ごごナマ「日色ともゑ」なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロインで人気者に。当時の仰天伝説とは?ライフワークの朗読劇…



出典:『ごごナマ「日色ともゑ」なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロイン』の番組情報(EPGから引用)


ごごナマ「日色ともゑ」[字]


ゲストは日色ともゑさん。なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロインで人気者に。当時の仰天伝説とは?ライフワークの朗読劇と「ともゑ米」にこめた戦争と平和への願いとは?


詳細情報

番組内容

ゲストは日色ともゑさん。1967年、なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロインで人気者に。当時の仰天伝説とは?ライフワークの朗読劇と「ともゑ米」にこめた戦争と平和への願いとは?▽1974年からは「大草原の小さな家」のキャロライン役で声の出演。吹き替えが初めての俳優ばかりの収録現場。映像と合わせるために監督が使った奥の手は?▽平和の尊さを訴える朗読劇とそこから生まれた「ともゑ米」。その味とココロを堪能!

出演者

【MC】船越英一郎,美保純,阿部渉,【ゲスト】日色ともゑ,【出演】ヒデ



『ごごナマ「日色ともゑ」なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロイン』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

ごごナマ「日色ともゑ」なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロインで人気者
  1. 日色
  2. 船越
  3. 阿部
  4. 美保
  5. ヒデ
  6. 今日
  7. 本当
  8. 自分
  9. 旅路
  10. お写真
  11. 少年
  12. 舞台
  13. お作り
  14. ダビンチ
  15. 一緒
  16. 演劇
  17. 劇団
  18. 当時
  19. 朗読
  20. キャロライン


『ごごナマ「日色ともゑ」なつかしの朝ドラ「旅路」のヒロイン』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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阿部≫今日のゲストは
昭和42年の

連続テレビ小説「旅路」で
ヒロインを演じた日色ともゑさん。

有里≫女は寝ている顔を
夫に見られるものじゃないって

言うのに…。

阿部≫今だから話せる
撮影当時の裏話とは?

俳優生活は
今年でなんと58年目!

今なお舞台に立つ
元気の源も伺います。

船越≫日色さん、お元気。

そしてなんといってもお若い。

元気の秘密、ご自身では

なんだと思われてますか。

ヒデ≫実は、こちらなんですよね。

日色≫ちょっと田んぼをね。

船越≫田んぼをお作りに。

ではお伝えします。

羽田空港の国内線第2ターミナル

で断水が続いているトラブルで

ビルの管理会社はきょう中の復旧

を目指すとしていましたが
水質検査などに時間がかかり

丸一日以上たった今も復旧の
見通しは立っていません。

第2ターミナルでは水道水を
ためる受水槽から塩分が検出され、

今も断水が続いています。
この影響で、きょうも多くの

飲食店で休業しているほか、

トイレの手洗い場の水が使えない
ままとなっています。

政府はきょうの復興推進委員会で

再来年3月末までの復興庁の
設置期限

2031年まで10年間延長する

ことなどを盛り込んだ
新たな復興の基本方針の骨子案を

示しました。

政府はきょう被災3県の知事や

有識者で作る復興推進委員会を
開きました。

東日本大震災からの復興の
総仕上げと位置づける

復興・創生期間が再来年

2021年3月末で終了し、
復興庁も設置期限を

迎えることから
新たな復興の基本方針の骨子案を

示しました。
骨子案では復興庁の設置期限を

2031年まで10年間延長し、
復興の加速化を図るため

岩手復興局と宮城復興局を沿岸部
に移転するとしています。

また、
復興の進捗状況が異なることから

地震・津波被災地域は2026年
までの5年間で

復旧・復興の取り組みの着実な
実施を目指すとしています。

一方、
原子力災害被災地域は

当面、2031年までの
10年間で

本格的な復興・再生に向けた
取り組みを行うとしていて

折り返しとなる5年後に進捗状況
などを踏まえ事業の見直しを行う

方針です。

また必要な財源は
東日本大震災復興特別会計と

特別交付税制度を継続するなど

して手当てするとしています。

アメリカ・カリフォルニア州は、

世界最大の交流サイトを運営する

フェイスブックが大量の個人

データを流出させた問題について
法律に違反していないか調査を

進めていることを明らかにした
うえで

ザッカーバーグCEOの
電子メールを含む内部資料を提出

するよう裁判所に申し立てました。
6日、カリフォルニア州は

フェイスブックが大量の

個人データを流出させた問題に
ついて

プライバシーの保護に関する州の
法律などに違反していないか

調査を進めていることを明らかに
しました。

そのうえで
ザッカーバーグCEOの

電子メールを含む内部資料を提出
することなどを命じましたが

対応が不十分だとして
命令に従うよう州の裁判所に

申し立てたということです。
これについてフェイスブックは

州の調査には広範囲にわたり協力
している。

これまでに数千ページに及ぶ
書面での回答と

数十万件の資料を提出したと
コメントしています。

フェイスブックに対しては
アメリカの連邦取引委員会が

利用者データの管理を
怠ったとして

5400億円に上る制裁金を
科したほか

全米各地の司法当局が
独占的な地位を利用して適正な

競争を妨げていないか調査を
進めています。

沖縄県は首里城の早期再建に
向けて県全体で取り組む機運を

高めていこうと

行政の担当者や正殿の復元に

携わった専門家が参加する

県民会議を設置する方針を
固めました。

このほか沖縄県は再建に向けた
工程表の策定や

国との調整などにあたる
知事直轄の専門チームを発足

させることも決めています。

船越≫「ごごナマ」

今日のお客様は、お米作りに
ハマっていらっしゃるという

ベテラン女優さんです。

(チャイム)

日色≫こんにちは。

船越≫ようこそ
いらっしゃいました。

すてきなお着物ですね。

日色≫ありがとうございます。

船越≫そしてまた
げたがすばらしい。

日色≫げたっていうか
今日は、ぽっくりみたいな。

美保≫ちょっと背が高いですね。

色も合わせてらして。

かわいい!

船越≫塗りなんですね。

美保≫鼻緒がふっくらしてるやつ
いいですね。

日色≫刺し子になってるの。

船越≫では、どうぞ。

美保≫お人形さんみたいです。

日色≫ありがとう!うれしい!

船越≫ようこそ
いらっしゃいました。

改めてご紹介させていただきます。

日色ともゑさん
お客様にお迎えいたしました。

私の後ろにございましたが

お話に出ておりましたお米が
これでございますね。

「日色ともゑ米」。

ラベルにもなっていらっしゃる。

本当に日色さんが、一から
お作りになっていらっしゃる?

日色≫一からというと
ちょっと…ですけど

ちゃんと田植えをしまして
時間があればその前に

苗床を作るわけでしょ。

そこからやって
5月に田植えをして

間に、草取りだのしたりして
9月に収穫を。

その作業に行ったあとに
必ず、子どもたちと一緒に

おむすび食べたりして

ちょっとお話したり
朗読したりみたいなことを。

船越≫どのくらいお続けに
なっていらっしゃるんですか?

日色≫今年で23年目。

阿部≫ほとんど
プレゼントされるそうですね。

日色≫自分では5kgです。

この袋は2kgぐらいですね。

5kgだけ手元に置いて
あとはみんな

日本中にいるお友達に
プレゼントを。

船越≫どのくらい
総量で収穫されるんですか?

日色≫1反なんですけど
大体500kgぐらい。

今年はちょっと少なくて
430ぐらいしか

できなかったんです。

阿部≫今日は
それが炊き上がってます。

後ほどヒデさんに
準備していただいて。

ヒデ≫スタンバっておりますから
お楽しみに!

船越≫油断なく、ちゃんと頼むね。

ヒデ≫もしかしたら
食べちゃうかも。

阿部≫なんとかショッピング
みたいですね、ヒデさん。

ヒデ≫炊飯ジャーじゃないですよ。

阿部≫日色ともゑさんへの
ご質問、メッセージを

お寄せください。

まずは日色さんの
俳優としての歩みから

ご紹介してまいりましょう。

1961年、劇団民藝の
俳優教室に入られました。

当時のお写真がございます。

劇団民藝の創設者
宇野重吉さんとのお写真。

船越≫寺尾聰さんの
お父様でございますね。

阿部≫学ばれたことは
多いんじゃないですか。

日色≫語りつくせないくらい

先生がいなかったら
こんなに続いていませんでしたね。

阿部≫一番大事な教えは?

日色≫普通であれって
いつも言われました。

例えば、新劇俳優となって
ちょっと、てんぐになったり

みんなするじゃないですか。

劇団入ったんだぞみたいな。

そういうのは一切やめて

普通の
隣のお姉さん、隣のお姉さん。

そう言われました。

船越≫隣人であることを

忘れるなと、皆様の。

日色≫そういう
人が気付かないようなことが

大切なんだということで。
ですから、いつも、それを

心がけようと思うんですけど
ちょっとやっぱり、いやーなんて。

派手な格好をしてみたりね。

船越≫そういうときは
軽く注意があったり?

日色≫そういうのは
面と向かっておっしゃらない方で。

なんとなく遠まわしに
このごろはちょっと…

みたいな言い方。
それはふだんの生活で

芝居の中ではそうじゃありません。
トーン!って。

船越≫厳しかったんでしょうね
そういうお話よく伺います。

日色≫でも、あまり
叱られたことがないんです、私。

先生が、校長先生だったんで

俳優教室という養成機関の。

年も若かったから
ちょっと違うんでしょうね。

船越≫宇野先生にしてみたら
お嬢さんのような。

日色≫子ども扱い…

いい子いい子で
アメとムチという感じで。

美保≫新人類だったんだと
思います。

顔もちっちゃくて。

阿部≫その後、大きな節目が
やってくるんですね。

1967年の連続テレビ小説
「旅路」が大ヒット。

ゴールデン・アロー賞も
受賞されるんです。

現在までテレビ、舞台と
精力的に活躍されています。

そして来月には

舞台「泰山木(たいざんぼく)の
木の下で」に

主演されることが
決定してるんですね。

中でも、日色さんといえばこちら。
「朝ドラ『旅路』で

国民的ヒロインに」。
船越≫社会現象ですね「旅路」は。

阿部≫映像から
ご覧いただきましょう。

有里≫女は寝ている顔を

夫に見られるものじゃないって
言うのに…。

私は最初から、雄一郎さんに
見られてしまって恥ずかしいわ。

雄一郎≫別に口開けて
よだれ垂らして

寝てたわけでないんだから。
有里≫ああ、いや!

阿部≫国鉄職員の夫と
日色さんが演じた

鉄道員の妻・有里の
歩みが描かれた「旅路」。

平凡に生きることの
幸せをつづった

心温まる物語は日本中の
お茶の間で人気になりました。

夫婦の半生が描かれ
当時25歳の日色さんは

最終回で
55歳の役柄も演じました。

有里≫心から、鉄道を
愛していらっしゃるんですね。

体に気をつけてくださいよ。

あなたも、もう年なんですから。
雄一郎≫ばか…。

阿部≫懐かしい映像ですが。

さらに、当時のお写真を
日色さんからお借りしています。

1枚目、初登場のシーン。

日色≫三重県の
尾鷲というところで

竹林の中から
竹の妖精のようにって

ト書きに書いてあって。
すごい緊張しました。

竹の妖精って
平岩先生のト書きに、台本に

書いてあったんです。
船越≫原作も脚本も

平岩弓枝先生なんですね。

阿部≫そして、もう1枚。
楽屋での衣装合わせの様子ですね。

美保≫こういうのないですもんね
写真を撮ることも。

船越≫お隣は横内正さん。

横内さんと、ご一緒に
衣装合わせされたんですね。

日色≫同い年で
同じ6月生まれで

とても気が合いました。

阿部≫大人気になった
ドラマですが

当時の反響として
覚えていらっしゃることは?

日色≫前の年は
「おはなはん」っていう

番組だったんです。

船越≫樫山文枝さんの。

日色≫それが
ものすごい視聴率だったので

「旅路」の組の人は
負けるな、負けるなっていうので

とにかく
私たちにはなかったんですけど

スタッフの方はあって。
盛り上げよう、盛り上げようって

とにかく元気いっぱいに
スタジオで、はい!って

やってました。

船越≫その結果
最高視聴率56.9%で

平均視聴率が45.8%。

阿部≫国鉄職員の
ステータスも上がったと。

日色≫それで
ずいぶん、お手紙をもらいました。

お母さんたちから

自分の息子が
鉄道に勤めてるんですけども

なかなか
お嫁さんのなり手がないと

苦労する仕事だから。

だけど、このテレビを見て
本当に日が当たったというか

希望が持てたっていうこととか

息子の嫁になってくださいという
お手紙とか。

阿部≫日本中で知らない人は
いないという存在に

なられたわけですが

そうした中、実は、お父様に
言われたひと言があったそうです。

「この1年は
君にとって例外的なことです

これが一生続くと
思ってはいけません」。

気を引き締めなさいと。

日色≫てんぐになるなって
皆さんから、ちやほやされたり

あっち行ってもこっち行っても
だったので

それを一生続くものだと思って

てんぐになるなよという
いさめだと思うんですけど。

船越≫てんぐになる前に
このお言葉をいただいたと。

日色≫もちろんそうですって
分かっていますって言って。

美保≫でも
てんぐになるときって

売れてるときしか
てんぐになれないじゃないですか。

貴重な時間だなって。

日色≫ある意味ね。私だから

今思うと、なりたかったなって。

ああ、そうですよね。
ちょっと私いい子すぎましたね。

父にそう言われて
そのとおりだって思って

劇団に帰りましたら

宇野先生が
旅公演がすごい芝居をつけて

もちろん、舞台で
せりふは言うんですけど

裏で人の着せ替えをしたり
裏の仕事も、すごくたくさん。

船越≫国民的なヒロインに
なったあと、また劇団の中では

完全な新人さんとして。

美保≫ヘラヘラするのって
あのころしか

わりとないよなって。
日色≫惜しかったな…。

阿部≫さらにもう1つ
日色さんのご出演作品。

1870年代の
アメリカ・ミネソタの大草原を

開拓する

家族を描いた
皆さんご存じのテレビドラマ

「大草原の小さな家」。
これで、日色さんは

お母さんキャロラインの
吹き替えを担当されたんです。

キャロライン≫チャールズ!
おかしいわよ、花嫁さんみたい。

チャールズ≫おかしくないぞ。
この家の女王様だもんな。

キャロライン≫すべすべな床に
ガラスの入った窓。

部屋も3つよ。夢みたい。

チャールズ≫これ、渡しておこう。
ドアの鍵だ。

キャロライン≫すてきだわ。

もう、オオカミにおびえなくて
済むのね。

チャールズ≫やはり
屋根とドアのある家ってのは

ありがたいな。
キャロライン≫本当。

あなたのおかげだわ。

阿部≫大評判となりました。

日色さん、声の出演
9年続いたんですね。

日色≫びっくりしました。

最初、お引き受けしたときは
ほとんどやったことなくて

初めてに近かったんですね。

ほかの仲間たちもみんな
お父さんやった方は

ベテランだったけど
あとは、みんな素人っぽく

吹き替えではね。

みんなで相談し合って

丁寧にリハーサルをして。
子どもたちが

いっぱい出てきてたので
子どもたちのほうが上手なんです。

自分のせりふが
こっちで英語聞いてるんですね。

自分の番がきたなと思って

慌てるのに出遅れちゃうんです。

それで出遅れたって思うから

ダーッてしゃべって
合わせちゃうの、最後。

そうしたら、音声の方が

それは遅れたら
そのまま遅れてくださいって。

今はぴゅって上げれば
ぱっと合うんですから

早くあげちゃうとだめだから
遅れたら

遅れたままにしてくださいって
何度も何度も注意されました。

船越≫声優の皆さんと
お子さんたちも含めて

家族のようだったんじゃ
ありませんか。

日色≫土曜日にリハーサルでして
日曜日に収録するんです。

子どもたちが
学校のお休みのときに。

私たちは
そのたびにお昼を一緒に食べたり

それから、夕飯も食べたり。

ちょっと何か月かになると

ちょっとした箱根ぐらいの旅行。
ハイキング程度なんですけどね。

本当に
みんなが家族になりました。

船越≫今も交流が
続いていらっしゃるんですって?

日色≫もうみんな大人になって
子どもたちが

辞めてしまった子もいるんですね。

ですから交流は
しばらくできなくなってしまって。

阿部≫「大草原の小さな家」は
現在、吹き替えの

キャストが変わって
放送が続いているんです。

どうぞご覧ください。

船越≫画像が
きれいになったんですよね。

日色≫そうでしょうね。
フィルムだったんですよ。

それでリハーサルしてました。

だから、時代が変わって。

船越≫フィルムを今4Kに
リマスタリングして。

阿部≫続いて、日色さんの今に
迫ってまいります。

実に58年という俳優活動の中で

特に大事にされてきた活動が
あります。

「平和を願う朗読劇
『夏の雲は忘れない』」。

ライフワークとして
取り組んでおられます

戦争の悲惨さを語り継ぐ
朗読劇なんですが

日色さんご自身も東京大空襲で
つらい体験をされたんですよね。

日色≫私自身は
直前に疎開をしました。

ですけど生まれた家とか
祖母とか、おばとかが

みんな亡くなりました。

日本橋の
蛎殻町というところだったので

なくなって、そのときから
子どものときから

戦争って
怖いなというだけじゃなくて

戦争は、あってはならないとか
平和のことを求める

そういうのが
強い子どもになりました。

あのとき、疎開地に私たちが
安全でいいところに

疎開したなって喜んで
東京に帰って

あのおばあちゃんが
もう死んじゃっていないんだとか

子ども心に
そういうことを知らされて。

ですから、大人になって
演劇の世界に入ったときに

なんか方法がないかなと思って
そういうことを広めるというか。

それで、朗読っていいなって
思いまして。

阿部≫では、その朗読
今日スタジオで

披露していただけるということで。

これからご披露いただきます
「夏の雲は忘れない」は

広島、長崎に落とされた
原爆によって

父母を亡くした子どもや
子どもを亡くした両親が

書き残した手記なんです。

日色さんはじめ
多くの女優が参加して

日本の各地で34年にわたって
公演を行いました。

年月を越えて語りかけてくる言葉
そして思いを伝えてこられました。

では、日色ともゑさんの朗読劇

「夏の雲は忘れない」です。

日色≫長崎ではまだ
次から次へと

死体を運ぶ荷車が
焼き場に向かっていた。

白い大きなマスクを付けた係員は

荷車から手と足をつかんで
遺体を下ろすと

そのまま勢いをつけて
火の中になげ入れた。

はげしく炎を上げて燃えつきる。

それで終わりだ。

残るのは、悲惨な死の生み出した
一瞬の熱と

耐え難い臭気だけだった。

焼き場に10歳くらいの少年が
やってきた。

小さな体はやせ細り

ぼろぼろの服を着て

はだしだった。

少年の背中には

二歳にもならない幼い男の子が
くくりつけられていた。

その子はまるで眠っているようで

見たところ
体のどこにも火傷(やけど)の

跡は見当たらない。

少年は焼き場のふちまで進むと
そこで立ち止まる。

わき上がる熱風にも動じない。

係員は背中の幼児を下ろし

足元の燃えさかる火の上に乗せた。

まもなく、脂の焼ける音が
ジュウと私の耳にも届く。

炎は勢いよく燃え上がり

立ちつくす少年の顔を赤く染めた。

気落ちしたかのように
背が丸くなった少年は

またすぐに背筋を伸ばす。

私は彼から目をそらすことが
できなかった。

少年は気を付けの姿勢で

じっと前を見つづけた。

一度も焼かれる弟に
目を落とすことはない。

直立不動の姿勢で
彼は弟を見送ったのだ。

私は
カメラのファインダーを通して

涙も出ないほどの悲しみに
打ちひしがれた顔を見守った。

私は彼の肩を抱いてやりたかった。

しかし
声をかけることもできないまま

ただもう一度シャッターを切った。

急に彼は回れ右をすると

背筋をぴんと張り
まっすぐ前を見て歩み去った。

一度も後ろを振り向かないまま。

あの少年はどこへ行き
どうして生きていくのだろうか?

(拍手)

阿部≫ありがとうございました。

船越≫本当に短い一節ですけど

当時の悲惨な状況が
ひしひしと伝わりますね。

日色≫あれは長崎に写真を
記録するために来ていた

ジョー・オダネルという
アメリカの写真家の方が

撮られた。

船越≫アメリカの方の
残された手記なんですね。

日色≫それが
ああいう文章で残っていて

本当に、その長崎の
焼け落ちた教会から何から

そういう絵が後ろに流れまして。

阿部≫伺ったところでは
この朗読劇は

今年が最後だったそうですね。

これからはどういうふうな
活動になっていきますか。

日色≫今までは6人の女優たちが

かわりばんこに読んで

音楽と照明とスライドだけで
やってきたんですけど。

毎年自分たちで
すべてやってたんですよ。

公演地を決めたり…。

だんだん年をとってきましたので

それだけの理由でもないんですが
16人ぐらい

人数がいるものですから
裏の方たちを入れると。

ですから、いったん区切って

それぞれ、今度は
1人でもできますし

照明なんかなくても
普通のフラットなところで

やってもいいし
ちょっと音楽かけてもいいし

いろんな形でできるので
そういうふうにしましょうって。

それで、2~3人で集まって
今度またやることがあるんです。

ちょっとした会に
来てくださいって

サークル風な。

ですからみんなでそれはやろうと。

ただ、もう6人が集まって
あっちこっちと

全国を歩くというのは
今年でちょっと…という。

阿部≫その朗読劇の
ドキュメント番組が

放送されるんです。

「女優たちの終わらない夏
終われない夏」。

今月の放送ですね。
どうぞ、ご覧ください。

ヒデ≫お話中大変失礼いたします。

先ほどの、ともゑ米が
どうやら

おいしく蒸し上がった模様です。

おそらく、ふっくら
炊き上がっていると思います。

いらっしゃいませ。

気になりますよね。

早速、オープン!

この甘い香り!

つや、照り

そして、粘りけも感じますね。

これは、さぞおいしい…。

だってこれ、新米ですよね。

日色≫私が刈りましたから。

ヒデ≫目が合います、1粒1粒と。

これはおいしいでしょう。
早速よそわせていただきます。

美保≫張りがあるのが
ここからでも分かるもん。

ヒデ≫この香りが
届くといいんですけど。

こちらでございます。

そして、皆さんにもお配りします。

美保≫そのままでいいんですね。

阿部≫香りが、離れてても。

ヒデ≫この距離で分かりますよね。

皆さん
どうぞお召し上がりください。

日色≫いただきます。

船越≫まずは
このままいただきます。

美保≫恵みだわ。

日色≫いいです。

美保≫すごくいいですね。

ヒデ≫どんな感じなんでしょう?

美保≫ねっとり感がいいです。

船越≫こしがしっかりあって

かめばかむほど甘みが
ぐいぐいっと

力強い甘みが出てくる。

これはおいしい。

ヒデ≫丹精込めて
お作りになったもので

ございますから
そして実は、これに合うお漬物を

お持ちいただいたわけなんですが
それがこちらです。

ぬか漬けでございます。

船越≫これは日色さんの
お手製ということですか?

日色≫いえ、買ってきたんです。

阿部≫正直でいらっしゃる。

ヒデ≫ぬか床がものすごく
お似合いのお着物ですから。

日色≫昔は持ってたんですけど
ぬか床。

旅が多くて
だめにしちゃったんですね。

そしたら、うちの近所に
市場があって

そこで売ってるんですよ
とてもおいしいぬか漬け。

だから、そこで買うことにして。
申し訳ございません。

私も食べましょう。

ヒデ≫これだけで
ごちそうですよね。

美保≫いきなりシメで
いいですもん。

船越≫お漬物の塩味が

ごはんの甘みを、より一層

引っ張り出してくれるから
おいしいですね。

美保≫生卵欲しくないですか?
日色≫いいですね。

船越≫純朴なものでいい。

華美なおかずじゃなくていいです
これだけ、ごはんがおいしいと。

日色≫うれしいです。

ヒデ≫ということで、ここからは
ウワサの真相でございます。

お米作りに
熱中されているということで

今回このようなうわさ
私、入手してまいりました。

「ギャラ代わりに
田んぼをもらった!?」。

まず、どういうことですか?

日色≫私
よく仕事が終わると行ってた

温泉旅館があるんですよ。

そこのおかみが、あるとき
私が朗読をやっているからって

おかみを囲む青年たちがいて

1回、子どもたちに
聞かせたいから

来てくれませんかって

休みに来たときでいいから
そのときでいいからって言うから

いいわよって言って。

ヒデ≫現物支給にしては
スケールが大きすぎて。田んぼ。

日色≫お金、あまりないので
ギャラは田んぼでいいですかって。

ヒデ≫田んぼに
立っていらっしゃる写真。

これ、稲を
植えているところですよね。

美保≫腰が痛くなっちゃう。

日色≫腰痛ベルトして
しっかりケアしながら。

ヒデ≫そして収穫ですかね。

日色≫稲刈りして結んで

ひねって結ぶんですけど。

天日干しするために

かけなきゃいけない。

ヒデ≫「はざかけ」ですね。

それが、こちら。
相当な量ですよね。

肉体労働ですね。

日色≫はざかけするのが
たもの木なんですけど

小さなときから育てて
こんなふうに大きくなってから

やりだしたんです。

船越≫日色さんのために

はざかけを
作っていただいたんですね。

日色≫昔は
たくさんあったんですけど

はざ木が
はざかけ用のが。

今はなくなったので

じゃあ、私の田んぼにぜひって。

ヒデ≫今回、日色さんの田んぼを
管理なさっている藤田さんから

メッセージをお預かりしてます。

日色さんの思いを実現しようと
十数年かけて、はざ木を育て

はざかけで
天日乾燥できるようにしました。

それをバックに朗読される
日色さんを、いつまでも

拝見させていただきたいと
思っております。

船越≫いいお写真ですね。

日色≫涙が出ちゃう、うれしい。

ヒデ≫さらに、もうひと方から。

ギャラ代わりに田んぼはどうだと

実際におっしゃったのが
和田義昭さん。和田さんは

ふだんからそうなんでしょうが

いろんな地元で準備をなさって
現在、この田んぼを

お作りになられた1人と。
そんな和田さんからのメッセージ。

朗読をお願いできたら
年齢や性別を超え

農業に
関心を持っていただく活動に

展開できるのではないかと考え
快くお受けしていただき

二十数年を経ております。

当時の若者たちも初老?(笑)

今後も末永い交流を
よろしくお願いいたしますと。

日色≫ありがとうございます。
うれしいですね。

船越≫23年にもわたる
おつきあいなんですもんね。

美保≫途中で

駐車場にしようとか…。

日色≫ないです!

ヒデ≫やめてください!
駐車場は横に作ってください!

ということで
こちらのうわさ本当でした。

もう1つ、うわさがあるんです。

俳優活動に関する
衝撃的なうわさです。

こんな穏やかな日色さんが…
こちら。

「稽古場では女王様?」。
これ、証拠映像がございます。

日色≫おはようございます。

ヒデ≫日色さんが
稽古場に現れたのは

稽古開始の1時間前。
ついていってみました。

お稽古前の腹ごしらえをなさると。

食後の食器は
どうするのかというと

なんと、ご自身で
しっかり洗われる。

ヒデ≫この日、行われたのは
台本の読み合わせ。

稽古場ではジャージ。
スタンバイ完了です。

日色≫太うて、濃いい
まゆげといい

32~33歳のお年格好といい…。

ヒデ≫ここで、年下の演出家から
厳しい指摘が。

ヒデ≫受けた指摘は
すかさずメモを取ります。

あとから
じっくり確認できるよう

こうしたメモが
欠かせないそうなんです。

ということで、このうわさ
ごめんなさい。

うそでございました。

まったく違いますね!

日色≫ドキッとしました。

船越≫今、劇団民藝を
背負って立っていらっしゃって

本来は女王様であるべきなんです。

ヒデ≫かまわないと
思うんですけど

そうではなく新人の気持ちを
忘れないお姿でしたよね。

日色≫そんなあれじゃ
ないんですけど

お稽古場ではみんな一緒
対等であるという考え方で。

ヒデ≫来月は舞台
「泰山木の木の下で」。

見どころは?

日色≫私、今も
背中も曲がってたけど

おばあちゃんなんですけど

台本では
63歳って書いてあるんです。

でも、昭和30年代で

広島で原爆のことを
ピカというんですけど

ピカにあったおばあさんが
島に住みついて

そこでいろんな仕事をして
暮らしてるんですけど

そこで、ちょっといいのかな…。

堕胎罪で常習犯なんです、私が。

警察に捕まる話で
取り調べを受ける。

つまり、そういう
いろいろな困ってる方を

助けてあげるみたいな。

ヒデ≫このままストーリーを
全部話しちゃいそうな…。

日色≫ごめんなさい!

ヒデ≫お楽しみということで。
以上、ウワサの真相でした。

♪~(コーナー音)

船越≫この音が鳴ったので
船越のクエスチョン5!

美保≫こっちの席もいいでしょ。

船越≫ごはんをいただくときは
こちらのキッチンなんです。

船越≫1から順番に
じっくり伺ってまいります。

よく考えてから決断する、ノー。
そうではないんですね。

日色≫やります!とかって。

すぐに
おっちょこちょいなんです。

美保≫動物的なんじゃ…。

日色≫人が困って
何かを頼んできたら

大丈夫ですなんて引き受けて
どうしようかって

あとで困るタイプで。
だからゆっくり考えなさいって

言われるんです。
1回おなかに収めてって。

船越≫女優さんとしての
役を選ぶときも、そんなことが

あったりするんですか。

はい、やるやるって
そのあと、ものすごい膨大な

せりふで苦労するとか。

日色≫ありますね。

だから、身の丈に合ったことを
すればいいのに

はい!って…
失敗がありますけど。

でも、それはちゃんと
やり遂げますけどね。

船越≫そして、おしゃれに
こだわりがあるという質問。

ノー、これ意外ですね。

日色≫今、間違えたのかな…。

例えば、好きな柄を集めたり
そういうのでは

こだわりはあるんですけど。

船越≫お履物もずいぶん…。

日色≫げたが大好きで
げたを集めて。

下町のせいなんですか
母の影響なんですかね。

げたが好きで。
だから素足で浴衣、げたなんて

いいなって思うんです。

阿部≫今日は好きな柄をお持ちに
なってくださっているんですね。

日色≫水玉が好きで。これお財布。

ヒデ≫ギャルじゃないですか。

美保≫原宿ですよね。
日色≫こういうの大好き。

赤が好きです。

赤ね、安心するんです。
縁起がいいっていうか。

だから今日も、赤を。

美保≫写真の長靴もでしたね。

日色≫田んぼのね。

全部が赤じゃなくて
どこかちょこっと赤…。

それはすごく。
安心感があるの。

船越≫これは
イエスでいいんじゃないですか。

そして、体力に自信がある。

これは、お見受けすればね。

日色≫もともとは弱いたちなので

それを見せたくないこともあり

一生懸命、自分でトレーニング。
スクワットもやってますし

それから、部屋に…。

自転車こぐやつとかやってます。

美保≫ダンベルとかも?

日色≫昔はやってました。

海に潜るころはやってました。

船越≫そして
今大大ブームというか

大熱狂、ラグビー。

美保≫今回ですか?
日色≫にわかじゃありません。

父と子どものときから
だから、オールブラックスが

あのハカっていうのを踊ったとき

最初に見ました。小学生か…。

秩父宮ラグビー場へ行って。

もう必ずシーズンになると行って
雪が降っても雨が降っても

ラグビーってやるじゃない?

心配しないでいいじゃない。
今日は中止に

なるんじゃないかとか。

それで、雪が降っても。

そうすると
むしろを渡してくれるんです。

寒いときは。大好きです。

船越≫本当に失礼ながら
私の人生よりも長いこと

ラグビーのファンで
いらっしゃるということで。

日色≫そういうことに…。

阿部≫今回活躍した日本代表。

日色≫ドキドキしながら
力が入って。

日本の試合じゃなかったけど
横浜まで行って見ました。

船越≫ごひいきの選手とか
いらっしゃいますか?

日色≫私、稲垣って人が好きです。

笑わないって
あとで有名になって。

手前は田村さんと…。

あのね、田中っていう人
あの人いいなと思います。

みんな大体分かります。

美保≫髪形とかも
よかったですよね。

日色≫よかったですよね、すごく。
興奮しました。

ですから、終わってしまって
ちょっと、さびしいんですけど

そんなのしてる間に
せりふを覚えなきゃいけないから

ちょっと今は落ち着いております。

船越≫そして最後。

手先は不器用なほうだという質問
これは力強くノーでございました。

日色≫すごく器用です。
自慢できます。

船越≫何か
お作りになったりしてますか。

日色≫これ
あまりきれいじゃないんですけど。

中はこういうふうになってて
手提げ袋。

美保≫既製品みたいです。

日色≫ロゴもあるんです。

TOMOE HIiROって。

これは、旦那さんが
デザインして作ってくれたんです。

美保≫縫い目も抜かりないですね。

日色≫手提げ袋は
しっかりしなきゃいけないので

ミシンで縫いましたが
ほとんどは手で縫います。

船越≫劇団のお衣装とかも?

日色≫それは衣装部さんが
いますし。

入ったころにはアルバイトで
衣装部に入って

作りました。

舞台で着てくれて動くたびに
すてき、すてきって客席で見てて

どんな筋だか
忘れちゃったことがあって。

大好きです。

阿部≫こちらの舞台のお写真では

日色さんのお隣に見えてるのが

かばんでしょうか?

日色≫これに使うために作ったの。

「怒りの葡萄」っていう芝居で
二十何年なんですけど。

あそこに
ちょっとあるといいなと思って。

船越≫小道具として
お作りになったんですね。

日色≫だから、汚しをかけたので
このまま、記念にとってあって。

美保≫できないですよね。
すぐ私、いやになっちゃう。

布を切るところから。

日色≫私、できたら
そっちのほうにいきたかったの。

裏方さんのほうに。
小道具を作るのがすごく好きで。

阿部≫いろいろお持ちいただいて

お米とかいろいろと
ありがとうございます。

さて、今お話にもありましたが

日色さんの夫の中園正樹さん

去年の12月に76歳で
お亡くなりになりました。

中園さんは羽田空港の
第2旅客ターミナルなどの

建設にも関わった
建築家でいらっしゃいました。

ここからは、中園正樹さんへの
日色さんの思い。

そしてこれからの生き方を
今日は初めて

お話しいただきます。

実は日色さん、中園さんが
亡くなったことをあまり

公にされてなかったんですね。

日色≫そうですね。でも今
いろんなものがはやってますから

建築のほうの世界で
知れ渡りまして

ずいぶん聞かれたんですよね。
本当ですか?とか。

じゃあやっぱり一度
ちゃんとお話しといたほうが

いいのかなって。

本当は、そのまま、ずっと
黙っておきたかったんですけど。

本当にたくさんの方から
本当ですか?どうしたんですか?

うそでしょ?みたいに
聞かれましたので。

阿部≫今日、よろしいでしょうか。

日色さんにとって中園さんは
どういう方だったんでしょうか?

日色≫劇団に入る前から
知り合ってましたので

なんといったらいいんですかね。

同志ですかね
夫婦っていうよりも。

この年まで
私が演劇を続けてこられたのは

彼がいたからですね。

もちろん宇野先生もそうですけど

彼がいなかったら、こんなに長く

のうのうとというか、楽々と
演劇を続けてこられなかったなと。

船越≫どうしてもやっぱり
旅公演があると

おうちを空けることも
長い間、2か月ぐらい

空けなきゃいけないことも。

日色≫そういうときにも
文句を言わず。

それは結婚するときの
約束だったんです。

絶対に辞めろって言わないって。

だから絶対に言いませんでしたし

必ず、私の芝居を見に来ました。

船越≫じゃあいろんなご意見とか
ご感想とかも?

日色≫それは一切ないんです。

今日、どうだった?って
聞くんですよね。

うーん、まあまあとかね。
今日は装置がよかったねとか。

きっと褒めるところが
なかったんでしょうね。

だから、そういう言い方なのか…。

美保≫自分も一緒に立ってる
気分だったんじゃないですかね。

日色≫緊張してたのかしら。

美保≫自分の一部が
舞台に立ってるから

その気分だったんじゃ
ないですかね。

日色≫すばらしい…そうですよね。

だから、聞けなくて。

いつもは、知らない顔して

お互いに、向こうの造った建物も
うーん、あっそう?って

くらいだけど

旅先で見に行ったりして

何年かたってから、見たわよって
そういう夫婦だったので。

わーって
しゃべるほうじゃなかった。

でも本当に感謝しています。今は。

阿部≫今回
中園さんとの思い出のお写真を

何枚かお借りいたしました。

まずは、出会ったころ。
白黒のお写真です。

日色≫婚約してるころですね。

船越≫お若いですね。
おしゃれだな。

ヒデ≫ご主人、体格がやっぱり…。

日色≫とても背が高かったです。

ヒデ≫ラガーマンのような。

日色≫バスケットボールを
やってました。

選手です。
ヒデ≫爽やかだな。

船越≫モデルさんみたいですね
男性の。

美保≫邪魔してくる人
いなかったんですか。

日色≫いませんでした。

美保≫入れなかったんでしょうね。

日色≫いっぱい
ガールフレンドはいたんですけど

そういう感じの人じゃなくて
私に見せてくれるというか

連れてくる。

阿部≫映画の主役の
お二人のような感じで。

もう1枚、スキーですね。

日色≫初めて旅行に行ったのは
奥日光行ったのが最初で

スキーを
ずいぶん教えてくれたんですけど

やりますけど
あまり上手にならなくて、私が。

そのうち、スノーボードに
彼がなったときは

お前はもうやめろって
言われました。

無理だって言われました。

ヒデ≫心からの笑顔ですね。

阿部≫ちょうどいい瞬間の笑顔が。

船越≫時代を感じさせない
おしゃれな方だったんですね。

日色≫そうですかね。

50年近く前。

もうちょっとで
結婚して50年だったんで。

阿部≫いろんな趣味が
お二人にはおありで

もう1枚ご覧いただきましょう。

スキューバダイビングも
されたという。

日色≫遊んでばかりいました。

阿部≫かなり外国も含めて
あちこち行かれたそうですね。

日色≫ほとんど外国で
国内は沖縄ですかね。

あとは、ほとんど外国の海でした。

船越≫いいですね、こうして
共通の趣味がおありになると。

日色≫必ず誘って、やるか?って。

ゴルフも誘ってくれたんだけど
ゴルフは2~3回で

もう私はやらないって。

船越≫大体、ご主人様のほうが
積極的に

いろんな趣味を。
日色≫すごいです。

なんでもやりました。
カメラもやりましたし。

それはすごいです。

次から次へと。

長く続くんです、一つ一つが。

だめなものは1~2回で
ぱっとやめます。

だから、この写真も
どこの海に行ったかも分からない。

海に何か書いてないかな。

阿部≫純さん
お気づきになりました?

日色さんの左手の薬指
指輪があります。

美保≫本当だ!
外さないできらきらしてる。

日色≫これ結婚指輪。

美保≫すごく豪華な、太い。
うらやましいです。

日色≫いいデザインだと
思っています。

美保≫旦那さんが
デザインしてくれたんですか?

日色≫そうじゃないんですけど
頼みましたけど。こういうのって。

美保≫すてきですね。

船越≫今もご一緒に
いられるわけですね。

日色≫感謝、感謝で。

だから、しゃべる機会が
なくなってからのほうが

いっぱい
しゃべってるような気がします。

向こうも仕事を
ずっとしてましたので

あまり会話を
帰ってきたときも

あんまり細かく話さないですよね。

今のほうが帰ってきて
今日、こんなことがあってって。

今日のことも
早速、報告してね

こんなことがあって
こんなことあったって。

おかしいですかね、1人で。
美保≫おかしくないです。

船越≫大事な方が亡くなると
かえって身近に感じるというのは

僕たちも経験がございます。

日色≫それもあるし
やっぱり劇団にいて

演劇を続けていたということが
すごく助かって。

みんな今、劇団で
装置こしらえてるんですよ。

きっと見てると思うんですけど
そういう人たちに

周りの人に助けられて。

だから辞めるなんて言わないで。

辞めるつもりだったんですけどね。

あと2~3年で。
でも、辞めないで続けようって。

船越≫ご主人も
一度も辞めてくれと

おっしゃらなかったわけですから。
続けていかれることが

ご供養かもしれませんね。
日色≫そう思います。

阿部≫大事なゆかりの品も
見つかったそうですね

整理されていく中で。

日色≫えっ?て
忘れていたようなものとか

あれ、こんなふうに
考えていたんだっていう

書いたものとかもね
見つかりましてね。

ちょっと自分の
知らない部分とかもあったり。

これからですね
ゆっくり、整理するのは。

美保≫そんなに
愛してもらっていたんだって

きますね。気が付かないところに。

日色≫そうですね。

あとから聞いたんですけど
主人の仲間にね。

私が楽しくゆっくり
安心して

この演劇を続けられるように
してあげたいんだと

言ってたそうです。
どうしましょう。

船越≫すてき。

なおこれからも演劇の道で
頑張っていただきたいと思います。

阿部≫おすすめ番組の紹介です。

≫レオナルド・ダビンチの素顔に
作家・伊集院静が迫ります。

≫ダビンチの絵に隠された秘密。

そこから浮かび上がる
人間、ダビンチの苦悩とは?

阿部≫ETV特集では
ルネサンスの巨匠

レオナルド・ダビンチの素顔に
作家・伊集院静さんが迫ります。

伊集院さんは、若いころから
ルネサンスの絵画にみせられ

時空を超え
画家と対話することを

ライフワークにしてきました。

ダビンチの没後500年を機に

フィレンツェ、ミラノと
ダビンチの足跡を旅して

数々の名画に隠された
秘密を探ります。

ダビンチの絵に、なぜ
人々はひかれるのでしょうか。

なぜ
未完の作品が多いんでしょうか。

追い求めた女性の美とは?

ETV特集「伊集院静
ダビンチをめぐる冒険」で

お確かめください。

船越≫来週の
「おしゃべり日和」は

ご覧の方々をお迎えします。

音楽プロデューサーの
つんく♂さん。

そして、もはや
アイドル界のレジェンド

野口五郎さん。
そして、西川貴教さん。

木曜日は吉幾三さんに
お見えいただきます。

レジェンドウイーク
という感じですね。

いろんなお話が伺えそうですね。

美保≫音楽を
聴いていきたいですね。

船越≫いろんなジャンルで
日本の音楽を

支え続けていらっしゃる方々に
お越しいただきます。

阿部≫今日のお客様
日色ともゑさんへの

メッセージが届いております。
千葉県に住む50歳の方。

名前は、ゆりといいます。

私の名前のゆりは
日色ともゑさん主演の「旅路」の

ドラマの主人公から
ということで父がつけました。

主人公の有里がとても
すてきだったからということです。

初めて「旅路」の映像も
見ることができました。

これからもご活躍されてください。
日色≫ありがとうございます。

阿部≫多くの皆さんから
お若いですねという

メッセージもありました。
美保≫つるつるなの!

日色≫今日は幸せでした。

船越≫本日のゲスト
日色ともゑさんでした。

ありがとうございました。


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