SWITCHインタビュー 達人達(たち)「奥田瑛二×相良育弥」俳優・監督の奥田瑛二が、かやぶき職人の相良育弥に…



出典:『SWITCHインタビュー 達人達(たち)「奥田瑛二×相良育弥」』の番組情報(EPGから引用)


SWITCHインタビュー 達人達(たち)「奥田瑛二×相良育弥」[字]


俳優・映画監督の奥田瑛二が、かやぶき職人の相良育弥に出会う。ヨーロッパでも注目されているかやぶき建築に挑む相良に、奥田が贈った貴重な助言と激励とは。


詳細情報

番組内容

白洲次郎が過ごした美しいかやぶきの家屋で出会った2人。初監督作品にも登場させるなど、かやぶきの家に思い入れがある奥田が、職人の仕事について尋ねた。相良は環境に優しい建築材として可能性を秘めた、かやぶきの魅力を語る。後半は奥田が俳優になるまでの波乱万丈の人生を相良に語る。プロとしての覚悟について語り合う2人。相良に「自分のエゴに貫け!」という激励を贈った、奥田の真意が明かされる。

出演者

【出演】俳優・映画監督…奥田瑛二,茅葺(かやぶ)き職人…相良育弥,【語り】六角精児,平岩紙



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  19. ハハハ
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♬~

(笑い声)

陽気に踊る この方。

ずっと酒に逃げてたんだな!
ハハハハ…。

今年 69歳。

言わずと知れた
日本を代表する演技派俳優。

最新の主演映画では
酒びたりの駄目親父を演じた。

監督いわく その魅力は
目の奥にある深い悲しみ。

立花萬平と申します。

そうかと思えば
こわもての政治家役。

面白い。

次女の安藤サクラが主演を務めた
ドラマへの出演も話題となった。

よ~い スタート!

近年は映画監督として

社会のゆがみを真正面から捉えた作品を
次々と発表。

名だたる映画祭で 数々の賞を手にした。

そんな奥田が 70歳を目前に
会いたい人物がいるという。

(鼻歌)

軽快なリズムで屋根に登る男。

「かやぶき」と聞いて思い浮かべるのは
こんな風景。

しかし 相良が得意とするのは
最先端のかやぶき。

こちらは美容室。

長さの違う かやを組み合わせて

立体感のある装飾を生み出した。

これは 遊具。

かやを自由自在に操り
現代的なデザインを作り出す相良。

著名な建築家たちから
熱い視線を浴びている。

それにしても 奥田は
なぜ かやぶき職人に会いたいのか。

その答えは
奥田が監督を務めた映画の中に。

このかやぶき民家 奥田の祖父の家。

幼いころから 頻繁に遊びに行った奥田。

かやぶき職人たちの仕事ぶりが
今でも 目に焼き付いている。

「屋根の上」と「銀幕」。

妥協を許さない ものづくりの極意とは…。

いや… あれは…

ですよね。

言いに行ったんですか? ハハハ…!

こんな ド~ンって…

「プロフェッショナル」っていう
番組があって

最後に聞くじゃないですか。

「プロとは何ですか?」って。
ありますよね。

…というね 言葉があったんですよ。

♬~

相良が奥田を招いたのは
東京郊外の とある邸宅。

失礼します。

へえ~ いいとこですね これ。

うん。 ああ…。

見えてきたのは 立派なかやぶき屋根。

あっ どうも はじめまして。
はじめまして。

奥田瑛二と申します。
かやぶき職人の相良と申します。

どうも。
よろしくお願いします。

今日は お会いしたくて…。
はい… はい 恐縮です。 すみません…。

実は ここ
実業家として名高い白洲次郎が

かつて暮らしていた家。

相良にとって かやぶき職人として
忘れられない場所なのだという。

実は ここの
お屋根のふき替えをしたときにですね

京都の親方が ここを請け負ってですね
関西の…

当時のオールスターズみたいな職人さんで
ここの ふき替えをしたんですけど

そのとき ちょうど 僕が 修行中で。

僕も 白洲次郎さん 正子さんのことを
知っていたし

ここに関わりたいなっていうのは
ずっと思ってて。

何か 一番の思い出の場所であり

励みというか
モチベーションになった場所。

もし よろしければ。
はい。 ぜひ。

記憶にございますか?
はい。 あります。 こう持って…。

これ 神戸のほうの様式なんで…。

こう持って…。
たたくんですね。

奥田さんの地域は
また違ったかもしれないですけど。

いや これだと記憶してますよ。

もうボロボロなんで
原形ないんですけど

洗濯板みたいに ギザギザにしたもので
かやを こう たたきそろえる…

「たたき板」… 「たたき板」ね。
はい。

これも 亡くなった 地元のおじいさんの
職人さんの使ってたやつを頂いて

まだ… まだ 使えるんで 使ってる。

いやいや 美しいですよね。

(ウグイスの鳴き声)

ああ…。 こうやって また縁側に座ると
あれですよね。

このウグイスの声も聞きながらですけど

ほっとするというか…。
はい。 はいはい… うん。

また 今日は 見事に…

小雨降る中っていうのもね。
雨だれが…。

だから こういう日本の温暖湿潤な
まさに この今の時期ですけど

何か暑くて ムシムシしたのを
いかに快適に過ごすかっていうところに

フォーカスして 作ってあるんで…

本当に 何か こう 日本の…

…なんだなっていうのは
やっぱり 思いますね。

屋根の下に入ると。

先ほど… 最初のときに

道具を いくつか
見せていただいたじゃないですか。

久々というか ああいう…
こう 何ていうの?

血と汗と 何か 気持ちが凝縮したものを
手に取ったときに…。

え~…!
それこそ 軽い言い方なんだけど

「かっこいいよな~!」。

ああ なるほど なるほど。 何か もう
それは すごく うれしいお言葉で。

何か ある時代… 昭和のある時代

かやぶき屋根っていうのが やっぱり
古いものだといって

世の中で 忘れられていった…
忘れられていったものなんですけど。

そこに 代々住んできた
おじいちゃん おばあちゃんとも

たくさん知り合って
お話もできたんですけど

みんなが 口をそろえて
「こんな古くさい 汚い家

直させて ごめんな」みたいなことを
言ってくるんですよ。

ほお~!
「いや そんなことない」って言って…。

だから そうやって そういうふうに
思っていって 死んでいっちゃった

おじいちゃん おばあちゃんを
たくさん知ってて。

ええ ええ ええ。
何かね それが ちょっと悔しくて。

新しいものとして 今の世の中で

かやぶき屋根っていうのが
再評価されたら

貧しいもんやと思って
亡くなっていっちゃった

おじいちゃん おばあちゃんが
あの世から見てて

何か 今の日本の若者が かやぶき屋根に
住みたいとかっていう風景があったら

きっと うれしいなと思うんですよね。
はい。

兵庫県神戸市の郊外。

ここに 相良が代表を務める
かやぶき専門の会社がある。

この日は
築100年以上の民家のふき替え作業。

前回 行われたのは 20年ほど前。

かつて ふき替え作業は
地元の住民たちも参加し

地域で助け合いながら行われていた。

しかし 現在は
過疎化による人手不足などで

相良のような職人に 一任することが
ほとんど。

相良は 全国で 年間10軒ほどのふき替えを
請け負っている。

奥田が見せてもらった
たたき板は こんな使い方。

表面を たたいて 凹凸をならしていく。

かやぶき屋根の美しい稜線は

こうした地道な作業によって
作り出される。

今 相良の仕事の9割は

もともとある民家の ふき替えや修復作業。

防災の観点から
建築基準法や消防法によって

かやぶきの新築は
厳しく制限されているからだ。

そもそもね 相良さんが

かやぶき職人になろうと思ったのは

何が きっかけというかさ…。
はい。

何だったんですかっていう。

僕も 何か その…
まあ 成人してですね

何に なりたいんかなというのを
ちゃんと真面目に考えたときにですね

お百姓さんになりたいと思ったんですよ。
ほう…。

っていうのは 僕が 中学3年生のときに
阪神・淡路大震災があって。

あれを見てるわけなんですけど。
うん。

そのときに かっこよかったのが
僕の じいちゃんで。

田舎に暮らしてて 米 野菜 作ってて
大工なんですよ。

地震のあと 淡々と暮らしてたんで
あたふたせずに。

家 壊れた 直そうみたいな。

米 あるから 食べるもの困らへんし
みたいなので。

そのときに 中学3年生の僕が

あたふたしてる人と
おじいちゃん見たら

どっちが かっこいいかっていうと やっぱ
おじいちゃんのほうが かっこよくて。

自分も やっぱ そうありたいな
っていうのがあって。

相良は 1980年 田園地帯が多く残る

神戸市淡河町に生まれた。

相良が憧れたのは

祖父のように 米作りから大工仕事まで

百の技術を持つ「百姓」。

二十歳を過ぎ
まずは 米作りから始めたが

当時は 減反政策の真っただ中。
全く稼げなかった。

先の見えない生活を送っていたとき

出会ったのが かやぶき職人だった。

「百姓になりたいんですけど
まだ… 三つぐらいしか技がないから

三姓なんです」みたいな
こんな感じで 言ってたら

「何や そうか」みたいな。

「百姓になりたいんやったら
かやぶきしろ」みたいな。

「何でですか?」っつったら…

「やったらいいやん」って言われて。

それ言われた瞬間に
あっ そうかと思ったんですけど。

何か 食べるもん作ることだけが
百姓やと思ってたんですけど

家を作ったりとか 生活を整えたりとか

そういうのを全部含めて
百姓なんやったら…。

しかも 百のうち 十 手に入るんやったら
やってみようと思って。

それで 弟子入りしたのが きっかけで。
ああ。

それは 百ある中の 十としても…。

具体的に言えるものだったり

そうではなくて
自分の中に 一つ一つ 獲得した

感じたものだったりしたのか
どっちなんですか?

両方あります。
具体的に… まさに このロープワーク。

これができると それこそ…

それこそ 草を刈り取って
屋根をふくっていう

刈り取る技術 束ねる技術もそうですし
あと 刃物を研ぐ技術とかですね。

ある意味 無限だよね。
です です。

百じゃ 逆にきかないなっていうのが…
今となっては思います。

ええ ええ…。
うん。

だよねえ…。

どうせ いるんやったら ここで作って
ついでに 雨風から…。

リサイクルだよね。
うん 生活 守ってもらおうと。

ですよね。

今まで 建ってたものは

いいですよっていうけど…。
はい。

新しく建てますっていうと
消防法で駄目だよね。

現行の法律によるので。
それは もちろん だから

燃えたら危ないから
当たり前のことなんですけども…。

地域によっては
日本でも建てれるんですが。

それって… だって おかしい話というか

矛盾点が いっぱいあるじゃないですか。
はい はいはい。

日本の様式美というものを
守ろう 守ろうっていって

1, 000年 2, 000年とかから
あったものとかは

補助金も出たりして 守れるのに

じゃあ これと同じものを
作りますよっていって…

作りたいっていって。

それも 年月がたって 味わいが…
もっといったら

すごい 継続して
価値が生まれるというか。

日本人としての文化を守るとかあるのに

そこで線を バ~ッと赤い鉛筆みたいに
線引いちゃうっていうのが…。

それって ちょっと 矛盾してるし
なぜ? って思いますよね。

そこは 何か 僕の…
何か かやぶきをやるテーマでもあって。

でも ほかの左官職人とか
庭師とか 大工さんとかと知り合うと

新しい物件とかをやってるわけですよ。

ふと気付いたら…

さっき おっしゃったように
今 残ってる

こういう古き良きものっていうのは
いつかの時代に作られた

出来が良かったものが
残ってるわけじゃないですか。

このままいくと 将来 だから…

それが途絶えてしまうことがあるので…

そういうのを 何か
一つ一つ思いついたものは 提案して

実現していってるようなところです。

これって かやぶきって
日本だけの話じゃないと思うんですけど。

よく言われるんですけど
世界中に かやぶきあるんですけど

「日本から伝わったんですか?」
みたいなことを言われるんですけど

そうじゃなくて。 実は…

まあ 南極とかはないですけど。

地球上には…
大概 草が生えてるとこには

各地域 各時代に
必ず かやぶきがあって

その土地 土地の
成り立ち方をしてるので

実は 日本だけのものではないんですよ。

どっか有名っていうか…

すごいっていう国ありますか?
はい。

一番すごいという意味では
オランダが すごくてですね。

実は今 ヨーロッパでは
かやぶきを使った建築が

大きなブームとなっている。

オランダのミッデン・デルフラント市は

市役所や消防署の屋根や壁に
かやぶきを採用。

これは 遊園地の入場ゲート。

かやぶき屋根の新築分譲住宅も。

1棟 7, 000万円ながら

販売開始と同時に売り切れたという。

近年 かやぶきが環境に優しく

デザイン的にも優れていると
見直されたことで

法律の改正が進み
新築できるようになったのだ。

相良は 毎年
ヨーロッパのかやぶき職人たちを訪ね

最先端の技術やデザインを
積極的に学んでいる。

日本でも かやぶきの可能性を広げたいと
去年 手がけた作品がある。

こちらです。

この建物は オランダでは一般的な

壁を かやで覆う技術を取り入れて
作ったもの。

かやぶきを装飾の一部とすることで
法律的な問題もクリアしている。

この場所が
田舎っていうのもあるんですけど

壁面の装飾として扱ってるので

建物の外壁というよりも…
扱いにはなります。

はい こちらです。

町の一角にある ほこら。

まあ 何か…

ちょっと
こっち 回ってもらってもいいですか。

一面の かやぶき。

オランダの技術と日本の様式を
ミックスさせた

相良のオリジナルだ。

「こうかな? こうかな?」とか
「このほうがいいよね」とか

「日本的にはこのほうが面白いな」とかって
言いながら

こう… 試行錯誤しながら作っていった

結構 思い出深い作品でもあります。

相良が神戸市と交渉を繰り返し

新築ながら
小さい建物ということで許可が下りた。

今ですね 相良さんが 手がけてるものって
どんなものなんですか?

はい あの… 一応 持ってきたんですけど。

こういうのとかだと思いますね。

これなんか
めちゃくちゃ いいじゃないですか。

丸も作れるはずだというので

これ 僕 勝手に提案して。
うん。

実際 施工しだしたら すごい難しくて
泣きそうになってたんですけど。

これも 解体する予定だったんですけど

これを見に来てくれた保育園の園長先生が
「欲しい」って言って

最後 クレーンでつって
持っていったんで

今 子どもたちの遊具になってます。
うん。

ぴったりだね。
ぴったりですね。
おとぎの国…。

かっこいいよな~。

相良さんなりの伝統の守り方。
はい。

プロテクトのしかたって言うと
妙だけども

伝統を守るっていうことは
何なんですかね?

このかやぶき屋根も 何十年かに一回

皮膚とか髪の毛みたいに
代謝してるもんなんで

今を生きながら そこにあるっていう形を
取っていって…

だから 何か そうやって…
「守る」っていうと

何か 一瞬 プロテクトで
まさに こういう感じがするんですけど

そうじゃなくて…

まさに ここも そうだと思うんですよ。
こういう形で 人に来てもらって。

昔では なかった形なんで。

こうやって
使いこなしていくっていうことが

たぶん 伝統を守っていくことの
一つの大事なキーワードじゃないかな

っていうふうに思います。

今 オランダとかに行って
かやぶきを見れるし

オランダの かやぶき職人とも
交流ができる。

でも これ たぶん
江戸時代は不可能だったと思いますよ。

江戸時代のかやぶき職人が
船でオランダに行って

向こうの職人と交流することは
無理やったと思うんですけど

今 生きてるイニシアチブっていうのが
あるんで。

今は 簡単に… 地球の裏まで
行こうと思って行けるじゃないですか。

そこの かやぶきを見て
体に入れて 日本に持って帰って

また 植え直すみたいなプロセスを
やってるような感じですかね。

ということは あれだよね。

こしらえる側には
すごい 責任が ありますよね。

自分の この手一つで
変えれてしまうので

ず~っと きたものを
この瞬間に変えれちゃうので

責任は とても大きいですね。

こういう仕事してると
何か 不思議なもんなんですけど

何かね…

何か その… 今 生きてる人に
どう評価されるかっていうのは

気になるっちゃなるんですけど
何か それよりも

先に この家に住んできた ご先祖様とか
先人の かやぶき職人とかが

もし あの世で見てると思うと

今 自分が こうしてることに対して
どうかな? っていうのは

常に 自分の中の定規というか
価値判断の基準で。

すごいシンプルに言うと
何か あの世に行ったときに…。

あの世がある前提ですけど。
はい。

行ったときに…

「お前 何しよったんや?」みたいな。

「しょうもない人生送りやがって!」とか
言われたら

もう 何か…
「すんません!」って感じなんですけど

「よう やったな」っつって
じいちゃんに言ってもらえて…。

まだ間に合いますよ。
今 聞いてて…。

俺は もう間に合わないなと思って…。
いやいや…!

相良が 今 力を入れているのが
ワークショップ。

かやぶきの見学会や体験イベントを
年間20回以上も開催している。

引っ張れ…! もっともっと。

はい オーケー。

小さな子どもから お年寄りまで。

一人でも多くの人に
かやぶきに触れてほしいと

相良は 全国各地を飛び回っている。

ワークショップをすることによって

彼らは 何をつかむのか。
うんうん…。

どういうものになっていくんですか?
それは。

それ でも
自分の体験としてあるんですけど

僕の住んでる神戸市北区の
淡河町っていう所なんですけど

実は めっちゃ かやぶき多いんですよ。

でも 身近すぎて 全然 気付いてなくて。

かやぶきのアルバイトに行って
で 帰ってきたら

行きと帰りの景色が
違って見えたんですね。

行くときは 普通に行くんですけど
帰ってきたときに

「あれ? あれもかやぶきか…
あれもかやぶきか」みたいなことがあって。

で 何か こう…

例えば 何でしょう… かや刈りの
イベントとかに参加してくれた方が

あとから感想とかくれるんですけど

「かや刈り楽しかったです」っつって。

「帰り 高速道路で走って帰ったんですけど
高速道路の この のり面に

たくさん ススキが生えてて

今度は 鎌を持って 刈り取りに行きたいと
思います」みたい感じで…。

行きしは
たぶん 同じ道で来てるんですけど

ただ 雑草が生えてる
っていう景色だったのが

そうやって…

何か それのスイッチを
一人一人 入れていって

その数が たくさん増えれば
何か大きなうねりが

生まれるんじゃないかなっていうふうには
思って

ワークショップは積極的にやってますね。
ああ…。

そういう人が…

実際 そこから
我々も かやを購入してるんですよ。

あれは…

ですよね。

そうやって 何か
一つでも多く知ってると

生活というか人生が豊かになるので
何か それだけでもいいなと思うんです。

ここ数年 相良に憧れ
かやぶき職人になりたいという若者も

現れ始めた。

現在 弟子は3人。

前職は
サラリーマンや農家などさまざまだ。

厳しい職人の現場。

さぞかし 怒号が
飛び交っていると思ったら…。

あべさ~ん!
≪はい!

外 暑いっすわ。

そっち どうっすか?

寒いですか?
代わりましょか?

ハハハ…!

なんともリラックスした雰囲気。

弟子に 相良の魅力を聞いてみると…。

今の若者。
はい。 うんうん うんうん…。

どうですか?
ハハ…! 「どうですか?」。

あの… 僕の世代が

丁稚奉公みたいな
伝統的な修行の形態の最後の世代で。

同じことを 今の若い子たちにすると
すぐ辞めてしまうので。

「辞めてしまう」?
その… そうなんですよ。

だから 続けてもらうためには

何か 違う考え方をしないと
いけないんですけど。

かといって 優しくするのも
違うなっていうのも分かってるので。

何か そこが すごく
ここ数年の課題というか。
そうか~。

今だから言えるんですけど
修行時代が5年間あったんですよ。

すごい嫌だったんですよ。
やっぱり… 何か 理不尽なことが。

もう 理屈とかじゃなくて。

「『はい』しか言うな!」みたいな
世界なんで。

嫌だったんですけど 修行を終えて
それから また何年かたったときに

何か「あっ!」って
ある日 ちょっと ふに落ちたんですけど。

先達が積み上げてきた技術
次に受け渡してきてくれた技術を

親方から頂けるわけですよ。

それを 5年間…

…みたいな期間なんで。

修行そこそこで 新しいことを
しようとする若い子もいますし。

実際 今 できる世の中なんですけど

やっぱり
でも それは続かないというか…。

厚みがないといいますか
奥行きがないといいますか。

そうじゃなくて ちゃんと
何か積んできたものを自分が受け取って

そこに自分が この何十年か生きたものを
重ねて もっと良いものにして

次に渡せるかどうかっていうだけの話だと
思うんで。

例えば

「日本で 自由に
かやぶきの家を作りなさい」と…。

…って言われたら

どんなものが作りたいですか?
アハハハ… なるほど。

何か こう 持ってきて どか~んって
奇抜な感じじゃなくて

何か こう その土地から
自然に生えてきたような…。

もちろん 現代的な要素は
たくさん入るけど

さっきの 何か
深みというか 奥行きというか

そこが なくなってしまうと

そこに ぽんって置いた
ただの箱になってしまうので。

ちゃんと こう…
苗を植える感じですね 新しい。

苗を そこに植えて これから
根っこが伸びていくようなもの…。

何か 答えになってるか
分からないんですけど。

そりゃあ 楽しいだろうね。
うん。

どんどん… 作る前もそうだし
作ってる間も

ちょっと待てよ?
ここと ここの あれ…

空気感 コラボレーションって どうだ?
ってなったときに

「ちょっと変えるわ!」ってなりますよね。
まさに! まさに!

だから 本当に
新しい物件とかをやるときは

そういう感じで ライブのような感じで

何か 竹やぶとのチューニングが
違うなってときに

「もうちょっと こうしようか」とか。
何か そこの文脈とか歴史とか背景とか

全部 ひっくるめてじゃないと
できないというか。

最後に 奥田から相良へ

さまざまな障壁があっても

新しいかやぶきを
作り続けてほしいという激励。

今 日本の全国の問題として

地方は移住者を募ってるじゃないですか
若い人たち。

僕の地元も そうですね はい。

あと そこで…
空き家のかやぶきもいいんだけども

「作れるんだぜ」っつって… あるもので。

「この村にあるもので作れるんだよ」って
言って それで…。

それって 本当に
やらなきゃいけないなと思うのは

まあ 行政というか…
現状 ないわけですからね。

はい。 まさに まさに…。
僕も神戸市と ずっと その辺は

話し合ったりとかしながら

法律の範囲内で できることを
やっていきましょうっていうことで。

やっぱり 何か… 結局
個人のエゴで なしえることじゃないので。

やっぱり 法律が絡んでくるってことは…。

僕が思うにはね
個人で エゴでいったほうがいいよ。

ああ… はい。

もう 集団の時代は
終わっちゃってるから

あるときには叫んだほうがいいんだよ。
叫び… 叫びというかね。

オオカミの…
「ワオ~ン」っていうじゃないですか。

あのかっこよさ。 あれと一緒で。

「何 言ってんだ! あんたらは!
俺が一回やってみるから 見ててみな!

いいか?
そのためには 作ったら じゃあ…

消防法で駄目だったら壊しゃいいだろ!」
っていうぐらい

一回 やってみたらいい。
なるほど なるほど。

あっ 何か 俺まで元気出てきた。
ハハハハ…!

いいですね。でも 何か…

それは 僕に ないとこなので
すごく いい意見やなと…。

何か どっかで ブレークスルーをする
タイミングがきたら

そうやって オオカミみたいに
「ワ~!」と ほえてみたいな。

積んできたもの すべて出すような感じで
やります それは。

そのときは ちょっと
この辺にいてもらったら助かりますので。

酒 飲んでるかもしれないけど。
こうやって「まあまあ」とか…。

後半は 舞台をスイッチ。

先ほどと打って変わり
今度は 都心の ど真ん中。

相良が訪ねるのは奥田の事務所。

どうもです。 お邪魔します。
いやいや… 先日は。

いえいえ… こちらこそ。
どうぞ どうぞ。
ありがとうございます。

ここは以前
奥田が家族と暮らしていたマンション。

うわっ! いいな ここ。

ここですか? 私のね 仕事場。

ああ 書斎… 書斎的な?
書斎もあるし

あと 絵を描くときに ここで…。

まあ どこにあるんだってなるんですけど。

ハンマーとか ありますけど。
別に意味はなくて

ハンマーがあると まあ 落ち着く…。
「落ち着く」? ハハハハ…!

なぜなんだか分かんない…。
なるほど。

精神安定剤ですか。
はいはい…。

これが すごいですよ。
これ 三船敏郎さん。

名場面じゃないですか。
ええ。

「椿三十郎」が ベスト1なんですよ。
うんうん…!

あっ 監督…。
黒澤 明監督。

本当だ。 ハハハ…。

なんと これはね
のどあめの景品だったの。

えっ そうなんですか?
じゃあ 普通に買えないというか。

あとは 何か
当てるしかないみたいな感じの…。

すばらしいですよ。
ここで徹夜したりするときは

もう この辺に 布団 敷いて…。
そのまま寝るんですね。

寝てますよ。

あの… 失礼な話なんですけど

前回 武相荘で お会いするまで
結構 何か 怖い方なのかなと思ってて。

ここに こう クッと力が入って

眼力鋭くっていうイメージが
あったんですけど

実際に お会いしたら
「あっ 何か めっちゃいい人」ってなって

すぐ 嫁にメールして

「奥田さん めっちゃいい人やった」
みたいな感じで。        あっ よかった。

なので いや もう…。
今日は だから ちょっと…

ちょっと 前回よりも リラックス…。
僕が キッとか… キッと見るのは

あれ ドラマとか映画の中だけですから。
あっ よかった。 ハハハ…。

まあ 何か 月並みな質問なんですけど

奥田さん なぜ 俳優というものを
志したというか…

っていうのを聞きたいなと…。
それはね

小学生…。
早いんですね。

物心ついたときからですけど
映画全盛のころでね

チャンバラ 活劇
そういうものが街じゅうにあふれていて。

とにかく チャンバラ映画が大好きで。

中村錦之助とかね。

亡くなったときは「萬屋錦之介」っていう
歌舞伎出身の方だったんですけど。

それが… ファンだったんですよ。

ところが ある日突然
小学校の5年生のときに

「丹下左膳」っていう映画を見に行って

「見えぬ片目で何を見て
つかめぬ右手で何をつかむ」とかって

こういう… 「化け物」とか「怪物」
っていわれる役者で

大友柳太朗っていう人が
いてね。

見て 武士の言葉なんて
分かんないのに

なぜか その迫力が
すごすぎちゃって

それで
その人に 一目ぼれして。

それで もう 放心状態で
映画館から出てきて

家に どうやって帰ったかも
分かんないぐらい…

歩いてるんですけど。
ああ… そんなに?

それで
5, 000人ぐらいの町だったんですけど…

その大友柳太朗という人を
バ~ッと想像すると

ああっ…! っつって眠れなくなるわけ。
うんうん…。

そうか…

…と思って。
5年生のときに。

愛知県春日井市に
生まれた奥田。

父は 市議会議員を
務めた政治家。

小学5年生で
映画俳優になろうと心に誓うが

大きな障壁が立ちはだかる。

自分と同じ政治家の道を
歩んでほしいと考えていた父親だ。

それこそ「はっ?」って言われて。

「映画俳優?」。
「映画俳優」って言ったら

「たわけ~!」。
たわけですね。 ハハハ…。

同じこと 先生に言われて。
「たわけ~!」っつって。

「そんなのよ 何 とぼけとるか!
なれるわけ にゃがや!」っつって。

「お願いします」っつったら…
こう 頭 下げたら

バ~ン! って たたかれて。
それで「はあ…」っつって。

それで失意の中 おふくろ…
おふくろに

「お母ちゃん 俺 役者になりてえがや
映画俳優」って言ったら

「うん?」って言われて。

「東京 行って 映画俳優になりてえ」
っつったら

顔 じっと見て
「ふ~ん あんたの好きなこと やりゃ。

そのかわり 一生懸命やらんと 恥かくよ」
って言ってくれて。

それでですよ ガガガガガ… って
アイデンティティーが…。

小学校5年のときの
アイデンティティーがね

ブワ~ッと こう…。
また 湧き上がってきた?

湧き上がってきて
こう 稼働するわけですよね。

そこで 高校生の奥田は
人生を懸けた大芝居を打つ。

当時 パパ… パパさんって
言ってたんですけど

「パパさん 俺 思い直しました」。

「思い直した?」。
「映画俳優 やめます。

やめますから… やっぱり これからはね

政治だよ 政治家だ」。

ここに こう 湧いてるのに。
そう。 「政治家だ!

政治家になるためには
東京に行かんといかん」って言ったわけ。

「行かせてくれ」っつって?
うん。 そしたらね

「うん? 何?
名古屋の大学でええがや」って言った。

「いやいや 中央に行ってこそね
意味があるんだ。

いろんなことを学んで
それで 大学卒業して帰ってくる。

帰ってきたらだよ 25で市会議員。
35で県会議員 45で国会議員。

これだ! これですよ!」って言ったら

「う~ん…」。 じ~っと 顔 見て

「まあ そこまで言うなら うん 行け」。

もう十分 役者ですね そのころから。
ハハハハ…!

上京し 俳優としての下積みを始めた奥田。

転機が訪れたのは30歳。

テレビドラマ「金曜日の妻たちへ」が
爆発的な人気となった。

奥田の どこか陰のある色気に

世の女性たちはメロメロ。

抱かれたい男の代表格として

人気を博した。

僕 1980年生まれなんですよ。

だから
その80年代の奥田さんっていうのは

うっすら 何かね
カメラのCMとかは覚えてて。

トレンディードラマというか
テレビの俳優として

大成功したわけじゃないですか。
で そこから

何か こう 映画俳優のほうに…。
いきますよね。

切り替わっていくっていうのは
何か その…。

最初が
「金曜日の妻たちへ」だったんですけど。

そしたら もう すぐに また

「男女7人夏物語」っていうので
オファーされて。

で また ド~ン! となるわけですよね。
ヒットしてみたいな。

そしたら…

ああ… はい。

…ぐらい「キャ~ キャ~ キャ~!」と
言われるわ

仕事は 雨あられとくるわ
コマーシャルもくるわ

それで ちょっと自虐的になって。
ああ…。

いかん!

こんなときに ある新聞社に…
記者に「会いたい」っつって 会って。

それで…

言いに行ったんですか? ハハハ…!

こんな ド~ンって…

「チヤホヤされたくて
俳優になったんじゃない」。

奥田はトレンディードラマから
距離を置く決心をする。

そして 訪ねたのは 社会派映画の巨匠…

奥田は みずからオーディションに挑んだ。

太平洋戦争末期

米軍捕虜の生体解剖に
立ち会い

葛藤する医師たちを
描いた作品。

奥田は 見事 主役を勝ち取った。

出してくれんですか この部屋から!

映画は 世界三大映画祭の一つ…

…を受賞する。

熊井監督も
「とことん 役にのめり込む俳優」と絶賛。

奥田は
国際映画祭の出品作に次々と出演。

1994年の「棒の哀しみ」では

9つの主演男優賞を受賞。

映画俳優としての地位を
不動のものとする。

「映画俳優になっちゃったね。
夢が かなっちゃったね」と

自問自答をしたわけですよ。
その 子どものころに

スクリーンの中に入りたいと思ってたのが
もう実現したというか…。

実現して… 終わりだろうと。
ここで エンドマークだって。

ジ・エンドだから 「よしっ」て…。

かみさんに
「役者やめる」って言ったんですよ。

「はあ?」って言われて

「俳優やめて 映画監督になる」って
言ったんですよ。

「はあ? じゃあ 俳優は?」って言ったら

「だから 俳優をやめるんだよ。
もう夢も かなっちゃったし。

それを ポケットに詰め込んで
生きてたんじゃ…

水に… 川を泳いでても
溺れ死んじゃうから

それは もう捨てるんだよ」っつって。

ジャンプですよね。
ええ。

それで 友達なんかにも…

ふ~ん!
ええ 楽しかった! めちゃくちゃ!

俳優のその先
輝いていたのは 映画監督。

愛してやまない映画を

自分の手で作り上げたいという衝動を
抑えられなかった。

50歳での監督デビュー作「少女」。

みずから主演も務め
援助交際をする女子高生と

アウトローな警官の純愛を描いた。

(すすり泣き)

物語の舞台として選んだのは

祖父の かやぶき屋根の家。

監督としてのスタートを切る際に
自分の原点に立ち戻りたかったという。

≪よ~い はい!

映画監督 奥田瑛二の持ち味は
卓越した演出力。

俳優として培った演技へのこだわりが
作品に投影されていく。

どうしてよ…。

あんた 私に復しゅうしたいために
寺岡と寝たんだがね!

だから どこかでさ

こういうふうになるとか
何か ならないと…。

≪離してよ!

≪関係ある。
≪ない!

もう一回 目 見て
やってみようか?       はい。

大丈夫? 痛くない?
大丈夫です。

カット!

オーケー!

デビュー作にして

パリ国際映画祭で
グランプリ受賞という快挙を成し遂げた。

カメラを向けられる側より

あっち側のほうが
すごい楽しいって言ったの

それは…
僕は 全く分からないんですけど

どう違うんですかね? 俳優をしてるのと。
だから あなたがね…

立場と一緒で 親方ですよ。 親方!
ああ そうか。

このピラミッドの… ここ 親方。
ここ! みたいな。

全員を 自分の いわゆる
差配… 技量で差配して

引っ張っていかなきゃ
いけないというのがあるし

撮ってることの…
現場のね 生活 含めて。

それは あと
クリエーティビティー重ねていくときに

親方なら分かると思うんですけど

助監督といわれる 弟分みたいなのがね
4人 5人いるわけですよね。

番頭みたいなものですね 現場の。
それが「ここは こうして…

こうして ああしていこう」って
言ってくるじゃないですか。

「いいな それ! いいぞ 君!」って
言いながら

「はい いくよ」っつって
自分の… 自分の思いで全部やる。

奥田スタイルっていうのが
なけりゃいけない。

それを作るためには そういうのも
絶対に必要だったもんだから

そういう意味では
妥協はしないぞっていうのがあって。

やるからにはってことですかね。

監督は 親方ですよね。
はいはい…。

そうすると かやぶきの世界も

自分のやりたいようにする… したい。

そうしないと気が済まないっていうか
そういうのってあるんですか? やっぱり。

ありますね。 特に
親方になりたてのころが それが強くて。

何もかも 自分でやりたいんですよ。
当たり前なんですけど。

俺がやったほうが 絶対かっこいいし
とかっつって。

で やってると…
扱うものが 結構 大きくて

実際 手が回らなくなってきて。

何だろう… 誰かに 僕ができないことを
逆に振ったりとか。

僕ができること… 得意なことと
そうじゃないことってあって

僕は 得意じゃないことに関しては
僕より得意な人にやってもらって。

全体で
自分の意思をかなえてるといいますか。

何か ある種…

そうすると 腹心たちが
最初 何も知らなかったのが

どんどん成長して
その前に 兄貴分だったのが独立して

その人が
親方になったりするじゃないですか。

映画の場合も 助監督…
監督やってるのもいますから。

それって めちゃくちゃ うれしいでしょ?
うれしいです。 何かね…

僕 子どもが育つっていうのと
近いのか分かんないんですけど

何か 共有したものを持って
自分の意思で

そっちにいきたいって言ってくれるのは
僕は すごいうれしくて。

まだ…
僕の場合は まだ 弟子なんですけど。

将来 もし 独立したいとか
っていうことがあったら

それは もう 喜んで
「出て行けよ」みたいな感じで。

映画監督として これまで5本の作品を
世に送り出してきた奥田。

その中で 奥田は一貫して

現代社会が抱える問題に光を当ててきた。

みずから脚本も手がけた「長い散歩」。

虐待されて 心を閉ざす少女と

家庭を崩壊させた孤独な老人が

旅する中で 気持ちを通わせていく。

登場人物たちの変化が
繊細な描写と演技で描かれた。

この映画で 奥田は

モントリオール世界映画祭の
グランプリをはじめに

数々の賞を受賞。

映画監督として 確かな地位を築いた。

奥田さんの監督なされた
「少女」とか「長い散歩」とか「るにん」とか

拝見させてもらったんですけど。
ありがとうございます。

何か こう 結構 重たいテーマというか

社会の中で その時々に起きてるような…
援助交際的なことであったりとか。

どうやって
テーマを決めてるっていうのか…

もしくは 何か湧き上がってきて

作らざるをえないような状況なのか
っていうのを お聞きしたいなと思って。

新聞とかニュース見てると

メディアが現象を
バ~ンと発表しますよね。

でも その… 殺人事件なら殺人事件。

幼児連続殺人だったとしても…

被疑者も 被害者も。

その家族のことを
ふわっと 事件の中から思い浮かべると

「こうだろうかな」「どうなんだろう」って
それに めちゃくちゃ興味があって。

それで それは…

それを まあ ある種…

…じゃないかなと思うわけ。
なるほど。

作品 うかがってると
何か やっぱ そういう… 見てると

「あっ この人の この部分
僕の中にもある」とか

それを 何か こう
バン! と突きつけられた感じがして。

何か 見終わったあとに こう…

「レンジが広がる」って
おかしいんですけど

自分にも やっぱ こういう汚いとことか
毒々しいとことかって絶対あるし。

それを忘れたら こっちの明るいほうも
うそになっちゃうので。

何か こういう…
グッと なんか 腹に落ちるような

見終わったあとに いつも
何か こう 感触があるんですけど。

「ああ… そうだよな 分かるよな」って。
「うわ~…」って思ってもらえると

見た人が つかえたものとかが 何かが

自分なりに ほどけていくのが あの…

見手は 人として持っている
自浄作用というか

浄化作用じゃないのかなと思うから。

そういうことを僕は信じてて。

そこだけは ギリギリになっても
逸脱しないという信念を持ってる。

それが「何だ?」って考えたときに
この間も出たんですけど

じいちゃんがいて ばあちゃんがいて

じいちゃんにも じいちゃんがいて
ばあちゃんがいて… というね。

連綿と…。
うん。

果てというか 現在が 自分がいるという。
そういうのが すごい 最近…。

まあ これは 自分に孫が出来たから
よけいに実感するというのがあって。

あの… それは

社会で生きているというか
生かされているというか。

ものの… それと
ものを作っていく者として

絶対に なくしてはいけないこと
なんだろうなと思いますよね。

何か そのお話の続きでいくと

僕も今 10か月の息子が出来て。

やっと まあ
父親になり 家族になったんですけど。

奥田さんの家族観というか
何か こう 拝見していると

すごく仲がいいといいますか 家族が。
今も お孫さんの話も出ましたし。

何か アドバイスじゃないですけど
何か ないかなとか。

ありますよ。
何ですか? ハハハハ…!

それはね あるときは 大人として

あるときは 子どもの目線で。
ああ… はい。

遊んだりするときは もう…
全く子どもの目線で遊ぶ。

でも 危険なものとかを
経験させたいねっていうときは

大人の目線で遊ぶというね。
おお…。

はっきり言ったら
無邪気であってもいいし。

「おい おい おい!」って言いながら
けんかして

「違うだろ! もう やめろよ!」
「何よ!」 バ~ン…!

「お前だって そうじゃないかよ!」
って言って 女房に…。

「ちょっと やめてよ あんたたち!
もう あんた いくつなのよ!」って

怒られるぐらいの けんかしたりね。
なるほど なるほど。

それで だから…

…とかってね
言わしたら大したもんですよ。

課題… ちょっと 今日 課題が多いですね。
なるほど。

それぞれの仕事を突き詰めてきた2人。

最後に 奥田が
やってみたいことがあるという。

あの… そういう番組がきたら
言おうと思ってて。

いまだかつて ないんですけど。

「プロフェッショナル」っていう
番組があって

最後に聞くじゃないですか。

「プロとは何ですか?」って。
ありますよね。

あれのね 最後
ひと言 言うじゃないですか。

「あれが言いたいな」というね
言葉があったんですよ。

違う番組になってますね。
ハハハハ…!

そう… じゃあ 言いましょうかね。
はい。 心して。

「プロとは 決して失敗しないこと」。

これがね 僕のね…

本邦初公開かもしれないけど。
ありがとうございます。

目の前で聞けちゃった。
一番大切にしてる座右の銘ですね。

僕は 98まで生きますから
そのときは 監督やってるんですけど

そのときには「よっしゃ! やったぜ!
いけたな」と思えれば いいから。

100点なんて当たり前。
だから 150点にマックスを置いて。

これ 200点じゃないのが
いいとこなんですけど。

150点にいったかな?

う~ん… 深いな…。

おじいさんの かやぶき職人さんなんかも
もう80歳とかなんですけど

「相良君…」って。
「わしはまだ全然あかんのや」とか言って。

「一生 1年生や」言うて。

「あなたが1年生なら 私は まだ何か…

精子か何かみたいな感じで
生まれてもないんですけど」みたいな話で。

でも そのお話に
すごく通じるところがあって。

もっと若いときに感じてたら
もっと違う役者になってたなとか思うし。

おお なるほど。
そうしてくださいよ。

そうすると もう40… 50ぐらいになっても
それが普通になってくると

もう それから… 普通が長いですから。
ああ… そっか そっか。

今 39ですよね。
39ですね。
だから 50のときには

世界が普通になってるはずなんですよ。
僕の未来予想図ではね。

だから それは このまま やっぱり

進んだらいいんじゃないですか。
はい。

小心者なんで もし
そんなオファーがきたら

ビビっちゃうと思うんで。

そのときは また
この辺に いてもらっていいですか?

大丈夫です。
あっ 本当ですか。

ありがとうございます。
大丈夫ですよ もう。

自信持って 進んでいってくださいよ。
分かりました。

じゃあ もう
どんどん どんどん いきますので。

よろしくお願いします。
私もいきますんで。

どうも ありがとうございます。
本当 ありがとうございます。

長い時間 ありがとうございました。
いやいや こちらこそです。

いや~ 楽しかったです。

いや すごい…。
そうですか?

いや 本当に 演説のお話ぐらい…。
うちの家族…。

長女なんか もしも こういう話させたら

手ぶり身ぶり 同じですからね 僕と。
ハハハハ…!

サクラも そうですよ。
受け継がれてるんですね。

まあ… 同じ。
ハハハハ…!

♬~


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