先人たちの底力 知恵泉「突然 リーダーに抜擢された時 武田勝頼(前編)」名門武田家を束ねていくまで…



出典:『先人たちの底力 知恵泉「突然 リーダーに抜擢された時 武田勝頼(前編)」』の番組情報(EPGから引用)


先人たちの底力 知恵泉「突然 リーダーに抜擢された時 武田勝頼(前編)」[解][字]


父・信玄に比し暗愚と言われてきた武田勝頼。実は信玄に引けをとらない優秀な武将だったという。前編は突然、後継者となった勝頼が名門武田家を束ねていくまでの知恵を探る


詳細情報

番組内容

戦国時代、敗れた者からの教訓を探る2回シリーズ。取り上げる人物は偉大な父の後を継いだ息子・武田勝頼。“甲斐の虎”と称された父・信玄に比して暗愚の将と言われてきた勝頼。実は信玄に引けをとらない優秀な人物だったという。なぜそんな人物が武田家を滅亡へと導いてしまったのか。前編は信玄の四男にもかかわらず、突然、武田家の後継者となった勝頼が、運命の荒波と向き合い、名門武田家を束ねていったか、その成功を探る。

出演者

【出演】名越康文,駿河台大学教授…黒田基樹,遼河はるひ,【司会】新井秀和



『先人たちの底力 知恵泉「突然 リーダーに抜擢された時 武田勝頼(前編)」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

先人たちの底力 知恵泉「突然 リーダーに抜擢された時 武田勝頼(前編
  1. 勝頼
  2. 信玄
  3. 自分
  4. 家臣
  5. 武田
  6. 武田家
  7. 諏方家
  8. 家康
  9. 今日
  10. 信長
  11. 戦国大名
  12. 当主
  13. 頑張
  14. 後継者
  15. 四郎
  16. 言葉
  17. 高天神城
  18. 三方ヶ原
  19. 心配
  20. 人間


『先人たちの底力 知恵泉「突然 リーダーに抜擢された時 武田勝頼(前編)」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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辞令。 子会社より
親会社の代表取締役社長に命じる。

えっ! マジ!?

いや~ 遼河さん
今日は ようこそ お越し下さいました。

お邪魔します。
どうぞ。

あっ ありがとうございます。
一杯 飲んで下さいよ。

あ~ 当たっちゃった。

すいませんね。
ちょっと緊張してしまいまして。

いえいえ。
フフフフ… いや 私 これでもね

四代目になって
もう1年半以上たつんですけれども

まだ ちょっと緊張してるんですが
大丈夫ですかね。

大丈夫ですよ。 もう手慣れた手つき。
はい そうですね。

まあ だいぶ板に付いてきてるのでは
ないかと思いますけど。

そうですか?
お褒めの言葉を。

ねえ よかった~。
前の店主とも引けを取らないで。

(遼河 新井)あっ。
もっと言って下さい。 フフフフ…。

この笑顔がね すてきですからね。
いやいやいや。

最近ね ちょっと料理とかも頑張ってね
おいしいのをね。

おいしそうな いい香りが。

お二人の前にあるのは
「鳥もつ煮」っていうもので。

鳥もつ煮。
これ あの 山梨県では

定番のおつまみという…。

そうなんですよ。 何で この鳥もつ煮を
出したかといいますと

山梨県を拠点としていた
ある戦国大名に

スポットを当てようと思ってるんですよ。

先生 山梨といえば あの大名ですよね。

そうですね。

あ~。
そうですよね。

東国では最大の
最強の戦国大名といわれた存在ですね。

山梨で武田といったら
あの武将だと思いますけれども。

そうですよね。
さあ どうなんでしょうか。

あらら?

(叫び声)

時は戦国。

全国で モノノフたちが
血で血を洗い 天下を目指した時代。

野望を胸に あまたの武将が現れ
乱世の荒波に露と消えていきました。

そうした中 「戦国武将・最強」と
恐れられた男がいます。

甲斐の虎…

固い絆で結ばれた家臣団を束ね

天下無双の武田軍団を率いた信玄。

しかし 今日スポットを当てるのは…。

その息子 武田勝頼です。

勝頼は 27歳の時
突然亡くなった 父 信玄の跡を継ぎ

武田家当主となりました。

信長や家康といった 百戦錬磨の
つわものたちと無謀にも戦い

ついには 名門武田氏を滅亡させた
張本人として悪名高い武将。

そんなことから 勝頼は
「暗愚」だとか「無能」だとか

何かとバカにされることも多いようです。

ところが あの織田信長は…。

「勝頼は
油断ならない敵である」。

更に あの天下人 徳川家康も…。

偉大なる父と常に比べられ

何かとケチのつく
武田勝頼の実像に迫る2回シリーズ。

前編は 名門家を背負い奮闘する
勝頼の姿から

組織を受け継いだリーダーの
心構えを探ります。

今回 知恵を読み解くのは

テレビの
バラエティー番組でもおなじみ…

いざという時 潜在能力を
最大限 発揮するには

どう心を
整えればいいのか?

心理学や 自身の臨床経験などを基に

メディア出演や 執筆活動など
多彩な活躍を続けています。

武田家の若きプリンス 勝頼の頭の中に

心のスペシャリスト 名越さんが迫ります。

どうも こんばんは。
こんばんは。

お待ちしておりましたよ 名越さん。
いい匂いしてますね。

どうぞ どうぞ どうぞ こちらに。

どうも失礼します。
いらっしゃいませ~。  こんばんは。

こんばんは。
名越康文さんでいらっしゃいます。

ようこそ お越し下さいました。
よろしくお願いします。

精神科医としてだけでなく
テレビのバラエティー番組などでもね

大活躍でございますけれども。
何をおっしゃいます。

今日は ちょっとね 戦国時代のお話を

味わって頂ければと思うんですけれども。

名越さんとしては
この勝頼 どんな印象ですか?

今までの世間の評判が厳しいので

ねっ やっぱり…

そういう気はありますよね。

今日はね その心の達人とも言える
名越さんにね

勝頼の心の内を
ちょっと探って頂こうと思いますので

こんなメニューを用意させて頂きました。

こちらでございます。

お~。
皆さん お酒お好きそうな感じだったので。

じゃないと ここにね。
ああ そうですね。

もう利き酒ですよ 今日は。
いいですね 利き酒。 すてき。

あの ご主人…

あっ 実はね…

えっ? あっ! 本当だ。
あっ… あ~! 本当だ~。

そうなんですよ。
でも 何か こう お酒の名前が

すごい 結構ちょっと 強烈ですね。

いかめしい…。
「戦い」とか 「乱」とか。

ちょっと いかつい感じがしますよね。

ちょっと味もね ちょっと…。
これは…

ですかね? まろやかではなさそうな。

どうですか 名越さん。
気になる お酒ありますか?

いや この中でいうと
この「三方ヶ原の戦い」

これは ちょっと印象的で

あの天下の徳川家康がですよ
こ~んな顔して

それをまた 自分で描かせたといわれてる
っていうのが

自分を律するために そういうことを
やったのかとは思いますけど。

でもね それね 最近の研究だと…

えっ!? えっ そうなんですか?

落ち込んでるところを
わざと描かせたっていうのは…。

はい。 それは あとで つくった伝説。

え~!
どうも 江戸の後半あたりで

つくらせたっていうようなことが
分かってきて。

へえ~。
早速 新たな発見がありましたね。

だって覆るもの。
いつも最先端なものじゃないと。

そうですね。 今日は どんどん
覆っていくかもしれない。

では 早速 その三方ヶ原の戦いから
味わっていこうと思うんですけれども

先生 ちょっとあの
常連ということで恐縮なんですが

あの瓶 取って頂いていいですか?
あっ 取ってくるの?

ええ すいません。
いやいやいや。

何か 人使いが
荒くなってきましたね この店ね。

すいません。 ちょっと
1年半もやってると だんだん こう…。

でも 一升瓶が お似合いな先生。
ねえ。

早速 これですよ。 どんな味がするのか。

これはね 勝頼の人生のように

深いうまみと
コクのある お酒でございますので

味わって頂きましょう。

いい音~。
いい音してる。

わあ~。

静岡県浜松市。

浜名湖の東 崖の上に広がる 三方原台地。

元亀3年12月22日。

信玄率いる武田勢は この地で
徳川家康の軍勢とぶつかりました。

この時 一武将として参戦した勝頼は

戦場を果敢に駆け回り
武田の勝利に大きく貢献しました。

最強軍団の一翼を担い 奮闘する勝頼。

実は どうしても
頑張らなくてはならなかった

複雑な訳がありました。

天文15年 武田勝頼は

甲斐の戦国大名 武田信玄の
四男として生を受けました。

しかし その幼少期は 四男だから
「四郎」と呼ばれていたこと以外

詳しい記録は残っていません。

その理由は 四郎の母 諏方御料人の存在。

諏方御料人は
信玄に侵攻を受けた領主の一人

諏方家から連れてこられていました。

信玄のいわゆる側室の立場でしたが

依然 家臣たちからは
武田家の敵として警戒されていたのです。

そして ほかならぬ信玄も
側室の息子 四郎を

武田家の人間とは
認めていなかった節があります。

元服した四郎に
信玄が授けた名前は「勝頼」。

「頼」は 母方の実家 諏方家で
代々 名乗ってきたもの。

武田家の男子が用いる「信」の字は

兄弟の中でも
勝頼にだけは与えなかったのです。

17歳になると
勝頼は 諏方家ゆかりの地

高遠の城主となり

諏方四郎勝頼と
名乗るようになります。

高遠の建福寺には
勝頼によってつくられた

母 諏方御料人の墓が残っています。

勝頼は 高遠の地で 母を弔いながら

諏方家の当主として
生涯を過ごすつもりでした。

ところが 転機が訪れます。

四郎様 義信様が。

何だと!? 私が武田の跡継ぎだと?

武田家を継ぐはずだった 信玄の長男

すなわち 勝頼の兄 義信が

外交方針をめぐり 信玄と激しく対立。

あろうことか
父 信玄の暗殺まで企てます。

これを察知した信玄は 義信を幽閉。

そして
死にまで追い込んでしまったのです。

次男は 幼い頃に失明し 既に出家。

三男も 早くに亡くなっていました。

そのため 諏方家を継いでいた勝頼が

武田の後継者の一番手になったのです。

四郎 くれぐれも励むのじゃ。
ははっ!

運命のいたずらにより
急きょ 後継者に祭り上げられる勝頼。

しかし そんな勝頼に対し
冷ややかな視線を注ぐ者がいました。

信玄ゆかりの武田の家臣団です。

「なぜ諏方家に行った男を
武田に呼び戻すんだ」と…

中でも 山県昌景や内藤昌秀など

ベテランの重臣たちは 勝頼をすんなりと
後継者として認めてはくれません。

どうやって家臣たちの支持を得るか。

悩み抜いた勝頼が出した答えが…。

そう 三方ヶ原の戦いで発揮されるのです。

ここで 今日 1つ目の知恵。

武田勢は 京を目指し進軍中でした。

軍勢は遠江の徳川領にさしかかり

家康の本拠 浜松城の近くにまで迫ります。

一方 家康は籠城し
信玄を討伐しようと待ち構えていました。

しかし 信玄は
家康の立て籠もる城を無視し

三方ヶ原に向けて横切っていきます。

宿敵 信玄は戦う意思がないと見た家康。

城を出て 武田勢に
背後から襲いかかります。

ところが これは
家康を城からおびき出す

信玄の罠でした。

信玄は
軍勢のきびすを素早く返すと

正面から迎え撃ったのです。

一進一退の攻防が続く中

武田家の重臣 山県昌景が
危機におちいりました。

山県は 勝頼に
厳しい目を向けていた家臣の一人。

そんな山県を勝頼が救います。

山県隊が大きく崩れ
かかろうとした時…

勝頼は 山県を助けるだけでなく

敵武将63人を討ち取る大活躍。

武田と徳川が真正面でぶつかった
三方ヶ原の戦いは

武田の大勝利に終わったのです。

勇猛果敢な勝頼の活躍は 更に続きます。

大軍の上杉勢と相対した時は

わずかな手勢で急行し
その気迫で押しとどめ…。

北条勢との戦いでは
勝頼は 隊のしんがりを務め

追い打ちをかける敵武将と
馬上で一騎打ち。

城攻めでは 相手の隙をついて
裏手から果敢に侵入。

見事 攻略の糸口をつけました。

一連の活躍は 勝頼に批判的だった
家臣たちの印象を

大きく変えていきます。

そして 父 信玄も…。

戦場での頑張りによって

名実ともに
後継者と認められつつあった勝頼。

しかし その運命は
再び波乱に巻き込まれていきます。

(鳴き声)

元亀4年4月12日。
信玄が 突然 亡くなります。

武田家のトップには 勝頼が就きました。

しかし 当主の勝頼に対して
家臣たちは 再び冷ややか。

命を懸けて あまたの戦場で手柄を立て

みんなに認められたはずなのに
一体 どうして?

その理由と考えられるエピソードが

後に武田家の家臣が記した
「甲陽軍鑑」に記されています。

それは 信玄が亡くなる直前。

勝頼たちに遺言を残す場でのこと。

四郎…。

よいか?

陣代とは 仮の当主のこと。

正統な後継者は
勝頼の子 信勝であり

彼が元服するまでの
中継ぎをしろというのです。

「仮の当主で
武田家を守っていけるのか」。

信玄の急死で
ショックを受けた家臣たちが

自分たちの先行きを心配し始めたのです。

不安は 領国全体に広がっていきました。

勝頼では 自分たちを守ってくれないと

織田や徳川との国境を守る武将たちも 

寝返りだす始末。

鉄の結束で知られた武田軍団は

信玄の死により 一転して
崩壊の危機にひんしてしまいます。

そこで 腕っぷしには自信のある勝頼。

反対勢力を次々と粛清して
家中の風紀を取り締まる

…なんてことはしませんでした。

勝頼の策をうかがえる史料が
残っています。

これは信玄の側近を
長年務めてきた重臣 内藤昌秀に宛てて

勝頼が送った起請文です。

家中でも 勝頼と
特に折り合いが悪かった内藤に対し

勝頼は…。

「これからも あなたを懇切に扱います。

決して粗略には扱いません」。

「あなたの意見には

耳を傾けることに
します。

処罰したりは
しません」。

勝頼は 武田内部に渦巻く
不安の根っこには

自分が もとは
諏方家の人間だったことがあると

考えていた節がありました。

「諏方家ではなく 武田家の当主として

私は 武田の家臣を第一に考える」。

いわば 「武田ファースト」の姿勢を
起請文に込め

不安を取り除こうとしたのです。

また勝頼は 美和神社に
新当主としての意気込みを記した

願文も奉納しています。

美和神社は
本来 家督を相続するはずだった

兄 義信と ゆかりの深い場所でした。

兄への敬意を示すことで
自分が武田の人間であることを

更にアピールするねらいがあったとも
考えられます。

そんな姿勢が功を奏したのでしょうか。

信玄の死後
バラバラになりかけた家臣たちも

再び まとまりを見せ始め

ひとまず分裂の危機を回避しました。

繰り返されるアウェーの状況で

勝頼は 常に反対勢力に飛び込んで

自分のよって立つ地位を
確かなものにしていったのです。

う~ん ということなんですね。

どうですか 最初1本目のお酒の味は
遼河さん。

ちょっと ほろ苦いですね。

やっぱり こう 戦国大名の
勇ましいイメージとは ちょっと違って

もう生まれた時から
背負うものが違いますよね。

そういう意味では
この諏方家っていうのは

やっぱり かなりの名家だったんですか?

諏方家自体は 相当の名家になりますね。

武田と匹敵するぐらいの。
ああ…。

諏訪大明神を守る
神主の家柄で

もう あの 信濃の国においては
抜群の存在感ですね。

そこに まあ 息子を送り込んだ
っていうところですね。

うん うん…。
でもね 名前といえばですよ。

改めて見て頂きたいのがね
こちらなんですよ。

「勝頼」という名前ね。

ほかは みんな この「信」という字が
付いてるのに 付いてないと。

母方の諏方家を受け継いだから
こうなってるわけですけれども。

何か やっぱり ちょっとね。
いや こうやって並べられると

すごい違和感が 僕なんか ありますよ。
だって 何か

諏方家を受け継いだって言われると
いい言い方ですけど

正室と…
母親が正室と そうじゃない諏方と

そこを差別というか
区別されたって言われると ちょっとねえ。

まあ でも…

自分は もう武田家ではない 諏方だと。

完全に諏方の人間になっていた
っていうところから

今度は 武田家の
当主にさせられるっていうのは

大変なショックなことで。
普通 言うたら こういうの

「アイデンティティの崩壊」
って言うんですけど。

もう自分の自我自体が不安定になって
当たり前だと思うんですよ。

でも 先生 どうなんですか?
家臣たちの冷ややかな視線っていうね

言葉もありましたけれども
家臣たちの思いっていうのは…。

そうですね。 勝頼は一族なんですけれども
「信」が与えられていなくって

「勝」っていうのが
与えられてるんですけど

「勝」っていうのは 信玄が
「信」を与えるランクではない

家老クラスに与える字なんですね。
うわ~。

周りにいる家臣たちは やっぱり

何だ… そういう目で見ますよね
やっぱり。

まあ そうでしょうね。 やっぱりね。

一応ナンバー… 一門のナンバーワン
っていうふうになっておきながらも

やっぱり ちょっとね…。
ちょっと下に見るじゃないですけど。

軽んじますよね。 うん。

ねえ。 でも そんな中で
勝頼の知恵ですよ。

反対勢力に身を任せろということでね。

まあ合戦で頑張ったりとか

あと おもねる姿を
ちょっと こう 見せたりとかしてね。

家臣たちが喜ぶことを
こう あえてやるわけですよね。

僕 あれもね ある種 異常なほどの能力を
出してるっていう感じがするんですよ。

もう 自分から突っ込んでいって
一番槍というかね。

それをすることによって信頼を得る。
先に。

これは もう必死ですよね。
なるほど なるほど。

そこで活躍をして

信玄をして凡人じゃないっていうふうに
言わしめることによって

やっぱり 認知を受けて

跡取りにふさわしいっていう状況が
生まれていくってことですね。

やっぱり その熱量というかね。

反動形成って 僕ら呼ぶんですけど

すごい強大なお父さん
そのお父さんに対して

恐怖心が すごくあるっていうのは
否めないと思うんですよね。

そういう時に 恐怖心で おじけづく人と

もう お父さんこそ正しいですと。

怖い怖いお父さんを
過剰に取り込むことによって

もう お父さんのためだったら

命を捨ててもいいです
っていうふうな形で

自分の父親に対する恐怖心を払拭すると。

そういうふうな動きもあったのかも
しれないなっていう気がするんですよね。

反動形成。
反動形成。

もう お父さんが大好きだって こう
自分をごまかすわけですね ある意味で。

なるほどね。

でもね 最初は 頑張って武功をあげる
っていう話もありましたけれども

途中 おもねるような部分も
あったじゃないですか。

やっぱり
本家に入って継いだわけですから…

最初っからの跡取りであれば

もう ちっちゃい時から
信頼関係が形成されているので

すんなりと 家督の移行が
できるわけですけど

勝頼としては 精いっぱい 自分の方から

信頼関係をつくるためのアプローチをした
っていうことだと思うんですけどね。

いや だからね
結果オーライでよかったけれども

それこそ さっきの
僕の説の反動形成っていうか

「お父さんの部下も大好きですよ。

私は もう あなたたちと
仲よくやりますよ」っていうことが

まさに 戦略としてやってる部分と
無意識としてやってる部分っていうのは

人間 なかなか
分かちがたいじゃないですか。

これを作戦としてやってるんだったら
いざとなったら

ビシッと言うってことができるんだけど

一方では 恐怖心から
すごく仲よくやってると

もう おもねるばかりっていう感じにも
なりかねない。

バランスが すごく難しいですよね。

往々にして やっぱり
敵を懐柔するというか

そういうことに たけてる人は

一方で 決断力がなくなる
っていうようなことが

ありうると思うので…。

なるほどね。 でもね 組織の中で
うまくやっていくっていうことで言うと

遼河さんも伝統ある組織の中で
いろんな先輩もいたんじゃないですか?

そうですね やっぱり あの~
いきなり 劇団に初舞台で入ると もう

何十年上の先輩から
たくさんいるわけであって

そこで同じ舞台で役をもらって
やるってなると… ねえ。

もらえない先輩もいるわけでしょ?

若い時って それをするよりも…

味方として入ってみる。

どういう心持ちで 私に ひどいことを…。
言ってるのかっていう。

やっぱり 先輩は
経験を経ての それなので。

自分は まだ1年目で
経験をしてない場合は

やっぱり そこに入っていって
いろいろ聞いてると

「ああ なるほど。 こういう意味があって
先輩は こう言ってるのか」とか

そういうのが分かるので…。
ああ すごい。 かわいがられますよね。

一緒ですね。 一緒ですねっていうか…。
ねえ。 本当だ。

通じる部分がありましたね。

さあ こうしてですね 内部の人間関係に
心を砕いた勝頼なんですけれども

まあ 戦国時代ですから
当然 周囲の大名たちとも

争いがあったわけですよ。

そこで味わって頂くのが
2本目のお酒なんですね。    は~い。

こちらです。

これですね。

高天神城。
はい。

これはね すっきり爽やか。
すっきり爽やか。

何か こう 非常に
危険な色 してますけど。

そうなんですか?
確かに。

どうでしょうか?

味わって頂きましょう。

お~。

父 信玄の死後 内部分裂の危機を
なんとか乗り切り 後継者となった勝頼。

しかし 息つく暇もありません。

今度は 国の外側
敵対する大名との戦いが待っていました。

特に 西側で領国を
接していた敵が

織田信長と徳川家康。

信玄の死によって

武田が
混乱におちいる中

信長は 同盟国である
朝倉 浅井を

続けざまに滅ぼし

家康は 東海地方にも

その勢力を
広げつつありました。

この時 徳川に下った
武田の城があります。

高天神城です。

遠江と駿河の国境近くに位置し…

…とまでいわれた要衝。

父 信玄が晩年に攻め落とした この城が

再び
徳川のものになってしまったのです。

お館様 どうされましょう?

う~ん。
お館様!

織田 徳川が 力をつけ
信玄亡きあと 武田に迫り来る中

勝頼の下した判断とは
一体 何だったのでしょう?

これは 高天神城を奪われた時の勝頼が

配下の武将たちに送った通達書です。

記されているのは 出陣にあたっての
武装や人員に関する規定。

「乗り替え用の馬を

必ず 連れていきなさい」。

史料からうかがえるのは
勝頼が 信長たちの侵攻に対し

ひるまずに
反撃を仕掛けようとしていたことです。

武田氏に関する著作を
数多く発表してきた平山 優さんは

この時の勝頼の思惑を推測します。

外敵の脅威が迫る中
勝頼は攻めに転じ 実績をつくることで

自身の権威を盤石にしようと
試みたのです。

天正2年1月。

戦いの火蓋が切られました。

勝頼は 信長が支配する東美濃に向けて
出陣したのです。

「まさか 攻めてくるとは!」。

信玄の死後1年足らず

家中の結束が揺れていると踏んでいた
信長は 油断していました。

勝頼は そこをつき
一気呵成に 18もの城を奪取。

しかも
奪い取った城のある東美濃地方は

勝頼のいる甲斐から見ると
信長の本拠 岐阜

そして 家康の拠点 岡崎
双方を狙える

戦略上 重要な場所だったのです。

勝頼は 攻める手を緩めません。

家康に奪われた高天神城に
狙いを定めたのです。

「やられたら やり返す」。

この時 勝頼は
巧みな戦略で攻め込みました。

2つの峰に分かれた高天神城に

徳川勢は
いくつもの砦を敷いていました。

まず勝頼は 西ノ丸に攻め入ろうとします。

兵糧の供給を断つことで
敵の戦意をくじこうとしたのです。

数週間にわたる粘り強い攻撃により
武田軍は 西ノ丸を占拠。

これをきっかけに 高天神城全体は
次々に降伏していきました。

この勝利は 家臣たちの勝頼に対する
絶対的な信頼へと つながっていきます。

領内の人々の間で

こんな声も
ささやかれる中…。

父の宿敵 上杉謙信をはじめ
周囲の戦国大名も

一目置くようになります。

特に信長は
勝頼を絶賛する言葉を残しています。

「勝頼は若輩ながら 油断ならぬ敵である」。

大胆に攻め 勝ち続けることで

味方を束ね 敵にも認められた勝頼。

ここに 真の当主 誕生。

いかがでした?
弱音を吐かないって いいですね。

私も今 「宝塚時代の時 どうだったかな」と
思ったんですけど

弱音吐かない方がよかったなと
思いました。

吐きましたか?
やっぱり 何か… そうですね

弱音を吐かずに それだけいけたら
結構 美しかった…。

生き方として美しかったなと思いますし
勝頼 すごいなと思いました。

しかも…

…っていうのが また すごいですよね。
勢いが すごい。

先生 やっぱり
この勝利の影響っていうのは

大きかったっていうことなんですね?
そうですね。

大体 戦国大名の代替わりになると
敵方 攻めてくるんですね。

やっぱり 代が替わった時に
いろいろ ごたごたが起きるので

それが うまくいってないうちに
攻めちゃおうみたいな。

で やっぱり いくつか
寝返ったりとかされていたので…。

それを そのまま放置してしまうと

頼りがいがないっていうレッテルが
貼られちゃうんですよ。

やっぱり ちゃんと奪い返して
報復をすることで 自分の勢力を維持する。

それが やっぱり戦国大名の姿勢ですよね。

ある種 敵討ちするみたいなものですね。
そうですね。

やられたら やり返す。
ちゃんと やり返す。

信長もね あんなふうに
言ってましたけれども…。

そうですね。 やっぱり信玄は
すごかったっていうのは分かっていて

勝頼は もしかしたら 大したこと
ないんじゃないかと思ってたら

ガ~ッとやって これは ちょっと

ただ者ではないぞ
っていう警戒を

持ったってことだと
思いますけどね。

「父親超え」ですよね。

偉大な 大きな業績があったり
大きな権力を持ってる父親を

息子が超えるって もう大変な作業で
もう 一筋縄ではいかなくなると

そこで 自分の… それこそ精神を
病んでしまうっていうような人も

出てくるわけで。
この やっぱり デビューっていうのは

華々しかったですけども
彼にとっては 不退転というか… ねえ。

だから まあ 最高のデビューだった
っていうことは 言えると思うんですよ。

兵糧を いきなり攻めるっていうの
っていうのは

戦いで 一番大事なところじゃないですか。
それこそ 古くは「三国志」の時代だって

兵糧を うま~く供給する
あるいは 奪い取るっていうことが

もう すごい書いてあるわけで。

そんな帝王学っていうか
そんな戦いの教育なんて

受けてなかったように思うんだけど。

大したもんだなと
僕なんか思っちゃうんだけど。

でもね 遼河さんも

ここは 一番の勝負どきだなって
思うようなこととかってあったんですか?

勝負どき…。 そうですね あの~
まだ新人と言われる頃に

その当時 月組にいたんですけれど

ちょうど 私は その時
ちょっと悩んでたという…

うまく 思ったような役が
もらえなかったり

ああ 駄目なのかなと思ってて。

その当時 やっぱり ちょっと
フェアリータイプ…

いわゆる アイドルっぽい男役が
役が つくような時で

私は 決してフェアリータイプではなく
結構 男っぽい感じだったので

どうやって自分をアピールしてったら
いいのかな

そういう役は つかないのかなと
思ってた時に

トップスターさんが
真琴つばささんだったんですね。

真琴さんが 手紙で

それは 私の すごくいい個性だし…

…っていう手紙を
今でも持ってるんですけど。

なるほどと思って そこで 数年後…

低い声も使えるし こういう時に
自分をアピールしようっていうので

評価を頂いて
次に新人公演の主役を頂けました。

その悪役が主役を食ったわけですね。
いやいやいや… そんなことないですけど。

自分にハマりそうだなっていう役を
頂けた時に

頑張れたっていうとこですかね。

宝塚人生 変わったなと思いますね。

それをもらってね ずっと こう
今かな 今かなって 待ってて

「今 来た!」って そのタイミングを
見極めたわけじゃないですか。

私は 今 悪役をすることで

自分のいいところが出るんだっていう
見極められたのは

その真琴さんの言葉があったからだと
思います。

より怖いやつを演じてやるみたいな。
はい。 自分の特性を

もっと… 低い声で もっとやろうとか。

そういう時が来た時に 自分の個性を
出そうっていうことができたんですよね。

さあ 勝頼ね
ここまで見てきましたけれども

ここまでは 何か
順調な感じがしますよね?   します。

ただね 僕は ちょっと心配になったのは

1か月か 2か月かで
18もの城を落としたわけでしょ。

よく できすぎ。
うん。

勝頼のカウンセラーに 僕がなってたら

「いや もう 8つぐらいでやめとけ」って
言ったかもしれません。

そうですか。      うん。
それは?         …っていうのはね

やっぱり 最後の あの言葉 怖いですよ。

「信玄よりも戦上手だ」と。
駄目 駄目!

そんな…。 だって 神より強いって
言われてるわけですよ。

そしたら もう そこから降りれない。

やっぱりね カウンセラーとしては
非常に心配になります。

勝ちすぎっていう感じがする。
う~ん。

いわゆる オーディエンスといいますか

そんなん 勝手なもんですよね
見てる人たちは

「おお すごいすごい人が出てきた」って
褒めそやすけど

本人は その座から
降りれなくなるっていうことは

もう いっぱい見てきましたから
ちょっと心配です。

今日 ほら 利き酒セット
用意しましたけれども

まだね ここにね あと2本
残ってるんですよ。

この2本がね
「長篠」と「御館の乱」ですけれども…。

3本目。
ええ。 …といきたいとこなんですけど

そろそろ皆さん 終電の時間が
ちょっと心配なので

これ 来週ってことにしません?
時間がたつのが あっという間。

うちも 来週の売り上げにもなるんで。
あっ そういうとこですか?

ええ。 取っておきますんで また来週
お越し頂いても いいでしょうか?

もう そろそろね 電車が…。

ということで 今日は
ご来店ありがとうございました。

また来週 お待ちしております。
ごちそうさまでした。


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