徹子の部屋 山本譲二~デビュー45周年…支えてくれた妻への想い~内助の功もあって駆け上がってきた譲二さんの目に…



出典:『徹子の部屋 山本譲二~デビュー45周年…支えてくれた妻への想い~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 山本譲二[解][字]


~デビュー45周年…支えてくれた妻への想い~山本譲二さんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

2歳になる孫にメロメロ!来年、70歳の古希を迎える山本譲二さんがゲスト。

◇番組内容

今年デビュー45周年。孫と訪れた鉄道博物館で偶然、18歳の時に地元・下関から飛び乗った寝台列車と再会。「人生が一回りした」感じがして、今まで頑張ってきた自分自身を懐古したという。また、今年5月には大腸がんを患い手術。死と隣り合わせになった時、浮かんだのは売れない時代からずっと支えてくれていた妻の顔だったと語る。そんな愛妻から内緒で手紙が届くと、内助の功もあって駆け上がってきた譲二さんの目には涙が…

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/



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徹子の部屋 山本譲二~デビュー45周年…支えてくれた妻への想い
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  2. 奥様
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  6. お前
  7. 手術
  8. フフフ
  9. 吉幾三
  10. 山本譲二
  11. 女房
  12. 一緒
  13. 歌手
  14. 頑張
  15. 元気
  16. 山本
  17. 態度
  18. 腸閉塞
  19. 風邪
  20. ダメ


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(黒柳)まあ なんて可愛らしい!

2歳の初孫にメロメロの

現在69歳の 今日のお客様。

この番組にも
前に来てくださいました

長女 琴乃さんの
お子さんですよね?

お孫さんです。
はい。

山本譲二さん 今日のお客様。
とても楽しみにしております。

こんにちは。
今日も素敵なスーツで。

いえいえ とんでもないです。

パリッとして
来てくださいました。

よろしくお願いします。
よろしくお願いいたします。

(拍手)

現在69歳。 今の2歳のお孫さん

本当 可愛い? 初孫?
はい そうですね。

可愛い?
はい。

ちょっと 仕事場に伺って
撮らせていただいた

仕事場の様子を
見せていただきます。

譲二さんの仕事場です。
はい。

♬~「すがる涙の いじらしさ」

録音する所?
はい この間 やったんですけど。

♬~「その場しのぎの
なぐさめ云って」

♬~「みちのくひとり旅」

懐かしい歌ですね これね。

『みちのくひとり旅』?
そうです。

(スタッフ)「ああ お疲れさまです」

(山本)「孫の写真をですね
常に これを見てます」

あら フフフ…。

へえー!

「今 大変
しゃべるようになりましてね

すごいんですよ」

「列車が とっても好きでですね…」

(スタッフ)「電車が?」
(山本)「はい」

「大宮の鉄道博物館にも
もう 何回も連れて行きました」

へえ…。 どんな事しゃべるの?

あー… 「ダメ!」とか。
フフフ…。

「ブッブー」とか
「ピンポーン」とか。

嘘だろ? 急に何? って。

「じいじ言ってる事
わかってるの?」。

「ピンポーン!」。

えっ? っていう感じです。
ああ そうなの。

会う度に驚かされます。
なるほどね。

孫って
こんなに可愛かったんだって。

吉幾三が 「早く琴乃に
産んでもらえ」って。

「こんなに 孫って可愛いって
お前 感じて

世の中
変わって見えるから」。

「もっと お前…
いい男になれるから」って

言い続けてたんですけども。
余計なお世話…。

はい。
「俺は まだ孫はいらん」みたいな

そんな事を言ってました。
そしたら…。

吉幾三さんは もう孫自慢?
はい。

そうでしたか。
でも ご自分が持ってみたら

本当に可愛い?
いや 本当に可愛いです はい。

その孫自慢されてる時は
なんとも思わなかった?

そうですね。

吉の孫も
とっても可愛いですよ。

女の子が えー…

1 2 3… 4人ですか。

4人もいるの?
男の子が1人いて。

本当に 可愛いです。

僕がマジックすると
本当に喜んでくれて。

大変な拍手するんですけど…。
可愛い。

僕がウケると
吉が やきもち焼いちゃって。

「もう お前帰れ」みたいになって。
本当?

あの方は マジックできないの?

吉は あんまりやらないですね。
フフフ…。

子どもは
マジックって とっても好きね。

大好きみたいですよね。
わかるのね そういうのがね。

こんな憧れの顔で
僕を見てますから。

じゃあ 得意で…
お見せになるのね 何度とね。

そんな山本譲二さんは

今年
芸歴45周年という事でございます。

1980年に『みちのくひとり旅』で
大ヒット。

ヒットなさった すぐあとに

『徹子の部屋』に
来てくださいました。

1982年の『徹子の部屋』ですけど
ちょっと

ご覧いただいていいですか?
えっ!

「本当に
どなたも お知り合いもなく?」

「そうです。 おふくろには
友達がいっぱいいるからって

嘘ついて来たんですけどね」

「とにかく
新宿駅しか知りませんでした」

「朝の10時頃 着きまして…」
「何時間? 当時は」

「えっと 16~17時間です はい」

「下関から東京駅まで。
そして 朝の何時に?」

「朝の10時ちょっと過ぎに
着きましたね」

「それで 新宿っていう街しか
知らなかったので

新宿に出ようと思ったんです」

「そのうち 人で
もう 頭が痛くなりましたね」

「人が いっぱい…」
「人で 人で…」

「これは 下関の祭り以上だと
思ったんですから」

「人が…」
「多くて」

「それから なんか そこで
しばらく野宿してらしたって」

「2日 泊まりました」

フフフ… 野宿したの?

そうですね。
新宿の東口 出ますと

グリーンハウスっていうのが
ありまして。

今でも ありますけど。
そこで 2日間 寝ましたね。

でも それは
歌手になろうと思って…。

そうですね。
…来たんですけど やっぱり

なる道が見付からないんですよね。

いきなり来ちゃった?
はい。

おふくろには
「友達がいっぱいいるから」

「心配しないでいいから」。

で 夜汽車 飛び乗って。

「あさかぜ」っていう夜汽車に
飛び乗って 出てきたんです。

その「あさかぜ」が
もう廃止になりました。

ああ そうなの?
はい 数年前に。

ああ なんか 残念だな

思い出が1つ消えたなって
思ってた矢先

この間
大宮の鉄道博物館っていう所に

孫を連れて行ったら

ふっと見たら「あさかぜ」が
置いてあるんですよ。

えー! これ?
はい。

これです これです。
ご自分が乗ってらしたやつ?

はい。 これで乗って来ました
東京に。

あら 随分偶然ですね。
偶然も偶然です。

中にも入れて
ベッドが6つありまして。

僕は もう「あさかぜ」に
夢中になっちゃって。

「琴乃 雅也君を
お前に ちょっと預けるぞ」と。

本当に 入って…
そうですね 五十何年前…。

中も入れたの?
はい 入れました。

五十何年前?
はい 52年前ですかね。

当時の思い出が
こう 一瞬にしてよみがえる?

一瞬に!
よく 僕は これ乗って

なんにも知らない 誰も知らない
なんのつてもない東京に

僕は
18歳で よく出てきたよねって

しみじみ思いました。
本当ですよね 考えてみるとね。

無謀とさえ…。
もう無謀です 本当に。

でも これにお乗りになった時に

なんか 人生ひと回りした
っていう感じがしたんですって?

よく ここまで来れたよなって。

「よく頑張ったよ お前ね」って
褒めてあげたい自分もいました。

北島のおやじと巡り合って

このおやじが
見てくれてるんだから

頑張らなきゃ!
頑張るしかないだろうって。

頑張れないお前は
男じゃないよっていう

その思いで
ずっとずっと やってきました。

そうですか。 『ベストテン』でも
随分 ご一緒してましたから…。

さて 今年の5月に… なんか

おなか痛かったんですって?
ちょっと。

はい。 寝てましたら おなかが
グリグリグリッて痛くなりまして。

触ったら ブクッと腫れてるし。
うん。

吐き気はするし
熱はありそうだし…。

いきなり?
はい。

痛くて眠れなくて
「えっちゃん ちょっと わし…

病院 連れて行ってくれや」
っていう話ですよね。

「わかった」って。

で 病院に連れて…。
「わかった」って言ったのは

どなただったんですか?
女房です。

女房ね。
はい。

「じゃあ 行こう」って。

行って 「どうされました?」って
聞かれたんで

「いや おなか痛いんですよ」って。
「どの辺ですか?」。

「ここです」って。
「じゃあ CT撮りましょうね」。

CTを まず撮って。 そしたら

「ちょっと なんか怪しいので」って
言うんです。

「造影剤を入れて
もう1回 撮りましょう」。

造影剤を入れると この患部が
よく見えるんですね。

それを見て判断した時に…

今 もう
はっきり言うんですね 本人に。

そうなの?
なんておっしゃったんですか?

「大腸がんですね」って
言われました。

もう 何がなんだか
よくわからなくて。

「がっ… がん?」。
それから ほら 大腸っていうのは

どこの所で どうなってるのか
わかんないもんですもんね。

わかんないですよね。

だから…

「腸閉塞を 今 起こしてまして

その手前に これで見る限り

6センチか7センチのがんが
できてます」と。

「だから まず
腸閉塞の手術をしないと

がんの手術ができませんから」。
腸閉塞の方を先に…。

「まずは
腸閉塞の手術をしましょう」と。

それは内視鏡で
小さく 細くなった所を

ステント入れて
グワッと広がらせる手術を

まず したんですね。
それ 奥様もご一緒にいらしたの?

はい。
奥様 どんなでした? その時。

いや もう 女房は
気丈に対応してました。

あっ そうなの。
涙も見せずに。

オロオロもせずに?
オロオロもせずに。

偉い。
はい。

こいつ 俺の保険
狙ってるのかな? みたいな。

なんという事を…。 でも 奥様も

9年前に 乳がんなさった…。
そうですね。

だから そういう事もあるので
ちょっと…

お元気… 免疫…。
そうですね。

まあ 2人でグスンってなってても
っていう気持ちも

あったんじゃないでしょうか。

奥様が 乳がんにおなりの時は
なんか お嬢さんから

「お母さんって死んじゃうの?」
って言われたんですって?

聞かれました 病院の帰りに。

2人の娘に 「お父さん」って。

「お母さん 死んじゃうの?」
って聞かれました。

「お母さんは死なない」。

「そんな弱い星の下に
生まれてない」。

「本当に?」
「本当だ。 明日も行こう」って。

「お父さん。 お父さん 死ぬ時

小さくなって死なないで」って
言われて。

「わかった。 お父さん逝く時は
ポックリ逝くぞ」って。

本当にポックリ逝きそうな
感じだったんですけど。

でも とにかく
それがわかったんだけど

かねがね 考えたら
随分 その前に

お酒とか風邪薬とか飲んだ時に

ちょっと あったんですって?
予兆のようなものが。

あの… 5月に
がんって わかったんですよね。

その前の年ですよ。
ええ。 去年?

去年の11月から
もう 痛かったんですよ。

ズキン ズキン ズキンって
いってたんですよ。

なんだろうな? って…。
その時に 病院に行ってれば

多分 がんではない
ちょっとした悪性のポリープで

簡単に切開できたと
思うんですけど。

これは 自分で風邪だと思って
自己診断して。

すごいわね。
これが風邪だと思って…。

風邪薬 飲むと…
ちょっとした消炎剤も

入ってるんでしょうね
風邪薬って。

ちょっと痛みが和らぐんですよ。
そうなの?

そのうえに
酒 飲むものですから

それで 余計 痛くならなくなって。
なるほどね。

それで ごまかし ごまかし…。

次の年が明けて 5月まで

なんとか延ばすわけですよね。

そのうちに育ったんでしょうね。

で とうとう 病院にいらした…
もう 手術しなきゃダメって?

「絶対 手術しなきゃダメです」と。
そうですか。

その時に 「えっちゃん 悪いけど
吉に連絡してほしい」と。

吉幾三さんに?
はい。

連絡しましたら
ハワイに行ってましてね。

のんきに?
はい。 でも あいつ

ビックリして
飛んで帰ってくれて。

帰ってきてくれたの?
優しいね。

そうですね。
それで 会った瞬間に

「山本!
いい先生もいるから

全部 俺に任せろ」って
言ってくれて。

それで 腸閉塞の手術が終わって
2~3日して

病院を移るんです。
でも その時に

孫のために生きよう
っていう感じが…?

いやあ…
それは 本当に手術後ですね。

手術後?
はい。

8時になると もう
みんな帰るわけですよ。

たった1人になると… こんな事
言いたくないんですけど

もう 寂しくて。
ああ そうね。

もう わびしくて 切なくて。

「俺 どうなんのかな?」。

もう 悪い方 悪い方に考えて。
そうか。

今 この時間を過ぎればいい
っていうんじゃなくて

これで悪くなっていけば
歌も歌えないしとか

いろんな事になっちゃう…。
そうですね。

一番考えたのは

うちの女房は
俺の事… 俺の体に

ちゃんと
保険かけてくれてるよな? って。

明日 えっちゃんに…
女房に聞こうと思うけど

「入ってないよ」って言われるのが
怖いから

それ 聞けない…
いまだに聞けないんですよ。

そうですか。
はい。

CMのあとに ちょっと
奥様のお話も伺いますので。

よろしいですか?
でも まあ お元気なんで

何よりでしたけども。
ちょっと コマーシャルです。

奥様の悦子さんは 前に 一緒に
おいでくださいましたけど

本当に お元気な方で。

売れっ子歌手で
いらしたんですけど。

お会いになった頃は あんまり
売れてなかったんですって?

僕は 全然ダメですね。
そうなの?

あいつに
毎日 2000円もらって

パチンコとか 喫茶店とか

そんな所に
入り浸っておりました。

奥様は売れてらしたの?
はい あいつは稼いでました。

その時に 譲二さんの事を
いつも 「絶対 売れる」って

いつも 励ましてくれて。
そうですね。

おやじに付かせていただいて
「もう 北島の… えっちゃん 俺

日本一の付き人になるわ」
って言った時に

ちょっと怒りましたね。

「そんな弱気な事
言わないで!」って。

「何しに東京に出てきたの?」。

「歌手になるために
出てきたんでしょ?」。

「その夢は捨てないで」って
本当に怒られました。

そういう事で怒られた?
はい。 「ごめん」って言いました…。

そうですか。 でも まあ

ヒットしたりなんか
したもんだから

奥様からすると
慢心してらしたようにも

ちょっと見えたのか

そこで活を入れられた?
はい はい。

「もう 今の譲二は
全く魅力がない」と。

で テープを2本
ボンッて置かれて。

「これ見れば?」って。 「帰る」って
フッと帰ったんですよ。

「なんだよ? これ」って。
「頭くるな」みたいな感じで。

それで ボンと入れて。
そしたら こんななって

ふんぞり返ってテレビに出てる
自分が出てくるんですよね。

もう1回やって もう1回やって。

こんななって…
もう こんなんじゃないですか。

テレビに出演してらした時?
ああ そう…。

ご自分では
気が付かなかったのね?

自分じゃ わからなかったですね。

ああ これを言ってるんだと。

おやじにも
よく言われてたんですよ。

「山本ね 歌い手はね やっぱり
可愛がってもらわないとね

伸びないんだぞ」と。

「ふんぞり返ったりね
そういう偉そうな態度を…

勘違いしたような態度を
とってると

可愛くないって
思われちゃうから」。

だから 女房とおやじには
そうやって 結構 叱られました。

今… 奥様の話に
ちょっと戻るんですけど。

奥様が 番組にいらした時に
こんな話 してらしたんですよ。

これは 2017年…
2年前の事ですけど

ちょっと
見ていただいていいですか。

「15年ぐらい前に
奥様が離婚届 出した…」

「なんで? それは」

「悪いのは こちらですから。
ハハハハ…!」

「態度を改めなかったの?」
「そうですね はい」

「いきなり “これに名前書いてよ"
って言われて

見たら
“離婚届"って書いてるんですよ」

「やっぱり
女性と遊ぶわけですよ」

(悦子さん)「ハハハハ…!」
「ハハハハ…!」

「すみませんけど…
本当 すみません」

「そんな事が…!」
「本当に ごめんなさい」

「そりゃね…。 しょっちゅう?」

「いや…!」
「(一同 笑い)」

「それじゃ ケダモノですよ」

「でも 意外と そうですよね」

「何言ってんだよ! お前は」

フフフ… お元気な奥様。

でも ああいう奥様が
いらしたから

奥様は あなたを
よく見ていらしたんで。

まあ 離婚届 出す理由って
もう わかってますよ。

バッと夜中に 目 覚めて

バッと起き上がって

帰らなきゃ! って言う
僕がいるわけだよ。

自分のうちでね。
はい。

「どこに帰るの? あんた」って
言われて。

そうよね。
「いや 寝言 寝言」みたいな…。

その日から もう 朝起きたら
全然…。

態度が…。
態度が冷たくて 冷たくて。

実は あなたに内緒で

奥様から ちょっと
お手紙をちょうだいいたしました。

ちょっと待ってね。

いいですか?
今日 出る前に

「手紙とか 絶対 書いてない?」
「書くわけないじゃん」って。

でも あなた お聞きになったの?

聞きました。 苦手ですから。

いいですか?

「この度は
大変な病気を経験しましたね」

「さかのぼれば
去年の10月ぐらいから

脇腹が痛い おなかが痛いと…」

「“とにかく病院に行くから"」

「“あっ 治った 風邪だった"
“なんで 風邪なの?"」

「“風邪薬 飲んだら
痛みが治ったから"」

「そんなやり取りを何回したか」

「“いくらなんでも風邪引きすぎ"」

「“それは風邪じゃないから
きちんと病院に行って

原因を調べないと"の
繰り返しでしたね」

「もともと 病院嫌いですが

具合の悪い時とか
どこかに異常を感じたら

診察してもらわないと
何もわからないので

今回は
いい勉強になったと思います」

「心も体も つらい状況を
乗り越えたのですから

自分のためにも また
孫の雅也君のためにも

主治医のアドバイスを
よく聞いて

まだまだ元気でいてください」

「そして お互い寄り添って

もう少し
一緒に歩いていきたいですよね」

「山本悦子」

いい奥様。 ねっ?

どうぞ。
ありがとうございます。

奥様 キレイな字で
書いてらっしゃるので

ちょっと お見せします。
こんなキレイな…

キレイな字です。

じゃあ これで
お持ち帰りください。

なんて ありがたい…。
どうですか? 奥様のお手紙。

「もうちょっと一緒に寄り添って
生きていこう」って…。

その言葉が
やっぱり 効きますよね。

そうですよね。 せっかくね
結婚なすったんですしね。

そうですね。 本当に
あいつがいなかったらね

俺は おやじに
45年もついていけなかったし。

あっ そう…?
売れない山本譲二でしたから

もう 歌手の道は諦めて

何か 仕事をしてたと
思うんですね。

あっ そうなの。
そういう事を

一切 あいつは
言わなかったものですから

僕は 歌手になるんだ
歌手になるんだって

その夢を追い続ける事が
できたんですよ。

すごいですよね。
はい。 だから 本当に 感謝…。

感謝しかないんですね。
よかったわ そんな事を伺えて。

奥様も きっと喜んでらっしゃる。
なかなか…

こういう素敵な番組じゃないと
言えないんですよ 本当に。

普段 口では なかなかね。
言えないです。

家じゃ言えないです。
おうちじゃ言えない。

はい 感謝します。
本当に ありがとうございました。

お聞きになったでしょ? 今ね。
奥様ね 喜んでいらっしゃる。

それと 本当に
あなたに感謝してらっしゃると

おっしゃっているので。

面と向かっては なかなか
おっしゃらないような方ですので。

『みちのくひとり旅』とか
ご自分のヒット曲を

セルフカバーなすって…。
はい。

吉幾三が

「山本ね 45周年だろ?」。

「いつも
アルバム出してる時…

お前 もう
気が付いてるよな?」。

「『山本譲二 全曲集』
『山本譲二 大全集』」。

「いっぱい
過去に出してるよ」。

「だからダメなんだ」って
言うわけですよ。

すごいね
吉幾三さんっていう人は。

「45周年 二度と来ないんだ」と。

「今のお前の声で
『みちのく』を歌うべきだ」と。

今の声で?
はい。 「『雪國』も歌え」と。

「俺が 全部 悪いけど
アレンジさせてもらう」。

「お前の声を生かしたい」。

『雪國』って あの人の歌ですよね。
そうです。

「『雪國』って
おめえの歌じゃねえかよ」。

「いいんだよ。
その代わり 泣け」とか

うるさいんですよ。
フフフ…。 そうなの?

面白いけど うるさいんですよ。

うるさいの?
はい。

楽しいけど うるさいんですよ。

売れてるあの方が そういう風に
言ってくださったのは…。

あいつがね 新しい命をくれたって
僕 本当に…。

昨日も電話で話したんです。
吉幾三さん。

「『徹子の部屋』 出るから

明日 徹子さんに
俺 そうやって話 するぞ」って。

「お前から 本当に
もらった命だからな」って。

「いや… 照れるじゃねえかよ。
頼むぞ」って。

フフフ…! 「頼むぞ」って?

「言ってくれよ。 頼むぞ」みたいな。

でも これから… 吉幾三さんの

そういう いろんなアドバイスも
あったと思いますけども

山本譲二さん自身は

どんな風になっていくと
お思いになりますか?

もう あの…

自分の健康は
本当に 自分でしか守れません。

だから 15年も…

1回も 病院に行った事がない
検査をした事がない自分を

今 やっぱり 恥じてますよ。
なるほどね。

本当に
誰も手助けはしてくれないから

1年に1回か2回は
ちゃんと 検査に行くべきだと。

奥様は
そう おっしゃってたんでしょ?

前から きっとね。
そういう風に言ってたんですけど

全く 僕 言う事を聞かなくて。

だから 孫のためにも
もう少し長生きしてみたいから

毎月… いや 毎月っていうか
1年に2回は…。

そうですよね。
はい。 胃カメラ のんで。

そう。

2年に1回は 大腸検査をして

肝炎の検査もして… そして
生きていこうと思ってます。

早めにわかればね。
何しろ 来年2月には古希?

はい 70になります。
70に?

若いわね でもね。
考えられないですね。

『ベストテン』なんかで
お会いした時のあなたが

もう 70に
おなりになるっていうのがね。

そうですね。 三十…
だから 39年経ちます 来年で。

そんな?
はい。 『ベストテン』から。

『ベストテン』からね。
本当に お世話になりました。

あの時 本当にね
すごかったですよね。

ありがとうございました。
よかったですよね。

でも お孫さんのためにも

元気でいらっしゃらないと
いけないけど。

でも 本当に
手術も うまくいってね…。

安心なさって ファンの皆さんも。
ありがとうございました。

どうぞ これからも
バンバン お歌いになって…。

頑張ります。
どうも ありがとうございました。

ありがとうございました。
(拍手)


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