徹子の部屋 王貞治~祝!11111回記念 あのスーパースターが登場!・世界のホームラン王、王貞治さんが登場!…


出典:『徹子の部屋 王貞治~祝!11111回記念 あのスーパースターが登場!』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 11111回記念・王貞治[字]


~祝!11111回記念 あのスーパースターが登場!~王貞治さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

放送開始から44年目を迎え『徹子の部屋』は11111回目に。「1」といえば背番号「1」!なんと世界のホームラン王、王貞治さんが登場!

◇番組内容

現役当時は父親らしいことを出来なかったという王さん。だが、3人の娘の名前には皆、『理』という字が入っている。そこにはお嫁に行って名字が変わっても“王は里である”という意味が込められているという。さらに、108歳で天寿を全うした母・登美(とみ)さんへの感謝の思いも語る。最後には、なんとあの“一本足打法”を披露!

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/


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徹子の部屋 王貞治~祝!11111回記念 あのスーパースターが
  1. 本当
  2. 野球
  3. 全部
  4. バット
  5. 写真
  6. 毎日
  7. お打ち
  8. 記録
  9. 自分
  10. 父親
  11. 鈴虫
  12. ホームラン
  13. 女性
  14. 年前
  15. オリンピック
  16. お父様
  17. サイン
  18. 一番
  19. 可愛
  20. 回目


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というわけで 『徹子の部屋』は

なんと通算1万1111回目
という事でございます。

その1万1111回目にふさわしい
お客様に おいでいただきました。

なんといっても
1番の方でいらっしゃいます。

この方です。 世界のホームラン王。

そして 現在は
福岡ソフトバンクホークス会長の

王貞治さんでいらっしゃいます。
どうぞ お入りください。

(拍手)

どうも わざわざ
ありがとう存じます。

おめでとうございます。
はい ありがとうございます。

おめでとうございます。
まあ どうも ありがとう。

ありがとう存じました。 あっ!

バットも持ってまいりましたので。
うれしいですね。

王さんのサインも入ってますね。
はい 入ってます。

あっ うれしい! ちょっと待って
ちょっと待って これ…。

この辺に置いといていいですか?

ここに ちょっと
置かせていただいて

それで その… バットを見せて…。
じゃあ はい。

これ 王さん
お使いになってるやつですか?

これは 使っているやつでは
ありませんが これは あの…。

いいやつ?
いいバットです はい。

随分 重いものですね。
相当 重いですね。

でも ここに ちゃんと
私の名前を書いてくださって

「祝」っていうのが書いてあって

そこに 王さんのサインが
入っている。

本当 おめでとうございます。
どうも ありがとう存じました。

随分 あの…。

昔 東横線の所で
お会いしてから…。

だいぶ昔で。
そうです。

あれから 何十年も
経ったわけなので。

まあ 王さんといえば
1番という事で…。

これ どうしたらいいでしょう?
はい 私 持ってますよ。

私が持ってます はい。
その方が お似合いだと思います。

でも 入団当時は
背番号1番というのは

非常にプレッシャーだったとか?
そうですね。

高校卒業で入って 1番ですから。
当時は やっぱり

長嶋さんが3番で
広岡さんって人が2番。

皆さん大学出で
スターでしたから

その時の1番っていうのは
やっぱり…。

いい結果が出せないっていうのが
すごく苦しかったですね。

ああ…。

その どんどん
お打ちになるようになったのは?

4年目からですね。
4年目から。

やっぱり 高校生だと

体が まだ そこまで
大人になってませんので。

そうですか そうですか。

ちょっと
1977年9月3日の映像を

ちょっと ご覧いただきます。

♬~

世界新記録 これが…。

あっ! 出たんですね。

756本目のホームランが
出たというところです。

うわっ! 今 手を
上げていらっしゃるんですけど

めったに 手をお上げに
ならないんですか? あんまり。

これ 父親ですが…。
お父様 喜んでいらっしゃる。

兄が やっぱり
野球をやっておりましてね

やっぱり 打った時に
そういう風にすると

相手にね 失礼だという事で

そういう事をしちゃいけない
という事で まあ…。

それまでは 一度も そういう風に
やった事ないんですけど

あの時は… 756号はね

やっぱり 全国の皆さんが
待ってていただきましたから。

そうでしたよね。

あんなに みんなで待った…
毎日 毎日 待ちました。

3日くらいでしたか?
3日間 なかったですね。

だから もう 本当
1日1日 だんだん

プレッシャーになってました。
そうですよね。

毎日 私なんかも
もう 毎日 見てましたけど

もう 毎日 みんなが

今日 打つか?
今日 打つか? って。

要するに 世界の記録のところまで
お打ちになったんだけど

それから1本多く
打つかどうかっていうところ…。

そうですね。
ですよね?

で その間も 引退までに
868本 お打ちになって

いまだに
その記録は破られていないと。

そうですね。 幸いに
まだ 破られてないんですが。

すごいですよね でもね。

なんか 家の近くの
お寿司屋さんへ行ったら

なんか 868本っていうのでね
サービスしてくれましたよ。

そうですか そうですか。

皆さんに
喜んでいただいたようですね。

本当ですよね。
国民栄誉賞も受賞なさいました。

その時のVTRを ちょっと
ご覧いただいてよろしいですか。

「あなたは 前人未到の

756号 本塁打世界記録の
偉業を達成され

明るい社会の発展に
著しく貢献されました」

「よって ここに その栄誉をたたえ
表彰いたします」

「昭和52年9月5日
内閣総理大臣 福田赳夫」

「(拍手)」

すごい。

第1回目でしたから やっぱり
プレッシャーを感じましたね。

そうでしたね。 あの…

王さんの記録をたたえて できた
賞なんですけど

この時 どんな お気持ちでした?

そうですね もう
無我夢中で やってましたので

突然 こういうお声を
かけていただいて

本当 ビックリしたんですが
やはり あの…

これは まあ 私だけが
そうしていただいたんじゃなくて

野球界全体がですね やはり

よく頑張ってるなという事で
表彰されたという風に

私は受けていました。
そうですか。 でも まあ

謙遜なさってるんだとは
思いましたけど。

みんな… 国民の人 みんなが

「王さんで よかった」っていう
気持ちが

こもっていたと思いました。
あの頃ね 本当にね。

それで こちらに
おいでくだすった時に

私は当時…
今は少し マシになりましたけど

当時 本当に野球音痴で

本当に
失礼いたしましたんですけど

お優しく…。
37年前ですね おいでになったの。

37年前の時。 その時のVTR
ちょっと お見せいたしますので。

「今は 巨人軍の助監督を
していらっしゃいます

王貞治さんです。
大変長くなりましたけど

あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」

「いいですか?
この… 持っていただいて」

「持つだけでも重い このバットで

ホームラン お打ちになるんだから
すごいんですけど

ボールは どこら辺に当たるのが
一番いいんですって?」

「そうですね やっぱり…

ピッチャーからボールがきますと
この辺で当たればね」

「印 付けとくわけに
いかないんですかね?」

「こう マジックインキかなんかで」
「そうですね…」

「付けても
構わないんじゃないですか」

「僕は付けませんでしたけど」
「フフフ! でも そこに当たれば

いい球は まず当たるんですか?」

「ここら辺に当たれば 一番
自分の力が負けないんですね」

「ボールは かなりの重さですし
進んでくる勢いがありますから

先の方とか 手元の方に当たると
バットが折れちゃうんですよね」

「で 折れない時でも

全然 力のない打球に
なっちゃうんですね」

あんな つまらない事を
伺っちゃって。

いやいや…。
丁寧に教えていただいて。

あんな事を聞く人
いないと思う…。

本当は あの… 私も そういう事を
聞かれた事なかったので

ちょっと答えるのは
厳しかったんですけど

でも 今 見てみると
いい事を言ってます。

そうですか。
じゃあ よかったですね。

だって みんなも あそこのとこに
当てればいいんだなって

わかればね
あそこへ当ててやろうと

思う人がいるかもしれない。

それから もう1つは 私が

そういう
働いていらっしゃる方の手を

写真の本にしようと思って

手をね 撮らせていただいた事が
あるんですよね。

覚えていらっしゃるかも
しれないけど。

それはね… もう
まめは できてなかったから

ホームランを
お打ちになったあとだと思う。

でも その割とすぐだったと
思うんですけど

とってもキレイな手で。

ちょっと
写真 見ていただきますけども

これです。
そうですね。

やっぱり
まめが もう消えてますね。

そうですね。 この時はね
ちょっと あの…。

ホームランをお打ちに…。
でも そんなにね

うんと あとじゃないんですよ。
はい はい。 そうですね。

現役で やってらした時ですから。

でも やっぱり 長い大きな手でね。
ああ これでだなと。

だいぶ… はい。
いい。

あの頃は 本当 隅々まで 血が
通ってたっていう感じしますね。

これも そうですよね。
握っていただいて。

本当に いい手だなと思って。

で これを本にしようと
思ったんですけど

あのね 続かなくてね あと…
あんまり。

ねえ 本当に
この写真は貴重です。

とても貴重な写真だと思います。

写真撮っていただいて
本当によかったです。

でも まあ いろんな事が
ありましたね あれからね。

そうですね はい。

選手の時は 野球だけやってれば
よかったんですけど。

打つ事だけね。

ところが それ以外は やっぱり
いろんな事がありますので

やっぱり そのつど
新しい発見がありましたね。

そうですか そうですか。

まあ その間に…。

今日は 『徹子の部屋』

1万1111回目の
記念すべき日という事で

素晴らしい方を
お招きいたしました。

なんといっても
「ワンちゃん」と 皆さんから

呼ばれていらっしゃる
1番の方で 背番号1。

とてもおめでたい日に
来ていただいて よかったです。

いやいや 本当 光栄です。

本当 お元気でいらしてね
何よりでしたね。

ありがとうございます。
本当に。

それから
再婚も なさったんですってね?

はい。 あの…

おかげさまで
支えてくれる人ができて。

やっぱり 年とともに
独りでというのは

なかなか しんどくなりまして。
つらいですね。

で まあ なんていうかね

仲間っていうかね
同志っていうようなね 感じで。

私を支えていただいてます。

よかったです。 18年前ですか?
奥様 亡くなったの。

はい 19年になりますね。
19年になりますか。

その間に まあ 13年前に
胃がんの手術をなさるとか。

でも お嬢様が
3人いらっしゃるので

まあ いろいろね
やってくださったと思いますが。

女の子でよかったと思ってます。
そうですね。

男の子じゃ あんまり…。
そうですね。

家の用事に… ならないかも。

でも お食事なんかには
気を使ってらっしゃる?

はい やはり 食事はですね

特に胃を取ってからは
やっぱり 消化のいいものとか。

全部 お取りになったんですか?
全部 ないんです。

あっ そうなんですか。
だから 特に最初は

苦労しましたね。
もう 今は ほとんど…

一般の方と変わらないんですが。
あっ そうですか。

胃がないと
どうなっちゃうんですかね?

ストンと入っちゃう?
そうですね…。

とにかく
普段は全然感じないんです。

そうですか。
感じないんですけど

最初は おなかすいた
っていうのは なかったですね。

そういうのがね。
ええ。 食べて

その…
おいしかったっていうかね

味も あんまり
よくわからなかったですね。

そうですか。

やっぱり 多分
胃を取った人たちは

みんな 最初の5年ぐらいは

本当に苦労されたと思います。

でも まあ
いずれにしても お元気で。

おかげさまで… はい。
ねえ。

それが何よりだと思います。
そうですね。

さて コマーシャルを
ちょっと挟みまして

お父様としての王さんと
それから

108歳まで長生きなさった
お母様のお話を

ちょっと伺いたいと思いますので
ちょっとコマーシャルです。

3人のお嬢様が
いらっしゃいまして

また お名前が
理香さん 理恵さん 理沙さんで

全部 理科の「理」という字が付く。
それは 訳がある?

これはですね やっぱり

女の子ですから まあ

お嫁に出すという事で

ですから せめて「里」は

里は「王」だよという事で。
そうか!

「理」という字はね。

そういう意味で 3人に
付けました。

可愛い みんな。

そうですね。 こんな…

こんな時があったんですね。

そうですね 可愛い。 そうですか。

やっぱり お嬢さんだと
可愛いでしょうからね。

そうですね。 やっぱり 女性で…
先ほど言いましたけど

女の子でよかったというね。
そうですよね。 男の子だったら

野球の選手にするのかとか
どうとかね。

周りもうるさいですしね。
そう 可哀想。

あの… 37年前に
こちらにおいでになった時に

ご自分が父親としての話を
ちょっとしていらっしゃるVTR

見ていただいてよろしいですか?
ご覧ください。

「お家では なんですか?
全部… お嬢様 3人いらして」

「全部が周り 女性なんですって?
奥様も含めて」

「そうです。 全部 女性で… はい」

「どうしていらっしゃるんですか?
お家では」

「そうですね 家では 僕は
デン! っとしたままです」

「しかも デン! っとしてる時に
割と なんか

お召し物なんか
ほとんど ないんですって?」

「夏ですと
パンツ1つの時もありますし」

「お風呂からですと
そのまま出てきますし」

「うわー そうすると お嬢様たちは
その お父様のそういうのを

どんな風に… もう随分
大きくていらっしゃるでしょ?」

「一番上の方が」
「中学1年ですか」

「次が?」
「6年生。 それで4年生です」

「全部 お嬢様で」
「もっと… 本当に小さい時から

そうですから 僕が」
「ああ…」

「だから “イヤね"とは
言いますよ もちろんね」

「でも 言いますけど…」

「それこそ じろじろ
見るわけではありませんしね」

「お家が全部 女性だとね…
しかも お家にいらっしゃる時は

割と少ないとすればね
ああいうのが男の人か…」

「でも いい見本も皆様
見ていらっしゃるわけだから

あれですけど」

ねえ 本当…。
面白い。

父親らしい事は全然してないので。

本当にもう
野球 野球 野球でしたから

その分 女房も

苦労したと思うんですね。

そうですよね。
確かに そうですよね。

他の事を考えていらっしゃる暇

ないでしょうからね。
そうですね。

特に こうやって
野球の事をやってましたから

随分 女房にも 子どもたちにも
苦労かけましたね。

そうですね きっとね。
まあ もちろん

お父様が王さんという誇りは
あっただろうけど

ちょっと
寂しかったかもしれませんね。

…と思いますね。
次女の理恵さんが

『徹子の部屋』で お父様の話を

今年の2月に
してくださってるので

ちょっとご覧ください。
はい。

「どんなお父様でした?」
「そうですね あの 私が…」

「引退したのが
私が小学校5年生の時で」

「あっ そうだったんですか」

「現役の頃は 私は
小学生だったんですけれど

やっぱり
野球に生きていた父だったので

あんまり父親らしい事を

してもらえなかった
っていう気持ちが

子どもの頃は
強かったですね」

「可愛い写真 これ…」

「これは 箱根だと
思うんですけれど」

「まあ 冬は
シーズンオフなので

一緒に
旅行に行けまして

こういう風に
一緒の時を

過ごして
くれたんですよね」

「楽しかったでしょ? こういう時」
「はい。 もう この時だけが

家族で一緒にいられる
時間だったので」

「ええー! “王 御一行様"」

「毎年 お正月に 親族で

箱根に旅行に行ってまして」

「そうすると こうやって
父もリラックスした感じで」

「本当ね。
でも “王 御一行様"って」

「もう 旅館に着くと

まず “王様"っていうのが
玄関の所に書いてあって」

「王様だものね」
「はい」

本当 王様御一行っていうような
お名前 いいですよね

とってもね。
本当に 今 娘が言ってましたけど

本当に あの…
家庭孝行っていうか

家庭サービスというか
そういうものは

全然頭になかったものですから。
頭になかった?

なかったんですね はい。
なるほど。

やっぱり それは 野球の事だけ?
そうですね。 本当に 野球には

のめり込んでました。
でも そうじゃなきゃ

あれだけの記録は出せないと
思いますよね。

…と思いますね。
私は そう思いますけど。

王さんのご両親は

中華料理屋さんをやってらして。
はい そうです。

2人そろって
ずっと働いてました。

そうですか。
おいしかったんですってね。

…と言われて
いるんですけど。

私も もう
毎日のように

食べてましたから

味の方は もう
当たり前だと

思ってましたね。
五十番?

五十番です
はい。

お店の前で
こんな事やって。

そうですね。
これは

押上っていう…
墨田区の押上

っていう所で
やってたんですけど。

やっぱり
近所の評判は

良かったみたいですね。
そうですか。

お父様は
仕福さんとおっしゃる…。

そうです。 はい。
口癖が

「いつも 息子が
お世話になっております」って

皆さんに おっしゃって。
はい。

お母様も「悪いところがあったら
叱ってやってください」って

いつになっても
そう おっしゃってらしたって。

そうですね。 やはり あの…
近所の人に支えられて

その商売も成り立ってるし
という事で。

だから 周りの人にね

自分ができる事は
してあげなさいっていうのが

両親の教えでしたね。
なるほどね。

ご両親は よく
試合 見に来てくださってた…?

自分たちが仕事終わったら
野球は見に来てくれました。

そうですか。 お忙しいのにね。

やっぱり 息子の晴れ姿を
ご覧になりたいっていう…。

とにかく… やっぱり
父親も 熱い人でしたから。

なんか… 野球場へ来ても
自分の息子が打てないと

周りの人がビックリするぐらい
大きな声で

中で騒いでたようです。

文句 言って…。 そうですか。

756号のホームランの日も

見にいらした時の
なんか お写真があるそうですよ。

ちょっと
ご覧ください。

あっ この日ね。
これ 最後の…

試合が終わったあとね。

予定になかったんで

本当に 普段の格好で
来てるんですけど…。

下りてきてくれましてね。
お父様と お母様が?

そうなんです。 はい。

「祝」っていう… 本当だ。
本当ですね。

旗を…?
はい。

もう本当に…。

これが 一番
やっぱり 私の野球人生の中で

一番 うれしい写真ですね。
そうですか。

で 王さんは 後ろで
ちょっと お辞儀してらしてね。

本当に 親孝行もできたし

それで 世界的な記録も
できたしっていう…。

とっても うれしくていらした日
だろうとは思いますけれども。

でも お母様は その日
差し入れとして おリンゴと…。

それから 私 それが
もう 胸打たれるんですけど

鈴虫を 虫籠に入れて
くださったんですって?

これはですね 母親は
いろんな事で頭をひねって

私に「頑張れ」っていう形で

いろんなものを
持ってきてくれたんですけど

その時は ちょうど
鈴虫だったんですね。

ちょうど 時季的にも
ぴったりなんで。

ええ。

やっぱり 親っていうのは
ありがたいものですね。

そうですよね。
誰も 鈴虫なんて

考えもしない
ですよね。

そうですね。
やはり どうしても

食べ物とかね
そういう事に

なっちゃいますからね。

なんて素敵な…
素敵なお母様だったの。

その日 打てたんですか?
打てました。

よかったですね!
鈴虫のおかげで。

そうね。 鈴虫のおかげ。
でも そうですよね。

そこで 鈴虫っていうところが
本当に素敵だなって思いますね。

母親の思いですね。
そうですよね やっぱり。

こう なんか 静かにさせてやろう
というようなね 感じが。

お母様は 108歳まで…。
はい 108歳まで元気で。

ご長寿でいらっしゃいましたね。
そうでしたね。 はい。

父親は 85歳だったんですが
母親は 108歳まででした。

そうですか。
はい。

じゃあ ずっと その間
王さんの活躍を見ていらして。

そうですね。
本当に 母親は

もう ずっと
働き詰めで。

子どもも
6人 産んで

本当 やっぱり
女性の人は

強いなっていう風に
思いましたね。

じゃあ お母様の人生は
幸せだったと お思いですか?

そうですね。
まあ 大変だったと思うけど

幸せだったと思います。

108歳まで…。
そうですね。

本当に 気丈に生きた人でしたね。

ご立派な方なんですね。
そうですね。 はい。

来年は オリンピックがありまして
12年ぶりに野球が…。

そうですね。 まあ とにかく

オリンピックの正式種目にね
復活できたんですから

なんとかして…。

まして 日本で開催される…
東京で開催されるから

なんとか いい成績を
出してほしいですね。

野球の世界大会 プレミア12
っていうんですかね。

それは 11月から開催…。

これは ちょうど
オリンピックの前に

やはり 選手たちが…

オリンピックに出るような選手が
戦いますので。

面白い。
だから ちょうど…

なんですかね?
準備運動みたいなもんでね

これで やっぱり
手応えを感じたりなんかして。

で 来年に…?
そうですね

つなげるという事ですね。
そうですか。

もう 最後になるんですけど
ちょっと あの…。

これ いただいたものですけど
これを ちょっと 構えてですね

王さんが どんな風に これを
お持ちになったかっていうのを

みんなの目に
焼き付けておきたいので。

立てるでしょうか?
わかりませんが。

そこで よろしいですか?
はい…。

私はですね…

今の人は
よく やってますけど

こういう 足を上げるね…

こういう
足を上げる構え方だったんで。

ええ そうですよね。

だから 今 一本足だと
なかなかバランスが取れなくて

お恥ずかしい姿を お見せしまして
申し訳ないんですけど。

もう 若い時は
本当に 毎日 立つ練習を。

あれ やって…
やっぱ 練習なさったんですか?

ずっと立ってる練習をしまして。

やっぱり バランスですので。

ですから やっぱり 壁に向かって
立つ練習をしてました。

だから いつも
片足 こう 上げてるんだ。

そうですね。
でも ちょっと握っていただいて。

はい はい。 こうですね。
こんなですよ 皆さん。

王さんが握ってらっしゃいますよ。
こうですね はい。

うわー 格好いいんだ。 ハハハ…。

これで お打ちになったの
世界の記録を。

ねえ 素敵。

バットを持つと
なんか 別人になれるみたい。

そうですね。 本当 そう思います。

来年は
80歳に おなりだそうですけど

80歳に おなりになった
っていう事で 何か あります?

そうですね…
やはり ある程度 体の方は

徐々に ちょっと
老化してるっていうか

そういう感じは
結構 自分でも感じますけど。

でも 気持ちさえ
しっかりしてればと思ってるんで

やっぱり 野球に
どんどん どんどん

もっと もっと 今まで以上に
のめり込んでいきたいなと

そのように思ってます。
ちょっと 今の王さんの

そのサインの所を
見せていただいて。

これが 王さんからいただいた…
大事にいたします。

バットの…
王さんのサインでございます。

ありがとうございます。
本当に…。

できたら また
いらしていただければと思います。

本当に ありがとうございました。
ありがとうございました。

(拍手)


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