偉人たちの健康診断「東洋の魔女は夜に跳ぶ」1964年の東京オリンピックで金メダルを獲得し…わずか5時間の睡眠…



出典:『偉人たちの健康診断「東洋の魔女は夜に跳ぶ」』の番組情報(EPGから引用)


偉人たちの健康診断「東洋の魔女は夜に跳ぶ」[字]


1964年の東京オリンピックで金メダルを獲得し、東洋の魔女と呼ばれたバレーボール女子日本代表。わずか5時間の睡眠で連日の猛練習に耐え抜いた秘密を健康診断する!


詳細情報

番組内容

1964年の東京オリンピックで、団体競技(球技)としては初の金メダルを日本にもたらしたバレーボール女子日本代表。連日7時間に及ぶ猛練習で体得した回転レシーブを武器に世界を席巻し、東洋の魔女と賞賛された彼女たちの睡眠時間はわずか5時間!いったいなぜそんなことができたのか。実は彼女たちの運動の仕方には、睡眠の質を高める秘密が隠されていた!魔女たちが悩まされた捻挫などのけがの後遺症の対処法も紹介する。

出演者

【出演】関根勤,カンニング竹山,松嶋尚美,眞鍋政義,平田幸一,【解説】林光俊,【司会】渡邊あゆみ



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偉人たちの健康診断「東洋の魔女は夜に跳ぶ」1964年の東京
  1. 魔女
  2. 選手
  3. 捻挫
  4. 東洋
  5. 日本
  6. 睡眠
  7. ソビエト
  8. 練習
  9. バレーボール
  10. 金メダル
  11. 回転レシーブ
  12. 大松監督
  13. 関根
  14. セット
  15. 松嶋
  16. 運動
  17. 実況
  18. 足首
  19. 彼女
  20. 猛練習


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1964年

アジアで初めてのオリンピックが
東京で開かれました。

(拍手)

(実況)あがった! あがりました!
三宅 見事に金メダルを獲得しました。

日本の選手は大活躍。

次々とメダルに輝きます。

中でも注目を集めたのが

「東洋の魔女」と呼ばれた
バレーボール女子日本代表の活躍です。

強烈なスパイクも拾い上げる…

日本は この技で
宿敵ソビエトの猛攻を防ぎます。

(実況)サーバーは宮本。
金メダルポイントです。

さあ どうか… 日本のチャンスだ!

そして見事 勝利を収めました。

これは
日本が団体競技で初めて手にした

金メダルでした。

圧倒的な強さを誇った…

しかし メンバーの中には
高校時代は無名の選手もいました。

そんな彼女たちを
世界の頂点に押し上げたもの。

それは 毎日深夜まで続く
過酷な猛練習でした。

そのため 選手たちの睡眠時間は
たったの5時間!

睡眠不足に悩む魔女たちを
救ったものとは?

更に ハードな練習にケガはつきもの。

中でも捻挫や突き指は 日常茶飯事でした。

将来…

もう一生 治らないんですか?
そうですね。

え~ そうなんだ。

知らんかった。
怖いですね。

今日は 過酷な猛練習を乗り越え
栄光を勝ち取った

「東洋の魔女」を健康診断します。

♬~

健康のヒントは歴史にあり。

「偉人たちの健康診断」。

♬~

♬~

皆様 こんばんは。
「偉人たちの健康診断」です。

ご一緒して頂くのは こちらの方々。
どうぞよろしくお願いします。

松嶋さんは バレーボール経験者である。
そうなんです。 中学の3年間ですけど。

どのぐらいの選手でらしたんですか?
あ 補欠です!

(笑い)
「バレー部」だった。
そう 「バレー部」だったの。

でも すっごい厳しかった時代なので。

じゃあ 歯食いしばって
ついていくタイプの。   (松嶋)そうです。

だから ほんまに一線の子たちは

あれ? ちょっと おれへんなったな
30秒ぐらい… と思ったら

それこそ ちょっと体育館から出て
ウェッて出すもの出して

すぐ練習戻ってくるみたいな
時代でした。

さて バレーボールの専門家の方にも
おいで頂きました。

バレーボール女子日本代表 元監督
眞鍋政義さんです。

どうぞよろしくお願いいたします。
お願いします。

お座りになってて ちょっと
分からないかもしれないですけど

すごくお背が高いです。 100…?
90センチですね。

(竹山)うわ~。
(松嶋)
壁がおりてきたと思いましたもんね。

アハハハ そうですよね。

さあ 本日のテーマはですね
1964年 東京オリンピックで

見事 金メダルに輝いた
女子のバレーボール。

「東洋の魔女」と言われましたね。

どんなイメージ持ってらっしゃいます?
(関根)いや もう

相当の訓練をやらなければ
当時のソビエトに勝つっていうのはね

もう…。 だから僕は もう泣きましたもん。
金メダル取った時。

オリンピックで 東洋の魔女は
一番初めの団体の金メダルなんですよ。

そういった意味では やっぱり
スポーツ界 もっと言えば世界にも

かなりインパクトが大きいと思いますね。

日本のスポーツに大きな足跡を残した
東洋の魔女たち。

いかにして彼女たちが
その栄冠をつかんだのか

軌跡を追いました。

1954年 繊維会社の大日本紡績は

大阪の貝塚工場に
女子バレーボールチームを創設します。

後に「東洋の魔女」と呼ばれる
日紡貝塚の誕生です。

初代監督を任されたのは 庶務係長の…

大学で日本一を2度経験した
実績を買われ 抜擢されました。

大松監督は 各地の高校に手紙を出して
新人選手を募るとともに

全国の工場から選手をかき集めます。

しかし当初 集められた選手の多くは
必ずしも優秀とは言えませんでした。

後にキャプテンを務めることになる…

174センチという長身ながら…。

攻撃も守備もミスが目立ちます。

サウスポーのアタッカー…

身長は173センチでしたが
バレーとなると ちょっと不器用。

背が高く バレーボール経験者であれば
とりあえず入部させていたのです。

大松監督の練習方針 それは…

選手たちを1日6時間を超える猛練習で
鍛え上げるというものでした。

当時の実業団スポーツとしても
規格外のものでした。

あまりの厳しさに ふてくされ

倒れたまま立ち上がろうとしない選手まで
出る始末。

ところが…。

過酷な練習を乗り越えた選手たちは

なんと
チームを結成して たった4年で

国内のタイトルを総なめにするという

前人未到の偉業を
成し遂げてしまったのです。

もはや日本国内には敵なしの日紡貝塚。

次に目指したのは
世界でした。

1960年 日本は 日紡貝塚を中心とした
代表チームを結成。

日本女子バレーボール史上初めて
世界選手権に挑戦します。

そこに立ちはだかったのは

既に2連覇していた王者
ソビエトでした。

代表として参加した谷田絹子選手は

ソビエトの圧倒的なパワーに
目をみはります。

そんな感じですよ 最初は。

日本は ソビエトの高さとパワーに
圧倒され敗れたものの

初出場ながら準優勝という快挙を
成し遂げました。

ところが 大松監督は…。

大松監督は
ソビエトの強烈なスパイクに対応する

ある秘策を思いつきます。

ある日のこと…。

松村好子選手は

最初は何を言われているのか
分からなかったといいます。

起き上がりこぼしを見て
大松監督が思いついたという…

ボールを拾うと同時に回転し

素早く元の体勢に戻る。

こうすることで 次の守備にも攻撃にも
瞬時に移ることができるという

必殺技です。

ソビエトを倒すには
この技で徹底的に守るしかない。

練習の大部分が
回転レシーブの特訓に費やされました。

全員がマスターするまで 数か月。

過酷な日々が続いたのです。

半田百合子選手は
当時の様子をこう振り返ります。

容赦なくボールを投げ続ける大松監督に
食ってかかった選手もいました。

谷田絹子選手です。

やがて 練習時間は7時間を超え

毎日 休みなく続けられました。

現代のスポーツ科学の視点からは
常識外れだと言えます。

激しい運動を 長時間 続けていると

血糖値が下がり
体を動かすエネルギーが不足します。

人間の体は この不足分を補うために

せっかく鍛えた筋肉を
分解してしまうのです。

でも日紡貝塚には ある対策が!

それは…

過酷な練習に耐えられるよう
練習の合間を縫って食べていました。

更に もう一つ。

長時間 運動を続けていると
懸念されるのが脱水症です。

体内の水分が足りなくなると

必要な栄養素や酸素が
全身に行き渡らなくなり

場合によっては
意識障害を起こすこともあります。

日紡貝塚は この面でも対策が…。

体育館の一角に給水器を備え

練習中いつでも水を飲むことが
できるようにしていたのです。

スポーツの練習中は水を飲まないのが
当たり前だった当時としては

時代に先駆けた取り組みでした。

猛練習を続けるための 数々の心配り。

そこには 今見ても理にかなった点が
いくつもあったのです。

選手たちは会社の寮で
共同生活を送っていました。

朝8時からは 会社で仕事をこなします。

彼女たちは あくまで
大日本紡績の社員だからです。

そして 午後3時から夜10時すぎまで…

そのため選手たちは 毎晩5時間程度しか
眠ることができませんでした。

入部したばかりの新人は
ボール拾いをしながら

立ったまま寝落ちしてしまうほど。

私たちは…

常に睡眠不足と闘っていた
選手たちの切り札 それは…。

仕事が終わってから
練習が始まるまでの間

毎日必ず昼寝することを
日課にしていたといいます。

しかし 普通の人なら いざ知らず

連日 猛練習で体を酷使していた
選手たちの場合

2時間ほどの昼寝で
睡眠は足りていたのでしょうか。

選手たちが
連日の猛練習に耐えられた理由

それは 睡眠の質にあったと考えられます。

人間の睡眠は
レム睡眠とノンレム睡眠という

2つのタイプの睡眠から成っています。

体が休んでいるのに脳が覚醒している
浅い睡眠が レム睡眠。

脳も体も休んでいる深い睡眠が
ノンレム睡眠です。

ノンレム睡眠は 眠りの深さによって
3つの段階に分類され

最も深いのが ステージ3です。

睡眠がステージ3に入ると

体内では成長ホルモンが分泌され

傷ついた筋肉が修復されます。

実は バレーボールという種目は
この深い睡眠をとる上で

効果的な運動だったのではと
考える研究者がいます。

有酸素運動とは

吸い込んだ酸素を
筋肉の中で使って行う運動のこと。

サイクリングやジョギングなど
長い時間 継続して行える

体に優しい運動です。

一方 無酸素運動は

酸素を使わず
体内の物質だけを使って行う運動。

短距離走など 体への負荷が大きい運動が
当てはまります。

最近の研究では 有酸素運動で
長時間 体を動かしながら

その中に できるだけ多くの
無酸素運動を取り入れるのが

深い睡眠を得る効果的な方法だ
ということが分かってきたのです。

バレーボールは アタックやレシーブなど
瞬間的な動作は

全て無酸素運動。

それ以外の動きが
有酸素運動に当たります。

無酸素運動の多いバレーボールは

睡眠の質を高めるには
理想的だと考えられます。

長時間に及ぶバレーボールの練習が

実は 選手たちの睡眠に
良い効果をもたらしていたのです。

連日 厳しい練習に打ち込む
選手たちですが

月に1度 楽しみもありました。

大松監督が メンバー全員を映画鑑賞と
食事に連れていってくれたのです。

費用は全額 監督持ち。

選手たちが精神的に煮詰まらないよう
気遣ってくれていたのです。

ところが…。

世界選手権を翌年に控えた 1961年。

日紡貝塚は 自分たちの努力の成果を
試すためヨーロッパに遠征します。

結果は…

どの国も 初めて目にする
回転レシーブに翻弄され

太刀打ちできませんでした。

ソビエトのメディアは
驚きと尊敬を込めて

彼女たちを「東洋の魔女」と名付けました。

いよいよ世界王者ソビエトに挑戦する時が
間近に迫ってきていました。

い~や あの訓練は…
もう今じゃ考えられないですよね。

考えられないですね。
壊れちゃいますよね。

壊れちゃいます ほんとに。
ありえないですね 今。

で あの 食ってかかってった
じゃないですか。 グワーッて。

ああいう時って 監督としては
どんな気持ちなんですかね?

今は困りますよね。
(笑い)

でも 今 ないですね。
(関根)ないですよね。

でも大松さん 僕の感覚では あれ

「おおっ 来てるな 来てるな
こいつ根性あるな」って

頼もしく思った…。
(眞鍋)でしょうね。

そんな感じ 見受けますね。

回転レシーブが そんなに
世界に通用したっていうか

世界を驚かせた。 どうしてなんですか?

そのころ 恐らく世界は
レシーブはレシーブっていう…。

それを全て レシーブをして 回転して
すぐ起き上がって

次のプレーに行く…
この発想は すごいですね。

すごいですね。
回転レシーブできます?

そうなんです
私 レシーバーだったんです。

だから 回転レシーブは
めっちゃ練習させられました。

ちょっと もし 今
まだ おできになるようだったら。

できんのかなあ?
あんだけ練習してんけどね。

どんな感じなのか見せて頂けます?
はい!

じゃあ 松嶋さん お願いいたします。
はい 頑張ってみます。

いいですか? いきます。 はい!

こういう感じでいきます!

(竹山)お~ 体は回転してる。
(眞鍋)うまい うまい うまい。

いいですか? もう一回。
はい!

こういう感じです。

(竹山)
もっとボールが上がればいいけどね。
(関根)うまいね。

できました!
うまいです うまいです。

バレー部に入った時から もう
みんな回転レシーブは必須?

やってましたね みんな。 だから
レシーバー以外の子たちも やってました。

それは 右手 左手で
両方できなきゃダメってこと?

そう。 だって
こっちからは取られへんから。

こっちに行ったら
こう行って回らないと。 ただ

下手くそな方向ってありますよ みんな。
(竹山)得意な方向があるのね 右か左かで。

選手たちは この必殺技 回転レシーブを
寝る時間を削って会得したわけですよね。

ここで 睡眠の専門家の先生に
おいで頂きました。

よろしくお願いいたします。
平田先生

有酸素運動と無酸素運動の
組み合わせがあって

バレーボールが なんか
睡眠の質を良くしてくれるような?

そうですね
質が高い睡眠っていうのは 深い睡眠。

皆さんの実感としては
どうですか? 日々。

僕ねぇ…
夜 トイレで起きちゃうんですよ。

だから睡眠の質 悪いと思います。
あぁ~。

ですから 夜中におしっこに起きるとか
そういうことが起きちゃう。

まあ 彼女たちがやったような運動を
昼間ちゃんとするっていうこと

すごく大事なことなんですね。
体を動かしてないとダメです。

さあ睡眠については いろいろと
皆さんも

気になることがおありになると
思うんですけれども

ちょっと ここ
クイズ形式で考えてみましょう。

皆さんには
「〇」と「×」の札を渡していますので

正しいかどうかを考えて下さい。
はい。

「睡眠不足になるとやせる」
どうでしょうか?

あら!
皆さんが「×」ってあげられてるのは

それ何か実感があるんですか?

寝てない人 寝不足とか言ってる人
なんか ぽちゃっとしてる気がするの。

フフッ 周りの人で?
(松嶋)そうなんです。

僕ね おなかすくような気がしましたよ。
睡眠不足になると。 体験的に。

なんかドカ食いしちゃうなっていう。
食べちゃいますか。

竹山さんは?
僕見てれば分かるでしょって話ですよ。

全然やせないですもん。
睡眠時間 短いのに。

逆に太りますよね なんかね。

さあ では 正解はどうでしょうか。

これ どうして?
睡眠が短いとですね

食欲を増進するホルモンが
出てしまうんですね。

それから食欲抑制するホルモン
減少しますし

脂肪分解するホルモンも
出なくなるんですね。

だから太るんですね。

さあ では次 「寝酒は睡眠の質を高める」。

いや…。
これだね。

(松嶋)なんか ウェッ ウェッって
いつも言ってる気がするんです。

それ飲み過ぎじゃないですか。
そうなんですよね。

酔っ払いの人の寝方 なんか
うなされてるイメージがあって。

竹山さんは?
う~ん 質を高めるとなると

違うのかもしんないけど
自分の経験で言うと 確かに

コロンと寝ますよね。
飲んだあとは。

うん。 ただ 松嶋さん言うように
うちの妻から言わせると やっぱ

うるさいって言いますよ 寝てる時。
酔っ払って寝ると。

「あ~」って言ってるって。
僕 叫ぶらしいんで。

(松嶋)やっぱり「×」だ。

これは昔から
「ナイトキャップ」って言われてて

ちょっと飲むっていうのはいいとか
言われてたんですけど

竹山さん おっしゃられたとおり
これ 質は悪くなるんですね。

気を付けた方がいいですね
これはね。 お酒。

平田先生 ありがとうございました。
ありがとうございました。

回転レシーブを会得し
守備を重視した新しいバレーボールで

世界に挑んだ 東洋の魔女たち。

いよいよ真価が問われる時が
やってまいります。

1962年10月。

東洋の魔女と 王者ソビエトが
再び相まみえます。

モスクワで開かれた
第4回世界選手権です。

決勝リーグ3日目に
ついに日本はソビエトと対戦。

事実上の決勝戦です。

第1セット
序盤は日本がリードしていましたが

次第に ソビエトのパワーに
押され始めます。

終盤 逆転を許し

16対14と競り負けてしまいます。

大松監督の言葉で 選手たちは
世界一厳しい練習を思い出し

一気に自信を取り戻します。

第2セット 回転レシーブが要所で決まり
このセットを奪い取ります。

勝負の分かれ目となった 第3セット。

拾っては打ち返す ラリーの連続。

白熱したこのセットを制したのは
日本でした。

そして迎えた 第4セット。

日本は セットカウント3対1で
ソビエトを下し

悲願の世界一へと上り詰めたのです。

青春の全てを
バレーボールにささげた魔女たち。

その努力が
ようやく報われた瞬間でした。

実は 魔女たちと大松監督は

この大会を最後に
引退すると決めていました。

アハハハハ!

ところが 選手たちは帰国後
思いがけない事実を知らされます。

なんと バレーボールが

2年後の東京オリンピックの
正式種目に決まったのです。

突如 金メダルの最有力候補となった
魔女たちは

日本中の期待を
背負うことになります。

結婚適齢期を迎えていた
魔女たちは

人生を左右する選択を迫られます。

オリンピックに出場するか否か。

大松監督と選手たちの間で
話し合いがもたれました。

重苦しい空気の中 口火を切ったのは
キャプテンの河西選手でした。

一段と激しさを増した
猛練習の日々が始まりました。

深夜12時までの練習は 当たり前。

時には 朝方まで続くこともありました。

「ソビエトが 日本のバックサイドが
弱点だと考えている」

という情報が入ると

早速 コートの端から端まで
飛び込んでボールを拾う特訓が

延々と続きます。

ハードな練習が続く中
当然 ケガは避けられません。

捻挫や突き指は 日常茶飯事でした。

大松監督は
捻挫は軽いケガだと捉えていました。

練習しながら徐々に治っていくものだと
考えていたのです。

バレーボールに捻挫はつきものです。

ジャンプして着地する際に
バランスを崩すことなどが原因です。

しかし 捻挫を軽く見てはいけないと
警告する医師がいます。

バレーボール男子日本代表の
チームドクター…

靭帯は 骨と骨をつなぐ
ストッパーの役割をしています。

捻挫をする前の靭帯は 適度の長さで
しっかりと骨同士をつないでいます。

捻挫で靭帯に大きな力が加わると
一部が断裂して

隙間ができることがあります。

すると 修復の過程で
その隙間を別の組織が埋めるため

捻挫をする前よりも伸びてしまいます。

本来 靭帯そのものは
ほとんど伸び縮みしません。

このように靭帯が伸びてしまえば
もとの長さに戻ることはありません。

伸びたじん帯は 骨と骨とをしっかりと
つなぎ止めておくことができず

足首は捻挫を繰り返すようになります。

近頃は あまり運動をする機会がないから
捻挫は関係ないと思っている皆さん!

そんなことはありません。

若い時の捻挫を
治ったと思って放置していると

年を取ってから歩行が困難になり

更には 寝たきりになってしまう
可能性があります。

捻挫が原因で靭帯が伸び
足首の動きが不安定になると

力が加わる度に軟骨がこすれ

関節が変形してしまうのです。

軽く見られがちな捻挫ですが
実は怖い存在なのです。

ケガを顧みず 練習に励む
東洋の魔女たち。

金メダルを目指して
ひたすら突き進んでいったのです。

へえ~ そのままにしてますよね。
なんか もう適当に

「治った 治った」って言って ちゃんと
治療したこととかないですね 捻挫。

ちょこちょこっと湿布貼って
終わりですよね。 勝手に自分で判断して。

え~ 怖いですね 捻挫。

整形外科の点からも伺いたいですよね。
ご専門の先生においで頂きました。

先ほど VTRにも登場されて
もう30年にわたって

男子のバレーボール日本代表の
チームドクターを務めていらっしゃる

林 光俊さん。
どうぞよろしくお願いいたします。

VTRにもありましたけど

靭帯って 伸びたら
もう一生 治らないんですか?

一度伸びたら その伸びたままなんです。
え~ そうなんだ。

(松嶋)知らんかった。
怖いですね。

ちょっと開けて 縮めてもらうとか
できないんですか?

それ手術です。
それが手術になっちゃうんです。

今回 先生には 東洋の魔女を
実際に健康診断しに行って頂いたんです。

(3人)へえ~!

魔女の中のエースアタッカーの谷田さんの
健康診断に行ってまいりました。

面白そう。

先生 こんにちは。
こんにちは。 はじめまして。

健康診断の始まりです。

診断するのは
バレーボール選手が痛めやすい

肩や足首などの箇所。

そうですか。

捻挫の影響が気になる足首の状態は?

はい。

続いて診断したのは膝です。

MRI画像を見てみると…。

本来 三角形に写る
半月板が

外側では
なくなっていました。

めったに見られない
症例だといいます。

回転レシーブを行う時

膝の外側に より多くの体重がかかり

このような損傷が生じたと推測されます。

あらあら… こういう犠牲を払っての
活躍だったんですね。

今 谷田さんは
お膝の痛みを訴えたりは

どうなんですか? 日常は。

我慢してやられてるようで。
その根性は 昔 培ったものでしょうかね。

いやぁ あの精神力は
半端じゃないですよ。

さっき 足首の捻挫についても
おっしゃってたと思うんですけれども。

谷田さんの場合は 現役を退かれてからも
ママさんバレーの大会に出られたりして

それなりに一般の人よりも
鍛えてましたから

まだ もってるんです。
(関根)あ~ 筋肉で。

その筋肉を鍛えるっていうんでしょうか
その方法はありますか?

はい ございます。 これを使います。

これは トレーニングをするための
ゴムバンドです。

さあ それでは…
関根さん やりましょうか。

私。 教えて頂きたいですね。
(松嶋)関根さんは捻挫とかは?

やったことありますよ。
右足は こっち 骨折もしてます。

(林)それでは
関根さんの左の足首を捻挫したと。

(関根)はい。
(林)その場合ですね

足首 捻挫しますと
大半は外側を痛めます。

こういうふうに捻挫しますので
ここが伸びます。

ここが伸びてしまいますと

もう それの代替えが
じゃあ何にしたらいいかと。

足首全体と
特に この外側の筋肉を鍛える。

それによって 少しでも ここに
負担がかからないようにするのが

トレーニングであります。

まずは この一番大事な

捻挫した場合の外側ですね。

こちら側から引っ張りますので

足を 外に…。
外 はい。

(関根)こうですか。
(林)そうですね。

では一回やってみて下さい。
はい どうぞ。

はい 楽にして。
はい もう一回どうぞ。

結構 力入れてますか?
(関根)入りますね。

はい3回目。

次に ご自身の方に足首を向けるような
そういう練習をしたいと思います。

これで ゆっくりと引いてみて下さい。
直角まで。

はい よろしいですよ 楽にして。
また戻して。

はい もう一回やってみて下さい。

ここ どうですか?
グーッと…。

きますね すねのところ。
はい よろしいですよ。

これ 毎日やった方がいいんですか?
はい。 飽きてしまっても困りますので

一般の方ですと 週に2~3回
やって頂ければ十分だと思います。

そのぐらいで
いいんですね。

はい ありがとうございます。
(一同)ありがとうございました。

身を削る猛特訓に耐えた
東洋の魔女たち。

いよいよ 宿敵ソビエトとの大一番です。

魔女たちが連日 猛練習を続ける一方

ライバルのソビエトは
国を挙げて対策を練っていました。

ヨーロッパで行われた魔女たちの試合を
何台ものハイスピードカメラで撮影。

細かい動きまで
正確に分析しようと試みます。

更に 当時としては最先端の
ウエイトトレーニングを導入。

科学に基づいた肉体づくりを
行っていたのです。

ソビエトのチェーホフ監督は
日本の報道陣に向かって

次のように言い放ちました。

日本の国立競技場に 聖火がともされます。

国じゅうが待ちに待った
東京オリンピックの開幕です。

入場行進で最前列を歩く
東洋の魔女たち。

その目は
ソビエト戦だけに向けられていました。

ソビエトとの対戦が近づくにつれ

国民の期待は
日に日に膨らんでいきました。

大きなプレッシャーが
選手たちに重くのしかかります。

そして迎えた10月23日 決戦の日。

控え室には 独特の緊張感が漂い

魔女たちの心境にも
異変が生じていました。

大きなプレッシャーがのしかかる時

心だけではなく
肉体にも変化が生じます。

この時 脳の中でも
ダイナミックな変化が起きています。

理性的な判断をつかさどる 前頭前野。

プレッシャーがかかると
その働きは徐々に低下していきます。

相対的に 本能をつかさどる視床下部の
働きが強くなります。

こうなると理性的な判断は
できなくなってしまうのです。

プレッシャーは
運動機能にも変化を生じさせます。

こちらは プレッシャーが
運動パフォーマンスに与える影響を

示したグラフです。

心拍数が高まるにつれて
パフォーマンスも高くなりますが

心拍数が増えすぎると

パフォーマンスは
逆に 大きく低下してしまいます。

状況を判断する能力が下がり

良いプレーが
できなくなってしまうのです。

決戦を前に
大きなプレッシャーに見舞われた

東洋の魔女たち。

しかし 河西キャプテンが放ったひと言が
この状況を一変させます。

ロンドンオリンピックで
バレーボール女子日本代表の

メンタルコーチを務めた…

河西キャプテンの言葉は
スポーツ心理学から見ても

極めて理にかなっているといいます。

プレッシャーから解放された選手たちは
世紀の一戦に臨みます。

東洋の魔女 最後の試合が始まりました。

(実況)磯辺です。

日本のチャンス 宮本!

よく受けました。 今度はミシャク。

決まりました。 ポイント ソビエトです。

第1セット序盤は ソビエトの猛攻に
さらされ失点を重ねますが

サービスエースや回転レシーブが決まり
15対11でセットをものにします。

(実況)15対11!
第1セット 日本が取りました。

第2セットも 15対8と圧倒。

第3セットも 13対7とリードを広げ

勝利が目前に迫ってきました。

ところが ここで思わぬミスが生じます。

レシーブで上げたボールを
松村選手と半田選手が

お見合いをしてしまったのです。

魔女たちが それまで試合では
ほとんど見せたことのないプレーでした。

これを機に
ソビエトが猛然と反撃します。

(実況)リスカル! 打った 決まった!

あと1点が取れない日本。
どんどん追い上げられていきます。

(実況)おっと!
サービスエース! 13点であります。

14対13。 ついに1点差。

追い詰められた東洋の魔女 試練の時です。

(実況)リスカル! 取った。

磯辺! ミシャク。

リジョワ。 日本です… バックトス

磯辺! また取りました。

魔女たちは すさまじい粘りで
ラリーの応酬を制します。

そして 6度目のマッチポイント。
ついに その時がやって来ました。

(実況)日本のチャンスだ! 流れた…。

おっと オーバーネットがありました。

なんと勝負を決めたのは
ソビエトの…

(実況)日本優勝しました! 15対13。

3対0 ストレートで勝ちました!
日本優勝しました!

全て この一瞬のために払われた
涙ぐましい努力。

泣いています。 美しい涙です。

やっぱり…

東洋の魔女たちと ともに過酷な練習を
乗り越えてきた大松監督。

優勝が決まった瞬間
立ち上がろうとせず

選手たちと過ごした日々を
振り返りました。

選手たちの胸元に光る 金メダル。

彼女たちの壮大なチャレンジも
ついに終わりを迎えました。

う~ん ホッとするし スカッとした。

すごいですね~。

オリンピックって ここまでの物語って
まあ そうそうないですよね。

でも試合前に みんなでね 「もう 国
帰れないよね」みたいに言ってるって…。

ああいうのは 眞鍋さんの時は
どういうふうにしたんですか?

私の時はね 大事な試合の前に

モチベーションビデオっていうのを
作るんです。 我々スタッフが。

5分ぐらいの映像なんですけども
スタッフと選手と

全員が出てくるんですね。 その映像を見て
一致団結して頑張ろうというようなね。

選手 号泣するんですけどね。
そこで一致団結と。

ああ~。
へえ~。        へえ~。

あの時は どうでした? 生で見てました?

僕 見てましたよ。
一家で見てましたよ。

リスカルがパワーがあってね!

もうね ず~っと
日本を苦しめてたわけですよ。

だから リスカル見る度に
「やめて!」って思ってました。

どうして やっぱり
金メダルにたどりついたと思いますか?

やっぱし練習量も もちろん
もの言ってると思うんですけど

一致団結具合。 やっぱ1人でも…
文句言いって言ったらおかしいけど

「ちょっと しっかりしいや」とか
それ言うだけで なんか萎縮もするし

バラバラにもなっていくし
「お前が言うな」とかもなっていくし

何て言うのやろ…
みんな そういうことも言わずに

目標に 同じ方向を向いて
ミスしても当たり前やし

そこはフォローしていこうぐらいの
なんか一体感がよかったのかなって。

あの~ 眞鍋さん ずばり
なぜ彼女たちが 東洋の魔女

まあ金メダルまで たどりつけたのか。

まずは やはり固い絆。

そして なんといっても
やっぱり回転レシーブ。

バレーボールは今まで
3つ 金メダル取ってるんですね。

まずは 東洋の魔女は「回転レシーブ」。

そして72年は
ミュンヘンオリンピック男子バレーは

「時間差攻撃」っていう新しい技を…。
あった あった。

そして もう一つ
76年は山田監督が「ひかり攻撃」。

あぁ~ ありました!
で 金メダル取った。

恐らく その当時 山田さんは
新幹線の「ひかり」っていうのを…。

恐らくですよ? 多分その
一番速い攻撃をつくられて 金メダル。

ですから やっぱり歴史を振り返っても
やはり金メダル取ってる時は

新しい戦術を 3つ とってるんですよね。
(関根)そうですよね。

いやぁ… 終わった試合だけど
感動しちゃいましたね 今。   うん!

僕 ほんとに知らなかったんで
奇跡の勝利ぐらいに思ってたんですよね。

全然そんなことないんだなって。
この最強のチームが もう

オリンピックに合わせて
出来上がってたんだなっていうのが。

だから まず びっくりしましたね。
あと オリンピック終わった瞬間に

「これで辞めれる」って言葉が
それは人間らしくて。

世界選手権で オリンピックっていうね。
あれだけ苦労して あれだけ努力して。

今のVTR見ても「本当にお疲れさまでした」
って言える感じですよね。

2020年 どんなミラクルが見られるのか。
レジェンドが生まれるのかですよね。

ありがとうございました。
(一同)ありがとうございました。

♬~

日本中の期待に応え
ようやく肩の荷を下ろした

東洋の魔女たち。

♬~

現役生活に幕を下ろし
それぞれの道を歩み始めました。

新たな人生で支えとなったのは

バレーボールで培った
諦めない心だったといいます。

なんか やっぱり…

コートを去っても 彼女たちの心には
いつもバレーボールがありました。

この姿勢でボールのとこまで進む。
分かるね?

仲間と心を一つにするバレーボール。

そのすばらしさを
後世に伝え続けています。

まあ2人でもできますけれども。
そっから…


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