アナザーストーリーズ「大統領候補が消えた!~金大中拉致“スパイ”たちの攻防~」当事者が初めてロングインタビュー!


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出典:『アナザーストーリーズ「大統領候補が消えた!~金大中拉致“スパイ”たちの攻防~」』の番組情報(EPGから引用)


アナザーストーリーズ「大統領候補が消えた!~金大中拉致“スパイ”たちの攻防~」[字]


1973年8月8日、東京・九段下のホテルから韓国の大統領候補がさらわれた!謎多き事件の決着のため、“スパイ活動”に従事した当事者が初めてのロングインタビュー!


詳細情報

番組内容

1973年8月8日、東京・九段下のホテルから、突如、韓国の大統領候補がさらわれた!煙のように消えたのは、のちにノーベル平和賞を受賞する金大中。やがて犯行は、韓国の情報機関KCIAの仕業と判明する!彼らは何を狙ったのか?事件をどう決着させるのか?日韓の外交問題が勃発する中、“スパイ活動”に従事した当事者が初めてのロングインタビューに応じた。謎めいた攻防戦の舞台裏を明かすアナザーストーリー!

出演者

【司会】松嶋菜々子,【語り】濱田岳




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アナザーストーリーズ「大統領候補が消えた!~金大中拉致“スパイ”
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  17. 犯人
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今から46年前 事件は
東京のど真ん中で起きた。

何者かに拉致されたのは
後に韓国の大統領となる…

韓国の民主化や北朝鮮との関係改善に
尽力し

ノーベル平和賞を贈られた人物だ。

その彼が日本滞在中に 消えた…。

背後に見え隠れする韓国の情報機関…

彼らは日本で何をたくらんだのか。

今回 一人の元外交官が
秘めてきた後悔を口にした。

僕のひと言でね。

♬~

一人の大物政治家が
白昼堂々 煙のように姿を消す。

まるで映画のような事件が
46年前 この日本で起きました。

現場は 東京・九段下のホテル。

なんとも不可解なことに
消えた人物は 5日後…。

遠く離れた韓国・ソウルで発見されます。

暴力をふるわれた痕が残る
痛々しい会見でした。

あれから半世紀。

犯人は逮捕されず
多くの謎が残されたままです。

当時の韓国は 軍事独裁政権。

絶大な権力を誇ったのが
大統領のパク・チョンヒ。

その最大のライバルが…。

民主化のリーダー…

彼は あの時 日本で
反政府活動をしていた。

彼がさらわれた事件は
映画にもなった。

目隠しのまま車で運ばれ
縛り上げられて 船へ。

絶体絶命の危機から
金大中は 奇跡的に生還した。

だが この事件
犯人は一人も捕まっていない。

運命の分岐点は
1973年8月8日 午後1時過ぎ。

金大中が拉致された瞬間です。

犯行現場は
東京都内のホテル 22階の廊下。

知人との会食を終え 部屋を出た直後
何者かによって さらわれました。

第1の視点は…。

この時…

すぐに 事件が
ただならぬものであることを直感します。

不気味な事件の闇に触れた男の
アナザーストーリーです。

のどかな田園が広がる千葉県の住宅地。

(中島)皆さんに
蜂蜜入り紅茶をごちそうしよう。

当時 毎日新聞で警視庁担当だった…

13年前に退職し
今はセカンドライフを楽しんでいる。

29歳で遭遇したあの事件は
彼にとって 謎の連続だった。

若き中島は
事件に食らいついた。

あの日 中島は
現場に一番乗りを果たした記者だった。

ホテルグランドパレスの22階。

いちもくさんに上がると

現場は まだ きつねに つままれたような
空気だったという。

これは 間もなく撮影された映像。

金大中が韓国の国会議員と会食した跡が
そのまま残っている。

部屋を出たところで 数人の男に囲まれ
隣の部屋に連れ込まれたという。

一緒にいた議員は
外部と連絡しないよう監視された。

ようやく見張りがいなくなり
隣の部屋に急いだが

既に もぬけの殻。

異様な事件だと直感した中島。

事件記者として
張り切らないわけがなかった。

何しろ さらわれたのは
韓国で国民的人気を誇る大物政治家。

しかも 彼の側近は
韓国の情報機関の仕業に違いないと

きな臭い言葉を口にした。

早速 警視庁幹部を夜回りした中島は
重要な情報をつかむ。

金大中が連れ込まれた部屋に泊まっていた
男は 宿帳によれば…

当然 関与が疑われる。

翌日 この情報をつかんだ何社かが
マッサージ師の女性を訪ねたが 取材拒否。

そこで中島は 一計を案じる。

他社が引きあげたタイミングを見計らって
一人で訪ねたのだ。

マッサージ師の夫と思われる人物に
必死に頼み込むと

5分だけという条件で話を聞けた。

これが中島のスクープ。

男は 50歳前後で
がっしりした体格。

お釣りを
渡そうとすると

「よろしいワ」と
関西なまりの返事。

日本人だと
思ったという。

警察は 事件直後から緊急手配をかけ
怪しい車両を捜したが

手がかりは つかめない。

はい どうも こんにちは。

当時 公安の
外事第二課長として

捜査の指揮に
あたっていた。

外事課は 外国の諜報機関の
活動などを追う 特殊な部署。

井上の印象に残っているのは

異様なほど遺留品が多かったことだ。

部屋には 人が入れるほどの
大きなリュックサック。

なぜか 3つも。

更に 殺すと予告するかのように
アメリカ製の実弾が入った弾倉。

そして…

捜査をかく乱するために 犯人が
わざと手がかりを残したようにも見える。

そう考えると マッサージ師を呼んで
日本語を聞かせたのも ねらいなのか。

しかし そもそも なぜ金大中は
あの時 日本にいたのか。

今回 金大中の次男が取材に応じた。

キム・ホンオプ。

苦難に満ちた父の半生を間近で見てきた。

韓国の民主化を訴えていた…

事件の2年前 大統領選に出馬し

敗れたものの その人気は
すさまじかった。

だが その直後 不可解な事故に遭う。

乗っていた車が
突然現れたトラックにぶつけられ

生涯 歩くのに支障が出るほどの
重傷を負った。

家族は 大統領 パク・チョンヒに

命を狙われていると感じたという。

「韓国の病院で治療を受ければ
どんな細工をされるか分からない」。

だからこそ
金大中は日本での治療を望み

事件の10か月前 来日した。

だが直後 突然パスポートを無効とされ
帰国を命じられる。

身の危険を感じた彼は 日本に残り

反政府運動を行う道を選んだ。

だが 日本にあってすら
彼は安全ではなかった…。

行方は ようとして知れず

絶望的な空気も漂い始めた5日後の夜。

金大中の自宅で 事態は動く。

その時 秘書のキム・オクドゥも
ここに詰めていた。

なんと 変わり果てた姿の金大中が
そこに立っていた。


その時 電話が鳴った。

男の声がした。

私が電話に出ると…

間もなく開かれた
記者会見の映像。

口元の殴られたような傷と
手足を縛られた痕が生々しい。

子供の頃から
日本語教育を受けていた金大中は

駆けつけた日本のマスコミに
事件の顛末を日本語で語っている。

車で長い時間 走り

関西方面と思われる港で
船に乗せられた。

目隠しをされ 手足を縛られ
おもりを つけられたので

海に沈められると思ったが…。

その時 奇妙なことが起きたという。

金大中の証言によれば
船の上を飛行機が旋回。

威嚇するような行動をとった。

それを見た船員たちは
金大中の殺害を思いとどまったという。

こんな大それた事件を起こせる犯人は
中島には 一つしか浮かばなかった。

韓国で その名を知らないものはいない…

政権に反対する国民を
令状なしに逮捕して拷問。

国外では さまざまな諜報活動に従事し
誰もが恐れる存在だった。

間もなく 日本の警視庁が
重要な証拠が出たと発表する。

現場に残された指紋が
ある人物と一致した。

それは…。

彼の指紋が現場で
見つかったのは

その正体が
工作員だったことを物語っていた。

日本の警察は 外務省を通じて
キム・ドンウンに出頭を要請。

しかし韓国側は 外交特権を盾に 拒否。

捜査は ここで行き詰まる。

記者の中島は このあとも事件を追い続け
貴重な証言に たどりついている。

あのマッサージ師を もう一度あたり

容疑者として浮上していた
キム・ドンウンに見覚えがないか

尋ねてみると…。

それを見て…

「畑中金次郎を名乗った男は
キム・ドンウンに間違いない」。

そう断言した。

韓国に戻ったキム・ドンウンは
行方をくらました。

そして 事件は謎を残したまま

日本と韓国の外交問題に発展していく。

奇跡的に 一命を取り留めた 金大中。

しかし この大胆不敵な犯行を
一体 誰が指示したのか?

そして 彼の命を救ったという
飛行機とは何なのか。

謎は深まるばかりでした。

今回の取材で 金大中本人と直接
つながりを持っていた外交官が

初めてのロングインタビューに
応じました。

その人物が 第2の視点です。

事件当時は 外務省の韓国担当。

更に事件後は ソウル駐在となり
金大中との極秘のパイプ役を務めました。

数奇な縁で結ばれた二人。

密会の裏側が明かされる
歴史の闇の アナザーストーリー。

その男は
あらゆる情報を集めるプロだった。

現在 ソウル在住。

(取材者)こんにちは。
はい こんにちは。

40年間 外務省に勤務した…

韓国 北朝鮮の専門家として いわゆる
「スパイ活動」をしてきたという。

町田は
金大中拉致事件の僅か2日後には

犯人の正体を つかんでいる。

町田と金大中の縁は
事件の10か月前に遡る。

当時 町田は
外務省の北東アジア課に勤務していた。

そこに 来日中 パスポートを
無効にされた金大中が

助けを求めてきたのだ。

この時 上司に相談された町田は
彼の滞在を認めるべきだと進言し

ビザの取得を助けた。

もちろん ビザの発行は

帰国命令を出した
韓国政府の意向に反する。

が 韓国の重要人物を
助けておくメリットも

外交上 当然あった。

そして 10か月後 金大中が消えた。

さすがの町田も
この成り行きは予想していなかった。

僕としては…

この時 町田は即座に
韓国KCIAの犯行を疑っている。

すぐに韓国大使館の知り合いに連絡し
極秘の情報収集に入った。

拉致から5日後…

だが 町田たちにとっては

ここからが本当の闘いだった。

戦前に韓国を併合して以来
日韓の間には

暗い歴史の溝が横たわってきた。

それを乗り越え
ようやく両国の関係が正常化したばかり。

だが この拉致事件で
再び緊張が高まっていた。

韓国の政府機関が本当に日本で事件を
起こしていたなら 主権の侵害になる。

だが 韓国政府は 関与を認めない。

2か月後 町田は
ソウルの日本大使館に異動となった。

帯びていた密命は…

…探ることだ。

日本との関係をどうするつもりか

そして 金大中を
どう処遇するつもりなのか。

しかし 情報のガードは極めて堅かった。

この時 町田は大胆な手を思いつく。

なんと 軟禁されていた金大中から
直接 情報を取ろうとした。

それが どのくらい
大胆な行動だったかは

息子の この発言を聞けば分かるだろう。

全てを承知の上で
町田は金大中に接触することにした。

自宅を訪ねると…。

この日は 挨拶だけで帰った。

直後 当局から「金大中に近づくな」と
警告を受ける。

しかし 町田は…。

以後 金大中から度々呼び出しがかかった。

軟禁状態の彼にとって
町田は貴重な情報源だったからだ。

時に 「日本が警護をしなかったせいで
殺されかけた」と不満を言われ

激論にもなった。

先生 そう言うけれどもね じゃあ…

…と言ったんです 先生に。

信頼を深めた二人は やがて
極秘の情報を交換する仲になる。

その内容は 韓国の政情から
日本政府との関係まで 多岐にわたった。

もちろん 自宅は盗聴のおそれがある。

会話には細心の注意が必要だった。

書斎に行って
このぐらいの紙を持ってきて 置いてね

で しゃべらないんです
筆談が始まる そっから。

で その 2時間も2時間半やるからね

二人でやったメモ こんなんなるんですね。

で それを… 先生がね マッチすってね
全部焼いて

それで終わり。

以後2年 韓国政府が あの拉致事件を
どう決着させようとしているか

町田の情報収集は続いた。

その間には…。

(銃声)

大統領 パク・チョンヒの
暗殺未遂事件も発生。

犯行に使われた拳銃が
日本の交番から盗まれたものと判明し

日韓関係は 更にこじれる。

水面下で さまざまな やり取りが行われ
日韓両政府は拉致事件の決着を発表する。

しかし それは何ともすっきりしない
不思議なものだった。

韓国政府は…

…と発表。

つまり 犯人とは認めなかった。

そして日本政府は その説明を受け入れた。

これが 日韓両政府が折り合いをつけた
一線だったのか?

そこに自身の情報が どう生かされたのか
町田は知らないという。

その後も 20年以上にわたって
諜報の現場に身を置き続けた。

必死だった日々を 今 こう振り返る。

何ていいますかね…

金大中拉致事件は
誰も犯行を認めないまま

闇に葬られました。

事件の責任も誰一人 追及されないまま。

ですが その分厚い闇と闘い
一端を暴いた人物がいます。

こちら。 事件から14年後

一人の記者が 犯行の黒幕とされる
KCIAの部長を直撃。

関与を認める証言を引き出したのです。

まさに 国を揺るがすスクープでした。

この直撃取材を行った記者
イ・ジョンガクが 第3の視点。

ところが このスクープは取材の直後

不可思議な圧力に
さらされることになります。

政権の闇に迫るとはどういうことなのか?

隠された歴史の真相に触れた男の
アナザーストーリーです。

拉致事件から 14年後。

韓国で 民主化運動が激化。

そして ついに…。

言論の自由が保障され
国民が大統領を選べるようになった。

この時 あの金大中拉致事件に
再び光を当てた男がいる。

雑誌の政治担当記者だった…

そして 彼は政権の闇をのぞくことになる。

きっかけは この時期 金大中が
ある手記を発表したことだった。

金大中は 一人の男の名を挙げ
今こそ真相を話すべきだと訴えていた。

元国会議員の…

誰もが知る
もう一つの顔があった。

金大中拉致事件が起きた当時は
あのKCIAの責任者。

強大な権限を手に
拷問や拉致を企てたと噂されていた。

この難しい取材を任されたのが
政治部の記者 イ・ジョンガクだ。

イ・フラクは ソウル郊外で
焼き物の工房を営んでいるという。

訪ねてみたが留守。

出直してみると…。

取材の意図を伝えると
「今更 何も話すことはない」と断られた。

だが イ・ジョンガクは食い下がった。

今は 民主化の時代
金大中が大統領になるかもしれない。

あなたの主張を世に出すチャンスは
今しかないのではないか。

イ・フラクは しばらく考えた末

「分かった」と うなずいた。

取材は3日間 15時間にも及んだ。

あの事件は 一体 誰が主導したのか?

ついに KCIAの元トップが
事件への関与を認めた!

だが 誰の命令で
拉致の目的は何だったのか。

…と話しました。

裏取り取材をした結果

イ・ジョンガクは 証言には
それなりの根拠があると感じたという。

しかし いよいよ出版という時に
予想外の出来事が起きる。

彼らは…

…と
輪転機を止めた。

イ・ジョンガクたちは
言論の自由を盾に抗議。

そんな中 会社の上層部から
一つの提案があった。

政府の意向をくんで
表現を弱めたらどうか というのだ。

出版差し止めから8日後

表現を修正したことで 政府は印刷を許可。

発行前から話題となった この雑誌は

40万部という
韓国の歴史に残る売り上げを記録した。

だが 雑誌発売当日
なんと イ・フラク本人が記者会見。

驚きの発言を行った。

「国益」という言葉の前に
かすんでいく「真実」…。

結局 韓国政府が
事件の再調査の結果を発表したのは

それから20年後のことだ。

この中で初めて…

…と 認めた。

そして…

…と 総括している。

事件の再調査の責任者…

容疑者として浮上した
あのキム・ドンウンからも話を聞いている。

これが 韓国政府の
最終報告書となっているのだが

実は この再調査には
意外なところから異論が持ち上がった。

一つは…。

そして 被害者の金大中も
この報告書を認めなかった。

その理由の一つは

船で殺されそうになった時
突然 現れたという

謎の「飛行機」についての記述だ。

当時の船員たちに聞いたが
誰一人 「飛行機」を見ていないとして

事実無根とされた。

これは
日本の海上自衛隊が飛んだのかな

あるいは アメリカの飛行機が
飛んだかなと思ったんです。

生還直後に語った この言葉は
勘違いだったのだろうか?

事件から22年後
アメリカCIAは こんな証言をしている。

事件の真相は 今も闇の中に埋もれている。

事件から 46年。

金大中拉致事件は
韓国では時効を迎えました。

が 容疑者が海外に逃亡しているならば

日本での時効は
成立していないことになります。

命の危険を乗り越えた金大中は
語りました。

…と。

謎多き事件は
今もなお 終わってはいないのです。

4度目の挑戦で 大統領となった金大中。

彼は在任中
日韓関係の新たな時代を築いた。

日本文化を開放し

日韓ワールドカップ共催を実現。

金大中と ずっと交流を続けてきた
町田 貢。

実は 大統領に当選した直後

金大中を訪ね 一つのお願いをしている。

金大中は 拉致から生還した8月13日を
第2の誕生日とした。

亡くなるまで 毎年
家族みんなで祝ったという。

近くて 遠い国…。

日本と韓国が 歴史の闇を乗り越え
分かり合える日は

いつ訪れるのだろうか。

♬~


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