英雄たちの選択スペシャル ローマ帝国×驚異の砂漠都市・幻の王国のサバイバル戦略・2千年前、アラビアの砂漠に…



出典:『英雄たちの選択スペシャル▽ローマ帝国×驚異の砂漠都市 幻の王国のサバイバル戦略』の番組情報(EPGから引用)


英雄たちの選択スペシャル▽ローマ帝国×驚異の砂漠都市 幻の王国のサバイバル戦略[字]


番組史上初!ついに世界へ!2千年前、アラビアの砂漠に超大国ローマ帝国を翻弄し、奇跡の繁栄を遂げた幻の王国があった。その驚きの都を徹底取材、サバイバル戦略に迫る。


詳細情報

番組内容

驚異の砂漠都市の名はぺトラ。東西文明が交差する場所で、貴重な品々の交易によってあふれる富を生んだ。高さ数十メートルの壮麗な巨岩建築があり、世界遺産となっている。ぺトラはその豊かさゆえに、ローマ皇帝や、エジプト女王クレオパトラに狙われながらも、巧みに生き抜いていく。そのサバイバル戦略とは?またペトラには砂漠にもかかわらず大きなプールがあった。高度な水の技術とは?最新研究で魅惑の都市の全貌に迫る。

出演者

【司会】磯田道史,杉浦友紀,【出演】ヤマザキマリ,青柳正規,大山晃司,小谷賢,松重豊




『英雄たちの選択スペシャル▽ローマ帝国×驚異の砂漠都市 幻の王国のサバイバル戦略』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

英雄たちの選択スペシャル ローマ帝国×驚異の砂漠都市・幻の王国
  1. ペトラ
  2. ローマ
  3. ナバテア
  4. 日本
  5. ナバテア王国
  6. 本当
  7. シュライオス
  8. 砂漠
  9. ヤマザキ
  10. 当時
  11. 恭順
  12. 年前
  13. オクタウィアヌス
  14. ナバタイ人
  15. ローマ軍
  16. 技術
  17. 青柳
  18. 意味
  19. 王国
  20. 大山


『英雄たちの選択スペシャル▽ローマ帝国×驚異の砂漠都市 幻の王国のサバイバル戦略』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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今回は スペシャル。

日本を飛び出し…

舞台は 灼熱の…

迫り来る 岩の裂け目。

そこに突如として現れるのが…。

謎の…

およそ2, 000年前
奇跡の繁栄を誇りながら

いつしか
歴史の表舞台から消え去った…

ペトラは 東西の文明が出会い

貴重な品々が行き交った十字路。

…を生み出した。

最新の研究では
驚きの技術が発見された。

砂漠の中にもかかわらず

巨大なプールがあったのだ。

ペトラの 最も多くの神殿では

年に一度 祭壇に光がさすように

天体の動きを読み切った設計まで
なされていた。

しかし ペトラは
その繁栄ゆえに狙われることになる。

西には
女王クレオパトラの…

東は 強力な騎馬軍団を擁した…

そして 人類史上最大級の超大国…

ローマの権力者の野望の前に
窮地に立たされるペトラ。

ついには 地中海の覇権を懸けた
大海戦に巻き込まれてしまう。

そんな中 どうやって
生き残っていったのか。

各界の専門家が集結し

古代都市の繁栄の秘密と

サバイバル戦略を読み解く。

かつてない映像と最新研究で

ローマ帝国と渡り合った
驚異の砂漠都市の全貌に迫る。

♬~

皆さん こんばんは。
こんばんは。

歴史のターニングポイントで
英雄たちに迫られた選択。

磯田さん 今回は 番組始まって以来の

「世界史」を
そうですよ!
やるんですよね。

ようやく番組開始以来 6年
ついに 世界史に進出。

いや~ 実はね 始めたときから
僕 「世界史 やりましょう」って

「やりたい!」って言ってたんですよ。
日本史の研究家ですよね?

要するに自分が楽しみたい。
アハハハ…!

今回 舞台は 砂漠地帯の幻の古代都市。

映像も見たり 想像したり…。

もう ワクワクですね。
そうなんですよね。

さあ その今回の舞台となるのが

こちらです。

こちらは
紀元前1世紀ぐらいの勢力図です。

地中海を席けんしていたのが ローマ。

北アフリカには エジプト。

東には パルティア王国がありました。

そうした大国に囲まれていたのが

今回 注目する ペトラを都とする
ナバテア王国です。

取り上げる時代は こちらです。

ナバテアは 紀元前後 合わせて

300年ぐらい続いた王国なんですね。

磯田さん ナバテア王国…。

日本で言ったら 弥生時代ですよね。

邪馬台国や卑弥呼が登場する前。

まだ日本では 国ごっこ…。
国ごっこ?

ほんで 国らしきものが
北九州に出来ていると。

そういう時代ですね。
はい。

ローマの歴史っていうのは
僕も 前から 興味持ってたんですけど

要するに…

中でも…

その中を 技術力とか
そんなに軍事力ないんだけど

生き残っているのは 何か…

ローマとナバテアの魅力に触れながら

日本の国の在り方を考えるヒントが
ひょっとすると

見つかるかもしれないということです。
楽しみですね。

では 早速
ナバテア王国と 幻の都 ペトラが

どんな所だったのか見ていきましょう。

砂漠が国土の8割を占める国
ヨルダン。

かつて ここに

大国と渡り合った小国
ナバテア王国があった。

行く手を遮るように現れる岩山。

その奥に ナバテア王国の都
ペトラがある。

ここは ペトラへ続く一本道。

「狭い谷」という意味の
「シーク」と呼ばれる。

道は およそ1.2キロ。

両側の絶壁は 高い所で80メートルもある。

奥に 何かが見えてきた。

古代都市の玄関口だ。

それにしても この風景
見覚えがないだろうか。

♬~

ハリウッドの大作
「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」。

そのロケ地が ここ ペトラだったのだ。

主人公を演じるハリソン・フォードが
たどりついた

聖なる秘宝の隠された場所だ。

♬~

建物の名は…

高さは 40メートル。

早速 中へ入ってみよう。

部屋は 岩盤をくりぬいて造られている。

岩は…

天然の岩そのものが

赤 白 黒の鮮やかな表情を
見せている。

最新の研究では

ここで祭祀が行われたと
考えられている。

宝物殿は 外側の柱や彫刻など

すべて 巨大な一つの岩を
くりぬいて出来ている。

この方法は 当時のトルコ周辺や

ペルシャなどの影響を受けている
可能性があるという。

彫刻には ギリシャ神話に登場する
神や部族

古代エジプトの神の姿もある。

東西の古代文明を融合させた
ヘレニズム様式の傑作とされ

世界遺産に登録されている。

宝物殿の脇に 奥へと道が延びている。

都市の内部へと進んでいこう。

左右の岩に構造物が見えてきた。

多くは 墓だ。

かつて 人々は
町を囲むように墓を作った。

墓には 文様が刻まれている。

古代メソポタミアから取り入れられた
階段状のモチーフだ。

続いて見えてきたのは…

4, 000人が収容できる。

劇場の形は ローマ様式だ。

ここには ペトラならではの特徴がある。

お気付きだろうか?

多くのローマ様式の劇場は
切り出した岩を積み上げて造るので

座席には切れ目がある。

だが ペトラでは

巨大な岩を掘り抜いて造られているため
切れ目がないのだ。

2, 000年前 ここで大勢の人々が

演説や音楽に聞き入ったのだろうか。

さらに進んでみよう。

開けている この一帯が 町の中心部。

かつて 町には
2万人から3万人が住んでいた。

だが 本格的な発掘は これから。

王宮も まだ見つかっていない。

発掘の進んだ場所では 大きな発見が。

中央に見える 柱の並んだ…

大神殿は 広さ7, 000平方メートル。

研究によって
ギリシャのパルテノン神殿のような

大型の建物だったことが分かった。

さらに アメリカの研究機関の調査から
驚きの事実があった。

なんと 豊富な水のプールがあり

人々が泳いでいたというのだ。

大神殿の向かい側には

噴水まであったことも
分かってきた。

各地の文明に加え
砂漠に大量の水まで集めていたペトラ。

2, 000年前 この都には

一体 どんな人々が
住んでいたのだろうか。

歴史書によると
ペトラで暮らしていた人々は

もとは砂漠の遊牧民だったという。

彼らは「ナバタイ人」と呼ばれ

王国を「ナバテア王国」といった。

ナバタイ人は なぜ あれほどの都を

築けたのだろうか。

その手がかりとなるのが

ペトラから北へ
およそ100キロにある死海だ。

死海博物館の中に
奇妙な写真が残されていた。

これが れき青の写真です。

湖の底から浮かんでくる 不思議な物体。

「れき青」とは 石油由来の…

熱を加えると 80度ほどで溶けて
コーティングの材料になる。

例えば エジプトでは

ミイラの腐敗を防ぐために塗られていた。

さらに れき青は 当時 船の防水加工にも
欠かせない材料だった。

「旧約聖書」の
ノアの箱舟にも

使われたという。

ナバタイ人は 希少な資源で
価値の極めて高い れき青を

砂漠を越えて 取り引きしていった。

ナバタイ人は 交易によって
富を蓄えていったのだ。

王国が豊かになると

都のペトラには
各地から多くの商人が集まるようになる。

そこで 行き届いた もてなしで
人々を迎え入れた。

ここは キャラバン隊の宿があったと
考えられるエリア。

2, 000年前の壁画が残されていた。

笛を吹くのは 天使だろうか。

ぶどうをついばむ鳥の姿も見える。

これは 異国からやって来た人々に

くつろぎを与えるためだと
考えられている。

周辺では
ワインも造られていた。

地中海の名産地のワインのつぼも
出土している。

舶来の一級品をふるまって
もてなしたのだ。

さらなる工夫もあった。

ここは 位の高い人物の邸宅の遺跡。

その客間に 驚きの仕掛けがあった。

床下が 空洞になっている。

砂漠の夜は 気温が
零下になることもある。

薪を入れ
客を寒さから守った。

2, 000年前 中東の砂漠の中に築かれた
ナバタイの都 ペトラ。

そこは 富があふれ

各地の文明のエッセンスが香り立つ

世界有数の交易都市だったのだ。

2, 000年前の都だとは思えないほどの

高い文明や文化があったんだなって
本当に思いますよね。

漫画家のヤマザキさんは 実は 実際に

ペトラを旅行で訪れたことが…。
そう! 今日 ヤマザキさんが

来てるんですよ ヤマザキさんが。

(ヤマザキ)落ち着いて!
落ち着いて。

やっと来れましたよ。

当時ね
私 シリアのダマスカスに住んでまして

車で行ったんです ペトラまで。

ずっと こう
本当に 死海の脇を通って

あの険しい 殺伐とした景色の中を…。

こんな所で
どうやって人々が営んでるんだろうと…

暮らしを営んでる… って思いながら。

ペトラに入っていくと
今度 岩だらけじゃないですか。

とても 人々が暮らしていけるとは
思えない。

でも そこで その…
あそこのシークですか?

あの隙間のほうから
馬車に乗って。

ちょうど あのペトラの宝物殿が
見えてきたときに

あの非現実感たるや。

何で こんな所に
こんなものがあるの? っていう。

本当に ちょっと
「目を疑う」というのは

ああいうことを言うのかなって。

今日は なんと 出演者のうち半分が
ペトラ もう行ったことある方で。

私 磯田さん 小谷さんは まだ未経験。

そうなんですよ 日本人…

まあ 私みたいに
行ったこともなければ

ほとんど
ペトラというものを見たことがない。

恐らく「インディ・ジョーンズ」で

ちょっと見た
というぐらいだと思うので

できれば いずれ
行ってみたいなというふうには

かねがね
思っております。

大山さんは 今日はですね

この番組のために
ヨルダンからお越しいただいています。

ご苦労さまです。 ありがとうございます。
ありがとうございます 本当に。

でも 発掘の途中段階なんですね。
(大山)そうなんですよ。

発掘は進んでるんですけど
何しろね

ペトラの遺跡痕も
広大なんでね

まだまだ 発掘調査も
まだ途上であると。

まだまだ
分かってないことも多いと。

最近だと 一つね ホットな
トピックになってるのが

王宮が… 王国の王宮が
どこにあったか。

これも なかなか分かってなくて

今 まさにね 調査隊が探してるんでね
こういうような状況です。

だから まだまだ
何が見つかるか分からないっていう

期待感といいますかね
ワクワク感がある所ですね。

このナバテア王国
当時のローマと比べると

かなり小さな国だったと
いわれていますけれど

青柳さん どういう国だった…?

例えば 今 言えば
シンガポールとかね

香港のような所が
大変 栄えてますよね。

それで 中国とか日本とか
大きな国があるという

そういう対比でしょうね。

それで 今もGDPから言えば
もう シンガポールも香港も

日本を 個人… 一人当たりは
抜いてますからね。

そういう豊かさを ナバタイ… ナバテアが
持ってたということなんでしょうね。

その… とにかく
アスファルトには感動しましたね。

っていうのは 日本でも
秋田や新潟では

アスファルト れき青
採れるんですけど

もう 縄文のときは

矢じりのあれを
引っつけるんですよね あれ。

アスファルト 偉大ですよ!
あの接着剤がない…。

僕 小学校のころ

縄文の矢じりを復元して
たこ糸でつけてたんですよ。

ところが 取れる。
そうですね。

アスファルトで引っつけるのは
本で読んで知ってたから

「アスファルト 欲しいな!」と思って。

それで 道のアスファルトに
火 つけてみたりとかするんだけど

これが うまくできない…。
やめてください!

道のアスファルト… 壊れたやつね
もう その捨てられたやつ。

無理だった。 だから…

やっぱりね 隊商都市っていうのは
小さくて

そこの…

だけども
リーズナブルな税金を取らないと

町としてやっていけない。
だから その辺の…

隊商として栄える所は
それを実にうまくやるんですね。

その税金がどれぐらいか分かんないけど

大体ね 恐らく
5割から10割ぐらいだった。
ほお~!

だから 高いんですよ。
だから もうかるんです。

それで どんどん
でかくなっていくわけです。

濡れ手に粟。 だから やっぱり…

小麦なんかに そんなことをしたら
競争できなくなっちゃう。

さあ この豊かな国に
あの大国が もちろん目をつけてきます。

紀元前1世紀ごろ ナバテア王国の前に
強大な国が立ちはだかった。

小さな地方都市から始まったローマは

数百年の間に成長を遂げ

ついに
古代オリエントに目を向け始めていた。

当時 ローマの全権力を
一手に握ろうとしていた人物がいた。

大将軍…

20代のころから
卓越した武勇で頭角を現した

生っ粋の武人だ。 その人物像とは…。

ポンペイウスっていう人は
ぐぐぐっと こう

大変 いろんな戦争で成功して
それで権力者になっていくわけですね。

彼はですね いつも 前髪を
こう立ててるんですよね。

これは なぜ立ててるかっていうとね

アレクサンドロス大王が…

毛が癖になって
こう立ってたんですね。

だから 自分も そのアレクサンダー大王の
まねをしてね

で アレクサンダー大王たらんとした。

だから こうやって
前髪が立ってたんですけどもね

そういう人ですね。

巨大帝国を生み出した大王に
みずからを なぞらえたポンペイウス。

紀元前66年

彼は いよいよ オリエントへの
大がかりな遠征を開始した。

ポンペイウスは 10万近い大軍を率い

現在のトルコ周辺の国々を
屈服させていく。

一方 そのころ
ナバテア王国も

周辺へ勢力を拡大していた。

地中海の貿易港
ガザの周辺や

交易の一大拠点
ダマスカスだ。

当時のナバテア王は…

開明的で ギリシャの進んだ文明を
積極的に取り入れ

また 王国の影響力を強めていった
王だった。

そのアレタスの軍勢は さらに
エルサレムを包囲する。

だが そこに

ローマのポンペイウスの
大軍がやって来る。

すると
戦うことなくペトラへ引き返すのだ。

ポンペイウスの軍隊は
勢いそのままに ペトラへと進軍する。

ところが 当時の歴史家は
ローマ軍の不可解な行動を記録していた。

なぜ ローマ軍は
近づけなかったのだろうか。

改めて ペトラの町を見てみよう。

その中心は平たんだが

周囲は 高さ数百メートルもの岩山に
囲まれている。

都への進入路は
シークと呼ばれる一本道。

シークは狭く

2頭立ての馬車が ようやく
すれ違える程度の幅しかない。

さらに ペトラの背後には

高さ200メートル以上の
断崖絶壁がそびえる。

ペトラは裏から攻めることも難しい。

そのうえ アレタスは
この岩と砂漠の地勢を生かし

神出鬼没の戦法をとったと
青柳さんは考えている。

ローマ軍は
非常に組織的な軍隊ですからね

自分たちに対して
ゲリラ的に攻めてくるもの

あるいは そういう所を
ローマ軍が攻めるときっていうのは

意外に弱いんですよ。

結局 成功しなかったっていうのは

恐らく 要害であるということと

ゲリラ戦を うまくやったということと

それから乾燥している地域での

長期滞在っていうのが…

なぜ ペトラは このような
独特な地形をしているのだろうか。

それは 大地溝帯の上にあるからだ。

大地溝帯は

アフリカから
地中海までを貫く

地球の裂け目。

ペトラ周辺は もとは大陸の一部だった。

それが
1, 000万年の間に

巨大な裂け目が
作られていく。

大地の営みは
岩の山脈を作った。

ナバタイ人は そうした場所で生き
都を築き

国を発展させてきたのだ。

その後 王 アレタスは
ローマとの争いの長期化を避け…

岩と砂漠の要塞都市。

それが ローマと渡り合うことができた
ペトラの力の源だ。

しかし あの岩山の地形は
本当に険しいんですね。

(ヤマザキ)あんな所を 私ね ロバに乗って…。

ロバだから 私の気持ちで動けるわけでも
ないわけじゃないですか。

これ 本当に…

だけども 地元の人たちっていうのは
きちんと そこの動き方を分かってて

本当に細い 本当に崖のすれすれの所を

平気で歩いていくんですよ。

だから やっぱり その土地に
慣れてる人たちで

ゲリラ戦 組まれると 圧倒的に
その土地の人間のほうが強いわけですよ。

ペトラっていうのは ギリシャ語で
「岩」って意味なんですよ。

その岩山の土地を知り尽くして。

そこで… 防衛上有利なんでね。

もしも 仮にローマがね

もっと早い時期に…

そういった
ゲリラ戦には ずっと悩まされて

まあ 泥沼化した戦いに
持ち込まれたんじゃないかなと

私は思いますね。

要は 平原であれば
めっぽう強いんですけれども。

ただ ローマ兵が苦手とした戦いが
2つほどありましてですね。

1つが海の上の海戦です。

意外とね ローマ兵っていうのは
船の戦いが苦手だったんですよね。

もう1つが やっぱり
ゲリラ戦といいますかですね

要は その 当時の戦いって

お互いに
日にちとか時間を示し合わせて

司令官同士は まず戦いの前に

話し合いをするんです あれ 確か。

交渉してうまくいけば それで終わりで

それが決裂した場合に初めて戦争になる
という形でやってまして

そういう戦い方に慣れてましたので

いつ どこから攻めてくるか分からない
ゲリラ兵相手っていうのは

どうやって戦っていいか
分からないという状況であります。

磯田さん もし 軍師としては
どうですか? 攻めようとしたら。

あれはね つらいね。
いや 軍師としてはね やっぱり。

仮にね
もし 攻め滅ぼしたとしたってですよ

完全な破壊をやっちゃうとですよ
もう これ 大変ですよね。

なぜかっていうと
ぺトラって あれ 交易で金を生むから

遠征軍の将軍っていうのは

「あれ もうかるようにしてこい」って
言われているので…

次も お金を
生んでくれる状態にしてないといけない。

鉄砲を作る技術があったりして
信長や秀吉は

あれを 全部 攻め滅ぼしたりすると
もう メリットがないわけですよ。

矢銭っていって 「お前ら 豊かなんだから
銭よこせ」って言うと

彼らは交易商人ですから
まあ 出してくれるっていうほうが賢いと。

しかし ローマも 本気でいったら

落とせなくもなかったかも
しれないですよね。

だから 例えば
マサダ… ユダヤなんかをやるときはね

マサダっていう とんでもない
急しゅんな所をですね

すごい土木工事をやって

それで
やっつけるわけですよ。

だから そういうことを
本気になればね

ぺトラだって

土木工事の工兵を が~っと つぎ込んで
入り込むことはできるんですよ。

だけど それやっても その 利益は
どれだけ得られるかっていったら

絶対 割に合わない。
だから やらないんですね。

そこまで計算していって…?
(青柳)もちろん。

やっぱり…

ぺトラがローマと渡り合えた理由は
岩やゲリラ戦だけではない。

生き残るための ある技術を持っていた。

それは この300メートルもの
絶壁の山の上で見られるという。

JICA・ヨルダンの大山さんが
ふもとから我々を導いてくれる。

急勾配の道が断崖に張り付く。

登り始めて1時間。
頂上に たどりついた。

眼下には町の中心が広がる。

山頂のあちこちに開いた 不思議な穴。

実は この下は
つぼのような形をしており

雨水の貯水槽になっている。

岩の傾斜を利用しながら
溝を掘ることで

雨水が うまく集まる仕組みだ。

貯水槽は 高官の邸宅とみられる
この遺跡からも見つかっている。

地下の岩の中に
巨大な貯水槽が掘り抜かれていた。

深さ3メートル 幅も3メートル。

これが2つもあった。

邸宅には 水路が張り巡らされ

台所や水洗トイレなど

水が ふんだんに使われていた。

町には四角いブロックのような石を積んだ
ダムもあった。

今 ペトラ全体では

200を超える雨水の貯水施設が
見つかっている。

砂漠の都ペトラは
冬の短い雨期にしか雨が降らず…

僅かな水を
残さず集める必要があったのだ。

しかし ペトラの水の技術は
貯水槽だけではない。

さらに 高度な水の仕組みは

ペトラの外側 向こうの町から見えてくる。

ペトラから6キロ離れた 山の上の町。

ここに 「モーセの泉」と呼ばれる
泉がある。

今も地元の人たちの生活に欠かせない
大切な水だ。

ナバタイ人は 雨水に加えて

この小さな泉の水を
ペトラまで引いていたのだ。

水の流れを たどってみよう。

ペトラは 画面中央の

白い岩肌の山を越えた辺りに
広がっている。

しかし そこまでは 山あり谷あり
起伏の激しい地形だ。

では どんな技術で水を引いたのか。

大山さんと ヨルダンの考古学者
サーミさんの力を借りて

2, 000年前の痕跡を たどってみよう。

ここを見てくれ。

水路は 砂岩で出来ているんだ。

でも 砂岩は 水が しみこみやすい。

だから モルタルで
コーティングしてある。

ほら! 分かるかい?
古代のモルタルだよ。

水のルートを ずっと覆っているんだ。

険しい岩場の道なき道をたどること
1時間半。

2人が何かを見つけた。

2, 000年前の水道橋だ。

町に近づき 渓谷が開けると
水路を見失った。

岩山を見上げると 10メートルも上に。

実は 水路は 山や谷の中を

およそ4度の
僅かな傾斜で

ずっと
保たれていたのだ。

さらなる工夫もある。

よく見ると 水路に何かが張り付いている。

土器で出来た水道管の跡だ。

これは ペトラで実際に使われていた
古代の水道管。

場所によっては 水道管をいくつも連ねて
水を通していたのだ。

モーセの泉から
岩山を縫うように 延べ十数キロ。

ようやく ペトラの町に たどりついた。

で 最後に ここ。

風化が進み 砂で埋まっているが
ここは巨大な貯水槽の跡だ。

研究によると ペトラでは

貯水槽や泉の水を
集める工夫で

一人当たり
一日600に迫る水が

供給されていたことが
分かっている。

それは 今の東京都民1人が
家庭で使う量の およそ3倍。

もしも ローマの大軍が
ぺトラを囲み 封鎖しても

ぺトラは水に困ることなく
長期間 耐え抜ける都だったのだ。

こちらに並んでいるのは

ペトラの水技術を物語る
遺跡の数々なんですけれど

大山さん
貯水槽に水道管 水洗トイレまで…。

(大山)そうなんですよ。
いろいろあったわけなんですね。

そのね 一つ面白いのがですね
これ 写真 見ていただくとね

4つ 足があって
これ 胴体ありますよね。

ちょうど 顔にあたる… ちょっと
今 削れちゃってるんですけど

顔にあたる部分に 実際 穴が開いてた。

これね 何かというとね
ライオンなんですよね。

このライオンの口からね
ジャ~っとね 水がね 噴き出して

噴水になってね
訪れる旅人を楽しませていたというね

そういうふうなね 仕掛けがあった…。
日本の公園にあるやつが もうここに…。

もう2, 000年前にあったんですね。
(ヤマザキ)ゆとりのインフラですよね。

すごいですね。
へえ! 実用的なだけじゃなくて…。

…だけじゃないんですよ。
見せるためのね 水っていうふうな。

ヤマザキさんはね 「お風呂」をテーマに

漫画を描いて
いらっしゃいますけれど。

必ず振られるネタで…。

水ですからね。
はい 水ですからね。

ローマでも 水の技術って
重要だったんですね。

もちろん。 だから あの漫画を
どうして描きたかったかっていうと

古代ローマ時代の
インフラっていうのが…。

私たち 古いものっていうと
すごく過ぎ去ったもので

私たちの文明も
まだ後れてるって思いがちだけども

実は ものすごく進んでたんだよ
っていうことを表現したくて

描いた漫画だったんですよね。

でも 今 お話を伺ってると…

私は ルシウスっていう
ローマ人を出してるけど

「もともと どこの人
だったんだろうな?」とかね。

「実は ナバタイから
来たのかな?」とかね。

何か ああいう やっぱり
ものすごく 技術が優れた何かを

持ってる人じゃなければ
できないことじゃないですか。

まず その発想に至らない可能性も
ありますよね。

もう無理って思っちゃうじゃないですか。
しょうがないから くみに行ったりとか…。

だって 今だって いろんなね
やっぱり 発展途上の国では

井戸まで 水をくみに行って
家に持ってきてっていう

暮らし方をしてる中で
あんな 何ていうか… 発想を持って

一体 どれだけのコストをかけて
あれだけのことをしたんだろうとか。

どう想像します?
人間 「公」の象徴は水なんですよ。

どこでも やっぱり 古代の文明も
今でも そうかもしれんけど

水って もう なきゃ
本当に死んじゃうものだから

水を ちゃんと
投与してくれるっていうのは…

ローマとぺトラの水技術 比較すると
いかがですか?

あのね やっぱり
ぺトラは その… 何ていうんですか

在来工法というかね
その土地固有の技術を うまく使って

それで
地形などに優しくやってるのでね

非常にエコロジカルな技術ですよね。

ローマのほうはね
恐らく あそこのモーセの泉から

水を引いていくんだったら 水道を…

(青柳)南フランスで
ポン・デュ・ガールという所に

とんでもなく立派な水道橋が
あるんですけどね

その水の扱いっていうのは
暴力的なね 工法で造る気がしますね。

ただね 面白いのが ここでね
水道管 土管を使ってるでしょ?

だけど…

だからね 1年ぐらい通ってるとね
必ず 石灰が 中にね 結晶してね。

だから 恐らく
あれぐらいの太さの水道管だと…

うわ~ すごい インフラがかかるんだね。

(青柳)ええ ええ。
へえ…。

それを考えても
やっぱり すごいと思いますね。

でも あれだけの
水の仕組みを持っている国って

攻める側 そして 守る側にとっては

どういう意味がありそうですか?
小谷さん。

やっぱり 戦争の際にも 水というか

水源を いかに押さえるかっていうのは
とても重要なことでありまして。

例えば 太平洋戦争のときもですね

日本が イギリス領の香港を
攻めたときがありましてですね。

そのときに 香港っていうのは
結構 水事情が悪くて

本土のほうから
水を持ってきてるわけですよね。

日本軍が 最初にやったのは やっぱり

香港の水源が どこにあるのか
っていうのを探すんですよ。

で 探し出して見つけて
そこを押さえるんです。

じゃあ そうすると もう イギリス側は
水の供給が止まったということで

降伏するしかないと。
抵抗しても むだだと。

日本の戦国時代でも よくいわれるのは
あれ 「水の手」っていうんですね。

あれを 水道を切断することを
「水の手を切る」っていって…

何やるかっていうと…

米で洗うと お米が水に見えるんですよ
遠くからすると。

だから もう 攻める側からして

水の手を切ったのに
まだ 馬 洗ってるっつったら

目のいいやつで
みんなで こうやって見るんですよ。

「あれは米だ 大丈夫だ」って…。
カムフラージュするんですか?

そのぐらい 水の手は 落ちたら駄目だし

水がある 馬が洗えるほど水がある砦は
落ちないっていうのが

戦国時代から 我々の社会…。

まず 最初に何するかって
インフラを 全部 まず 水道を破壊して

水が供給できないようすることが
まず 一番ですからね。

(青柳)それから ギリシャ時代は
攻城戦のときにね

水源地にね クリスマスローズの
茎の汁を垂らす…。

あれ 下剤なんですよね。

だから お城の中の人たちは

みんなね 下痢しちゃってね。

(ヤマザキ)おなか壊しちゃった。
そんな漫画みたいなことがあるんですか?

実際に使われてましたよ。
(ヤマザキ)これから漫画に描きますよ。

忍者も 敵の井戸を
毒で使わなくするための薬が

いっぱい出てきますよ。
忍者の忍術書を見てたら。

井妙散とかいって…。
でも 確かに 下痢って

一番つらいですもんね。
(小谷)だから そうされないように…

何か毒されないように。
そうそう…。

すごいですね。 いや 本当
盛り上がってまいりましたけれど

水にも支えられ
豊かな都市を築いたナバテアですが

やがて 地中海の動乱に
巻き込まれてしまいます。

紀元前44年 拡大を続けていた
ローマを揺るがす大事件が起きた。

ポンペイウス亡きあと

権力を一手に掌握した
ユリウス・カエサルが

暗殺されてしまうのだ。

時の…

この王は
カエサル暗殺によって巻き起こる

激動の波に翻弄されることになる。

ローマの動揺を見て
まず動きだしたのは 東の大国…

この機を逃さんと
ローマの領土であったシリアから

死海の近くにまで 一気に侵攻した。

そもそもパルティアは
強力な騎馬軍団を擁し

300年にわたり ローマと激突を繰り返した
ライバル国家。

直近の大戦では ローマ軍の司令官が敗死。

2万人以上の死者も出るほど
ローマは大敗北を喫した。

ナバテア王 マリクスは
やむをえずパルティアにつき

当面の混乱を乗り切ろうとする。

ところが そこに なんと
もう一つ 立ちはだかってくる国が。

女王 クレオパトラ率いる

プトレマイオス朝エジプトだ。

クレオパトラは ナバテア王国の財源
れき青が採れる死海周辺に

狙いを定めてきたのだ。

死海周辺をめぐる
エジプトとナバテアの関係は

どのようなものだったのだろうか。

プトレマイオス朝から見ると
ナバテアというのは やはり…

ナバテアの
非常に豊かな物資のとれる地域を

まあ 確保したかった…

一番 やっぱり確保したかった可能性は
ありますね。

クレオパトラは ローマの
新たな権力者として台頭してきた

アントニウスに接近。

アントニウスはクレオパトラのとりこに。

そして エジプトと
深い協力関係になっていく。

アントニウスのローマ軍は
パルティアを押し戻し

死海の近辺を
再び影響下に置くことに成功。

すると アントニウスは

ナバテア王国から
死海周辺を取り上げ

クレオパトラに
与えてしまうのだ。

ナバテア王 マリクスは

死海周辺を失いたくないと訴え出た。

結果 毎年200タラント
銀6トン相当を納めることで

辛くも
土地の使用権を取り戻したのだった。

しかし それもつかの間…。

ローマ国内では
次なる火種が生まれていた。

当時 ローマでは
2人の権力者がせめぎ合っていた。

1人はクレオパトラの恋人 アントニウス。

そして もう1人が
暗殺されたカエサルの養子

オクタウィアヌスだった。

紀元前31年 2人の争いは
ついに戦争にまで発展する。

アクティウムの海戦だ。

大国ローマの
次なるリーダーを決める争い。

これに地中海諸国は いやおうなく
どちらにつくか 決断を迫られた。

マリクスは 協力体制にあった
アントニウス・クレオパトラ連合へ

援軍を送ることになったが…。

海戦は…

すると ナバテア王 マリクスは
素早く次の行動に出た。

味方のはずのクレオパトラ側の船を
焼き打ちしたのだ。

その成果を手土産に

マリクスは
ローマの新たなリーダーとなった

オクタウィアヌスに許しを求めた。

結果 死海周辺を取り戻すことに成功する。

こうして ナバテアは

大国に振り回された存亡の危機を
辛くも切り抜けていったのだ。

この ナバテア的サバイバル術
どのように感じました? 小谷さん。

早かったですね。
早かった?

1つが ナバテアが選択したような…

あるいは もしくは ほかの…

これをするには同じぐらいの力の国が

集まってやらないといけないと。

ナバテアの場合は あんまり近くに
同じような大きさの国がありませんので

なかなか難しいと。

どちらにも くみしないという

やり方もあるんですけれども…

そうなんですか?
そうなんです。

…という 常に意識でいるので

中立は意外と難しいんですよ。

じゃあ この時点では
ナバテアは この方法が一番…。

恐らく…

そういう国々は
いつも 中国か日本かみたいな選択で

結局 二股をかけたりですね
そのときに強いほうにつくとかですね

そうやって生き延びてきた
ということであります。

要は 小国の戦略って
やっぱり はっきりしてて

重要なのは…

いろんな選択肢や手を持ってる。
バンドワゴンっていうのは

連結したトラックで
引っ張ってもらってる荷車と同じで

ただ乗りと言われるから
少し お金払わなきゃいけないんですけど。

あそこ 行くわけですけど ところが…

そのときに 連結器を
切り離せるかどうかっていうのが

小国の生き残りに極めて重要で。

それは やっぱり 戦国時代だったら
真田家なんて

武田に最初 ついてますけど

ちゃんと 武田が落ちるんだったら

「死なばもろとも」って
おつきあいまではしないわけですよ。

ちゃんと そのときには
連結器を切り離して

生き残るわけですよね。

だから これがね…

例えば ナチス・ドイツが
すごい はやったとき

もう あれに一辺倒で
入り込み過ぎる人が現れたりする。

これで一緒に潰れそうになるわけですよ。

これ… 怖いですよね。
潰れました。

本当に最悪のケースで
潰れちゃったんです。

あれ ちょっと眉唾だよと。
ちょっと今 元気いいかもしれないけど

最後まで一緒の運命を共にするような
相手じゃないだろうって

途中から いかれない場合が
しばしば 日本はある。

それにしても オクタウィアヌスは

いつも こう 都合良くふるまう
ナバテアに対して

何ていうか
いらだったりしなかったんですかね?

あのね 恐らく
オクタウィアヌスっていうのは

世界の歴史上の政治家としてね

かなり優秀な人だったと思うんですよ。

だから そういう
裏切りとか何とかじゃなくてね…

要は 大国として
余裕があったんだと思いますね。

ローマ的なるものに
恭順さを示してくれさえすれば

すべて…
異教徒の宗教であっても かまわないと。

ただし 年に何回かある
ちゃんとした正式のお祭りのときだけは

ローマの神様に頭を下げてくれと。
そういう寛大さがあったんです。

ローマの
「クレメンティア」ってのはいいね 「寛容」。

私 ふとね 例えば 海外に行って…

…と思うときがあるんですけど

やっぱり あの人たちの 何ていうか…

そうかといって
自分たちの何かも捨てないとか

何か その辺の
臨機応変性であったりとか

何だかんだで 例えば 今のイタリアだと

結構 移民問題が
結構 大変な深刻なことになってますよ。

難民が たくさん
地中海を渡ってやって来る。

でも 一概に やっぱり彼らも…

それから
いろいろ考えるっていうところに

何となく 古代のローマの
クレメンティアを感じますね 今は。

思うんだけど 世の中 ローマみたいに…

「帝」っていうのは
王に王たるものであって…

やっぱり違うわけですよね。
違う王様たちを ある程度…

中に 王がいっぱいいるわけでね

それぞれの民族だとかの。

それで出来上がってるから
帝国っちゅうのは

ある程度 寛容性がないと もたないと。
そうですよね。

さあ ローマと
うまく渡り合って

ピンチを切り抜けた
ナバテアですけれど

このあと
すぐに次の危機を

迎えることに
なるんです。

ナバテアの危機。

それは 初代ローマ皇帝となった
オクタウィアヌスによってもたらされる。

オクタウィアヌスが
南アラビアへの遠征を決めたからだ。

当時 南アラビアと地中海を結ぶ
交易ルートは

ナバテア王国が独占していた。

ここで取り引きされていたのは

乳香や没薬という
木の樹脂を固めた特産の香料。

ナバテア王国にとっては
れき青と並ぶ重要交易品だった。

乳香からは柑橘系の上品な香りが漂う。

当時は流通量も少なく…

天へと立ち上る香りは
神と人間を仲立ちする意味がある。

古代 地中海世界の宗教儀式には
欠かせないもので

今も教会で使われているほどだ。

イエスが生まれたときにも
3人の賢者から

乳香と没薬が贈られたという。

いわば 最も神聖で高価な
ぜいたく品なのだ。

乳香を南アラビアから仕入れ
地中海の港まで運ぶ費用は

ラクダ1頭で
688デナリウスだったといいます。

一方 売り値は
倍近い1, 300デナリウスだったそうです。

想像してみてください。
とてつもなく高価だったんですよ。

ナバテア王国にとって
莫大な富を生み出す香料は国家の柱。

その交易路を握っておくことは
王国の生命線であった。

そこに
オクタウィアヌスが目をつけたのだ。

ローマ皇帝は莫大な金を
乳香や没薬に支払っていました。

そこで 彼らは
その交易路を支配しようとしたのです。

ナバテア王国は どう対応したのか。

2, 000年前の手がかりは僅かだが

国の命運を握った男の横顔が
コインに残されている。

ナバテア王国…

ローマの動きに対して
王に代わり

実質的なリーダーシップを執ったと
考えられている。

シュライオスには
どんな選択肢があったのか。

彼の脳内に 分け入ってみよう。

ここは やはり 抗戦しかないか。

乳香と没薬 それは交易で成り立っている
我が王国の絶対的な資源。

それを奪われてしまえば
王国は衰退の一途をたどるのみだ。

やすやすと渡すわけにはいかぬ。
兵を挙げ 戦いを挑むのだ。

ゆけ~!

砂漠と岩の要塞で ゲリラ戦を挑めば

再び ローマを
押し返すことができるはずだ。

いや しかし ここは
恭順するほうが得策ではないか。

ローマは
いまやエジプトまで併合した超大国。

国力の差は歴然だ。

その領域には
25万ともいわれる軍隊がある。

戦いを仕掛けるなど無謀でしかあるまい。

そもそもローマは
我々の最大の交易の相手。

オクタウィアヌスに逆らわず
信頼を築けば

香料以外の取り引きで
生き残る道が見つかるかもしれない。

ここは とにかく恭順し
ローマに交易路を明け渡すことこそ

賢いやり方ではないか。

果たして シュライオスの選択とは?

では 改めて ナバテアの宰相
シュライオスの選択を見ていきましょう。

交易路を狙うローマに対して
1つ目の選択肢が「抗戦」。

もう一方の選択肢が「恭順」です。

皆さんに挙手で伺います。
もし 自分がシュライオスの立場なら

抗戦を選ぶという方は
手を挙げていただけますか? どうぞ。

おっ 小谷さんと青柳さんは抗戦。

私は とりあえずは 一回ぐらい
戦っときゃいいと思いまして

うまくいけば勝てるかもしれない。

つまり ローマを どこまで本気で
攻めてくるか 分かりませんし

ペトラの要塞があればですね
かなり善戦できるんじゃないかと。

まあ 負けたら負けたで降参して

ローマのですね
寛容性に あとは期待すると。

ひとまず抗戦。 青柳さんは なぜ抗戦?

オクタウィアヌスが このころ
ローマ帝国の皇帝になってて

全権を握ってるんだけども やっぱり…

紀元前2世紀の終わりごろから
ずっと。

それで 平和をもたらしてくれたから
オクタウィアヌスに対してね

もろ手を挙げて
その政治に賛同してるわけですね。

だから 彼の…

だから 恐らく 全力で 徹底的に

ナバテアをやっつけようっていう気は
なくてね

やっぱり その いろいろな

乳香であったり
ビトュメンであったり

そういうものを
手に入れようというような

下心のほうが強いと思うんですよね。

やっぱり 一回は
反旗を翻しておいたほうが

いいんではないかということで
選択しました。

大山さん 何で 恭順を選んだんですか?

ヤマザキさんは いかがですか?
そうなんですよ だから

これ 今 2つ
選択を分けてしまってはいるけども

結局 どっちも
混ぜてしまわなきゃいけない…

そう 一応 恭順はしますよ。

でも そこで
反旗を翻すことも十分にありで

その状況を見て
あっ これは 今 ここで ちょっと

あいつら ライン川で戦ってるから
出てこない。

よし じゃあ ちょっと 反旗を翻そうぜ
ってこともありえると。

そういった意味で
いったんは 恭順にしとくけど

分からないよっていう。

チャンスはチャンスで
うかがってはいると。

そういう感じですね。
さあ 磯田さん どっちを選びますか?

僕 恭順。
ローマ 地中海方面軍 25万

5分の1向けられても5万人。

それで あの国 10万しかいないから
恐らく 都の中に 5, 000人

外にゲリラ軍を編成しても両方で1万人
5, 000人ずつしか持ってないので

10倍相手に戦うのは
ちょっと自信ないですね。

ただ 条件があって…

恐らく ローマ軍は…

これはね 駄目なんですよ。
それを ちゃんと

あのローマ劇場みたいなとこへ集めて
ナバテアの兵士5, 000人に対して

君たち 都の中に ローマ軍を駐留させたら
俺たちは終わりなんだと。

だから もう全員死んでも
それだけは全滅覚悟でやめようって

演説をして
その場合は抗戦しないといけないですよ。

条件付きの恭順ってことなんですね。

(ヤマザキ)すっかり シナリオが出来てますね。

シュライオスが まず とった行動。

それは 1, 000人の兵を引き連れ

ローマ軍が遠征の拠点としていた
エジプトへ向かうことだった。

シュライオスは戦うことを選んだのか。

シュライオスが選んだのは
恭順の道だったのだ。

ところが シュライオスの恭順は
ただの恭順ではなかった。

当時の歴史家が 詳しい記録を残している。

「行軍の大半は
人の住まない砂漠だった。

安全なルートも分からず 悪路ばかり。

道のない所。 回り道。

どこもかしこも行き止まり」。

「兵たちは
疲労や のどの渇きに苦しんだ。

途中 戦闘では
7名を失っただけだったが

結局 水が不足したため
撤退せざるをえなかった」。

シュライオスの策略にしてやられた
ローマ軍。

ローマの将軍は 帰りは別の道を選んだ。

すると なぜか行きの3分の1の日数しか
かからなかったという。

こうして シュライオスは
香料の交易路を渡すことなく

みずからも罰せられることなく
王国の利益を守ることに成功したのだ。

ローマとの危機を乗り越えた
ナバテア王国。

ナバテアの交易網は
壮大な発展を遂げていく。

南アラビア エジプト ヨーロッパ

さらに アフリカに インド。

調査では スイスの遺跡から

ナバテアのコインが見つかり

スリランカでは
ナバテアの土器が発見された。

ペトラの名はシルクロードにも。

中国の「漢書」にある
「リケン」の文字は

一説には
ペトラを指すとも考えられている。

ナバテア語で ペトラのことを

「ラケム」と呼ぶからだ。

ペトラは東西交易の十字路として
世界の先端文明を吸収。

数々の巨大建築を誇る国際都市として

その後 100年以上にわたって
最大の繁栄を おう歌していくのだ。

ローマ まんまと シュライオスに
やられちゃいましたよね。

ローマ もうちょっと いいやり方
あるんじゃないかなと思うんですよね。

あんな… さっさと
一緒についていくんじゃなくて

しっかり… あれ 部族社会でしょうから

交易路の水の出る所の部族から
本人や人質を しっかり取っといて

それで あらかじめ 執政官を…

ローマの執政官を
水の出る所へ配置しておいて

ルートの安全を確保してから
ラクダも いっぱい そろえて

遠征していって
ローマ化していけばよかったんですけど。

…があると 何か 分かるなと思うのは

何ていうのかな? だましたりとか…

例えば ポテトチップスを
キオスクで買おうと思ったら

「これ いくらですか?」って
あえて 分かってるけど聞くんですよ。

すると 「200円だ」って言うんだけど
どう見ても 「30」って書いてあるから。

「あれ? これ 30じゃない?」ってやると

そのおじさんとかが わざと
ポテトチップスの袋を

「うん… うん? ああ 30だった!」とか
言うんですよ。

そんな面倒くさいプロセスを
踏むぐらいだったら

最初から素直に「30円だ」って言えば
いいじゃないですかと思う…。

7倍も ぼってくるんですか? そんな…。

もうちょっと安かったかもしれない。
にしても…

そういうことが やっぱり
地中海世界の人たちは分かってますよね。

イタリア人も含めて。

やっぱり あの…

あの人だったら この値段
この人は この値段じゃないですけど

ある意味 いいように考えると。
状況に対して柔軟に考えることができる。

そういう柔軟さっていうのは
あるんじゃないかなというふうに

思いますね。
(ヤマザキ)悪気は感じないんですよね。

あまりに けろっとしてるから
何か だまされたんだけど…。

じゃあ 2, 000年前から
その気質は あったかもしれない…?

(ヤマザキ)あったんじゃないかな
という気はしますね。

あの状況の中では?
そうそう そうそう…。

でも 何で ローマは シュライオスを
許したんでしょうか? 青柳さん。

(青柳)一番ね その…

そのころ
やっぱり 上のほうに

パルティアが
あるわけですよね。

それが かなり
南下してきるから

あそこの
ナバテアの辺りをね

きちっと コントロール
しとかなくちゃいけなかったんで。

だから それは
潰すということで

空隙の時間を作っちゃ

パルティアが
下りてきますからね。

ですから シュライオスが もちろん…
だましたということでも

それが 決定的な打撃には
なってるわけじゃないから。

そしたら 以前の体制…
ナバテアの あの辺りを

彼らにやらせるっていうのは

大国の政治家としては
当然の選択だと思いますね。

磯田さん いかがですか?

ローマの有名な言葉で
カエサルが北方遠征したときに…

「来た 見た 勝った」?
これは 何を意味してるかっていうと

ローマ遠征軍っていうのは
「来た 見た」だけで 3分の2はいいんで。

遠征から 勝って帰ると

共和制の政治の議会 議場で
落としどころっていうか

「お前 何やってきたんだい?」っていって
「俺 来た 見た」って言えば

「いや たくさん
すごい砂漠を行ったから

渇いて死んじゃったやつも
いたけど

ここまで行ったんだ」
って言うと

「まあ いいよね」と。

大ローマ帝国の版図を
没薬 乳香の産地まで 旗立てたと。

だから 「来た 見た」
それで もう十分なんですよね。

だから 同じことっていうのは
アメリカが…

ペリーなんかもそうですよ。
ペリー 遠征して 日本 来る。

で きっと 技術的には ペリー艦隊は
江戸も焼き払えたし。

だって 木と紙で出来てるんだから
日本の城下町は。

焼けたんでしょうけど もし やってたら

きっと そのあとが
大変だったと思うんですよ。

勝手に派遣軍 行って
日本の城下町 焼いて。

そしたら 異人斬りが絶対 始まりますよ。

異人斬りのテロで アメリカ国民が
貿易担当者が殺されるようになったら

議会で ペリー 袋だたきですよ。

たぶん これは…

一見 負けたように見えるけど。
ええ ええ…。

だから その… シュライオスを
恨むほどではないんじゃないですか。

あると思いますね。

頭いいですね。
何か 知恵比べっていうか。

ペトラは その後
どのような運命をたどったのか。

ペトラの最も奥に

ナバタイ人が
独自の神を祭っていた遺跡がある。

ここでは 山と太陽の神
ドゥシャラが祭られてきた。

しかし 後に
キリスト教の祈りをささげる場となり

「修道院」と呼ばれるようになった。

近くの岩場には
キリスト教の十字架まで…。

実は 106年

ペトラに ローマ帝国を

史上最大の版図に広げた
野心家

皇帝 トラヤヌスの軍隊が
攻めてきた。

ナバテア王国は
ついに ローマに併合されたのだ。

しかし そのときの詳しい記録は
いまだ見つかってはいない。

ペトラは ローマに併合されたあと
独自の宗教は奪われ

キリスト教の拠点都市となっていった。

ペトラは その後 次第に廃れて
忘れ去られていく。

なぜ あれほどの繁栄を誇った都市が
幻となってしまったのだろうか。

一つの原因は 地震だという。

ペトラは
4世紀 6世紀 8世紀と

巨大地震に襲われ
大きな打撃を受けた。

さらに 交易路が変化し
ペトラを通らなくなる。

そうして ペトラから人々は消え

幻の都となったと研究者は伝えてきた。

だが それを覆す発見があった。

ペトラから見つかった 6世紀のパピルス。

その解読から
巨大地震に見舞われたあとの

ペトラの変化が見えてきたのだ。

ペトラの人々は 町の中心部や

教会などの周辺に

住み続けていたと考えられます。

そして 町の周囲には

麦や ぶどうの畑が広がっていたのです。

パピルスには
農地の相続についての問題や

畑での農作業のことなど

とにかく農業に関するたくさんのことが
あふれていたのです。

ペトラの周辺には

今も 麦畑や いちじく
オリーブの畑が広がっている。

交易都市 ペトラは

農耕が営まれる土地へと
生まれ変わっていったのだ。

砂漠を農地に変えたのは

古代 ナバタイ人が築いた 水の技術。

今も 畑の水は
当時の水路から送られている。

名もなき泉だけど
この泉は 我が家の財産だよ。

雨期の前には 水路の手入れを行い

雨の到来を待つ習慣が 今も残る。

ペトラには ナバタイ人の言葉が
あちこちに残されている。

その中に 頻繁に登場する言葉がある。

「サラーム」だ。

「サラーム」は 現在もアラビア語で

あいさつに使われる。

意味は「平和」 そして「平安」だ。

2, 000年前
大国のはざまを生き抜いたナバタイ人。

その文化や願いは
今も ここに生き続けている。

大山さん ナバテアは
今に 多くのものを残したんですね。

(大山)そうですね。
今 世界中で使われているアラビア語…

今 ペトラの中でもね
いろんな碑文 見るんですけど

その文字からきてると。

これだけね もともと
小さな所で使われてた文字が

これだけ世界中で使われるっていうのは
ある意味ね

ナバタイが それだけ その地域の
交易ネットワークを持って

それだけ浸透してたっていうことのね

一個 証しになるんじゃないかなと
思います。

本当にね ぜひ 現地に行ってみたいなと
思うんですけど

1週間ぐらいあればいいですかね?
休みは。

そうですね。 ええ。

ペトラ 本当にね 遺跡そのものがね
すごくね すばらしくてね。

あとは ナバタイから続く
ずっと おもてなしの文化っていうのが

まだ生きてるとこでね
ぜひね また いらしてください。

さあ 今日は
古代ローマと渡り合った小国

ナバテアを見てきましたが
小谷さん いかがでしたか?

情報ですね。
情報を握るっていうのが…

…ということに気付かされた次第です。

もう一つはですね やっぱり…

(小谷)今日 思い知りましてですね。

日本では やっぱり 外交交渉というと
もっと誠実で

かつ 国際法とかにのっとって

やらないといけないみたいなところが
あるんですけれども

日本も もう少し…

ずるいですね 外交をやっても
いいんじゃないかなというふうに

今日 思いました。

このナバタイを見てて
僕 今 思い出したのは

対馬藩がね 日本と朝鮮の間で
非常に巧みに

それで雨森芳洲みたいな人が出たりして

知恵者が出てですね
いろいろやってる。

それを思い出しましたね。

だから やっぱり 我々も

今 おっしゃったようにね

世界の中で
どう生き残るかっていうのを

こういう ナバタイのような
小国の知恵の中から

学んでいかなくちゃいけないな
っていうことを つくづく思いました。

寛容性って話を
さっき しましたけど

そういったことが やっぱり
自分たちの人種にないものだから…

それがまた何か必要なときに
そういうことが生かされるときに

彼らの その力を発揮してもらう
っていうことも役立つわけだし

やっぱり寛容で
いろんな…

社会においてね。

ということを
改めて感じさせられますよね。

だから 今の…
本当に現代の社会情勢にも

そういった考え方っていうのは
生かされるように

なっていけばいいのにな
というふうには思いますよね。

そうですね。
さあ 磯田さん。

やっぱり ローマが あれ…
なかなか のみ込めなかった理由って

あの小さな国が…

あんまり分かりやすくしてなくて
あの交易は あの人たちに任せないと

乳香も木香も手に入らない…
没薬も手に入らないっていう。

あと もう一つが…

そういう したたかさみたいなのと
逆に もう一個は…

相手側も事情があるんだからって…

あと もう一つは
いよいよになったら

これは柔軟性ですけど…

こういう ちょっと 日本人は あんまり
不得意な分野かもしれないけど

何か そういうもので
生き残るのかなっていうのは

見えてきましたよね。
思いました。 とても。

しかし 初めての
世界史ということでしたけど

こうやって 世界の歴史から

日本を見るのも新鮮でよかったですね。

大体 思うんだけど

人類だから その裏側を…

史実の裏側を貫いてる原則だとか

あれっていうのは
共通なものが多いかなと思いましたよね。

別個のものじゃないなと。

またやりますか?
はい。

ぜひ ぜひ。 それでは皆さん

本当に今日は ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。

うわあ すごい。 ラクダ 歩いてる。


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