アナザーストーリーズ アポロ11号 月面着陸~偉業に隠された50年目の真実・絶体絶命の危機を救ったのは若き女性…


出典:『アナザーストーリーズ▽アポロ11号 月面着陸~偉業に隠された50年目の真実』の番組情報(EPGから引用)


アナザーストーリーズ▽アポロ11号 月面着陸~偉業に隠された50年目の真実[字]


人類史に残るアポロ11号の月面着陸。着陸直前、次々に非常事態が発生。絶体絶命の危機を救ったのは若き女性プログラマー!50年のときを経て明かされる偉業の真実とは。


詳細情報

番組内容

人類が初めて月に降り立った!50年前のアポロ11号の月面着陸。全世界に生中継され、5億人もの人々が固唾をのんで見守った。しかし、この計画はいつ中止してもおかしくない、危険極まりないミッションだった!去年、NASAは1万時間を超える音声データを公開した。着陸直前のコンピューターエラー、燃料切れの危機…あのとき、月と地球の間で何が起きていたのか、当事者たちが今明かす、驚がくのアナザーストーリー。

出演者

【司会】松嶋菜々子,【語り】濱田岳


『アナザーストーリーズ▽アポロ11号 月面着陸~偉業に隠された50年目の真実』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

アナザーストーリーズ アポロ11号 月面着陸~偉業に隠された50年目
  1. アポロ
  2. アームストロング
  3. 地球
  4. 宇宙飛行士
  5. コンピューター
  6. 月面
  7. チャールズ
  8. ミッション
  9. 人類
  10. ソフトウェア
  11. ドッキング
  12. 映像
  13. イーグル
  14. エド
  15. NASA
  16. アラーム
  17. 管制室
  18. 計画
  19. 偉業
  20. 開発


『アナザーストーリーズ▽アポロ11号 月面着陸~偉業に隠された50年目の真実』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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今から50年前

人類は初めて
月に降り立った。

アポロ11号による
快挙だった。

だが NASAが去年公開した
1万時間を超える交信音声を聞くと…。

この計画は 命懸けの
危険極まりないミッションだった。

♬~

「人類が初めて 月に降り立った」。

20世紀で最も記憶に残る出来事の一つと
言えるのではないでしょうか。

ご覧下さい。 これが…

実物大です。

この中に…

…の2人の宇宙飛行士が乗り込み

月面に着陸しました。

運命の分岐点は

1969年7月20日 午後4時17分。

アポロ11号の月着陸船イーグルが
月面に舞い降りた瞬間です。

実は この直前 イーグルは
最大の危機を迎えていたのです。

(アラーム)

第1の視点は
このピンチを救った男。

地球の管制室から
宇宙にいる飛行士たちへ

必死に呼びかけ続けた 交信担当者
チャールズ・デュークです。

あの時 月と地球との間で
一体何が起きていたのでしょうか?

偉業の裏に隠された
緊迫のアナザーストーリーです。

アメリカ・ニューヨーク。

アポロ11号 月面着陸50周年。

イベント会場に 男はいた。

50年前 チャールズは

管制室で アポロ11号に迫る危機を
肌で感じていた。

管制室に緊張が走りました。

燃料が底をつきそうだったのです。

私は まず「60秒」
そして「30秒」と伝えました。

この時の様子は 今年公開された映画

「ファースト・マン」でも描かれた。

(アラーム)

(アラーム)

顔が真っ青になりました。

呼吸することさえ忘れていました。

着陸寸前の危機。

その時 何が起きたのか。

世紀のミッションは幕を開けた。

♬~

これから4日間かけて 月へ向かう。

乗組員は3人の宇宙飛行士。

この壮大な計画は 1961年に始まった。

NASAは 宇宙飛行士の候補として

空軍や海軍から
エリート中のエリートを選抜した。

総勢50名を超える中に

アポロ11号のクルーとなった

3人がいた。

チャールズ・デュークも宇宙飛行士。

アームストロングの4年後輩にあたる。

当時33歳

名門 マサチューセッツ工科大学の
修士号を持つ

空軍のエリートパイロットだった。

アポロ11号のミッションは
宇宙と地球とで役割が分かれていた。

現場の指揮権は
船長のアームストロングにあり

ヒューストンの管制センターは
宇宙飛行士に 適切な指示と情報を与える。

そのために各分野のスペシャリストが
常時100人余り待機していた。

だが 宇宙船に情報を伝える役は
ただ一人。

同じ訓練を受け
同じ知識を持つ者にしかできない仕事。

アポロ11号では チャールズが抜擢された。

実は 私はアポロ11号の前の
10号でも交信担当だったので

次は交代するはずでした。

ところが アームストロングから
じきじきに頼まれたのです。

こんな光栄なことはないと思いました。

アポロ11号の前に打ち上げられた10号。

それは月面着陸の
最終リハーサルを行うための飛行だった。

月まで行き
着陸船のテストをしていた時に

事故が起きた。

宇宙飛行士の操作ミスで
機体が激しく回転!

この時 チャールズは地球から素早く
的確な対応策を伝えた。

宇宙飛行士は 指示どおり
手動操縦で回転を食い止めた。

これを評価したアームストロングは

命を預ける相手として
チャールズを選んだ。

チャールズもまた アームストロングには
絶大な信頼感を持っていた。

ニール・アームストロングは

我々の中で 最も勇敢で
最も冷静な宇宙飛行士です。

誰でもピンチの時は動揺するものですが

彼は どんな状況でも
落ち着いて対処できたのです。

月面着陸の船長にふさわしい人物でした。

地球を出て4日目 月の軌道に入った。

いよいよ着陸準備にかかる。

この時 管制センターの指揮官
フライト・ディレクターの一人だった…

いやぁ 全く楽観できませんでした。

着陸失敗の可能性もある中

ついに運命の7月20日を迎えた。

コリンズが
司令船コロンビアを操縦。

着陸船イーグルで月に降りるのは
アームストロングとオルドリンだった。

月と地球との交信は
1.3秒の遅れが生じる。

もし イーグルに何か起きた場合
すぐに指示を出さなくてはならない。

チャールズは万一に備えた。

着陸開始。

1万5, 000メートルの高さから
およそ14分かけて 月面に降下する。

開始から5分

冷静なアームストロングの声が
突然変わった。

(アラーム)
イーグルでは
エラーの警報が鳴り続けていた。

(アラーム)

「アラーム1202」が何を意味するのか。

各部署が焦って 一斉に調べました。

そして コンピューターの担当者が
素早く反応したんです。

映画にも描かれていない

コンピューター担当者たちの音声記録が
残されている。

コンピューターのオーバーフロー。

実は このエラーは オルドリンの
ある操作が招いたものだった。

着陸の時 イーグルは

月面との位置関係を測定する
レーダーだけを使うはずだった。

だが オルドリンが
司令船用のレーダーもオンにしたため

情報が増えすぎて
オーバーフローが起きたのだ。

でも コンピューターは
ちゃんと動いていました。

それが分かった瞬間 私は
フライト・ディレクターの確認を待たず

「着陸はGO」だと伝えました。

コンピューターには あらかじめ

エラーを起こした場合でも
最重要の命令だけを実行するよう

プログラミングされていた。

そのおかげで着陸中止を免れた。

だが すぐに新たなトラブルが起きた。

予定していた場所は
岩やクレーターで着陸不可能。

どうすればいいのか?

障害を飛び越えて
別な着陸地点を探しましたが

その分…

予定よりも飛行距離が伸びた。

ギリギリしか積んでいない燃料は 限界に。

みんな焦りました。

60秒以内に着陸しなければ
燃料切れになると。

非常事態に ざわめき立つ管制室。

だが チャールズは…。

私は同じ宇宙飛行士として

アームストロングが
この時 何を望んでいるか

同じ気持ちになって考えました。

彼が望んでいる状況を
つくり出そうとしたのです。

そして 宇宙飛行士にではなく
管制室に向かって こう言った。

アームストロングなら
この事態を乗り越えてくれる。

彼には それだけの経験があると
信じていました。

その経験とは
アポロ11号が月へ向かう1年前のこと。

アームストロングが乗る月着陸訓練機に

突然 吹きつけた強風。

機体があおられ 制御不能に。

墜落直前 アームストロングは脱出。

命を落としかねない事故。

それでも この訓練が必要だと感じた
アームストロングは

誰よりも長く 直前まで訓練を続けていた。

ここから先は…

チャールズのひと言で
静かになった管制室。

イーグルは予定されていた着陸地点を
6キロもこえて飛び続けていた。

残された燃料は 17秒だった。

その瞬間まで管制センターは 風船が
割れる寸前みたいに張り詰めていました。

でも 着陸と聞いた途端
緊張が緩みました。

空気が抜けるように プシューッとね。

あんな体験は あの時だけです。

地球と月とで 互いを信じた2人。

実は 管制室でチャールズだけが知る

秘密の合図があった。

アームストロングが
私だけに告げたんです。

これを知っていたのは
3人の飛行士と私だけでした。

その交信を もう一度。

アポロ11号を
地球から必死に支援したチャールズ。

それから3年後 アポロ16号で自らも
月の大地を踏み締めた。

危機を脱して月面に降り立った
宇宙飛行士たち。

星条旗を立てた この光景。

記憶にある方も
多いのではないでしょうか。

「今現在ちょうど
旗を広げて あげたところです」。

「ほんとに美しく きれいに見えます」。

でも よく考えてみると

38万キロも
離れた月から

地球に映像を
送るなんて

途方もない計画です。

それを成功させた人物が 第2の視点。

ヒューストンで
テレビ中継を担当していた…

月からの映像を世界へ送った
キーパーソンでした。

実は この計画の裏側には

これまで語られることのなかった
ドラマがあったのです。

史上初 月面からのテレビ生中継。

50年目に明かされる
驚きのアナザーストーリー。

あの時
人々はテレビに くぎづけになった。

月からの生中継。

日本でも視聴率は 60%を超えた。

子供心にね 相当思った記憶はありますね。

この画面の裏側で 一人の男が
人知れず大奮闘を演じていた。

男は ヒューストン郊外の
閑静な住宅地に暮らしている。

当時28歳。

NASAで月からの
テレビ生中継を担当した。

あの日 突然 電話が かかってきて…

史上初の
月からの生中継。

裏方は… 大変だった。

月面での第一歩をテレビで放送する。

このアイデアは
NASAの幹部たちの合意のもとに生まれた。

目的は 事実の証明でした。

アポロ11号以前から

テレビで宇宙船内の様子をモニターする
技術は開発されていた。

だが 月面にテレビカメラを運んだことは
いまだかつてない。

当然 さまざまな問題があった。

月着陸船は
ギリギリまで軽量化されていました。

重いテレビカメラを積み込むなんて
できませんでした。

ところが 重さの問題をクリアする
カメラが誕生した。

このカメラ。

重さ 僅か3.3キロ。

重力の違う月面では
6分の1の 500グラム程度。

NASAが電子機器メーカーに委嘱して
開発したものだ。

ベトナム戦争で偵察用に開発したカメラを
更に小さく軽くした。

小型化のカギは 最新の集積回路。

無駄をそぐために 映像は白黒とし

1秒間のコマ数も 30から10に減らした。

月の環境にも適応させた。

月面は 太陽があたる部分は…

あたらない部分はマイナス150度という
極端な温度差。

この過酷な条件に耐えられるよう
ボディーは 断熱板で完全に覆われた。

しかし 月からの中継には
もう一つ大きな課題があった。

月着陸船には とても小さな
アンテナしかなかったので…

月着陸船の先端部分に
テレビ中継に使われたアンテナがある。

直径 僅か60センチ。

出力20ワットの小さなものだった。

この 月からの微弱な電波を
受信するために

地球で用意したのは…。

アメリカ・ゴールドストーンの
通信施設のアンテナ。

だが これだけでは足りなかった。

地球は自転するため
他にもアンテナが必要だった。

オーストラリア・
ハニーサックルクリーク

スペインのマドリードの3か所をはじめ

地球規模で電波を
受信できる体制を築いた。

その中で最も良好な
映像を選んで放送すること。

それが ヒューストン
ジョンソン・スペースセンターにいた

エドの役割だった。

すごい大役です。 正直とても怖かった。

だって 人類が初めて
月に降り立つ瞬間を逃したら

ごめんなさいじゃ済みませんよ。

しかもヒューストンでは NASA職員として
中継を担当したのは エド一人。

他には2人のアシスタントが
いただけだったという。

しかたありません。

他のみんなには 月面着陸という
大切な仕事がありましたから。

それは ありえましたね。

何かNASAにとって良くないこと 例えば…

何が起こるか 誰にも分からなかった
月からの生中継。

7月20日 本番当日。

エドは いきなりハプニングに見舞われた。

きっかけは
アームストロングの ひと言だった。

予定では着陸後
アームストロングたちは

一旦 仮眠してから
月面に出るはずだった。

しかし 休息をとらずに月に出るという。

計画は 5時間も早まった。

エドには 寝耳に水だった。

その時 私は まだ家にいて

「これは大変だ 準備をする時間がない!」
と焦りました。

とにかく電話で状況を聞いて

放送が間に合わない 早く行かなくてはと
車に飛び乗ったのです。

自宅にいたエドは慌てて
ジョンソン・スペースセンターに向かった。

到着してから 中継開始まで1時間足らず。

世界中が世紀の瞬間を待つ中

準備を整えた。

日本でも
特別番組がスタートしていた。

分単位 あるいは秒単位という計算で
できておりますので

その一瞬を逃がしてしまうと私
大変申し訳ないことをいたしますので

時々こうして 自分の時計を見ることを
お許し願いたいと思います。

この銀座だけではなくて
日本のあらゆる町に

そして 世界のあらゆる家の中に
住む人々が

同じ気持ちの中に
今日は立っていると思います。

どんな感情を持ってる? 今。

なんかね 夢みたくてね
ほんとに現実にね その人たちが

月に こう行ったっていう感じが
あんまり実感…。

まだ湧いてこない?
はい。

夢じゃないっていうのを おじさん
ちょっと つねってあげる。 痛い?

夢じゃないのよ。 ね。

そして いよいよ
月面からの中継が始まる。

ところが またもハプニングが。

画面は よく見えますか?

世界中に放送された映像は 上下逆さま。

画面の下にあるはずの月面が
なんと真上に。

なぜ こんなことが起こったのか。

テレビカメラの位置に問題があった。

取りつけられていたのは格納庫。

カメラは 逆さまに設置されていた。

だが エドに
この情報が伝わっていなかった。

カメラが どう取りつけられているのか
正しい向きなのかどうか

前もって いろいろな関係者に
聞きましたが

正確な情報が分からないまま
本番を迎えました。

でも…

不測の事態に対して
先手を打っていたエド。

そのおかげで…。

映像は なんとか正常に戻った。

だが 一難去って また一難。

アームストロングが はしごを下り

いよいよ 第一歩を記そうとしているが…。

暗すぎて よく見えない。

電波が安定しているはずの

アメリカ・ゴールドストーンの映像は

不鮮明だった。

予定が5時間 早まったせいで
ゴールドストーンには

映像を調整する技師が
まだ到着していなかったんです。

このままではダメだと思いました。

エドは 思い切った決断を下す。

映像を 南半球オーストラリアのものに
切り替えたのだ。

ようやく アームストロングの姿が
見えるようになった。

あれで助かりました。

オーストラリアチームは
突然の時間変更にも素早い対応をした。

エドは 「最初の一歩」に
ギリギリ間に合った。

世界各地の人々が見た あの映像には

そんな舞台裏の奮闘劇があったのだ。

♬~

とてもすばらしい瞬間でした。

私たちは本当に 心を一つに
していたのではないでしょうか。

我々 人類は できるんだと。

本当に短い間でしたが
地球上の誰もが武器を下ろし

争うことを忘れ 政治を忘れて

テレビ画面で同じものを
見つめていたのです。

そんな仕事に関われたことは…

私の誇りです。

こうして 世紀の中継は幕を閉じた。

だが ミッションは まだ続く。

彼らを地球へ帰さねばならない。

アポロ11号のミッションは
まだ終わったわけではありません。

3人の宇宙飛行士を
無事に地球へ生還させること。

それができなければ
この偉業は悲劇に変わってしまいます。

それには この着陸船イーグルを

再び司令船コロンビアに
ドッキングする必要がありました。

そこで 大きな役割を担ったのは
一人の女性でした。

第3の視点は 当時32歳だった…

彼女が開発したソフトウェアがなければ

このミッションは
成功しなかったと言われています。

アポロ11号を守りきった女性の

世界を大きく変えた アナザーストーリー。

アポロ11号の偉業に欠かせなかった女性。

彼女は母校
マサチューセッツ工科大学のある

ボストンで暮らしていた。

Nice to meet you.
(取材者)Margaret?

Yes.

50年前の この写真について
本人に聞いてみると…。

見たことない写真ねぇ。

笑顔で返された。

これが アポロ11号の月着陸船用のもの。

こっちは司令船用のもの。

全部のソフトウェアを積み上げると
こんな高さになるの。

当時のソフトウェアは
カードに命令を伝える穴を開けて

コンピューターに読ませるという
手間のかかるもの。

更に ソフトウェアの一部は
コイルを一本一本編み込むという

途方もない手作業で作られていた。

50年前の偉業について聞くと
彼女らしい言葉が返ってきた。

私は こう言いたいわ。

人類が月へ行った時
ソフトウェアも初めて月へ行ったと。

アポロ11号の守護神となった女性は
何をやってのけたのか。

アポロ計画にとって ロケットの開発と
コンピューターの開発は

ともに不可欠の条件だった。

アポロ11号では 地球から月まで

コンピューターによる
自動操縦が実現していた。

これは 着陸船イーグルに搭載された
コンピューター。

それを動かすためのプログラムが…

マーガレット・ハミルトンは アポロ計画の
ソフトウェア開発のリーダーだった。

でも 女も男もなかったですね。

共通していたのは
ものすごくタイトなスケジュールの中で

アポロ計画を
進めなければいけないということ。

性別は関係なく
とにかく力になる人材が必要だったのよ。

マーガレットは女性プログラマーの
草分けであると同時に

ワーキングマザーの草分けでもあった。

時には 4歳になる
娘のローレンを

職場に
連れていくこともあった。

ある日 一つの事件が起きた。

働く母の傍らで遊んでいたローレンが
キーをいじっていた。

すると…。

(アラーム)

突然 コンピューターのデータが
全て消えてしまったのだ。

「もう 何をしたの!?」って言ったわ。

ローレンが入力した「P01」は

地上での打ち上げプログラムを
起動する命令だった。

つまり コンピューターは

宇宙空間から 突然
打ち上げの前に戻された状態になり

全てのデータを消してしまった。

本番のミッションで起こったら
大変な出来事だった。

私は すぐに進言しました。

「同じことを宇宙飛行士がやらないように
プログラムすべきだ」と。

でも 「宇宙飛行士が
そんなミスをするはずがない。

彼らは完璧だ」と言われて
却下されました。

だが 直後のアポロ8号のミッション。

司令船が月まで行った時
操縦していた宇宙飛行士 ジム・ラベルが

ローレンと同じ
「P01」を入力するミスを犯してしまう。

マーガレットの助言で
地上からデータを送り

なんとか無事に帰還することができた。

アポロ8号のミスで
NASAの考え方が変わりました。

「次のミッションまでに
プログラムを修正してくれ」。

私は すぐ取りかかりました。

もし こんなことが起こったらと
あらゆる可能性を考えて

ソフトウェアを組み直しました。

起こりうる全てを事前に想像することで
未来の事故は防げるはずです。

操作ミスや誤作動は起こるものと想定し…

…な準備をしておく。

この 「Fail Safe」という考え方で

マーガレットは
コンピューターの信頼性を高めていった。

アポロ11号を地球から支援し
後に自らも月面に立った…

コンピューターの重要性を
肌身で感じた一人だ。

我々 宇宙飛行士は もちろん
手動で操縦する訓練も受けています。

しかし…

月面に降りた宇宙飛行士が
地球に戻るには

まず イーグルに乗って

司令船コロンビアと
ドッキングしなければならない。

そして 全員が司令船に乗り換えて
地球に帰還する。

アポロ11号のミッションは

コンピューター制御による
ドッキングなしには ありえなかった。

ドッキングの技術は
アポロ計画以前から試されていたが

当初 コンピューターが
導入されることはなかった。

理由は…

もともと 空軍や海軍の
エリートパイロットだった彼らは

自分の操縦技術に誇りを持っていた。

だが 宇宙空間でのドッキングには

時速3万キロの猛スピードで進む
宇宙船同士を

数センチの精度で近づける
離れ業が要求された。

結果 手動操縦でのドッキングは
一度も成功できなかった。

そこで力を見せつけたのが
ソフトウェアだった。

ジェミニ8号で ソフトウェアによる
ドッキングが試された。

コンピューターの計算をもとに
宇宙船と宇宙船を近づけた。

そして…。

ドッキングに成功。

みんなの考えが変わりました。

コンピューターに何ができるか
分かってくれたんです。

私たちは それから何度も
ソフトウェアを改良しました。

宇宙飛行士の命を預かるものですからね。

アポロ11号でも ソフトウェアが
ドッキングをつかさどった。

チャンスは1回限り。

もし ドッキングに失敗すれば
アームストロングとオルドリンは

宇宙空間に取り残され
二度と地球には戻れない。

イーグルはコンピューターに誘導され

上空を時速4, 800キロで周回する
コロンビアに向かって上昇。

コンピューターが位置を調整。

タイミングが0.1秒でもずれれば
130メートルも離れてしまう。

接近するイーグルとコロンビア。

そして…。

ドッキング成功。

とにかく アポロ11号のミッションは
他と違って特別だったわ。

初めてのことばかりで 私はずっと
何かあったらどうしようって心配で

いつも凍りついているようだったわ。

でも あらゆる準備をしていたから
成功できた。

みんなで力を合わせたから。

こうして アポロ11号は帰還の途についた。

午後0時50分。

ハワイ沖に無事着水。

アポロ11号が成し遂げた偉業は
人類史に深く刻まれるものとなった。

50年前 月面着陸の夢を果たした人類。

その背景には
月に降り立つという目標に向かって

心を一つにし 困難を乗り越えようとする
人々の強い信念があったと感じます。

あれから50年 人類は月よりも先の
宇宙へは まだ到達できていません。

でも その日は
いつかきっと やってきます。

未知の宇宙に向かおうとする時
私たち人類は

あの時と同じ信念を持ち
挑戦し続けることができるのでしょうか。

今 再び人類を
月へと送り込む計画が進められている。

月を目指す宇宙船 オライオンの
プログラム開発主任…

アポロ計画で成し遂げられたことは
私たちにとって 大きな遺産です。

月へ行って戻るための基礎となる技術は
変わっていません。

もちろん 現在はシステムを より効率よく
小型化することができています。

我々の新たな挑戦は 月に行って

そこに滞在する
永久的な施設をつくることです。

それが 次の挑戦です。

新たな計画では 2024年に
再び 人類が月へ降りる。

そして 月面に長期滞在。

月の軌道には
国際宇宙ステーションを建設する。

アポロの偉業を礎に
新たな挑戦が始まっている。

再び 月へ行くのは すばらしいことだわ。

私たちは
もっと月のことを知るべきだし

月をステップに
更に先の宇宙を目指してほしいわ。

火星などの惑星に行って
また地球に戻るのは

とても難しく 大変な挑戦です。

次の世代が
やり遂げてくれることを祈ります。

やるでしょう。
でも最初の一歩は二度とありませんよ。

月から 更に火星へ。

新たな惑星に降り立つ時
それは人類にとって

どんな一歩になるだろうか。


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