歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密」最新研究が明らかにした千年前の女性の真実とは



出典:『歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密」』の番組情報(EPGから引用)


歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密」[解][字]


平安女性がその一生を記した「更級日記」。源氏物語にときめいた少女時代。成長し、憧れの職業につきながら経験した挫折。最新研究が明らかにした千年前の女性の真実とは。


詳細情報

番組内容

世界初の長編恋愛小説『源氏物語』。その感想を初めて記した女性として知られるのが菅原孝標の娘。実は作家として文学史上に輝く名作を残した。40年に及ぶ生涯をつづった『更級日記』。千年前の女性の心の内を今に伝える貴重な記録だ。物語にときめいた少女は、成長し物語作家に。ところが更級日記には、自分の執筆活動について一切記していない。そこには孝標の娘の、ある「痛恨の思い」があった。千年前の女性の生涯に迫る。

出演者

【キャスター】渡邊佐和子




『歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密
  1. 孝標
  2. 物語
  3. 更級日記
  4. 女性
  5. 乳母
  6. 日記
  7. 人生
  8. 菅原孝標
  9. 和歌
  10. 記録
  11. 宮仕
  12. 源氏物語
  13. 皇太子
  14. 作家
  15. 自分
  16. 少女
  17. 場所
  18. 成長
  19. 天皇
  20. 彼女


『歴史秘話ヒストリア「物語に魅せられて 更級日記・平安少女の秘密」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

発信していくんだよね?

(鳥のさえずり)

「花の寺」として知られる…

創建から およそ1, 300年。

寺の歴史を伝える絵巻物に

本日の主人公 その何とも愛らしい姿が
描かれています。

女性の名は…

平安時代を生きた 物語作家です。

♬~

世界最古の長編恋愛小説…

その感想を
初めて記した女性が…

[ 心の声 ]
光源氏に愛された

お姫様のように
なりたい!

物語に ときめく少女は

後に 文学史上に輝く名作を
残します。

40年に及ぶ半生をつづった…

平安女性の生涯を 今に伝える
貴重な記録です。

成長し 憧れの物語作家となった
孝標の娘。

ところが…。

「更級日記」には
自らの執筆活動について…

そこには 物語を
ある目的に利用してしまった

痛恨の思いがありました。

人に 何を思われようが
見たくないのです!

物語をめぐる 悲しみと喜びの生涯。

「更級日記」から
千年前に生きた女性の心に迫ります。

♬~

「歴史秘話ヒストリア」
今夜も どうぞ おつきあい下さい。

今回の主人公は…

菅原孝標とは 父親の名で
彼女自身の名前は分かっていません。

平安時代の中頃に生まれ
物語作家として活躍した 孝標の娘。

その代表作が 「更級日記」です。

「日記」という名ですが
実は 晩年に書かれた回想録です。

記されているのは
10歳から53歳ごろまでの心の内。

そのため 千年前の女性の生涯が
手に取るように分かる記録として

注目されてきました。

まずは 「更級日記」を ひもときながら

物語に触れ 心豊かに成長していく
孝標の娘の姿を ご覧頂きましょう。

(かしわ手)

祭られているのは 学問の神様…

その孫の孫にあたるのが
菅原孝標。

諸国に赴任する役人 国司でした。

千葉県中部 かつての上総国も
孝標の赴任地の一つ。

「更級日記」は
この上総での暮らしから始まります。

「東国の
更に奥の地で育った私は

さぞ 田舎じみていた
ことでしょう」。

ふぁ~…。

自らを 田舎娘だったと振り返る
孝標の娘。

≪入りますよ。

あっ まあ… こんなに散らかして。

いつも なりませぬと
申し上げておりますのに。

退屈な日々の 唯一の楽しみ。
それは…。

お母様 お姉様
この間の物語の続き 早く聞かせて。

光源氏の君の物語。
早く!

そう 「源氏物語」です。

美貌の貴公子 光源氏と

あまたの女性たちとの
恋模様を描く

世界初の長編恋愛小説。

当時は 作者の紫式部が
「源氏物語」を世に出して 10年ほど。

光の君は ご自身を育てた…。

京の都から遠い上総では
とても手に入らず

読んだことがある大人に 内容を
話してもらうしかありませんでした。

それで… あっ 光の君は

乳母のお見舞いの帰り道に
白い夕顔の花を…。

あら? 違ったかしら?

乳母の見舞いでのお話とは
思いますけれど…

帰りではなかったような…。

帰りではなく
行く時ではございませんか?

その夕顔の花を
見舞いの品にしたかと。

恐らく。

孝標の娘は こう記しています。

光る君は あのあと どうしたのかしら?

知りたい! 知りたい!
続きが知りたい!

そこで…。

お願いです 薬師如来様。

少しでも早く 私を
京の都へ上らせて下さい。

(鐘の音)

すると 3年後。

念願の 京の都へ。

そして…。

物語を探してきて。

それを見せて。 ねえ 見せて。

なんと すぐ 手に入ります。

わあっ。

この中に
「源氏物語」は ありませんでしたが

「春はあけぼの」で有名な

清少納言の「枕草子」などが
含まれていたと考えられています。

それにしても
都に来たからといって

物語が そう簡単に
手に入るものでしょうか。

(スタッフ)先生 今日は
どうぞ よろしくお願いいたします。

こちらこそ よろしく。

伊藤守幸さんは 孝標の娘が
物語を入手できたのは

自宅のあった場所のおかげだと
考えています。

(伊藤)ここですけれども…。

その場所 今も 京都の町で
探し当てることができます。

(伊藤)ここで あの通りの名前を
ちょっと ご覧下さい。

そして 現れたのは…

実は 日記にあった
「三条の宮」は

高倉通りの東。

三条坊門小路の北と
分かっています。

そして その西隣が
孝標の娘の自宅があった場所。

早速 行ってみましょう。

その場所を確認してみると…。

天皇がいる 大内裏に近く

周りには 位の高い人々の屋敷が
集まっています。

こうした家々では

和歌や音楽など 文芸に秀でた女性が
大勢 働いていました。

なかでも 「ものがたりのかみ」と
呼ばれた女性たちは

まさに 物語を書くのが仕事でした。

物語は あるじや その家族
仕える人たちに読まれたあと

家の外へ広まっていきます。

孝標の娘に届いた物語も
こうした お下がりでした。

わあ! これを私に?

元の持ち主は
お隣に住む 姫君に仕える女性。

まだ幼いのに
物語が好きな娘を珍しがり

プレゼントしてくれたのです。

(鐘の音)

しかし 間もなくのこと。

物語を話して聞かせてくれた
義理の母が 父と離婚。

家を出てしまいました。

その3か月後には 乳母が
病で亡くなったと知らされます。

この時 孝標の娘が詠んだ和歌です。

「散った花は
春が来れば また見られるけれど

別れた人には もう会えない。
こんなに恋しいのに」。

そして…。

「更級日記」に惹かれるという…

孝標の娘の繊細な心模様に
共感しています。

♬~

間もなく ふさぎこむ孝標の娘を
心配した おばが

ある物を
見つけてきてくれました。

さあ あなたが
あんなに読みたがっていた物よ。

源氏の… 物語…。

(おば)これで 元気をお出しなさい。

「更級日記」には こうあります。

…と 個人的には思ってますけどね。

昼は 一歩も外に出ず…。

夜になっても
灯りの近くで読み続けた 孝標の娘。

やがて…。

フフッ。

いつの間にか
言葉の端々まで 私 覚えてる!

物語って すごい!

こんにちは。

暗唱できてしまうほどの
読み込みぶり。

福家俊幸さんは
孝標の娘が

物語を読むことで
成長したと分析します。

…というふうに思います。

何より「源氏物語」は
心のときめきを与えてくれました。

[ 心の声 ]
そうすれば 光源氏が愛した
姫君のように きっとなる。

菅原孝標の娘。

物語に魅せられ 育てられた少女でした。

千年も昔の女性の気持ちが

率直に そして生き生きと描かれた
「更級日記」。

「更級日記」のような「個人的な記録」は

まさに 孝標の娘が生きた
平安時代中頃に現れました。

その きっかけとなったのが

日本語の発音を文字にした
「ひらがな」の誕生。

外来の「漢字」に比べ
ひらがなは

日本人の心の機微を
記すことができました。

もっぱら 女性に
広まったこともあって

女性ならではの作品が
生まれていきます。

例えば 浮気ばかりする夫への不満。

職場の同僚の人物評価。

更には 恋の話まで。

なかでも「更級日記」は

少女から大人に至る
心の変化が読み取れる

唯一の作品と言われています。

物語への憧れをはじめ

自らの気持ちを
つぶさに記録した菅原孝標の娘。

ところが 「更級日記」には

一つだけ 大切なことが
書かれていないのです。

現存する「更級日記」は

鎌倉時代の有名な歌人 藤原定家が
書き写したもの。

巻末には こう 記されています。

ところが 孝標の娘自身は

自らの執筆活動について
日記に 一切 記していません。

彼女は なぜ 輝かしいキャリアを
隠したのでしょうか。

謎を解く手がかりは

32歳以降の
日記の記述にあります。

父親が隠退し

孝標の娘は 独身のまま
家のあるじとなっていました。

更に 姉が亡くなったため
姪たちの世話まで。

どうしたの?

ねえ また物語を聞かせて。

いいですよ。

「天女は こう言いました。

『私の琵琶の音を奏でられる者は
この世で そなたしかおりません。

早速 私の琵琶の技を
教えてしんぜましょう』。

姫君は すっかり うれしくなって

早速 天女が教えると
すぐに覚えてしまいました」。

すご~い!

私も 夢に
天女様が出てこないかしら。

フフフッ。

そのころ…。

「夢のような出来事が起きた」とあります。

あなたのうわさは
私どものところにも聞こえていますよ。

はい。

いかがです?
宮仕えをなさいませんか?

え?

彼女をスカウトしたのは 時の関白…

平安貴族の全盛期を築いた

藤原道長の息子です。

実は この親子
政治の実権を握るため

盛んに 優れた作家を召し抱えました。

一族の娘のもとで
物語を書かせるためです。

文学好きの天皇が 物語に惹かれ
娘のもとに通うようになれば

皇子が生まれる可能性が。

その皇子が成長し 次の天皇になれば

藤原氏は 後見人として

権力を保てるというわけです。

実際 紫式部の
「源氏物語」も

こうした思惑のもと

生み出されたものでした。

「更級日記」には 作家としての待遇を
うかがわせる記述があります。

(福家)
「おりおり さしいづる」。

そう 孝標の娘は 時々 出勤するだけ。

住み込みで働く 他の女性たちとは
明らかに違っていました。

宮仕え しかも憧れの仕事に就けた
孝標の娘。

人生は 大きく変わっていきます。

1年後 藤原氏に仕える男性に
見初められ結婚。

あら? あなた 笑いました。

おお 本当じゃ。 かわいいのう。

間もなく 夫は
豊かな下野国の国司に抜擢されます。

更に 大事に育てた姪が

自分と同じ
関白・頼通のもと 宮仕えに。

どちらも 孝標の娘の働きに
報いたものと考えられます。

物語で人生を切り開いていく 孝標の娘。

やがて ある野心を抱きます。

皇太子に 乳を与える乳母は

教育係でもあり
優れた才能が求められます。

皇太子が成長し 天皇となれば

乳母は その秘書「典侍」となり

朝廷の人事に影響力を持てます。

そのため
宮仕えの女性たちにとって

「皇太子の乳母」は
誰もが憧れるポストでした。

藤原頼通は 当時

皇太子の親仁親王を

後見していました。

頼通の姪との間に 皇子が生まれれば

孝標の娘が

乳母に
選ばれる可能性が出てきます。

番組の初めに紹介した絵巻は

実は このころの孝標の娘を
描いたもの。

お寺に籠もり 祈りました。

更に 日記からは

乳母になれると信じていた様子が
うかがえます。

ある時 奈良の長谷寺で
夢占いをしてもらったところ…。

「庭には…」。

(鳴き声)

[ 心の声 ]
この夢は 私が帝の内裏に渡る証し。
ああ うれしい!

順風満帆な人生を歩む 孝標の娘。

しかし このあと

キャリアを隠すきっかけとなった
出来事が起こります。

宮仕えを始めて 6年後。

大変じゃ!

帝が… みまかられたぞ!

えっ!?

時の後朱雀天皇が 若くして亡くなり

頼通が後見する 親仁親王が即位します。

ところが 皇子はいません。

そこで
腹違いの弟が皇太子とされます。

頼通とは
関わりのない人物でした。

[ 心の声 ] 私の夢は もう…。

翌年 天皇即位に伴う
大嘗会が行われました。

日記には こうあります。

「鴨川で 大嘗会のみそぎがあり
都じゅう騒いでいました」。

大内裏から鴨川に向かう
天皇の行列は

一代につき 一度しか見られない
豪勢なもの。

しかし…。

見物などして 何になりましょう。

されど 大嘗会ほどの催しに
わざわざ京を出るなど

さぞかし もの狂いと見られようぞ。

人に 何を思われようが
見たくないのです!

♬~

10年余り後…。

夫は 病で世を去り 子供も独立。

孝標の娘は ひとり
自分の人生を思い返します。

家族に熱心に聞き
手に入れてもらった物語。

わあ! これを私に?

つらい時 悲しい時 幼い自分を支え
心を豊かに育んでくれました。

物語って すごい!

自分も物語を作りたい。

だから 作家の仕事に
打ち込んだはずでした。

それなのに…。

大きな要因になっていったのではないか
というふうに

私は考えます。

日記に 作家であることを書かなかった
孝標の娘。

そこには 強い後悔があったのです。

失意の中
孝標の娘は 孤独な日々を送りました。

そのころ 我が身を重ねた場所が
長野にあります。

孝標の娘の和歌です。

「月もなく 闇に沈む姨捨山に
捨てられたような私。

今宵も 誰も訪ねてはこない」。

この山の麓は 平安の頃

「さらしな」と
呼ばれていました。

そのため
孝標の娘が 晩年に書いた日記は

いつしか 「更級日記」と名付けられたと
考えられています。

一人 自らの人生と向き合い
日記を書き続ける。

彼女が そこに求めたのは
「心の癒やし」でした。

孝標の娘が
晩年になってまとめた 「更級日記」。

丹念に読むと

彼女が 40年に及ぶ人生を
どのように振り返ったかが見えてきます。

手がかりの一つは
日記にある 88首の和歌。

(福家)「散る花も また来む春は
見もやせむ

やがて別れし 人ぞ恋しき」。

少女時代
孝標の娘が

乳母の死を悲しんで詠んだ和歌です。

(福家)「夕日の いとはなやかに
さしたるに」ということは…

そういうことだろうと思います。

更に 人生を振り返るための手がかりが
もう一つ。

(伊藤)「いろ しろく きたなげなくて」
というふうにあります。

で 同じ表現が
全く同様に あとの方で

「いと きたなげなきに」というふうに

もう一度 繰り返されてます。

それから 「ありぬべき」
「ありぬべし」。

ご覧下さい。

この場面では
同じような文言が

繰り返し使われています。

(伊藤)これほど近接して
同じ言葉が 次々と繰り返されると

まあ どうしても
子供っぽさというか

未熟さを感じさせる表現というふうに
言えると思います。

こうした未熟な表現が見られるのは
日記の前半。

少女の頃 上総から
京の都へ旅した時の部分です。

おぼえ書きを
もとにした文章は

具体的な描写に満ちています。

木が3本。

こうした数の記述は 他にいくつも。

晩年 彼女の前に現れた
少女の頃の自分とは

どんな姿だったのでしょうか。

「富士の山があるのは 駿河国。

これまで見た山の緑とは違って
濃い青色で塗ったみたい」。

満月の夜は 和歌にチャレンジ。

「眠ったら駄目。 今夜を逃したら

この くろとの浜の 秋の夜の月は

もう 見られないかもしれないのだから」。

そして…。

いつも なりませぬと
申し上げておりますのに。

乳母との思い出も。

「乳母が旅の途中で
お産をしたので…」。

恋しさのあまり 孝標の娘は
乳母を訪ねてしまいます。

「乳母は…」。

あ… 何故 かような所に…。

まあまあ 姫様。
お見舞いに来て下さったのですか?

ほんに お優しいこと…。

私は うれしゅうございます…。

このまま 置いていけない。

何とか一緒に行けないの?

ええ… 少し遅れますが
必ず追いつきますよ。

都で 一緒に物語を読みましょうね。

[ 心の声 ] 私 こんな子だったんだ…。

こうして 40年もの歳月を振り返った
回想録 「更級日記」は 生まれました。

53歳の頃に 「更級日記」を書き終えた
菅原孝標の娘。

その後 どのように生き
いつ亡くなったのか 記録はありません。

しかし 「更級日記」のあとに
書いたとされる物語があります。

こちらが 「浜松中納言物語」です。

テーマは 「生まれ変わり」。

主人公は 出世を望まず

ひたすら 愛する人たちの
生まれ変わりを探して

唐の国まで渡ります。

(福家)
そんなふうに考えられると思います。

孝標の娘が思いを込めた作品は
高く評価されます。

やがて
著名な歌人で
作家でもあった

藤原定家が

同じテーマで
物語を作ります。

そして 昭和の文豪・三島由紀夫も。

集大成として書いた作品の最後に
こう 記しています。

3年前
「更級日記」の現代語訳を手がけた…

大きな刺激を受けたといいます。

菅原孝標の娘。

千年前 一人の平安女性が歩んだ
その道のりは

現代の私たちの心をも
捉え続けています。

♬~

物語って すごい!


関連記事