逆転人生「武闘派!日本初の全盲弁護士」日本で初めて点字での司法試験に合格。8度落ちてもあきらめなかった執念の男!


出典:『逆転人生「武闘派!日本初の全盲弁護士」』の番組情報(EPGから引用)


逆転人生「武闘派!日本初の全盲弁護士」[解][字]


高橋メアリージュンが感涙。山里亮太が驚いた。歴史的裁判を担当し、勝訴した弁護士が登場。日本で初めて点字での司法試験に合格。8度落ちてもあきらめなかった執念の男!


詳細情報

番組内容

地元では“武闘派゛と呼ぶ人もいる弁護士の竹下義樹さん。山口組の組長を相手どった裁判の弁護団長をつとめて勝訴。さらに生活保護を廃止されたホームレス状態の人が行政を訴えた裁判でも原告を弁護して勝訴。福祉のあり方に一石を投じた。弁護士になるまでも波乱の連続。当初は視覚障害を理由に司法試験の受験が認められなかったのだ。仲間の力を借りて壁に立ち向かい、次々と突破。社会の逆風に真っ向から立ち向かった痛快人生。

出演者

【司会】山里亮太,杉浦友紀,【出演】竹下義樹,野口健,高橋メアリージュン,【語り】龍田直樹



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逆転人生「武闘派!日本初の全盲弁護士」日本で初めて点字での司法試験
  1. 裁判
  2. 柳園
  3. 竹下
  4. 弁護士
  5. 生活保護
  6. 司法試験
  7. 自分
  8. 点字
  9. 当時
  10. 行政
  11. 時間
  12. 先生
  13. 野口
  14. 受験
  15. 障害者
  16. 相手
  17. 社会
  18. 寿子
  19. 法務省
  20. ケースワーカー


『逆転人生「武闘派!日本初の全盲弁護士」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(杉浦)「逆転人生」。 今夜は
歴史的な裁判の裏側を描きます。

時は 平成の初め。
ホームレス状態の男性が

生活保護の廃止は不当だとして
国と市を訴えました。

しかし当時 行政を相手にした裁判は

「アリとゾウの戦い」に例えられるほど
厳しいものでした。

原告を弁護したのが
今夜の主人公 竹下義樹さん。

なんと 日本で初めての
「全盲の弁護士」です。

家族に支えられ 司法試験に8度落ちても
挑み続けた まさに執念の人。

行政側の反論にもひるまず
地道な調査を続け

相手の主張の決定的な矛盾を
突き止めます。

誰に聞いたの!?

日本の福祉政策に一石を投じる
大裁判に発展していったのです。

竹下義樹さんです。
よろしくお願いいたします。

よろしくお願いします。
お願いします。

竹下さんは国だけでなく
山口組の組長を相手取った裁判も手がけ

勝訴されています。
はい。

巨大な組織にね 臆することなく
立ち向かう姿から

地元・京都では「武闘派」とも
呼ばれているそうですよ 山里さん。

いや 危ない目に遭ったりとか
しなかったんですか?

え~!? いや それは さすがに
焦ったでしょう?

いや その時 見えなかったので
分からなかったんです。

先生1人だったんですか?
その時 事務員逃げ出してしまったので

1人になってしまったんです。

すごい回になりそうですね。

いきなり出てきたエピソードが
とんでもなすぎるんですけども。

♬~

まずは 僕が弁護士になるまでの
道のりをお話しします。

今から47年前。 大学生だった僕は
とんでもない行動に出ていました。

アポなしで 法務省に突撃。

入ります。

偉い官僚さんに 詰め寄りました。

実は 視覚障害を理由に
司法試験の受験を拒否されていたんです。

納得できません!

自分で振り返っても
無鉄砲だと思いますが

実は 子供の頃から
そんな性格だったんです。

中学の頃 僕の目は何とか見えていて
部活の相撲に精を出していました。

しかし 稽古を繰り返すうちに
どんどん視力が落ちていたんです。

それでも僕は 誰にも言いませんでした。

へえ~。

すると…。

(医師)ぶつかり稽古によって
網膜剥離を起こしています。

失明は避けられませんね。

先生 わしの目をやってもいい。

どうか
息子の目を助けて下さい!

へえ~。

中学卒業後は 盲学校へ行き

針・きゅう・あん摩マッサージ指圧の
勉強をしました。

当時は それ以外の仕事の選択肢が
ほとんど なかったんです。

卒業後 僕も資格を取り
マッサージ師として働き始めたんですが

ある日 何気ない言葉が
胸に突き刺さりました。

名前を名乗っても 「あん摩さん」と
ひとくくりにされる悲しさ。

視覚障害者は どこか別世界の人間。

当時は そんな感覚が
まだ普通だったんです。

なるほど。

意地になった僕は
障害者のイメージから かけ離れた

憧れの職業を
目指すことにしたんです。

頭の中は ある思いで いっぱいでした。

あれ?

ちょっとカリスマ性減ったな 今。

弁護士になるために
大学の法学部に行こう。

早速 受験勉強を始めた僕ですが
思うように はかどりませんでした。

点字を読むのに
すごく時間がかかるんです。

結局2浪し 試験時間の延長制度があった
京都の大学に何とか合格しました。

そこで友人を通じて
初めて知ったことがあります。

そこで?

僕は早速 法務省に
受験のしかたを問い合わせました。

返事が来たのは 1週間後。

竹下君 どうしたの?

あ こちらは親切な友人の寿子さん。

法務省からの手紙を読み上げるため
駆けつけてくれました。

「司法試験の受験については 年齢 性別

その他の資格には
特に制限がありませんので

誰でも受験できるわけですが…」

そんなアホな!

そこで止まらないのが
すごいですよね。

司法試験は
誰にでも受けられるんですよね?

(竹下)答えて下さい。

こうして僕は
法務省に抗議に来たわけですが

何度訴えても 返事はありません。

部屋に たった一人いるような
むなしさを感じました。

向こうが何も答えてくれなかったらさ
もうね 何も聞こえないわけですもん。

目が見えなくても
点字があるじゃないですか。

ようやく口を開くと…。

何を言っても のれんに腕押し。

僕は 障害者が
お荷物扱いされていることを

痛感しました。

おかしいやろ?

頭にきた僕は 友人に助けを求めました。

ところが…。

あら。 さっきの理由
言いづらいですもんね。

そこで はたと 自分には まともな動機が
ないことに気付いたんです。

(笑い声)

僕は 知り合いの つてをたどり

弁護士たちに
話を聞いて回ることにしました。

こちら お掛けになって下さい。
ありがとうございます。

竹下君は
どんなイメージをお持ちですか?

かっこよくて お金がもらえて。

今 私が弁護をしているのはね
スモン事件で被害に遭った患者さんです。

スモン事件とは 当時
国を揺るがしていた薬害事件。

かっこよくも
お金にもならないけれど

よかったら 今度一緒に
患者さんのとこに行ってみませんか?

是非お願いします。

被害者は 足がマヒしたり
目が見えなくなるなど

深刻な症状に苦しんでいました。

しかし 国や製薬会社は
なかなか救済しません。

その姿が
自分自身と重なって見えたんです。

よかったですよ
ここに たどりついてくれて。

よく言った 竹下! それでこそお前だ!
ありがとう。 ありがとう。

僕が決意を伝えると
友人たちも本気になってくれました。

へえ~。

応援の輪を広げるための冊子を
次々に作ってくれたんです。

すごいなあ。

弁護士以外の国家資格では
点字試験があることなどを訴え 問題提起。

もちろん 「僕の決意」も載せてくれました。

こうした冊子を 学生や市民に配り
法務省にも送り続けました。

9か月後 もう一度 抗議に行くと…。

以下の条件で
司法試験の受験を認めます。

(竹下)ほんとですか?
(官僚)ここにサインして下さい。

よっしゃ!
ようやく点字での受験が認められた!

すごいな。

ところが…。

試験当日 僕は猛烈に焦っていました。

え?

点字は時間がかかるのに…

大学入試では 時間延長が
認められていたのに なぜ。

問題文を読み終わる前に 時間切れ。

僕の夢は
あっけなく絶たれてしまいました。

いや~ 驚きの連続でしたけども
一番驚いたのは…

ええ。 もうバカでしたから

法学部へ入れたら
弁護士になれると思ってましたから。

すごい。 更にね そのあとに動機が
超不純で…

さすがにね あの瞬間に…

いや 高橋さん どうでした? 見てて。

でも分かります。
私も芸能界に入った動機って

お金稼げそうと思って
入ったんですよ。

こんな身近に賛同者が。
(笑い声)

野口さんもね もう前人未到の記録に
いろいろ挑んでますけども

この竹下さんの行動どうですか?

僕も学生の頃にエベレストに行きたいって
動くんですけど

僕は自分のために やってましたけどね。
でも 世の中変えたいっていうことで

やられたところがね
すごいなあと思いながら。 そうですよね。

まさに その行動力。
竹下さん 一度思い立つと

突っ走ってしまう性格なんですね。
VTRで紹介した以外にも

エピソードが たくさんありますので。
はい こちら。 題して

「走りだしたら止まらない竹下伝説」。

驚くようなことをしちゃったんです。

竹下さんが伝説を作った時の映像が
実は残っていたので。 ご覧下さい。

こちら どこだか分かりますか?
野口さんにも なじみが深い場所です。

そういうとこ絶対間違っちゃ駄目でしょう
野口さん。

そうだよね。 ちょっとね これね…

あ 正解です。
こんだけ答えりゃね。

フランスとイタリアの国境にある
西ヨーロッパ最高峰の山の

4, 000メートル付近で
竹下さん スキーをされたんです。

え~!?
(竹下)僕の場合は2人のインストラクターが

後ろからV字に分かれて
僕が万が一のときのために

支える覚悟をしながら
滑走さしてくれるんです。

だって野口さん ここでね
そうやってスキーするなんてこと

結構 危険なことなんじゃないんですか?

クレバスが クレバスって
氷河のひび。 割れ目で…

これ だって恐ろしくないですか?
それこそクレバスが

どこにあるかも分からない
その恐怖の状態で。

ハハハハ!
(高橋)え~!

続いての竹下伝説は こちらです。

大学1年生の時 同級生の寿子さんと
交際を始めた竹下さんなんですけど

相手のご両親に
「結婚したい」って伝えましたら

大反対にあってしまうんです。
はあ~。

そこで こんな行動に出ました。

まだOK出てない。
はい 出てないんです。

もう決めてしまって…

(山里 高橋)え~!?

結局 2人の決意を知って 相手の両親も
結婚を認めざるをえなかったそうです。

そっか。 いや でも野口さんも
相当 無茶なことしてるでしょう。

まあ でも やっぱり先生と一緒で
エベレスト行きたいと。

エベレスト行きましたけど
やっぱ なかなか登れないんですよね。

でも もう 1回やると言ったら
やるしかないので

引くに引けないとこありますよね。
ですから 結婚式場を予約しちゃった。

引くに引けない状況を
作るわけじゃないですか。     なるほど。

僕もエベレストが失敗したら 「来年は絶対
登ります」ってことを宣言して

引くに引けない状況を
作りながら挑戦してきたんですよね。

すごいよね。 野口さんのキャラクターとか
声のトーンとかも相まって

すごそうに聞こえないけど 文字で見たら
めちゃくちゃ すごいことやってんだよね。

(笑い声)
確かに。 ここで竹下伝説に戻りますと

そもそも全盲の人が
弁護士試験に挑むというのは

どのくらい難しいことだったのか
皆さんにも実感して頂こうと思います。

こちら。
司法試験に出たとされている問題。

注目して頂きたいのは
こちらの選択肢の部分ですね。

5択ありますね。
5択ありますよね。 目で見ると

短い時間で選択肢を把握することが
できると思います。

しかし 点字では これを
こうして触りながら

指で追いながら読み取らないと
ならないんですよね。

目で さっと正しい答えを探すって
できないので

全部読み終わってから頭で考えて
もう一度1番から5番

どれだったかって
考え直す時間が要るんです。

しかも 点字の場合は このように全て
ひらがなの表記になるので

漢字がありませんよね。 法律用語や
専門用語などを把握するのに

非常に時間がかかる。 当時の学術調査では
点字で読む場合は

3倍から9倍程度の
時間がかかるとされています。

どうです? こういう状況で
闘い続けるっていうのはね 高橋さん。

そこで諦めちゃう人が
多いと思うんですけど

今 弁護士ってことは そこで
諦めなかったってことですもんね。

どうやって この状況を
打開していったんですか?

僕は言いだすと諦められない人間ですから
いつも大きい声を出して

みんなに訴えるというか
人に聞いてもらうことを

繰り返しやるしかなかったです。
そっか。

翌年 僕は勉強を重ね
2度目の司法試験に挑みましたが

時間が足りず 不合格。

やっぱり 試験時間を
延長してもらわないと 望みはありません。

どうすれば法務省を動かせるのか。
行き詰まっていると…。

よっ やってるか。
(学生)尾藤先生!

元官僚で
後に弁護士となる尾藤さんが

味方になってくれたのです。

厚生省に勤務中 水俣病患者を突き放す
国の姿勢に憤慨し

弁護士を志した 熱い男でした。

気合い入ってる人だな。

…だろうと思ったので。

尾藤さんのアイデアで 僕たちは
マスコミに現状を訴えることにしました。

すると ある新聞社が 地方版に
小さな記事を載せてくれたのです。

(電話の呼び出し音)

今度は それを読んだ
国会議員から電話があり…。

ほんまですか?

衆議院の予算委員会で話をしないかと
誘われたんです。

すごい。

当時 福祉政策が議題にされており
参考人として

障害者から見た
社会の課題を話すことになりました。

弁護士になりたいと思い ようやくにして
受験することができました。

しかし 時間延長をされないなどの
制限付きのままでした。

国会におきましても
この障害者の苦しみを

是非ご理解して頂きたく思います。

すごい。

どんだけ壁ぶち破ってくんすか。

すると 3か月後 僕の訴えが届いたのか

ようやく試験時間の延長が
認められたんです。

すご~い!

あとは 僕自身が司法試験に打ち勝つのみ。

当時は 合格率2%。
超難関を突破しようと

猛勉強を始めました。

そもそも そこですよね。

ありがたいことに
100人ものボランティアが

法律書を朗読するなどして
僕を支えてくれたんです。

準備を尽くして臨んだ3年目。

結果は 不合格。

(ため息)

4年目も… 5年目も駄目でした。

浪人生活が長引くと
どんどん生活が苦しくなりました。

既に大学で出会った寿子さんと結婚し
子供が2人。 家計は火の車でした。

そうか 結婚もされてますもんね。

僕は 時間を切り詰めて
マッサージの仕事に行き

必死に生活費を稼いだんです。

よいしょ よいしょ。

(竹下)ただいま。
(寿子)おかえりなさい。

ある日 小銭をためていた貯金箱が
割れていました。

寿子 これ どないしたん?

うちはもう おかずを買うお金も
なくなりました。

あのさ 俺 司法試験…。

くじけそうになる僕。

まあ なるよな。

でも 妻は…。

(寿子)それは…

いい奥さん。

その後も落ち続けましたが
僕は諦めませんでした。

そして 9回目の挑戦で…。

9回か。

(アナウンサー)この人は 京都市伏見区向島の
竹下義樹さんです。

ああ 実際の。

(アナウンサー)奥さんと子供2人を抱えて
マッサージのアルバイトをしながら

勉強を続け 今年9回目の挑戦で
ついに合格しました。

すごいな。

そうですね。

そら そうや。

めちゃくちゃ いい才能ですよね。
諦めが悪いって。

こうして弁護士になった僕は
障害者や労働者

中小企業などの裁判を
次々に手がけていきました。

そして 年号が平成に変わった ある日。

僕の人生を変える相談が舞い込みました。

(患者のせき)

面会場所は…

正直 怖かったんですが 是非にと言われ
訪ねることにしたんです。

依頼人は 柳園義彦さん。

住所不定で
ホームレス状態にある男性でした。

ぶっちゃけ 彼らのような人は
社会のお荷物だと思っていました。

あるいは…

椅子は ここです。
はい。 どうぞ こちらです。

ありがとうございます。

でも 話を聞くと
僕の先入観は一変したんです。

柳園さんは 30年以上 建設現場で働き
日本の社会を支えてきました。

しかし 50代後半に 結核や糖尿病で

働けなくなってしまったんです。

病状が悪化し 入院すると
一度は生活保護が支給されました。

しかし 退院後
部屋を探すも借りられず

友人宅を頼るようになると
なぜか保護が廃止に。

その後 急激に体調が悪化し
再び入院していました。

僕には 彼が社会から見捨てられた存在に
思えたんです。

社会からね。

先生 右手を貸してや。

(柳園)はあ… 苦しいで。

膨らんだ腹に
したたる腹水。

もう長くないことは すぐに分かりました。

生活保護の打ち切りも
彼を追い詰めた要因ではないか。

僕は 国と市の責任を追及する裁判を

起こすことに決めたんです。

しかし 裁判が始まると
行政側は 真っ向から反論。

認められません。

柳園さんの方に問題があると
主張してきました。

ただでさえ 当時の行政訴訟は
「アリとゾウの戦い」に例えられるほど

勝ち目がないものでした。

9回目の司法試験で 弁護士になった僕。

再び その執念が試される
厳しい闘いが始まったのです。

いや~ 竹下さん
9回目の司法試験で とうとう合格。

ありがとうございます。
いや~ すさまじい頑張りでしたね。

僕は やっぱり いっぺん自分で
「なりたい!」と思うと

諦めることができないんですよね。
いや でも 心折れて

もういいかな みたいに思っちゃう
瞬間とか なかったですか?

いや 何回もある。
何べんも折れかかりましたけども

折れかかるたびに…

そして その愚痴を聞いてくれた人が

僕自身を もういっぺん
奮い立たしてくれることもありますし

何か愚痴を言ってるうちに
「俺 もっと頑張らないかん」って気に

なってくるのが 僕にとっては
繰り返しだったように思う。

はあ~。
いや でも 僕も結構

エベレストも そうですけど
何度も失敗してるんですよね。

気持ちが やっぱ切れかけましたよね。
だから僕も…

ひたすら愚痴言って
もう全部 吐き出して

多分 愚痴を言うってすごい大事なことで。
なるほど。 高橋さん どうですか?

私も5年ぐらい前に難病をした時に
その時の先生に

「これはもう治らない病気だから

一生うまく つきあっていきましょう」って
言われたんですけど

その時に思ったのが…

…って思ったんですよ。
だから無理って言われれば言われるほど

「いやいや 無理じゃない やってやるわ!」
って思うので すごく。

これ この3人で居酒屋行ったら
盛り上がりそうですね。

こんなに波長の合う3人そろいます?
ねえ。

どうしよう 俺だけなんだよな。

勉強しよう。 今日 この3人から。
実は 奥さん以外にもですね

お友達やボランティアの協力も
非常に大きくて

竹下さんのために
こうしたものを作ったんです。

これ ちょっと山里さん
見てみて下さい。

これは? あ 点字の法律書?
そうなんです。

点字の法律書を なんと200冊。
え これを200冊!?

その分厚いのを200冊。
はあ~ すごいな。

これ ほんと竹下さんのね
人を引きつける力っていうのは

ほんと すごいなと思うんですけど
なぜね 竹下さんの周りには

そうやって応援したくなる方が
集まるんだと思います?

明るさだと思いますね。
やっぱね 明るいんですよ すごく。

どんなことがあっても。 で そうすると
応援してる側も 応援することによって

自分たちの方が元気になれるんですよね。
なるほど。

と思いますね。
先生を応援することによって

自分たちも元気になるし
先生が それを突破することによって

次に進む方も出てくるじゃないですか。
何か そういう可能性も含めてですけど。

こうして日本で初めての
全盲の弁護士になった竹下さん。

実績を積み重ねて 歴史的な裁判を
担当することになるんですが

その一つが 山口組の組長を
相手取った裁判なんです。

すごくないですか?
すごい。

1995年 山口組の下部組織の抗争に
巻き込まれ

1人の警官が命を落としました。
あ~ あったな。

警官の遺族は 犯人が逮捕されても

大本の山口組組長が責任を問われないのは
悔しいと感じていたそうです。

弁護団が結成された時

裁判で組長を訴えるべきだと主張したのが
竹下さんでした。

ただ当時 そんな前例はなく
他の弁護士からは

無謀だという声も
上がったそうです。

山口組組長にも ひるまない
弁護団長・竹下義樹。

すごいな。

1審の京都地裁では
主張が認められませんでしたが

諦めず闘い続けました。

決着がついたのは 9年後の最高裁。

うわ~ 闘いましたね。

「組長には トップとしての
使用者責任がある」と判決が下り

歴史的勝訴を
勝ち取ったのです。

法律だけで見ると なかなか
裁けないというか。 前例がないし。

だから 法律家ではあるんですけど
法律を越えたとこで

何か訴えていきたいっていうところが
あったんですか?

そうなんですね。
僕は 今 野口さんが言ったこと

ほんとに大事だと思うんですわ。

まず大事なのは 社会的に見ても
1人の人間の思いから見ても

どこに一番の責任を取ってほしいと
思ってる人がいるか。 その人の…

僕は裁判で一番大事だと思うんですよね。

志した時にね かっこよくて
金もうけがしたいって言ったのと

同じ人とは思えないですけど。
(笑い声)

その竹下さんの人生の中で
大きな転機になった裁判が

VTRにもあった柳園さんという男性を
弁護した裁判ですね。

この方がね 僕に言ったこと
忘れられないんですよ。

「俺は こんな みすぼらしい
だらしないことになったけどね

僕のように
こんな惨めな思いをして

福祉事務所から
追い返されるような人間を

もう2度と作らんといてくれ」
と言われた時に…

…っていうふうに
思いましたね。

僕は 裁判に向けて 生活保護をめぐる
あらゆる情報を集めました。

すると こんな話を
あちこちから聞きました。

住所が あいまいな人に対して
自治体の窓口は

保護の受給を認めない場合がある
というのです。

生活保護は 全国どこの窓口でも申請可能。

費用は国だけでなく 自治体も負担します。

つまり 審査が甘いという
うわさが立つと…。

柳園さんが
生活保護を打ち切られた背景には

こうした風潮が あるのではないか。

それを知ってか知らずか
柳園さんは こう言いました。

先生 自分のような 惨めな者を
2度と作らんでほしいんですわ。

これですね。

…ということを感じた時には 僕は…

柳園さんのように苦しむ人を
これ以上増やしてはいけない。

いよいよ 裁判が始まりました。

生活保護の
ケースワーカーをしております。

行政側の弁護士は
ケースワーカーを証人として呼び

生活保護の廃止を こう正当化しました。

柳園さんの一度目の入院中
行政は病気や収入がないことを理由に

生活保護の支給を決めました。

しかし 退院後の継続については
住所が分からないため

受給資格を判断することができず
廃止にしたというんです。

お願いします!

廃止を告げられたあと 柳園さんは
行政に継続を懇願していました。

しかし なぜか 住んでいる場所は
明かしませんでした。

僕は 行政の対応に
強い違和感を覚えました。

ホームレス状態のような
困窮者を支えるのが

生活保護の理念ではないのか。

なんとかして
相手の主張を切り崩したい。

手術をしたが
失敗だったと言い…。

実は その糸口を既につかんでいました。

ケースワーカーが
どのような対応をしていたのか

作業日誌を提出させ
読み込んでいた時のこと。

気になる電話番号を見つけたんです。

僕は 番号の主に連絡し
実際に訪ねてみました。

柳園さんという方を ご存じでしょうか?

はい。

柳園さんは まさに この場所に
身を寄せていて

行政は連絡先をつかんでいたのです。

向こうは分かってたんですね。

…ことも見えてきた。

この事実を突きつけ 反撃に出よう。
そう思っていた矢先。

柳園さんが 息を引き取りました。

通常 行政訴訟では 原告が死亡したら
裁判は終わりになります。

しかし僕は 柳園さんを支援する市民に
原告を引き継いでもらい

裁判を続けることにしたのです。

はあ~。

裁判の開始から2年。

僕は ケースワーカーを相手に
あの電話番号のことを問い詰めました。

ケースワーカーは 柳園さんの退院後
病院から連絡先を入手していました。

でも なぜか…

住所が あいまいだという理由で

生活保護の支給を認めない風潮は
ここにも及んでいたのか。

僕は 行政が抱える病理を
この裁判で問いただそうと思ったんです。

なぜ 行政は 柳園さんの生活や体調を
気遣えなかったのか。

裁判の終盤 僕は 柳園さんが

住所を言わなかった
「真意」を明らかにしました。

それは知りたいな。

身を寄せていた あの女性は
親の代から親交を結んできた

大切な友人でした。

社会から疎まれていると感じていた
柳園さん。

もし 本当の居住地がバレれば

彼女にも
偏見が及んでしまうのではないか。

柳園さんは 生活保護をふいにしても
彼女を かばっていたんです。

ついに 判決の時を迎えました。

(裁判長)賠償の責に任ずべきである。

(拍手)

すごいな。

この判決は その後
大きな うねりとなりました。

同様の裁判が全国に広がり

生活困窮者を支える
ネットワークができていったのです。

障害者だからこそ その声を すくい上げ
達成できる仕事がある。

僕は 全盲の弁護士としての存在意義を
証明することができたんです。

いや~ すばらしい。
ほんと見事な勝訴でしたね。

ありがとうございます。 その時には
柳園さんが亡くなっていたんですけども

やっと柳園さんの思いを
これで判決の形にできたという

満足感も当然ありました。
ねえ その柳園さんが

住所を明かさなかった理由っていうのは
切なかったですね。

切なかったですね。
自分を犠牲にしてでも守りたかった。

でも それが分かってもらえなかった
っていうのは切ないですね。

多分 福祉事務所だけじゃなくて…

…をしてたと思うんですよね。

だから 近所の人に広まったら
近所の人から そう見られるんじゃないか。

なるほど なるほど そっか。
ほんとに この時代は

野宿者 ホームレスの人に対しては
ほんとに生活保護は冷たかったんです。

相手にしてくれなかったんです。
今は その行政が改められまして

ホームレスの人でも
福祉事務所の窓口へ行けば

ちゃんと救済されるような流れが
できてきました。

貧困や福祉の専門家
吉永 純さんによると

この柳園さんの裁判が…

だから こうした流れを 竹下さんが
ある種作ったということなんですよ。

すごいですね。 革命ですね。
そう。

多分 あれですよね。
あんまり最初から…

ですから あまり何も考えずというか
あんま調べずに

大学に入っちゃってっていうことが
いろんなことが 僕ね

いろんなことに
つながってくと思うんですよ。

(笑い声)

とりあえずは それが
困難なことであろうが 何であろうが

それを今 野口さんが言うように
調べるよりも

そっちへ向かって走りたいっていうだけで
走る人間なんで。

それが だから これだけのね 大きな壁を
バンバンぶち破ってきてるっていう。

これね 最後に どうしても
お聞きしたいんですけど

竹下さんね 怖いものとか
苦手なものって あります?

怖いものは いっぱいあります。
何ですか?

まず第1に…

(笑い声)

あんなに助けてくれたじゃないですか
大変な時に。

それから やっぱり
怖いのは何と言っても…

やっぱり常に偉そうに言ってると
逃げ出したいっていう自分が

必ず内にあるわけですよ。 正直言うてね。
楽したい自分が あるわけですわ。

その部分よりも 自分の欲張りの部分を
持ち続けられるかどうかというのが

自分の一番弱さを
抑え込んでくことなのかなと

思いながらやってる。
はあ~。

この30年 僕は 障害者や生活困窮者に
向き合い続けてきました。

すごいな。

自立を支援する法律ができるなど
制度は整ってきました。

でも まだ血が通っていないというのが
僕の実感です。

へえ。

確かにな。

実際 僕のもとには 生活に困っている人が
次々に訪れます。

この女性は 親を亡くした おいっ子に
なけなしの生活費を切り崩して

仕送りしているといいます。

ああ そうですか。

誰にでも 夢や希望を持つ権利はある。

あの裁判を闘った経験が
僕を支えています。

司法試験の8度の落第につきあわせた
妻には 今も苦労のかけっぱなし。

でも 依頼を断れないのが 僕の性分。
いつ行けるか分かりません。

(笑い声)

目が見えない僕だけに聞こえる
心の叫びがある。

妻には申し訳ないけど
まだまだ現役です。


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