ごごナマ「野口五郎」QRコードを利用するコンサート動画配信システム。それを自ら開発し特許を取得!実は発明家!?



出典:『ごごナマ「野口五郎」QRコードを利用するコンサート動画配信』の番組情報(EPGから引用)


ごごナマ「野口五郎」[字]


ゲストは歌手の野口五郎さん。QRコードを利用するコンサート動画配信システム。それを自ら開発し特許を取得!実は発明家!?野口さんの知られざる才能に迫る。


詳細情報

番組内容

ゲストは歌手の野口五郎さん。QRコードを利用するコンサート動画配信システムを自ら開発し特許を取得!実は発明家!?野口さんの知られざるに迫る。▽CDにはないコンサート動画の魅力。「アタリ」動画の「オマケ」とは?▽自宅に作った音楽スタジオで曲作り。クリエーターとしての情熱はどこから?▽西城秀樹のために作った曲。二人の絆に秘められた逸話。▽得意のギャグ。今日はどんなダジャレが飛び出すか?

出演者

【MC】船越英一郎,美保純,阿部渉,【ゲスト】野口五郎,【出演】原口あきまさ



『ごごナマ「野口五郎」QRコードを利用するコンサート動画配信』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

ごごナマ「野口五郎」QRコードを利用するコンサート動画配信システム
  1. 野口
  2. 船越
  3. 五郎
  4. 阿部
  5. 原口
  6. 美保
  7. 本当
  8. デビュー
  9. 秀樹
  10. コンサート
  11. 一緒
  12. 自分
  13. ギター
  14. ファン
  15. 一人一人
  16. ギャグ
  17. 野口五郎
  18. QRコード
  19. ハズレ
  20. 今日


『ごごナマ「野口五郎」QRコードを利用するコンサート動画配信』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓NHK関連商品

阿部≫今日のゲストは…

今なお全国各地で
コンサートを行っている

野口五郎さんです。

実は、野口さんのコンサート
野口さんのアイデアで…

さらに、コンサートでは…

一体なぜ?

今日は、昭和、平成
そして令和をまたにかける…

船越≫よろしくお願いいたします。

一体なぜとありましたが

なんのための撮影だったんですか。

ではお伝えします。

総理大臣主催の桜を見る会に
ついて

国民民主党の原口国会対策委員長


安倍総理大臣の後援会から
多くの人が招かれていたとすれば、

公益の私物化だと批判し
後援会のメンバーに便宜が

図られていないか追及する考えを
示しました。

総理大臣主催で毎年開かれている
桜を見る会は

年々、参加者が増えていて
野党側は安倍総理大臣の後援会

から多くの人が招待されていると
して批判を強めています。

これについて国民民主党の
原口国会対策委員長は。

そのうえで

前日に行われた後援会行事の

前夜祭などがどのような会計で
行われたのか、

安倍総理大臣の政治団体や
自民党の選挙区支部の収支報告書

を見ても分からないと述べて
後援会のメンバーに便宜が

図られていないか追及する考えを
示しました。

一方、自民党の二階幹事長は、
次のように述べました。

菅官房長官は

安倍総理大臣の後援会が

桜を見る会の前日に開催した

懇親会について
懇親会と後援会活動については

承知していないと述べました。

香港では、きょうも交通網を
妨害して政府や警察に抗議しよう

という呼びかけが行われ、
各地で道路が塞がれたほか多くの

地下鉄の駅が一時、閉鎖される
など混乱が続いています。

これに対し林鄭月娥行政長官は
きょうの定例会見で

過激な抗議活動の取締りを
強化していく考えを示しました。

メキシコ政府は11日、
大統領選挙での不正疑惑を受けて

辞任を表明した

ボリビアのモラレス大統領から
亡命の申請があり

これを受け入れたと発表しました。

メキシコの外相はモラレス氏が
すでにボリビアを出国したとして

います。

ボリビアでは先月行われた大統領
選挙でモラレス大統領が4期目の

当選を果たしましたが
選挙で不正が行われたとして

警察や軍が大統領に辞任を要求
する事態に発展し

モラレス大統領は10日、
辞任を表明しました。

しかし、その後も国内の混乱は

収まらず
モラレス大統領の自宅周辺に

デモ隊が押しかけるなど緊張した
状態が続いていました。

こうした中、メキシコ政府は
11日、

モラレス大統領から亡命の申請が
あり

これを受け入れたと発表しました。
メキシコの外相はツイッターに

モラレス氏を乗せたメキシコの

軍用機がボリビアを出発した。

彼はすでにメキシコ側の
保護下にあり安全だと投稿し、

モラレス氏がすでにボリビアを
出国したことを明らかにしました。

船越≫こんにちは。

改めて、ご紹介します。

やっとおいでいただきました。

本日のゲスト、野口五郎さんです。
よろしくお願いいたします。

休止になってしまったり

いろいろございましたけど

やっと念願がかなった感じで
ございますね。

昨年末は食道がんの手術をされて。

野口≫本当に
検診はすべきだなと思いまして。

衝撃ですね
お医者さんから言われるって。

船越≫ちょうどドラマの撮影が…。

野口≫始まる直前ですね。
あとコンサートツアーも

始まるときだったので。
真っ白になるもんですね。

阿部≫その後、具合は
どうでしょうか?

野口≫今、またもう一度
1年たって

受けている最中です。

船越≫ご家族に一生懸命
支えていただいて。

阿部≫今日のお客様
野口五郎さんへの

ご質問、メッセージ
どしどしお寄せください。

まず1つ目のテーマです。

音楽配信といいますと
今ではいろんな形がありますが

野口さんが行うスマホ配信の
秘密はコンサートにあったんです。

先日、大阪で行われた
野口五郎さんの

コンサート会場の様子です。

開演前から、ロビーの一角には
ファンの方々で

長い行列ができています。

コンサートといえば

CDを購入する方も
多いはずですが…

何やら
五郎さんの写真のようです。

実はこれ、裏面に
QRコードがついているんです。

カードを購入した人は
事前にインストールした

専用アプリを起動して
QRコードを読み取ります。

するとその日のコンサート動画が

閲覧できるようになります。

思い出のコンサートを
スマホに入れて…

船越≫本当にすごい発明ですよね。

五郎さんのアイデアですよ。

野口≫熱いうちに
皆さんに聴いていただけるのは。

客席って
この席をご購入いただいて

座って
ずっと見ていただいてるので

その臨場感そのままで。

そう編集をするものではなくて

それよりも、熱いうちに

早く聴いていただく。

船越≫まだ余韻の中で
もう一度振り返ることができる。

野口≫このシステムですと
例えば1週間後とか1か月後とか

1年後とかにも
どんどん、またファイルを

送ることができるので

1回、一緒になれば
ずっと一緒っていう。

美保≫寝る前にもう一度とか

すごくうれしいですよね。
船越≫しかも

編集してないわけですからね。
そのままのライブの興奮が

手に入っちゃうわけですね。
このサービスを考えられた

きっかけは
なんだったんですか?

野口≫もともとは考えたのは
11年ぐらい前なんですけど。

船越≫早い。
まだスマホないころですね。

野口≫地方へ行って、いろいろと
ストリートミュージシャンの方が

いらっしゃって
寒い日に、ギターを弾きながら

手袋をして
手袋を取ってギターを弾きながら

CDを売っている姿を見て
なんとかしたいと思ったのが。

船越≫そこから
発想していったんですか。

野口≫そこから、何か
考えなきゃいけないなと

思ったんです。

もともと妄想族なんですよ。
妄想癖といいますか。

阿部≫野口さんは
このサービスについて

こんな思いをお持ちだそうです。
「今の自分を聴いてほしい…」。

船越≫これはどういうことですか。

野口≫CDというのは
僕もずっとレコードやCDを

出させていただいて
これはすごく大切なもので

かけがえのないものなんですけど。
最初にCDをレコーディングして

そして、コンサートで歌うたびに

だんだん熟成していくんです
自分も。

そのときコンサートで歌った歌を

もしお客様に、これいいなと
思っていただいたときに

最初に歌ったCDではなくて

そのときは
そのとき歌ったものを

持って帰ってもらいたい。
それと、今

いろんな買い方があるので
自分のファンクラブから

タップするだけで
あるじゃないですか、通販が。

そうすると、大阪の
コンサートのものであったり

北海道であったり九州であったり

同じ曲でも、いろんなところで
僕ら、歌い方が違ったりとか

環境で
違うじゃないですか。

だから、いろんな歌を
歌い方を。場所によって

空気感が違うので
それを皆さんに

楽しんでいただける。
船越≫例えば、大阪のライブに

行きたいんだけど、東京だから
どうしても、この日は

スケジュールはっていう方も
大阪のライブを

視聴することができるわけですか
そのままの形で。

野口≫もしかして
九州でのコンサートで

どうやら野口五郎
失敗したらしいぞというのが

あったとしたら
その失敗したのを

聴いてみたいなとか。
そういうのもありかと思って。

美保≫ちょっと今日
半泣きしてるみたい!とか。

聴いてみたいですよね。
船越≫しかもお値段も

そんなに高くないんですよね
五郎さんの場合はね。

阿部≫楽しみが広がりますけど。
ただし、五郎さんが考えた当初

スタッフは
こう思っていたそうです。

「五郎さん
何を言っているんだろう…」。

理解されなかったんですね。

野口≫分かった振りは
してくれるんですけど

全然分かってくれなくて。
船越≫スマホがない時代だから

まず概念が分からないですよね。

野口≫そうですね。
最初のころは携帯で

まず認証できる携帯を
作るんですね。

それで、1枚1枚のQRコードを
認証していくという

システムをまず考えました。

船越≫どうして、そんなこと
考えられるんですか?

野口≫妄想。
船越≫妄想だけじゃだめですよね

知識もないと。

野口≫というか、夢ですよね。
その先に

いきたいというのがあって。
そこをクリアしないといけない

ということからなんですけど。
船越≫やっぱり常に五郎さんに

お話伺ってると

音楽業界をもっと盛り上げたい
という思いが強いから、妄想も

そっちの妄想になるんですよね。
野口≫自分がお世話になってきた

音楽業界に
なんとか恩返ししたいとか

何か残したいとかいう
強い思いはあります。

船越≫これで、もしかすると
大きく音楽界を変えますよね。

このシステムは。
野口≫どうなんでしょう。

音楽もそうですし
どんなことにでも使えますね。

船越≫スポーツでも
いいわけでしょ。

その日の観戦したスポーツ。
美保≫あと演劇界とかも

そうですよね。

船越≫本当に映像文化が
変わるぐらいのことですよ。

野口≫ありがとうございます。

美保≫スマホのほうが
いいんですかね。

野口≫タブレットでもいいです。
美保≫ガラケーだとちょっと…。

野口≫またシステムがちょっと…。

阿部≫そのシステムについて
野口先生にお願いして。

船越≫ここからは
講義を伺いたいと思います。

野口≫実は
番組のプロデューサーに

すごく気に入っていただけまして
こういうふうに

していただいたんですが。
QRコードというのは

いわゆる1つの情報を
みんなで共有するというのが

そもそもなんですけど
動画があって

サーバーに1回集められたものを
この場合

僕のテイクアウトライブは
Aという方の携帯

Bという方の携帯にと

個々に届くようになってるんです。
これを簡単に

歌で説明しますと
僕が1000人の会場で

歌ってます。

1000人のお客様は
野口五郎の歌を皆さんで共有。

要するに野口五郎の情報を
1000人の方で共有します。

僕から見たら1000人の
1個の個体じゃないんです。

上を見て聴いてるお客さん
うつむいてるお客さん

もしかしたら
寝ている人もいるかも分からない。

よく笑うお客さん
一人一人に対して

僕は歌いかけている。
だから一人一人につながっている。

NHKホールという1つの会場。
カードは同じなんですけど

QRコードは
一人一人、1つ1つ違う。

そうすると、一人一人に
送ることができます。

僕ら歌手っていうのは
一人一人に対して

送っている、歌っているから
このシステムが

普通に考えられたというのが。

まとめて大勢に
歌ってるわけではないので。

一人一人に届けって歌ってるから
こういうふうに。

美保≫見てる席も一緒ですね。
その一人一人が。

3階から見ているのと
下からというのじゃなくて

同じ位置ですもんね。

野口≫でも
3階から見てるお客さんも

テイクアウトライブで見ると
こういう感じだよ

ここだよね
この景色だよねっていうのは。

船越≫五郎さんが
歌われているときに

大切にされている思いが
この発明を生んだ

思いが発明の母ですね。
野口≫そのとおりです。

阿部≫QRコード1回読み取って

1回使うと、そのあとは
もう使えないというのが

特許というところですね。

野口≫これは一人一人なので

そのQRコードがこのサーバーと
つながっているので

配信放送ではなくて

言い方を変えると
通信方法みたいな。

一人一人つながってる。

だから1回読み込んだら
すごくセキュリティーが高いので

ほかの人は絶対に読めない。
美保≫回せないわけですね。

阿部≫純さんだったら
どこで見ます?

五郎さんのライブ見るなら。

美保≫六本木ヒルズの
屋上のところ。

ワインもしっかり飲んで。

阿部≫それぞれ自由なわけですね
どう楽しむかは。

船越≫だからこそ
ポケットになんですよね。

阿部≫配信される動画は
ライブ映像だけではないそうで

いろいろ
舞台裏の様子などもあると。

野口≫例えば
コンサート会場に着いて

ご購入いただいたら
まずはウェルカムメッセージとか

僕でしたら、例えば
会場周辺の様子を

撮っておいたりとか。
僕が入るところとか。

本当に今、携帯で性能がいいので

それで撮って、最初にまずそれが
見えちゃう。

最初はそれしかないんですが

終わったころには

どんどんあとから
ファイルが送られてくるんです。

だんだん、増えていくという。

船越≫つまり
その日の楽屋の五郎さんを

例えば、見ることが
できちゃったりするわけですか。

野口≫そうです。バックヤードが。

阿部≫より近く感じられますね。
船越≫当たりハズレが

あったりするでしょ。

野口≫そんなものを
作ってみたんですけど

そういう中で、当たりカードと

ハズレカードを
作ってみたら

どうなるかなと思って。
例えば、当たりの方は

ちょうど僕が
地方に出かけたら…。

これがそうなんですけど
たまたま仕事で岐阜のふるさとに

行ったときに
僕のふるさとの長良川の上流で

川のせせらぎのところで
アンプもなし

エレキギターを持っていって
ここで川を説明しながら

1曲歌うと。

それを当たりの皆さんに配信する。

ハズレの方は
ハズレを救済しろと

いっぱいSNSでいただいたので

遊びで、じゃあ
送ろうかなと思って

これがハズレ動画なんですけど。
阿部≫ちょっと小さいですね。

野口≫しかも逆光で遠く離れて

あなたはハズレですと連呼する。

むしろ
ハズレが欲しいって人もいて。

船越≫これは、五郎さんらしい

ユーモアの詰まった
言ってみれば、特典映像みたいな。

野口≫あと
ハズレは顔半分だけとか。

美保≫でも、ハズレが
10ポイントたまると

こんなすばらしい
動画というのも

いいじゃないですか。
野口≫いいですね!いただきます。

ありがとうございます。
船越≫でも、夢はいくらでも

広がっていきますね。
野口≫楽しいですね。

♪~(コーナー音)

原口≫

(明石家さんまのものまねで)
どうもすんませんね。

阿部≫さんまさん、どうも。

原口≫五郎さんに
ものまね界を代表して

レジェンドたちが
すみません、本当に。

野口≫さんまさん…。
ちょっと太ったんですね。

原口≫偽者なんですよね。

がたいがいい、さんまちゃんで。

原口あきまさです。
ものまねとかやってます。

五郎さんに関する
気になるうわさを集めてきました。

まずは、デビュー当時に関して
野口さんは

15歳のときに
「博多みれん」という曲で

デビューします。
そのあと「青いリンゴ」など

ヒット曲を出し続けたんですが
こんなうわさがございます。

「デビューが延期された!?」。
どういうことですか?

野口≫もともと11歳のころから
のど自慢番組とか

出始めて。
最初に師事した先生が

米山正夫先生という
「リンゴ追分」とか

「365歩のマーチ」とか
作曲なさった先生。

先生の門下生になって
曲も出来上がって

さあ、レコーディングだ
ということで

上京したのが13歳だったんです。
船越≫お母様と一緒にですよね。

野口≫13歳でデビューする

予定だったんですね。

先生のところに
上京しましたってごあいさつして

ちょっと歌ってみようかって
声を出してみたんですけど

そのときに声が出なかった。
変声期だったんです。

上京してすぐ
変声期になってしまって。

ふるさとでは友達とかみんなに

ハンカチに寄せ書きもらって

売れるまで帰ってくるなとか

スターになれよとか
もらったんですけど

ちょうど僕も13歳で
挫折を知ったというか

未来と過去がなくなったという。

ちょうど宙ぶらりんに
なっちゃった。

原口≫そんなにキーは
違ったんですか?

野口≫全然。
どんどん下がる一方で。

先生は、本当はちょっと
休んでいなさい

ということだったんですが
僕は、もうだめだって言われたと

思っちゃったんです。
船越≫13歳ですからね。

原口≫ちなみにですけど
デビューするはずだった曲の

楽譜がこちらです。
貴重なものでございまして。

船越≫「友情の花束」と。

本来は「友情の花束」で
13歳でデビューだったんですね。

美保≫そのまま残ってるんですね。

原口≫大事に扱ってくださいね。
1枚しかないので。

野口≫もともと、本当は
クラウンレコードから

デビューするはずだったんですが
コードが

先生が書いてくださったのを
だんだん声が低くなっていくので

だんだん、自分で鉛筆書きして
コードを下げていって。

美保≫少年の声と違いますよね。
ボーイソプラノっぽいのから。

顔が美少年なわけじゃないですか。

声だけが大人になっちゃった
ってことですよね。

野口≫ですから、その2年の間に
スクールメイツというのに入って

歌番組の後ろで踊ったりとか

あとはロックバンドで
ギター弾いて

団塊の世代の人たちと
やったりとか

あとは一方で演歌を
レッスンしたりとかしながら

やってました。
船越≫次のデビューが

15歳ですから
およそ2年ぐらい…。

野口≫それぞれに
デビューする話があって

僕はグループは
だめだなと思ったので

最後に演歌で。

荒井先生の曲で
師事させていただいて。

そして、2曲目で

いきなりがらっとポップスに
転換された。

それがまた大ヒットという。

「青いリンゴ」ね。
原口≫ということで

こちらのうわさは本当でした。
美保≫私、小学校のときに

五郎さんのコンサート
見たことあるんです。

小学校4年生くらいのときに。
ティッシュが

売り出されたときで

1個買うと抽選で
五郎さんのコンサート…。

野口≫1個でですか?
美保≫そのとき高かったの。

死ぬ思いで買って、当たって。
見に行ったんですよ。

白いスーツで出てきて。
一番前まで行きました!

原口≫その情報も貴重ですね。

続いて、野口さんといえば
西城秀樹さん

そして郷ひろみさんとともに

新御三家と呼ばれて
人気絶頂のころ

大忙しだったと思うんです。
そのころに起きた

こんなうわさ。
「知らぬまに住まいが

変わっていた!?」。
どういうことですか?

野口≫1週間に歌番組が
五十何本あった時代なんです。

いつ終わりがあるんだろうと
思うくらいで。

船越≫ほとんど
出られてたわけですよね。

野口≫結構たくさん出てました。
結構、深夜になって

これで仕事終わりだなと思って
うちへ帰るんだなと思っていたら

マネージャーが
全然うちじゃないほうへ行くので

あれ、まだ仕事ですか?って
聞いたら

いえいえ、うちへ帰るよ。
道違いますけど。

大丈夫、大丈夫
引っ越したからって。

原口≫勝手に引っ越されてた?
野口≫当時、ファンの方が

僕の家の周りに
たむろなさって

周りからも苦情があって
すぐ引っ越さなきゃいけない

というので。

船越≫でも、ご本人にも
伝えてもらえてなかったんですね。

野口≫忙しくて。

原口≫言っておいて
もらえそうなものですけど。

野口≫分からなかったです。

全部僕の知らない間に、荷物が。
船越≫その話をする暇も

ないくらい
やっぱり忙しかったんですね。

原口≫せっかく
この家に慣れたのにというときに

また引っ越されるから、なかなか
慣れなかったんじゃないですか。

野口≫驚いたのは、兄貴と
2段ベッドだったんですけど

それが、シングル2つ並んで
置いてあったときは

びっくりしましたね。

当然、僕が
下に寝るものだと思ったら

ベッドが2つ並んでいたので
兄貴と。

広いと思ったのと…。
それは驚きましたね。

原口≫そんなに寝る暇も
なかったんでしょう。

船越≫ファンからも
追っかけられてたわけですよね。

美保≫どこで
かぎつけるのかなって思うくらい

昔のほうが
すごかった、今より。

野口≫ある日は
ここまで追いかけて、次の日は

ここまで
追いかけてっていうことで

当時のファンの方は
少しずつ。

原口≫みんな改札口で
待ってたんでしょうね。

船越≫出ました、「私鉄沿線」。

原口≫何回ぐらい引っ越したか
覚えています?

野口≫8回ぐらい。
原口≫えー、そんな?

船越≫僅か数年の間ですよね。

落ち着かなかったでしょう。

原口≫これは本当ですね。

以上、ウワサの真相でした。

阿部≫続いてのテーマです。

五郎さん、ご自宅に
レコーディングスタジオを

持つほど
情熱を

注いでいらっしゃるんですね。
そのスタジオです。

1980年のご自宅のスタジオ。
船越≫立派なスタジオですね。

阿部≫どの辺が
こだわりポイントですか?

野口≫このころ、マルチって

16チャンネルなんですけど

75年に僕は
マルチを自宅に入れたんですけど

自分で、こういうふうにしたいと
思うものを

自分でアイデアを考えて
アメリカの会社に

依頼するんですが。

ミキサーの中に
要するにコンピューターが

入ってるんですよね。

なかなか
うちに来ないんです。

これはなんだってことで

兵器扱いになっちゃう。

コンピューターが
入っているだけで。

なかなかうちに来なくて。
やっとの思いでうちに来たときは

クレーン車で2階だったんですが
入れて。

とんでもないことに。

船越≫そこまでして
ご自身のスタジオで

とりたかったんですか?

野口≫というか
大好きなんです、音が。

船越≫当時、アイドルで
いらっしゃったわけですから

楽曲は
ご自身で作られるというよりも

この曲を歌ってくれというふうに
提供されるものだったんじゃ

ないですか。

野口≫でも僕は、本当に
すばらしい先生方に恵まれて

筒美京平先生
東海林修先生

馬飼野俊一先生
大勢の方に音楽を教わったので

聴くこともできたので
それとはまた別に

いろいろと自分で
音楽を作っていくという作業が。

あとミキサーも17のころから
いろいろ触り始めて

ずっと現在まで続いている感覚で。
船越≫海外レコーディングとかも

早かったんですよね、五郎さん。
美保≫ロンドンですもんね。

ギターも弾けるし。

野口≫布団もひけるんですよ。

原口≫本当ですか?

野口≫人には言ってない。

船越≫絶対、五郎さん
布団だけはひけないと思ってた!

今も曲はご自身のスタジオで
作られているんですか?

野口≫今アルバムとかも
ほとんど自宅で作ってます。

阿部≫ギターのコレクションです。

船越≫コレクションもすごいし
ギター、五郎さんのモデルも

あるくらいですからね。
野口≫すぐ使えるように

こうして置いてあるんですけど
全部使ってるギターです。

船越≫ギターだけじゃないんです
レコーディングをするためには

たくさんの楽器を演奏しなきゃ
いけないんですよね。

野口≫以前は、たくさんの楽器が
必要だったんですけど

今は
デジタルの世界になってるので

パソコンがデスクの上にあって
スピーカーがあって

横にキーボードがあって
下にアンプがあって

ここでギターを弾いて
ドラムチェアだけなんです。

ひっくり返ると
裏側にドラムがあって

ドラムをたたいて
パソコンでいじって。

1人でそれをやっているのが

楽しい。
船越≫五郎さんは

歌手ですが
実は、スタジオミュージシャンで

違うアーティストの録音にも
参加されるぐらい

いろんな楽器が
プロの腕前なんですよね。

野口≫誰のやってるか
分からないんです。

やってるんですけど。
ポップスから演歌まで

やってるんですけど
分からないんですよね。

時々街とかで、これ俺じゃんって
思うのはあるんですけど。

原口≫すごいですね、もう。
プロデューサーですね。

野口≫いちミュージシャンとして
そういうときは参加してるんです。

阿部≫先日は、NHKに
演奏だけでご出演されましたしね。

ちなみに楽器、ボーカルなど

すべてご自身で

録音されたアルバム
その中から1曲

聴いてみましょうか。
♪~

阿部≫「グッド・ラック」という。

ボーカルはもちろんですが

いろんな音が聴こえてきますよね

五郎さんがプレーされてると
思うと…。

野口≫ドラムとかも
海外レコーディングして。

その方に教えを請い
ベースとかも

ずっと近くで見せていただいて
ギターとかも

いろんなミュージシャンに
いろんなことを教わって。

それを夜中とかに弾いてると

ギターをたたいていても
ベースを弾いていても

その人たちと会話をしながら
レコーディングしている感じで。

妄想です。
美保≫そういうところを

隠しカメラで見てみたい。
当たり動画、当たり動画。

阿部≫いろんなミュージシャンと
セッションできると、頭の中で。

野口≫本当に仙人状態ですね。
楽しいです。

阿部≫ほかのアーティストにも
曲を提供されているということで

続いてのテーマです。

「西城秀樹さんにささげた曲
2人の絆」。

西城秀樹さん、郷ひろみさんと

新御三家

絶大な人気だったわけですが。

船越≫当時、西城さんや郷さんと
ついつい

比べられてしまうことも
あったと思うんですが

五郎さん自身は
どう思われてたんですか?

野口≫僕は、デビューするときに

スター世代の
団塊の世代の先輩が

いっぱいいらっしゃって。
その世代に憧れて

米山先生、荒井先生に師事して
デビューしたんです。

僕みたいなのがデビュー
したもんだから

そのよくとしから
若い人がデビューして。

スターというカテゴリーから
アイドルというカテゴリーが

できたんですね。
もちろん

ときは未来に流れていくけど
僕も当然、アイドルという

カテゴリーの中に
入ってたんですけど。

でも、ひろみを
最初、ジャニーさんから

紹介していただいたときは
もううれしくて。

一緒に食事をしたんですけど。
ブロマイドもらって

みんなプロデューサーに
今度デビューする

郷ひろみだよって
みんなに宣伝しまくって。

船越≫ちょっとだけ
早いんですよね

五郎さんのほうが、デビューが。
野口≫当時は

楽屋も大部屋でしたし
荷物だけをロックして

置かせていただいて
着替えとかは、新人ですから

トイレで、メークとかもする。
そこまでする必要ないんですけど

やっぱり後輩だから
新人だからという。

仲間ができたので
とにかくうれしくて。

阿部≫後輩だから
上に乗せてあげようと

思ったわけですね、この写真は。
原口≫五郎さん、すごい

痛そうな表情されてますね。
野口≫よくこんな写真見つけたね。

原口≫これは何をしてるんですか
楽屋で。

野口≫これ、なんですかね…。
多分ロングヘアの2人と

ショートヘアの、ひろみの
バランスじゃないですか。

美保≫運動会とかも
ありましたもんね。

船越≫組体操みたいなね。

原口≫明らかに五郎さんだけ
目線が違いますよね。

野口≫明らかに僕が一番
いやそうな顔してますね。

阿部≫お隣の
西城秀樹さんといえば

去年5月に
お亡くなりになりましたが

秀樹さんと出会ったころは
覚えていらっしゃいますか。

野口≫後に
秀樹のマネージャーだった人が

僕がデビューしたころ
よく仕事で一緒だったんですけど

僕も若いのと
やりたいんだよねって言ってて

そのあと連れてきたのが
秀樹だったので。

秀樹は、もちろん
もともと音楽の才能が

あった人間なんですけど
ソロで歌うということに対しては

そんなに慣れてなかったから

マネージャーがよく
僕が歌ってる現場に

デビューする前から
連れてきてたんです。

だから、ずっと知ってて

仲よくなるのに、そんなに時間が
いらなかったなというのは。

阿部≫それは、秀樹さんが
五郎さんの歌を聴いて

勉強されてた
ということなんでしょうね。

野口≫というか
年が近かったということが

あると思うんですね。
だから、僕のところに

ついてきたんじゃないかなと。
船越≫じゃあライバルというより

兄弟のような。
野口≫ライバルのような

弟のような
兄貴のような、大親友というか。

不思議な関係です。
船越≫僕たちには

想像ができないくらいの
絆が結ばれていったんでしょうね。

阿部≫週に50本ですか、歌番組。
いろんなところで

ご一緒されたと思いますし。
五郎さん、過去に一度だけ

秀樹さんに
曲を書かれたことが

あるそうですね。

野口≫秀樹がチャリティーの
コンサートをやってるときに

五郎、お願いがあるんだけどって
帰り際に突然言われて。

最後にみんなで歌える歌を
作ってほしいんだけどって

言われて。
僕は、そういう歌は

作らないから。
特にみんなで歌えるような歌って

僕、できないから。
悪いけど

それだけはごめんねって
断ったんですよ。

分かってる。
一応、締め切りはいついつだから

よろしくねって。
お前、分かってないだろ。

分かったときに
分かっているという

言葉を使うのであって
それは分かってないから。

うん、分かった、じゃあ
よろしくね。

いや、分かってないじゃんって。

彼、去っていったんですけど
結局、僕の性格を彼は

見抜いているので。
絶対作るもんかって

思っていたんですけど
ずっと気になっていて。

締め切りのその日に、夜
僕はパジャマのまま

彼のうちへ行って
ピンポンって押して

これ、デモテープと
譜面だからって渡して。

うち寄っていきなよって言ったら
パジャマで寄れるか?って言って

帰ったのを覚えてるんですけど。
船越≫秀樹さんは

分かっていたんですね。
こう言えば

きっと書いてくれるだろうと。
野口≫読まれてます。

阿部≫その曲が
どんな曲だったのか

お二人が一緒に歌った映像です。

香川県で
公開収録されたときの様子です。

西城≫僕がアイデアを出して
実は五郎君が、すばらしい曲を

作ってくれたんですよ。今日は

それを一緒に歌いたいなと思って。

野口≫でも俺、曲は作ったけど
歌うの初めてだからさ。

西城≫いや、簡単な歌だから。
野口≫俺が作った歌だぞ、お前。

西城≫皆さん
本当に簡単な歌なんで。

野口≫失礼だぞ、それ。
大人げないよ、言っていることが。

西城≫僕の言い方が悪かったよ。
気に障ったらごめんね。

(拍手)

船越≫お二人で歌われてみて
いかがでしたか?

野口≫なんでこの曲を
彼に作ったんだろうって

今思います。

生きることのテーマみたいな
ものなんですけど。

なぜなんだろうって。

なぜ彼に
この曲を作ったんだろうって。

まだテーマが
ほかにあったと思うし。

曲調も、もっとアップテンポでも
よかったと思うんですけど

なぜこれだったんだろうって
思うんですね。

不思議です。

船越≫何かものすごく熟考して

これが秀樹さんに
ふさわしいだろうと思った

感じではなかったんですか。

野口≫全然そうじゃないです。
船越≫不思議ですね。

阿部≫皆さんの胸にも
響いているかと思いますが

これをきっかけに
その後お二人で、コンサートなり

曲作りをしていこう
ということには

ならなかったんでしょうか?
野口≫言葉にはしないですけど

きっと今頃は
彼、元気でいてくれたら

年に何回かは
一緒にやってただろうなとは

思います。

船越≫家族ぐるみでの
おつきあいが深かったんですよね。

野口≫僕が結婚するよって
彼に伝えたときの

彼の驚いた顔って
今でも忘れられないですし

僕の披露宴のときに彼が

五郎おめでとうって
握手を求めてきたとき

彼の顔を見て
あ、こいつ結婚するって

思ったんですよ。
その5か月後に結婚しましたし。

なんか、彼から電話があって
五郎

まだ誰にも言ってないんだけど

俺、子どもできたんだよって
連絡があって。

生まれてみたら
彼のうちが6月3日で

うちが6月5日で
2日違いだったりとか。

船越≫運命なんですね
いろんなことが。

野口≫あいつ、どこまで
まねしたら気が済むんだろうって。

美保≫でも、ちょっとありますね。

五郎さんが髪の毛を短く切ると
秀樹さんも長髪から

短くなった気がするんです。

野口≫でも、それは
お互いがお互いで。

どこか、なんかあるんでしょうね。
よく分からないけど。

原口≫じゃないと、あの掛け合い
できないですよね。

漫才みたいなね。

船越≫だって、完成された

漫才コンビだもんね。
原口≫M‐1出たら

優勝しますよ。
阿部≫先ほどの曲

「LOVE SONGを永遠に」。

これは秀樹さんが
亡くなられたあとに

五郎さんと秀樹さんの
お子様たちが歌われているという。

野口≫秀樹と僕とで歌ったものを

もう1回カラオケで作り直して

秀樹のファンの人たちにと思って

先ほどのテイクアウトライブで
出したんですけど

あとでいろんなコンテンツを
ファンの皆さんに

送っているときに
子どもたちが歌ってくれる

っていうことになって
僕の子どもたちと

秀樹の子どもたちが
これを歌ってくれて

映像も撮って
皆さんにお送りしたんですけど。

今考えてみると
僕はファンの皆さんのためにって

思ったんですけど
子どもたちは

僕のためにやってくれたのかなと
思います。

今思うと、僕の子どもたちも

秀樹の子どもたちも
本当にいい子だな

いいやつらだなって。

ごめんなさい…
そう思っちゃいますね。

船越≫それだけ
本当に大親友を亡くされた

悲しみが五郎さんの中で
大きかったんでしょうね。

それをお子さんたちが
見て取ったという

お話ですよね。
野口≫逆に今

僕のためだったのかなって
思います。

阿部≫永遠に
歌い続けてほしいという

子どもたちの気持ちですよね。

美保≫仲いいんですよね。
お子さん。

野口≫今は
僕の子どももそうですけど

秀樹の子どもたちもそうですけど

距離を離してあげたほうが。
自立してきたので。

もちろん今ふかんで
全体を見てますけど。

近いうちに、みんなで食事して。
ちょくちょく食事をしながら

様子をうかがいながら。
♪~(コーナー音)

船越≫この音が鳴りましたので
船越のクエスチョン5!

毎日欠かさず
やっていることがある、イエス。

なんでしょうか?

野口≫デビューする前から
歌手を志してから

ずっとそうなんですけど、発声で

自分の今の声がどういう状況か

どんなときでも欠かさず
チェックしてるなというのが。

それをやらなかった日はないって

今、五十数年振り返ってみて。

船越≫チェックというのは
どういう具体的な方法で

チェックされるんですか?

野口≫例えば、飛行機とか
新幹線乗ってても

そうなんですけど
座ってて

あーって出すんですね。

船越≫今、不思議な現象が
起きましたよね。

野口≫声帯を使わないで
遠くに鳴らす練習をするんです。

5番目の席の方が振り返ったら

割と遠くまで届いているなとか
すぐ前の方が振り返ったら

だめだとか、自分を

チェックしてみたりとか。

原口≫いっこく堂さんのまねを
してるかと思いました。

野口≫ここから

聴こえるのではなくて
どこか違うところから

聞こえるようなイメージ。
野口≫あー…。

船越≫五郎さんから
音が出てるとは

思えないよね。

美保≫冷蔵庫が
開いてるのかなって思っちゃった。

原口≫家電が動いてるみたいな。

船越≫これ、すごいですね。
美保≫初めて見ました

こういうチェック。

原口≫新幹線で、この音聞いたら
五郎さんって思えばいいんですね。

船越≫そして家族のおきてがある
イエス。

野口≫おきてというか

玄関にも
ずっと貼ってあるんですけど

笑顔なんです。毎朝、必ず笑顔で
おはようと言う。

会った瞬間に笑顔。
おはよう!って笑顔で。

真顔で、おはようって言うと
もう1回ベッドからやり直し。

船越≫そこは厳しいんですね。

お写真が出ました。
奥様の三井ゆりさん。

女優さんでもあり
タレントさんでも

いらっしゃいますけれども。

何年前になりますか?
結婚してから。

野口≫18年、19年ですかね。

原口≫これ、どこですか?

野口≫ロタ島っていう
ところなんですけど。

船越≫すてきなルールですね。

野口≫人間って
朝一度笑うんですよ。

そうすると、そのあと、もし
いやなことがあったとしても

一度笑った手前っていうのが
あるんですよ。

1日がフラットな状態から
始められるので

よいことがきっと起こるっていう。
船越≫すてきですね。

阿部≫お子さんたちも
守ってくれてるんですか。

野口≫守ってくれてます。

船越≫お子さんはお二人ですよね。
女の子と男の子。

美保≫いいですね
朝、口角がちゃんと上がるって。

ブーっとされると
がっかりしちゃいますもんね。

阿部≫原口さん…。
原口≫こうやって上げるのね。

船越≫ちょっといわくありげな…。

原口≫朝いち
これでおはようって言ったら

多分、奥さんに
あんた、なんかあったの?って。

船越≫そんなお子さんたちにも

歌手になってほしい。
結構悩まれましたね、五郎さん。

野口≫好きなことは
なんでもやってほしいと

思うんですけど
自分がやってきた世界で

大変なことも多いですから。
未来って歌の世界、歌手の世界は

また変わってくると思うんですよ。
それは僕の頭の中にあるものが

あるんですけど。
きっと、違うものに

なっていくと思うので。
船越≫今お子さんたちは

楽器をやられたりとか?
野口≫娘はピアノを専攻して

ピアノをずっとやってますけど。

最近、息子は
勉強やっているんですけど

ギターは始めちゃってるみたいで
一生懸命やってます。

美保≫五郎さんがいないとき
スタジオ使ってますよ。

野口≫そうですかね…。

阿部≫一緒に
レコーディングも楽しいですね。

野口≫たまに2人でギター弾いて

コード弾かせて
僕がアドリブつけたりとか。

うれしそうにしてます。

船越≫いいセッションが
家族の中でできている。

もともと

五郎さんは
おじいさまから、ずっと

音楽家でいらっしゃいますよね。
お兄さんも作曲家だしね。

そっちの道に
もしかしたらかもしれませんね。

ギャグを言うのが大好きだ。
当然イエスですね。

野口≫はい…。

原口≫なんで暗いんですか。
大好きでしょ。

野口≫だじゃれないんです。
ギャグなんですよ。

うちでみんなで食事をしてるとき
聞いたんですけど

なんか、印象に残ってる
ギャグある?って

聞いたんですけど
ないって言うんですよ。

船越≫ご家族にですか?
うちでもやられてるんですか?

野口≫うちで
ずっと言ってるんです。

原口≫数打ちすぎなんですよ
五郎さん。

野口≫ずっと言ってるので
これといって残ってない。

だから、何か残ってる
っていうことになると

あまり数言ってないんですよね。
相当言ってるから、これといって

これだったっていうのが
ないみたいで。

船越≫だけど、ギャグを言うのも
お仕事でしたからね。

僕ら、五郎さんのギャグで
育ったみたいなところ

ありますから。

阿部≫「カックラキン」も
そうですよね。

阿部≫NHKの番組の中から

選んできました。
過去に

番組で発言したギャグ3連発。
まずは、氷川きよしさんとの

共演番組です。

阿部≫続いて
こちらの法律相談番組です。

野口≫本当に悲しいですね…。

原口≫
(明石家さんまのものまねで)

いやいや、五郎ちゃん
全部いただいておきます。

野口≫多く言っている場合が
あるんですけど

使われるところって
単純なギャグが多いですね。

ちょっと埋もれたところが
僕は結構

凝ってておいしいなって
思うんですけど

大体そういうところって
カットされてるんです。

これ、すごいいいの
出たなっていうのは

大体カットされてるんですよ。
船越≫今日は大丈夫ですよ。

カットありませんから。生放送で。

原口≫布団もひけますよもね。
野口≫ちょっと

後悔してるんですよ。

原口≫すぐ思いつくんですか?
そういうの。

野口≫思いつく前に言ってるので。

船越≫でも五郎さん
ギャグには厳しいですよね。

ご自身で言ってて
反省もされますもんね。

野口≫反省がほとんどです。

阿部≫船越さんは今日
あんまり言いませんね。

船越≫大先輩の前で…。
とんでもございません。

次いこうっと。

デビュー50周年で

何か企てていることがある
イエスでございました。

野口≫歌うということは
一生の課題なので

声が続く限り
歌い続けていきたいということで

来年はコンサートも
いっぱいやりたいなと

思っております。
阿部≫来年2月から全国ツアーで。

野口≫それと、あとは
妄想家なので

本当によい音というか
体によい音楽を。

本当に体にいい音楽というのが
大体見つかってきたので

あと、思いというものを
数値化したりとか。

来月、東大のほうで

そういう人たちが集まる

講演するんですけど
ほぼほぼそれが固まってきたので

ぜひ、また
そこもやってみたいなと。

船越≫歌手としては
もちろんのことですけど

発明家としても
まだまだ五郎さん

このあと活躍が。
野口≫それはあくまでもフックで

この先にいけたら。夢だけです。

船越≫その夢に向かって
ただただ突っ走っていく。

原口≫常に進化していくんですね。

阿部≫今夜のおすすめ番組です。
谷原≫全員女性で豪華共演!

小郷≫石川さゆりさんに
倖田來未さん。

谷原≫ひばりさんの歌声が
よみがえる?

≫すべての女性にお送りします。

阿部≫今夜の
「美と若さの新常識」は

お笑い芸人の玉遥香さんが
美しい体作りを目指す

連続企画のスペシャル編です。

今年4月からスタートした
この企画ですが

さまざまな新常識を実践した結果

67.8kgあった体重が
9月には58.9kgに!

およそ9kg減量成功と。

船越≫半年かかってない。すごい。

阿部≫しかし、どうしても
解決できないお悩みも残りました。

おなかのぽっこりお肉。

そこで、今回は
美しいくびれを作る新常識を

45日間、実践しました。

その一つ
ベリーダンスエクササイズです。

ベリーとは、おなかという意味で

その名のとおり
おなかを回す動きは

くびれを作るのに
ぴったりなんだそうです。

番組では中でも
効果的な振り付けを伝授!

1日15分のベリーダンスで
美しいくびれ作りを目指します。

ほかにも、最強の食材で作る
究極のダイエット定食など

ウエスト回りが気になる方必見の
情報が満載です。

船越≫録画しましょうかね。

阿部≫五郎さんも
体形維持のためには?

野口≫何もしてないです。
僕も少しは

体、気をつけないなと思ってて。
船越≫ストイックに

健康には注意されてますよね?
野口≫そうですね。食べ物は

自分なりに気をつけてます。
船越≫声も大事にされてますしね。

阿部≫お便り
たくさん届いております。

女性の方。
小学生のときから好きでした。

五郎さんがきっかけで
小学5年生のころからは

ラリー・カールトンなど
海外の曲も

聴くようになり
世界が広がりました。

私は今年の2月に
肺がんステージ4と診断され

闘病中。通院などで運転するとき

五郎さんが日生劇場で初めて
コンサート下ときの曲をかけて

一緒に歌っています。

ギタリストとしても
格好いい五郎さん。

おじいちゃんになっても
歌っていてくださいね。

野口≫頑張ってください。
阿部≫それから、60代の方。

五郎さんのファンになって
四十数年という方。

テイクアウトライブ
楽しむために

早めにスマホデビューしましたと。
五郎さんの才能や

進化していく姿を見ながら
私も頑張らなくてはと

いつも元気をいただいています。
これからもずっと応援してます。

励まされているというお便り
たくさんいただいています。

船越≫そうやって五郎さんが
進化するにつれて

ファンの皆さんも
また進化していく。

いいですね、キャッチボールが。
もっともっとお話を伺いたいので

また、ぜひいらしてください。
本日のお客様

野口五郎さんでした。
ありがとうございました。


関連記事