英雄たちの選択「めざせ!徳川近代国家 小栗上野介の夢と挫折」近代的な造船所建設にかけた夢とは何だったのか…



出典:『英雄たちの選択「めざせ!徳川近代国家 小栗上野介の夢と挫折」』の番組情報(EPGから引用)


英雄たちの選択「めざせ!徳川近代国家 小栗上野介の夢と挫折」[字]


明治新政府が行った近代化の諸政策を、幕末にすでに実現しようとしていた幕府官僚がいた。小栗上野介。近代的な造船所建設にかけた夢とは何だったのか。そのための選択は?


詳細情報

番組内容

明治初めの岩倉使節団より10年も早く欧米を視察し、近代工業文明の威力を知った幕臣・小栗上野介。帰国後、要職を歴任しながら、徳川による日本近代化を目指した。そのシンボルが横須賀に作った造船所。技術もなく資金もない日本が近代的な造船所を作るには外国の援助が必要。候補はイギリス、オランダ、フランス。間違えれば植民地化の恐れもあるし資金返済のための経済政策も必要。江戸開城直後に新政府に殺された先覚者の夢

出演者

【司会】磯田道史,杉浦友紀,【出演】岩下哲典,萱野稔人,真山仁,【語り】松重豊




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  3. フランス
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  5. 日本
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  7. 生糸
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  9. オランダ
  10. ロッシュ
  11. 選択
  12. 造船所建設
  13. 小栗上野介
  14. アメリカ
  15. 近代化
  16. 本当
  17. 歴史
  18. 岩下
  19. 交渉
  20. 時代


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明治38年 日本海軍は

世界有数の戦力を誇る

ロシア バルチック艦隊を撃破した。

司令長官の東郷平八郎は

戦後 「仁義礼智信」と記した書を

ある幕臣の子孫に贈った。

宛先は

「小栗」という人物である。

書を贈るにあたり
東郷は こう述べたという。

横須賀製鉄所は 慶応元年

徳川幕府によって建造が始まった
日本初の近代的造船所である。

横須賀 アメリカ海軍基地の一画に
その一部が残っている。

船体を中に入れて修理する施設。

日本海海戦の勝利には

この造船所で建造・整備された艦艇が

大きな役割を果たした。

その建設を手がけたのが…

勘定奉行という要職にあった小栗は

列強から国を守るため
近代的造船所建設を推し進めた。

それは 後の明治政府の

富国強兵の先駆けともいうべき
構想だった。

しかし 江戸無血開城の1か月後。

小栗は 新政府軍の手によって処刑される。

なぜ 小栗は
命を奪われなければならなかったのか。

幕末 日本の行く末を
見通していた先覚者を

現代の知性が読み解く!

…っていう意識を持つんですよ。

恐らく 小栗は 日本の近代…
日本の歴史の中で

初めて その意識を持った人間なのかなと。

日本のためにも 後世の幕府のためにも
旧幕府のためにも…

誰か やれよ! って思うんだよ 本当。

「英雄たちの選択」
幕臣 小栗上野介が構想した近代日本

もう一つの可能性に迫る。

♬~

皆さん こんばんは。
こんばんは。

歴史のターニングポイントで
英雄たちに迫られた選択。

2週にわたってお送りしている
シリーズ「幕末の先覚者」。

戊辰戦争の敗者 負け組でありながら

動乱の時代に 大きな足跡を残した人物を
紹介しています。

2回目の今日は 幕臣 小栗上野介です。

こちら。 聡明そうな顔で

ちょっと おとなしい感じかな。

僕 この人 やりたくて
しょうがなかったんですよ。

そうなんですね。
もう 今日は

やった! ついにきたか! っていう。
実は 幕末にあって

その後の日本が 明治以後ね
どういう道を歩んだ…

歩めばいいかっていうのを
全部 見通してて

小栗構想みたいなのを持ってるんですよ。
小栗構想?

やることは 小栗の頭の中に全部あって
明治日本の…。

しかもですよ 外交力があり
国家の構想力があるうえに

軍事指揮官としても やっぱり
ある種 天才だったと思います。

はあ…!
で 大久保利通なんかより何年も前から

日本の国家構想っていうのは
彼の頭の中にあった。

だから この人を やっとかないと
いけないんですよ 本当 言うと。

何だか とっても すごそうな人ですよ。
すごいんだよ! 本当に。

…と言っていいと。

徳川という名を持ったまま
近代にいくっていう道もあったんですよ。

だけど 小栗が死んじゃったら
もう それは不可能になるという

それほどの人なの。
はあ…!

もう じゃあ その小栗が
どんなことを思っていたのかを

今日は たっぷり
やってみたいね
見ていくんですね。
ええ。

では 小栗上野介
まずは どのような人物なのか

詳しく見ていきます。

小栗上野介の菩提寺…

小栗という人物を象徴する品が
残されている。

何の変哲もない 一本のねじ。

ここに 小栗の夢みた日本が
凝縮しているという。

日本も こういうものを どんどん
作れる国にしたいという気持ちで

持ってきて
みんなに配ったんだと思われます。

日本の近代化を
一本のねじに託して持ち帰った小栗。

その先見性は
どのように育まれたのだろうか。

小栗上野介忠順は 神田駿河台に

名門旗本の
嫡男として生まれた。

「又一」とは
小栗家当主が 代々 名乗る名前。

戦場の功績を
たびたび立てた先祖が…

…と 家康から
拝領した名前だ。

幼い小栗は その名に恥じぬよう
厳しいエリート教育を施された。

そのことを示す史料が残されている。

漢学者…

小栗は 僅か7歳で

屋敷内にあった 艮斎の塾に入門している。

艮斎は
非常に開明的な思想の持ち主だった。

著書
「洋外紀略」には

次のような一節がある。

まさに時代は変革期にあった。

嘉永6年 黒船来航。

圧倒的な武力を前に
幕府は 日米和親条約締結に踏み切る。

艮斎から学んだことが

現実として
小栗の目の前に突きつけられたのだ。

安政6年 33歳を迎えた小栗は
歴史の表舞台へ登場する。

日米修好通商条約批准の使節に
抜擢されたのだ。

役職は 使節一行を監督する「目付」。

その才能を認めた大老
井伊直弼じきじきの指名だったという。

使節を乗せた
アメリカの軍艦 ポーハタン号は

太平洋を横断し

西海岸サンフランシスコを経由して
東海岸へ。

およそ2か月の航海の後

首都ワシントンに到着。

大統領に 国書を奉呈した。

現地の新聞は
その様子を大々的に報じている。

小栗は 無事 大役を果たしたのである。

だが 果たすべき仕事は
まだ残されていた。

実は 小栗は 出発前
井伊大老から

一つの使命を
授けられていたのだ。

このとき 小栗がアメリカ政府に提出した
文書の写しが残されている。

「我が国にとって
海軍創設は急務。

海軍工廠を見学したい」。

条約批准の8日後 小栗たち一行は

ワシントン海軍造船所の見学を許された。

これは そのときの記念写真。

洋館の前に整列した侍たちの姿が
写し出されている。

最新の造船技術は
小栗の目に どう映ったのだろうか。

使節の日記は 次のように記す。

「船で使う…」

欄外にまで びっしりと書き込まれた

工作機械や道具の名前からは

使節の飽くなき探究心がうかがえる。

とりわけ小栗たちを驚かせたのが

巨大なスチームハンマーだった。

そこでは 重さ3トンものハンマーが
蒸気の力で持ち上がり

真っ赤に焼かれた巨大な鉄の棒を
ひと打ちで切断していた。

日記は その様子を こう記す。

使節一行は…

日本への帰路に就いた。

「日本を外国から守るため
近代的な造船所を建設する」。

小栗の胸に 確かな目標が生まれたのだ。

だが 帰国した小栗を待ち受けていたのは
驚くべき知らせだった。

それは 渡米中の3月3日に起きていた。

(銃声)

大老 井伊直弼が

尊皇攘夷を掲げる
水戸や薩摩の浪士によって暗殺された。

みずからをアメリカに派遣した大老の死。

夢を抱いて帰国した小栗。

その行く手は 突如 暗転した。

小栗上野介は 幕府のエリートとして
幕末に直面したわけですが

ゲストの皆さんは
小栗のどんなところに注目しているのか

聞いていきたいと思います。

真山さんは
どんなところに注目されてますか?

今で言うと
たぶん…

…のイメージですよね。

エリートで 大体

事務処理能力の高い人と
地頭のいい人に分かれていくんですけど

地頭のいい人って
やっぱり そこに自分がいるだけで

吸収力が やっぱり すごい。

それを ちゃんと自分の中で解釈して
吐き出していくみたいなところが

たぶん… まあ 良くも悪くも

彼の才能であり
彼の運命を左右したような気がしますね。

アメリカに派遣されたときの様子。

これ… 私 非常に
印象深いなと
思うんですよね。

全く ものおじ
してないんですよ。

小栗は 現地に行って
当時の金貨の…

為替レートの見直しの
交渉までしてるんですよ。

そこも 冷静に根拠を示して

見直し直前まで交渉することができた。
こういったところもですね

小栗の まずは
その ものおじしない精神力と

それから あとは 論理で しっかりと
説得できるだけの やっぱり 頭の良さ。

それが
すごく注目すべき点だと思いますね。

小栗の若いときの
エピソードなんですけどね

仲間の旗本と

隅田川に花見と
しゃれ込んだわけですよ。

船遊びですよね。

まあ 小栗は
花にもですね 酒にも

女性にも興味なし。 で あの…

防災上ですね
「あの堤は大丈夫か?」とか

「もう少し高くしたほうが
いいんじゃないか?」とか

「水田に 水 入れる場合には
どうやって引き込むか?」とかね

花見において
およそ不粋なこと この上ないですよね。

だから…

でも やっぱり 民生上とか統治上とかね

重要なことは
しっかり押さえるというですね

まあ 言ってみれば 根っからの…
僕は リアリストだと思いますね。

この大砲を バッと見せられたときに

「これ なんぼ飛ぶんだ?」と。
「うちで作るなら いくらだ?

どうやって作るんだ?」って言って
がんがん柔軟に動いていくような人は

何せ 世襲集団で
お坊ちゃんが何代もやってるから

漢詩 漢文 和歌は詠めても

この大砲をいくら作るか
工場を建てるとかいうのは

実利的なことが同時に分かる人は
めったにいない。

ところが 小栗だけは できたんです。
(岩下)そうですね。

まさに その小栗は 34歳のときに

遣米使節に抜擢されて
アメリカの土を踏みました。

ワシントンでは
造船所を見学したわけですけれど

日本人は まあ ちょんまげ そして
いわゆる侍の格好をしてますよね。

結構 国の近代化の差っていうものが
歴然と分かる写真だと思ったんですが。

岩下さん 小栗は そこで
どんな衝撃を受けたんでしょうね。

(岩下)そうですね もう…

例えば やっぱり あの蒸気機関ですよね。

あの巨大な船を
この万里の波とうを越えて

自走させるというですね。
それから 積んでる大砲ですね。

小栗はですね
砲術の勉強をしてるんですね。

だから 小栗自身もですね

軍事テクノクラートと言っても
いいでしょうかね。

その大砲の性能を…
日本の大砲の性能を よく知っている。

で ポーハタン号の大砲は こうだと。
そうなると もっともっと こうね

性能を知りたいということに
なってきますよね。

(萱野)あの ねじを持ち帰ったっていう
エピソード あったじゃないですか。

あれ 一つ 小栗が受けた衝撃
物語ってると思うんですよね。

要は この部品から 日本も

立ち上がるべきなんだっていうような
意識が ものすごくあった。

これを
我々のものにしようということを

直感的に感じたんじゃないかなと
思うんですよ。

で それで言うとですね
近代国家の始まりっていうのは

どこの国も…

…っていう意識を持つんですよ。

ヨーロッパは ずっと それで
鉄を大量生産できること自体が

国家の力なんだっていう意識を
急速に浸透させていくんですが

恐らく 小栗は 日本の近代…
日本の歴史の中で

初めて その意識を持った人間なのかな
というふうに

私なんかは想像しますよね。

「初めて」っていうとこが大事なところで。

実は 江戸時代って 近代化に必要な要素は
ほとんどが そろってた。

だけど 何がないのかっていうと
化石燃料で動く機械機関。

石油 石炭と… そういうようなもので。
これさえ導入すれば

自発的に近代工業化は可能だというふうに
見破ってるんですよね。

だから…

ああ…。

では その後を見ていきましょう。

アメリカから帰国し
造船所建設に向けて動きだした小栗。

いよいよ選択の時が やってきます。

アメリカから帰国して ひとつき。

小栗は異国での経験を買われ…

ところが その翌年 事件が起きる。

ロシア軍艦が 突如 対馬へ現れ
島を占拠したのである。

小栗は すぐに現場へ急行した。

だが
ロシア船の船長は

幕府を
交渉相手と認めず

対馬藩との
直接交渉を

強硬に主張する。

交渉は行き詰まり
小栗は 一旦 江戸へ戻る。

一説には
このとき 小栗は

対馬を
幕府領としたうえで

ロシア政府と
交渉することを

考えていたという。

だが 幕閣は その案を却下。

東アジアに大きな勢力を持っていた
イギリスに頼んで…

この外交の裏側には外国通として鳴らした
勝 海舟がいたという。

後に 勝は 次のように語っている。

小栗は 責任を取って…

軍事力なくして国家は成り立たないことを
改めて痛感することとなった。

だが 幕閣は
その才能を放ってはおかなかった。

明くる文久2年 勘定奉行として
軍制改革を命じられたのである。

これを機に
造船所建設を推し進めようとした小栗。

しかし 前途は 平たんではなかった。

当時 幕府内には

ばく大な金のかかる造船所建設に
疑問の声が大きかった。

…というのである。

例えば 海軍の第一人者 勝 海舟は
こう主張していた。

対する小栗の主張は
次のようなものだった。

造船所の必要性について
小栗は 明確に理解していたという。

その船は じゃあ…

それを落とさなきゃいけない。 それから…

そのためには…

造船所の必要を認めた幕閣は
ついにゴーサインを出す。

だが 大きな課題が残っていた。

造船所建設には
高度な技術と ばく大な資金が必要。

その両方を欠く当時の日本に
単独での建設は不可能だった。

当初 幕府には
アメリカに援助を求める計画があった。

ところが 南北戦争勃発により

アメリカに
その余力は なくなってしまう。

小栗は
新たにパートナーを探す必要に迫られた。

虎視たんたんと日本を狙う列強。

選択を誤れば
植民地化につながるおそれもある。

小栗の心の中に分け入ってみよう。

まず 海軍において
世界に冠たる国といえばイギリスだ。

いち早く蒸気機関を実用化し

最先端の造船技術は
他国の追随を許さない。

だが…

イギリスのアジア進出は極めて暴力的だ。

帰国の途中 立ち寄った香港では

イギリス人が道の真ん中を歩き

清国人は 端に追いやられていた。

造船所建設には多額の費用がかかる。

もし 支払いが滞れば

その代償に 国の富を
根こそぎ奪われる事態になりかねない。

それに 気になるのは

イギリスが 最近
薩摩と接近していることだ。

このころ 薩摩藩は
幕府政治の改革に動きだしていた。

政治工作で それを実現しようとしたが
果たせず 方針を転換。

イギリスから最新式の武器を購入し

軍隊の近代化を急ピッチで進めていた。

近頃 薩摩は
国許で武装を強化しているという。

イギリスが
その後押しをしているとすると

果たして
幕府の要請に応えてくれるだろうか?

では オランダはどうか?

古くからのつきあいがあり

海軍建設にあたり
幕府がこれまで頼っていた国だ。

ペリー来航の2年後
幕府が長崎に開いた海軍伝習所。

教官は オランダから派遣された士官が
務めていた。

元治元年には 幕府のほうから
オランダに技術者を派遣している。

目的は 「造船に使う
機械の注文

並びに
造船所建造の方法を学ぶこと」。

幕府の一部では
オランダとの造船所建設計画が

具体的に検討されていたのだ。

確かにオランダは
幕府にとって海軍の師だ。

だが 近年 その国力は衰えていると聞く。

造船所建設という大プロジェクトへの
全面的な援助が可能だろうか?

う~ん… あまり深いつきあいはないが

フランスと組むという手も
考えられないか?

そのころ 日本とフランスの関係は
転機を迎えていた。

元治元年 新たな公使
レオン・ロッシュが来日。

イギリスの植民地政策を非難する一方

「フランスは正義の国だ」と宣伝に努め

幕閣からの好意を勝ち得ていた。

実は ロッシュには
日本で手に入れたいものがあった。

長野県の博物館に
その貴重な品が残っている。

一枚の和紙。

よく見ると無数の粒が見える。

種紙といって
蚕の卵を産みつけたものなんです。

「蚕」。
これこそロッシュの目的だった。

当時 絹織物はフランスの輸出産業の主力。

ところが 伝染病の大流行によって

肝心の蚕が絶滅に瀕していた。

ロッシュは 幕府の許しを得て種紙を購入。

本国に次のように書き送っている。

「日本政府は我が国に
好意を持っています」。

友好的な関係を築きつつある
フランスとならば

植民地化の危険は薄いかもしれない。

それに フランスという国
近年 イギリスに負けじと

造船技術の近代化に努めているとも聞く。

そこに懸けてみる価値は
あるのではないか?

イギリスか オランダか
それともフランスか。

果たして 小栗の選択は…。

造船所建設に向けて
どの国に援助を求めるべきなのか。

世界最大の海軍国イギリスか。

これまで 幕府海軍を育てたオランダか。

新興海軍国ながら
親密さが増しているフランスなのか。

真山さんだったら
どの国を選びますか?

私は「イギリス」ですね。
「イギリス」 はい。

まあ 小栗が どういう組織に
自分がいたかってのは 結構 重要で。

幕府っていうのは倒産寸前の大手企業
みたいなものじゃないですか。

もう 一か八かの大博打を
打つわけですよね。

やる以上はですね
やっぱ 成功の確率と…

だから
やっぱり ここで

一番 やっては
いけないのは

妙に近づいてくる人とか
昔の縁がある。

これは 本来 判断する材料としては
一番にしてはいけない。

でね もう一つ大きいのは
イギリスは薩摩と組んでるようだ。

だとすれば よけい やっぱり

イギリスを手元に
本来 引っ張り込むことによって

うちは国家であり
向こうは単なる藩だと。

知事と国王と どっちが大事なんだ
っていう交渉は

本来 できなきゃいけないんですよね。

そういう意味では ここは もう
イギリスを選ぶことが

ある意味 幕府が…

イギリスを
選ばなきゃいけないと思います。

私も 1の「イギリス」ですね。

まず やはり 外交の基本として

最も強い所と 手を組むということが
必要なのかなと思いますね。

ヨーロッパの国から見れば
ユーラシア大陸の反対側の

一番 こう… 海の世界では
手が届きにくい部分。

そこから さらに上には
ロシアがいるという。

まあ ヨーロッパ諸国にとっては

一番 厄介な敵である
ロシアがいる状況に

その最先端に
日本列島があるわけですよね。

そこと友好な関係を
結べるかどうかっていうのは

ヨーロッパ諸国から見れば
ものすごく大事なんですよ。

ですので その戦略的な重要性を
もし うまく押し出せるのであれば

イギリスと 友好な関係を

結んでいけるんじゃないかな
というふうに考えますね。

お二人は 「イギリス」ということで
岩下さんは いかがでしょうか?

3番目の「フランス」ですね。

お二人の説を聞いているとですね

やっぱ イギリスに…
どうかなって思うんですけど。

やはりですね…

当時の人たちにとってみれば。

それが 本当に 植民地に
されてしまうかもしれないっていう

すごく大きな恐れでありまして。

まあ やはり イギリスと
敵対している国であるフランス。

このフランスと
手を結んだらどうかという

「敵の敵は味方」というですね
考え方に立ったわけですね。

このロッシュっていう人は

幕府に支持をするというふうに
近づいてくるわけですけども。

まあ やっぱり フランスは
日本をね… 幕府を

軍事的 政治的 産業的に
導いていこうという思いを

彼は持ってたと思うんですね。
で そういう中で 2人が

こう 結び付いていったような
気がしますので

やっぱり 「フランス」と。
「フランス」。

お二方が 「イギリス」で
岩下さんは 「フランス」。

あの… あれですね。

今まで海軍のことで相談に乗ってくれた
旧知の仲といいますか

「オランダ」っていう選択肢は
皆さん 選ばなかったんですけれど。

オランダは もう駄目ですね。
駄目?

あの… 国際政治っちゅうのはね
覇権を持ってる覇権国と

そうじゃない国の2つしかないんですよ。

もう オランダは この段階で
国力の点でも 人口にしても

艦隊の数にしても
やっぱり ちょっと無理なんです。

だから いい相談相手にはなるけれど
オランダの力で

国を どっちへ持ってこうっていう
時代では もう ない。

「イギリス」と「フランス」だったら
どちらですか?

これね 僕は選択者じゃないんで

司会者の特権で
ずるいことやるんですけど…

…がいいんじゃないかと思うんですよ。
なるほど もう選ばない。

つまり 彼らの目的は 要するに
日本から生糸が欲しいんです。 お茶や。

はい。
なので 幕府に溶鉱炉とか

何か近代化のソースを…
リソースをくれたら

「生糸の枠を拡大」とか言ってね。

それで条件を持ち出して交渉して
英仏に競わせながら

幕府に貢献 ご奉公をしてくれる所へは
生糸を拡大するっていう

天秤外交をやりゃあ
よかったんじゃないかなと

思うんですけどね。
うん。

うまくいかないのかな? そういうのは。

鎖国が長かったから
外国との交渉をする方法は

あんまり知らなかった気が
するんですよね。

例えば 琉球とか ああいう所で

すごい 百戦錬磨のようなこと
やっている人であれば

何か そういう知恵も
あったと思うんですけど。

やっぱりね 長いこと 鎖国は
そこに影響した気がしますけどね。

う~ん…。 さて
小栗の選択を ご覧いただきましょう。

小栗の選択。 それは「フランス」だった。

一体 何が決め手となったのか。

造船所建設の経緯を記した
幕府目付の書簡に

その理由が記されていた。

ヴェルニーは
清国で造船所建設の経験もある

フランス海軍きっての技術者。

その人物を日本に派遣し
工事の指揮を執らせると

ロッシュは確約したのだ。

ヴェルニーは契約を待たずに来日し
測量を開始。

大型船でも進入可能な横須賀に
白羽の矢を立て

設計に取りかかった。

当時の設計図には
船を修繕するためのドックから

建造した船で使う備品の工場まで

さまざまな建物が記されている。

小栗が
アメリカで目の当たりにした造船所が

日本で実現しようとしていた。

一方 小栗が
勘定奉行として直面していたのが

建設費の工面である。

費用は年間100万ドル。

ひっ迫する幕府財政の中
何を財源とすべきか。

目をつけたのが 生糸だった。

フランスとの契約の何か月も前から

小栗はロッシュと会い
根回しに動いている。

その過程で
生糸に着目したのではないか?

…は推測する。

レオン・ロッシュが来日しまして

生糸の安定供給を やはり

日本から
お願いしていこうということを

第一のお願いでありました。

小栗さんの中では やはり
その生糸の安定供給の話も

それが頭の中にあったわけですね。

それで…

…ではないか ということもありました。

これは契約直前に行われた

ロッシュと老中の会談の記録。

興味深い対話が記されていた。

ロッシュは こう切り出している。

「直轄地で生産しているが

売買は農民それぞれが行い

年貢は金子で納入させている」。

慶応元年に出された布告からは

幕府が この提言を受けて
動き始めたことがうかがえる。

小栗は
幕府による生糸独占に舵を切ったのだ。

さらに この年 小栗は
幕閣に ある提案を申し出ている。

組合商法の設立である。

計画は 次のようなものだ。

まず 幕府が
改印制度を通じて

日本中の生糸を
独占する。

さらに 日本とフランス それぞれの国で

大商人に組合を作らせ

他国を排除して 貿易を行う。

日本とフランスで生糸貿易を独占し

その収益を
造船所の費用に充てようと計画したのだ。

造船所の建設は順調に進み始めた。

だが その一方で 国内の政治状況は
悪化の一途をたどっていた。

幕府と長州藩との間で戦争が勃発。

薩摩の仲介で イギリスから
最新兵器を入手した長州軍を相手に

幕府軍は大敗北を喫した。

幕府の威信は急速に低下する。

このとき
長州との講和交渉に赴く 勝 海舟に

小栗は こう打ち明けたという。

「幕府の下に

郡県制を立てようと
考えている」。

全ての藩を廃止し

将軍が任命した知事が
地方を治める

いわば中央集権制。

小栗は 徳川中心の近代国家を
構想していたのだ。

明治維新の2年前であった。

小栗の選択は フランスと組んで

横須賀に
造船所を建設するというものでした。

萱野さんは
「イギリス」を選択されていましたけど

実際には「フランス」だった。
どう見ますか?

ただ 結果的に フランスにして
よかったんじゃないかなとも思いますね。

というのも お互いの利害が
一致したというところが

一番大きくてですね。
造船所を造るためには

それこそ生糸の輸出で
いろいろと工夫して

フランスは それに対して すごく積極的に
協力してくれたということがあって。

(萱野)あとは イギリスに
負けたくないというのもありますので

フランスのほうも すごく…

当時 やっぱり 幕府内でも
造船所を造るっていうことに関しては

相当 反対論が まだ
ず~っと根強くありましたからね。

これがなければ 造船所って

本当に 絵に描いた餅になってた可能性も
あると思うんですよね。  ああ…。

真山さんは この小栗の選択
どう考えますか?

これでイギリスが
選べないっていうのは…

やっぱり 結局 その…

くみしやすい人
情として共感できる人たちと組もうと。

あえて M&Aのような発想で
言いますけど

その前提として 組む相手が…

…っていうのは すごい重要なわけですよ。

しかも 何ていうか… フランスは

生糸が欲しいわけですよ もともと。

っていうことは ここキープできるわけで
本来。

だから ならば やっぱり
ここは頑張ってイギリスと組めば

やっぱり… いわゆる日本に どんどん
寄ってきてる世界中の国がですね

やっぱり ここまで本気なのかって
出せるんですが

たぶん あの組織では
それは無理だったんだと思いますね。

説得もできなかったと思う。
う~ん…。

そのとおりだと思うんですけど ただ

小栗個人の視点から見ると
私は この選択

評価してもいい側面 あると思うんですよ。
というのも

彼の意見が 幕府の方針として反映された
けうな例の一つだと思うんですよね。

なかなか
当時の硬直化した幕府の権力体制の中で

よく ここまで実現できたなという
評価のしかたも

ありうるのかなと私は思いますね。

で このときですね 小栗は
生糸に目をつけて

貿易の仕組み作りに動いていましたが

この構想について
岩下さんは どう考えますか?

天保期以降のですね 幕府財政は

もう 本当に 借金財政で

一切 新規事業ができないという…。

つまり
財源が全くないという状況ですよね。

ですから 新規事業のために
外国から借金をして 借款を成功させて

そして お金を得るしかないと。

だから 日本が得意な分野のものをですね
輸出して

幕府や それから豪商たち

それから 相手国のフランスにも…

…を やっぱり作ろうとしたわけですよね。

経済に目がいってるっていうのは
これは やっぱり

武士として珍しいことでありましてね。
当時の武士は みんな

「お金は汚いもの」とかってね
言ったりしてますので

やっぱり リアリストである小栗の
面目躍如というか

お金が そして経済が
重要なのだということが

気付いていたということに
なるんじゃないでしょうか。

真山さんは いかがですか?

ちょっと やっぱり 2つの独占が
私は すごい気になるんですね。

まず…

この当時 すでに その… 社会としては
非常に 流通が当たり前のようになり

大阪に米相場が… 先物取引を

世界で最初にやったりとか
してるわけですよね。

そういう意味では
武士たちの発想の経済とは違うところで

物が流通しているさなかにですよ

いきなり それなりのお金が動くものを
独占して

それで お金を… 自分たちでやると。

経済を妨害することをやるっていうことが
もう やっぱり ちょっと時代感として

本当は ずれてる。 もう一つは…

フランスと組むだけではなく

独占して そういう貿易をしようって…
イギリスが許すわけ ないわけですよね。

ただ そうしないと 恐らく
うまくいかなかったっていうことから

始まってる独占なんですけど
やっぱ こういうところにも

何か余裕のなさというか
そこは やっぱ感じざるをえないですよね。

政策っていうのは
その政策を採ることで

例えば 造船所が出来る
っていうことについてはいいんですけど

そうすると
イギリスの強い反発を招くっていう

2手目 3手目に
影響を与えるんですよ 常に。

それが いかに よくできてるかというのが
いい政治家なんですけど。

例えば イギリスに 少し茶を売って
生糸も回してあげるとかいうような

権益を分けるような配慮がないと
やっぱり 何かね

恐ろしい 予測不能なことが
起きうるっていう手当てが やっぱり

ちょっと乏しいかなって気がしますよね。

このとき 小栗は 徳川の下で

郡県制を構想していたと
いわれていますが。

そうですね。 フランスの…
やっぱり ロッシュの影響が

大きいんじゃないかなというふうに
思ってるんですね。

将軍をフランス皇帝に擬して
そして フランスのような政治体制。

そういう中での地方行政みたいなものを
小栗は 少し こう…

構想しつつあったんではないかな
というふうに思ってるんですね。

まあ あの… 結局これって まさに…

(萱野)近代国家の建設という点でいくと
相当 先んじてたなと思います。

もし これ
実際に実行に移されていたとしたら

一番の核心は…

要するに 武士という身分が特権的に
土地の支配者になれるというのが封建制。

でも 郡県制は それを否定して

すべて
知事を任命していく形になりますから

じゃあ この武士の身分 どうするのか?
最終的には廃止せざるをえない。

これを 私は…

…を もっと大きく捉えても
いいんじゃないかと思うんですよね。

それが実現できたとしたら

場合によっては…

ありうると思いますよね。
幕府での権力と伝統を背景にして

一気に
改革をしていくということですよね。

でも ちょっと僕 幕府が…
問題もあるんですよ 近代化の場合には。

それは なぜかっていうと

僕が よく
日本と幕府に対して言うんですけど…

…しか できない。
それは何かっていうと

例えば 軍事改革をするとしますよね。

明日から 歩兵・砲兵・騎兵の三兵の軍隊に
変えますっていったら

旗本たち 失業しちゃうわけですよね。
ええ。

だから できないんで
幕府は どうやるかっていうと…

そもそも あるものを
一回 ゼロにするんではなくて

一回 これは置いといて
もう一個 こっち側に

新たなものを作るっていう改革…。
そうです。 だから

本館は 絶対 潰さずに
別館が うまくやってから

少しずつ別館を大きくしながら
本館の建物を潰すという…。

そういうやり方の改革しかできないので
効率は悪いんです。

でも 恐らく
そんな ゆっくりなゆっくりな形の

徳川近代化だったかもしれないと。
はあ…!

それはそれで
見たいなっていう気がしますけど。

さあ 小栗は いよいよ

明治維新という時代の
大変革に直面します。

その運命は どうなったんでしょうか?

慶応4年1月。

薩摩・長州を中心とする新政府軍と
旧幕府軍との間に

鳥羽・伏見の戦いが勃発。

旧幕府軍は敗北を喫する。

急ぎ 登城した小栗は
将軍 徳川慶喜に

徹底抗戦を訴えた。

一説には 慶喜の袖を取ってまで
ある秘策を主張したという。

…は 後に こう語っている。

「…かもしれない」。

だが すでに恭順を決めていた慶喜は

小栗の策を却下し 勘定奉行から罷免する。

その後 恭順派の勝の奔走により
戦は回避され

江戸城は明け渡された。

徳川中心の近代化という夢は
ついえたのである。

そのころ 小栗は江戸を離れ

知行地 上州権田村に退去していた。

村を見下ろす高台…

ここが 小栗上野介が
屋敷を作ろうとした屋敷跡です。

移住から まもなく
小栗は この地に屋敷の普請を始めた。

敷地の一角に
興味深いものが残されている。

小栗上野介は…

…という話が残っておりまして

いくつか こういう株が
今でも残っております。

当時 お茶は
生糸と並ぶ 重要な輸出品目。

小栗は この地でなお
国を富ませる方策を考えていたという。

まず…

しかし 幕府での仕事は終わったから
それじゃ 田舎でやれることは

やりましょうという
気持ちだろうと思いますね。

しかし 慶応4年4月22日

新政府軍から付近の諸藩に
一通の命令書が下された。

「小栗上野介は

権田村に陣屋を
厳重に構え

砲台を築いている。

反逆の謀略は明らか」。

「手に余るようであれば

誅滅すべし」。

閏4月5日 小栗は逮捕され

翌日 付近の河原で斬首される。

41歳だった。

小栗が手がけた造船所建設は
新政府に引き継がれ

明治4年 横須賀製鉄所として完成した。

「製鉄所」とは 当時の用語で
造船所を含む海軍工廠を指す。

写真には 小栗が建造を主張した
ドックも確認できる。

後の日本海海戦で
バルチック艦隊を沈めた駆逐艦や

魚雷艇の多くが
このドックで建造・補修されたという。

小栗が造船所建設にあたり
同僚に語った言葉が残されている。

小栗上野介は
明治維新という時代の大変革の中

命を落としたというか
命を奪われてしまったんですね。

いやあ 私 これ

すごく悲しい結末だなと
思うんですけれど。 岩下さん

何で そこまでされなければ
ならなかったんでしょうね。

そうですね まあ いろんな要因は
あると思うんですけども。

やっぱ あの…
そこに来ていた軍司令官たちがですね

小栗のことが憎かったんでしょうね。
小栗憎し。

やっぱ その…

…だっていうね 考え方があって。

そして 江戸無血開城という形で

まあ 戦争がなかったわけですから。

ある意味 恩賞にあずかろうとした
連中にとってみれば 働き場所がない。

だから その… 裁判もなくですね

罪なくして斬られるという結果に
なってしまったんだろうと思いますね。

私は…

…と思いますね。

その理由は 薩長から見て

恐怖の対象だったということだと
思います。

とにかく フランスと意気投合してる
通じ合ってるというところが

一番怖いんだろうなと思いますね。

それこそ フランス政府と結託して

最終的に新政府軍に対して
反旗を翻すということが

一番の恐怖だったと思うんですね。

…ですから
小栗が逃げてですね 合流して

フランスと
外交なんか始められちゃったら

大変なことになるというのが
あったと思いますし。

で もしね 私が この時代を生きてたら
勝にね 言うと思うんですよ。

「あれは 幕府最高の頭脳で

これから幕府のあとの人たちが
やっていくためにも

羨ましがらずに
あの人が死なないように

ちゃんと保護することを
新政府軍に言う義務がある」と。

「もう 絶対 助けてくれ」と。

「あれだけは 日本のためにも
後世の幕府のためにも

旧幕府のためにも
小栗は助けとかないといけない」と。

誰か やれよ! って思うんだよ 本当。

やっぱり その… 不寛容っていうのは
よくないなっていうふうに思いますね。

やっぱ 寛容であるべきだと
思うんですよね。

だから 江戸無血開城で
慶喜さんを あれだけ許したこと。

あの路線をね もう少し
全部に生かせれば よかったんだけど

時は そういうふうにはいかなかった。

まあ 歴史の非常に厳しい現実だな
っていうふうに思いますね。

あの… 物事で結果を出す人材というか。

私は もともと
2パターンあると思ってるんですね。

つまり 切れ味が良くて
とても優秀で

もう とにかく 何ていうんですかね

その 問題があれば それを
いくらでも切り込んでいって結果を出す。

大変 臨機応変に対応できるし
フットワークも軽い。

ところが もろいんです。
つまり すぐ折れてしまう。

で もう一つの ナタのような人はですね
なかなか ナタを振るわない。

とにかく かみそりが
一生懸命 形を作ってくれたあとで

ナタが出てきて 最後 全部 結論です。

で やっぱ 時代を… 変わるときに
両方がいなきゃ

やっぱ 絶対 成立しないんですけど。

かみそり型の小栗さんと
ナタ型の勝の2人が

やっぱり 何ていうのか 回してきた結果

不幸は1人で背負っちゃったのかな
という気がしますね はい。

さあ 最後に磯田さん。

今回は幕末の先覚者として

2週にわたって
お伝えしてきましたけど

今日は小栗上野介。

結構 学ぶもの 多かったですね。

確かに 明治維新っちゅうのは
無血の革命といわれます。

世界史的に見れば
そうかもしれないけど

やっぱり 検討してみると
この2回のシリーズで見たとおり

無駄な血 流れてますよね。

だから 要するに もう 早い段階で…

これは 人間が理性的にだけ行動できる
生き物でないからだけど。

伝統や 慣習や 感情や 出世欲や

いろんなものに縛られながら
動いていくからなんだけれど。

だけど 歴史を見ると

やっぱり それって
エネルギーの無駄が多いので

何が… やるかってことが

みんなで
ほぼ合意できたら

誰かが… やるかで
もめるとか

みっともないことは
あまりしないように

もうちょっと
賢くやろうよっていうことが

歴史を見れば
分かるのではないかと。

歴史に学んで
よく考えたほうがいいと。

そうならなかった
明治維新っていうものから

学ぶもの
っていうのは多いっていうのが

この2回シリーズの感想ですね。

はい。 皆さん 今日は
ありがとうございました。


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