ダークサイドミステリー 幕末夢のオールスター集合写真!?源義経は大陸に渡りチンギス・ハン!?東北に幻の古代王朝…


出典:『ダークサイドミステリー「“怪しい歴史”禁断の魔力 あなたもだまされる!?」』の番組情報(EPGから引用)


ダークサイドミステリー「“怪しい歴史”禁断の魔力 あなたもだまされる!?」[字]


あなたは信じてませんか?幕末夢のオールスター集合写真!?源義経は大陸に渡りチンギス・ハンに!?東北に幻の古代王朝が実在!?怪しい歴史を徹底検証!謎の真相に迫る。


詳細情報

番組内容

私たちの常識は間違いだった?お宝・夢の幕末オールスター集合写真は、坂本龍馬や西郷隆盛たちの陰謀会議!?牛若丸=源義経はモンゴル皇帝チンギス・ハンと同一人物!?日本古代史がひっくり返る、東北に幻の古代王朝が実在した!?そんなロマンと魅力あふれる、でも危険で怪しい闇の歴史を、徹底検証!なぜ人は怪しい歴史にだまされるのか?誰がニセ歴史を創るのか?話題の歴史研究者・呉座勇一さんも緊急参戦!真実は見えるか?

出演者

【ナビゲーター】栗山千明,【出演】片田珠美,河合敦,呉座勇一,【語り】中田譲治,【アナウンサー】片山千恵子



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ダークサイドミステリー 幕末夢のオールスター集合写真!?源義経は
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幕末の英雄…

武田信玄の宿命のライバル…

…へ ようこそ。

♬~

あなたは気付いてしまいましたね。

この世に隠された恐るべき謎に。

さあ こよいも まいりましょう。

危険な驚きの世界 ダークサイドへ。

豪華な顔ぶれが示す…

撮影現場が示す意外な事実。

その正体とは?

…に発展!

おれい!

神秘の王国は
幻だったのか?

壮大すぎる
英雄伝説の真相は?

話題の…

これから1時間
闇の世界に光を当て

あなたと共に
謎を解き明かしていきます。

♬~

今から150年ほど前の
明治維新。

…があったことを ご存じ?

それに…

幕末の有名人たちが…

一体何を話していたのやら。

この一枚は 歴史の真実を暴き出す
決定的な証拠。

写真とは まさに…

真実は いつも一つ!

東京都内の
幕末ファンが集まる居酒屋。

歴史の真実を暴く写真は
ここにも飾られている。

今から150年前…

眼鏡の外国人と子どもの他に

精悍な顔つきの…

それぞれから線が引かれ

書かれている名前が
なんと!

徳川幕府に対抗する勢力を集め

新しい時代への
夢を追い求めた…

強大な幕府軍に挑み…

長州と手を結んで…

…となった 「西郷どん」こと…

他にも…

まさに…

表の歴史には記録されない
極秘の会議が行われた証拠なのだ。

左端に 絶対ありえない人物が…。

徳川家臣…

慶応4年 徳川軍が
薩摩ら新政府軍に負けた

鳥羽伏見の戦いの後…

この写真が
撮影されたのは…

すなわち…

…をしていたことになる。

ということは…

この1枚こそ

私たちが常識と信じている歴史が
ウソだと示す…

謎の志士集合写真の
正体を確かめるべく

我々 取材班は長崎へ飛んだ。

この町に…

…がある。

上野彦馬宅跡。

上野彦馬とは 志士集合写真の撮影者と
書かれているカメラマンだ。

ここにあった彼のスタジオで

坂本龍馬や高杉晋作の
有名な写真が撮影された。

幕末・明治期の古写真を研究している…

上野彦馬の撮影スタジオの状況から…

これは 1850年前後の嘉永年間
彦馬の屋敷の図面。

「小屋」と書かれたスタジオが3つあり

最も大きい小屋でも 幅7.8m
奥行き4.5m

46人は入れるものの

当時のカメラでは
10mほど離れないと

全員は写せない。
これでは

上野彦馬のスタジオでは
撮影できないことになるが。

つまり この集合写真は
大きなスタジオができた…

…されたことになる。

ところが ここで 大きな矛盾が生じる。

…は 慶応3年に死んでいる。

慶応4年以降の撮影だとすれば

死者が写っていることになる。

さらに近年 志士集合写真の
新たな矛盾を指摘する証拠が発見された。

手前の外国人は
志士集合写真の中央にいる人物と同じ顔。

彼らは 佐賀藩士の…

…と言われている。

ところが この5人と うり二つの人物が
志士集合写真にも写っている。

そちらでは…

…と書き込まれている。

これは一体どういうことなのか?

実は
幕末志士集合写真と呼ばれる一枚は…

その周りを…

彼を中心とした通称「フルベッキ写真」は
明治元年撮影と言われ

周囲の多くは
英学校 致遠館の佐賀藩士たちだ。

つまり 写真そのものはホンモノだが

有名な幕末志士の集合写真としては

ニセモノなのだ。

一体 誰が なぜ
別人の志士の名を書き込んだのか?

始まりは 50年ほど前に遡る。

薩摩だけじゃない! これを機に
天下は沸き立ち始めたことを聞いて

わしは胸が躍る!

「脱藩には金が要る。 刀も業物が欲しい」。

時は 昭和40年代。
幕末維新の英雄たちは

小説や映画 ドラマで盛んに描かれ

新たな時代を切り開く
歴史ロマンの象徴として

人気が高まっていた。

そんな中 昭和49年。

月刊誌「日本歴史」に
不思議な論文が掲載された。

フルベッキ写真の中に
西郷隆盛や大久保利通 中岡慎太郎ら

有名な志士が写っていると
主張する内容だ。

筆者は 東京在住の
島田隆資。

歴史研究者ではなく
肖像画家だ。

人の顔を描くプロである島田さんは

フルベッキ写真の武士たちの顔を
有名な志士たちの顔写真と比較。

しかも島田さんは 熱烈な西郷隆盛ファン。

フルベッキ写真に西郷が写っている
という うわさを聞きつけ

西郷探しに熱中したという。

実は…

…の 一つ。

肖像画は多々あれど
写真は一枚も見つかっていない。

もし…

島田さんは研究の結果
この人物が西郷だと断定。

さらに
有名な志士たちの肖像を照合し続け

ついには 23人も結びつけたのだ。

有名志士集合というミステリーを
帯び始めたフルベッキ写真は

やがて 独り歩きを始める。

最初に騒動が起きたのは 佐賀県。

昭和55年 佐賀新聞に
志士集合写真として デカデカと登場。

次は5年後…

なんと国政の舞台に登場する。

どうもすいません。
どうも。
(シャッター音)

それで今日は総理にね
珍しい写真…。

この 丸めて手にしていたのが
あの写真だ。

この出来事が話題になるや

東京新聞が 写真の謎を検証する
特集記事を 3回にわたり掲載。

これにて 一件落着!

16年もたった…

有田焼の工房で 志士集合写真が
畳1畳ほどの巨大な陶板に焼き込まれ

当時100万円で販売されたのだ。

一体誰が書き込んだのか

この時点で
44人全員分の名前がそろっていた。

当時 この陶板を制作した工房の社長は

「志士集合写真」は
是非 世に広めたいと考えたという。

私も びっくりいたしました。 こういう
写真が残っているのかなっていうのが。

この時代に…

インターネットの
時代になると

志士集合写真は
さらに拡散。

30万円もの高額で
売買される事態に。

東京新聞は…

ところが しばらくたつと
スポーツ新聞に

「志士集合写真」の
可能性を残す記事が載るなど

収まる気配はない。

「幕末志士集合写真」は

何度ニセモノだと否定されても
消えることなく 生き続けていく。

この写真の存在
私は知らなかったんですけども

これ 実際 写真があって

しかも名前も いろいろ書いてあって

残っていると
信じてしまうものなんでしょうか?

そうですね やっぱり
実物があるっていうのは強いですよね。

実際に
あのフルベッキは幕末からいた人ですし

上野彦馬も
幕末の志士たちの写真を

いっぱい撮ってるので
あっても おかしくはないだろうという

そういう気持ちに
させてくれる写真ですよね。

ですけど… 違うんですよね?

やっぱり…

長崎に来なかった人もいたりするので

ちょっとこれは怪しいなっていうのは
もう 歴史的に研究が進んでいて

定説になってますね。

こういったものをパッと 詳しくない人が
見ると やっぱり信じてしまう

心理面から見ると どう分析できますか?

やはり それぞれのお顔に

これは誰々である
というふうに 名前がつけられていた。

そのことによって…

ディテール?

具体的に これは誰々である
というふうに説明されると

「本当かもしれない」というふうに
信じてしまうんですね。

やっぱり そういう…

その願望をね 現実と混同するような心理。

それを精神医学では
「幻想的願望充足」というんですけれども

それが見事になんか投影された写真で

写真は まあ
本物なのかもしれないけども

ずっと物語が拡大していったのかなと
思いますけどね。

VTRで 中曽根元総理大臣も

「ウソだろ? ありえない」という感じで
言っていましたけれども

さらに報道でも
何度も何度も否定されていましたよね。

けれども人は信じてしまう。
これ 何なんでしょうか?

う~ん やっぱり 一つはこう…

歴史好きって 結構 ロマン…
歴史をロマンって考える人が多いんで

そういった意味では この写真で

こう オールスターが集まった写真を
実物を見せられると

「あ これが ほんとにそうなんだ」って
思っちゃうんですかね。

そういう意味では…

…と思いますね。
そうなんですね。

最近 フルベッキ写真をもとに

さまざまな陰謀論が
インターネットなどで拡散されている。

こうした怪しい歴史のまん延に
警鐘を鳴らしているのが…

大ヒットとなった「応仁の乱」に続き

日本史の陰謀論を批判する本を出版し
注目されている。

私たちは 怪しい歴史やニセ歴史を
どのように見分け

どう向き合えばよいのだろうか?

フルベッキ写真とか
典型だと思いますけど…

つまり みんないるとかってね
そんな都合のいいことが起こるのかって。

だから結局…

…という話をしだすわけですよ。

かつて 有名な歴史家が
こんな言葉を残したそうです。

過去の出来事の記録を 今の人が見る時

出来事の記録にも 見る側の見方にも

その時代ごとの価値観が
どうしても入ってしまいます。

…が大事ということ。

でも その過去の出来事自体
全然形が違う ねつ造だったとしたら?

困っちゃいますよね。

そんな事件が
昭和の後半 本当に起きたそうです。

東北。 今から1, 000年以上昔

この地に根づいた人々は

広大な大地に
たくさんの集団にわかれて暮らしていた。

そこに7世紀 近畿地方から
ヤマト政権の軍勢が侵入。

そのため この地の人々が…

ところが 1970年代

古代東北の歴史の全貌を
生き生きと描き出す記録が登場した。

挿絵も描かれている。

そこには…

…が描かれている。

はるか昔。

争いながらも
独自の文明を発展させていた。

一方 そのころ…

やがて…

それが…

…というのだ。

それまで誰も語ることすらなかった…

しかも…

…という力関係。

発見したのは
青森県五所川原市の農業…

昭和22年 先祖から受け継いだ…

その中に…

「三郡誌」が物語る…

さまざまな関連本が出版され
ブームとなる。

しかし この「東日流外三郡誌」は

…と呼ばれるほどの
一大論争を巻き起こすのだ。

津軽地方の湖 十三湖に面し

かつて 十三湊があった 市浦村。

事件の発端は 昭和47年ごろ。

村は 日本史の常識を破る
荒唐無稽な内容に疑問を感じながらも

昭和50年
「市浦村史資料編」全三巻として

「三郡誌」を出版した。

長年 青森で「三郡誌」問題を取材してきた
新聞記者の斉藤光政さん…

こうして「三郡誌」は出版されたものの…

ところが…

古田武彦さん。

かつて九州にも王朝があったとする
主張をはじめ…

ニセの歴史 偽史について研究する…

このコピーの山は 和田喜八郎さんが
「三郡誌」をはじめ…

専門家の支持を得た…

一方 津軽では 「三郡誌」をきっかけに

幻の東北王朝に思いを寄せる熱気が
高まった。

昭和60年
NHKの番組で撮影された その様子。

これは 荒吐神をまつるために

新しく建てられた祠だ。

番組でインタビューに答えた男性は
こう語っていた。

特に こっちの
青森県 東北の人々っていうのは…

そういう中でですね…

書籍 雑誌 そして テレビ番組。

さまざまなメディアで取り上げられた
「東日流外三郡誌」は

東北の人々の郷土愛に

古代史の謎とロマンをまといながら
広がっていったのだ。

しかし 1990年代 平成の世になると
「三郡誌」に逆風が吹き始める。

「三郡誌」など
和田家文書がブームになるにつれて

おかしい部分の指摘も
増えていったと語る。

和田家文書には
江戸時代には使いそうもない

現代風の言葉が並んでいた。

「惑星」「洗脳」「仕掛人」

「一光年」
「アダムとイブ」…。

文字の筆跡も怪しい。

右は「三郡誌」。
左は和田さんが書いた文字。

筆跡が似ているだけではなく
書き間違いまで同じ。

「三郡誌」は
和田さん自身が書いたのではないか?

そもそも これが
いつ見つかったかっていう話を。

昭和22年だよ。 天井から落ちてきた。

4年後 「三郡誌」をはじめ 膨大な…

調査の中で…

こう語ったという。

あれだけ ちょっとこう
怪しいとされながらも 信じてしまう。

そして古文書ですとか
その記録そのものが

ねつ造されているっていう

そこにも驚いたんですけれども。
そうですか。

実は結構 偽造された古文書だとか
記録は いっぱいあるんですよね。

あるんですか。
例えば 江戸時代は普通に

自分の家系を飾るために…

職業であったんですか?
はい。

やっぱり自分の家系が こう
すごい人に つながってるっていうのは

当時 やっぱり…

で 注文すると うまくつなげてくれて
系図を作ってくれるんですね。

片田さん この ねつ造という点に関しては
どんなふうにご覧になりましたか?

この ねつ造が ここまで成功したのは

やはり それを
支えた人たちがいるわけですよ。

それを「イネーブラー」といいます。

「イネーブラー」というのは
日本語に訳すと

「支え手」というふうに
なるんですけれども。

だから やはり特に東北の人たちが
イネーブラーになって…

…が あったと思います。
そうですね

やっぱり すごい壮大な物語と…

それが うまく こう つながってることで
やっぱり支持者が多かった。 だから…

…っていう方がいたっていうのと あと

で やっぱり 例えば本当に…

…も取り上げてっていうことになると…

確かにVTRを見て 郷土の人は もう
お祭りをつくっていたわけですけども。

その郷土愛というところ
どんなふうにご覧になってますか?

やっぱり東北に限らず
地方にいる方っていうのは…

…っていう
そういう過去があったりとか。

そういう敗北というか悲劇性
そういうものを抱えてる人たちなんで

そういう中央に対する 政権とは違う…

…感じになったんですかね。

…っていうことは ある意味

そのふるさと 郷土に対して
ほれ込んでるわけですよね。

例えば
男女間でも そうなんですけれども

どういうことかというと…

そのふるさとを 実際以上によく見よう
とする傾向 強くなるわけですね。

だから そのふるさとに

古代に こんなすごい王朝があったら
よかったのに という願望が強いと…

その批判的なまなざしを持つことが
できなくなるっていうことが

「ほれ込み」なので。 それがやっぱり
郷土愛に出てきたと思います。

ものすごく少ない…

だから…

その事実をつなぎ合わせて いわゆる…

だから…

断片的な事実は分かったとしても…

これは その 世間一般の方が…

その男は 天から命を受けて

この大地に生まれた…

今から800年前 勇壮な騎馬軍団を率い
草原を駆け抜けた英雄。

…の帝国の礎を築いた…

その名は…

えっ? 違うって?

フッ… 何を今更。

かつて…

モンゴル帝国の初代皇帝…

日本 源平合戦のヒーロー…

この二人は…

…という説がある。

今から800年余り昔の…

源義経は 源氏と平家の戦いに
彗星のように現れ

天才的な戦いぶりで
源氏の勝利に貢献した。

しかし…

31歳の時 岩手県衣川で
悲劇的な最期を遂げた。

…はずだった。

ひそかに生き延びてモンゴルに渡った後

世界最強の騎馬軍団を率い…

…を築いたのだ。

チンギス・ハンとなって。

一見 荒唐無稽な この説は
いいかげんな作り話の類いではない。

…された研究書
「成吉思汗ハ源義経也」。

著者は…

アメリカの名門
イェール大学で学んだ牧師・教育者だ。

小谷部は長年の研究をもとに

義経とチンギス・ハンの共通点を
次々と見つけ出した。

まずは家紋。

古来 蒙古の兜についている紋章。

これは源氏の家紋 笹竜胆によく似ている。

チンギス・ハンが
即位の時にかざした旗は

源氏のシンボルと同じ 白い旗。

そして…

義経もチンギス・ハンも
騎馬軍団の機動力を生かした戦法で

敵を圧倒している。

小谷部は著書の中で

「ジンギス・カンの源義経は
世界に誇るべき」と力説。

大正から昭和初期の人々の心をつかみ…

しかも この…

19世紀…

また 明治政府で
内務大臣などを歴任した…

論文で…。

学者たちによる長年にわたる主張。

ということは…

やはり 源義経は大陸に渡り…

源義経とチンギス・ハンは
紛れもなく別人である!

ニセ歴史について研究する文筆家…

…は その理由を改めて指摘する。

日本側では こうやって
義経ジンギス・カン説みたいな話が

さんざん出てきますけれど 物語の中では。

だけど…

そもそも…

まずは ご存じ 水戸黄門こと…

江戸時代前期 1600年代の
歴史研究者だった光圀や

幕府の学者 林 羅山は

「義経は蝦夷 北海道に渡った」
と記述している。

実は 義経最期の地 衣川より北には
義経生存伝説が数多くある。

ならば 生き延びて
北へ向かったのではないかというのだ。

日本人にとって…

そのうちの一人 間宮林蔵は
北海道から樺太へ。

さらに間宮海峡を越えて
大陸に進んだところで

地元の人々から驚くべき話を聞く。

なんと はるか昔
義経が ここから大陸に渡り…

ということは…

…なったことがあるともいえる。

イギリスの大学に留学していた…

当時の日本は
近代文明が進んだヨーロッパから…

しかし かつて…

やがて…

富国強兵を進めた日本は…

大正11年に流行した 「馬賊の歌」。

日本を飛び出し 広い大陸で自由に
生きることに あこがれる人が多い時代。

小谷部全一郎の 「成吉思汗ハ源義経也」が
出版されたのは そんな…

日本の英雄 源義経が
かつて大陸を馬で駆け

大帝国を築いたという内容は

多くの日本人の願いに
応えるものだったのだ。

しかし!

論争が巻き起こった。

これに 小谷部も反論。

日本人 長年の願望をもとに
膨らんでいった

源義経チンギス・ハン説。

ゆがめられた歴史は 日本を戦争の
泥沼へと向かわせる一因にもなったのだ。

でも これ ニセモノですよ?

ニセの歴史が そう… そこまでの影響を
及ぼすって驚きですよね。

そういう時 時々ありますよね。

この場合は小谷部さん自身が
いろいろ義経を調べていく中で

陸軍の確か 通訳官か何かとして
大陸に渡った時に

ご自身でいろいろ調べていて

そういう意味では
陸軍が相当関わっていて

大陸にどんどん進出していこう
っていう中で

チンギス・ハンが
実は日本人だったっていうのは

すごい やっぱり…

これから大陸に行こうっていう中で

移民も 満州移民がどんどん行きますよね。

そういう中で…

ある種 都合のいいものだったって
言えますかね。

小谷部さんっていう方が
この本を出されたのが 1924年ですよね。

そこが大きいですよ。
関東大震災の翌年で…

自己愛が傷つくと…

その 日本人である義経が大陸に渡って
モンゴル帝国を築いたんだという

物語というのは 自己愛の傷つきを
修復してくれるじゃないですか。

だから みんな
それに熱狂したわけですよね。

あの 小谷部氏と学者たちの
議論のやり取りをですね

お手元に用意しているんですけれども

この やり取りをご覧になって
何か気になる点 ありますか?

もう かみ合ってないんですよね。
歴史っていうのは やっぱり

史料っていう…

どれが正しい 信用できる史料か
っていうことで

信用できるものから…

小谷部さんは そういうのは…

そもそも 全くかみ合わない中で
話し合っても

もう しょうがないわけですよね。

そうですね 難しいですね。 ですから…

う~ん こういう偽史っていうのは
なくならないんじゃないかなって

気はしますけどね。

この3つのような出来事を見ていると…

だから その…

で これがもう インターネットによって
即座に拡散できるようになると…

我々は…

そういうことが起こりやすいので

やはり気を付けなければ
いけないと思いますね

趣味みたいな感じで楽しんでるだけだから
そんなものにね…

でもやっぱり それでね…

しかも 嘘だから…

そこは やっぱり…

事実じゃない…

♬~

♬~


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