NHKスペシャル「激闘ガダルカナル 悲劇の指揮官」日本軍の精鋭部隊はなぜ全滅したのか?陸海軍の対立の陰で…


出典:『NHKスペシャル「激闘ガダルカナル 悲劇の指揮官」』の番組情報(EPGから引用)


NHKスペシャル「激闘ガダルカナル 悲劇の指揮官」[字]


太平洋戦争の転換点となった日米の激闘ガダルカナルの戦い。日本軍の精鋭部隊はなぜ全滅したのか?陸海軍の対立の陰で敗北の責任を負わされた指揮官の悲劇に新資料から迫る


詳細情報

番組内容

「地獄の戦場」ガダルカナル。陸軍精鋭部隊916名が1万を超える米軍に戦いを挑み、全滅した。指揮官の一木清直大佐は、無謀な作戦で、部下の命を奪ったとして非難を浴びてきた。果たしてそれは真実なのか?新発見の戦闘記録から、知られざる激戦をCGとドラマで復元。十倍の敵がいるとは知らず、死の罠に追い込まれた兵士たち。予期せぬ大敗北の裏には、陸海軍の熾烈な対立があった。部隊全滅の責任を負った指揮官の悲劇に迫る

出演者

【語り】林原めぐみ



『NHKスペシャル「激闘ガダルカナル 悲劇の指揮官」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

NHKスペシャル「激闘ガダルカナル 悲劇の指揮官」日本軍の精鋭
  1. 一木支隊
  2. 米軍
  3. 海軍
  4. 全滅
  5. 日本軍
  6. 飛行場
  7. 陸軍
  8. アメリカ
  9. 一木大佐
  10. 作戦
  11. ガダルカナル
  12. 攻撃
  13. 兵士
  14. ガダルカナル島
  15. 陸海軍
  16. 連合艦隊
  17. 戦場
  18. 日本
  19. 無謀
  20. 状況


『NHKスペシャル「激闘ガダルカナル 悲劇の指揮官」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

南太平洋のガダルカナル島。

(少数民族の声)

今から77年前 このジャングルで

日本軍とアメリカ軍は
死闘を繰り広げた。

かつての戦場は
ここで暮らす少数民族にとって聖なる森。

(豚の鳴き声)

精霊に いけにえをささげ
カメラが奥へ入る許しを請う。

森の至る所に 戦争の爪痕が残っていた。

ガダルカナルは
地獄の戦場といわれた。

島で戦った日本陸軍の一木支隊。

最強の精鋭部隊といわれたが 全滅。

その責めを負い
自決したと伝えられる指揮官。

一木清直大佐。

無謀な突撃にこだわり

大敗北を招いた張本人として

非難を浴びてきた。

謎だった日本軍の無謀な戦い。

米軍が撮影した
未公開の映像と戦闘記録を発見した。

(砲撃音)

日本と戦った米軍の上陸部隊は 1万人。

僅か 900人の一木支隊と比べ
圧倒的な大兵力だった。

激戦の全貌を明かす
分刻みの戦闘報告書。

一木支隊は 米軍の周到なワナにはまり

追い詰められていく実態が
浮かび上がってきた。

更に 部隊全滅の陰に

陸海軍の熾烈な対立があったことが
分かってきた。

海軍は アメリカの艦隊を
おびき寄せて叩くため

陸軍を囮にする作戦だった。

陸海軍の対立が深まり 補給が滞る中

すさまじい飢えが
兵士たちを襲った。

進め~!

日本が敗戦に向かう転換点となった
ガダルカナルの激戦。

全滅した陸軍部隊の悲劇から
戦争の実像に迫る。

ガダルカナル島は
日本から およそ6, 000km。

アメリカと日本は
6か月にわたって この島で戦った。

ここは 日米が初めて
総力戦を行った戦場だった。

(取材者)あ~ ヘルメット。

のどかな南の島で
血で血を洗う戦いが繰り広げられた。

村の長老たちは
日本兵の様子を鮮明に記憶していた。

日本兵が高射砲で
アメリカの飛行機を撃った。

とても怖かった。
日本兵には近づかないようにしていた。

日本軍がつくった 島で唯一の飛行場。

ここを巡って 日米は激突した。

日本海軍は 現地の住民を動員して

森を切り開き 建設を進めていた。

私の父は 日本兵と一緒に
飛行場をつくっていました。

大変な重労働だと言っていました。

建設中の写真。

800mの滑走路を備えた飛行場は
重要拠点となるはずだった。

真珠湾攻撃によって
連合国との全面戦争に突入した日本。

米軍の拠点 ハワイと
オーストラリアを結ぶ線上にある

ガダルカナル島に着目した。

ここで 制空権を得れば

連合国を分断し
更に優位に立てると考えたのだ。

危機感を募らせたアメリカは
飛行場を占領し

制空権を奪おうと計画する。

米軍の飛行場占領作戦を記録した
未公開フィルムが残されていた。

10時間に及ぶ傷ついたフィルムを
デジタル処理で復元。

高精細の4K映像で
作戦の実態がよみがえった。

1942年8月7日。

アメリカ海兵隊が
ガダルカナル島に上陸。

1万人の兵力で
たちまち 完成間近の飛行場を占領。

米軍機を迎えるため 整備を進めた。

そして 圧倒的な火力で
飛行場奪還に現れた日本軍を撃退した。

全滅し 大地に横たわる日本兵の姿。

僅か 900人で
10倍の米軍に挑んだ結果だった。

この時 全滅したのは
陸軍屈指の精鋭といわれた一木支隊。

兵を率いた 一木清直大佐は

敵を侮り
無謀な作戦を強行した指揮官として

ごうごうたる非難を浴びてきた。

一木大佐は
なぜ 部隊を全滅させることになったのか。

手がかりを求めて 大佐の遺族を探した。

3か月後 ようやく見つけた遺族は
東京に住んでいた。

一木清直大佐の長女 安藤淑子さん 90歳。

父が一木大佐であることを
ひた隠しにして生きてきた。

今回 初めて取材に応じた。

ガダルカナルの敗北の責めを負った
一木大佐。

だが 部隊全滅の陰には

日本軍の組織が
抱える問題があった。

8月7日 米軍上陸の知らせは
直ちに大本営にもたらされた。

陸海軍の作戦参謀が一堂に会して

飛行場奪還作戦を練る
緊急会議が開かれた。

両軍の議論を資料や証言を基に再現する。

ラバウル海軍司令部の電報によれば
本早朝 米艦船がソロモン群島に来攻

ガダルカナルには
我が軍の警備隊150名と1個中隊がいる。

飛行場設営隊は 約2, 500名。

この状況に応じ 海軍は陸軍との
協同作戦の実施を願いたい。

このことにより
敵機動部隊の動きをつかむことができた。

我が軍にとっては
むしろ 敵撃滅の好機である。

この2か月前
海軍は ミッドウェー海戦で敗北。

空母四隻を失い
報復の機会をうかがっていた。

一方の陸軍。
中国やアジア各国で連戦連勝を重ね

向かうところ敵なしと自信を深めていた。

陸海軍の両部隊をもってすれば
ガダルカナル奪回など容易なこと。

陸軍としても 喜んで協力いたしたい。

米軍を倒すべく 太平洋では

初の本格的な
陸海軍協同作戦を行うことが決まった。

陸海軍は それぞれ 連合艦隊と

第17軍に 作戦準備を命令。

海軍は 艦隊と航空隊を
陸軍は 歩兵部隊を派遣し

連携して
飛行場を奪還する作戦だった。

この時 白羽の矢が立ったのが

中国戦線で名をあげた
一木大佐が率いる一木支隊だった。

一木支隊のふるさと
北海道 旭川に向かった。

兵士たちが出征の直前
必勝祈願を行った 護國神社。

その時 境内で撮った写真が残されている。

総勢2, 000名。

農家出身 20代の若者たちは

厳しい訓練を経て
精鋭部隊に生まれ変わった。

一木支隊の強さは
今も 地元で語り継がれているという。

ほぼ全滅だった一木支隊。

当時を知る人は
なかなか見つからなかった。

ようやく 一人の元隊員に出会えた。

工藤喜一さん 101歳。

米軍は 実戦経験に乏しく

一木支隊の勝利は確実と
皆が感じていたという。

飛行場を奪還する
初の陸海協同作戦。

海軍の側は どう動いたのか。

ガダルカナル島の沖合で
去年2月 沈没船の調査が行われていた。

調査に当たるのは
海底で戦艦武蔵を発見した実績を持つ

国際的なチーム。

最新鋭の無人潜水艇で
日米の戦いの痕跡を探す。

水深900m。

カメラが 沈んだ軍艦を捉えた。

発見したのは
アメリカ海軍の重巡洋艦 クインシー。

日本海軍の攻撃で
船体に大きな穴が開き

沈没したようだ。

海軍の作戦は
アメリカが飛行場を占領した

その日のうちに始まった。

指揮官は 三川軍一中将。

闇に紛れた奇襲を決断する。

攻撃目標は 米軍の占領部隊に
武器や食料を届ける輸送船団。

空母や巡洋艦に護衛されていた。

この時の夜襲に参加した海軍兵士に
話を聞くことができた。

夜 10時50分。

連合艦隊は
アメリカの艦隊を発見。

しかし
すぐに攻撃を仕掛けず

夜の闇に紛れて
敵陣深くに忍び込んだ。

夜 11時38分 攻撃開始。

(砲撃音)

これは 夜間の戦闘を撮影したフィルム。

連合艦隊は クインシーなど
巡洋艦四隻を沈め

ほか 三隻に大ダメージを与えた。

ミッドウェー海戦の敗北以来
久々の大戦果を挙げた海軍。

勝利は 大々的に報じられた。

しかし 海軍は
この戦いで大きなミスを犯していた。

空母や巡洋艦への攻撃を
優先すべきと判断し

当初の目標だった
輸送船団を見逃していたのだ。

米軍は 補給が途絶える危機を脱し

飛行場占領部隊は
武器や食料を受け取った。

ラバウルの陸軍 第17軍司令部は
この海軍の判断を非難した。

一木支隊の作戦を担当する

参謀長の二見秋三郎少将。

今回 初めて公開された手帳に

海軍への痛烈な批判がつづられていた。

海軍のミスで 米軍の戦力は増強され

戦いに向かう一木支隊にとって
不利な状況が増していた。

協同作戦と言いながら
攻撃の優先順位が食い違う海軍と陸軍。

大勝利の陰で 亀裂が生じようとしていた。

一木支隊の上陸地点
ガダルカナル島のタイボ岬。

(取材者)あっ これ!

日本軍のものと見られる
船の一部が残されていた。

8月18日 一木支隊の先遣隊 916名が
無血上陸に成功した。

一木大佐自ら 隊を率いていた。

米軍が占拠する飛行場まで
およそ35kmの道のり。

行く手に
残酷な運命が待ち受けていることを

兵士たちは まだ知らなかった。

これまで謎に包まれてきた
一木支隊の島での行動。

その詳細を示す新史料が
アメリカで見つかった。

戦場での それぞれの出来事が
時間ごとに細かく記入されています。

合わせて 1, 000ページを超える
米軍の機密文書。

米軍陣地の突破を図った一木支隊が

反撃を受け せん滅されるまでが

分刻みで記録されていた。

陸軍屈指の精鋭部隊だった
一木支隊の全滅。

その始まりは 作戦を立案した
大本営陸海軍の参謀が

米軍の兵力を見誤ったことだった。

海軍航空隊によると
9日午前に認められた敵艦艇は

一隻も存在せずとの報告あり。

よって 海軍は
敵主力部隊の撤退と判断した。

この状況を踏まえ
陸軍は敵勢力をどれぐらいと考える?

せいぜい 残った敵は 2, 000ぐらいかと。

もはや 陸軍の敵ではありません。

海軍の情報を基に

陸軍は 米軍の数を2, 000人と見積もった。

ところが 実際は 1万900人。

致命的なミスが生まれていた。

謎を更に深める史料も見つかっている。

日本海軍が
アメリカに潜入したスパイから得た

極秘情報。

今朝…

海軍は
偵察に当たった航空機の情報からも

米軍輸送船団の動きをつかんでいた。

海軍参謀 佐薙 毅。

輸送船団の数から
米軍は 1個師団 1万5, 000人だと

ほぼ正確に見積もっていた。

(爆発音)

それを狂わせたのが 連合艦隊が
夜襲でアメリカ艦隊を撃破した

あの海の戦いの勝利だった。

戦果を受け 陸海軍の参謀は
米軍兵力の見積もりを削減。

輸送船団は
大部分の兵を乗せ撤退したと見て

残る兵力は 2, 000と考えた。

だが 一木支隊が所属する
陸軍 第17軍司令部は

見積もりに疑問を持った。

2, 000!
少ない。

二見参謀長は 既に上陸を果たして
空港の占領を続ける米軍が

8, 000人は いると見ていた。

初公開の手帳に こう記している。

敵の数が はっきりしない中
攻撃をせかす海軍に不安を抱いていた。

二見参謀長は 一木支隊の進軍に
待ったをかけようとしていた。

ところが 陸軍参謀本部のナンバー2

参謀次長から電報が入る。

米軍機が配備され
戦況が不利になる前に

飛行場を奪還せよというのだ。

二見参謀長は 大本営が命じるまま
一木支隊の進撃を認めるしかなかった。

8月19日 一木支隊は
飛行場を目指し 行軍を続けていた。

連隊長殿 朝食を持ってまいりました。
召し上がって下さい。

実は 海軍さんから余分に頂いたのです。
どうぞ 召し上がって下さい。

おい 中元。

無謀な指揮官という
後のイメージとは裏腹に

兵士から慕われていた一木大佐。

作戦を遂行する上で
敵の情報が全くつかめないことを

問題視していた。

現在 正確な敵の数 編制装備 所在地域
全て詳細が分からない状況にある。

全力を尽くして偵察してまいります。

頼むぞ 渋谷。

行ってまいります。

偵察部隊は
ジャングルに身を隠し 西へ向かった。

ところが…。

米軍は ジャングルに
周到な監視体制を敷いていた。

小さなマイクを無数に仕掛け
日本軍の隠密行動を音で丸裸にした。

更に 鉄条網を張り巡らし
万全の迎撃態勢を構えていた。

支隊長殿に伝令!
伝令が帰ってまいりました!

何があった?

将校斥候… 全滅…。

偵察部隊38名は
米軍の待ち伏せ攻撃に遭い 全滅した。

これまで 無謀な作戦を強行したと
非難されてきた 一木大佐。

作戦を続けるべきかどうか
司令部の判断を仰ごうにも

連絡できない状況に置かれていた。

応答せられし! 応答せられし!

通じません。

なぜ 通じん…。

一木支隊との連絡が取れません。

護衛の潜水艦が
中継することになっているのではないか。

陸軍司令部がある
ラバウルは

ガダルカナルから
1, 000kmと遠く

無線が届かない。

そのため 海軍の潜水艦が
中継することになっていた。

ところが この協同作戦中に

潜水艦は任務を放棄し
持ち場を離れていた。

一体 何が起きていたのか?

連合艦隊の動きを記録した戦時日誌。

そこに
潜水艦が離脱した原因が書かれていた。

この日の朝
偵察に当たっていた海軍機が

ガダルカナル島の沖合で
アメリカの空母を発見。

連合艦隊は
周辺にいた全艦に出撃命令を下した。

潜水艦も この命令に従ったため

一木支隊は
無線連絡ができなくなったのだ。

連合艦隊は 総力をもって
この機に 敵艦隊を一網打尽に叩く!

ミッドウェーの敵討ちですね。

連合艦隊 参謀長 宇垣 纒。

ミッドウェー海戦で
アメリカ艦隊に大敗し

復讐に燃えていた。

今回 特別に撮影を許された宇垣の日誌。

アメリカの艦隊をおびき出すため

ガダルカナルの陸軍部隊を利用する策が
記されていた。

陸軍が米軍と戦えば 救援のため
アメリカの空母が駆けつける。

そこを叩こうというのだ。

…というふうに思ったでしょうね。

アメリカの空母部隊を誘い出し

せん滅することを最優先に考えた海軍。

一木たち陸軍部隊を囮にすることも
作戦のうちだった。

無線を中継する潜水艦が姿を消し
孤立無援の状態になった一木支隊。

一木大佐は この作戦にあたって
大本営から命令を受けていた。

「戦機を重視し 速やかに奪回せよ」。

何より重要なのは 敵が利用する前に
飛行場を奪還すること。

連隊長殿…。

飛行場奪還の命を受けている以上
ここに こうしているわけにはいかん。

このままでは 戦機を逸してしまう。

はい。

富樫。
はい。

残ってる食料を
みんなに配ってやってくれるか。

この時 一木支隊は
先遣隊の916名のみ。

遅れていた後続部隊
1, 000人の到着を待たず

命令に従って攻撃を急いだ。

だが 目標の飛行場に到着する直前

恐れていた事態が起きた。

8月20日 16時 アメリカ軍の戦闘記録。

米軍機31機が飛行場に配備された。

制空権は 米軍の手に渡った。

状況が悪化する中 一木支隊は
飛行場奪還の望みを捨てず 進軍を続けた。

決戦に臨む兵士の日記が見つかった。

これは ガダルカナルで見つかった
日本兵の日記です。

銃弾の痕が残っています。

日記には 悲壮な決意が つづられていた。

「南十字星の下 はるかに故郷を思う時

父母の笑顔が目に浮かぶ。

父上 母上 見ていて下さい。

決して情けない死にざまは致しません」。

一木支隊は 闇に紛れて
飛行場の米軍陣地に忍び寄った。

その時だった。

(照明弾の音)

突然 照明弾が光り
待ち構えた米軍から攻撃を受けた。

日米が激突したイル川の河口。

一木支隊が
悲劇の最期を迎えた場所だ。

無謀な突撃で自滅したと伝えられる
一木支隊。

今回 研究者の協力で 全滅までの数時間

ここで何が起きたのか詳しく検証した。

最新のドローンを使い
戦場の地形をセンチ単位で解析。

その3Dの地形データに
米軍の戦闘データを重ね

CGで戦いを再現する。

日本側から見ると
川向こうの少し高くて見えにくい場所に

米軍は陣を敷いていた。

逆に 米軍側に回ると

川で足止めされた日本軍を
上から見下ろせる

天然の要塞のような地形だった。

待ち構えていた米軍は 一木支隊に

2方向から
十字砲火を浴びせた。

敵襲!

(機関銃の音)

圧倒的な火力で攻撃する米軍。

日本軍を追い詰めた武器が見つかった。

この地域一帯にあった
迫撃砲弾の跡ですね。

銃撃を避けようと
川べりのくぼ地に身を隠した日本軍。

だが それはワナだった。

米軍は くぼ地目がけて
迫撃砲を雨あられと撃ち込んだのだ。

(迫撃砲の音)
弾幕だ!

連隊長!
突撃中止を徹底せよ!

敵のワナを察知した一木大佐は
部隊に突撃中止を命じた。

その時 今度は米軍の戦車隊が出現。

逃げ道を塞ぐように
側面から背後へと回り込んだ。

日本軍を袋小路に追い込んだ軽戦車。

それは 日本海軍が海の戦いで見逃した
あの輸送船団が運んだ兵器だった。

行き場を失った一木支隊は
狭い砂州を進む。

だが そこは 米軍の攻撃が集中する
最も危険な場所だった。

絶体絶命の窮地に立つ 一木支隊。

その時だった。

夜が明けて 日本海軍の基地から
ゼロ戦が緊急発進した。

向かった先は…。

一木支隊が苦闘する
陸の戦場ではなく 海だった。

米軍の空母発見の知らせが入り
攻撃命令が発せられたのだ。

一木支隊が全滅の危機にあっても

海軍は 空母攻撃を優先させた。

同じ頃 島の飛行場から米軍機が離陸。

僅かに残った一木支隊に

容赦なく機銃掃射を浴びせかけた。

(機銃掃射の音)
中元 しっかりしろ!

午前10時25分 空母を見失ったゼロ戦が
ようやく一木支隊の上空に現れた。

だが 時既に遅かった。

一木大佐と共に 部隊は全滅。

兵士のほとんど 777人が命を落とした。

作戦失敗の知らせが
ラバウルの陸軍司令部に届いた。

一木支隊の派遣に不安を抱いていた
参謀長の二見。

日記に こう つづっている。

一方 海軍側の反応は
全く異なるものだった。

陸軍が敵を軽視したことが

作戦失敗の原因と記していた。

海軍は 自分たちの行動が
一木支隊の全滅に関わったとは

受け止めなかった。

一木支隊が全滅した?

まだ詳細の報告はありませんが
ほぼ全滅かと。

陸海協同作戦とは名ばかりに

それぞれ全く別の戦いを進めた
陸軍と海軍。

部隊全滅の原因を
見極めようとはしなかった。

一木大佐が責任を取って自決したとして
幕引きが図られた。

一木大佐の長女 安藤淑子さん。

父の部隊の全滅を知らされたが
秘密を守るよう 軍に口止めされた。

とにかくね…

みんな あの 連隊の…

大本営は その後も ガダルカナルに
小出しに部隊を送り続けた。

敗北を重ねる度 人数を増やし
結局 延べ3万人以上が戦った。

一木支隊で 辛くも生き延びた敗残兵は
帰国もかなわず 密林で戦い続けた。

それは 更なる悪夢の始まりだった。

今年6月。

日本のNPOが
沈没した日本軍の船を調査していた。

ソナーを使って 船の位置を絞り込む。

特定された場所に潜り 沈没船を探す。

見つけた。 日本軍の輸送船 宏川丸だ。

水深45mの海底に
当時の姿を保って沈んでいた。

艦内には
戦車のキャタピラや軍用車のタイヤ

武器や食料を積んだまま
輸送船は撃沈されていた。

一木支隊が全滅したあと
米軍は飛行場を更に拡張し

戦闘機の数を増やしていった。

(機銃掃射の音)

日本軍の輸送船が島に近づく度に
襲いかかった。

波間に残る輸送船の残骸。

食料の補給が途絶え

生き残った一木支隊の兵士たちは
地獄を見ることになる。

戦いで重傷を負った 工藤喜一さん。

手当てを受けるうち
周りの兵士の異常に気付いた。

兵士たちは 次々と飢餓に倒れ
命を落としていった。

このまま戦いを続けるか
島から撤退するか

陸海軍が衝突していた。

今 ガダルカナルに
海軍が関わってる場合ではない。

それでは ガダルカナルを
放棄するというのですか!

島で戦ってる将兵は 見捨てるのですか!

人情論で戦争はできん。

戦略的大局の考えを持って頂きたい。

ここで海軍が米艦隊に勝利せねば

今後の戦況に
重大な影響を及ぼすことになる!

今後 海軍には 一切 協力できん。

♬~

日本軍がガダルカナル島から撤退したのは
一木支隊全滅の半年後。

この間に 1万5, 000人が
飢えと病で命を落とした。

ガダルカナルで飢えと闘い
奇跡的に生還した 佐藤二郎さん 98歳。

(取材者)
島にいらっしゃったと思うんですが…。

一木支隊が全滅したことに触れると
声を詰まらせた。

それ以上 何も語らなかった。

米軍は その後
次々と太平洋の島々に上陸し

日本軍を追い詰めた。

日本は 陸海軍の対立が続く中
人命を軽視する戦いを続けた。

終戦までに
犠牲者は 300万を超えた。

♬~

毎年 夏 一木大佐の長女
安藤淑子さんは ここを訪れる。

部隊全滅の責任を ずっと問われてきた父。

兵士たちと共に この場所に祀られている。

組織のはざまで無謀な戦いを強いられた
一木支隊。

父たちの冥福を 今年も祈る。

父は 最期の時を迎える時を

一体 どういう気持ちでいたのかなと
思いますね。

いろいろ犠牲になられた方々も

どんな思いで 皆さんね
亡くなってったのかなと思うと

本当に やりきれないっていう感じですね。

日米の激闘で 地獄の戦場と化した
ガダルカナル島。

日本軍の組織の論理が
悲劇の指揮官を生んでいた。

♬~


関連記事