徹子の部屋 吉行和子~107歳で逝った母との丁々発止~母・あぐりさんが92歳の時に、母子でネパールを旅し…



出典:『徹子の部屋 吉行和子~107歳で逝った母との丁々発止~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 吉行和子[解][字]


~107歳で逝った母との丁々発止~吉行和子さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

女優・吉行和子さんがゲスト。今日は、母・あぐりさんが92歳の時に、母子でネパールを旅した様子を貴重映像で紹介!

◇番組内容

ここ最近、身体の故障に悩まされている吉行さんは独自のリハビリを編み出した。それはデパート館内を2時間歩き、体調を整えるというもの。吉行さんにとってデパートは安心で安全なリハビリの場だと語る。母・あぐりさんは97歳まで現役の美容師を続け、4年前に107歳で他界するまで個性的な生き方を全うした。母が息を引き取るまで自宅介護を続けた吉行さんだが、決して一筋縄ではなかった体験談をユーモアたっぷりに明かす。

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/




『徹子の部屋 吉行和子~107歳で逝った母との丁々発止~』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

徹子の部屋 吉行和子~107歳で逝った母との丁々発止~
  1. 本当
  2. お母様
  3. イヤ
  4. デパート
  5. 自分
  6. 部屋
  7. ネパール
  8. ハハハハ
  9. 大変
  10. 包丁
  11. 圧迫骨折
  12. 時間
  13. 新聞
  14. 全然
  15. 大丈夫
  16. 徹子
  17. 面白
  18. ダメ
  19. テレビ
  20. ヘルパー


『徹子の部屋 吉行和子~107歳で逝った母との丁々発止~』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(黒柳)現在 デパートで

怪我のリハビリを
してらっしゃるという

吉行和子さんに 今日は
おいでいただきましたので

いろいろ
お話を伺わせていただきます。

実は… 6年前でしたっけ? もう。

大たい骨 骨折。
(吉行)そうなんですよね。

もうちょっと
前だったかもしれません。

2回やりましたからね。
えっ?

最初は 大たい骨 骨折して…。
そうそう そうそう。

その次は 圧迫骨折っていうのを
やったんですよ。

それが4年ぐらい前。
背骨? それ。

ただただ 痛いんですよ。

そこで 大たい骨 骨折と
それから あとの…。

圧迫骨折。
圧迫骨折をなすったという事で。

でも 劇団時代には もう
大きな荷物なんか

バンバン
背負えたんですって?

そうなの。 それですからね
自信があったんですね。

もう本当に 半世紀も
経ってるにもかかわらず

自分は大丈夫だみたいな。

圧迫骨折の時は
すごく重かったんですよ。

友達の家で
食事会やるんで

私が買い物係でね
で いろんなもの買って。

最初 買ってる時は
ガラガラ押していくでしょ?

で ワインもいるだろうなと思って
何本か買って。

外へ出たら 自分で持たなきゃ
いけないじゃないですか。

これがないから。
ガラガラが… うん。

こりゃすごいと思ったけど
でも 自信があるから 昔の。

よし! って持って。

まあ その日は
何事もなかったんですけど。

もう 次の次ぐらいからは
全く動けなくなっちゃったの。

それ 骨折してたの? 背骨が。
そうらしいんですよ。

あら イヤだ… 怖いわね。

重いものも
持てなくなったっていうね。

昔 持てたのに。 悔しい。
もう 我が身を嘆きました。

そう…。 今のところは
お歩きになると痛いとこは 背骨?

今は大丈夫です。
今は大丈夫なの。

今は リハビリに励んでます。
でも 現在 そのリハビリ

デパートで してらっしゃる
っていうのは

デパートの中を歩くんですって?

「ともかくね
歩かなきゃいけない」って

お医者さんが
おっしゃるんですよ。

すぐ 骨がね 圧迫骨折なんかする
っていうのは

骨が傷んでるんだから もう
それはしょうがない 年だからね。

だけど 「ともかく歩いてください」
って言われて。

「1日2時間は歩きなさい」って
おっしゃるんです。

えー! 大変。
だけど 2時間 ただ景色見て

歩いてたって
もう退屈しちゃうんですよね。

危ないしね。 うん。
それで 思い付いて

デパートへ行こうと思って。

デパートだと
面白いものが いろいろあるし

グズグズ グズグズ 歩いてると…。
あっという間にね。

まあまあ 2時間は
なんとか もつんですよ。

それで 今ね
これは いい事 考えたと思って

寒くても 暑くても
デパートの中は

ちゃんと
エアコンが利いてるでしょ?

それで 今 楽しんでます。
あっ そうなの。

でも 何も買わないで
ただ歩いてる人だと

思われちゃわない? 大丈夫?
そうなの。

本当に買いたいものが
なくなっちゃったんですよ

年とともに。

若い頃はね… 若いったって
50くらいまではね

もう いろんな欲しいものがあって
目もキラキラして

デパートへ行っても
買い物してたのが

今は いくら
デパートの中 歩いても

なんにも
欲しいものがないんですよ。

あら イヤね それもね。
これは つらいですね。

食べ物の売り場もダメ?
いやー ダメですね。

大体… あなた そう
食べ物 ダメだものね。

ダメなんですよ。
だって 包丁がないっていう

お家だったじゃない…。
そうなの。

でも 今は 包丁は
1つあるんですって?

この間 伺った時は
ちょうど 包丁を買った時で

「買いました」って威張ってたら…
そうですね 3日か4日

ニンジン
切ったりしてたんだけど

これは合わないって 私に。
絶対 怪我すると思って。

たまたま友達が 欲しいって
言ってくれたから あげて

今は なしです。

包丁なし?
なし。

何がおかしいって あなた ほら

お茶なんか
絶対 誰にも出さないでしょ?

家に人を呼ばないんだけど

どうしても 人が来ちゃった時は

こういうコップの中に
お茶の葉っぱ入れて

お水入れて
で チンして出すって…。

そうなんですよ。
言ってた。 それしかやらないって。

それは 今でも…。

今は もう 本当に
友達 来なくなったから

助かってるんですけど。

自分のためにね
それは やります。

お茶の時…
ご自分が お飲みになるのでも

そうやってるの?
そうです。

まあ
ペットボトルでいいんですけど

でも たまたま
新茶とか いただくと

やっぱり 飲まなきゃと思って
そうやりながら

これは きっと 悪いなと。
新茶だって ちゃんとすれば

もっと おいしいんだろうなと
思いつつも…。

だって 急須とかなんか

やかんも
なんにもないんですもん。

しょうがないんです。

でも 包丁ないと困るのは
スイカなんですってね。

もう これがね 冨士眞奈美に
30年間ぐらい…。

30年は オーバーかしら。

20年は 嫌み言われてるんです。
どうしたの?

彼女のお友達の農家の…
農家かしら?

なんか わかんないけど
スイカ作ってる方が

「ものすごく立派なスイカが
できた」って言って

彼女と私に
送ってくだすったんですよ。

でも 私は困っちゃって。

玄関に ドン! と置いたら
持ち上げて 部屋にも入れないし。

大体 このようなものを

どうやって食べていいか
わからなくて。

ハハハハ…。
人にあげるのだって重いでしょ?

そうそうそう…。
だから 玄関に置いたまま

その時 ナイフしかないから。
あっ 包丁なかったのね。

ナイフで切ろうと思ったって
ツルッと滑っちゃうんですよ。

硬いから。
そうそう。

それで ナイフの…
突先っていうんですか?

あれで ちょん ちょん ちょんって
突っつきながら

やっと 半分に割れるまで
ものすごく時間がかかったから。

私が その話を
テレビで 2人で出た時ね

本当に スイカ送られたら困るのよ
っていう話をしたら

たまたま その方が
見てらしたらしくて

それ以来
全然 送ってこなくなったって…。

眞奈美ちゃんにも送って…?
送ってこなく…。

それをね
いまだに怒られてるんですよ。

もう
送ってこなくなっちゃったの?

そうなの。
送ってこなくなっちゃったの。

ハハハハ…!
それは 本当 悪かったなと

思ってね …はいるんですけど。
やっぱり

傷ついちゃったんでしょうね
その方がね。

うらやましいのは
あなたのお母様で

97歳まで
現役の美容師をお勤めになって

それで 4年前に
107歳で亡くなったって。

それまで お元気で。
はい。

ねえ? でも 本当に…。

『徹子の部屋』にも
出ていただいたんだけど

この時も メキシコかなんかに
いらっしゃった時の…。

徹子さんの事 大好きでね

テレビに出るとかいう
感覚じゃないんですね。

「今日は会える」
みたいなので

ウキウキして来てました。
そうそう。

とても楽しく
お話ししてくださった。

でもね すごい
面白いなと思ったのはね

あれだけの美容師で
いらしたんだけども

朝のテレビ小説『あぐり』の

主人公でも
いらっしゃるんですけど。

メキシコのピラミッドかなんか?
ええ。

あそこへ いらっしゃった時

「どうでした?」
って言ったら…。

あんなとこまで
いらっしゃってよ?

「どうでした?」って言ったら

「うん。 ああ 来たかって
そんな感じ」とかって…。

そうおっしゃってたけど
そんな感じ? いつも。

そう。 そういう感じなんですよ。

もう 必死でね…
どうしても行きたいって言うから。

私なんて 帯状疱疹に
なっちゃったんですよ

あまりの心配で。

それなのに 行く前に…
行く日の朝にチクチクしだして。

あなた?
それで お医者さんへ行ったら

帯状疱疹だって言われてねって
言ったら

「あら 大変。 みんな 心配するから
黙ってましょうね」っつって

全然…。
行かないって言わないの?

行かないっていうのは ないの。
それで連れていかれまして。

その時 お母様 ちょうど91歳?

91でしたね。
その時 メキシコに…。

その時のお話
ちょっと してらっしゃるので

ちょっと 本番で…
お懐かしいと思います。

ちょっと 見ていただきます。

「美容師の
草分けでいらっしゃって

大正14年から 美容師を
ずっとしてらっしゃる方で

今も現役で
やってらっしゃるんですが」

「メキシコ…?」
「はい」

「のんびりとしておりましてね
いい所でございましたよ」

「あっ! もうすでに…」
(吉行)「これが ちょうど

91段あるんですって言ったら
同い年だとか言って」

「大体 これが何百年前だって
言ったら

負けた! とか言ったりして」
(あぐりさん)「行きますまではね

上まで
上っていくつもりだったんです」

「眺めたら とてもね…。
とても とても…」

「ここの階段のとこに
お座りになった時には

どんな印象でした?」

(あぐりさん)「別に 大して
いろんな事も考えませんでした」

「とうとう ここまで来たか
ぐらいでしたね」

「でもね もっと いろんなものを
買ってくればよかったと思って」

「皆様に
いろんなの 差し上げればね」

「お土産?」
(あぐりさん)「うん」

「もういっぺん
行かれませんよね もう きっと」

「だって また
いらっしゃりたいとこが…

次に いらっしゃりたいとこは
どこでしたっけ?」

「えっと ネパールへ…

今度は この人がね
行くって申しますから

また くっついていって
困らせてやろうと思って」

そのあと 本当に
ネパールにいらしたのよね?

行ったんです。
すごいね。

でも 飛行機の中では ずっと
読書してらしたんですってね。

そう。 読書 ずっとしてるからね。

「家にいても 飛行機でも同じだ」
とか言って。

フフ… 素敵ね。

機内食も
全て召し上がったんですって?

もう全部 食べるんですよ。

91歳? その時。
その時はね 91歳。

92ですか ネパールは。
そうよね。 ネパール… 92。

初めての旅行の時…
お母様と ご一緒の時に

なんか お母様との距離が

とっても
縮まった感じがしたんですって?

そうですね。

本当に話し合ったりする
親子じゃなかったし

母も忙しすぎたから

ずっと 90歳まで
ほっぱらかしてたんですけど。

91になって やっと
少し暇になったからっつって

私の旅行についてきたんです。

あなたの旅行についてらしたのね
お母様がね。

すごいね でもね。 91。

それで 飛行機の中で
寝たりなんかしないで

機内食も召し上がるんだけど

本をずっと読んでらっしゃる
っていうのは すごいわね。

大体からして こんな小さいので
読めるの平気って すごくない?

そうです…
でも もちろん 眼鏡はね。

掛けてるかもしれないけど
やっぱり 読む時に大きい方が…。

でも 持つの大変だからね。
重いとね。

白内障の手術もしたんですよ
90後半に。

本当に?
だから 結構 本は読める…。

本が読めなくなったっていうんで
白内障の手術したんです。

あっ そうなの。
うん。

なんか お母様
91歳で冒険心に火がついて

それで 91歳から どんどん
海外旅行に 5回もいらしたって。

その中に
ネパールも入ってるのね?

で 92歳の時に
ネパールにいらしたと。

そこも VTRがあるので
ちょっと ご覧ください。

(ナレーション)「行く手に待ち受ける
大冒険の数々」

「日差しが強いわね」
「うん」

(ナレーション)「生まれて初めて
ゾウの背中に乗って

ジャングル探検もいたします」

「こんな初体験も ございました」

「和子さんは
もう 気が気じゃない」

「好奇心いっぱいの92歳」

「うわー…」

「キレイな色…」
「本当 お似合いですよ」

(吉行)「何やってるの? あなた
ちょっと見ない間に」

「ナマステ」

「すごい!」

「97の時に
まず注意するんだって」

「それから次はね
101の時も注意するんだって」

(通訳)「101の時に
注意するのができれば

103までは問題ないです」

「そんなに長く生きて…

そんなに長く生きててね
独りぼっちにならないかしら?」

「ないって」

「娘と一緒に ずっといられるって。
ハハハハ…!」

可愛い。
行きましたら

母の年代を聞いて 困っちゃって。
そのおじいさんなんですけど。

「ちょっと待ってください」
っつって

引っ込んで
なかなか 出てこないのね。

きっと… それぐらいの年の人の
経験がなかったらしいんですよ。

それで やっとこすっとこ
なんか 探し出して

それから占ってくだすったんです。
そうよね。

それが ナントカ回りとか
いろんなのがあって きっとね…。

せいぜいさ 90…
80とか そのぐらい…。

80代ぐらいならね
あるかもしれないけど

そんな 100も…。
1907年ですからね。

ハハハ… 無理ですよ。
そう。

易者さんも困ったという。
でもね ああいう風に

お元気なお母様で…。
私 お母様 本当に好きだったわ。

なんかね 私が見るとこによると
すごく色っぽい感じがしたの。

それが不思議ですね。
全然 感じませんよ 誰も。

私 感じたの。 ものすごい
セクシーだなと思ってね。

それはね 本当 不思議ですね。

なんで 徹子さんが
そんな事を思ったのか。

私 あなたのお母様見て
いつも そう思った。

なんてセクシーなんだろうなと
思って。 ずっと そう思って。

だから とっても
お母様の事 好きだった 私。

そういった意味でもね
魅力的だなと思って。

だけど 97歳の時に 軽い脳梗塞?

そうなんです。 さっきの占い師が

「97で何かありますよ」って
おっしゃったんですよ。

あっ そうなの?
そしたら なったから

あら! すごいとか思って。

「103で死ぬ」って
言われてたから

103まで頑張んなきゃと 私がね
思ってたら

どんどん どんどん
通り越しちゃったんですよ。

最終的には?
107歳まで。

そう。 でも 107歳の時は

100歳から7年間?

107歳まで 自宅で看護…。
そうですね。

介護なさったんで
なんか ヘルパーさん

すごい人数に
なっちゃったんですって?

大変でしたね。
ヘルパーさん自身は みんな

本当に いい人ばっかりだった
らしいんですけれど。

彼女たちも 「こんな楽なとこは
ありません」って

言ってくだすったんですけど。

24時間体制ですから
代わってもらうわけですね。

その代わる…
なんていうんでしょうね?

バトンタッチをする人たちが

気に入らない人が
いっぱい出てきちゃって。

あの人はイヤ この人はイヤって
なっちゃうんですよ。

お母様がイヤなの?
いや 母は なんにも言わない。

その方たちが
イヤになっちゃうのね。

そうなんです。 それで
母は なんかあるはずだと思って

誰もいない時に「なんかあったら
言いなさいよ」とかって言うと

「いいえ。 ありがたいと
思っております」とかって

せりふみたいに言っちゃって。

なんにも言いませんでした。
本当に?

じゃあ そういう
ちょっとイヤな事も

あったかもしれないの…?
そうですね。 あったはずですね。

でも 30人ぐらいに
なっちゃったんですって?

ヘルパーさんが代わって。

すごいですよね。
だから 長生きすると大変…。

大変ですね。
それは つくづく思いました。

でも 『徹子の部屋』は大好きで
最後まで見ててくださった…?

そう。 ベッドの前に
ちっちゃいテレビを置いてまして

『徹子の部屋』だけは
必ず ヘルパーさんにも

その時間につけてねって
お願いしておいたから

それは見てて 喜んでました。

本当? よかった。
少しでもね お慰めできればね

そんな うれしい事なかった。

だから 自分も
あそこに行ったと思って

思い出してたんじゃ
ないでしょうかね。

本当に ここにいらした時なんか
全然 お元気だったもんね。

そう。
フフフ…。

面白い… いろんな事の形容がね
お母様らしいっていうか。

あまり 他の人がしないような
形容詞も お使いになるしね。

そうですね。
結構 おかしい人でしたね。

面白いと思う。
ハハハ…。

でも その 107歳で亡くなるまで

頭脳明晰だったんですって?

頭がね しっかりしてて

これも可哀想だと思いました
かえってね。

体が弱ってくるのに?
もうね…。

で 私も もう本当
疲れちゃっていますから

仏頂面してるんですよね。

「あなた
私が早く死んだ方がいいと

思ってるんじゃない?」とかって
言いますから

「そういう事はね 私が思ったって
どうにもならないんだし

神様が決めてくださるのよ」
って言うと

「うんうん いい答え見付けたわね
頭いいじゃない」とかって

言うんですよ。
ハハハハ…! 相当だね。

だから
もう 本当に 気が抜けなくて。

かといってね ニコニコしたりね
「大丈夫?」とか言うとね

「リップサービスは お断り」
とかって言うんですよ。

ハハハハ…!

だから どうしたらいいのか
わかんない。

なんかさ 黙って考え事をしてて

「何 考えてるの?」って聞くと
「秘密」って。

本当なの? それ。
そうなんですよ。

もう 本当にね
憎らしいヤツでした。

でも ほら やっぱりさ
100歳以上の人が考えてたら

何 考えてるのかって
知りたいじゃない? やっぱりね。

そうなんですよね。
なんか 暇なんだから

いろいろ 昔話でもしてくれるかと
思うんですけど

絶対しませんでしたね。
本当に? 「秘密」って言うの?

秘密なんです。
ハハハハ…!

新聞は読んで… ずっと 新聞は
読んでらしたんですってね。

新聞は
読む自分が好きって感じでね。

ああ そう?
最初は本当に読んでたんですけど

その後は 読んでるかな? って
ちょっと怪しいんですけど。

ともかく きたら
全部 パッと広げちゃって

ベッドの中でね。
ずっと広げて持ってるんですよ。

そういうのは やってました。

においも好きだったかも
しれないしね 新聞の印刷のね。

そうかもしれませんね。
そういうとこ ありますよね。

でも 本当に素敵なお母様だった。

でも あなたとしても
お母様の事がテレビになり

お母様が そんなに 皆さんに
もてはやされるようになると

思って
らっしゃらなかったでしょ?

そうですね。
本当に… 本当に そうですね。

不思議な人といたんだなって
改めて思いましたね。

よくさ あなたが 本当に
ごはん作ったりなんかしないから

心配して よく いろんなもの…
煮物やなんか

あなたに作ってくださって。
私 それが おかしくて。

もうさ それこそ
100ぐらいになってるお母様が

あなたに ごはんのおかず
作ってくださるとかって

言ってたじゃない。
そうですね。

退屈だから 朝 新聞 読んで
なんか 書いてあると

それをマネして作ったり。
ああ そう。

で 大根おろしは
体にいいっていうと…。

こんなに作ってくれる。
フフ…。

で あなたに食べさすの?
フフフ…。

あなたが また
なんにもしない人だっていうのが

お母様にとって なんにも…。
それについては

なんにも おっしゃらないの?
そう。 あの… だから

「自分がね 死んだら
あなたは どうするのか」。

「あなたが死ぬまで死ねないわ」
とか言うから

また ビックリしちゃって。

困ったな この人。 いつまで
生きてる気かしらと思って…。

フフフフ…。 そういう風に
おっしゃってたの?

でも まあ ご主人も亡くなって

それから 息子さんの
淳之介さんも亡くなって。

それから あなたの…。

妹とね。
妹さんも…。

皆さん すごい

芥川賞作家でいらしたんだから

その人たちの本は

ちゃんと
読むんだけどっていうのがね…。

その2人の事はね とても…

えっと なんていうんでしょう?

誇りに思ってたみたいですね。

私はガチャガチャ ガチャガチャ 外で働いてて

エッセーも
チャチャチャッと書いてるって

まあ
あれはあれでいいやぐらいな

感じでいましたね。

でも ちゃんと 和子さん…
あなたの本は

エッセーだから ちょっと読めば…
「1回読めば 結構」って。

そう。
「覚えちゃうわ」とか言ってね。

でも あなた 今度
初めて 家族の事を

お書きになったんですって?
本に。

そうなんです。 あのね
「家族の事を書きなさい」って

言ってくださったもんですから。

今の時代にね そんな事って
めったにないからと思って。

いい機会だからと思って
供養のつもりでね

思い出しながら書きました。

なんていう題なの?
『そしていま、一人になった』って

そのとおりでしょ?
おお すごい! 本当ね。

そんな風だったんだけど
お母様は

最期に なんか
亡くなる瞬間? 前…?

それも 謎なんですけどね。

ずっといまして 部屋に。

そして お医者様も
ちょっと熱が出てたから

「きっと肺炎かもしれませんから

明日 レントゲン持ってきますね」
ぐらいな 軽い調子だったから

私も安心して 家へ…
部屋へ帰ったんですけど

その時ね ともかくね 手を上げて

ヒラヒラ ヒラヒラさせて…。
あっ ヒラヒラさせたの?

…いるんですよ。

で 私も 「何? そのポーズ」とか
言っちゃって。

「元気じゃない」なんて言って

全然 取り合わなかったんですよ。
面白がってたんですよ。

それで 「じゃあね」って言って
帰りましたら…。

帰るって… 自分の部屋ですから
すぐ上なんですけど。

そしたら もう その何分後に

スーッと
息を引き取ったらしいんです。

で 慌てて また戻って
まだ もちろん温かくて。

いつもみたいに 寝てるみたいに
普通の顔してました。

あら…。

これが
なんだったんだろうと思って。

なんの意味だったんでしょうね?
なんでしょうね?

わからないね。
あっ これね

一番最初のあなたの
お父様とお母様。

若い…。

19歳と18歳だって。
シャレてますよね。

シャレてる
すんごいシャレてる。

お母様 ネクタイして。
お母様は

15歳の時に
結婚なすったのね。

そうなんです。
だけど 33歳の時に

夫を亡くした
っていうのは

随分
早かったですよね。

早かったですよね。
それで

3人の子どもを
育てて

97歳まで働いた。
すごいですよ。

すごいね。 何十年?
80年働いたって事? それ。

そうですね。
すごいわ…。

でも 今 あなた
83歳におなりだそうですけども

パートナーを求むっていう
感じなんですって? 現在。

難しいですよね。
私 もう ともかく

仕事してると そこへ行けば
みんな 優しくしてくれるから

もう それでいいかなって
思ってますけど。

だけども ちょっと…

パートナーがいても悪くはない
っていう感じがしてるって…。

決まっちゃうとね…。
いざ 本当に決まっちゃうとね。

イヤですね。
そうそうそう…。

毎日 その人としかいない事に
なっちゃうもんね。

ねえ。
フフフ… そうそうそう。

だから それは もう いいですよ。
いい?

元気で仕事ができればいい
っていう感じですかね。

仕事場 行かないとね
すごい寂しいと思うんですよね。

そうね きっとね。

仕事場に行けばね
あらゆる年代の人がいるから。

そうなんです。
それで 今は 大満足しています。

そうですか。 じゃあ
お元気で お暮らしください。

ああいうお母様だから 時々
悲しくなるかなと思ったんだけど

そうじゃなければね。
本当に いいお母様だった。

(拍手)

(鐘)


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