徹子の部屋 加茂さくら~“宝塚一の変わり者”と呼ばれた娘役のトップ…その理由は~現在81歳。元タカラジェンヌで…



出典:『徹子の部屋 加茂さくら~“宝塚一の変わり者”と呼ばれた娘役のトップ…』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 加茂さくら[解][字]


~“宝塚一の変わり者”と呼ばれた娘役のトップ…その理由は~加茂さくらさんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

現在81歳。元タカラジェンヌで、情報番組の司会などでも活躍した女優・加茂さくらさんがゲスト。

◇番組内容

現在も舞台で美声を披露している他、自宅で歌のレッスンも行っている加茂さん。その美と健康の秘訣は徹底した食事の管理。独自の工夫が詰まった1日の食事を写真で紹介する。娘役時代“宝塚一の変わり者”と言われていたという、その理由は?退団後は女優や司会者として人気となったが、実は60歳の時に一度芸能界を引退。理由は母の介護だった。10年間自宅で介護していた母が、亡くなる直前に加茂さんへ初めて伝えた言葉とは?

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/




『徹子の部屋 加茂さくら~“宝塚一の変わり者”と呼ばれた娘役のトップ…』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

徹子の部屋 加茂さくら~“宝塚一の変わり者”と呼ばれた娘役の
  1. 本当
  2. キレイ
  3. 宝塚
  4. 全部
  5. 可愛
  6. イヤ
  7. お母様
  8. 一緒
  9. 加茂
  10. 自分
  11. 随分
  12. 絶対
  13. 年前
  14. スカーレット
  15. ソプラノ
  16. 介護
  17. 今日
  18. 時半
  19. 全然
  20. 普通


『徹子の部屋 加茂さくら~“宝塚一の変わり者”と呼ばれた娘役のトップ…』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(黒柳)こちらは今日のお客様が…

56年前のお写真でございます。

今日のお客様

女優の加茂さくらさんです。

どうぞ こちらへ。
宝塚の娘役スターでした。

そして 『3時のあなた』の
司会をなさった事でも有名。

現在も美声は そのまんまで。
ようこそ おいでくださいました。

どうも しばらくでございました。
お久しぶりです。

『スカーレット』という
ミュージカルは ちょうど50年前。

どうも。
50年前…!

『スカーレット』で共演いたしました…
ご一緒の時にね。

楽しかったです。
今 思い出しました。

ねえ いっぱい人が出てね。
あんな舞台ないですよ。

70人ぐらい 人が出てね。
で 3カ月やりましたでしょ。

そうそう そうそう。

まだ いたんですよ
宝塚に 私。

あっ 宝塚にいらしたの?
あの時。

いたんです。
いて 突如きたんです。

あっ これ。 多分
あの時の写真だと思います。

うん そう キレイ。
おキレイ。

昔は よかった。
可愛いじゃない!

私 やだ…。 なんか 私ね

お金持ちの家の
私は 娘なんですよ。

スカーレットの妹ですね
まあ 要するに。

まあ こんなもんで…。
可愛いじゃないですか…。

でも 50年前ですから
こんなもんでしょう。

そればっかり よしましょうよ。
つい そういう話になっちゃう。

でも しょうがないね。
しょうがない。

でも いいですよね
それは歴史だからね はい。

50年 ずっとやってきたって事で。
そうですね。 長いわ。

今でも
教えてらっしゃるんですってね?

ええ おかげさまでね。 ちょっと
母と暮らしてたんですけど

母が亡くなったあとにね
私は もう念願のね

防音装置をした所で
発声練習がしたい。

あらら お家で?
ええ。 それなもんで

そこで 初めてね
防音装置しましたら

マンションの方がね
「素人なんですけど

歌 教えていただけないんですか」
って言われちゃって。

私 教えるなんて
全然考えてなかったの。

教わるばっかりじゃないですか
その頃 特にね。

そしたら それから もう十何年。
お教えになった…。

でも マンションの方がいらしたの
いい… 近くてね。

そう。 でもね 楽しいです。
ねえ。

いろんな事をね
教えてもいただけるしね。

そうそう… それから
このマンションで どういう事があるか。

そうそう。 それが1つの…
私としてはね。

いいですよね それはね。
でも 歌のお教室を

自宅でやってらっしゃる
っていう事で…。

VTRがあるそうなんで
ちょっと ご覧いただきます。

うわあ すごい!

♬~「その肩を」

♬~「信じてる」

♬~「アー…」

♬~「アー…」

あのキレイな声は
加茂さんの声でしょ?

高い方は 私 言ってます。
高いところね。

皆さん 割と低いでしょ。

だから 私 1オクターブ 下っぽく
教えてるんです。

皆さんにね ええ。
その方が 普通の人が歌う時に…。

普通の人はね やっぱりね
出しやすくて

カラオケで歌われる…。
「アー…」。

すごい高いですもんね
今の音なんてね。

Fぐらいです。
今 出してみましたら

ちょっと高かった…。

でも デビューから
宝塚にいらっしゃって

64年になるんですって。

カーッ!
フフフフ…。

今も舞台に
立ってらっしゃるんでしょ?

たまにはね。
ご一緒に『スカーレット』っていう

『風と共に去りぬ』の
ミュージカルの時が

だから 50年ぐらい前だったの。

ちょっと 今…
今も出てらっしゃる。

ちょっと VTRで
拝見させていただきます。

♬~「ああ 君と二人」

♬~「とこしえの恋に」

♬~「幸せの恋に」

♬~「恋に生きん」

これは あのね
宝塚を愛する方たちが…。

お集まりになって?
年に1回…。

上級生の人もいるわけ?
私より上。

今度はね 多かったの。

星空ひかるさん
それから 眞帆さん。

それから…。
眞帆さんって上?

上です。 4年か5年。
へえー。

星空さんは 5年ぐらい上。
すごい。

すごい。 じゃあ
そういう方がいらっしゃるとね…。

そう うれしいですよ。
もう間もなく一番上になるからね。

どこ行ったって 今 一番上でしょ。
そうなの。

でも 歌は
健康にいいんですってね。

そうですって。 ピアノ弾くのも

この 指先からね こっち側に…。
でも お顔

全然 お変わりじゃないわね。
変わりますよ そりゃあ。

おキレイ。
ありがとうございます。

もう 嘘でも言っていただくと
うれしい。

嘘じゃなくて
本当の事しか言わないです。

あなた?
私 本当の事しか…。

うれしいわ。
本当におキレイ。

だって シワとか
そういうの ないじゃないですか。

やめてよ。 目悪い?

ううん すごくいい。
いい?

シワなんか 全然ない。
そう?

本当 本当。
じゃあ フフフ…。

皆さん よくご覧なってください。
本当ですもの。

でも お元気のもとは
お食事なんですって?

そうですね。 それだけは
気を使ってますね 昔から。

どんな事?
なんて言うんですか?

食べたら食べただけ
太る体質なんですよ。

ですから なんて言うんですか

なるべく 白いものは少なくしてね
タンパク質を多くして。

で お野菜を…。

特に だんだん 年取ってくると
お野菜を多くしてますよ。

でも これ
今 召し上がってるものなの?

そうです。 その時 作って…。

今頃の?
お味噌汁とね… とか。

これ 朝食ですけどね。
お味噌汁とか 野菜スープ。

それから生卵1個 ご飯70グラム
ふきの煮物

プチトマト3個。 柿…。
そんな事もありました。

フルーツをたくさん…。
随分 ねえ ブルーチーズ…。

これ お昼ね。
これ お昼。

ブルーチーズとプルーンと
ブルーベリーとナッツと。

さつまいも。
ヨーグルトと。

ヨーグルトとナッツとは
割と ちゃんと食べてます。

そうですか。 あれですよね

干しブルーベリーなんていうの
あるんだ。

ありますよ。
ねえ。

こういうものを召し上がって。
夜は どんなもの召し上がるの?

あっ あった 夜。
夜は これです。

まあ 少しはね。
スパゲッティぐらい召し上がって。

鮭のバターソテー ブロッコリー。

随分 栄養が行き渡ってますね。
でも そんなに

量 多くないですからね。
ああ そうなの。

お一人でお住まい?
そうです。

これだけ ちゃんと きちんと
ご自分で お作りになって

ご自分で召し上がる?
そう。

でも 夕飯は
ちょっと驚くまい事か

4時半なんですって?
そうなんです 昔から。

えっ! 昔から?
早いんです 私。

宝塚の時…。
じゃあ 夜 昼の間に食べちゃう?

いや それはないですけどね。
ああ そうですか。

でも 4時半ぐらい?
4時半。

今 一番いいですね 私は それが。

それで 夜は
そのあとは もう お白湯だけ…。

もう一切
温かいお湯しか飲まない。

それは すごいわね。
なんか ちょっと

アイスクリーム食べちゃうなんて
そんな事はない?

絶対。 もう それしたらね
キリないでしょ?

私は それでね もう みんなに…。
アイス召し上がるんですってね。

なんで? よく大丈夫ね。
だから 今も 食べさせ…

ダメって言われて…
事務所の人から言われてるから

隠れても なかなかね。

私 アイスなんか
年に2回ぐらいしか食べない。

本当?
あれば 私 毎日食べちゃう。

本当?
でも 今 家に今ないから。

冷蔵庫開けても ないのよ。
置いとかなきゃいいのよ。

だから そうなの。
冷蔵庫開けても ない。

私 絶対 袋開けないの
食べたくても。

そうすれば
食べないじゃないですか。

お買い物にいらしても
味の付いたものは

買わないってのは どういうの?
例えば お弁当とかね

それから ちょっと
おいしそうだなと思っても

自分は買ってきて
絶対 作って食べる。

なるほど。

1日に1回ね 自分のものだけは
きちっと作って。

そうすると 味付けも
きちっとするし その分でね

少しはいいかなと思って
それは毎日やってます。

すごい。 で ウォーキングも
なさってるんですってね。

それは 朝起きてね。
朝6時半… 6時ぐらいに起きて。

えっ! すごい。
行って。

だから 往復5000歩近く。

それで 向こうへ着いて
お茶を飲んで それで帰ってくる。

向こうっての
どこだか わかんないけど。

近くの。
近くの どっか行って。 すごい。

毎日?
それは 大体 毎日やってます。

雨が降ってる日は やらない?
それは…。

だって 「老婆ひっくり返る」に
なるじゃない? やだもん。

「老婆ひっくり返る」。
だから 大変なんです。

急がないようにしてるの
なんでも。

私は 線路でも 渡るのを
それをバーッと渡って

ドヤ顔するのが好きだったのよ。
ホホホホ…。

だから それ絶対しない。
絶対待つ。

でも 待てるようになってきた。
だんだん そうですよね。

急にやる事が とても
ケガのもとになるんですよね。

ねえ? 怖い。
どういうわけだか。

加茂さくらさんって 昔から
お美しい方っていうので

有名じゃない?
聞いた事ない!

そんな
もっと前に言ってほしかったわ

それやったら もう。
終わりそうやのに やめてよ。

あなたさ 漫才の人じゃない…。
ホホホホ…。

そんな 関西弁で 「それやったら
もっと早く言ってほしかったわ」。

でも 宝塚で プリマドンナって
呼ばれてらしたでしょ?

ええ まあね…。

そういうね
あれが多かったですかね

私の場合は。 ありがたい事にね。

これ 可愛いわね。
これはなんです?

これはね 妹と一緒に
出た時の写真で

妹が辞めるにあたって
この写真を

撮ってもらって
それで…。

これ あなた様?
私と妹です 横が。

立ってらっしゃる方が
妹さん?

そうです。
妹さんも宝塚だったの?

そうなんです。 2年遅れて
入りましたかね。

でも 随分 可愛いわね

座ってらっしゃる
あなたね。

昔はね。
あっ 本当だ。 可愛い 可愛い。

でも あれなんですってね?
入団3年目で もう主役に抜擢?

そう なぜかね…。

山田耕筰先生の奥様
っていう方が

ボイストレーナーで
いらした時があったんです。

そして それは
入って2年目だったんですけどね。

そしたら 宝塚ってとこは

みんな そういう…
いい先生がいらした時は

スターさんだけ
名前が書いてあって

「出席しなさい」って。
私たちは聴講生。

ただ並んでるだけ。

私 京都から2時間かかって
並んでた。

そしたら 10時からのお稽古
誰も来てないの。

えっ! 遅れたの? みんな。
全然平気なの みんな そういう事。

割と スターさんほど遅いの。

そしたら 先生が
教える人いないもんで

「あなた ちょっと
歌ってごらんなさい」と言われて。

はあ? と思って。
でも 歌ったら…。

私たちね 上級生からね
「あんた ソプラノやけど

アルトって書きなさい」って
言われたら

アルトで
申告しなくちゃいけないんですよ。

「あなた アルトって書いてあるけど
ソプラノじゃない」って言ったら

「はあ… まあ 上級生から
そう言われてますから」

みたいな事で。

それから なんか
ソプラノだっていう事だけで。

それも 朝 早起きしただけで。
よかったですよね。

で ずっとソプラノで?
それで 山田耕筰先生ともね

お親しくさせていただけて。
ようございましたよね。

先生の老後でしょ? 相当。
そうです。

そういう… なんて言うんですか?
素晴らしい こう 文化的な生活

いわゆる 昔のね
そういう事を知らない時代。

もう すごかったです
もう… よかったです。

でも なんだか
加茂さくらさんって

宝塚一の変わり者って
言われてたんですって?

本当に?
そうでしょうね。

私ね あの…
公演が終わってからね

お呼ばれとか
10年 行かなかったんですよ。

そりゃ変わってるわね。
それ みんな行くの? 普通は。

みんな 行かなきゃいけないの。
いけないのね? もうね。

そう。 だって
明日もあるじゃないですか。

私たちの歌って バレちゃうでしょ
ちょっと調子悪かったら。

のどがね 高い声だから。
そうすると

あの人のせいで そうなったって
その人を恨むのもイヤだし。

だから 私 イヤですって。
それで 帰してくれないの。

フフフ… うん。
帰りたくても。

それがイヤでね 私
「大変申し訳ないですけど」って。

どんだけ叱られたか。
あっ そう…。

生意気って言われたの?
だから 生意気 変わり者…。

10年 お呼ばれ行かない人なんて
誰もいないんじゃない?

10年 お呼ばれに行かない人。

お呼ばれっていうのは
公演が終わったあと

みんなで集まって…
お茶飲んだりなんかして?

ごちそうしてくれて…
夜 遅くまでね。

それとか 最初の頃は

ナイトクラブ連れていって
いただいたりとかね。

それ ファンの方が
連れていってくださる?

そうそう。
夜 更けるまでですもの。

だから そこへ
いらっしゃらなかったのね。

でも あれですよね 32歳の時に

ハムレットのお母さんの役が
ついたのが

それがイヤで
退団なさったっていうのは

本当の事?
そう。 だって

いつも相手役をしてる方の

仮にもさ… お母さんで
しかも 宝塚でしょ?

「えー!」って感じですよ 本当に。

相当おかしいわね でもね。
そうです。 それで言いにいったの。

私 申し訳ないけどね
相手役だったのにね…。

別に オフィーリアの役者じゃない
とは思ってるけど。

でも ハムレットの相手役を
やってた人が

なんで 今度
お母さん やんなきゃいけない?

「なんで 私が お母さん
しなきゃいけないんです?」って

言ったら
「じゃあ お母さん役のできる人

呼んで来い」って。 いないのよ。

それで しょうがなしにやったの。

おやりになったの? それで。
はい。

それで
まあ そんな事してたらね…。

宝塚っていうとこは…。
しかも 私の役なんかは いつも

可愛げのある 優しい娘役しか
やってないじゃないですか。

よそ行ってね
即 おばさん役やらされても

できないじゃないですか。
だから ちょっとね

娘役が ちょっとでもできるうちに
出ようと思って

それで出ちゃったんです。
あっ そうですか。

八千草薫さんなんていうのとは

年代的には…。
八千草さんはね

私が入った頃は
いらっしゃいましたけど

もう大スターで。 有馬さんは
いらっしゃらなかったんです。

まだ? 有馬さんの方が下なの?

いや 有馬さんは辞めてらした。
もう皆さん 辞めてらした。

みんな 映画に出るもんね。
あの頃 皆さん全部 映画ですよね。

映画良き時代でね。
そうそう そうそう…。

じゃあ 皆さんが
いらっしゃらなかった時なの?

そう。 もう全然。
なるほど。

じゃあ その方たちより
ちょっと下ぐらい?

同じぐらい? 大体。
いや すごく上ですよ。

あちらが ずっと上?
あちらの方が上です。

上の方もいらっしゃるんですよ。
知ってますよ。 フフフ…。

でも 私 加茂さん すごい…
あれだから

相当 上の方かなと思ってたの。
ああ 態度でかいしね。

そうそう そうそう…。
そうなんです。

さて 加茂さくらさんは
60歳の時に仕事を辞めて

それで 大阪にいらっしゃって。

昔から お母様と将来は暮らそうと
決めていらした?

そうなんです。
ですから もう こっちではね

あの… お家を借りて
ずっと やってて。

母が大好きなのね。
でも 知らないでしょ?

意外と 母の事って 皆さん。
それだもんで ゆっくりしたいし。

大阪の公演があったりしても

帰ったりすると かえって
迷惑かかるじゃないですか。

いろんな事してくれちゃうから。
うん そうそう…。

だから ああいうのが私 イヤでね。

だから なんかの時期になったら
一緒に暮らそうって言ってて。

それで 60の時
全部 東京 引き払って。

後援会も。
すごいですね 早いですよ 60…。

全部 ばらして。 それで…。

まだ随分 お若いわよね
60じゃ 本当はね。

うーん… そうかもしれませんね。

でも 私も
体力があるうちにね 母をね…。

例えば 介護になってもね

できないと
申し訳ないじゃないですか。

だから
そこから暮らしだしたんです。

それで大阪へいらして お母様と。
そうです そうです。

妹さんの
スナックがあったんですって?

はい。 妹が宝塚辞めて
ボウラーになりまして。

それで ボウラーから…。
「ボウラー」ってなんなの?

ボウリング。
ああ…! ボウリングの。

2期生で。 結構 関西では
そこそこ すごかったんですよ。

有名な? ええ…。
はい はい。

それで そこから…。

結局 なんて言うの?

他人の方が入ると
なんかギクシャクしますでしょ?

ですから それもあるのでね
きょうだいが来てくれる近くで

実家の近くに行ったわけです。

じゃあ お母様の所の近くに

妹さんが 喫茶店を
おやりになっていらして。

そうです それで…。
ちょっと ごめんなさい。

このお写真は どなたと どなた?
これは私と母です。

あっ 可愛いお母様ね。
そうですね。

そういう時ね
絶対 ニッコリ笑ったりね…。

例えば カラオケ大会みたいもんが
ある時あるじゃない。

そうすると ちゃんと歌ったり…。

そういう人…。
何か 昔やってらしたの?

いや してないです。
へえ~ 普通の奥さん?

そう。
随分 お母様 可愛い方だわね。

大谷かぜこさんと おっしゃるの?
「ふうこ」っていうんです。

これ 「風子」っていうのは 本名?
本名。

いい名前でしょう?
珍しい。

ちょうど亡くなった時がね
『千の風』が はやってね。

あら!
その時だったの。

それで そういう戒名を
いただいたりもしてたんですよ。

『千の風』みたいな戒名?
ええ… はい。

でも ヘルパーさんとか 頼まずに

ご自分で介護をなさって…。
私 全部…。

母は 大腸がんだったんですよね。
それで 肛門の近くだったんで

若いうちだったら
自分で処理できるからって

外へ出してたんです。
だから 後半は私が全部。

だから私 すごく それやらせたら
天下一品 うまいです。

東京なんかで仕事あった時でも

帰って 12時頃 夜中に行って…
病院へ行って

その病室へ行って
私が替えてました。

あっ そう。 お偉いのね。

お母様 じゃあ
安心してらしたでしょ。

…かどうかは
わからないですけど

そういう事 言う人じゃないの。
もう だから…。

昔の人なの?
そう。 もう 昔の人すぎる。

みんな そうなのね。
まあね 昔…。

あんまり 「ありがとう」とか
「ひどい目に遭った」とか

そういう事がないのね。
そう 1回だけ 言ってもらって。

入院して… 最後の入院の時にね
「ありがとう」って言われて。

でも そんなに
重く受け止めてなかったの。

それが最後だったの。
やっと おっしゃったのね

もしかしたら 「ありがとう」って。
そう そう。

あっ そうですか。
もっと あの時にね

いろんな事をね
言えたらよかったなと思って

それだけ後悔してます。
他は後悔してないんですけどね。

どのぐらい お母様を
看病なすったの? それで。

いえ あの… 3月の初めに…。

変な話 おトイレに
いつも 1人で行ってるのに

帰りが帰れなくなったんですよ
歩いて。

それで その時に 救急車…。

本当は 病院 行くんで
タクシー呼んでたのに

救急車で運んで。

で そのままで
18日に亡くなったんです。

ああ そう…。
だから 割と…。

私が 東京で仕事して

帰った途端 亡くなって。
そうでしょ?

お母様の看病しようと思って
お帰りになったら すぐだったの。

そうなの。
じゃあ よかったでしょ?

お帰りになったのはね。
そう。 待っててくれたって…。

なんか 申し訳なくてね。

で そこでも…
その時って 声も出ないですね。

どの時? 亡くなった時?
そう。

泣きたいけど それどころじゃ
なくなるというかね。

あれはね なんか ブワーって
泣きたかったんだけど…。

そうかもしれない
あんまり悲しいとね。

そう。
で 今頃になってやっぱりね…。

思い出すとね。
そう 思い出すとね イヤですね。

でも 介護そのものは
10年ぐらい なすったんですって?

そうです…。
それで 来年 十三回忌なんです。

あっ 今年 十三回忌。
じゃあ やっぱり

お帰りになったのは よかったのね
随分 介護ができて…。

それは もう そうなっても
いいようにね してましたし。

ありがたい事です でも。
できて よかったと思って。

お母様 亡くなったあと
電話の横から なんか メモが…。

そう。 もう あれが困っちゃって。

あの…。

いろんな整理してたんですよね。
そしたらね 私…。

妹もお嫁にいってないんですよね。
そしたら 「2人の娘を

お嫁にもいかせてあげられなくて
ごめんなさい」って

書いてあったの。 イヤでしょ?

その電話の横に?
電話の横のメモ用紙に。

フフフフ…。

いきたくなくて いってないのに
本当に。

にもかかわらず だから…。
ただ ご縁がなかった…。

そうそう そういう風にね なんか
負担になってたんだなと思って

悪かったなと思って。
でも しょうがないわね。

そう。 だから 親って すごいわ。

そこまで考えちゃうのかな?
と思って。

2人ともだったのね。
そうなんですよ。

それが ちょっとね…。
妹さんもなのね。

そう。 弟はね 結婚してるんで
よかったんですよ うち。

あとがいるんで。
よかったですよね。

なんか 今日は
宝物をお持ちくださった…。

何か宝物って おっしゃって
いただいたんですけどね

母と一緒にね

これこそ70年ぐらい前に
一緒に作った…。

キレイなものね なんだか。

母が下描書きしてくれて
一緒に刺しゅうした これを…。

本のカバーですか?
そう 本のカバーにしたの。

台本かなんかの?
そうです。

キレイ。 いいですか? 拝見して。
はい。

あら キレイね。
これ やっぱり 昔風な刺しゅう。

随分 キレイな刺しゅうね。
そう。

色 全部 変えて 3色…。

昔にしたら すごいでしょ。
70年前ですよ。

よく これ
取っておおきになった…。

キレイね 汚れてないわね。
だから そういうものがね

これしかない。
そう…。

でも あれですよね。

ものをこぼしたりとか
食べてる時に なんか落ちたとか

そんな事は全然ないのね。
そんな事しないでね

私 一番最初に 宝塚時代に

『カルメン』のスコアをね
入れてたんです。

だから ずっと そのまま…。
しまっておおきになったんだ。

だから よかったんだと思って。
キレイね。

キレイな色でしょ 現代的だし。

なんともならないのね。
これ 金の刺しゅうですよ。

ねえ? 全部 金の糸ですよね
これね 全部。

へえー。
本当 これ全部 金の刺しゅう。

そう 私の宝物。
お母様のね。

お母様が どういう思いで

なさってらしたかとかって
思うでしょ。

どうも恐れ入りました。
そうですか。

でも その他 お母様が
いろんなものを スカートとか…。

ええ。 小さい頃は ずっと
してくれてたんですよね。

スパンコールも宝塚の時?
いっぱい付けてくだすった…。

そうです 最初に役ついた時なんて
靴まで付けてくれて。

売ってない時期でしょ?
そう そんなものね。 うん。

ハイヒールに 全部 付けてくれて。
えー…。

それで 1回 リサイタルの時にね
プリーツの衣装を…。

これに スパンコール付けてって
言ったらね

プリーツっていったら 折れてて

折れてる上に付けるでしょ?
スパンコール。

中にまで付けんの。
全部に付いて…。

それじゃ 遠くから見たら

スパンコールを付けたようには
見えないって言ったぐらい

ゾッとしました。
あまりにも しっかり付いてて。

重かったでしょ? それじゃね。
でも キレイ?

もう ものすごいキレイ。
いまだに 私 取ってます。

でも 健康そうですものね すごく。

もう 健康だけが取りえで。

ねえ? ビックリしちゃう。

皆さん…
お年 言っていいのかしら?

今 いくつかって あなたのお年。

やめましょう。
そう?

ええ。
でも まあ…

私なんかよりは かなりお若いのよ
あなたの方が。

いや 2つぐらいでしょ?
そう? そんなもん?

そんなもんです はい。
皆さん そんなもんです。

だから とってもお若いって

おキレイだなって
私は思いますけど。

ハハハ… おかしい!
おかしい!

今後のご予定は?
ええ あの…。

今後はね
歌を もっと真面目にね…。

自分の勉強にも
なるじゃないですか。

ピアノにしてもね。
それもしながら ゆったりと…。

もう 老後なんですけど
老後は ゆったりと のんびり。

100歳までは生きたいと思って…。

そう。 私ね 今 目標
100をめどに生きて

それで 世の中…

私が どうっていうんじゃなくて
見届けたい。

どんなになっていくかって。
まあ そうですよね。

私だって そう思いますよ。

そう思いません? ねえ。
楽しみよ。

どうなっていくのかとか…。
頑張ってくださいね。

大丈夫。 また お願いいたします。
ありがとうございます。

加茂さくらさん
今日のお客様でした。

(拍手)

(根来公平)
〈三平兄ちゃんと しのちゃんが


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