SWITCHインタビュー 達人達(たち)「土井善晴×原由美子」「一汁一菜」そこにはどんな哲学が込められて…


出典:『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「土井善晴×原由美子」』の番組情報(EPGから引用)


SWITCHインタビュー 達人達(たち)「土井善晴×原由美子」[字]


親しみやすい説明で家庭料理のアイデアを提供する、料理研究家・土井善晴。40年前から話をしたかったという、日本のスタイリストの草分け的存在・原由美子と出会う。


詳細情報

番組内容

「きょう何を着ようかな」とみんなが思うことをプロとして行うこと、と自らの仕事を語る原。苦労を重ねながら、ファッションで自己主張する楽しさを追い求めてきた原が、土井に提唱する「フォーマルの勧め」とは? 一方の土井は、料理研究家としての道を決定づけたという場所へ原を招く。家庭料理の本質を考えた土井が提唱するのは「一汁一菜」。そこにはどんな哲学が込められているのか、土井料理の本質に迫る。

出演者

【出演】料理研究家…土井善晴,スタイリスト…原由美子,【語り】六角精児,平岩紙



『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「土井善晴×原由美子」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

SWITCHインタビュー 達人達(たち)「土井善晴×原由美子」
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『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「土井善晴×原由美子」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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「きょうの料理」も
冷やし中華はじめました。

料理番組の顔として おなじみの達人だ。

おいしそうな料理とともに飛び出すのが

瞬発芸のような名言の数々。

リズム感がないとね
おいしいもん出来ないという はい。

こう 返すときにね…

(後藤)大さじ1杯という目安ですけど。

(後藤)言わなくてもいい?

みそ汁だけはね 濃くっても薄くっても

熱くっても 冷たくっても
みんな おいしいんですよ。

一方で 土井は
家庭料理の本質を追求している。

その思いをつづった著書
「一汁一菜でよいという提案」。

見た目が華やかな料理は並んでいない。

ご飯とみそ汁
あとは 漬物があればいいという

シンプルな食事を提案している。

それは 土井がたどりついた
家庭料理の神髄だ。

飽食の時代に
家庭料理は どうあるべきか。

その根本を見直そうとする土井。

そんな土井が会いたいと願った人物は…。

雑誌で活躍するスタイリストの
草分け的存在だ。

雑誌「an・an」に創刊当初から携わり

以来50年近く
ファッション誌を中心に活躍。

ただ服を選ぶだけではなく

モデルに どう着せ どう見せるか。

まだ日本に「スタイリスト」という言葉が
定着していなかった時代から

日常生活での服の着こなし方を
提案し続けてきた。

そんな 原の仕事に魅了された一人が
向田邦子。

時代をけん引してきた
着こなしの達人 原に

土井も 特別な思いを抱いていた。

それこそ 40年ぐらい前にね
ちらりと お見かけしたこともあって。

実は 土井 若いころから
流行に敏感な おしゃれ青年だったのだ。

今 どんな仕事を残されたのか
っていうのは

振り返ってみるにおいてもね
私にとって

とってもプラスだと思ってるんですね。
それは あの…

「衣」「食」「住」ということであれば
実際に なさってることが

「あれ?」と思った… 気が付いたのは
「よく似てるな」と。

緑が すごいじゃない。 つたが はって。

あっ そうですか。
こんなとこがあるんだね。

土井が向かったのは
下町情緒が残る 東京 江東区にある

ファッションブランドの本社。

あっ!
どうも こんにちは。

どうも。
やっと お会いできたっていうか。

はじめまして。
はじめまして 原です。

どうも よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。

今日は 本当に楽しみにしてたんですよ。
はい 私も。

そんなことはないですよ。 私のほうが…。

新しい著書は 本当
自分で ちょっと興味あって

買って 読ませていただいたんで
そういう意味では

こういうタイミングなんだなと思って。
そうですね。

何か 本当に…
ちょっと 読めば読むほど

それこそ…

40年来 憧れていた相手と初めて語り合う。

土井先生 いつもにも増してマジです。

人を見たら その人が分かりますか?
着物を… 着るもので。

そんな… 仙人っていうか
神様じゃないから分かんないけど

私なりの判断はします。
判断しちゃいますよね。

だから やっぱり 着物って…

要求されるから もう
どんどん どんどん 新しい…。

無限にできるけども…

♬~

あの… ここで。

どうぞ お先…。
失礼します。

原が 土井を招いたのは

懇意にしているブランド本社内の
ショップ。

お店だけど とっても気持ちいい空間で。
気持ちいいですね。

ここは ドイツ人デザイナー
ヨーガン・レールが

「衣」「食」「住」の
ライフスタイルを

プロデュースしたショップだ。

これは 藍染め?

≪いえ。 先染めと あと
地球の環境を汚さない化学染めです。

化学染めも入ってるわけ。

私 あの… 藍染めとか大好きなんです。
今も これ 藍染めですし。

その紺は そうですね。

若かったころ
ヨーガン・レールと出会った原は

日常の暮らしの中から
ファッションを考える姿勢に

刺激を受けた。

私が 本当に
スタイリスト始めた72~73年に

レールさんも日本に見えて。
でも すごく早い時期に

生活のインテリアのお店 一度出されてて
そういう意味では

あの… あれですよね。
「衣」「食」「住」っていうのは 密接な…

…っていう その大切さが すごく…。

で わりと 日本のっていうか

いいものを 反対に教えていただく
みたいなとこも。

ここは 頻繁にいらっしゃるんですか?
展示会のときとか

洋服を 撮影のための…
貸していただくときに ここに来る。

普通 遠い所に…
そういうのって嫌なんだけれど

ここは 何か 時間を取っても来たくなる
空間ですよね。

ここは
新作の服を展示するプレスルーム。

原が服を選ぶために
足しげく通う現場の一つだ。

何か ゆっくり見たい気がしますけども。
はい また改めて。

そうですね。

あの… でも 着るものと食べるものと
そして 住む所っていうのが

人間にとっては必要な
「衣」「食」「住」じゃないですか。

そういう意味では
私は 食べることをしておりまして

そして 着ることっていうことで

人間が あと 住む所があって
一つ 暮らしに…。

それがないと
生きていかれないっていうものだから。

スタイリストというお仕事とね
私なんかでも

いわゆる 料理研究家という
ちょっと えたいの知れない…。

そう。 「それって 何するの?」とか。
そうでしょ。

はい。 ただ スタイリストも 絶対
今でも 正確に どういう仕事かとか…。

私も だから それは
よく原稿に書いたことあるけど。

朝起きて みんな 普通の人が…

…を考えているわけで。

…っていうのは
「どうなの?」っていう意味では

すごい ガチガチに
頑張り過ぎたんだと思う。

そうですか。
でも 食べるもんも ある意味

本当に お母さんが作って
ふだんやってるもので済んでいくことを

今のように これだけたくさん 日本では
お料理の番組とか いっぱいあって。

スタイリストっていうお仕事そのものがね
先ほど言ったように

世間では
どれだけ認知されてるのかいうのは

私たちは 半信半疑で。
まあ きっと 土台があって

世の中の はやりものとか
新しいものが出てきたものとを

自分なりにつなげて どう提案するか
ということだと思うんですよね。

だから それは
72年の「an・an」から始めて

どのぐらいの雑誌やってきたか
分かんないけど。

だから 常に… ある意味
その頂いた雑誌のターゲットっていうか

読者なり その雑誌の考えている
あるイメージがあるわけで。

今 ここの読者の人だったら
どんなものを着たいとか…

そうですね。
デザイナーの服っていっても

73年から それこそ… 2011までか
パリコレに行って。

私は でも ミラノは行ってなくて
パリだけですけど 見て。

その中から 知ってほしいなとか

これだったら
こういうふうに着てほしいなとか。

…っていうことが 一番 私の中では
メインだったと思いますけど。

例えば 具体的に 一枚の服でも
きっと 背景っていうものがあるし

それが
朝 昼 晩とかいうことも

季節… 春 夏 秋 冬
春の始まりであるとか

そういうようなものがあると
思うんですね。

そして…

「場」というようなものの中に
この 服って…

非常に 事細かに…

いっぱいありますよね。
いっぱいありますよね。

やっぱり どこで撮るかもね…

それは だから たぶん…

そうですね。

私って 結構 そういう意味では
その 撮るべく…

でも 若い方だったら もっと とんがって
そのネオンの真っただ中に

うわ~っと派手なものをぶつけるとか
いろんな表現があって

それはそれでいいと思うけど。
たぶん 私は…

原さん自身が持ってる
愛着っていうようなものがね

あの… 一番の要というか 基点に。
それが きっと

恐ろしく強いんだと思う。

それがなかったら やってないですよね。
そうですよね。

大学でフランス語を学んだ原。

出版社で 翻訳の仕事に携わったことが
きっかけで

スタイリストの道を切り開くことになる。

1970年 当時としては珍しい
オールグラビアの女性ファッション誌

「an・an」が創刊。

原は 海外の原稿を
翻訳・整理するスタッフとして参加した。

創刊2号の「an・an」には

新米のスタッフとして
原が紹介されている。

原稿整理のためのスタッフだったが

やがて 撮影現場に駆り出されるように。

服や小道具をそろえる仕事から始まり

フリーランスのスタイリストとしての
仕事を

確立していった。

原は スタイリストとして
初めて手がけた誌面を

今でも大切に保管している。

これですね。 え~っと 何だっけ?

これは 鎌倉の実家で

裏口から 積んで出て…。

タイトル「引っ越し」。

自分の 鎌倉から東京への
引っ越しに合わせ

モデルを使って
ドキュメント風に仕立てた

ファッションページだ。

ファッションと日常生活を
どうつなげていくか。

スタジオを飛び出し
さまざまな場面の中での

おしゃれを提案した。

例えば 「ヨーガン・レールの洋服」
というのが タイトルだとしたら…

あるいは 視聴者 読者から見て
別のストーリーがなかったら

伝える手だてっていうようなものが
ないじゃないですか。

それは 常に 洋服見て
「自分 これ好き」とか

「これは 何か 今度 連載に使いたい」と
思ったときに…。

何か 自分の
違うものと合わせますよね?

ライターの人が もし いて

「原さん これ 今度 どうしてですか」って
もう聞かれるの分かってるから

たぶん それは…

そうでしょ? セットですよね。

だから その
セットであるサブタイトルで

別の文脈というか…

…と思うんですよね。 膨らみがない。

だから でも… その辺が ある意味
ただ ある何かの基準を超えた

選ばれた服が並んでいるなっていう
捉え方だけの方もいらっしゃるんで

その辺は…。
でも その服が

服のどこがいいのっていうことを
見つけてなかったら 漫然としますよね。

選ばれないっていうか 選ばないから。
そうですよね。

選ばないと思うんです 原さん自身も。

ただ だから
そうなるために どうするかで…

そうですよね。

私なんかは 子どものころって
いろんな洋服含めて

そんなに欲しいものがなかったから
一生懸命 見て。

あと 洋服なんかでも
パリコレ 最初に行きだしたころは

やっぱり 日本では 絶対買えない
何でもないTシャツだけど… とか

そういうものがあって
そういうものを見るのが

とても楽しかったけど。
今の方は もう ある意味

うわ~っと あって
最初から選ぶことですよね。

そういう意味では…

私なんか… だから まず
父の その書斎の一枚の写真からも

ギリギリ眺めてたんだと思うけど
それが 全然なくて。

いつでも ある程度の値段で たやすく
そこそこの洋服が買えちゃうってことは

羨ましいなと思ったけど ある意味
もしかして 大変なんだなと思って。

何か 本当に…

そうだと思いますね。
まさに 今の現代人は

そこにあると思うんですよ。 だからこそ

何かね 選び方とかで
ハウツーじゃないけども

そういうメッセージが
原さんのお仕事の中を振り返るだけでも

十分にあるような気がするんですね。
だから あの

振り返って いいもんですかね?
振り返って いいんじゃないですか。

だって 面白いと思うんですよ。
発想が面白いし。

原が スタイリストを
一生の仕事にしようと決めた現場がある。

日本から取材に行く者が
まだ ほとんどいなかった

パリコレクションだ。

世界のファッションに感銘を受けた原は

日本に その魅力を伝えたいと考えた。

初めて訪れた1973年以来

38年 自費で
パリコレに通い続けた。

どう 服を美しく見せるのか。

撮影現場での原を取材した映像がある。

このガラス きれい。
きれいよね。

モノクロ 出ますよ。
出る?

選んだ服の魅力を伝えるために
必要な雰囲気や空気。

それを 一瞬でつかみ取る。

後ろ姿でもいい? 横でも。
横とか後ろで かわいいと思うんだ。

これが 一緒でしょ?
うん。

場の空気を生かしたスタイリングに
こだわる 原。

その才能がフルに発揮された仕事がある。

1985年 モロッコでの撮影。

アフリカの強い光を感じさせる
白を基調にしたスタイリング。

そして 光に負けじと自己主張する
派手なプリント。

その場の空気を生かしながら
ファッションで自己主張する時代に

原のスタイリングは見事にマッチした。

モロッコに取材に行かれた記事なんて
あれは 旅行記であるし

その場の楽しみ方を
ずっと書かれてる中にファッションが

一緒に… 共にあるというような。
そんなの 書いてたかしら…。

いやいや…
写真で それが読み取れますよね。

モロッコは やっぱり
あの光と ああいう…。

自然の中での人間が どう対応するの?
っていう一つの答えを

ファッションで表してるというか。

でも 本当 モロッコは一番元気で…。

…っていう意味では

ああいうこと できたのは
すごい感謝してます。

あの誌面を

私 たまたま拝見しましたら…

いや そんな…
自分の中では そんな分かんない。

「分かんない」って言っちゃいけないけど。
でも にじみ出るというか…。

まあ 洋服って そういうふうに…
何ていうんだろう?

一番最高の場所っていうのが
撮るときってあると思うけど

それ… なかなか
巡り合えないとは思うけど

たまたま 80年代とか
一番 ファッションに力もあって

雑誌も ある意味 そういうことに
ちゃんと お金 使えるときに

そういうことを
やらせていただけたことは

感謝しなくちゃな みたいなね…。

でも そういうふうに
言っていただけるのは うれしいけど

だから それ もっと早く
知りたかったわって感じですけど。

ああ そうなの?
そんなことないでしょ?

ものすごく大絶賛で
ずっと受けられてて

それを自覚されて
仕事 進められてるのかなというように。

「あっ いいのかな」とか…。

そういう意味では やっぱり あれも

「あのときの ちょっと あそこがな」
みたいなのは 今でも…。

原は 1945年生まれの鎌倉育ち。

明治生まれの父は

イギリス留学を経験した服飾評論家。

書斎には
海外のファッション誌が並んでいた。

手先が器用だったという母は

原の服を丁寧に仕立ててくれた。

お父様が 服飾評論家…。
まあ それで

原稿で お金を頂かないと
うちの家計が回らなかったというか。

あとは…

お料理も上手で 面倒くさいものも
全部 作ってくれてたんで。

型染めもしてたしね スモックも…
あと 本当 藍染めもしてた。

そういう意味では 徹底的に何でも。

やる気なくなっちゃう。

それを見てしまった…。
それと あの…

器用すぎるから
たぶん 見てられなくて。

夏休みの 何か作る宿題なんて
全部やってくれちゃうの。

だから… 学校持ってって
こんなん なってると

「原さん きれいに出来ましたね」なんて
言われて

「う~ん」って言って もう すごい…。
だけど

先生も たぶん
分かってらっしゃいますよね。

そんな母は 原の中学のセーラー服を

わざわざ 東京の洋裁店で仕立ててくれた。

そこで書かれてるのは

「同じ制服 同じセーラー服だけども

少しの仕立て方によって
全然 見え方が違った」っていうことに…

そこまで…。
だけど 本当は

それは いわゆる
学校のもあったけど

制服の専門の洋服屋さんが
東京にもあって

そこで作りましょうねって。
だから

そういう意味では
そんなお金持ちでもなかったけど

そういうのは 母も…。

だから セーラーの
ちょっとした裁ち具合ですね。

ほら!
でも べた~っと なったり…。

だから そういうのは…。

だから 今 思うのは
やっぱり 両親に感謝ですよね。

そうですよね。 今 本当に
「ちょっとした裁ち具合」っていうときに…

あっ そうですか? それ恥ずかしいから
もう やめようと思って。

そんな 今頃…。
そうなの?

どうして恥ずかしいんですか。

ここ いっぱい こういうスクラップが…。
それは だから あの…。

よかったら 拝見…。

だから あれです…。
ハハハハ…!

えっと… まだ中学ぐらいまで。

で 今のようにスタイルブックとか
なかったから。

だから あの… 週刊誌とかです。

「週刊女性」とか「女性自身」とかで
きれいな写真…。

切り抜きですか?
そう 貼ってたの。

ぱっぱと めくってください。

だから こんなの恥ずかしいですよね。
だから…。

いえいえ! そんなことない。
何となく… でも

すごく よく伝わってくるものが
ありますよね。

だから たぶん…

そうですね。

ああ… みんな 幸せそうですわ。

ファッションを楽しむことが
身近になると

原の人気は高まり

自身の名を冠した雑誌を
出すまでになった。

私生活を取材した記事も
組まれるなど

人気は過熱。

原が発するメッセージにも
関心が高まった。

しかし
そんな原に対して

批判的な声も
決して少なくはなかった。

新聞に寄稿した原のコラム。

「自分をどう見せたいか
真剣に考え

服を選んでほしい」
というメッセージ。

それに対し
読者から多くの批判が寄せられたのだ。

「服は自己満足にすぎない」。
「中身こそ大切」。

原の本当の思いは
なかなか伝わらなかった。

何かで「もうちょっと着ることを
みんなが大切にしてほしい」

みたいなことを言ったら…

ある大きな新聞の欄で
やられてしまったんで

すごく…。
それは あの…。

いや~… 日本人の悪いとこですよ。

だから 結構 めげて…

だから やっぱり

みんなに そんなこと
言っちゃいけないのかなみたいのが

常に あるんで。
原さんが おっしゃったのは

それは 真面目におっしゃるからですね。

私なんか 半分 冗談のように
いつも 真面目なことを言ってる…。

日本では 何かあって。
そうそうそう。

子どものときに

洋服とか…

…みたいなことを。

何か 日本人の中には

おしゃれは男の恥として育ちました
みたいの…。             そうですよね。

あんまり おしゃれだって
「おしゃれですよね」と言われるのが…。

いいことではない。

うれしくないですよね 全然ね。
皮肉であったり。

女の人でも それがあるんですか?
男は そうですよね?

男の人は 特にだけど
女だって「嫌だ あんな

かっこつけてるだけじゃない?」
みたいなことにはなると思うんで。

そういう意味では…

だから フランスの人は 自分が…

でも 日本では 今 特に
周りより目立たないとか

あの… お母様になられたりすると
特に いろんなあれとかで

やっぱり 何人かいたら

皆さん 同じような雰囲気に
しなくちゃみたいな そういう意識が。

若い子も一緒ですよね。

だから その辺が あの…

今は… 何て言うんだっけ?
ファストファッションか。

安くて そこそこのものが
いっぱい手に入って

それで済ますこともできるけれど。

その… 私なんかが やらせていただいた
外国のブランドなんかで

男物とかでも すごくベーシックなものも
作ってますよね。

そういうものは やっぱり…

ずっと着られるもんだなっていうんで

そういうものも…
まあ お金の問題はあるけど…

なんか
その辺が「関係ないや」じゃなくて

だから そういうのを どうやれば…。

まあ 私らでも ネクタイを
初めてしたころっていったら

ネクタイをしたら 何か お行儀良く
かしこまったりしてみたいな感じがある。

それが 美しい美しくない…

だから 私は
やっぱり 背広っていうのは

ワイシャツとネクタイが付いて
完成されたものとして

すごく歴史があるから。

それは 疲れたり くたびれたとき
ネクタイ緩める動作とか

最後には 取っちゃって
だらっとなるのは分かるけど…

ただ 今のように背広でも…
今日もそうですけど

ネクタイ わりと なさいませんよね。
あんまり ネクタイしないですね。

ネクタイするのが
すごく難しいんですよ。

でも 何か すごく…

良いレストラン
一緒に行くときになさってたとき…。

…ときも あります。
で やっぱり こういう所は

このくらいの…。
そうですね。

そういう あちらの気持ちとしても。
だから そういう意味では…。

そうですね。
自分が そこに気持ちを表すっていう。

敬意を払うということが
ありますからね。

そんな… 仙人っていうか
神様じゃないから分かんないけど…

判断しちゃいますよね。

でも その判断は
相当 当たってますよね。

それは あると思います。
だから やっぱり 着物って…

そのことに対しては…

やっぱり 何か…

そういう感じなんですけど。
そういう感じなんだなと思いました。

後半は 舞台をスイッチ。

土井が原を招いたのは
東京都内にある日本民藝館。

…だと 日本のものって思うんで。
そうですね。

日本民藝館は
思想家 柳 宗悦などによって設立され

日本や諸外国の工芸品が展示されている。

なぜ 土井は 原と語る場所として
ここを選んだのか。

実は 料理研究家としての生き方に
深く関わっているというのだが

詳しくは 後ほど。

土井は…

父は
料理研究家として名をはせた 土井 勝。

昔からですね…

そうです。
そういうことですね。

「おふくろの味」という言葉を広めた
家庭料理の第一人者だ。

物心ついたときから
料理の道に進むと決めていた土井は

大学を卒業後 単身フランスへ渡る。

星付きのレストランで腕を磨いた。

帰国後は
大阪の老舗日本料理店で修業を続けた。

やがては パリで自分の店を開き

世界で勝負することを夢みていた。

フランスにいらしてたっていうのを知って
「おお…」と思って

修業にいらしたわけですよね?
私は… まあ そうなんですけども

一番遠く 一番 あの…
勉強しにくいヨーロッパ

それは フランスっていうようなものが
ありましたからね

フランス料理っていうのが。 ですから…。
わりと 苦労することは もう…?

すごい大変そうじゃないですか。
大変そうですよね。

でも あえて 私の場合は…

そういう 何か… 自分が弱いというか

そういうことを知ってるから

直しに行くっていうか…

…みたいな感じは
自分の中ではありましたね。

でも それを…
かなり長い修業なさったわけでしょ?

いやいや そんなに長く…。
最初に スイスに1年おりまして

そのあと 日本で
また 大学を卒業しながら

フランス…
フレンチレストランにいて

それから リヨンに行くわけですね。

家庭の… シェフのおうちに
居候するというような形でフランスと…。

でも それは面白い。
それは 一番 私にとっても

プロの そういう
料理ばっかりじゃなくて

週末に… 週末には
親戚とか子どもたちが集まるし

そういう暮らしの中に
いられたもんですから

それは もう
本当に ありがたかったし。

だから それは もう本当に…

…ということを知るし。

じゃあ ずっと その料理人としての
それを お持ちで。

それは もう ずっとありました。
帰ってから また 私…

味吉兆という所に修業に行くわけです。
そのときには もう 本当に

何ていうか 仕事するっていうか…

そういうふうな 職人的な…

だから 私のときは 吉兆いうのは日本一。
ですよね。

何かをするにも
日本一 魚が上手におろせるように…。

できなくちゃいけないわけでしょ。
日本一。 掃除だって

日本一いうものを課せる…
課すというかね。

でも 父が そういうような
家庭料理っていうことでしたから

父の学校が
ちょっと 生徒の集まりが悪いとか

そういうような時代に
さしかかってきたときに…

…と言われるわけですね。
そして 戻ったら 家庭料理。

そこで…

そういう思いも…?
思うわけですよ。

♬~

今月は 土井 勝さんに
ご指導いただく予定でしたが…

よろしくお願いいたします。
どうぞ よろしくお願いします。

今月は入門で 大根…。

父のピンチヒッターとして
突然 出演することになった土井。

それを身近にある
身近な材料を使って…。

この日の献立は「いわしのおろし煮」。

いわしを そのまま じかに入れるわけ。

それで 煮過ぎないように
さっとね 炊くわけです。

「誰もが 家でできる料理を提案する」。

それは 一流の料理人を究める道とは
かけ離れていた。

葛藤を抱いていた土井。

ある運命的な出会いを果たす。

柳 宗悦らによって社会に提唱された
「民藝」との出会いだ。

職人の手仕事によって作られた品の数々。

日常の暮らしにつながることから
美が生まれるという民藝の心に

土井は
家庭料理の道と重なるものを感じた。

土井に 家庭料理を究めるという
新しい道が生まれた。

まあ 民藝っていうようなものをね
出会って 本当に

家庭料理っていうような
日々の庶民の暮らしですよね。

庶民の暮らしを正しくするっていうか
手作りで ごまをいって ごまをすって

いんげんを湯がいて盛るというか

そこまでのプロセスの中にあった
生活道具が

ここに全部 収まってるわけでしょ。

すり鉢も すりこ木もあるんだ。
その すり鉢を…

ごまをするときに
ゴリゴリっていう音が鳴るけども…

今 たぶん これを
本当に 知らない方 多いから

何か すごい もったいないなと思う。

その生活の中に
道具に触れて 食材に触れて

自分たちが…

やっぱり そういう…

そして…

土井の精神を象徴する一品が
この 素朴で 不ぞろいな塩むすびだ。

おむすびを作るだけの
「きょうの料理」は

視聴者に大きなインパクトを与えた。

そしてね こうやって
パッと こう よそうでしょ。

ちょうど 一人分…。
はい。

そして 布巾に載せて…。
これで もう こうやって転がす。

何か あの…
えらく簡単に きゅっと… ねえ?

簡単なんですよ。
あっという間に。

…と思ってます。

まさに シンプル イズ ベスト。

土井の思いが ぎっしり詰まった
塩むすびだ。

塩むすび 持ってるんですよ。

この まず 風呂敷から拝見して…。

土井が取り出したのは

前半 原と語ったあと購入していた
水草で編んだ籠。

塩むすびに込められた
土井の思いが明かされる。

すごい だから 無造作に

母は こう 三角だなんだ
いろいろ やるけど

それは 別に できなくていいのよって
言われて 自分は…。

もちろん そうだと思います。
でも あえて あれで あの…

お勉強したところを かなり
わざと無造作に いろんな大きさふうに…。

それがね あの… 何ていうかな?

自分のために作るっていう
おむすびの…

この始まりは自分のためなんですよ。
持って すぐに出かけると。

そうすると…

大事なことじゃなく?
うん。 そして ふわっと もう…

必要最小限のことをして
こういうね それこそ…。

竹の皮っていうか…。
…のがあったから

熱いものを これに
直接 入れてっていいわけですよ。

昔の このような道具っていうのは。

まさに これ
「民藝」っていえると思うんですけどね。

こういうものって蒸れることがないし。

そして このまま 一日…
ちゃんと塩を周りにつけて

熱々を握ることで 塩の壁が出来て
雑菌が入りにくいから

日本の夏 一日 これを持って外に出てても
全然 心配いらないんですよ。

だから…

おなか 痛くなったり…。
そうですよね。

関わらないっていうところの関係性が

料理のしかたっていうのに
関わってきますのでね。

だから それって 実は 調理して
火を入れてる間とかいうよりも…

暮らしの中で手軽にできる料理。

土井が提唱するのが「一汁一菜」。

「一汁一菜」の さまざまなメニューを
ツイッターで発信している。

トマトと油で揚げた卵のみそ汁。

ここにチーズを載せることも。

クルトン代わりに トーストを入れ

オリーブオイルを垂らしてみたり…。

自由な発想をすることで

手間をかけずに
いろいろな味が楽しめる。

それが土井流だ。

やっぱり ご飯とみそ汁と
あと ちょっと その時々の…

たけのこが出たら
たけのこを煮たりして

それで もう 十分に…
まあ いいんですけども。

何か でも…。

あと 日本で おいしいもの
すごく食べられるようにもなっていて

しかも それを
全部 家庭でも作ろうとして

お鍋でも何でも もう
いろんなもの あるから。

やっぱり
ビジネスと関わるところいうのは

常に新しいものとか変化とか
珍しいものというようなことで

レストランとかで提供すると。

でも 家庭っていうのは
やっぱり あの…

母親は何も お金を取るわけじゃないし…

その辺の… ことで
やっぱり いろんな問題もあって

「一汁一菜」みたいな本を書かれた…?
そうですね。 お料理を作れないんですね。

あの… 作らない。 作らなくても良い。

それは環境的に見てれば

自然に作っちゃうんじゃないかなと
思ったけど

今は そうではない方が多い?
そうではなくなってしまった。

なくなって… 知らず知らずに
なくなったということですね。

子どもが生まれたら お料理を…
自分の作ったお料理で育てたいって

思うわけですね。
これは やっぱり 人間の感覚として。

自然ですもんね。
自然に そういうものを持ってて。

だけども 世間と自分の
こう 作らなければというのが…

そこに…

だから その辺は 私は

着ることを悩んでる方みたいのには
敏感に思うけれど。

それをすることで生き生きしてられるし

手っていうことを動かすっていうことが
とっても大切なことっていうことが

まあ このごろ
私は つくづく思ってるところです。

だから 人間って こう
食べるっていうことばっかりを

気にするけども 実は…

それで家庭のリズムが出来るわけで。

だから 買ってきたものを食べるだけで
良いんだっていったら

買ってきたものっていうようなもの
っていうのは

何も 家庭料理がなくても良いっていう
結論になってしまうんですね。

そういう意味では その…
根本的な行為だから

もうちょっと
身についていくはずのものが

ついていないっていうのは
怖いなっていうのは…。

今 そこのところが それこそ…

それで十分なんですね。

それが たぶん
「一汁一菜」に書かれていて。

私の場合は作ってはいたけれど

朝昼は意外と簡単だけど
「夜は じゃあ…」と思って

こう ワンプレートかなんかに
やってみようと思うと

必ず こう… 品数っていうか

食品の数を勘定するようになって。
ああ そうですか。

9品目じゃないけど。
まあ 30品目とかね…。

30は無理だけど「1 2 3 4 5…」とか
やるようなことでやってたけど…

そういう読み方で
とっても私の中では感謝したんで。

それでいいと思いますし あの…
確かに原さんが おっしゃるように

大勢の まあ 若い子たちも
あれで 自分が

料理っていう
何か 訳の分からないものが

横たわっているのを

あっ こんなことでいいんだって
まず思えた。

そういう方が きっと多かった…。
そして 楽しみとか

人とっというときにだけ 何か…
そのときには

一つずつ レシピでも増やして…

レパートリー 増やしていけばいいという。
…ってやって

面白くて おいしいが分かればね。

料理研究家として これまで
数々のレシピを提案してきた土井。

生き生きと料理を作ってほしい
という思いの反面

みずからのレシピが マニュアルのように
受け止められるリスクについて

何を思うのか。

私も…

間に合いますよね それは。

ただ 珍しい野菜とか頂いたときに

ああ そうか 今なら インターネットで
こう 入れるとね 出てて。

だから やっぱり そういうものが
ある意味では

お料理 作るっていうことの垣根
下げてくれてる部分もあって

皆さんが もっと楽しくやれてるのかな
みたいにも思ってたけど。

料理を だから…

…っていうことですよね。

そこは やっぱり 自分で あの…

「あっ こんなふうにして」って
発想することの楽しみ。

結局 常に…

だから いつも違うんですよ。
「今日は こうしてあげよう」。

「今日は 昨日よりも
ちょっと涼しいわ」とか思ったら

「こうしてあげよう」。

じゃあ 見て 作っていいけれど
それに あまり こだわらず…。

そうでもない?
要求されますよ。 要求されるから

どんどん どんどん 新しい…。
でも…

だから その辺が難しいというか…。

無限にできるけども…

だから やっぱり でも そういうことを
気付いていくには

すべてのことに対して
一生懸命 真面目にやってないと

何か 感性みたいのは磨かれない?

感性は もう 絶対 そうですよ。

お料理には すごく必要?
そうです。

「万能のセンサー」と言えばいいのか。
はい。

だから 「あっ どうかな?」って。 ねえ?

この いんげん豆なら…

「どうかな?」って。

うまく上手に湯がけて 水にとって

ちょっと 本当に冷めたときに
手でこうやって持ち上げたら…

それって お料理してる間に
しょっちゅうあるんですよ。

それは でも すごい…。
で きれいなものは

絶対おいしくなるんですよね?
間違いなく おいしい。

それが もう それがね
自然の摂理の中にあるから…。

心が沸き立つよう…
心が動いてるんですよね。

だから 頭で考えることと
心っていうか… ねえ? 別々に。

頭で考えるのは
ろくなこと考えませんからね。

ですかね? でも…。
私なんか そうです。 ハハハハ…!

時代とともに変わりゆく…

2人は 何を感じ
どう向き合おうとしているのか。

結局 原さんが良いなと
思われてる部分いうのは

日常ですよね?
あっ そうですね。

私も 本当にそういう意味では 家庭料理…

とってもいいなと思うところがあって。

世の中っていうのは
ごちそうであるとか

リッチな世界いうのは
どんどん どんどん こう…

ちょっと憧れの世界。 日本で それが

家庭のハレの日のおひな様とか
お正月みたいな…

区別がなくなったいうのは
ものすごくありますよね。

原さんが書かれたことでね
とっても あの…

学んだことが一つありましてね。
それは

今日でも この上着を着ておいたほうが
いいわよっていうふうに

私に ちょっと
カメラが回る前に教えていただいたり。

あるいは 結婚式とか そんなときに…

…というふうに
お書きになってますよね?

それは でも 皆さん ご存じの…。

いや… ご存じじゃないと思うんですよ。
というのはね

素直に やっぱり 男の子とか
なれない子どもとかが大勢いて。

そんなときに 相手のことというよりも…

ある意味で 自分が
きちっとネクタイをするという

その世界に
自分が参加することになるでしょ。

それを反発して「自分は そんなときに
ネクタイはしたくない」とかね。

…いう心を 若い男は持ってる。

まさに私なんかは どっちかっていったら
そんな感じでしたね。

私は やっぱり 洋服って さっきも言った
人間だけのできる行為であり

それと 男の方の背広の場合は
やっぱり ネクタイがあり…。

…っていうか ワイシャツとネクタイで
一つの完成された形として

長い間 続いてきたもので
それを崩すっていうんなら

それなりの…
だから 疲れてネクタイ…。

それは この前も
お話ししたかもしれないんですけど。

でも そこね…

同じなんですよ。

だから 和食で
ごはんに いろんなものを混ぜたりする。

ごはんの上に…
丼の上には… 丼に何を載せてもいい。

でも 載せる理由ないんですよ。

あっ そういう反発があるんですね。
あるんですよ。

私なんかは だから 今
みんなが あまりにも…

めちゃくちゃに… 切りものじゃなくて
この着るですか?

ええ。 やっぱり たぶん 何か…

お手本ないですよね。
だから もう少し

仕事だったら きっちりしても
いいんじゃないかなと思って。

ただ あんまりそういうこと言うと…。
そうですよね。

言い方でね
「こうしなさい」って言われたら

みんな 反発するみたいですね
このごろは。

だから もう勝手にしたらいい。
でも…

私なんかは…

だから 一汁一菜を
まず始めれば

今度は ハレのお料理も
ちゃんと やりたくなるみたいな。

今 原が力を注いでいる現場がある。

原が向かったのは 青森県弘前市。

全国の高校生を対象にした

年に一度のファッションコンテストだ。

その審査員を務めて
今年で19年目になる。

3, 000点近い応募作品には

ファッションで何かを表現したいという
高校生の熱気があふれている。

そういう意味で…

今年74歳の原 今も感性を磨き続けている。

一方 土井は
原へ はがきをしたためていた。

40年来 ずっと心の中にあった人。

伝えきれなかった思いがあるという。

「原 由美子様
お会いできて 本当にうれしかった。

教えていただいたことは

着るものは
決して自分のためだけでなく

相手のこと 場のこと よく考えて

そのうえで 自分が
心 快く いられることですね。

それは食べるものも同じです」。

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