美の壺スペシャル「日本の避暑地」上高地の老舗ホテルのおもてなしから、オーベルジュのフランス料理、奥日光の絶景…


出典:『美の壺スペシャル「日本の避暑地」』の番組情報(EPGから引用)


美の壺スペシャル「日本の避暑地」[字]


日本各地の避暑地の魅力を集めた拡大スペシャル!上高地の老舗ホテルのおもてなしから、オーベルジュのフランス料理、奥日光の絶景まで、避暑地の美をたっぷり紹介!


詳細情報

番組内容

日本の避暑地の魅力を大特集!▽上高地のリゾートホテルが誇る極上の“おもてなし”に密着!▽奥日光・ベルギー大使館別荘の、大使自慢の絶景とは?▽軽井沢のエッグ・ベネディクトにオーベルジュの朝採れ野菜のフランス料理…避暑地で話題のグルメが続々登場!▽人気の海のリゾート・湘南の意外な歴史とは?!▽80年前の軽井沢を記録した「夏休み絵日記」に秘められた美しい夏の思い出!▽俳優・木村多江も、憧れの軽井沢へ!

出演者

【出演】草刈正雄,柴田理恵,阿佐ヶ谷姉妹,ゴルゴ松本,レッド吉田,【語り】木村多江


『美の壺スペシャル「日本の避暑地」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

美の壺スペシャル「日本の避暑地」上高地の老舗ホテルのおもてなし
  1. 軽井沢
  2. 避暑地
  3. 別荘
  4. 湘南
  5. 木村
  6. 景色
  7. 和子
  8. 極意
  9. 自然
  10. 昭和
  11. 上高地
  12. 朝食
  13. ポンコツ
  14. ホテル
  15. 夏休
  16. 食材
  17. 避暑
  18. 絵日記
  19. 自分
  20. 場所


『美の壺スペシャル「日本の避暑地」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

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(草刈)
「ああ 君の笑顔は まるで夏の太陽だ。

顔は真っ赤に ほてってしまう。
ああ もう倒れてしまいそうだ」。

倒れてしまうって
草刈さん 大丈夫ですか?

ああ ご心配なく。

今度 引き受けたドラマのね
セリフ覚えてたんですよ。

セリフだったんですね。

でも この暑さでしょ?

セリフがね もう全然 頭に入らなくて。
あ~ とにかく暑い。

動くな!
動くな!

だ…だ… 誰だ お前たち?

我々が誰かだって?

よ~し 教えてやろう。 お前たち!
はい!

それ!

避・暑・地?

そうだ 我々は…。

避暑地警察だ!

避暑地警察?

いよいよ夏本番。

旅へ行くなら 涼しい避暑地なんて
いかがですか?

北アルプスを望む山岳リゾート 上高地。

緑豊かな高原リゾート 軽井沢。

山と湖が美しい 奥日光。

日本には夏の暑さを忘れさせてくれる
美しい避暑地が たくさん。

そんな避暑地の魅力を大特集!

眼下に広がる 幻想的な雲海。

国王も お気に召した湖畔の別荘。

どうぞ入って下さい。

今回 特別に見せて頂いたのは
大使自慢の絶景。

今 人気の避暑地グルメも登場!

旬の食材を味わい尽くす
地元ならではのメニューとは?

そして私 木村多江も
軽井沢で避暑地暮らし。

う~ん おいしい。

時間を拡大して お届けする
「美の壺」スペシャル。

今回は各地の避暑地から
涼しいツボの数々を お届けします。

♬~

北アルプスの山々を望む
長野県・上高地。

日本有数の山岳リゾートです。

標高およそ1, 500メートル。

風光明美な景色を求めて
国内外から観光客が訪れます。

こちらは昭和8年に 東京の老舗ホテルが
開業したリゾートホテル。

スイスの山小屋をイメージして
造られたホテルには

避暑地ならではの もてなしが。

客室は屋根の勾配をそのまま生かして
山小屋の気分を演出。

家具には高山植物のエーデルワイスが
彫り込まれています。

窓の外には 穂高連峰の眺め。

部屋にいながら 上高地の自然に
浸ることができます。

山奥でも多彩な料理を味わえる
リゾートホテルのもてなし。

オマールエビを
オレンジ風味のコンソメジュレと

アスパラガスのムースで挟んだ
オードブル。

姫鯛には グリンピースのソース。

メインディッシュは昭和8年の開業時から
変わらないローストビーフ。

華やかな料理が
リゾート気分をもり立ててくれます。

自然の中に身を置いて ゆったりと過ごす。

ぜいたくな時間が流れます。

上高地は リゾートホテルですので

都会では感じられないようなサービスを
実践していきたいと思ってます。

上高地のおもてなしでいいますと…。

今日一つ目のツボ…

夏の準備は 上高地が まだ雪深い
4月から始まります。

交通規制が解かれた日に スタッフが入山。

東京のホテルなどから
およそ100人が集まります。

冬の間は休業するため
5か月ぶりの営業再開です。

まず積もった雪をかき分け
客を迎える準備を始めます。

当面必要な備品や食材を 東京から輸送。

その数 ダンボール900箱。
スタッフ総出で運び入れます。

長く閉ざされていたホテルが
息を吹き返していきます。

客を最初に出迎え
身近に接するのが ベルマン。

避暑地ならではの もてなしのため
準備をします。

客に貸し出すウォーキングシューズを
磨き上げます。

ベルマン5年目の橋田兼昇さん。
上高地が初めてのベルマンに指導します。

雨の日とか自分の靴 汚れるんで

「よかったら トレッキングシューズ
ありますよ どうぞ」って言えば

お客様 自分のやつ 汚れなくて済むから。
そう言ってあげれば。

ロビーにある巨大なマントルピースは
ホテルのシンボル。

この暖炉に火をともすのも
ベルマンの仕事です。

橋田さん 後輩たちに
一連の流れを伝えます。

新聞紙 割り箸 小さい薪 上の薪って
ついていくから。

これをやりながら
このマントルピースのことを説明します。

客の前で スムーズに行えるよう
オープンまで練習を重ねます。

雪が解けて 緑が色濃くなると
上高地は避暑のシーズン本番。

ホテルは 山の自然を求めて訪れる人々を
迎え入れます。

ベルマンの橋田さんも
散策に出かける客をサポート。

シューズを用意するだけでなく

それぞれに合わせた過ごし方まで
提案するといいます。

まず お客様に…

慣れてる方は ある程度
散策のポイントとかも

知ってらっしゃるんで いいんですけど…

橋田さんは客へ よりよい提案をするため
休日にも情報収集をしています。

この日は同僚とリフレッシュを兼ねて
ホテルの周辺を散策。

草花に目を留めては
名前を確かめながら楽しみます。

あ そうだね。 ヨモギに似てる。

おすすめスポットもリサーチ。

少し行ったところに
ベンチがあるんですよ。

そこが結構くつろげて 夜
空も きれいに見えます。

上高地の絶景ポイントを
しっかり押さえておきます。

六百山。

三本槍。

霞沢岳。

こうして自分の足で歩くことが
ふだんのもてなしに役立つといいます。

自然を楽しむための仕掛けが
ホテルの中にもありました。

よく見ると床一面に
丸太が敷き詰められています。

栗の木です。

乾燥して割れないよう
一日おきに 水をたっぷり まきます。

夏でも 夜になると肌寒い上高地。

周りが冷え込むと 暖炉に火をともします。

ゆらめく炎と 薪のはぜる音が
客を心地よく包みます。

夜 ベルマンは懐中電灯を用意します。

そして熊よけの鈴。
これも さりげないもてなし。

周りが街灯も何もないので きれいな
星空が 晴れの日は ご覧頂けます。

夜空に またたく無数の星。

山の避暑地の最高のもてなしです。

放せ!

往生際が悪いぞ 草刈。
証拠は もう挙がってるんだ。

私が一体 何したんだよ!

とぼけやがって。 説明してやれ。

お前が犯した罪はな 避暑地法違反だ!

避暑地法違反?

説明してやれ。

夏休みだというのに 避暑にも行かず
働き続ける労働者を取り締まる法律だ!

真面目に働いて 何が悪いんだ。

フン 真面目に働く? 説明してやれ。

働き方改革だよ。 このクソ暑い中で
効率のいい仕事ができると思ってんのか?

どうせ セリフだって
ろくに覚えてないんだろ?

それは…。

大体な お前のようなベテランが
ちゃんと休まないから

後輩とか部下が いつまでたっても
休めないんだよ。

そうだ そうだ そうだ。 頑張れとか言って
栄養ドリンクくれるくらいなら

休みをくれ!
くれよ。

やめろ。 我々の目的は 休み下手な国民に
「正しい避暑とは何か」を指導することだ。

あれを。
へい。

これは避暑地警察が開発した
未来型の避暑体感装置だ。

使えば避暑地に行きたくなること
間違いなし! その名も…。

「スズシー」だ!

涼しい…。

まんまじゃ。

カラマツの並木が続く
憧れの避暑地 長野県・軽井沢。

この高原の朝を楽しむため
人々が訪れる場所があります。

朝6時半に開店する
朝食専門のカフェです。

キッチンから漂う 焼きたてのパンの香り。

これは シュー生地のようなパン…

アメリカの朝食に登場するメニューです。

地元の食材を使った
アメリカンブレックファストが

この店のスタイル。

地元の御代田にある
おいしいお肉屋さんのなんですけど

もうシーズンには行列に。

オーナーの出口清人さん 惠子さん夫妻。

アメリカ東海岸の
ニューイングランド地方を旅した時に

食べた朝食に魅了され
11年前に店を出しました。

頂くのは すがすがしい空気の中で
食事ができるテラス席で。

看板メニューは 地元の卵を使った…

店で出すのは 出口さん夫妻が
アメリカで味わった朝食でした。

泊まってたホテルの近くを
朝 散歩してたら

朝から開いてるお店があって
そこに入って朝食を食べたところ

すごく おいしくて感動しまして。

日本では こういう形式の朝から
やってるお店って ないから

こういうお店を自分たちで始めたら
面白いかなっていうのが

きっかけなんですけれど。

「避暑地の朝を
ゆったりと過ごしてもらいたい」。

パンケーキには
果物やナッツをトッピング。

地元で採れた大粒のブルーベリーが
アクセントに。

出口さん夫妻が思い描く理想の朝食は
軽井沢だからこそ実現できたといいます。

自然の中にあるお店。

そして場所が すごく食材として
扱うものが豊富にあるっていうこと。

特に朝食ですと 日本の朝食と違って
海のものよりも

こういう軽井沢である
野菜やハム ベーコン

作ってる方たちが いらっしゃいますし
そういうものが

私たちの提供したい朝食のメニューの中に
全て重なるものがあって

そういうことで軽井沢は
私たちの描いているメニューに

ふさわしい場所じゃないか
というのを感じました。

今日 二つ目のツボは…

軽井沢には 避暑地ならではの
洋食文化が伝えられています。

初夏になると収穫が始まる西洋野菜
「ルバーブ」です。

シベリア原産で 茎が赤く色づくのが特徴。

軽井沢を訪れた外国人によって
もたらされました。

古越道夫さん。

アメリカ人の宣教師から株を譲り受け
栽培を続けています。

最初 私どもは八百屋を営んでまして

そして栽培してた宣教師さんが
国に帰るということで

じゃあ 私の仲間たちにね 是非よかったら
売って 商売したら どう?なんてね。

それが もう50年ぐらい前の話ですので。

そのままだと酸味が強いルバーブには
伝統的な調理法があります。

これはね お野菜なんですけども いわゆる
炒めたりとかね

煮たりというんではなくて…

煮詰めて ジャムにするのが
昔ながらの食べ方。

古越さんは宣教師から教わったレシピで

50年間
ルバーブジャムを作り続けています。

刻んだルバーブを煮詰めると…。

落ち着いたピンク色に。

そして ルバーブの酸味を生かすため
グラニュー糖で程よい甘さに。

軽井沢の食卓に ルバーブジャムが
お目見えしたら 夏が訪れた合図。

パンはもちろん ブタやトリなどの
肉料理にも合うといいます。

甘酸っぱいジャムが
すがすがしさを感じさせてくれます。

避暑地で料理をじっくり味わうなら

宿泊施設を備えたレストラン
「オーベルジュ」は いかがでしょう。

オーベルジュでは
その土地の食材をふんだんに味わえます。

新鮮な食材を
フランス料理の技で美しく調理。

料理をゆったりと味わい
そのまま宿泊できるという

ぜいたくな過ごし方です。

オーベルジュの命は 何と言っても食材。

シェフの三輪良平さんは
野菜を自ら育て 毎朝収穫します。

濃い緑のズッキーニ。

赤く色づいた にんじん。

旬を迎えた野菜が 色鮮やかに実ります。

その時の大きさとか いろいろ見て
これは オードブルに付けようかなとか

ちょっと あとは焼いて お魚かお肉の
付け合わせに使おうかなとか。

朝 採れた食材から
メニューを考えるという三輪さん。

この土地でしか味わえない料理を
作ります。

まずは大きめに育てて
苦みを抑えたという きゅうり。

種を取って刻みます。

牛乳と合わせて ピューレ状に。

ジャガイモのポタージュや生クリーム
にんにくを合わせると…。

冷製スープの完成です。

口に含むと 爽やかな香りが抜ける
一品です。

伊豆といえば 相模湾で取れる
新鮮な魚も欠かせません。

この日のメインディッシュは
旬が始まったばかりの甘鯛。

うろこを残したまま
おろしていきます。

多めの油で じっくりと焼き上げます。

うろこが 松かさのように開いて
サクサクの食感のポワレに。

付け合わせはオリーブオイルとレモン汁で
軽く炒めた朝採れの野菜。

こちらは そば粉のガレットと
サワークリームのミルフィーユに

自家製スモークサーモンを載せた
華やかな一皿。

大切に育て上げた野菜が
彩りを添えます。

お客様が…

高原の風が吹く食卓で
夏を味わいます。

いつも「美の壺」のナレーションを
担当している木村多江さん。

その収録の現場を直撃。

(スタッフ)木村さん お疲れさまです。
お疲れさまです。

映画に テレビに いつもお忙しい
木村さんですけれども

ちゃんと お休み取れてますか?

お休みしたいですけどね
俳優業は働かなければ

お金が全く入ってこないので働かないと。

そんな頑張り屋の木村多江さんに
番組からプレゼント!

おっ。
ジャジャーン!

何ですか これ?

別荘? くれるんですか?

これ 鍵ですよね? この形は。

そうです。 では行きましょうか。
え?

ということで やって来たのは軽井沢。

浅間山麓に広がる 緑豊かな避暑地です。

(スタッフ)木村さん こちらが我々の用意した
別荘です。

おっ ここですか。

ここは昭和51年に建てられた別荘。

中に足を踏み入れると…。

本が いっぱい。 へえ。

わあ~ 大きな窓が。

どうですか 木村さん。
気に入って頂けました?

いや~ すてきですね。
この天井の抜ける感じとか。

ものすごい天井が高くて また
落ち着くんですね この木の色合いとか。

それも そのはず。 こちらは小説家で
フランス文学者の辻 邦生が

執筆のために建てた別荘。

夏は ここに滞在し 自然の中に
身を置きながら筆を走らせました。

ひと夏を避暑地で暮らすって
どんな気分なんでしょうね。

そこで木村さんに「避暑地暮らしの極意」を
見つけて頂きます。

極意?
そう 極意。         はあ~。

ということで…

何はともあれ いいお天気なので
散策へ出かけた木村さん。

案内してくれたのは軽井沢観光協会の
新宅弘惠さん。

まずは軽井沢について情報収集です。

何か癒やされますね。 何か ホッとする。

そして この何か 緑のいい香りが
するんですよね。         そうですね。

上をご覧頂くと さまざまな木があると
思うんですが

特にカラマツという木が多くありまして

その木が いろいろ今の季節はですね
ちょうど芽吹きの季節になっていて

また淡い色なんかも
出しているんですけれども。

この緑のコントラストも
すごく美しくて

また その葉っぱと葉っぱの間から
こう ふわっと優しい光がね。

これが また何とも美しいですよね。

木村さんも うっとりする
軽井沢の美しい森。

でも ここには 今からは想像もつかない
光景が広がっていたといいます。

実は こんな景色が広がっていました。

あれ? 何か 森みたいなイメージ
でしたけど 全然 森ではないんですね。

もともと軽井沢には
木も まばらな土地が広がっていました。

明治時代 涼しい気候に引かれた
外国人宣教師たちが別荘を建て始めます。

そこに新たな別荘地を作ろうと考えたのが
日本人の実業家たち。

緑豊かな美しい景色を目指して
植林を重ねました。

100年以上の時をかけ
軽井沢の森は作られてきたのです。

先人が作り上げた 美しい別荘地。

木村さん 歩いているうちに
ちょっと気になることが。

何か思ったんですけど どこのうちも
すぐ見れるっていうことは

塀がないんですよね。

う~ん 言われてみれば確かに
塀もなければ門もない。

ちょっと伺ってみました。

よく おうちが見えるというか つまり
塀がないんだなと思ったんですが。

軽井沢自身が 塀は本当に少ないですね。
そうなんですか。

もともと軽井沢が発展した中で…

例えば 小さい動物も行き来できるし
皆さん 仲良くしやすいわけですよね。

そっか。
何も都会みたいに 塀を作る必要はないと。

何か 自然と共存してる感じが
すごくありますね。

是非 共存したいですよね。
ねえ。

庭にも できるかぎり 軽井沢に
もともと生えていた植物を植えて

自然の景観を保とうとしています。

軽井沢の美しい緑は
人の手で守られてきたんです。

次に やって来たのは
旧軽井沢地区にある商店街。

おしゃれなお店を見つけて
入ってみると…。

わあ 家具ですね。 鏡 棚。

わあ すごいデザインが細かい。
何か 和洋折衷な感じ。

でも きれいですね 桜が。

こんにちは。
こんにちは。          いらっしゃいませ。

いや~ 美しいですね。
ありがとうございます。

桜の手彫りの彫刻の
軽井沢彫でございます。

日本の家具っていうと結構
シンプルなものが多いと思うんですけど

ここまで装飾が施されてるのは
あまり見たことがないんですが。

もともとが…

軽井沢彫は明治時代
避暑に訪れた外国人宣教師に

家具を作ったことに始まる伝統工芸。

その技は今も受け継がれています。

はやいですね。
そうですね。

この道47年の彫刻師 小林正喜さんの
制作現場を見せて頂くことに。

桜を彫り出す緻密な技。

道具に秘密がありました。

これ 最後に筋を入れる道具
なんですけども…

こういうふうにして。
あ 葉脈。

そう 葉脈。
ひっかき。

はやくやるために同じ向きで
同じ方向で できるように

こういうふうに…これで大体。

あっという間に桜が出来上がりましたね。

最後に おしべと めしべを刻んで完成。

伝統的な軽井沢彫の家具には もう一つ

他には あまり見られない特徴が
あるんです。

何をするんでしょうか。

分解するんですか?
はい。

そうなんです。 簡単に分解できるように
作られているんです。

そして それぞれのパーツに
細かく分けることができます。

作業を始めてから5分足らず。

あっという間。
そうですね。

でも それは うれしいですね。

だって置いていきたくないでしょうし。

愛着がある
職人さんたちの魂がこもった…。

それを また持って帰って
使いたいですもんね。

「避暑地暮らしの極意を探して」
木村多江さんの旅の続きは後ほど。

こんなので本当に涼しくなるの?

フン 疑ってるのか? よし じゃあ
スズシーの威力を見せてやるがいい。

ラジャー!

スイッチ オン!

あ~ まぶしい!

え?

どういうことだ? 一体。

ハハハハハ 驚いたか!

今 お前は スズシーが作り出している
仮想空間で擬似体験してるのさ。

擬似体験?

ふだんは できないスペシャルな
涼しいことを体感できるんだよ。

なんてったって その方は氷彫刻の
世界チャンピオンなんだよ。

どうだ? すごいだろ。

世界チャンピオン。

確かに氷の彫刻を間近で見るのは
初めてだけど… 確かに すごい。

栃木県・奥日光にある中禅寺湖。

四方を山に囲まれた この静かな湖へ
毎年 避暑に訪れる人がいます。

ベルギー大使館に ようこそ!

中禅寺湖のほとりに建つ 大使館の別荘。

昭和3年 実業家・大倉喜七郎によって
当時のベルギー国王に寄贈されました。

以来90年にわたり 歴代大使の別荘として
使われ続けてきました。

今回 特別に
建物の中を見せてもらうことに。

ここで どんな避暑を
過ごしているのでしょう?

暖炉が とてもいいんです。

夜は ここで みんなと楽しく
暖かく過ごしています。

そして何と言っても
こちらが すばらしいんです。

案内してくれたのは ベランダ。

山と湖が 目の前に広がります。

部屋の中にいながら
景色を楽しむこともできます。

この部屋は壁一面の窓。

絶景を独り占めです。

私たちの国 ベルギーは国土が平らで
山や 開けた湖などに恵まれていません。

ですから私たちにとって このような
景色は とてもエキゾチックで

まるで絵葉書を
見ているようなものなんです。

標高およそ1, 200メートル。

夏でも涼しい中禅寺湖は 明治になると
外国人が避暑に訪れるようになります。

イギリスの外交官だった
アーネスト・サトウも その一人。

湖畔から眺める景色を
絵画のようだと絶賛しました。

その後 各国の大使館が別荘を構え

「夏は外務省が日光に移る」と
言われたほど。

山と湖が織り成す景色は
多くの西洋人の心を捉えます。

ヨットやフライフィッシングなど
西洋の遊びを楽しみながら

中禅寺湖の夏を過ごしました。

もう一つ 特別な場所を
案内してくれました。

ここは王様のベッドルームと呼んでいる
部屋です。

1986年 ベルギー国王が皇太子時代に
ここを訪れたのだとか。

国王は 日本に来たことを覚えていて

いつも その時のことを
話しているんですよ。

国王も ご覧になったという絶景が
こちら。

Look at the view. すばらしいですね。

美しい場所です。 これが
私たちが ここに来る理由なんです。

今日 三つの目のツボ…

山梨県・富士河口湖町。

絶景が見られるという別荘を訪ねました。

それは日本一の山 富士山。

雄大な姿を河口湖とともに望む
湖畔の絶景です。

設計を担当した小笠原正豊さん。

富士山を楽しむ
さまざまな仕掛けを考えました。

静かに落ち着いて リビングから
ずっと眺める。

ダイニングから眺めるだけではなくて…

動きながら生活の中で 動的に
楽しむことができるような案を出して

非常に チャレンジを感じました。

一体 どんな富士山が
見られるのでしょうか?

玄関を入ると…。

まず正面に 小さめの窓が一つ。

見えてきました。

縦長の窓枠で切り取った富士を
掛け軸のように味わいます。

そして リビングへ足を進めると…。

今度は富士山の全景と ご対面。
左右に広がる裾野まで鑑賞できます。

サッシは ビル用の大型のものを使用。

景観を遮らず 湖からの風も
取り込めるようにしました。

極め付きが こちら。

山と湖だけの眺望。

水面に映る逆さ富士が美しい
一幅の絵画のような景色です。

さまざまな富士の姿を楽しめる別荘。

依頼したのは岩切博子さん。

一番お好きなスポットは?

キッチンで お料理していて ふっと
見えるという時が わりと好きです。

光も入ってきますし
広々とした感じも感じられますし…

冬は スキー場として にぎわう
長野県・北志賀高原。

ロープウエーに乗って8分。

標高1, 770メートルの展望台です。

天気がいい日には 北アルプスと日本海を
望めるといいます。

しかし楽しみは これだけではありません。

変わりやすい山の天気。

雲に覆われ
せっかくの景色も隠れてしまいました。

それでも雨の中
登ってくる人は途絶えません。

景色が見えなくても お茶を飲んで
のんびり。

実は これからが
本当の お目当てなんです。

(歓声)

雲海です。

雲が展望台より低くなり
海のように見えるのです。

この辺りは かつては地元の人だけが知る
雲海スポットでした。

そこに 2015年 展望テラスを新設。

夏も雲海を楽しむ客で
にぎわうようになりました。

雲の上の新しい避暑地です。

♬~

どうだ? 涼しくなってきただろ?

氷の彫刻は見てるだけで涼しげですね。

何ができるか楽しみです。

完成です。

ああ すごい! 氷から こんな複雑な形が
生み出せるなんて。

そうだろ すごいだろ。
これが スズシーの威力! その名も…。

火めらめら 炎…!

お~!

でも どうせなら
涼しいテーマが良かったな。

言われてみれば 確かに。

何やってるんだ お前たちは!

あ~ たたたた。

神奈川県・相模湾沿岸に広がる
海のリゾート 湘南です。

サーフィンやヨットなど
海外のマリンスポーツの多くが

ここから全国に広まりました。

多くの海水浴場も点在し
夏には海を楽しむ人たちで にぎわいます。

湘南の海を30年にわたり
描き続けてきた人がいます。

イラストレーターの鈴木英人さん。

桑田佳祐さんのCDジャケットをはじめ
数多くのイラストを手がけてきました。

鈴木さんが描く湘南は
どれも光に満ちています。

しかし描き始めた当初は

「湘南をどう捉えるか」という
試行錯誤がありました。

自分で作り上げていくんですよね。

湘南の そもそも こうあるべきだっていう
海の姿みたいなものを。

で そういうのを絵にしたんです。

やっぱり風景として 光と影として捉える
という方法を知ったら

そういう場所の特徴を選んで描きました。

鈴木さんは 40年にわたって
光と影に向き合ってきました。

まず写真をもとに色の境目を線でかたどり
全体の輪郭を緻密に作り上げます。

そこを透明感のある色彩で
埋めていくと…。

こういうふうに入れていくわけです。

光あふれる水面が立ち現れました。

鈴木さんが この手法を編み出したのは

広告デザイナーからイラストレーターに
転身した 20代後半。

アメリカ各地で目にした光景が
きっかけでした。

例えば向こうは 影が真っ黒ですよ。
違いは光ですよね。

その真っ黒の中に また色が見える。

ブルーとか グリーンであったりとか
赤であったり。

これが また きれいなんですよね。

やっぱり湘南の持ってる

ロサンゼルスとか あっちの方に
共通するものが

風景があったということでしょうね。

このスタイルを確立して 40年。

湘南の海と向き合う中で
繊細なグラデーションも加わり

海が一層 明るく輝き出しました。

今日 四つ目のツボは…

湘南が避暑地になったのは明治時代。

始まりは大磯でした。

明治20年に鉄道が開通すると
海が見える保養地として

政治家や財界人が
こぞって別荘を構えました。

時の総理大臣・大隈重信も その一人。

別荘には当時 まだ高価だったガラス窓を
一面に巡らせ

海の景色を楽しんだといいます。

大磯の人気の理由は もう一つ。
それは海水浴場。

でも よく見ると

海から突き出した棒に
しがみついています。

「潮湯治」といって 温泉のように
海水に つかると

リウマチなどに効果があると
考えられていました。

やがて海辺には「海水茶屋」と呼ばれる
海の家が登場し

さまざまな客が訪れるようになります。

明治40年ごろの女性たちが着ているのは
「海水浴着」。

でも これで泳げるんでしょうか?

こちらのセーラーカラーの海水浴着は

下に コルセットをして着用する
デザインになっておりますので…

足首ぐらいまでは
水の中に入るかもしれないんですが

そのような形で浜辺を散歩するための
リゾートウェアであったのではないかな

という感じもしますね。

潮湯治から ファッションを楽しむ海へ。

湘南の過ごし方は多様化していきます。

戦後 レジャーブームが起こると
湘南に訪れる人の数は爆発的に増えます。

昭和30年代に
湘南を舞台にした小説や映画が大流行。

それに憧れた若者たちが押し寄せます。

最新のファッションに身を包み
砂浜で夏を楽しみました。

1970年代になると
サーフィンブームが到来。

サーフィンに憧れる若者が
湘南に集まってきました。

「いつの時代も若者たちの海の風俗を
先取りしてきた湘南に

新しく生まれた風俗
サーフィン 波乗り。

日本のウエストコースト。

カリフォルニアを思わせる
サーフショップの並ぶ海岸通り」。

湘南は全国に先駆けて
サーフィンの町として発展。

中には サーフィン好きが高じて
湘南暮らしをする人も。

建築家の岩切剣一郎さんも その一人。

岩切さんの一日は
サーフィンをすることから始まります。

大体いつも こんな感じで
ストレッチして。

適当です。

かつては東京に住んでいましたが

4年前 この海と町が気に入って
家族とともに移り住みました。

岩切さんの自宅は 海から僅か徒歩3分。

カリフォルニアの海辺で見た家を参考に
自らデザインしました。

屋外にもシャワーを設けて 海から
戻ったら すぐに潮を洗い流せるように。

そのまま風呂に入ることもできる
まさに サーファー仕様の家なんだとか。

お気に入りは 屋根が張り出した
こちらのスペース。

室内との段差がないために リビングの
延長のように過ごすことができます。

デザインテイストは 僕ら

カリフォルニアスタイルって
言ってるんですけど

基本的にいえば ベースにあるのは
気持ちいいというのが一つなんですね。

それって何かというと
天井高だったりだとか

抜け感とかっていう 開放感というのが
まず一つあるんですけれど。

この家のテーマは…

友達や仕事仲間が 気軽に遊びに
来られるような空間作りを目指しました。

岩切さんは 湘南に住み始めてから
人生の捉え方が変わったといいます。

よく言われるんですけど

サーフィンって趣味なんですよね?って
言われるんですけど

あんまり僕の中で
趣味だと思ってなくて

もうやってる年数も長いからかも
しれないんですけど

ライフスタイルの一部だと
思ってるんですよ。

カリフォルニアも そうなんですけど

カリフォルニアの人たちって
一番の優先順位というのが…

そういったところを
僕は すごく大事にしていて。

憧れの避暑地に住まいを構える。
ビーチライフの最高の楽しみ方です。

後編。

やって来たのは軽井沢のメインストリート
「旧軽井沢銀座」。

何か いい香りがしてきましたね。

木村さん 香ばしい香りにつられて
パン屋へ。

いい匂い。

ずらりと並ぶのは 50種類ものパン。

ん? 「あの人
世界が愛したフランスパン」。

いらっしゃいませ。

この「あの人」というのが
気になったんですけれど。

ジョン・レノンなんです。 ビートルズの。

草履か何か履かれて ジーパンで
自転車でいらして頂いてたんですね。

へえ~ そのフランスパン。
すごい ジョン・レノンさんが。

このフランスパンは
店の初代が作り出した味。

軽井沢の老舗ホテルで 外国人客相手に
腕をふるっていました。

こだわりは
季節によって変えるという塩加減。

手間をかけて発酵させることで

「外はカリカリ 中はしっとり」という
食感に仕上げます。

そして もう一つの定番が イギリスパン。

創業時から受け継ぐ
鉄の型で焼き上げます。

これに ちょっと手作りのおいしい
ハム屋さんが上にあるんですけど

別荘のお客さんが 手作りのハムと
このイギリスパンで

サンドイッチか何か作ると
最高の至福の朝食なのよって。

あ~ ここにいると癒やされる。

あ~ 食べたいという気持ちに
なりますね。

その究極を
ちょっと味わってみたいような。

おいしいサンドイッチができるよう
祈ってます。

ありがとうございます。

ありがとうございました。
はい お気をつけて どうぞ。

ありがとうございました。

すっかり サンドイッチを作る気になった
木村多江さん。

次に目指すのは…。

パン屋の女将さんが勧めてくれた
ハム・ソーセージの専門店。

ショーケースには
自家製のハムやソーセージ

20種類以上が並びます。

今 サンドイッチを作りたいと
思ってるので

合うものをと思うんですけど
どれも合いそうですね。

ボロナソーセージが一番の基本で

これが主になってるんですね
ソーセージでは。

召し上がってみたら いかがですか?

基本のキ。
そうですね。

押さえておきましょうか。
はい。

こちらのハムやソーセージは
ドイツ人直伝の味。

ドイツ料理店で働いていた初代が
40年ほど前に独立しました。

2代目によって今も受け継がれる製法は
桜の薪を使った燻製。

この褐色が おいしさの証しなんだとか。

今ね コンビーフがね 皆さん お好きで。
おいしいんですけど。

ですよね。
私 コンビーフ大好きなんですよね。

コンビーフ引かれるな。

そうですね ロースハムも
やっぱり定番だから。

ねえ 合いますもんね。

あ~。
ペーストもね おいしいです。

ねえ レバーペーストにフランスパンって
その組み合わせが

ちょっと今 やってみたくて。

迷いに迷った木村さん。
結局6種類も お買い上げ。

ありがとうございます。 ちょっと
楽しみです。 ありがとうございました。

別荘に戻った木村さん。
早速 サンドイッチの準備です。

どれにしたら いいかな。 う~ん。

これは普通に ハムとチーズが
合いますよって。

このソーセージ
意外に おいしいかもしれない。

いや~ ぜいたく。

チーズ そして トマトも
ぜいたくに載せちゃいま~す。

コンビーフは
子供の頃の思い出の味なんだとか。

うちの朝食は本当に簡単で
缶のコンビーフとキャベツを混ぜて

おソースを混ぜるだけだったんですけど。

おソースを入れます。
このくらいだったかな。

でも これ 軽井沢で はやったら
ちょっと うれしいですよね。

ということで出来上がったのが こちら。

まずは一番の基本だと教わった
ソーセージのサンドイッチ。

う~ん。

おいしい。

レバーペーストは ジョン・レノンも
食べたというフランスパンで。

最後は…。

私の実家の朝食風。 頂きます。

明らかにパンのおいしさと コンビーフの
おいしさは格段に違うんですけど

でも何か このキャベツと おソースと
コンビーフとパンの

この組み合わせは 何か こう
私の懐かしい昔を思い出すような

ノスタルジックな気持ちにさせる味
ですね。

軽井沢の緑を眺めながら
食事を満喫した木村さん。

最後に「別荘暮らしの達人」といわれる
夫妻のいるお宅へ。

いらっしゃいませ。
こんにちは。

お待ち申し上げておりました。 ようこそ。
木村多江と申します。

片岡秀之さんと 寿子さん。

どうぞ お上がり下さいませ。

軽井沢で夏を過ごすようになって
70年近くなるといいます。

受付で。
受付ですね ここが開いてて。

片岡さんの別荘は 昭和11年に建てられた
歯科医院だった建物。

診察室の名残を見ることもできます。

設計は 自身も軽井沢に訪れていた建築家
ヴォーリズ。

「ベイウィンドウ」という湾曲した窓は
ヴォーリズ建築の特徴。

外光を多く取り込むための工夫です。

中でも見どころは 暖炉。

宣教師でもあったヴォーリズは
家族が集まる場として

暖炉を大切にしていました。

片岡さんは この建物を気に入って
47年前に購入。

以来 毎年 夏には欠かさず訪れています。

お暑いんですけど おもてなしで
たかせて頂きました。

(秀之)これしか ないんですもん。
いや~ 何よりですね。

ご家族や また お客様とかと
どういうふうに

暖炉を囲んでらっしゃるのかなと思って。

燃えてる火をご覧になると
割合と皆さん お好きですね この火を。

火が好きです。 これは みんな…。
大変 お好きでいらっしゃるんです。

気に入ってね。
それは もう夏でも いいんですよ。

開け放してやっても いいんだよね。

片岡さんが初めて軽井沢を訪れたのは
大学生の時。

就職してからも毎年 避暑に出かけました。

そんな片岡さんにとっての
避暑地暮らしの極意とは?

どんなものが極意だと思われますか?

あのね 何十年 目立たない暮らしが
…ってことは

もう誰も知らない 何にもしてない。

ここに ボーッとしてるってのが
一番目的じゃないですかね。

見ててね 目立ったこと一つもないですよ
思い出してもね。

でも やっぱり ここで こうしてるのが…
と思いますがね。

だから あんまり お答えになりませんよ。
極意なんて とんでもないんだ。

でも逆に それが 何もしないことが
極意ってことですかね。

こう 暖炉の音を聞いたり
日常的なことが

すごく とっても すてきな時間に
今回 私 感じました。

そうですか? ありがとうございます。

そう思って下されば 誠に うれしいです。

歳月をかけて たどりついた極意です。

軽井沢で避暑地暮らしを感じた木村さん。
いかがでしたか?

本当に大切なことって
自然の豊かさに気付くとか

すごく こう 雨の音とか 風の音とか
鳥の声とか

そういう平和で 優しいものが

実は人にとって すごく心を潤す
大切なものだって。

つい見失いがちになることを
ここで教えて頂いたような

そんな気がしましたね。

う~ん こうなったら次の手だ。

今度こそ スズシーの威力を
見せつけてやれ!

ラジャー! よし スイッチ オン!

あ~ まぶしい!

♬「夏が来れば思い出す
はるかな尾瀬 遠い空」

あ~ 歌を聴いてるだけで 涼しげな
尾瀬の風景が よみがえってきます。

そうだろ? 涼しげだろう?

♬「石楠花色に たそがれる
はるかな尾瀬 遠い空」

今度は私たちと一緒に歌いましょ。

あれ? 一緒に歌うプログラムなんて
入れてないぞ。

あれ? 壊れた?

大丈夫か?
全然 言うこときかない。

♬「夏が来れば思い出す」

暑苦しい…。

♬「夏が来れば思い出す」

暑苦しい…。

東京・杉並区に住む深澤涼子さん。

亡き母の思い出を手作りの本にして
残そうとしています。

それは母・和子さんが 少女時代に
軽井沢で過ごした夏休みの絵日記。

書かれてから80年。

劣化が目立つものの その内容は
全く色あせてはいませんでした。

これ 昭和14年の小学5年生の
夏休みの絵日記です。

「八月一日 今日は いよいよ
軽井沢へ行く日。

空は曇ってはいるが
雨は降りそうにない」。

手前が本人の和子で こういう上に
荷物なんか載っけてますね。

絵日記には 避暑地の夏休みを楽しむ
和子さんの様子が

愛らしい絵とともに つづられていました。

5人きょうだいの末っ子として育った
和子さん。

生命保険会社に勤めていた父が
別荘を買うと

夏休みは軽井沢で過ごすのが
恒例となりました。

「八月五日。
九時頃 旧軽井沢へ行った。

道路は幅が二十間もあり 平らなので
自転車は とても気持ちがよい。

浅間が とてもよく見えた」。

軽井沢で体験した一つ一つの出来事が
みずみずしく書き残されています。

しかし 昭和16年になると次第に変化が。

「鍛錬日誌」というふうになって 今まで
みたいに お気楽なノートじゃなく

かなり戦争が近づいている感じですね。

「八月一日 今日から夏休み。

だが今年は非常時の夏休みなので
母が私たちに

『今年は行かないつもりだったけど
あなたたちが女中の代わりに働くなら

お手伝いの実習にいいから行きましょう』
と言われた」。

太平洋戦争の開戦4か月前。

避暑地を巡る状況も変わりゆく中

和子さんは
家事を手伝いながら過ごします。

友人と碓氷峠までハイキング。

姉と一緒にテニス。

絵日記には 不穏な時代に生きながらも

避暑地を楽しむ和子さんの姿が
ありました。

意外と…

その後 昭和17年を最後に
夏休みの絵日記は途絶えてしまいます。

翌年 和子さんは
勤労動員に駆り出されることに。

別荘は戦後まもなく
売られてしまいました。

しかし和子さんの避暑地の思い出は
今なお 鮮やかに残っています。

今日 最後のツボ…

絵日記が書かれてから80年。

和子さんのめい
萩原範子さんと三村箙子さんは

今も夏を軽井沢で過ごしています。

私たちはね
どの辺から出てくるのかな?

これか。 これですよね。
この辺ですね。

(範子)和子おばが後ろで揺らしてる
という これ 姿でしょ?

これは私たちの母が あなたが生まれて…。

(箙子)そう まだ生まれたてよ。

(範子)生まれたてで
おっぱい飲んでんのを のぞいて見てる。

和子さんの姉・栄子さん。
範子さんと箙子さんの母親です。

昭和19年に夫が戦死し
3人きょうだいを女手一つで育てました。

戦況が激しくなると
軽井沢に子供たちを連れて疎開します。

もともと軽井沢の農家っていうのは
ほとんど何も とれなかったわけですよね。

(箙子)寒冷地だもの。

軽井沢で こういう日記を
書いていたんですね。

範子さんも また当時の軽井沢の日々を
絵日記に書き残していました。

くわを振り上げているのは
母・栄子さん。

別荘の庭を畑に変え
家族の食卓を支えました。

日曜の夜は必ず みんなで大宴会と称して
集まって ごちそうを食べたの。

ごちそうというのは
ごちそうじゃないんですけどね。

自分で作った じゃがいもとか
かぼちゃとかを食べるんですけどね。

(箙子)大勢で楽しく
日曜日は食べましょう。

戦争が終わると栄子さんは
東京で会社勤めを始めます。

夏は子供を軽井沢の別荘の管理人に預け
週末に会いに行きました。

毎日 私たち3人は 母からもらった

ひと月のお金で食べていかれるようにって
家計簿をつけて

それで1週間にいっぺん 誰かが代表で
葉書で「いくら残ってます」という

葉書を母親に送って どういう生活
勉強してますとか

どういうふうに遊んだとか
そういうのを書いて送ってましたね。

母の楽しみは それしかなかった。
子供たちと。

(範子)母は たぶんね
私たちに言わなかったけれども

父親が いなくても

「昔 こういう生活をしただろうな」って
思うことは

やらせてやりたいと思ってたんだと
思うんですよね。

栄子さんの亡きあと
家族が一緒に過ごした場所には

きょうだいそろって
別荘を建て直しました。

以来20年 毎年 欠かさず訪れ
ひと夏を楽しんでいます。

何か ふるさとっていう感じが。

私なんか特に 2歳ぐらいで
ここへ疎開で連れてこられたので

もう自分の… 東京だけなもんですから
田舎がないので。

自然のことも教わったのは軽井沢だし

虫だとか鳥だとか そういうのも
ここで教わったから

知識としてはね 全て
軽井沢から始まってるので。

範子さんは 軽井沢の滞在中には
貼り絵を楽しんでいます。

テーマは 子や孫たちが
のびのびと遊んでいる姿。

この夏も育ち盛りの孫が
遊びにやって来ます。

今年も避暑地に夏が訪れます。

涼しいなんて名ばかりで
ただのポンコツじゃないの。

ポンコツ? 一生懸命 作ったのに
ポンコツとは何だ! ポンコツとは。

そうだ! ポンコツは言い過ぎだぞ
ポンコツは。

ポンコツ ポンコツ うるさい!
このポンコツ!

こんな装置 使うぐらいだったら
本物の避暑地に行った方が ましだよ。

あっ そうだ! 避暑地の方が涼しくて
仕事も はかどる!

そうだ 避暑地 行こう!

聞いたか? お前たち。
聞きました!

草刈のやつ 避暑地に行こうだってさ。

見たか! これが避暑地に行きたくなる
「スズシー」の威力だ!

万歳 万歳 万歳!

台本も忘れずに。

草刈さん まさか避暑地まで行って
仕事するつもりじゃ…。

だって やらないと間に合わないし。

それに避暑地に行けば
遊びも仕事だって一石二鳥!

はあ~ 今年の夏は楽しくなりそうだ!

あの… 避暑地の極意は
「何もしないこと」らしいんですが…。

まっ 行ってらっしゃ~い。


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