インタビュー ここから 石澤智幸(テツandトモ) 故郷・山形で、演劇に打ち込んだ青春時代・なんでだろうブームが…



出典:『インタビュー ここから「トモ(テツandトモ)」』の番組情報(EPGから引用)


インタビュー ここから「トモ(テツandトモ)」[字]


お笑いコンビ「テツandトモ」の「トモ」こと石澤智幸さんへのインタビュー。故郷・山形で、演劇に打ち込んだ青春時代や「なんでだろう」ブームが去った後の思いを聞く。


詳細情報

番組内容

お笑いコンビ「テツandトモ」の「トモ」こと石澤智幸さんへのインタビュー。トモさんは、故郷・山形で過ごした青春時代が今の活動の原点だといいます。役者を目指し苦闘した高校時代、親友と将来を語り合った大学時代。コンビ結成の裏話と人気がピークになった後。人生を左右する節目ごとに泣き笑いがありました。母校と思い出の地・蔵王温泉を訪ね、独自のお笑いスタイルで広く愛され続けるトモさんの「ここから」に迫ります。

出演者

【ゲスト】石澤智幸,【出演】中本哲也,【きき手】柴田徹




『インタビュー ここから「トモ(テツandトモ)」』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

インタビュー ここから 石澤智幸(テツandトモ) 故郷・山形で、
  1. トモ
  2. テツ
  3. 役者
  4. お笑い
  5. テレビ
  6. and
  7. 高校
  8. 山川
  9. 自分
  10. 芝居
  11. 場所
  12. 演劇
  13. 演劇部
  14. お客さん
  15. ネタ
  16. ハハハハ
  17. 演技
  18. 気持
  19. 最高
  20. 人生


『インタビュー ここから「トモ(テツandトモ)」』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

なんでだろう~!

♬「なんでだろう なんでだろう」

<「インタビュー ここから」。
今日のゲストは

「なんでだろう」でおなじみ
「テツ and トモ」の青いジャージの…>

<トモさんのふるさとは 山形市。

ここで 高校卒業までの
18年間を過ごしました>

<トモさんの母校 日大山形高校。
一番の思い出の場所だそうです>

どうもどうも~。 ハハハハ。

よろしくお願いします。
よろしくお願いしま~す。

いや~。
若干やりにくいね。

やりにくいし 私服だから。

結構 久しぶり?
いや もう 全然来てないですからね。

<トモさんと 聞き手の私 柴田は

実は 同じ山形市出身で 更に…>

今夜は…!
(一同)なまらナイト!

<山形放送局の番組で共演した仲!

それ以来 10年余り
とっても濃いつきあいなんです>

行きましょう。
ありがとうございます。

<子供の頃から
役者に憧れていたトモさん。

高校では 演劇部に所属します。
その部室を訪ねました。

当時の場所とは 違うそうですが…>

ここ 演劇部なんだ。

ふ~ん…!

どうですか?
いや どうも…

まだ分かんないですね これ。

でも トロフィーとか
結構昔のあるんじゃないの?
そうですね。

昭和62年度…。 おっ!

1年生の時だ。
そんな賞もらったの?

これ 俺 同じアルバムの
これ 同じの持ってたけど。

あっ! プロレスしてる これ俺だ!

ちょっと これ 俺だ。
演劇してない。

演劇でねくて プロレスしてた これ。

あ~ うわ 懐かしいな これ。

これ見ると やっぱ青春時代な感じ?
これは もう~。

三十数年前とは思えないですね。

<当時 演劇部が稽古をしていた屋上に
上がらせてもらいました。

30年ぶりです>

うわ~。 懐かしいね これ。

なんか もっとすごい広いイメージが
あるんですけどね。

ああ そう?
こんなもんだったんだな。

発声練習とか どういう感じ?

あ・え・い・う・え・お・あ・お。

あれ 「あめんぼう」やった?
うん せ~の…。

(2人)あめんぼ あかいな あいうえお。

うきもに こえびも およいでる。

かきのき くりのき かきくけこ。
きつつき こつこつ かれけやき。

やったね…。
い~や よく覚えてるね。

こんなの もう
しばらく言ってないですけど。

頭ん中 入っちゃってんですね。

毎日でしょ?
毎日言ってましたよ ここで。 いや~。

<この屋上で 顧問の先生から
厳しい指導を受けながら

トモさんは 役者への夢を
膨らませていったのです>

役者 目指してるじゃないですか。
高子先生というのは

こうやって僕が そっちで芝居をしてて
「よ~い はい。

あ~ 違う。 あ~ ダメ 全然違う。
はい もう一回。 はい。

はい あっ ダメ。 全然違う」って。

何が違うか言わないんですよ。
だから分かんない。

「お前が考えろ。 分かるだろ。
その気持ちになってやりゃ 分かるだろ」。

「はい ダメダメ。 あしたまでに ちゃんと
考えてきて」みたいな感じで 厳しかった。

あんまりね べらべらしゃべる先生では
なかったんですけど。

だから 役者になりたいから

どう表現していいのかが
さっぱり分かんないから

まずそれで
う~ん どうしたらいいんだろう

何がいい演技なんだろうとか
どうしたら伝わるんだろうという

まずそこで 一回挫折ですよね。
分かんないから。

自分が 表現が なかなかできないことに
こう 歯がゆさを感じて

まず そこで苦労しましたね。
芝居とは何か。 演技とは何か。

ただやってるふりをしてることが演技だと
思ってたっけから 高校生の時って。

「何をやってるんだ!」
な~んて言うと

演技してるみたいな感じになっけど
そうじゃないのね。

後ろ向いて こんななって 例えば
分かんないんだけど 何かを表現…

お客さんが何かを感じ取るわけですよね。

笑ってるかもしんねえし
泣いてっかもしんねえし。

こう 揺れてっときに。

それって自分の気持ちが こう伝わる…

伝えなきゃいけないって
ことなんでしょうね。

このセリフを言ったから 必ず
伝わるでしょって話でもないんですよね。

そうなんですよ。
悲しい芝居を泣いて言えば

「だから私そうなんですよ…!」って
言ったから

それで 下手すっと
笑えるじゃん。 今の。         安いよね。

安い芝居でしょ 今のだと。
…なんだけど そこをね。

それを… そういうことの基礎を
いろんな形で ここで教わりましたね。

<どんどん演劇にのめり込んでいく
トモさん。

高校3年の最後の公演では

脚本 演出 劇中歌の作詞作曲
ピアノ演奏まで一人で行い

もちろん
役者としても舞台に立ちました。

プロの役者になりたいという夢が
目標へと変わったのです>

やっぱり こう
高校の時に演劇をやってて

人前で 芝居をするわけじゃない。
反応も来るわけじゃない。

やっぱり それは楽しかった?
楽しかったですね~。

「よかったよ」って やっぱり
言ってもらいたいんですね あれね。

ほんで 拍手してもらったりすっと…。
泣いてる人なんかいたらね…。

なんか うれしいん…。
そういうの うれしいんです。

今でも そうですね。
やっぱり お笑い芸人ですから

笑ってもらわなきゃ
もう地獄じゃないですか。

とにかく 泣く必要ないから
とにかく笑ってもらうために

みんなで楽しめるように やってるという
それと同じですね その高校の時も。

その快感が あの拍手の快感が
忘れられないのかもしれないですね。

この屋上は 石澤智幸少年にとって
どういう場所だったんでしょう?

原点であることは
間違いないんですよ。 私の。

本格的にやろうと思った原点。

小学生の時も「チルチルミチル」とか
そういう芝居やって

「お芝居って楽しいな」って。
学芸会?

何となく やりたいなあっていうのは
多分その時から思ってはいたんですけど

本当に じゃあ目指していこうっていう
スタートの場所ですよ ここ。

私の…

いや ちょっと待てよ。
役者じゃないですね 今。

ハハハハ…。
スタートじゃないな。

いや まあ…。
スタートしたけど
役者になってないんだ。

(笑い声)

<そんな高校時代のトモさん。

初めての相方とも言うべき人に
出会います>

<大親友の…>

<3年間 同じクラスで
演劇で舞台に立ったり

文化祭でコントを披露したりする
まさにコンビでした>

<クラスメートを笑わせていた2人は
いつも教室の輪の中心にいました>

全然違う道を歩んできたでしょ。
中学までは全然。 一切接点ないんでしょ。

なんで そんな馬が合ったんだろうね?
山川君と。

彼の性格だと思いますね。
彼は でも誰とでも仲良くなれるので。

で どんなに静かな場所でも
3時間ぐらいは明るくさせられるという。

これは才能だと思うんですよね。

どこでも 会話がなくなることが
ないですからね いると。

そういう… で 彼も僕と一緒に
舞台上がってたんで 高校時代。

だから その… 引き付ける力っていうのは
すごかったですね。

<2人は共に東京の大学に進学し
仲の良い関係は続きます。

当時人気のあった
テレビの素人参加番組に出演すると

2人の芸は評価され
何度も呼ばれるようになります>

プロは 目指そうっていうことで
やってなくて

その番組に出ようということで
やってたんですけど。

あまりにも自分たちの思った以上に
評判が良かったんで

やれんじゃないの? という
ちょっと気は… ちょっとしてきたんです。

当時 素人だったけど なんかテレビ
見てる人が すごい応援して下さって

「一緒にお笑いやってみっか」って 一瞬
思ったんですよ。 芝居じゃなくて その時。

一瞬?
その時ね。

山川とだったら
お笑いでもいけるかなっていう。

それで 「2人でお笑いやらない?」って
言ったんですけど。

大学卒業で もう。

それもよく話しましたよ 蔵王行く途中で。

山川君 運転して 2人で星見ながら。

蔵王の その温泉もそうですね
露天風呂もそうだし。

「どうすっぺ このあと 人生」って言って。

こうやって リクライニング倒して 車で。

尾崎 豊さんの曲を
ず~っと流しながらですよ。

♬「盗んだバイクで走り出す」

「どうすっぺね~」なんつって。

♬「わすれな草」
ですよ。

「いや~ 俺はいいや~。
山形さ帰るわ~」って言って。

その時に 「よし やっぺ」ってなってたら
また人生 どうなってたか分かんないです。

<山川さんが選んだのは
故郷 山形での就職という道でした>

<トモさんは お笑いを諦め
東京で再び役者を目指します。

チャンスを求めて もがいていた
27歳の時 思わぬ転機が訪れます>

<大学の同級生の結婚式で トモさんは

もう一人の同級生 テツさんと
替え歌を披露し 大受け!

たまたま居合わせた
芸能事務所の人から

「2人でお笑いをやらないか」と
誘われます>

「お笑い やらないか」って言われて

「お笑いはできません」って
一回断ったんですよね。

でも また電話かかってきて
「やりませんか」って言うから

「いや お笑いはいいです もう。

一回諦めてるから やりません」って
言ったのに

2か月 電話かけて下さったんですよ。
今の事務所さんが。

だから 「じゃあ ちょっとだけ」って言って
始めたから あそこも

すごい僕のポイントになってて。

だって もう
やる気なかったですから お笑いは。

役者だったら どうなってたのか。

お笑いやったって 「なんでだろう」が
出来てなかったら どうなってたのか。

もう いっぱいありますね ポイントは。
全部そうだよね。

もし…。 それ考えると

全然違った人間として
ここにいるかもしれない。

別の場所にいるかもしれないね。
そうですね~。

だから人生って面白いのかなぁ なんて。

つらいことも いっぱいあるけど

諦めずに自分を信じて 一歩一歩
目標に向かって歩んでいけば

例えば 目標を達成することが
できなかったとしても

それはそれで充実した幸せな人生だと
思いますけども… ということですかね。

♬「なんでだろう」

<1998年 「テツ and トモ」として
デビュー。

2か月後には 「なんでだろう」が
誕生します。

初めての全国向けの生放送では

トモさんは 母校のジャージを着て
出てたんだね>

<2003年には 新語・流行語大賞の
年間大賞を受賞>

<その年の「紅白歌合戦」にも出場。
2人の人気はピークを迎えます>

<トモさんが卒業した高校から
車で30分余り 蔵王です>

トモさん 蔵王のにおいが。

来ましたね~。 この硫黄の香りですね~。

蔵王って 子供の頃から結構来ました?

来ましたね。 スキーも来ましたし。

<演劇部の合宿で泊まった
旅館を訪ねました>

どうも~ こんにちは~。

おぉ~! ハハハハ…!

元気?
ちょっと待って ちょっと待って。

ちょっと待って。 山川ですよ。

山川 さんざん学校で話した山川。

よろしくお願いします。
ありがとうございます。

あ~ きれいになってる。

昔は ここが カウンターがあって
当時は 30年以上前ですけど

レーザーディスクのカラオケなんかが…。
あ~! あった あった。

歌いましたね。
歌ったね~。

ちょうど この辺が 舞台代わりで

よくここで 確か私の記憶では
ものまねショーを。

「ガラスの十代」を2人で。
あっ やってた。 こうやって。

スケートも履かねえで。

(2人)♬「ようこそ ここへ」

楽しかったんですね。
楽しかったんだね。

トモさんの 他の子とは ちょっと違う

すばらしいところっていうの
挙げて頂くと どうなりますか?

すごく やっぱり
情熱が熱いといいますか。

非常に これやるんだって思ったところを
とことん やるっていうところは

すごいなあって毎回思ってましたね。

山川さん うれしいでしょう。
(山川)うれしいですね。

うれしいのの半面 「あ~! 俺もなぁ…」
っていうところも… ちょっとはね。

やればいいのに今から。

いいとこです。
よいしょ… と。

いや いい景色ですよね~ やっぱりね。

風もいいね。 秋の風だね。

最高ですよ。 今 季節も最高。

冬は冬でいいですけど。
もう最高ですよ。 いつ来てもいいね。

2003年の流行語大賞があって
「紅白」に出て まさに大ブレークして。

まあ… いろいろ出させて頂きました。

そのあとですよ。
はい。

やっぱり少しずつ仕事って
減っていくでしょ。

そうですね。 やっぱりピークがある
ということは 結局は何でしょうね

テレビの露出が
どんどん減っていきましたね。

テレビを見ている人の価値観で言うと

あの人はレギュラー番組
いっぱい持ってるから勝ち組だとか

もう すごいお金もうかってるから
勝ち組だとかね

勝ち負けに落とし込みたがるところが
あると思うんですけど

そういう風潮の中から

あの人は消えた人だとか
言われちゃうわけじゃないですか。

そのことについて どう思いますか?

消えたっつっても まだ死んでないんで。

テレビという世界から
ちょっと見なくなっただけで

違う世界で頑張って
生きてるわけですから。

まあ… 間違ってないんですよ
テレビに出てないから 消えたのは。

なんだけど そこまで言われなくても
いいかなっていうのは

ちょっと ありましたけどね。

テツトモってのは これが一番
やりたいことなんだってのは?

一番最初の目標であった
お芝居ですよね やっぱり。

で それと 実は
今やってることっていうのは

すごく共通してる部分が
たくさんあって

お客様の前で 舞台で演じるという。

しかも 生ですからね
やり直しは利かない舞台で。

でも それをやりたくて上京して

今 「テツ and トモ」って
そういう形でお仕事させて頂いてて。

それと まあ
テッちゃんの話になっちゃいますけど

テッちゃんは 演歌歌手になりたくて
上京して 私も歌が好きだと。

だから漫才でもコントでもなく
こういう 歌があったり 表現をする

お笑いの僕たちのスタイル

ああいうことが
一番やりたかったんだと思いますね。

じゃあ その 2003年前後のブームの中でも
見失わなかったんですか?

…と思ってます。
偉そうに言うと。 ハハハハ。

<「なんでだろう」一本で20年余り

自分たちのスタイルを貫いてきた
「テツ and トモ」>

<今 2人には 全国の自治体や企業から
出演の依頼が次々に寄せられています。

1年で 200回近くステージに立ち

今では 「日本一の営業芸人」と
呼ばれるようになりました。

いやぁ 認められて いがったね>

ちょっと口の悪い言い方をすると
ず~っと「テツ and トモ」って

ず~っと「なんでだろう」じゃないかって
言う人もいると思うんですけど

でも 本人たちの中では
そこに ちょっとずつ こう

変化っていうか 加えてるんですか?

今やってることは もう毎日違うネタを
やってますから 「なんでだろう」は。

美容師さんの… 例えば
集まりなんていうのもあるんです。

全国から美容師さんが集まってきて。

だから皆さんは
顔見知りではないんだけれども

やってることは共通している。

美容師独特の「あるある」が
あるわけですね。

そうなったら
「どういうの ありますかね~?」

「お客さんに対して どういうふうに
思ってるんですかね?」っていうのを

本番前 30分前とかに… 30分ぐらい

打ち合わせで いろいろ伺って
自分たちでもネットで調べたりして。

例えばですね…

シャンプーする時に こうやって頭

こう寝るじゃないですか。 そん時に
寝たままにしてほしいんですって。

なのに こう頭上げる人いるんですって。

頭洗う時に 手で支えるのを
ちょっと楽にしようという

優しい気持ちから
ちょっと浮かす人いるんですって。

あれが 水たれてくっから
浮かさねぇでほしいんですって。

「頭… いいから
そのまま預けて… 預けて下さい」。

「私さ 大丈夫ですから」って
思ってるらしいんですね。

そういうの なかなか でも言いづらいから
言わない なんていうのを

伺ったもんだから それをちょっと
やってみたんですよ ネタで。

「頭上げるお客さん なんでだろう」
ってしたら

「うわ~! んだ んだ んだ んだ」
「そうだ そうだ」って。

受けた?
受けますね。

そういう あるあるネタを
その企業さんごとに

その日しかできないネタを
やるようになってから

皆さん 更に見て頂けるようになりました。

テレビで すごく呼ばれる。
オファーがかかる。 有名になる。

だけど 大体テレビ局には
お客さんいないですよね。

でも 地方営業って お客さん
目の前にいるじゃないですか。

で 受けるか受けないかの
厳しい勝負があるじゃないですか。

どっちが やりがいあります?

もう天国か地獄ですからね。
お客さん 大笑いするか 全然笑わないか。

こんな刺激的な場所
ないじゃないですか。

面白いですよ。 だって 受けなかったら
みじめもいいとこですよ。

そうなりたくないから。

あの拍手って… 大成功した時ですよ。

もう味わえないですもん。
テレビでも何でも。

だから やっぱり僕は
そっちのほうがいいです。 怖いけど。

それを聞いてくとね

高校の演劇部でやってたことと
同じじゃないかなっていう気がする。

ハハハ そうですね。

もちろん その時には
そんな未来は考えてないでしょうけど。

全く考えてないですもんね その時は。

でも 形は違うけど 夢かなってるなって
なんか思います。

トモさんとしては 今の「テツ and トモ」は
なかなか いい感じだと思ってますか?

今 いい感じですねえ。
若い時より いい感じだと思います。

なんか 自分で言うのも何ですけど。

年重ねてきて いろんなこと経験して
50ぐらいになってきて

これがね あと10年たって
60歳でテツが動いてたら

もっと面白くなると思うんですよ。

動けますか?

何やってんの?
動けますか? テツさん?

はい?
何してんの~。

何してんの ジャージ着て。
ず~っと… ず~っと聞いてたよ。

まぶしいから分かんねえ。
ず~っと聞いてたよ もう~。

いやいや…。 ほら ジャージで現れないと
誰だか分からないから やっぱり。

ねえ~ いやいやいや。

17時間 待ちました。
(笑い声)   お疲れさまでした。

そんな前から いんのかよ。
17時間 待ちましたよ。

すごい 相方が真面目な話してましたけど
どう聞いてました?

聞いてましたよ。 いや ほんとに

僕が ずっとコンビ組んでから
最初の頃から思ってたことも

代弁してくれてるというか
もう そのとおりだと思います。

「テツ and トモ」としての このスタイルは
やっぱりトモが作ってくれたんで。

やっぱり我慢してんの?
う~ん… ちょっと

ストレスは たまってるかな。
(笑い声)

じゃ… 風呂 行きますか?
行きます? いいね いいね。

行きましょう。
懐かしい 昔も入ってたから。

では 行きましょう。

いや~ もう最高だ~!

やっぱり気持ちいいですね。

高校に ああやって教室に入ったのなんて
もう本当に何十年かぶりでしたから

いろんな思い出が
よみがえってきたのとともに

初心に返って また頑張ろう
という気になりました。

本当にありがとうございました 今回は。

僕からはですね 本当に

トモを こんなにフィーチャーして頂いて
ありがとうございます。

ありがとう。 どうもです。

♬~


関連記事