偉人たちの健康診断「関ヶ原の戦い ウソと逆ギレの東軍編」 黒田官兵衛と「オレオレ詐欺」との共通点とは?


出典:『偉人たちの健康診断「関ヶ原の戦い ウソと逆ギレの東軍編」』の番組情報(EPGから引用)


偉人たちの健康診断「関ヶ原の戦い ウソと逆ギレの東軍編」[字]


関ヶ原で東軍を勝利に導いた秘密を健康と科学の視点で読み解く。合戦直前の家康「謎の行動」の「逆ギレ」のワケとは?策士・黒田官兵衛と「オレオレ詐欺」との共通点とは?


詳細情報

番組内容

天下分け目の関ヶ原の戦い。勝敗の行方を左右したのは「寝返り工作」だ。その影には黒田官兵衛・長政親子の人の心理を巧みに操る「詐欺の手口」があった!?合戦直前、味方をも惑わせた徳川家康の「謎の行動」を現代医学の見知で分析。さらに、東軍で先陣を切った猛将・福島正則の強さの源は「声と体のメカニズム」にあった!?関ヶ原の戦い、東軍勝利の秘密を健康と科学の視点で読み解く。

出演者

【出演】関根勤,カンニング竹山,東ちづる,本郷和人,西田公昭,藤野良孝,【司会】渡邊あゆみ


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偉人たちの健康診断「関ヶ原の戦い ウソと逆ギレの東軍編」 黒田官兵衛
  1. 家康
  2. 西軍
  3. 東軍
  4. 広家
  5. 関ヶ原
  6. 書状
  7. 岐阜城
  8. 江戸城
  9. 行動
  10. 家臣
  11. 三成
  12. 長政
  13. 福島正則
  14. グッドコップ
  15. バッドコップ
  16. 回避型愛着障害
  17. 手法
  18. 先発隊
  19. 愛着
  20. 愛着障害


『偉人たちの健康診断「関ヶ原の戦い ウソと逆ギレの東軍編」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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天下分け目の…

合戦直前
総大将・徳川家康がとった

謎の行動の訳とは?

わしは 江戸へ帰る!

何を申されます!

繰り広げられる 東軍の巧みな…

なぜ 毛利は動かぬ!

今 弁当を食べておるのじゃ。
アハハハッ!

何が真実で
何が うそなのか。

激しい心理戦の
行方は…。

戦は
すぐにでも始まるぞ!

まだまだ 戦は起こりません。

そして 戦の流れを決定づけたのは…

エーイ!
エイエイヤァッ!

最新の歴史研究と 現代医学の知見で
東軍勝利の秘密を読み解きます!

♬~

健康のヒントは 歴史にあり!

関ヶ原に 家康率いる東軍が到着します。

その数…

迎え撃つ…

数の上では 西軍が有利です。

しかも 両軍の陣形を比べると
東軍が平地にいるのに対し

西軍は 有利な山をとっています。

東軍は 西軍に囲まれ

高い所から見下ろされている状況でした。

明治時代に 陸軍教官を務めた

ドイツの軍事家 クレメンス・メッケルは

この布陣を見て…

…と 即答したとも
いわれています。

♬~

ところが いざ 戦いが始まってみると…

家康率いる東軍が勝利しました。

圧倒的不利な状況の中…

その大きな要因の一つが…。

ああ…
一体 輝元殿は 何をしておるのじゃ!

西軍の総大将であるはずの

毛利輝元が…

そして 関ヶ原周辺に布陣していた
毛利一族の2万近い兵も

輝元に合わせるように
その場から動かず…

なぜだ… なぜ 動かぬ!

ハッ… よもや 毛利は…
徳川方に通じているのではあるまいな!?

三成の予感どおり 毛利輝元は

戦いの直前に
家康との和睦を取り付けていました。

その陰にあったのは 東軍の巧みな…

東軍が いかに巧妙に
寝返り工作を行ったかを物語る史料が

山口県岩国にあります。

吉川史料館に保存されている
鎌倉時代から江戸時代までの膨大な史料。

その中に 関ヶ原直前にやり取りされた

貴重な書状が
残されていました。

書状の受取人は 西軍のキーマン・吉川広家。

吉川広家は 毛利勢の
実質的な軍事司令官。

ナンバー2の立場にあった
人物です。

書状には
こう 書かれています。

広家を動かして

毛利を 西軍から東軍に
寝返らせようとしているのです。

しかし…

広家に工作を仕掛けたのは

東軍きっての策士として知られる

黒田官兵衛 長政の親子です。

実は この 二人から書状を送る

というのが 寝返り工作成功の

大きなカギだったと考えられるのです。

黒田親子が 広家に行った工作には

人の心の隙をつく
心理学的なテクニックが使われていると

西田公昭さんは
指摘します。

これは 「グッドコップ」「バッドコップ」と
呼ばれる手法を使っています。

二人一組で 悪い役が強気に攻め

まあ 良い役が 優しく接して

それを 交互に行うことで

相手の判断力を崩していくんです。

グッドコップ バッドコップというのは

刑事が 容疑者を取り調べる時に
使う手法として イメージして頂くと

分かりやすいと思うんですが…

もう一人の 悪い役の刑事が

相手の心を いたぶるというか…

よいか 長政。
お主は 広家を厳しく攻めるのじゃ。

分かりました。

父上は 広家にお優しくする
ということですね。

うん。 頼むぞ。

遡ること…

「徳川家康は
豊臣の敵である」。

関ヶ原の戦いは 石田三成が挙兵し

家康に反旗を翻したことから
始まりました。

三成に呼応して
大大名 毛利輝元が

西軍の総大将として
大坂城に入城します。

そんな中 黒田親子が動きだすのです。

まずは 父。

グッドコップ官兵衛が
吉川広家のもとに 書状を送りました。

毛利家が 西軍の中心となって動くことを
責めるどころか

祝う言葉を述べた内容でした。

よし。
官兵衛殿も 我らに期待しておられる。

そんな中 バッドコップ長政から
書状が届きます。

長政は 毛利勢が 東軍に内通するよう

持ちかけてきました。

長政め… 徳川と手を結べというのか。

しかも 戦が始まれば もう手遅れとは…
なんたる物言い!

予想外の要求に
広家の心は 少しずつ乱されていきます。

すると 今度は
グッドコップ官兵衛から 書状が届きます。

広家を安心させるような 優しい言葉。

官兵衛殿の心遣い… ありがたきこと。

官兵衛の言葉に
心の平穏を取り戻した広家。

そんな中 想定外の事態が起こります。

西軍の重要な前線拠点…

高い山の上に築かれた
難攻不落の岐阜城を攻め落とすには

少なくとも 数か月かかると
思われていました。

しかし…

広家たち西軍の行く末に…

なんと信じられん!
あの岐阜城が 僅か1日で落ちるとは…。

まさか そんな… う~む…。

これは… いささか 分が悪いかもしれん。

その直後 不安に駆られる広家の
心の隙をつくように

バッドコップ長政が
書状を送ってきました。

つ… ついに 家康が動いたか。

しかも 既に
駿河まで来ているとは…。

実は 家康が
駿河まで来たというのは…

この時 家康は まだ
江戸城を出発してもいませんでした。

激しく心を揺さぶられた この直後

書状を送ってきたのは
優しい グッドコップ官兵衛。

なんと 官兵衛が
「西軍は 皆 家康につく」と うそをつき

「あなただけ」と
広家を追い込んできたのです。

そして…。

東軍につくよう 初めて結論を求めます。

つまり…

ええい もう よいわ! 決めた!

こうなったら 官兵衛殿の言うとおり
わしらも家康に従おう!

そうじゃ そうしよう!

実は 広家を寝返らせた この手法

現在 被害が多発している あの犯罪にも
当てはまります。

それは…

オレオレ詐欺が登場した頃は
息子を名乗る人物が 電話をかけ

「お金が必要になったから
貸してほしい」と

情に訴える手法が 典型的な手口でした。

しかし 最近では
二人一組で行う

グッドコップ バッドコップの手法が
増えてきているのです。

その典型的な例は
息子を名乗る人物が 悪役を演じ

「トラブルに巻き込まれ

お金が必要になったから
貸してくれ」と要求します。

その後 良い役が電話を代わり

弁護士や警察を装って

「気持ちは分かるのですが
早くしないといけません」と

心を寄せながら 結論を伝えます。

二人は 交互に入れ代わりながら
徐々に判断力を失わせ

良い役に依存させることで
お金を振り込ませてしまうのです。

これは オレオレ詐欺グループが
実際に使用していたマニュアル。

良い役を演じる側は 「情に訴える」。

悪い役を演じる側は 「程よく追い込む」。

グッドコップ バッドコップ
それぞれの役割のポイントが

解説されています。

実は この手法…

人間の脳は さまざまな情報を

思考をつかさどる前頭葉で
判断しています。

しかし 同じ要求を 攻めた口調と
優しい口調で 交互に言われ続けると

恐怖や不安が増大し 前頭葉の働きが低下。

判断ができなくなります。

恐怖や不安で支配されてしまった脳は

早く この状況から逃れたい
という一心で

優しい役の言うことに
従ってしまうのです。

西軍として布陣していた広家のもとに
書状が届きます。

そこには こう つづられていました。

広家が 和睦のために出した条件を
家康がのむという返事でした。

よかった! もう大丈夫じゃ!

これで 毛利も安泰じゃ!
輝元殿に お伝えしろ!

こうして 和睦が結ばれ…

戦いが始まっても
総大将・毛利輝元は 関ヶ原に現れず

広家も 陣から 一切 動かずに
戦いませんでした。

なぜだ… なぜ 毛利勢は動かぬのだ!

ハッ… よもや
徳川方に通じているのではあるまいな!?

三成は 慌てて 毛利勢に
兵を動かすよう指令を送ります。

(家臣)殿 出陣せよとのことに
ござりまする。

(広家)
無理じゃ。 今 弁当を食べておるでのう。

…と 御飯を理由に出陣を断った
なんて話も伝わっています。

こうして
黒田親子の巧みな心理戦により

数で圧倒する西軍に
大きなくさびを打つことができたのです。

あ~ そういうことだったんですか。

兵士がね 食事中だから行かなかった
っていう。

すごい心理戦ですね。

何か まるでねえ 今の時代のSNSが
あったかのような 巧みな技。

やっぱ 官兵衛っていう人は
すごい人でしょう。

で やっぱね 息子の長政もね
相当な切れ者なんですよ。

で 当然 電話はない。 で ネットもない。

だけど 何か 意思の疎通を巧みに図って

それで 二人で
毛利をはめたっていう感じですね。

近くに この親子
いたわけじゃないんでしょう?

違うんです。 息子の長政は
清洲辺りにいるわけですよね。

親父の官兵衛は 中津にいるわけですけど。

今の大分の辺りですね。
大分。

危ないです。 危ないです。

だって あの時に
南宮山っていう山のところに

毛利は 2万の大軍を
残してるわけですけど

それが山から下りて そしたら
家康の後ろに出るんです。

それで 後ろから
家康を攻めることが
可能だったんですね。

その 今のグッドコップ
バッドコップっていう

犯罪 今で言う詐欺ね
これは 何とも その…。

まあ グッドコップ
そして バッドコップと

このコンビネーションの
影響力っていうのは

計り知れないものがあるんです。
(関根)そうですか。

特に こう 自信がある方
「私は 絶対ダマされない」と

まず 自分の意思に自信がある方
っていうのは 人に相談しませんし

まあ あの 自分で
冷静だと思い込んでいるんですね。

だから 誘導されてしまう。
で 気付かないということが起こるんです。

あっ そうなんですか。
そうですか。

自信があるって 吉川広家は
そんな自信家だったんでしょうか。

いや 彼は 客観的に見て
非常に優れた男ですよ。

ある時に まあ 明の大軍が日本軍と戦う。

で 日本の諸将が
「これは駄目だ」っつってたら

吉川広家は 「いやいや 大軍だからこそ
つけいる隙があります」っつって

実際に勝っちゃったんですね。

だからね 非常にね
軍司令官としても優秀なんですよ。

そういう人こそ
ダマされちゃうんですね?

(西田)はい そうなんですね。

人をダマす手口は
グッドコップ バッドコップだけではありません。

ここからは…

まずは…

基本 こう
キャッチボールをしてる時にですね

低いボールは 捕りやすいんですけど

いきなり 高いのが飛んでくると
捕れないので

最初は 受け取りやすいものを要求して

で どんどん 上げていこう
っていうやり方なんです。

ですから 例えば 「これ お安いですよね」
っていうふうに言われて

「あっ 確かに安い。
じゃあ 買おうかな」と思って

決めてしまいます。

そうすると
「これも ついでに いかがですか?」と。

「これも ついでに いかがですか?」と
どんどん どんどん上げていって

実は 結構な買い物をしてしまう
こういう原理です。

投資詐欺とかで ありますよね。

初め 投資して
初め 返りがあるんだけど

「これで儲かるんだ」と思ったら
気付いたら 莫大な金 払ってるっていう。

最初 ちょっと返すんですね お金を。
これで 儲かると思っちゃって

「もっと 投資しましょう」
って話になって

どんどん広がっていく
っていうような感じなんです。

じゃあ その武将に
「すみません 1, 000人貸して下さい」と。

「おお 1, 000人だったらいいよ」と。

「ちょっと相手が強敵なんで 3, 000で…」。
「ああ いいよ」。

「5, 000…」って。
知らない合間に 1万貸しちゃったという。

まさに そんな方法です。

こんな歴史上の人物といえば…。

もう それは…

だって 「謙信さん お願いです。
武田に 城 取られました」。

「よしよし 俺が取り返してやる」。

「俺も やられました」。
「お前の分も頑張る」。

「俺も取られました」。

いつの間にか 武田と
全面対決になっちゃったんですよね。

ああ やらされちゃって。
責任感が強いんだ。

責任感 強い。 めちゃめちゃ強い。

続いては…

これは 「ローボール・テクニック」とは
逆の手法。

高いので
当然 断られてしまうのですが…。

その後 値段の低い商品を見せられると

一度 購買意欲をあおられた相手は
ついつい 買ってしまうという手口です。

商法でありますよね。 ねっ。

洋服なんかでも
すごい高いの 先に見せられちゃって

「えっ そんなの無理」と思っていたら

何か 手ごろな…
っていうふうに思っちゃうんですよ

次 来たのが お安くなってると。
(西田)それは 計算どおりなんですね。

気をつけましょうね はい。

続いては
東軍の総大将・徳川家康に注目します。

関ヶ原の戦いの およそ2か月前。

石田三成が
秀吉の跡取り 秀頼を担いで挙兵。

大規模なクーデターを起こします。

「徳川家康は 豊臣の敵である」。

この時 家康は

会津の上杉景勝を
攻めるため

大軍を率いて
小山にいました。

はぁ… 三成が挙兵した。

三成め… やりおったか。

どうも あやつのやることは
昔から気に食わん。

さて おのおの方
どうされるおつもりじゃ。

(福島)無論 西に向かい三成を討つまでよ。

そうだ そうだ!
そのとおり そうだ!

(長政)家康公に弓引くとは…。
(福島)三成も 身の程知らずじゃ。

すぐさま 家康に従っていた…

ところが 家康は…。

わしは 江戸に帰る!

え!?
そんな…。                   なぜじゃ!

三成を討ちに行くどころか
さっさと 江戸に戻ってしまうのです。

そうこうしているうちに
西軍は

東軍の拠点 伏見城を落城させ
勢いづきます。

江戸城に戻った家康は
城に籠もったまま 動きません。

なぜ 殿は 何も お命じ下さらないのか!

そうじゃ そうじゃ!

いやいや
何か お考えがあるにちがいない。

家康の考えが分からず

家臣も 東軍の武将たちも
次第に困惑していきます。

その間にも
西軍の勢いは すさまじく

中山道を進軍し 大垣城まで到達。

東軍の先発隊と
対峙します。

それでも…

家康は 動きません。

(福島)家康殿は
まだ 江戸城を出立しておらんのか!

もう 敵が目の前に迫っておるぞ!

(長政)
一体… 江戸で 何をやっておるのじゃ!

(福島)ええい すぐに使いを送れ!

家康のもとには…

すると 家康は
とんでもない返事を送りつけます。

なんじゃと!?

なんと 家康は…

そして 江戸城から
一切 動くことはありませんでした。

このままでは 西軍の勢いの前に

東軍は 劣勢に立たされる一方。

…にもかかわらず
家康は なんと およそ1か月もの間

江戸城に こもったままだったのです。

定説では 家康は この間
江戸城で じっくりと策を練り

出陣する機会を うかがっていたと
言われています。

ところが 今回 健康診断してみると

家康が ある心の苦しみを抱えていた
可能性が見えてきました。

精神科医の岡田尊司さんは

江戸城から動かない 家康の行動は

引きこもりだった可能性があると
考えています。

「恐れ回避型」と言われるタイプの

愛着障害だった可能性を
示していると思います。

…とは コミュニケーション障害の一つ。

近年 引きこもりの大きな要因として
注目されています。

この障害を持つ人は…

自分の殻に閉じこもってしまいます。

そのため 周囲から見ると
何を考えているのか分からないのです。

家康の人生を見ていくと

恐れ回避型愛着障害を思わせる行動が
いくつもあるといいます。

例えば 若き日の家康が

人質となっていた今川家から
故郷の岡崎に帰った時。

城では 家康の帰りを
家来たちが待ち受けていました。

しかし 幼い頃に
岡崎城を離れた家康にとって

家臣とはいえ 知らない間柄。

もしかしたら
家臣たちが謀反を起こすかもしれない。

疑心暗鬼になった家康は 城に入らず…。

近くのお寺に 引きこもってしまいました。

恐れ回避型愛着障害の場合…

時に 周囲が理解に苦しむほど

慎重な行動をとることがあります。

また 関ヶ原の戦いの直前

上杉景勝を討つために
会津に向かっている途中のこと。

家康は 軍配を忘れてきたことに
気付きます。

軍配がなくても 戦いには
それほど 支障がないにもかかわらず

「軍配がないと勝てない!」と
家康は大騒ぎ。

結局 道端の竹と紙で
にわか作りの軍配を作らせ ご満悦。

これには 家臣たちも あぜんとしたとか。

これも 恐れ回避型愛着障害の特徴の一つ。

想定外の事態に直面すると
パニックになり

理解し難い行動を
とってしまうことがあります。

岡田先生が
家康が 恐れ回避型愛着障害と診断する

大きな理由の一つが…

家康の場合は どうだったのでしょうか。

家康は…

3歳の時 母の実家が
敵対する織田家に味方したことから

母は家康のもとを去り 離れ離れに。

6歳になると 家臣の裏切りにより

織田家に 人質として売られてしまいます。

続いて…

このように 幼少期の家康は
養育者が 次々と代わっていきました。

これが 愛着を育むことに

大きく関係している
可能性があります。

最近の研究で 愛着には

「オキシトシン」というホルモンが

深く関わっていることが
分かってきました。

親子や恋人などと 一緒にいると
脳の中で分泌され

愛情を感じます。

一般に 人は
幼少期 母親や近親者など

自分を愛してくれる特定の人物と
長い期間 触れ合うことで

このオキシトシンを受け止める

オキシトシン受容体が成長していきます。

しかし 幼少期に
そのような経験をしていないと

この オキシトシン受容体が育ちません。

その結果…

愛着障害になると
考えられるのです。

家康が 愛着障害を抱えていたと
考えると

関ヶ原の戦い直前の不可解な行動は
通説とは 違って見えてきます。

秀吉の死後 秀頼の後見役として

豊臣家の実権を
握りつつあった家康。

しかし…。

「徳川家康は 豊臣の敵である」。

家康は 一夜にして
豊臣政権内での権限を失い

一転 討伐される立場に転落。

まさか こんなことになろうとは…。

いや まさか そんな…。

まさか…!

恐れ回避型愛着障害の場合

対処の難しい事態に直面すると
パニックに陥ってしまい

現実から目を背け
時に 引きこもってしまうことがあります。

家康も 江戸城に籠もっていた1か月間

何もできない つらい日々を送っていた
可能性があります。

そして 先発隊からの催促に
逆ギレしたことも

恐れ回避型愛着障害から来る行動と
考えられるといいます。

現実から
目を背けていたいにもかかわらず

先発隊から
何度も出陣を求められたことで

家康は かんしゃくを起こし

逆ギレしてしまった… とも
考えられるのです。

大将・家康不在のままでは
関ヶ原の戦いは おろか

西軍の勢いを食い止めることすら
ままなりません。

ところが…

それは 家康から
「味方かどうか信用できない」という

逆ギレの返事を受け取った
福島正則たち先発隊の行動です。

本当に味方なのか
わしらを信用できないとは… 何事じゃ!

こうなったら 我らだけで戦うまでよ。

やってやろうじゃねえか!
そうだ そうだ!

福島正則たち先発隊が 逆に奮い立ち

西軍の守りの要 岐阜城を
たった1日で落としてしまうのです。

これには 西軍も
そして東軍も びっくり!

なんと!
岐阜城が たった1日で落ちただと…?

あの岐阜城が?

なんと… 信じられん!

岐阜城の落城は
両軍に 大きなインパクトを与えました。

難攻不落の岐阜城が
落ちたことは

戦況が 一気に

東軍有利へと傾くことを
意味していたのです。

その知らせは 江戸城の家康のもとにも…。

何? 岐阜城が落ちた!?

これは… ひょっとしたら…

勝ち戦か?

戦況が好転した途端 魔法が解けたように
家康は 息を吹き返します。

江戸を出発じゃ! ハッハッハッ!

こうして 江戸を出発した家康は
先発隊が待つ 関ヶ原に向かいます。

家康が合流したのは 9月14日。

実に 関ヶ原の戦いの前日。

こうして 天下分け目の戦いを
迎えることになるのです。

ほ~ 新しい説ですねえ。

でも ああいう幼少時代を
送っていたっていうのは

正直 気の毒だなあと思いますね。

ガッカリ?

いや だって やっぱ相当な…
歴史上の相当な策士で

もう 緻密に計算して

あれがこうだ あれがこうだっつって
やってった人物だと思ってたんで

そういうことで
ただ 籠もってただけで

岐阜城 落ちた瞬間に
「行くぞ」ってなると

いや ちょっと 自分の中の家康像と
ちょっと違う感じですね。

まあ でも 面白いですね。

今日はですね そのことについて
お詳しい方を お招きしています。

臨床心理士の亀井幹子さん。

どうぞ よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。

「恐れ回避型愛着障害」
この言葉 初めて聞いたんですが。

まず 「愛着」なんですけど
愛着っていうのは…

まあ お母さんだったりとか
別に お母さんじゃなくても

お父さんとか 親族の方でも
いいんですけど

周りにいる大人 特定の誰かと
こう うまく関係を築いていける

築いていく その愛着を形成する段階が
幼少期にあるんですけど

で それが うまく形成されなかった場合

「愛着障害」っていう名前が
付くことがあって

で その「恐れ回避型」っていうのは…

…っていうタイプの
愛着障害っていうことですね。

家康の場合も

3歳から8歳という 幼少期の環境が

その後の人生に

大きな影響を及ぼしたと考えられます。

ひどいねえ ほんと。

最上川 下っていくのが。

先生 人質って
そっち行ったら 何やるんですか?

もう 何か 小間使いみたいにさせられ…。

いやいや それは
大事にしてくれる家もあれば

もう ほったらかしの家もあるので

まあ だから要するに
生殺与奪の権を握られてるわけですから

何か 都合が悪くなったら
殺されちゃいます。

簡単に殺されちゃいます。

まあ 幼少期
その1歳… 半年から1歳半の間は

お母さんに しっかり見てもらった
っていうことで

その時の愛着は
あったかもしれないんですけど

「いつか 人は裏切る」みたいな

そういう信念が強くなっていくような
状況ではあるのかなと思います。

あっ なるほど 不信感ねえ。
(関根)不信感の塊になっちゃいますよね。

更に 亀井さんによれば

家康が 先発隊に 「信用できない」という
書状を送ったことは

逆ギレとは また別の解釈も
できるといいます。

愛着障害のお子さんだったりとか
障害傾向がある方って

「試し行動」っていうのを
よくするんですね。

例えば カウンセリングだったら
わざと遅刻してきて

見捨てられないかどうか。
何なんですか それ!

…とか ちっちゃなお子さんだったら
わざと悪いことをして

お母さんの反応を見る とか。

これをしても 自分は嫌われない
っていうことを確認したいわけですね。

で やっぱり その点も
合致してくるかなあと。 あ~ 家康っぽい。

大人でもありますよね 若い大人。
恋愛なんかでね 試す…。

それ ツンデレってことですよね。
(本郷)アハハハッ!

(竹山)ちょっと違うんですかねえ?
(亀井)そんな かわいいものかどうかは…。

ありがとうございました。
(本郷)ありがとうございました。

さて 「関ヶ原の戦い 東軍編」
いよいよ 合戦当日を迎えます。

天下分け目の合戦が始まります。

真っ先に先陣を切ったのは
東軍きっての猛将…

待ち構えているのは
西軍最大の兵力を誇る…

福島隊と比べると なんと3倍!

大きな兵力差が
あります。

この圧倒的な兵力差の中

福島隊は
実に熾烈な戦いを繰り広げるのです。

今回 取材を進める中で

戦いの詳しい様子を記した
貴重な史料が 見つかりました。

こちらは…

出てきたのは 一通の書状でした。

この史料には 関ヶ原の戦いで

いかに 激しい肉弾戦が
繰り広げられたか

その様子が描かれています。

ここから
激しい接近戦に もつれ込んでいきます。

史料から見えてきたのは
力と力の ぶつかり合い。

激しい斬り合いの中
福島正則の家臣 可児才蔵は

17人もの首をとったと伝わるほど

すさまじい戦いが 繰り広げられました。

こうして 最前線で戦った福島正則は…

福島正則が 尋常ではない力を
発揮することができた訳。

それは…。

うおおお!

福島正則は 戦の際
真っ先に 敵に突っ込んでいく

先陣好きとして知られていました。

…という異名も

賤ヶ岳の戦いで
先陣を切ったことから 付けられました。

その先陣の 大きな役割の一つが…。

イヤァァァ!

スポーツの世界では…

…が 広く知られています。

しかし…

そのメカニズムは
まだ はっきりとは解明されていません。

有力な説は アドレナリンによる作用。

声を出すことで
興奮作用をもたらす アドレナリンが分泌。

そのアドレナリンが
運動神経を刺激することで

通常以上の力を出せるというものです。

更に 脳の構造に理由があると考える
研究者もいます。

脳は丸いので…

「脳番地」とは

それぞれの働きを
区切った

脳の場所のこと。

脳は 場所ごとに
運動や口

耳などの役割が
分かれています。

実は 手の番地の1センチ横に

口の番地があるんですよ。

つまり
手と口を 同時に使うことによって

ふだん出ない力が 出たと思うんですね。

手を動かす
運動の脳番地が働いている時に

声を出すことで 口の脳番地が

運動の脳番地と一体となります。

運動の脳番地が
大きくなることで

通常 出せない力を
引き出していると

考えられています。

そもそも 人間の体の動きは

声の影響を 大きく受けていると言う
研究者もいます。

注目すべきは…

「雨が ザーザー降る」の
「ザーザー」ですとか

「犬が ワンワンほえる」の
「ワンワン」。

また 「パンがモチモチしてる」の
「モチモチ」などが

オノマトペです。

このオノマトペというのは 我々…

スポーツなどでは
非常に 有効的に活用されています。

例えば 前屈をする時

「にゃ~」という
猫の声を出すだけで

体が より曲がるようになると
いいます。

(東)ほんとだ~!
(竹山)ほんとだ!

このくらい違った!
楽 楽!

5センチは違う。             すごい!
どうして?

これはですね 「ニャ」っていうのは
フニャフニャ クニャクニャ グニャグニャっていうように…

え~!

(竹山)あっ ついた!
ついたよ!

「にゃ~」の効果 高い!
(東)確かに 「ワン」じゃないですね。

(竹山)ワーン…
あっ 「ワン」だと いかないね。

ワン! ワン! いかない。

…という生理的な効果もあります。
本当に あるんですねえ。

2015年に 広島大学で行われた
興味深い研究があります。

一般男性30人を対象に
座ったまま 足を伸ばす際

ア・イ・ウ・エ・オの…

…という実験を行いました。

声を出さない状態と比べて

最も 力が発揮できたのは

「い」と「え」という結果が出ています。

もしかすると
福島正則も 敵陣に乗り込む際…

…などと叫びながら

ふだん
出せないような力を

発揮していたのかもしれません。

♬~

皆の者! 福島隊の底力を見せるのじゃ!

ゆくぞ!

イエーッ!

イエーッ!

東軍の先陣 福島正則が声をあげ

西軍の主力 宇喜多隊に
突っ込んでいくことで始まった

関ヶ原の戦い。

♬~

そして 西軍の小早川秀秋は…。

それ いけ~!

そちらでは ありませぬ!

こっちか。 いけ~!

東軍に寝返り
西軍の大谷吉継隊に 襲いかかります。

♬~

(家臣)殿 出陣せよとのことに
ござりまする。

無理じゃ。 今 弁当を食べておるのでのう。

毛利勢は 約束どおり動きません。

くっ… おのれ… 家康!

こうして 戦況は東軍に大きく傾き
西軍を のみ込んでいきました。

正午ごろに 戦いは決着。

見事 家康率いる東軍が
勝利をつかんだのです。

ハッハッハッハッ…。

♬~


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