NHKスペシャル「誰があなたの命を守るのか“温暖化型豪雨”の衝撃」200人以上の犠牲者を出した西日本豪雨から…



出典:『NHKスペシャル「誰があなたの命を守るのか“温暖化型豪雨”の衝撃」』の番組情報(EPGから引用)


NHKスペシャル「誰があなたの命を守るのか“温暖化型豪雨”の衝撃」[字]


200人以上の犠牲者を出した西日本豪雨から1年。「温暖化型の豪雨」の脅威が明らかになってきた。新たな局面に突入した豪雨災害からどう命を守るのか検証する。


詳細情報

番組内容

200人以上の犠牲者を出した平成最悪の豪雨災害「西日本豪雨」。国や自治体の大規模調査、研究機関の最新研究から、その全貌が浮かび上がってきた。明らかになったのは「温暖化型」とも言うべき、新たな局面に突入した豪雨災害の脅威。全国のあらゆる地域が、西日本豪雨の被災地と同様の浸水リスクに晒されていることがわかったのだ。かつて経験したことのない豪雨からどう命を守るのか、最前線からの報告。

出演者

【語り】広瀬修子




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NHKスペシャル「誰があなたの命を守るのか“温暖化型豪雨”
  1. 避難
  2. 浸水
  3. 西日本豪雨
  4. 避難情報
  5. 決壊
  6. 当時
  7. 避難スイッチ
  8. 避難勧告
  9. 支流
  10. 情報
  11. 水位
  12. 大島
  13. 地区
  14. 自宅
  15. 地域
  16. 発災
  17. 異変
  18. 被害
  19. 環境
  20. 気付


『NHKスペシャル「誰があなたの命を守るのか“温暖化型豪雨”の衝撃」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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うわうわ うわうわ うわうわ。

温暖化型の豪雨と呼ばれる
新しい気象災害が

日本を襲い始めています。

3 2 1。

あなたの家が その豪雨に襲われた時
何が起きるのか。

浸水した住宅からの避難を検証する
初めての実験です。

浸水開始から 僅か1分30秒

畳が浮き始めました。

20分後…。

家具に阻まれ 避難は困難になりました。

♬~

(雷鳴)

地球温暖化による異常気象が
私たちの命を脅かす時代。

その脅威を突きつけられたのが 1年前。

西日本豪雨でした。

西日本の広域で
観測史上最多の雨量を記録。

土砂崩れや 河川の氾濫によって

270人もの命が奪われる
平成最悪の豪雨災害となりました。

(泣き声)

今 最新研究で 全国各地の都市部が
西日本豪雨のように

広域で浸水する危険性を
抱えていることが

明らかになってきています。

そして 国は 西日本豪雨によって
行政による支援の限界を認め

災害から命を守るのは
住民一人一人だと明言したのです。

甚大な被害を招く
温暖化型の豪雨によって

私たちは どんな事態に直面するのか。

どうすれば
豪雨災害から身を守ることができるのか。

西日本豪雨から1年。

命を守るために 私たちからの提案です。

地下に向かって
非常に激しく水が流れ込んでいます。

年々 進行する 地球温暖化。

その象徴とされてきたのが
突然 局地的に襲うゲリラ豪雨です。

気象庁 気象研究所の川瀬宏明主任研究官。

西日本豪雨は 温暖化による
新たな脅威を突きつけたと指摘します。

当時の降水量の蓄積を示した
グラフです。

6月28日 雨が降り始め

7月3日までに 多い所では

500ミリもの雨が
降っていました。

ところが 温暖化型豪雨の
本当の怖さは それからでした。

7月5日から8日にかけて
雨は 更に激しく降り続き

総雨量は 観測史上最多となる

20万8, 000ミリを記録しました。

長期間 しかも 広域に
莫大な量の雨をもたらした西日本豪雨。

気象庁は

個別の豪雨に対して 初めて

地球温暖化の影響があったと
指摘したのです。

温暖化によって 近年
雨量が どれだけ増加しているのか

気象研究所は
シミュレーションを行いました。

7月の 24時間の最大雨量を

100年前と今とで
比較した結果です。

オレンジの棒は
5から10%

赤い棒は 10%以上
雨が増えた地域です。

温暖化によって
今 日本列島に降る雨の量は

確実に増加しているのです。

温暖化型豪雨の新たな脅威を突きつけた
西日本豪雨。

かつてない河川の氾濫に襲われ
深刻な被害を出した

岡山県倉敷市真備町です。

東京ドーム20個分の
大量の水が押し寄せ

町の3分の1が浸水しました。

2, 300人が孤立。
犠牲者は 51人に及びました。

なぜ 西日本豪雨は
平成最悪の豪雨災害となったのか。

私たちは この1年
亡くなった人の家族や知人を訪ね

当時の状況を取材してきました。

その結果
犠牲者の8割が自宅で

しかも 1階部分で

亡くなっていたことが
分かりました。

なぜ 死者は
1階部分に集中していたのか。

なぜ 2階に避難できなかったのか。

小松美佐子さんも
自宅1階で亡くなりました。

去年7月の映像です。

独り暮らしだった小松さん。

寝室のベッドのそばで見つかりました。

娘の明美さんです。
隣の家で暮らしていました。

そこで 食事を3人で。 和室なんで。

6日の夜 母親と一緒に夕食をとった
明美さん。

その時の時間雨量は4ミリで

危険が迫っているとは
全く感じなかったといいます。

明美さんは 夜10時に母親を隣の家に送り
0時に就寝しました。

南北に高梁川
そして 東西に小田川という

2つの一級河川が流れる 真備町。

亡くなった
小松さんの家は

一番近くの
支流からも

500メートル
離れています。

当時の浸水の状況を分析した
シミュレーションです。

午後11時過ぎ
支流から 水があふれ出します。

そして 深夜0時ごろ。

西側の支流が決壊し
一気に浸水が広がります。

まさに その時 堤防を走っていた車の
ドライブレコーダーに

決壊の様子が記録されていました。

わお! わお! あ~! 行けん!

行けん これは…。

ふだんは
ほとんど水が流れていない川が決壊。

濁流が流れ出していたのです。

そのころ 小松さんの家の
東側を流れる支流も決壊します。

川の近くにある住宅の2階から
その様子が撮影されていました。

莫大な量の水が
住宅街に流れ込んでいきます。

水が 小松さんの家に押し寄せたのは
午前1時。

その後 一級河川の小田川も決壊し
小松さんの自宅周辺は

瞬く間に
のみ込まれていきました。

2階で寝ていた娘の明美さんが
異変に気付いた時

1階は
既に膝の高さまで浸水していました。

母親を救い出そうと
隣の家まで たどりついた明美さん。

しかし ドアは全く開かず
助けることはできませんでした。

気付いた時には
どうすることもできないほど

浸水のスピードは 速かったといいます。

猛烈なスピードで進んだ浸水。

犠牲になった人たちが直面した
当時の状況が

最新の研究から明らかになってきました。

河川の災害に詳しい 二瓶泰雄教授です。

真備町で浸水被害に遭った家の
1階部分の間取りや家具の配置を再現。

そして 住宅街に流れ込んだ水の量を
厳密に解析し

浸水が どのように進んだのか
検証しました。

浸水が始まって 1分30秒。

水位が6センチで 変化が現れました。

敷かれていた畳が 浮き始めたのです。

多くの人は この段階になるまで

浸水に気付かなかったと証言しています。

その後 水位は一気に上昇。

20分で 80センチを超えました。

重い家具まで浮き上がり
倒れてしまいました。

この状況で 避難は可能なのか。

高齢の女性に協力してもらいました。

3 2 1 0。

浮いた畳や 倒れた家具で
避難のルートを確保できません。

しかも当時は深夜で 真っ暗でした。

2階に上がることさえ難しかったと
考えられます。

気密性の高い現代の住宅では

部屋の内側と外側で
水深に差が出来やすくなります。

この状況では ドアを開けることも
困難になります。

若い男性が 力いっぱい押しても
水圧のため 開きません。

開かないです。

閉じ込められたまま 水位は上昇。

高い所では 2階まで水に浸かりました。

真備町と同じように

3メートルを超える浸水が
広範囲にわたって起きるリスクを

全国各地が抱えていることも
分かってきました。

国が行った
最新のシミュレーションです。

想定されうる最大の雨量で
河川が決壊した場合

浸水が どの範囲まで及ぶかを
示しました。

色のついた場所が

浸水の可能性があるとされている
地域です。

西日本豪雨の被災地と同じ
リスクは

全国各地に及んでいました。

東京を抱える関東平野。

そして 名古屋 大阪。

全国のあらゆる都市部で
危険な地域が広がっていたのです。

気象災害が新たな局面に入った
西日本豪雨。

行政の従来の対応では
住民の命を守りきれないことも

分かってきました。

倉敷市が
真備町全域に避難勧告を出したのは

発災の2時間前の 6日午後10時。

夜遅く 発災の間近になってからしか
勧告を出せませんでした。

更に 高齢者など 災害弱者のための
避難準備の情報は

出すことさえできませんでした。

私たちの取材によって

亡くなった51人のうち 実に48人が
災害弱者だったことが

明らかになっています。

倉敷市は この1年

当時の対応について
検証を続けてきました。

市は 避難情報を出すかどうかを

真備町の中心部から10キロ上流にある
隣町の観測所の水位で

判断することになっていました。

これまでは この仕組みで
避難情報を出せば

大きな被害につながることは
ありませんでした。

なぜ 今回は 通用しなかったのか。

当時の観測所の水位です。

夜8時を過ぎても

避難準備の情報を出す目安となる
水位には達していませんでした。

しかし 9時を過ぎて
水位が一気に上昇。

避難準備の情報を出せないまま

避難勧告を
発令せざるをえなかったのです。

更に もう一つ 落とし穴がありました。

堤防の決壊で
大きな被害を出す原因となった支流。

この規模の川には
水位計がないことが普通で

真備町にもありませんでした。

倉敷市は 当時 流域の雨量から
洪水を予測するシステムで

支流の監視を続けていましたが
危険度は低いままでした。

しかし 市も住民も気付かないうちに
危機が迫っていたのです。

当時 高梁川の水位が上昇。

合流部で流れが せき止められ
小田川の水位も上昇し始めました。

バックウォーターと呼ばれる現象です。

高梁川と小田川の合流部で起きた
バックウォーターが

今度は 小田川と支流の合流部でも
発生します。

そして 支流の水位も急上昇し
次々と決壊していったのです。

これまでの自治体の
河川の監視体制では

西日本豪雨の危険性を把握することは
難しかったのです。

今回 私たちは
西日本豪雨で犠牲者が集中した

広島 岡山 愛媛の
3県全ての市町村について

詳細な調査を実施しました。

水色の山の高さは
降った雨の量を示しています。

水害が起きた137の地区で
時間ごとの雨量の変化を見てみます。

7月6日から7日にかけて
多くの地区が

雨のピークを迎えていたことが
分かります。

ここに 避難勧告が出された時刻と
発災した時刻を重ね合わせます。

発災した時刻でそろえると
それぞれの地区で

発災から どれくらい前に
避難情報を出せていたのかが

比較できます。

避難の準備も含めると
避難勧告から発災まで

少なくとも2時間は必要だと
いわれています。

その時間を確保できなかった地区は

被災3県で 40地区に
上りました。

更に 避難勧告を 発災後にしか
出せなかった地区が

21もあることが分かりました。

一方 避難勧告から発災までの時間が
十分あった地区でも

思いも寄らない事態が
起きていたことも分かりました。

避難勧告から長時間たって
雨が おさまったにもかかわらず

突然 発災し 被害が拡大した地域が
少なくなかったのです。

真備町の東側の地域も その一つです。

最初の発災の時には
浸水は狭い範囲に限られていました。

夜が明けた7日朝

この地域では
ほとんど雨が降っていませんでした。

特に何の緊迫感もなかったと思います。

多くの人が 被害を受けずに済んだと
思っていたにもかかわらず

新たな危険が迫っていたのです。

当時の状況を
写真に記録していた女性です。

目を覚ました時には
全く浸水していなかったといいます。

しかし 7時ごろから
徐々に浸水が始まり

昼ごろには 2メートル近くにまで
達していました。

新たな浸水によって 東側の地域では
16人の命が奪われました。

これが 長期間 広域で大量の雨が降った
西日本豪雨の被害の

もう一つの特徴でした。

長雨の影響で
高梁川と小田川の上流では

7日朝までの48時間で

観測史上最多の雨が蓄積されていました。

その雨が
時間差で真備町に押し寄せたのです。

真備町内の浸水は広がり

水深は
最大5メートルにも達しました。

そして 小田川の支流では
思いがけない事態が起きます。

水圧に耐えきれず
それまでに決壊していた場所の

対岸の堤防が新たに決壊。

浸水の少なかった東側の地域まで
のみ込んでいきました。

長期間降り続く 莫大な量の雨が
引き起こす 大規模な浸水。

更に 雨が広範囲に降ることで
時間差で起きる浸水。

これまでの防災の考え方では
太刀打ちできない現実が

西日本豪雨によって
突きつけられたのです。

新たな脅威に直面し
平成最悪の豪雨災害となった西日本豪雨。

今年 国は
防災情報の出し方を変更しました。

警戒レベルを5段階に分け
レベル4で全員避難と決めました。

数字にすることで
情報を分かりやすくし

迅速な避難を促すためです。

更に 国は
避難のあり方を根本から見直し

行政依存からの脱却を打ち出しました。

行政主導の防災には 限界がある。

一人一人の意識を変える必要がある
としたのです。

「自分の命を守るのは自分」。

それが いかに難しいかを突きつけたのも
西日本豪雨でした。

とってきたよ。

広島市に住む 西本ミサ子さんです。

50年近く連れ添った夫を

土砂災害で失いました。

避難勧告が出た4時間後。

自宅に土砂が流れ込み
夫が巻き込まれたのです。

広島市では 23人が亡くなり
今も2人が行方不明のままです。

当時 広島市は
最新のシステムで災害に備えていました。

避難情報も 適切なタイミングで
出すことができたとしています。

災害の危険度は
およそ5キロメートル四方ごとに

判定します。

土壌の水分量や 予測される雨の量から

コンピューターが 10分ごとに
土砂災害の危険度を自動的に割り出し

避難情報を出していたのです。

しかし こうした避難の情報は
十分に生かされませんでした。

県立広島大学が 広島市の1, 000人に行った
アンケートの解析から

その実態が浮かび上がりました。

「避難した」と答えたのは 3.6%。

僅か31人にとどまりました。

しかも 避難の対象者のうち 93%の人が

その情報を知っていたにもかかわらず

避難していなかったことが分かりました。

避難情報を知っていても逃げない。

これこそが 深刻な課題であることが
浮き彫りになってきました。

なぜ 人々は 避難情報を知りながら
避難しないのか…。

流れ込んだ土砂で自宅が全壊。

今も避難生活を送る 大島愛子さんです。

7月6日の深夜 濁流の中 取り残され
レスキュー隊に救助されました。

大島さんの住む地区に
避難勧告が出されたのは

7月6日の午後3時25分。

大島さん一家は 全員が家にいて
避難勧告に気付いてはいました。

家族全員が
避難情報を 気にも留めませんでした。

大島さんの自宅は 住宅街の中。

山からは遠く 川からも
120メートル以上 離れているため

被害に遭うとは
考えてもいなかったのです。

避難行動を分析する 広島県の
研究チームの一人 坂田桐子教授です。

最新の防災研究では

実際に避難を行動に移す
きっかけとなるものを

避難スイッチと呼び

そのスイッチを
どうすれば早く入れられるかが

命を守るカギとされています。

県立広島大学の
アンケートの解析によると

避難した31人のうち 避難情報だけで
逃げた人は 8人しかいませんでした。

坂田教授は
住民が避難スイッチを入れるのは

容易なことではないと指摘します。

避難勧告から2時間半がたった
午後6時になっても

大島さん一家は
避難スイッチが入っていませんでした。

大島さん一家が気付いた 環境の異変。

実は これも 避難スイッチを入れる
重要なきっかけだといわれています。

環境の異変とは
川の増水や雨の降り方など

いつもと違う状況に気付くこと。

しかし 少しの環境の異変で
危険だと考えられる人は少なく

早めの避難行動に生かすことは
簡単ではありません。

アンケートを解析すると
避難情報に 環境の異変が加わることで

避難した人は増加します。

それでも まだ多くの人は

大島さんのように
避難行動を起こしていませんでした。

一家が
環境の異変を深刻なものと捉えた時

既に避難のタイミングを逸していました。

うわ!                       すごいね。
あの家 潰れるんじゃない? うわ!

午後7時過ぎ。

大島さんと同じ地区に住む人が
撮影した映像です。

大量の濁流が
住宅街に一気に流れ込んでいます。

決壊したよ。

実は山では 土砂崩れが起きていました。

莫大な量の雨が降ったため

その土砂が
徐々に下流に押し流されていました。

住宅街では
川底に土砂が堆積して浅くなり

流木などが押し寄せることで
川が せき止められました。

そこに 大量の雨が追い打ちをかけ

住宅街へと あふれ出しました。

こうして流れが変わり

大島さんの家にも
土砂が流れ込んだのです。

この直後 大島さんが
自宅の2階から撮影した映像です。

避難は 既に不可能になっていました。

避難スイッチを入れることが
できなかった 大島さんは

レスキュー隊に救助され 難を逃れました。

どうすれば いち早く避難スイッチを
入れることができるのか。

アンケートの解析から

避難情報と環境の異変という きっかけに
もう一つ要素が加わることで

早く避難できるケースがあることが
明らかになってきました。

今回の災害で 九死に一生を得た
小西眞里子さんです。

川の増水で自宅が流されました。

小西さんの住む地区に
避難準備の情報が出たのは

6日 午後2時8分。

小西さんは
川の増水が気になりましたが

避難までは 考えませんでした。

元気しとった?
元気しとるよ。

小西さんの避難スイッチを入れたのは
隣に住んでいた 田坂つや子さんでした。

その時ね。 私ね あの時…

この時
田坂さんの脳裏に浮かんだのは

以前 テレビで見た
各地の災害の様子でした。

過去の記憶が
避難スイッチとなり

田坂さんは
周囲に呼びかけを始めました。

小西さんは もう一人の友人も
避難する気になったため

ようやく 避難を決断しました。

もし 田坂さんたちの働きかけがなければ
家に とどまっていたと言います。

避難から2時間後 小西さんの自宅は

川に のみ込まれ 跡形もなくなりました。

避難情報 環境の異変に加え

避難スイッチを入れる
きっかけとなるのは

他者の行動 働きかけでした。

避難した人たちは
この3つの情報のいずれか

あるいは 2つが組み合わさることで
避難していたことも分かりました。

避難行動を検証する坂田教授は

この3つの きっかけを
自覚しておくことで

適切なタイミングの避難が可能になると
指摘します。

気象災害が新たな局面に入った
西日本豪雨から1年。

今 まさに
豪雨への警戒が必要な時期です。

全員避難を呼びかける
レベル4の避難情報は

今月 既に数十万人に出されています。

関連死を含めると
62人の犠牲者を出した倉敷市は

豪雨への備えを急いでいます。

1年前の教訓をもとに
真備町内の支流には

新たに水位計が設置されました。

この情報は インターネット上で
住民が いつでも見ることができます。

自治体からの情報を待たず

自らの判断で避難してもらいたいと
考えています。

広島市でも
さまざまな取り組みが始まっています。

この地域では
避難スイッチのきっかけとなる

他者の行動や働きかけを強化する
取り組みを行っています。

高齢者の連絡網を使って
電話で避難を呼びかけたり

自宅に迎えに行ったりする
仕組みを作りました。

(場内アナウンス)
「直ちに身の安全を確保して下さい」。

子どもたちの防災意識を高める教育も
始まっています。

バーチャルリアリティーを使った
土砂災害の疑似体験です。

(轟音)

「うわ。

山側の部屋に避難したら
危なかったな~」。

災害時 子どもたちが率先して働きかけ

家族に避難スイッチを入れてもらうのが
ねらいです。

(一同)自分の命は 自分で守ろう。

温暖化型豪雨という新たな脅威。

どうすれば 命を守ることができるのか。

西日本豪雨で
家族や家を失った人たちから

私たちへの提案です。

♬~



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