逆転人生「逆転の日本酒 世界に羽ばたく」かつて倒産寸前だった山口・岩国の弱小酒蔵。起死回生をかけて挑んだ…


出典:『逆転人生「逆転の日本酒 世界に羽ばたく」』の番組情報(EPGから引用)


逆転人生「逆転の日本酒 世界に羽ばたく」[字]


かつて倒産寸前だった山口・岩国の弱小酒蔵。起死回生をかけて挑んだ常識破りの日本酒造り。そして海外への売り込み。今や世界中で飲まれる地酒を生み出した男の大逆転劇。


詳細情報

番組内容

全国有数の売り上げを誇る山口・岩国の酒造メーカー。かつては地元の客にすらそっぽを向かれ、倒産寸前だった。34歳で家業を継いだ桜井博志さんは、型破りの手法で逆転していく。こだわったのが酒米の精米。常識外れと言われた精米歩合23%に挑戦。試行錯誤を繰り返すこと10年、かつてない味を持つ酒を生み出すことに成功した。そして桜井さんは、この酒を武器に海外に乗り込み、大逆転をかけ勝負の試飲会に挑んだ。

出演者

【司会】山里亮太,杉浦友紀,【ゲスト】酒造会社会長…桜井博志,【出演】六角精児,安田美沙子,【解説】日本酒プロデューサー…上杉孝久




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逆転人生「逆転の日本酒 世界に羽ばたく」かつて倒産寸前だった山口
  1. 日本酒
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山里さん 今日の主人公は 山口県で
日本酒を造っている桜井博志さんです。

よろしくお願いします。
で 桜井さんが造っているお酒が こちら。

(山里)もちろん知ってますよ。

まさに今 売れに売れていて…

この日本酒を こよなく愛したのが
世界最高のシェフ…

なんと この日本酒と ご自身のフレンチを
マリアージュさせて振る舞う

レストランを
去年パリでオープンさせたんです。

はあ~ すっごい華やか。

でも一体 桜井さんは
何を逆転したんですか?

実は 桜井さんのお酒
かつては全然人気がなく

酒蔵は倒産寸前だったんです。

…と考えられるような…

35年前 桜井さんが社長を継いだ時の
売り上げが およそ1億円。

経営的には大赤字だったんですね。

その後もずっと苦しい状況は続きました。

ロブションさんどころか 地元の山口でも
相手にしてもらえなかったんです。

桜井さん すさまじい…

あまり すさまじいと…。
すいません 言葉を使いすぎました。

しかし ここからの逆転劇が
とてつもないんです。

ジャン! 売り上げ急上昇。

なんと現在は 地酒メーカーの中では
ぶっちぎりの第1位。

はあ~! これ どうやったんですか?

気持ちいいぐらいの
右肩上がりじゃないですか!

う~ん 自分でも
よく分からないですけどね これね。

そうなんですか? いやいやいや
この上がり方

分かんないわけないじゃないですか もう。

ということで 今日は…

♬~

私が経営しているのは ここ山口・岩国で
江戸時代から続く古い酒蔵。

旭富士という名の日本酒を
造っていました。

そう 人気力士だった
あの横綱と同じ名前です。

私が癌で急逝した父から酒蔵を継いだのは
34歳の時でした。

(安田)若い!
若くして継いで…。

しかし 酒蔵の経営状況を知って
青ざめました。

まあ はっきり負け組でしょうね。

負け組だと思いますよ。

負け組の屈辱。

今でも忘れられない思い出があります。

子どもが通う小学校の廃品回収で
一升瓶を集めることになった時のこと。

当然 地元の酒蔵である うちの酒が
一番多いと思っていたのですが…。

(安田)ちょっとショックですよね。

ちょっともう 諦めムードになってる。

当時は 日本酒全体の需要が右肩下がり。

社員たちは すっかり諦めていました。

忍び寄る酒蔵…

2人の子育て中だった妻にも
随分 心配をかけてしまいました。

泥舟状態ですよ。

もう いきなりギリギリの状態だ。
(六角)ほんとだ。

この状況を打開するためには
何かを変えなければならない。

当時 私たちが造っていた酒は

お世辞にも
質がいいとは言えませんでした。

味や香りを楽しむというよりも
ただ 酔えればいい。

そんな酒だったのです。

(桜井)相手を酔いつぶしてしまう…。

酔いつぶしてしまうことが なんか
お酒の飲み方みたいな感じの…。

そんな酒を造り続けても先は見えている。

私は 全く違う日本酒を
造ろうと思いました。

こう かっこいい飲み方で
飲んでほしいよねみたいな。

それは 一体どんな酒なのか。

たどりついた答えは…

日本酒の最高峰 大吟醸。

今でこそ よく耳にしますが
当時 市場には

ほとんど出回っていませんでした。

米の外側を50%以上 削り
芯の部分だけを使って造ります。

米の雑味が取れ
すっきりした味になるのです。

これ すごい!

しかし そこまで米を削ると
繊細な扱いが必要になります。

麹をつくったり 発酵させたり

酒造りの あらゆる工程が難しくなり

わずかな失敗で味が台なしになるのです。

なんとか 最初の大吟醸が出来上がり
早速 みんなで飲んでみました。

香りはないし
口に入れたら とげとげしい

酸っぱいしね。

それでも私は
大吟醸造りを諦めませんでした。

全国の酒造りの名人たちが書いた
資料を取り寄せ

必死に研究を重ねました。

その中で 大吟醸造りを成功に導く
一つの方程式があることを知りました。

(安田)えっ 何だろう。

酒米の品種は 山田錦を使うべし。

発酵に用いる酵母菌は
熊本酵母を使うべし。

米は35%まで削るべし。

このうち 熊本酵母は
醸造協会に頼んで手に入れました。

問題は 山田錦と 35%。

山田錦は 地元山口では
生産している農家が少なく

なかなか手に入りません。

県外の農家を訪ねても 大手メーカーや
現地の酒蔵と契約していて

譲ってくれませんでした。

すいません!

そこで 私は山田錦の本場 兵庫県に
足を運び

必死に頼み込んで
なんとか かき集めました。

ありがとうございます!

残るは…

しかし 今の私たちにとって
さすがに それは難しすぎる。

まずは 50%の大吟醸を成功させよう。

翌年 仕上がった大吟醸を
再び飲んでみました。

すると…。

私も まずまずの手応えを感じました。

すっきりした味わいに
ふんわり漂う いい香り。

大吟醸の名にふさわしい酒が
できたのです。

更に ビッグチャンスが舞い込みました。

私たちの酒と同じ名前の
大関 旭富士が3度目の優勝。

横綱昇進を決めたのです。

祝賀ムードに乗じて…

潔いぐらい
のっかる気満々でいきましたね。

私は 大都会 東京に乗り込み
勝負を懸けることにしました。

造ってる方としたら
これはチャンスですもんね。

百貨店の酒売場に
旭富士を売り込んだのです。

しかし売り場には 全国の酒どころの
名酒が 所狭しと並んでいました。

特徴といえば 旭富士という名前だけ。

これといった売りのない私の酒は
相手にしてもらえませんでした。

社長になって6年
売り上げは ほぼ変わらず。

大逆転の始まりは
まだ はるか先のことでした。

改めて ここまで
この逆転グラフで振り返ってみましょう。

桜井さんが酒蔵を継いだのは1984年。

そして 1990年 お酒と同じ名前の
旭富士関が

横綱昇進を決めたことに便乗して
東京に乗り込んだ というところまで

ご覧頂きました。

もう 六角さんは お酒が大好きだから

見てる最中…。

もう 今 酒モードに 日本酒モードに

これ見てるだけで入っちゃいました。
そうですよ。

安田さん 驚いてるでしょ
今 結構 日本酒お好きで…。

もう 大好きです。
だから日本酒といったら山口県で

そのイメージで固まってたんで。

今日は その逆転劇を
より詳しく見ていこうということで

日本酒の専門家 上杉孝久さんに
お越し頂いています。

よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

桜井さんが東京に売り込みに行った時の
日本酒の取り巻く環境 状況って

どういう感じだったんでしょうか?
1990年代ですよね。

そのころっていうのは 東京でさえ
ほとんど大手のお酒

ですから 灘の酒とか広島の酒とか

それから地方の酒でも
テレビCMが流れてるような酒

そういったものが やっぱりいい酒だと
いうふうに思われてたわけで

東京って 特に
いろんな地方からも集まってくる中で…

はあ~ なるほど。

旭富士が横綱昇進決めて
いけるってなったんですけれども

当てが外れましたね。

旭富士関って 青森県の出身でしょ。

…の大関の旭富士。

だから…

お願いしに行って 見事に…

たくさんありますからね あちらにね。
なるほど なるほど。

そうか おいしいのが
いっぱいあるんですね。

だから わざわざ
何で名前が一緒ってだけで

あんたのとこの酒なんか
うちが飲まなきゃいけないのと。

地元で全然できるよって追い返された。

それが想像つかないところが
うちが なんとかなった理由。

なるほど!
ちょっとポジティブというか…

(桜井)鈍感力なんですかね?
なんて言ったらいいんだろう…。

一生懸命オブラート探してるよね。
いい意味の ポジティブな意味の。

そうですね ストレートに言うと…

あの すごい厳しいバトンを渡されて
よし 闘おうと思うのって

ある程度のお気楽力みたいのないと

もう うちでやめた方が
いいんじゃないかって

ブレーキ踏むタイミングありましたもん。
あの時点で酒蔵を閉める方が

普通の経営者の感覚ですよね。

優秀な経営者だったら そうするはずで

だけどまあ 優秀じゃなかったんですね。
いやいやいや だからもう…。

(安田)諦めないんですね。
諦めずに お気楽が故に

今の奇跡が起きてるわけですよ。

地元の人もほとんど飲んでないっていうの
あれ ショックですね。

そうですよね。 これ どうするんだろう
っていうのはありましたね。

例えば どういうところが
あれだったんですか?

売れない理由? 例えば だから
同業他社と比べて

値引きが少ないとかね
お皿とかグラスがついてないとかね。

(六角)そういうことなんだ…
付属品の理由だったりするんですね。

味じゃなくて…。

その当時はね
味とかって考えてないんですよ。

そのころね 日本酒ってね
おいしいから売れるって感覚

あんまりなかったんです。 それは
大メーカーも地方メーカーもみんな一緒。

一所懸命 お酒屋さんとか流通に
お願いすることによって

売っていくという感覚。
もうほんとに 酔うためのね…。

そうですね。
酔いつぶすための飲み物なんて…。

そうだったんですね。

茶わんと日本酒が こう置いてあって
つまみなしみたいなイメージが

なんか あるんですね 昔の日本酒には。

確かに僕らの記憶でも
日本酒って ほんとにもう

とにかく 酔って ベロンベロンになって

ぶっ倒れるための道具というか。

そういうイメージだったものを
変えなきゃいけないっていう

はしりなんですかね そしたら。

そこにいたら…

いろんなこと いっぱいやった。

他にもいっぱいやった中で…。
で その中で

純米の大吟醸に だんだん だんだん
移っていってる。

だって 酒というのは 必ずしも
生存に必要なものじゃないでしょ?

まあ そうですかね… はい。

(笑い声)

私も割と…。
私は どちらかというと

日常生活 自分の中では
必要なところがあります。

(桜井)ありがとうございます。
私も必要です。

この二人を動かすエンジンです。

…って書いてあります。
(笑い声)

燃料として生きている方もいますけども。
(安田)ないと無理。

ということで大吟醸 どんな味なのか
試飲して頂こうと思います。

お仕事ですんでね。
ええ~ いいんですか?

(六角)これは仕事で飲んでいいんですね?
はい。

(安田)うれしい~!
六角さんから じゃあ どうぞ。

香りからいいですか?

お酒 好きなんですよ 六角さんが。
ああ でも いい香りです。

やっぱり フルーツもちょっと入ってます。

おお… いいっすね…。

うまそうに飲むな。

切れ味と酸味が しっかり前に
最初にプッと出てきますね。

ありがとうございます。
(六角)そのあとに スルッと こう

甘みも あとからついてくる感じが…。
六角さん。

えっ?

(笑い)
こんな いいコメント…

俺 震えてきた… あんな完璧のコメントの
あとに 俺 最後に飲むんだと思って。

さあ 安田さんもいってみたら…。
なんか 変なプレッシャーが…。

大丈夫 いや 素直な感想よ。
日本酒好きなら おいしいでいいんですよ。

そうですよね いただきます。

でも ほんと いい香りします 華やかな。
日本酒 大好きなんですって。

いただきます。

う~ん…。

香りと口当たりと あと口に入ってる時と
飲んだあとの変化していくのが

すごく味わい深い ひと口ですね。

まずい それこそさぁ…

言わせて下さい!
なに その「変化」とか。

山ちゃんが どんどん
言うことがなくなってきた。

どうしようかな… じゃ 頂きますね。

(笑い声)

いや ほんとありがとうございます。
これが でも…。

45%。
45%…。

これ やっぱ 大吟醸造りって
難しいんですか?

あの やっぱり まず一つ一つの作業の
精度が高くなきゃいけない。

もう一つ言うとね 普通のお酒だったら

まあ この程度で いいや
みたいなとこがあるでしょ?

でも こういう酒はね いくとこまでいけ
みたいな感じになってっちゃって

自分で自縄自縛というか
自分を縛り始めるんです。

なるほど! よりストイックに
もっといける もっといけるって

気持ちにさせるんですか
この日本酒を造るということは。

へえ… これに出会うと グラフ的には

もうじき バンと跳ね上がる
直前ぐらいですか? これは。

って 思うじゃないですか。
これに たどりついた…。

もう ほぼゴールなんじゃないかと。
違うんです。

再び 逆転グラフをご覧頂きますと
桜井さん ここです。

まだ 顔 青ざめてますよね。 先 長いです。

(安田)厳しいんですね。
このあと 桜井さん

一体 どんなドラマがあったんですか?
まあとにかく 何でもやるんですよ。

何でもやる… 何でもやって
みんな失敗しちゃうんですけど

中には いいこともあって 是非 次の…。
(安田)気になる。

旭富士という名前には 山口の二級酒
というイメージがついて回る。

私は 心機一転
新しい名前をつけることにしました。

思いついたのが これ。

何と読むのか分かる人は ほとんどいない。

それを逆手に取り 興味を持ってもらおう
というもくろみでした。

更に もう一つ。

私は前回断念した
あのキーワードに

挑戦することにしました。

それまで造っていた大吟醸は
米の外側を50%削るものでしたが

それを 更に削っていく。

しかし このころ 他の酒蔵から

精米歩合 27%の大吟醸が
発売されていました。

私は決めました。

米を25%まで削ることにしたのです。

ここまでやれば 胸を張って
酒の特徴をアピールできる。

(安田)贅沢ですよね。

早速 米を削り始めました。

そのさなか たまたま営業をかけていた
東京の酒屋で

ショッキングな事実を知らされたのです。

こんにちは。
ああ どうも。

えっ!
(安田)あと1%!

(六角)そんなん あるんだ。

これ。

ああ…。

(六角)24だ。

ありがとうございます。

私は急いで
精米担当者に電話をかけました。


しかし 米を削れば削るほど
おいしい日本酒ができるのかといえば…。

もちろん そんなことはありませんでした。

しかし かといって
諦めようとは思いませんでした。

米を限界まで削ったことで生まれる
透明感。

そこに 新たな可能性を感じたのです。

…みたいなものは
ほの見えるんですよね。

たとえ何年かかっても
この酒の可能性を追求したい。

米を削れば 雑味がなくなり

すっきりとした味わい
切れのある喉ごしが生まれます。

そこに 米の華やかな香りや甘みを
絶妙なバランスで残したい。

その決め手となるのが
米のでんぷんを糖に変える麹菌や

その糖をアルコールに変える
酵母菌などの微生物。

難しいですよね。
(安田)生き物ですもんね。

酒造りの工程に合わせ 温度や湿度を
精密にコントロールすることで

微生物を最高の状態で働かせたい。

私は思い切って大枚をはたき
最新型の空調設備を整えました。

更に 米の配合や酵母の種類
さまざまな可能性を

ひたすら試しました。

3年が過ぎ 5年が過ぎ…。

少しずつ 酒の味はよくなっていきました。

そして 10年目。

それは これまで飲んだ
どの日本酒とも違いました。

澄み切った透明感
果物のような華やかな香り

そして 程よい酸味。

全てが 渾然一体と
バランスをとっていたのです。

新たな酒は 日本酒の常識を
打ち破ったと

高く評価されました。

売り上げは急増。

女性客の心も捉えました。

酒蔵を継いで20年。

ようやく光が見えましたが
売り上げは まだ3億円。

私はここから 新たな挑戦を始めます。

この日本酒を武器に
ニューヨークに乗り込む。

苦労して造り上げた酒を 世界中の人に
楽しんでもらいたいと思ったのです。

そして 田舎酒蔵の大逆転をかけた
勝負のときが訪れるのです。

絶対にキーポイントになる人
今 階段から下りてきてますね。

我々には分かりませんでしたけどね。
(安田)雰囲気がありました。

すごいのが いや 今 VTRで
ギュッと まとめてますけども10年!

(安田)いや 長いですね。

スタートが むちゃくちゃ
ミーハーな理由ですからね。

「日本一っていうさぁ
称号欲しいんだよ!

だったら 24のよりも
下じゃなきゃダメじゃないか」っていう

それだけでですよね
23という数字にたどりついたの。

そうですね ええ。
手前でできる うちでとれる手段。

なるほど 日本酒という中で
日本一という称号とろうと思ったら

一番とりやすいのは ここだと。
そう。

これは でもね 面白さというか

それが 結局は おいしいお酒を
造ることになるわけじゃないですか。

やっぱり そこには値引きやお皿に頼らず
米と水だけで

そこに追求したからこそ やっぱり
結果が出てったんだと思うんですよね。

ありがとうございます そんなに
持ち上げてもらったらダメですよ。

あそこの冷蔵庫の中に 何か
たくさんあるなと思ったもんですから。

今日 収録来る前に 家でもう
あて作ってきてる…。

(笑い声)

さあ ここまでくると…。
そうなります?

やはり さっきは45% 飲みました。

23% 当然あるでしょと。
ありがとうございます。

(安田)やった~!
ほんと 皆さん

ジャーナリズム精神で飲みますから。
もちろんです もちろんです。

もう あのね ちょっと前から
六角さんからのアイコンタクト

もらってます まだかと。
出ないのかと。

さっき冷蔵庫にあった量は
絶対にあれは これもあるなっていう。

(笑い)
23%も。

あるんだろうと。
これ あてまでつけてくれたんですか?

そうなんです こちら…。

あてじゃない!
いや 俺も一瞬 あてかと思って

米の削りでしょ? これ。
あてではございません。

ピーナツとかじゃありません。
随分 渋いもので飲ませるなと思って。

まず 原料となるお米を
ご覧頂きたいんですが

真ん中が45%に精米したもの。

先ほど 飲んだお酒のもとが
そちらのお米ですね。

そして 右側にあるのが 更に半分の23%。

いや ちっちゃい もうまん丸ですよ。
直径およそ2ミリ。

(安田)ちっちゃくなる分
お酒ができる量も減りますか?

(桜井)もちろん減りますよね。
(安田)じゃ 倍お米が要るってことですね。

恐らく 一般的な酒蔵の常識の…

ええ めちゃくちゃお金かかる!
ええ~!

そんなに使ってるんですか!
(桜井)お金は かかりますよね。

ですよね。
説明の一個一個が

ものすごく喉を渇かしていく…。
早く飲ませろと。

もういいですか? そろそろ飲んでね。
お預け状態。

ということで
六角さんから味わって頂けますか?

どうぞ どうぞ 先に…。
いいえ 六角さん いって下さい。

いって下さい もう。
いいですか?                  はい。

ああ… この香りが
よりフルーティーな感じになりましたね。

フルーティーなんですね。
うん すごいフルーティーです。

いただきます。

はぁ~…。
うまそうだな。

切れ味も もちろんあるんですけども

味わいが広がってく速度が
先ほどより速いですね。

この フルーティーな味わいが
まず最初に

この スーッと グッと
押し寄せてくるというか

しっかりくるんだ これ。

安田さん いく?
いいですか?

どうぞ どうぞ。
いただきます。

(六角)すごい。

あっ でも確かに 香りが
さっきより強くなりました。

グッと。
磨いてるのに強くなるんだ。

はい いただきます。

う~ん… おいしい!

(六角)これは うまいですね。
ありがとうございます。

なんか 香りも強くなったし
甘みも更に増してて

濃厚なんですけど 切れ味が軽く
スッといくんですよね。

すごい不思議です すごい濃厚なのに
もったりしなくて スッと…。

プレッシャーで味が分からなくなる…。
味 分かんなかったら どうしよう。

ほんと 香りは すごいいい香り…
でも さっきもいい香りだったんだよな。

俺 差 分からないかもしれない
どうしよう。

あっ めっちゃくちゃ うまいね。

あっ 違うね ああ 違うわ! さっきと。

どんなところが?

(笑い)

さっきのも おいしかったのよ
さっきの おいしいと

また 違うおいしい。

俺 絶対ね 言いたくないセリフがあんの。

「飲みやすくて水みたい」っていうセリフ
よく言う人いるでしょ。

いますね。
俺 ああいう人見ると いつも思うの。

そうは言いたくない でも 飲みやすい。

これ 上杉さん
どうやって表現したらいいんですか?

いや でもね おっしゃるとおりで
これ 雑味が何にもないので

飲み飽きしないんですよ。

これ すごく人気でしたけど
どんな評価だったんですか?

百貨店の催事なんかでも 1週間で
300万~500万売れる時もあるわけですよ。

そんなにですか。
(上杉)はい。

それと やっぱり どんな料理にも
合わせやすいという部分で。

ちょっと 日本酒業界に革命を起こした
っていっても過言ではない…。

(上杉)やっぱり 今まで その
酒蔵っていうのは

伝統産業なので あんまりそういった
冒険ってしないところがあるわけですね。

例えば 35だと 結構あったんですよ
YK35っていうくらい。

だけど 35にこだわらなくて
2割3分までいったっていうところが

やっぱり すばらしいなと思いました。

最初はね そんな磨いてどうすんだ
意味もないのにって

随分 評価低かったですよ。

岩国税務署の署長さんにね
ちょっと来いって言われたの。

何で こんな米 もったいないこと
するんだって怒られたりね。

ただ それは私らからしてみたら
それが反対に糧になったんですね。

いや だから これはやろうと思って。

(桜井)そうそう そう。

で それと同時に やっぱり
可能性 感じたんですよね。

なんかあるな これは奥にという。

これは追求していけば あるなという。

じゃあ 自信は 最初からもう…。

いや 自信じゃなしに なんか
こっちの方にあるんじゃないかなという。

うっすらと見える光。
そうそう そうそう。

なるほどな… 一見 見たら
ネガティブに捉えそうなとこでも

全部 それが武器になるっていうふうに
こう お気楽に考えてたっていうのが

全て勝利につながったと。

これで もうグイッでしょ。
ちょっと見てみましょう 逆転グラフ。

桜井さんは 今… ここ あとちょっと。

もうちょっとだ。
大逆転前夜って感じぐらいにきましたか。

こっから じゃ
いよいよ奇跡の大逆転が始まると。

世界中 出てくわけですね。
世界 出ていこうとするわけですね。

ということは 世界で
あちこちで失敗するわけですよ。

その失敗の中に
きらめくような出会いがあった。

そういうこと。
へえ~。

私がまず 狙いを定めたのは
世界の文化の中心地 アメリカ…

ここで認められれば
ヨーロッパにも飛び火し

どんどん広まっていくはずです。

そのころ ニューヨークでは

日本食を出す おしゃれなレストランが
人気を呼んでいました。

私は思い切って そういう店に
自分で日本酒を持ち込み

売り込むことにしました。

Japanese alcohol.
(桜井)Yes!

それまで 海外に日本酒を売り込む際は

PRイベントなどに出品するのが
普通のやり方でした。

しかし そこには
ライバルが一堂に会するため

目立つのは なかなか難しい。

現地の卸会社に任せる手もありましたが
熱心に売ってくれるところは見つからず

結局 自分で販路を開拓したのです。

日本酒に慣れていないニューヨーカーたちは
受け入れてくれるのか。

私 英語は全くできないのですが
自分の言葉で必死にプレゼンしました。

その後も 何度もアメリカに足を運び
売り込みを続けました。

5年後には
私の日本酒を置いてくれる店が…

この時 酒蔵の売り上げは9億円。

ついに 大逆転に向けて
千載一遇のチャンスが訪れます。

世界の頂点に君臨する伝説のシェフ…

パリ そして東京と香港でも三つ星を
獲得した フランス料理界の巨匠です。

すごい人。

そのロブションさんが
偶然 私が営業に来ていたホテルに

やってくることが分かったのです。

引き寄せましたね!
(安田)ねえ 引きが強い。

私は彼に 面会を頼み込みました。

そして ホテルのロビーで
日本酒を試飲してもらいました。

(安田)ええ~ じきじきに!

すご~い!

ここだ 逆転人生のポイント。

ロブションさんは ひと口 飲んだだけで
立ち去ってしまいました。

やっぱりダメか… その時は
そう思ったのですが なんと…

ロブションさんが パリの店で

私の日本酒を
出してくれることになったのです。

(安田)6年… 忘れなかったんですね。

合わせるのは 和食ではなくフレンチ。

えっ? 合わないんじゃないかって?

ロブションさんは こう言ってくれました。

(安田)ええ~ あの瞬間に? 実は。

えっ こんなこと言われるの すごくない?

角がなく すっきり飲みやすい私の酒は

肉 魚 野菜 何にでも合うと
評価してくれたのです。

私の日本酒の評判は
一気に国境を越え始めました。

すげえ!
(安田)世界で。

世界25の国と地域で
飲まれるようになったのです。

へえ~!

更に その評判が日本に逆輸入。

海外で評判の日本酒を飲んでみたいと
注文が殺到するようになりました。

田舎の酒蔵の生産能力では
とても対応できない。

造っても造っても
あっという間に売り切れる。

思い切って 更なる大博打に出ました。

地元 岩国に…

大量生産に打って出たのです。

空調管理を徹底することで
一年を通しての生産が可能です。

もちろん 品質は絶対に下げません。

酒を仕込んだ全てのタンクを
毎日 厳密にチェックします。

売り上げは爆発的に急上昇。

35年前は1億円。

それが去年 135億円を突破したのです。

(拍手)

すごい!
すご~い!

ロブションさん あれ 多分
うますぎて声も出なかったのかな?

恋に落ちてたんですよ あの時。
(六角)感動して声が出なかった。

上杉さん この 桜井さんが
海外の市場を開拓したことで

日本酒業界全体には
どんな影響があったんでしょうかね?

まずね 今までの日本酒業界って
海外行く時も

海外の和食店 それから日系のスーパー
ていうところに出してたんですよ。

でも 桜井さんの違うところは
外国人が行く店に

レストランでも何でも
そこに開拓したというところが

やっぱり すごく違うところなんですね。

そうか 海外の方々は
それで日本酒に触れて

更に じゃあ このね
桜井さんとこ以外にも

日本酒って何があるんだろうと思って
いろんな日本酒に興味持って

日本酒業界全体を世界が持ち上げてくれる
ってこともあるわけですよね。

まさにね 砕氷船みたいな感じで
全く今までのない市場のところに

突き進んでいかれてるなっていうのが
ずっと見てて そう思ってたんですね。

なるほど… でも 最初はね 奥様も
「泥舟だ」って言ってましたけども

今の あの立派なビル見たら もう…

やっぱりね どんどん どんどん
たくさん造って

品質落としたらダメですよ で
お客さんにお届けするという

これ ほんと大事なんじゃないですかね。

(笑い)
ありがとうございます。

ただね 売り上げのために うち
やってるわけじゃないですから…。

情けない!

よこしまな気持ちが。

海外に日本酒を広める取り組み。

攻めの姿勢は変わりません。

ニューヨークに酒蔵を建設する計画です。

完成予定は来年。

一升瓶換算で…

…を生産します。

一方 国内では大きな試練もありました。

去年7月の西日本豪雨。

工場は浸水と停電に見舞われ
生産中止に追い込まれました。

昔の弱小酒蔵の頃だったら
とても耐えられなかったと思います。

しかし 今はびくともしません。

みんなで土砂や がれきを撤去し…

…にこぎつけました。

社員は現在 140人。

私が社長を継いだ頃と比べ
20倍以上に増えました。

平均年齢 31歳。

8割が 地元 山口採用の若者たちです。

ふるさとを活気づける会社に
育てられたことは

私の小さな誇りです。

これからも 若者たちと酒造りに精進し

この田舎から世界に羽ばたく日本酒を
磨き上げたいと思っています。

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