたよ!

令和!令和!令和!令和!

≫令和!令和!令和!令和!

河北≫なんで!

澤部≫ハト出た!

加藤≫ありがとうございます。

このハトの演出
この番組の総合演出が

ぜひ、やりたい
ということだったんで

こういった演出になりました。

私の仕事、8割終わりましたから
これで。

よろしくお願いします。

ハトうまくいきましたね。

杉浦≫うまくいきました。

加藤≫これが
一番リハやりましたからね。

杉浦≫ちゃんとあとでハトは
預かりますので大丈夫です。

加藤≫この番組は
「昭和・平成・今日から令和!

半径5メートルの
胸熱TV!」ということで

司会の加藤浩次です。
よろしくお願いします。

杉浦≫NHKアナウンサーの
杉浦友紀です。

よろしくお願いします。

加藤≫石田さん、令和が
始まったということですね。

石田≫始まっちゃいましたね。

加藤≫おでこ
どうしたんですか?

石田≫ちょっと
しこたま飲みすぎまして

ガラスに頭突っ込みました。

加藤≫60代なのに
そういうこともあるんですね。

令和になってからですか?

平成ですか?
石田≫平成です。

加藤≫平成でよかったです。

千秋もよろしくお願いしますね。

千秋≫昨日、初日の出見に行って
令和初の。千葉の銚子の

犬吠埼を見に行ったら
大しけで、大雨で

全然見られませんでした。

加藤≫岡田君、令和ギャグ一発
お願いしていいですか。

岡田≫分かりました。
令和ギャグ、ちょっと待って。

令和、いや、令和…。

ノーノーノー
令、ウワオ!

ありがとう!令和初スベり

歴史に名を刻みました。
ありがとうございます。

加藤≫お客さんも完全に
分かってる感じでしたね。

誰も笑わないぞみたいな感じでね。

団体芸になってきました。

世間の感じといいますか
令和になって

何か変わったことありますか。
杉浦≫変わったことといいますか

東京中央郵便局の
記念押印というのがあるんですよ。

押印してもらえる
はんこがあるんですが。

これが3時間待ち。

151って書いてあるんですね。

さらに明治神宮の
令和の御朱印を求める列が

なんと、10時間待ち。

加藤≫令和用の御朱印ですよね。

それだけ世の中、日本列島が
令和で今、盛り上がっている

ということですね。

そういったうえでこの番組は
どういったことをやるのか

杉浦さん、説明お願いします。

杉浦≫この番組では
昭和、平成を通して

私たちの胸を熱くさせた出来事を
さまざまなテーマで

振り返っていきます。
ただし、ほかの番組と違うのは

振り返るのは半径5mで起こった

身近な出来事のみです。

言わなければ
思い出せなかったような

細かい歴史の

出来事もお伝えしていきます。

加藤≫その世代によっては
あったあったみたいな感じで

過去を振り返ったりする
ということですね。

でも、それだけでは
ないということですね。

杉浦≫さまざまな胸熱ジャンルの
最新形を

紹介して、今日から始まった
令和という時代が

この先、どうなっていくのか
みんなで考えていこうと思います。

加藤≫今回いろいろな
世代のゲストの方に

集まっていただきました。

杉浦≫20代から60代の
各世代のゲストの皆さんに

お越しいただいています。

加藤≫まず60代の皆さんです。

よろしくお願いします。

そして50代の皆さん
よろしくお願いします。

そして、40代の皆さん
よろしくお願いします。

そして、30代の皆さん
よろしくお願いします。

あ、ハト!

ベッキー≫さっきのです。

加藤≫そして20代の皆さん
よろしくお願いします。

じゃあ、時間もないので

どんどんいきましょうか。

杉浦≫では1つ目の胸熱テーマは
「みんなのアイドル」。

加藤≫これは世代によって
違います。

陣内さんのアイドルは
誰になりますか?

陣内≫僕は男性が好きでしたね。

沢田研二さんとか

萩原健一さんとか堺正章さんとか。

加藤≫GS時代。
ゆきぽよは?誰?アイドル。

ゆきぽよ≫やっぱり
ゆきたちの世代だと

AKBが。

加藤≫澤部は誰?
澤部≫僕はダントツあややですね。

加藤≫皆さん、それぞれの世代で

胸を熱くするということで

アイドルまずどんなVTRなのか
見てみましょう。

≫まずは60代の青春
胸熱だったアイドル。

グループサウンズ
略してGS。

60年代、ビートルズの
人気とともに、日本でも

楽器を演奏しながら歌う
男性グループが次々とデビュー。

王子様のようなビジュアルで
女子中高生は胸熱に。

しかし、あまりの熱狂ぶりに
こんなことも。

さらに、客席で失神する
女子中高生が続出。

社会問題にもなりました。

実は皆さんご存じのあの方たちも
グループサウンズ出身。

ザ・スパイダースで
人気を博したこの方は

20代前半の堺正章さん。

つぶらな瞳でほほ笑みかける
この方は

デビュー間もない
10代のころの萩原健一さん。

沢田研二さんがボーカルを務めた
ザ・タイガース。

左にいる黒い服を着た男性

どなたか
お分かりになります?

岸部一徳さんなんです。

皆さん、GSブームだけに
とどまらず、その後の芸能界に

なくてはならない存在と
なっていきました。

スマホもアプリもない時代。

もちろん加工は一切なし。

そんな昭和の時代を生きた
美女の皆さんをご覧ください。

まずは
現在も舞台やドラマに活躍。

大女優、浅丘ルリ子さん。

銀幕のスターとして

世の男性を魅了した

20代のころのお姿です。

続いては。

現在も年齢を感じさせない

美しさで輝きを放つ女優
加賀まりこさん。

コケティッシュなかわいさで

「小悪魔」と呼ばれていた
21歳のころ。

この方に胸熱だった方も
多いはず。

「ウルトラセブン」の
アンヌ隊員役、ひし美ゆり子さん。

胸熱な美女ばかり。

この時代に生まれたかった!

ちなみに当時の男子中高生は

「女性のアイドルが好き」などと
言おうものなら

思いっきりからかわれて
しまったそうです。

そこで家の学習机に

そっとブロマイドを忍ばせて…。

と話しかけていたそうです。

続いては、50代の青春
胸熱だったアイドル。

西城秀樹さんや

野口五郎さんなど

まるでアニメから
飛び出してきたような

キラキラしたアイドルが
人気でした。

「私はヒデキ派」
「五郎のほうがかっこいい」など

今でいう「推し」が
生まれたのも、このころ。

アイドルは疑似恋愛の対象でした。

そのため、当時はこんなグッズも。

アイドルからあなただけに贈る
「ささやきシート」。

ソノシートと呼ばれる
薄いフィルムのようなもので

できたペラペラのレコード。

これに吹き込まれているのは
歌ではなく、おしゃべり。

まさに、昭和の
バーチャルリアリティーです。

ちなみに当時の女子中高生は
より二人きり感を高めるために

布団をかぶって
聴いていたそうです。

さらに、この時代は
女性アイドル黄金期!

ファンの応援スタイルも変化。

このころ誕生したのが
「親衛隊」。

≫まいこちゃーん!

熱狂的なファンが集まり
曲に合わせた掛け声

さらに、アイドルの
ボディーガードまでも

行っていました。

80年代、女子中高生の間では

松田聖子さんの髪型
「聖子ちゃんカット」が

一大ブームに。

卒業アルバムをめくれば

女子の大半が
聖子ちゃんカットという

珍現象も起こっていたんです。

続いては40代の青春
胸熱だったアイドル。

木村拓哉さん

シブがき隊や少年隊
SMAPなど

ジャニーズから
数々のアイドルが誕生。

キムタクブームで
その人気はピークを迎えます。

そんなわけで
社会現象にまでなったのが

「ロン毛」。

街には「キムタク君」が
あふれていました。

ラストは、30代の青春
胸熱だったアイドル。

去年、惜しまれつつ引退した
安室奈美恵さん。

デビューした10代から
引退した40代まで

各世代でミリオンヒットを記録。

平成を代表する歌姫でした。

小麦色の肌、茶髪
細眉、厚底ブーツ。

そんな安室さんのファッションを
マネする女子中高生は

「アムラー」と呼ばれ
当時、社会現象に。

≫え、やば!

眉毛の抜き過ぎや
厚底ブーツでコケる、は

日常茶飯事でした。

ここまで
60代から30代の胸熱だった

みんなのアイドルでした。

加藤≫Hey!Say!
JUMPの2人は

木村拓哉さんは
大先輩ということで。

有岡≫ジャニーズJr.の
ときって衣装が取り合いというか

早い者勝ちなんです。

名前のシールが
何枚も貼られていて

ぺりぺりめくっていくと
近い先輩から

遠い先輩になっていくんですね。
加藤≫重なってるのね。

NEWS、V6、嵐の

それぞれのメンバーの名前が。

やっぱり木村拓哉さんのが
たまたま当たると

カメラに映らなくてもうれしくて。
加藤≫めくって

木村拓哉と出てきたら
おーって。

やっぱり30代、40代は
木村拓哉さんというのが

大きいですか。

アンミカ≫大きい!

藤本≫みんなまねしてましたもん
ダウンジャケットとかね。

澤部≫茶色いダウンジャケットね。

加藤≫ただ汚いだけのロン毛とか
いっぱいいたよね。

何それ?みたいな。
みんながまねしたからね。

杉浦≫今、VTRに登場した
70年代アイドル親衛隊。

とても熱かったんですけど
実はあの当時、アイドルに

熱烈な声援を送っていた方が
今日のゲストの中に

いらっしゃるんです。

加藤≫ってことは
60代、50代あたりかな。

杉浦≫その方は木下ほうかさん。

加藤≫ほうかさん
親衛隊だったんですか?

岡田≫ほうかさん
生放送ですよ!

木下≫やってました。

加藤≫いくつからいくつまで

やられてたんですか?

木下≫大体、40年ぐらい前。
15~16歳くらいのときに。

加藤≫高校生ぐらい?
木下≫そうです。

そのころはアイドルが
たくさんいらしたし

歌番組もたくさんあったので
誰かが誰かのファンでしたから。

ただ、僕はそれが熱すぎて

親衛隊という
ファンでもありながら

なんか、アイドルを守る感じの。

加藤≫それはほうかさん、誰の?

木下≫真子様です。

石野真子さん。

多分、親衛隊を知らない世代が
あると思いますけど

親衛隊の中でも一番
組織力があって

規模が大きかった。

一番人気のあった
組織なんです、親衛隊の。

加藤≫例えば、ほうかさん

石野真子さんの
組織力がある親衛隊。

ほかのアイドルの親衛隊と
ぶつかったりしてたんですか?

木下≫協調して

親交を持ってました。

加藤≫結構、そこは
仲よくやってたんですね。

関東支部とか関西支部とか?

木下≫ありました。

日曜日にフェスティバルホールの
横で

練習したり。

加藤さん
こうじゃなくてこうです。

加藤≫こうじゃなくて、こう?
なんで?

木下≫なぜかは分からないです。
前に出す感じなんです。

加藤≫今日は、ほうかさんが
ちょっと胸を熱くする

貴重な品物を用意してあります。

ほうかさん、どうですか?

木下≫鉢巻き、緑。
まんま昔のと同じです。

加藤≫MAKO
ラブリーサークルって

書いてありますね。

杉浦≫私の手元にもあるので

ぜひ木下さん
着ていただきたいなと思って。

加藤≫これは、今の
ジャケットのままでいいのかな?

杉浦≫上から羽織れると思います。

木下≫僕ら、こんな
最先端ではなかったですけど

羽織ります。

杉浦≫身に着けていただいている
間に、実はほうかさんが

胸熱になる
かつての同志の方々も

いらっしゃっているんです。
お呼びしちゃいますね。

石野真子親衛隊の皆さん
どうぞ!

加藤≫皆さんは石野真子さんが

デビューしたときからの
親衛隊ですか?

≫そうですね。真子さんが
デビューしたころからの

親衛隊です。

加藤≫ちなみに
今、おいくつですか。

≫今年で55です。

≫54です。

≫52です。
≫私も52です。

≫55です。

加藤≫今は皆さん

石野真子さんの親衛隊は
やってないんですね?

≫現役で。

杉浦≫現在も
活動されています。

加藤≫当時からずっと
やられているんですか。

≫当時からずっと。音楽活動を
始められたのが

ちょうど16年ほど前ですかね。

加藤≫真子さんが。

1回、一線を退いていて。

≫またCDを出されて
そのときからまたこのスタイルで。

加藤≫じゃあもう何年に
なりますか?トータルにしたら。

≫41年ですね。

加藤≫ほうかさんも一緒に

その当時のコールって
皆さん、できます?

木下≫僕はちょっと怪しいですが。

杉浦≫曲は石野真子さんの

「わたしの首領」を。

加藤≫ほうかさん、できる?
木下≫いや、分からない…。

やれっていうんですか?

加藤≫皆さんと一緒に

やってもらっていいですか?
木下≫それはちょっと無理です。

そんな恥ずかしい…。

加藤≫脱ぎだした。

木下≫なんで、やらなあかんねん。

加藤≫ほうかさん
中に入っていただいて。

木下≫できないですよ。

加藤≫なんとなく
覚えてるんじゃない。

杉浦≫披露していただきましょう。

曲は石野真子さんの

「わたしの首領」。

≫せーの!
≫真子ちゃ~ん!

♪「わたしの首領と
  呼ばせて下さい」

♪「わたしの わたしの首領と」

♪「呼ばせて下さい」

♪「野蛮な人だと」

♪「思ったけれど」

♪「あなたは一味 違ってた」

♪「わたしの首領と」

♪「呼ばせて下さい」

♪「わたしの首領と」

♪「呼ばせて下さい」

(拍手)

杉浦≫ありがとうございます。

加藤≫ほうかさん
ほとんどできてましたよ。

完璧でしたよ。

これは、なぜやり続けるんですか。

≫真子愛ですね。

加藤≫真子さんに対する愛。

≫それしかないです。

加藤≫それだけで

コールしたくなると。
河北さんとか

20代が見てどうですか?
河北≫ほっこりします。

おじさんたちが
こんなに熱くなって。

すてきじゃないですか。
ほほえましいです、とても。

加藤≫ゆきぽよはどうなの?

ゆきぽよ≫こういうファンの人
欲しいなと思いました。

41年、ずっとね。

すばらしかったです。

杉浦≫親衛隊の皆さん
ありがとうございました。

木下ほうかさんも
ありがとうございました。

加藤≫ほうかさんが
本物だってことが

分かりました。
杉浦≫盛り上がりますね。

加藤≫だから本当に
あの野太い声で

LOVEというのが
あったという時代ね。

さらに、ここからは

令和のアイドル

じゃあ、どうなっているのか
気になりませんか。

令和のアイドルのファンは
こうなっているそうです。

杉浦≫女子のオタ芸が熱い!

加藤≫皆さん、男性のオタ芸って
知ってますよね。

今は令和の時代になってくると
女子がオタ芸をやっている。

それでは、皆さんに
お越しいただいております。

杉浦≫お越しいただきました。

男性地下アイドルグループ

AXXX1S(アクシス)を

応援するAXXX1Sの
ファンの皆さんです。

加藤≫杉浦さん
普通にAXXX1Sの

ファンの皆さんですって
言ってますけど

スタジオ全員
AXXX1S、誰?みたいな

感じになってますが。

杉浦≫ということでまずは

こちらの写真を用意しました。
この方たちがAXXX1Sです。

藤本≫格好いい。

加藤≫写真出て
爆笑してましたけど

なぜですか?
≫盛れてない。

加藤≫盛れてない?
≫いつもの調子ではないです。

加藤≫この写真が?
格好いいじゃん。

≫これ以上に格好いいです。
加藤≫それで笑ったんだ…。

ちょっと平成の笑いに私
ついていけなくなってる。

杉浦≫令和です、令和。

加藤≫令和か。令和の時代に

ついていけなくなってるわ。
オタ芸を皆さんで

やってるということですね。

≫そうですね。
コールアンドレスポンス

みたいなやつをやってます。

陣内さん、オタ芸は
知ってますよね?

陣内≫知らない。
柴田≫私は知ってますよ。

加藤≫そのイメージ。

じゃあ見せてもらいましょう。

杉浦≫サビの終わりからです。

AXXX1Sで
「BURNING」。

♪~

加藤≫ちょっと待って。

何、お前らヘラヘラしてんだよ!

オタ芸って、こうやるだろ!

全然やってないじゃん!

なんで、オタ芸やらないの?

≫なんでだろう…。疲れそう。

≫声出すので精いっぱいです。

加藤≫疲れるから
やらないんだって。

澤部≫ペンライトが
ずっとこの辺にあったけど。

≫ダンスに合わせてこっちも
手を動かしたりもするけど

声を出すのが多いです。

加藤≫でもさ、ずっと
しゃべりっぱなしじゃない。

あなたたちが。
歌、いつ始まるの?

≫このあとにあるんですよ本当は。
加藤≫イントロで入れているんだ。

≫イントロの静かな部分で。

加藤≫さっきのアイドルの
親衛隊の方々の

見たでしょ?どう思った?

≫すごいなって思いました。

加藤≫あの人ら、やべえと。

お父さんたち
やべえって言われてますよ。

≫そうですかね。

加藤≫見てどうでした?
女子のオタ芸。

≫いいんじゃないですか。

≫いいと思います。

≫はいそうです。
いいと思います。

加藤≫はい、そうですって。
どうでした?

≫すごいしっかり伝わってました。
≫いいです。

加藤≫裏返ってますね、声。

褒められたよ、親衛隊の方々に。
≫イエーイ。

加藤≫ちょっと令和が
心配になってきましたよ。

大丈夫かなって。

杉浦≫愛が伝わってきました

石野真子親衛隊
そしてAXXX1S親衛隊

ありがとうございました。

木下さんも
ありがとうございました。

加藤≫こんな番組でございます
皆さん。

杉浦≫どんどんまいりましょう。

2つ目の胸熱テーマは
「デートスポット」。

加藤≫これは、世代によって
ずいぶん違うでしょう。

陣内さん
デートスポットはどこでした?

陣内≫デートとかしてないですね。

まあ、静かなとこ。
映画館とか公園とか。

加藤≫石田さんは?

石田≫湘南に行ったり
ドライブですね。ドライブデート。

加藤≫小木は、どの辺?

小木≫俺は、大体
落とすときは

山下公園でしたね。

加藤≫なんで、お前

モテる位置にいるんだよ!
お前、そんなモテる

ポジションじゃないだろ!
ベッキーは?

ベッキー≫深夜までやってる

ディスカウントショップが
あるじゃないですか。

あそこ行ったりとか。
とりあえずブラブラするみたいな。

加藤≫河北さんは?
河北≫カラオケとかですかね。

加藤≫VTRを見てみましょう。

≫まずは60代の青春
胸熱だったデートスポット。

それが「ボウリング場」。

当時は国道沿いなどに
ボウリング場が乱立。

目と鼻の先に
何軒もありました。

また、最盛期には朝6時からの
早朝ボウリングも大盛況。

サービスでもらえる
牛乳を飲みながら

皆さん、プレーしていました。

続いては流行に敏感な若者の
胸熱なデートスポット。

それが「ディスコ」。

曲ごとに決まった

そろいのステップで踊るのが
当時の主流だった中

目立とうとオリジナル
ステップで踊るつわものも。

続いては、50代の青春
胸熱だったデートスポット。

東京ディズニーランドが
開園した1980年代。

突然、関東で巻き起こったのが
清里ブーム。

山梨県の北杜市にある清里は

「高原の原宿」とも呼ばれ

ファンシーショップや
タレントショップなどが

並んでいました。

ちなみに、現在の清里は
どうなっているのか?

ということで行ってみました。

すると…。

あのファンシーテーストな
町並みはどこへ?

町のトレードマークだった

ミルクポット形
ファンシー喫茶店。

今は閉店しているものの
建物は残っていました。

中をのぞいてみましょう。

なぜか商品はあのころのまま
展示されており

ファンシーな残り香が。

当時の清里ブームについて

清里・萌木の村

村長の船木さんに聞いてみると。

では、令和を迎えた
これからの清里とは?

続いては、40代の青春
胸熱だったデートスポット。

80年代から起こった
巨大迷路ブーム。

各地のレジャースポットには

必ずと言っていいほど
巨大迷路があり

カップルが仲よく
訪れていました。

同時に
この時代はバブル絶頂期。

デートはどんなもの
だったんでしょうね?

この方に聞いてみました。

バブルの申し子
川合俊一さんによると…。

(笑い声)
逆です、それ。

続いては、30代の青春
胸熱だったデートスポット。

さまざまなレジャーが
1か所にまとまっている

複合アミューズメント施設が
数々登場。

そんな中、女子高生の中で
大ブームとなったのが

プリント倶楽部
通称「プリクラ」。

気軽に思い出作りが
できることから

いつしかプリクラを撮るのが
デートの定番に。

撮影したプリクラを交換し
手帳に貼る「プリ帳」や

携帯の裏蓋に貼るなど
若者のコミュニケーションツール

として大流行しました。

また、あまりのブームに
銀行にも。

新規契約した人だけが
撮影できるサービスが。

以上、胸熱デートスポットでした。

加藤≫これも世代によって
ずいぶん違いますね。

川合さんが話してましたが

石田さん
あの当時、バブルの時代って

すごかったんですか?
ディスコとか。

石田≫毎日行ってたような気が
しますね。

加藤≫陣内さんは?

陣内≫僕は川合さんが
引退して直後よく遊んでいました。

六本木のお姉ちゃんの

いるところに。

だから彼は僕にとっては
夜のエースストライカーです。

加藤≫サッカーに
急になっちゃいましたね。

ストライカーって。

それだけすごかったんですね。

陣内≫スポーツ選手自体
座持ちがいいですよね。

トークが持つ。
すごい、モテますよ。

トークのAクイック
Bクイックです。

加藤≫柴田さんはその辺は
触れてないんですか?

柴田≫私ら貧乏の劇団員だから

バブル真っただ中の間

ずっと汚いジャージを
着てましたから。

全然、恩恵にあずかってなくて。

加藤≫同じ世代でも
違ったりするんですね。

令和のデートスポット
皆さんどうなってるか

ちょっと知りたいと思いません?
アンミカさん

令和のデートスポットって
思い浮かぶところあります?

ぽんと浮かぶのあります?

アンミカ≫あんまり外出えへん
イメージあるわ。

だって、私らのときって

肉食やったけど今は
絶食だというので。

草食を通り越して絶食という。
出会いが携帯とか。

加藤≫家でゲームやったりとか。

ある方が令和のデートスポット

ロケに行ってますので
見てもらいたいと思います。

≫まずは
最新のソフトクリームが

食べられるお店。
こちらでは、さまざまな

かわいいトッピングで
自分だけの

オリジナルソフトクリームを
楽しむことができるんです。

続いては最新のプラネタリウム。

どこが最新かというと

リアルタイム流星観測システムと

連携して

実際に流れ星を検知した
まさにその瞬間に

スマホで送った願いが
打ち上げられ

流れ星に届けられるという
ロマンチックなサービスなんです。

さらに
カップルで寝ながら

プラネタリウムを
鑑賞できるシートも。

以上、最新の
デートスポットでした。

加藤≫キャスティングミスかも
しれませんが

令和のデートスポットに

50代の貴理子さんが
行ってしまった。

磯野≫これからのを
先取りさせていただいて。

私、インスタ映えって
初めてやってみたの。どう?

加藤≫20代の子に
聞いてみましょうよ。

貴理子さんのハートとか
あれ、合ってるんですか?

ゆきぽよさん。
ゆきぽよ≫全然違います。

まず、インスタ映えなのに
背景を全く気にしてないのも

アウトだし、まずハート。
なんですかこれ。

磯野≫ハートですよ!

加藤≫ちょっと待って
俺も分からないけど

ハート、これだめなの?

ゆきぽよ≫これもおかしいし
こっちもおかしいし。

今は自撮りするために
ハートはこれです。指ハートで。

加藤≫ちょっと待って!

30代の方
指ハート知ってます?

藤本≫最近知りました。
加藤≫40代は知ってる?

千秋≫娘に教わった。

加藤≫50代は?
岡田≫指ぱっちんですよね。

加藤≫ポール師匠だよね。
60代は?

陣内≫知らないです。

ゆきぽよ≫自分でやるとしても
今はこうです。

上の世代の方々には
難しいんだと思います。

加藤≫結構、時間かかるよね。
柴田さん、どうですか。

柴田≫指がつってだめです。

八乙女≫ライブのときとか

マイクを持って
ハートを作ってっていう

うちわを見たとき

これじゃできないから
これだとできるんですよ

マイクを持ったまま。

加藤≫親指で
マイク持つってことね。

八乙女≫近い人には
指を出したりとか。

≫韓国のアイドルの影響が
すごく強い気がします。

加藤≫貴理さん。
えらい恥かきましたよ。

磯野≫これ、できる?

加藤≫上、曲げてください。

磯野≫こうでしょ。
いっぺんにできないわ。

岡田≫写真のポーズも
時代によって違うもんね。

加藤≫貴理子さんが行った
アイスクリーム屋さんだと

どんな感じになる?

ゆきぽよ≫アイスクリーム屋さん
どんな感じでしたっけ。

加藤≫プラネタリウムでいいや。
これだと、どうなるのかな?

ゆきぽよ≫これだったら

逆に寝そべって上から撮って
背景もかわいく

自撮りもできるようにやったら
映えます。

加藤≫でも
貴理子さんにしてみたら

機械を入れたかったわけだよね。

磯野≫そうそう。ソフトクリーム
これ、かわいいじゃん。

加藤≫これはいいの?

ゆきぽよ≫これは
よくできてると思います。

あとはフィルター加工して
しわを伸ばしたほうが。

加藤≫やめろ!

磯野≫フィルター加工って何?

ゆきぽよ≫横にピッとやると
フィルターが変わって

肌のしわが消えたりする。

磯野≫マジで?
加藤≫アプリを入れて。

磯野≫お金かかる?

ゆきぽよ≫お金かからないです。
無料です。

磯野≫教えてよ、そういうの!
岡田≫こっちサプリだから。

加藤≫飲むほうだと
結構時間かかるからね。

やっぱり違うんだね、世代で。

杉浦≫どんどんいきましょうか。

3つ目の胸熱テーマは

「恋人と連絡を取る方法」。

加藤≫電話ということですよね。

いったら本当に
家電しかない時代から

始まっていますから
どうなるのかということです。

VTRどうぞ。

≫まずは、60代が胸熱な
青春時代を過ごしたこの時代。

電話といえば、ほぼ黒電話一択の
60年代後期。

一般家庭への普及率は
まだ低かった

この時代の連絡手段が…。

「呼び出し」。

これは、電話のない人が
電話のある近所の家などに

取り次いでもらうシステム。

学校の連絡網などでは

電話番号の後ろに「呼」と
記されていました。

そのため当時の恋人たちは…。

用件を伝えるだけの電話でした。

そして、デートの待ち合わせでは

駅の改札やオブジェの前など
絶対に間違えない場所を選び

相手が遅刻した際には

伝言板を利用して
移動先などを伝えました。

70年代に入ると
電話の普及が一気に進みます。

すると、電話には
レースのカバーが。

また、当時は

保留音などがなかったため

専用のオルゴール機に載せ
保留する家庭もありました。

家族が集まる居間に電話がある
家庭も多く

話を聞かれないよう
くるくるのケーブルを

限界まで伸ばし
廊下で恋人との会話を

楽しむこともよくありました。

続いて50代が青春時代を
過ごした1980年代。

1つの電話回線を
複数の電話機で共有する

「親子電話」が登場!

自分の部屋で電話をすることが
可能になりましたが…。

初期の親子電話は
子機で話していることが

親機でも聞けたため

当時の恋人たちは
親機で出たことが

空気の抜けるような音で
分かるようになっていたそうです。

また、長電話をしたいなあ
というときは

十円玉を山ほど持って公衆電話へ。

しかし、彼女に電話をかけると
なぜか父親が出るケースが多く

何度も気まずい思いをすることに。

当時、自動車電話や

平野ノラさんでおなじみの
ショルダーホンも

街に登場し始めますが
超高額なセレブのアイテムでした。

40代の青春、90年代。

恋人との連絡方法として
胸熱なツールが登場!

ポケットベル、通称「ポケベル」。

これは、折り返してほしい
連絡先を伝える

ビジネスマンの
マストアイテムでしたが

料金が下がり、若者たちにも
手が届くものに。

すると、数字を暗号化し
会話を行うことが大流行!

遅刻をしても…。

その後、文字を送信できる
ポケベルが登場!

より簡単にメッセージが
送れるようになりました。

90年代中頃になると
携帯電話が徐々に普及。

直接、恋人と話すことが可能に!

しかし、当時の携帯電話は
通話料がまだ高かったのです。

そこで若者が目をつけたのが
「PHS」。

携帯よりも料金が安いことで
一躍人気に!

そのころは、まだ
電波の入りにくい場所も多く

街では手を伸ばし
電波を探す恋人たちの姿も

よく見かけました。

さらに、光るアンテナ

電波が良くなるシール

ボディーを
スケルトンにするなどの

カスタムも流行しました。

30代が青春期を過ごした
2000年代。

そのころの
恋人との連絡方法といえば

携帯同士でのメール。

すると、こんなことまでメールで
伝えるのが当たり前の時代に。

また、恋人からのメールが
来ていないか

常にセンター問い合わせを
することも。

携帯で有名といえば
スタジオのベッキーさん!

こんな時期もありましたよね?

以上、恋人と
連絡を取る方法でした。

加藤≫まずベッキーの携帯は

みんな覚えていると思うよ。

ベッキー≫最大マックスで
2kgのときありました。

加藤≫筋トレじゃん、完全に。

ベッキー≫携帯会社は
軽量化していってるのに

どんどん重くなっちゃって。

使い終わった携帯を
ストラップとして

つけたりとかもしてたし。

これが本当の携帯ストラップだと
いいながら。

やばいね。

加藤≫あれはなんの意地なの?

ベッキー≫かわいいものを
みんなに見せたいみたいな。

加藤≫いったら
負けたくない

みたいなものがあるの。量で。

ベッキー≫うん。
でも負けることはなかったです。

どんなに変装しても
携帯でばれたりとか。

ベッキーといえばじゃないけど
割と、なんか。

小木≫確かに
あのときはベッキー

頭おかしかったからね。

加藤≫今、客観的にベッキー
自分の携帯のストラップ見て

どう思う?

ベッキー≫疲れない?って
思います。

でも、あれはあれで青春。

この間りゅうちぇる君に会ったら

まねしてましたとか
まねしてくれてる人もいて。

加藤≫そうか、青春ね。
びっくりするよね。

あれがはやったってんだからね。

あと60代、50代は
分かると思いますけど

親に聞かれないように
あのコードを延ばして。

柴田≫くるくるが
まっすぐになるまで

ずっと、こうね。

小木≫柴田さん
そんなことありました?

柴田≫え?
加藤≫あるんだよ!柴田さんにも。

「西部警察」みたいな
サングラスかけて

デートしてたんだよね。
柴田≫してた!

加藤≫だから岡田君とかも
あったでしょ。

親に聞かれるの。

岡田≫子機使って。

でもそれによって
向こうの親としゃべることで

我々、敬語を覚えるんですよ。

目上の人としゃべる
敬語を覚えるから。

加藤≫ほうかさんもどうですか。

木下≫半分以上使わないと
思うんですけど、僕らの時代

交換日記って、分かります?

加藤≫僕らの時代も
ギリギリありましたよ。

木下≫好きな人と日記をつけて

通信なんですよ。

表紙には数学とか国語って書いて

ノートの貸し借りにしか
見えなくして。

でも、中身は
君が死ぬほど好きだ

愛してるって書いてて。

でもジンクスがあって。

大体、交換日記やると
最後に別れるんですよ。

陣内≫俺の友達
交換日記のおかげで

親が高校まで
怒鳴り込んできたことがある。

彼女の交換日記を
お母さんが掃除中に

見ちゃったらしくて

昨日、彼にあげたとか

書いちゃったの。

柴田≫あげたって…。

加藤≫スタジオ、ドン引き!

アンミカ≫交換日記が
鍵つきになりました。

加藤≫見えなくしたんだ。

陣内≫あげたってボールペンとか
そういうことですよ。

加藤≫青春の思い出だから
大丈夫です。

トラウデンさんとか

黒電話とか、いったら

親に聞かれるとか
どう思ってみてた?

トラウデン≫プライバシーじゃ
ないですか。

親子の関係でもプライバシーは
必要だと思いますし。

加藤≫そんなこといったら
俺ら、はっ倒されたよ。

千秋≫男友達とか
いませんって切られちゃうから

とられないように

7時半ぐらいに電話するって
決めてたら

親も私もみんな
早押しクイズみたいにして。

加藤≫約束するんだよね。

今日7時半に
電話するからねとかいって。

千秋≫そわそわするんだけど
親もいるの。

加藤≫どう?河北さんとか
そういう時代。

河北≫逆に、そっちのほうが
ドキドキするかもって思います。

今はどこでも、いつでも
電話できるし。

そういうドキドキ感の中で
電話するのもありだなと

思いました。

アンミカ≫待ち合わせも
すれ違いが多かったりとか

ポケベルも至急って
書いてあっても

電話ボックスが混みすぎていて

みんなポケベル見て
電話ボックスに殺到するから。

今、電話ボックス、混んでる?

加藤≫電話ボックス
今、なくなってるからね。

あと皆さん
テンションが上がっていたのは

センター問い合わせね。
澤部≫めちゃくちゃやった!

全然、センター問い合わせしても
こないから。

センターはどこだよ?って。
行こうか、直接!って。

加藤≫だから
地下にいるとつながらないから

上がったとき
センター問い合わせとかする。

懐かしい。

さらに懐かしい電話を
用意しています。

杉浦≫こちらですね。

いろんな携帯を用意しました。

端から紹介していきましょうか。

1989年に発売されました
ショルダーホンより小型化した

最初の携帯電話。

このころ実は
全部、レンタルだったんです。

保証金を払って
借りていたそうです。

加藤≫これ持ってる人
本当、これ見よがしに

テーブルの上に置いてましたね。

俺は持ってるぞ、携帯みたいな
感じでしたよ。

自慢でしたよ。

陣内≫俺、トレンディードラマ
やっていたとき

浅野ゆう子さんのマネージャーが

ノルマンディー上陸作戦のときの
無線機みたいなやつで。

加藤≫これの1個前ですね。
陣内≫かっけー!って思ったもん。

杉浦≫そして、お隣が
1996年発売の

マナーモードが
初めて搭載されたものです。

加藤≫前なかったの。
マナーモード。

これ、震えたら
相当な揺れになるからね。

でかいから。

これはマナーモードが

初めてついたんだね。

杉浦≫隣が2000年に
発売されました

初めて、カメラがついた機種。
このとき、画素数は11万画素。

加藤≫今、どのぐらい?

杉浦≫今、1200万画素です。

加藤≫全然違うんだ。

粗かったもんね、昔の写真。

杉浦≫そして、2004年発売
当時、世界最小携帯として

発売されました

幅4cm、高さ9cm

厚み2cm、70gの
世界最小モデルの携帯です。

加藤≫恥ずかしながら
これ僕、使ってました。

かばんに入れていたら
探すの大変なのよ。

どこいった?みたいに
なるんだよね。

ここまで小さくなったんだけど

ここまで小さくする
必要ないじゃんって

戻っていったんだよね。

限りなく小さくまで
いったんだけど

小さすぎても不便だろうとなって
今のスマホの大きさに

なったんだろうね。
これ、おもしろいね。

で、これからの最新の携帯。

今、皆さん
スマホを持っていると思いますが

今後、どうなるのか。

杉浦≫まもなく5Gと呼ばれる
新しい携帯電話の通信方式が

始まるんですね。

加藤≫今、4Gと
書いてありますけど。

杉浦≫5Gは高速で大容量の
データ通信が可能になります。

遅延も少なく多くの接続にも
耐えられる、次世代の通信方式

これが一般化すると
私たちの生活が

大きく変わっていくという

次世代の通信方式です。

加藤≫2時間の映画を
ダウンロードするのに

3秒から4秒。
≫えー!

加藤≫ほとんどラグがないの。

杉浦≫そうしたらどうなるのか
ご覧いただきましょう。

≫例えば、スマートフォンから
バーチャル空間上の

オフィスに接続し
家にいながら

会社に出社することが可能に!

バーチャル空間上で
ファイルを開いたり

商品のデザインを確認したり
できるようになるかもしれません。

さらに、電話をつなぐと…。

あたかも目の前にいるかのように
3D立体映像で

対話が実現できるような
時代が迫っています。

加藤≫こうなると携帯の画面が
もういらないわけですよ。

目の前に画面が出てくる

目の前に電話をしている
相手が出てくるわけですから。

直接会話するような
感じにもなるという。

岡田≫たまに映画でありますよ。
「アイアンマン」とか。

磯野≫でも、いやだな。

加藤≫貴理子さん

なんでいやなんですか。

磯野≫いつも化粧してなきゃ
だめじゃない。

柴田≫向こうからも
こっちが見えるんですか?

加藤≫見えますよ、お互い。

柴田≫ちゃんとしてないと
いけない?

加藤≫友達だったら
よかったりとか。

岡田≫ふだん、どんな格好なの?

加藤≫柴田さん、ふだん
どんな感じなんですか?家で。

柴田≫普通のおばちゃんの
格好してるよ。

加藤≫こういう時代が
来るかもしれないと。

どう?
Hey!Say!JUMPの2人。

八乙女≫下手したら
番組とか、こういう

3D映像で
来なくてもいいみたいな。

加藤≫八乙女君は今日家から
参加してますみたいなのが

あるかもしれないね。

八乙女≫かぜひいてるので
みたいな。

あり得ますよね。

加藤≫ここまで出演者が
呼ばれなくてもいいかもしれない。

各世代、1人でいいかもしれない。

澤部≫いやいや、寂しい。

加藤≫その代わり
ギャラが半分になります。

岡田≫寂しい!

加藤≫すごい時代になるなと。
そんな遠い話では

ないということです。

杉浦≫4つ目の胸熱テーマは
「コワい先輩」。

加藤≫おもしろいテーマ、これ。

悪い先輩っていましたよね。

これは50代、60代、40代

30代ぐらいまでいたかな。
VTR、こちらです。

≫まずは、60代の青春
胸熱なコワい先輩は!

当時まだ非常に高価だった
オートバイを

乗り回すこの若者たち。

マフラーを外して
爆音で走る姿から

ついた呼び名は「カミナリ族」!

公道を我がもの顔でぶっ飛ばし
スリルを追求。

アクロバティック極まりない
新しい乗り方も発明。

それが「水平乗り」。

当然ですが…

そして、60年代後半
新宿に登場したのが…。

定職に就かず、目的なく
たむろする「フーテン族」。

白昼堂々、酩酊状態で
街をフラフラ。

当然ですが…

社会から
ドロップアウトすることが

かっこいい時代でした。

50代の青春
胸熱なコワい先輩は暴走族。

カミナリ族がより過激化。
全国に広がりました。

暴走族のバイクの改造は
ヒートアップ。

空気抵抗を完全に無視した
こんなつわものも。

当時の暴走族の私服
必須アイテムは

女もののサンダル。

これは彼女のいる証だったと
いいます。

70年代後半からは
校内暴力が激化。

そこに登場したのが
伝説的不良漫画

「ビー・バップ・ハイスクール」。

累計4000万部を売り上げる
大ヒットとなりました。

85年には映画化され
全6作のシリーズ化。

多くの若者が
その口ぶりをマネしたものです。

80年代は
「ツッパリ」ということばが

「ヤンキー」に変わり

猫までヤンキーに
なっちゃいました。

この手の皆さんに愛される
アイドルも現れ

平成まで脈々と
受け継がれてきました。

ちなみに現在、この席は空席。

ゆきぽよさん、この枠
狙ってみてはいかがですか?

ゆきぽよ≫ぜひ欲しいです。
私にください。

≫40代の胸熱なコワイ先輩は
「チーマー」。

渋谷センター街を根城にした
若者たち。

それまでの
ヤンキーファッションから

180度、様変わり。

ビンテージのジーンズに
首元にはインディアンジュエリー。

髪型は、えり足をはねさせた
ダックテール。

彼らのファッションは
「渋カジ」と呼ばれ

マネをする若者が多く現れました。

チーマーの目的は
とにかく、その時を楽しむこと。

それまで不良の中で絶対だった
上下関係も希薄になり

夜の集会もパーティーに変化。

週末には渋谷、六本木のクラブで

DJパーティーが
開催されていました。

2000年に入ると
こんな新しいコワい先輩も。

当時の大人たちには
理解不能だった

「ヤマンバギャル」。

90年代のコギャルが
ガングロを経てヤマンバへ

独自の進化を遂げました。

そんな彼女たちが情熱を

注いだのは、ギャルサークル
通称「ギャルサー」。

何より真剣に取り組んだのが
パラパラです。

地道な自主練を重ねた先の
晴れの舞台。

それが、1000人以上の
ギャルが一堂に会する

大型パラパライベント。

ハタチになるとギャルサーを引退。

ヤマンバにかけた青春。

一筋の涙が
彼女たちのほほを伝いました。

以上、60代から30代の
コワーい先輩たちでした。

加藤≫ちょっと60代の方に
聞きたいんですけど

本当にあのバイクの乗りかた
してる人いた?

柴田≫私は知りません。

もっと上の人たちじゃない?
カミナリ族って。

石田≫でも、やってたかな。
でも覚えてない。

加藤≫あれが
格好よかったんですか?

まっすぐ伸びてるのが。

石田≫その世代が
格好よかったんじゃないですか。

柴田≫あれができるってことがね。

小木≫よく自転車も
ハンドル持たないでね。

手放しが格好いいみたいなのが
ありましたよね。

加藤≫ちょっと、雑技感
すごくない?

そして30代はパラパラだった。

ミキティとかやってた?

藤本≫パラパラも
やってましたし

黒くないけどギャルっぽく。

加藤≫でもデビューしてたでしょ。

藤本≫その2年後ぐらいに
デビューしました。

加藤≫ベッキーは?

ベッキー≫私、パラパラ
1曲ぐらい、できましたね。

あと、みんなここ白くして
ヤマンバ手前くらいまで

みんなやりました。

加藤≫やりましたって
杉浦さん言ってるんですけど

杉浦さん、相当
パラパラやってたらしいですよ。

杉浦≫当たり前だったので。
できないと、いじめられるし…。

加藤≫お願いします!

♪~

(拍手)

加藤≫NHKの
女子アナウンサーで

本当にきれいな顔して

いろんな番組
仕切られてますが

遊んでたんです。
杉浦≫そんなことないです。

人並みです。

加藤≫今の余裕のあるパラパラは。

千秋≫顔がすごいもん。

別に、どっちでもいいですけど
みたいな。

小木≫目線が大変なんだね。

杉浦≫でも、これがうまい子は
しれっとやるんですよ。

それに憧れてました。
加藤≫できてたよ。

杉浦≫まさか令和に
やると思わなかったです。

加藤≫今まで
NHKの番組で

見せたことないでしょ?
杉浦≫ないです。

加藤≫これから

杉浦さんのパラパラ
ニーズあると思いますよ。

令和になったらニーズありますよ。

岡田≫川田さんのスキップぐらい
毎回やられる。

あのノリで。

加藤≫いいものを

見させてもらいました。
陣内さん、いかがでしたか?

陣内≫いいもの見せてもらった。
俺、何言えばいいの?

加藤≫なんでもいいです。

石田≫福岡、どうだったの?

陣内≫あの「ビー・バップ」って
作家の先生が、福岡の先生で。

モデルになってるのは
大体、僕、知ってる。

だって、むちゃくちゃだったよ昔。

俺の先輩なんか
警察官に威嚇発砲された人いたよ。

小木≫やばいやつじゃないですか。

陣内≫いや、ただのけんかだよ。

こわもてがみんな囲んで
袋小路でやってて

何やってるんだって

通報されて、来たときに
みんな逃げたら

パニクッちゃって警察官の人が
発砲しちゃったっていう。

加藤≫それは
新聞沙汰になったでしょ。

陣内≫なってない。
誰もけがしてないし

加藤≫今だったら完全にね。

柴田≫富山でも

くさり鎌を持って
けんかしたっていう。

本当だってば。

加藤≫くさり鎌は
江戸時代とかよ?

柴田≫西の番長と
東の番長が山で出会って。

本当だってば!

加藤≫こっちでくさり鎌持ってて
相手、何持ってるの?

柴田≫ヌンチャクとか。
本当だよ!

岡田≫我々は校内暴力ね。

ほうかさんとか、まさに。

木下≫そうそう。ど真ん中。

加藤≫校舎の中に
バイクで入ってくるやつとか

いましたよね?

木下≫いました、いました。

加藤≫階段オフロードのバイクで

だーって下りるの。

小木≫ロケット花火とかも
バンバン。

千秋≫卒業生は卒業したら
怒られないからと

下の下級生を呼び出す。

リストが出回ってドキドキして。
普通2年生しか入ってないのに。

先生にばれて
何もなかったんです。

超怖かったです。

加藤≫お前、卒業式に
焼きいれたりするからなとか

言われたりするんだよね。

千秋≫卒リンリストに
入ってるらしいよって。

加藤≫ほうかさんなんか
あったでしょ。

ほうかさん
イメージを大事にして

言わないようにしてますよ。
磯野≫生放送だから。

木下≫パンチパーマとか
ヤンキーっていますよね。

全員やってたじゃないですか。

みんながヤンキーの時代ですよね。

磯野≫あのころって
男の人同士であーん?って

あーん?あーん?って言うだけで
手を出さない人たちだから。

木下≫メンチの切りあいね。

加藤≫顔こんなに近づけてね。
あーん?って。

手で仲間に来てくれ!って。

止めてくれ!っていうサインを
送っているっていう。あったよね。

さらに「コワい先輩」
ということで

胸熱の品物を今日用意している。

短ランだ!

杉浦≫変形学生服ですね。

加藤≫これは分かる世代は?
30代分かるかな?

ベッキー≫短ラン?

千秋≫これ、格好いいやつだよ。

加藤≫短ランでボンタンで
いいんですよね。

岡田≫ツータックやな。

タックって折りのやつ。

加藤≫タック、分からない?

ずぼんの折り目。

タックは当時のものじゃないよ。

有岡≫ファッション用語ね。

杉浦≫80年代ヤンキーの
主流スタイルといわれます。

加藤≫1cmハイウエストですね。

杉浦≫こちらは短ランですが

モデル名が「全国制覇」という
モデル名でして。

着丈が42cm

標準の学生服の
72cmより30cmほど

短い作りとなっています。

ボタンご覧いただきますと
標準より1つ少ない

4つのボタンです。

加藤≫ポケットを見てほしいけど

普通のスーツなら
ポケットちゃんとあるじゃない。

ポケット見てください、ないの。
切っちゃってるから。

1cmぐらいしかなくなってる。

杉浦≫下がボンタン。

こちらのボンタンは
名前がブロンドといいます。

こちらのボンタン
ツータックのワタリが50cm

標準が33cmなんですけど
20cmほど太くなっています。

ちなみにベルトより上の
ハイウエストは2.5cm。

標準より1.5cmほど
長くなっています。

小木≫あるのよ
学校の近くに専門店が。

澤部≫でも校則違反なんですよね。

木下≫でも、そういう
お店があって

ちゃんと注文できるの。

加藤≫何か月かにいっぺん
検査みたいなのがあるんだよね。

お前だめって言われて。

メジャーで測られたりして。
それで怒られたの。

この時代、知っているのは
50代か40代かな。

柴田≫長かったもんね
長ランだったもんね。

加藤≫これの前は
長ラン、洋ランだったの。

木下≫大学生の応援団を
まねしていました。

「花の応援団」。

加藤≫令和の今、こういった
ヤンキーカルチャーは

どうなっているのか、VTRです。

≫こちら神奈川県で60年続く
ヤンキー御用達の洋服店。

店内には気合いを示す
刺しゅう入り特攻服が。

しかし、注文数は
減少傾向だといいます。

そんな中、お店の売り上げを
支える商品が「卒ラン」。

卒ランとは、卒業を祝うため

卒業式の日にだけ着る
学ランのこと。

近年、西日本を中心に広がった
卒ラン文化。

かつて刺しゅうには
過激なことばが

好まれていましたが
今の主流は…。

「支えてくれた家族のために
やってみせます親孝行」

「お世話になった先生へ
三年間ありがとう」

少年少女たちの感謝の思いが
つづられていました。

かつてのヤンキーカルチャーは
形を変えて

現代の少年少女にも
受け継がれていたのでした。

加藤≫こうなってるんです、今。

ふだんは、いい子で

卒業式だけ
卒ランというのを作って

パパ、ママ大好きとか
両親を幸せにしますとか。

柴田≫あんな格好されたら
親はね。

パパ、ママ大好きとか書かれたら
怒れないもんね。

あんな格好しても。

加藤≫全然変わってるの。

昔はけんか上等とか
売られたけんか、買うとか

そういったことを書いてたのに

今はもう全然、ミキティ
変わってるんだね。

藤本≫逆に作ってほしい。

子どもに作らなくていいの?って
聞きたい。

卒ラン作ろうか?って言います。

加藤≫今の20代の子って
河北さん、親が好きとか

両親と仲がいいんだとか
親孝行したいとか

普通に言うよね。
河北≫全然普通です。

愛情表現、全然普通にします。

加藤≫我々の時代って
ちょっと恥ずかしかったじゃない。

アンミカ≫てれくさくてね。

加藤≫反抗期はなかった?
河北≫なかったです。

いまだにダディー
チューしてきます。

加藤≫ダディーって呼んでるの?

河北≫はい。

加藤≫気持ち悪くない?
ダディーにキスされたら。

河北≫気持ちは

すごいうれしいです。

街なかを歩いていても

いつも
腕組んで歩いています。

加藤≫ダディーのパンツと
あなたのパンツ

一緒に洗っても大丈夫?

河北≫全然、大丈夫です。

加藤≫ダディーの口つけた…。
小木≫もういいから。

千秋≫加藤さんが
気持ち悪がられてるんですか?

加藤≫気持ち悪がられては
まだいないけど

僕の口をつけたお茶とかは
飲まないね。

千秋≫嫌われてるんじゃない?
加藤≫グラスに入れたりする。

気持ち悪いとまでは言わないよ。
ちょっと避ける感じはあるね。

どう?
Hey!Say!JUMPの

2人は。

有岡≫僕らは
20代、30代寄りなので

さすがにダディー、マミーから
そういう…。

加藤≫父ちゃん、母ちゃんだろ!

それは抵抗ある?

八乙女≫さすがにないですね。

加藤≫トラウデンさんも。
トラウデン≫多いですね。

お母さん、お父さんに
愛情をSNSで発信したりとか

結構あります。
加藤≫なんて言うの?

今日はママとデートとか
パパ、ありがとうとか

上げている子が
結構いっぱいいますね。

加藤≫いい方向に
変わってるんですね。

親子が仲がいいというのは。

杉浦≫次にまいりましょう。
最後のテーマになります。

「当時イケてたファッション」。

≫まずは60代の青春
胸熱だったファッション!

当時、女性がミニスカートに
熱中していたころ

男性ファッションは
二大勢力がトレンドに!

その二大勢力とは。
VANとJUN。

JUNは
クラシカル・エレガンスを

テーマに
ヨーロピアンなスタイルを展開。

一方、VANは
アメリカの名門私立大学の学生を

モチーフにした
「アイビー」という

スタイルを確立。

ボタンダウンのシャツに
3つボタンのブレザー

コットンパンツが
アイビーファションの定番。

さらに、当時の若者は
本場のアイビーになりきろうと

そのディテールにまで
異常な程のこだわりを

持っていたんです!

それが、ズボンにピシッと
きれいなラインが入っているか。

なんと
きれいなラインを作るため

裾に5円玉を縫い込む人まで
いたそうです!

続いては50代の青春
胸熱だったファッション。

70年代に入ると「an・an」
「non-no」など

今でも人気の
女性ファッション誌が創刊。

そんなころに
世間で流行したのが…。

♪~

フィンガー5のトレードマーク
裾が広がった「パンタロン」!

パンタロンの登場で

男性の代名詞だったズボンを
女性も履く時代になりました!

しかし当時は
憧れのパンタロンを買うも

裾上げの結果

ただのストレートパンツに
なってしまう人も多かったとか。

そして70代中頃に
女性の間で人気を集めたのが

「ニュートラ」。

神戸生まれの
このファッションでは

ルイ・ヴィトンやエルメスなど
ブランド品が取り入れられました。

そんなニュートラに対して

横浜で生まれたのが「ハマトラ」。

フェリス女学院の
学生ファッションがルーツで

フクゾーのウェア、ミハマの靴

キタムラのバッグが三種の神器
と呼ばれ大人気でした。

当時、どうしても
手に入れられない人は

バッグに「K」という文字を
書いていたとか。

続いては、40代の青春
胸熱だったファッション!

DCとはデザイナーズ&
キャラクターズの略で

BIGI、Y’s
PINK HOUSEなど

日本人デザイナーによる
国産ブランドが大流行!

そんなDCブランドは
値段が高いのも特徴。

なんと、ワンシーズンで

10万円以上
使い込む人もいたんだそう。

そしてバブルの時代が反映された
ファッションといえば…。

セクシーさを前面に打ち出した
ワンレン&ボディコンスタイル。

これでもかというぐらい
肩パッドを詰めたスーツに

ミニスカート。

当時は、いかに自分を
セクシーに魅せるかに

すべてを賭けていました。

きれいなワンレンにするための
ストレートパーマに

4時間かけていた人も
いたんだとか。

最後は30代の青春
胸熱だったファッション!

この時代

原宿から新たな流行が誕生。

それが「裏原系」と呼ばれる

原宿の裏道に店を構えた
ストリートブランド。

人気ショップの限定商品には

オープン前から整理券を求めて
長蛇の列が!

希少なレアアイテムは

古着店で高価取引され

その中には驚きの値段も!

例えば…。

さらには…。

なんと
モッズコートは25万円!

一方で、女子たちが
胸熱だったのは…。

109、通称マルキューに
テナントを構えた

ギャルブランドが隆盛を極めます。

販売員は
カリスマショップ店員と呼ばれ

店員が着ている洋服を
まるごと買っていくお客さんも

多かったそうです。

そして人気ブランドでは
ショップのビニール袋も

重要なファッションアイテムに!

タダでもらえる袋にさえ

値段がつけられていることも
あったそう!

以上、当時イケてた
胸熱ファッションでした。

加藤≫そんな中
令和のファッションは

今こうなっているそうです。

杉浦≫「ママ服コーデが熱い!」。

早速見ていただきましょうかね。

お母さんのワードローブに
ありそうな服で

コーディネートした
令和なママ服コレクション春

早速いっちゃいます!

♪~

ゆきぽよさんは
お母さん世代のビッグベストと

ビッグシャツで
ギャル感を残したコーディネート。

足元ははやりの
ダッドシューズを合わせました。

そして、まだまだ続きますよ。

そして、知念アリサさんです。

知念さんはお母さんが
バブル時代に着ていた

ブラウスとバッグを
今風に着こなしています。

さらに、愛理さん。

愛理さんは
お母さん世代のジャケットを

今、はやりの透け感のある
チュールスカートと

合わせました。
という感じなんです。

以上、令和な
ママ服コレクション春でした。

(拍手)

加藤≫要するに
親の着ていたものを

そのまま着ているということだね。
ゆきぽよ≫そういうことです。

お母さんのお下がりとか
お父さんのお下がりって感じです。

ベストが
お母さんじゃないですかね。

どっちでもいいや。

加藤≫どっちでもいいけどね。

で、彼女のは上が
お母さんのやつということだね。

これ、見覚えありますか?

柴田≫私も昔、着てましたよ
こういうの。

磯野≫私はベストの白もってる。

あげようか?

ゆきぽよ≫いいです、それは。

柴田≫ああいう派手なブラウス
バブルのころ

よくああいうのありまして
私も持ってました。

加藤≫借金の取り立て
やってたとか?

柴田≫いやいや…。

加藤≫これはジャケットと。

杉浦≫お母さん世代のジャケット。

柴田≫やっぱり

捨てないほうがいいんだね。

磯野≫でも、ああいうの
私たちが着たら

別にそのまま。

柴田≫だから私たちは着ないけど

売ればいいから。

アンミカ≫昔のものって

縫製とか、作りがすごく

今のファストファッション
みたいじゃなくて

ちゃんと作っていて、いいんです。

だから、売ってもいいし
こういう生かし方も

いいと思います。

加藤≫お金をかけないってこと?
かわいいってこと?

昔の服が。

ゆきぽよ≫かわいいと思って
やるんですよ。回るんで。

加藤≫今ちょうど
お母さん、お父さん世代に

はやっていた服が
ちょうど回って当たっているんだ。

トラウデンさん、分かります?

トラウデン≫この間、たまたま
友達がめちゃくちゃ

かわいいジャケット

着ていたので
それ、どこの?と聞いたら

パパのだよって。

私も父のとか母のクローゼットを
あさったりとかしますし。

やっぱり、かわいいなって。

加藤≫本当に
それがはやってるんだね。

杉浦≫お三方
ありがとうございました。

加藤≫それぞれのブームが
ありますけど

袋で盛り上がってたね
ベッキーね。

ベッキー≫ブランドの袋とか。

買い物したあとに
そのまま使うんですよね。

杉浦≫めっちゃ持ってました。

ギャルブランドの袋
みんな持ってました。

ベッキー≫すごい共感する
近いから。

加藤≫ブランドの服じゃなくて
袋なの?

ベッキー≫袋です。

藤本≫でもその服を持ってるから
袋を持ってる。

ベッキー≫体操着を中に入れて
学校に行ったりとか。

私、ここの買ってるみたいな。

加藤≫石田さんとかはトラッド。

石田≫トラッド。アイビーで。

それが基本で崩してみたいな
そんなファッションでしたね。

加藤≫石田さんとかは見てて
今の若者の格好って

どうなんですか。
石田≫いや、格好いいですよ。

みんなおしゃれですよ。

うちの娘なんかも
河北さんなんかもお友達だけど

すごい、センスが
めちゃめちゃいいですね。

加藤≫海外とかも
日本のかわいい文化とか

日本の女子のファッションとか
わりと海外のアーティストが

まねしたりすることもあるからね。

そこはやっぱり
日本は独自性があるんだろうね。

男性はどう?
Hey!Say!JUMPの2人。

有岡≫僕らは裏原に
よく行ってます。

八乙女≫安い300円くらいの
ジーンズを買って

一生懸命、フォークで
ダメージを作ってました。

加藤≫新品が格好悪いから。

岡田≫我々の世代は
ダメージあったら

おかんがワッペン貼るから。
危ないよって。

加藤≫いたよね、ワッペンで。
ジーパンのひざに

手袋つけてる人いたよね。

藤谷美和子さんが、それやってて。

杉浦≫加藤さん
そろそろお別れの時間です。

楽しかったですね。
加藤≫もうちょっと

やりたかったね。

また次回がありましたら
皆さんでやりたいと思います。

ということで、お願いします!

「令和はじめました。」。

これは総合演出が
ぜひ、やりたいということで。

冷やし中華を
イメージしたやつです。

皆さんにとって令和という時代


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