ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 柳生博×小島慶子 1977年、家族で八ヶ岳の南麓に移住。鳥が集う…



出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 柳生博×小島慶子』の番組情報(EPGから引用)


[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 柳生博×小島慶子


芸能生活58年。もうひとつの顔が田舎暮らしのパイオニア。1977年、家族で八ヶ岳の南麓に移住。鳥が集う“生きる林”をよみがえらせる。しかし、辛い出来事も…柳生博が語る


詳細情報

番組内容

1937年、茨城県生まれ。4人兄弟の次男。実家は地主農家で、厳格な祖父に田畑の仕事を徹底的に叩き込まれた。柳生家には“13歳になったら、1カ月間1人旅をせよ”という家訓があり、中学2年の柳生が選んだ旅の目的地は八ヶ岳だったという。ジェームズ・ディーンに憧れた柳生は、劇団俳優座に所属し、1961年に巨匠・今井正監督の「あれが港の灯だ」でスクリーンデビュー。初めての撮影現場でのエピソードを語ってくれた。

番組内容2

その後、10年以上も役者としての芽は出ず、地下鉄工事などで食いつなぐ中、4歳年下の女優・二階堂有希子と結婚し、2人の息子に恵まれる。一躍脚光を浴びたのは40歳の時。NHKの朝ドラ「いちばん星」で演じた作詞家・野口雨情の役が見事にハマる。これを機に人気俳優の仲間入りを果たすが、そんな人気絶頂の時に突然、八ヶ岳へ移住。その理由とは…。また、4年前に他界した長男への想いや、認知症の妻との生活についても語る。

出演者

【ゲスト】柳生博(俳優)

【インタビュアー】小島慶子(タレント、エッセイスト)

次回放送予定

次回11月23日(土)は、サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長の新浪剛史に、タレントでエッセイストの小島慶子が迫る!お楽しみに!

番組概要

様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!

番組ホームページ

<番組ホームページはこちら!>

www.bs-asahi.co.jp/interview/

制作

BS朝日、テレビ朝日映像



『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 柳生博×小島慶子』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 柳生博×小島慶子
  1. 真吾
  2. 全部
  3. 八ヶ岳
  4. 本当
  5. 一緒
  6. 東京
  7. 柳生
  8. ママ
  9. 雑木林
  10. アハハハ
  11. 親父
  12. 長男
  13. アジサイ
  14. ツリバナ
  15. 頑張
  16. 自分
  17. 役者
  18. お前
  19. スタッフ
  20. ニホンミツバチ


『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 柳生博×小島慶子』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓テレビ朝日関連商品

〈晴れていれば

雄大な八ヶ岳を
望めるはずだった〉

(小島)あっ 柳生さんだ。

〈自然が 意のままにならない事を
この人は 知っている〉

あ~。
こんにちは。

はじめまして。

本当にありがとう
こんなとこまで。

いや いい所ですね
空気がおいしくて。

はじめましてだけど
やっぱり ハグしたいね。

あ~ よろしくお願いします。

本当に いいとこですね なんか。

もう ねえ~。

えっとねえ 八ヶ岳の この南麓に
住み着いたっていうか…。

42年!
僕が40歳の時。

あっ そうなんですね。 42年か~。

だよね?
40歳と42年足せば 82だもんね。

そうで… そうですね。
人生の…。

この頃 あんまり
算数もわかんなくなってきた。

〈1989年に
俳優 柳生博がつくり上げた

レストラン兼ギャラリー
「八ヶ岳倶楽部」〉

〈季節を問わず
来訪者を迎え続けてきた〉

〈店の前には シラカバをはじめ

ざっと1万本の木々を擁した
雑木林が広がる〉

〈なんと こちらも

柳生自ら
植えて育ててきたそうだ〉

お元気そうで 何よりで。
ああ どうもどうも。

久しぶりで。
1年 幸せに過ごせそう。

〈今年は

〈高原の人気スポットには

リピーターが少なくない〉

なんで こんな

八ヶ岳倶楽部なんか つくったか
っていうとだね

うちのママがね…。
ママっていうのは… ママなんだ。

かみさんだけどね。

はあ~。 まだ有名になる前に?

うん 有名になる前に。
で 私が育ててあげるって。

あっ それでギャラリーを
つくられたんですか?

それで
その人たちを応援しようと。

あっ いいですね。

じゃあ ここから巣立っていった
作家さん

いっぱいいるわけですね じゃあ。
もちろんです。

だから
どっかで大量生産したものを

売ってるお店ではなくて
作家たちのね…。

柳生さんも こちらに 普段は もう
いらっしゃるわけですよね?

そうです そうです。 そうです。

今まで
いろんな家をつくってきたら

長男家族 それから次男家族

それから これをつくったら女子…
女子寮とか 男子寮とか

全部占領されてきて 今…

どことは言わないけど
あまりにも恥ずかしい…。

アハハ… え~!?

♬~

ああ…。

元気か?
うん うん… 元気じゃ。

(ため息)

〈芸能生活58年を数える柳生博〉

わからん。

横井さんや小野田少尉が

ジャングルから発見されて
出てきて もう20年近くなるよ。

〈クイズ番組の軽妙な司会ぶりを
記憶している方もいるだろう〉

〈かつて
『100万円クイズハンター』は

大いに人気を博したものだ〉

鈴木さん。

こう いってからじゃなくて
こうね こうやんないと。

ストーンと いかないと。
(解答ボタンをたたく音)

そうです。 みんな同じように…。

〈12年にわたって
司会を務める傍ら

ドラマや映画はもちろん

バラエティー番組などにも
出演し

お茶の間に親しまれた〉

これ もう みんな
びっくりするよ。

こういう木っていうのは
そう 注目しないと…。

この間から…。

俺も ツリバナになったような
こんな感じになって…。

わ~ こういうの好きだな。

〈田舎暮らしのパイオニアを
自認する柳生が

一家で八ヶ岳南麓に
移り住んだのは

1977年の事〉

考えてみたら

すごいよな。

俺が根っこを持って
で 真ん中を長男が持って

一番先っぽの一番軽い所を
今 社長やってる次男。

だから ほとんど3人で。

〈手作りの雑木林は

いつしか
野鳥たちが憩う場となり

命を育む
ゆりかごになっていった〉

〈「日本野鳥の会」にも入会し

今年は…〉

お~。

(女性)これ 食べられる?
食べられるよ。

これが
もうちょっと黒っぽくなると

鳥が…。 今度 鳥。 鳥だよ。
あ~。 あっ!

やられちゃうっていうか
やってもらわないと。

いや 失礼しました。

〈82歳…〉

〈楽しげに老いを
生きているように見えるが

妻 有希子さんは

〈4年前には

長男の真吾さんを
咽頭がんに奪われた〉

ああやって見て
あそこにも草屋根があるけど

ほら あの屋根の上で真吾がいて。

あそこで 草刈りかなんかやってて
笑ってて

〈命に満ちた雑木林は

人生さえも癒やしてくれる〉

♬~

♬~

これが…。
え~ 何? これ。

これ わかんないだろ?
何? これ。 初めて見ました。

ツリバナ?

なるほど!

つまり 花をつっているようだから
ツリバナっていう。

かわいいだろ?
かわいい~。

アハハハ!

例えば コアジサイが
あんなになった。

「あっ やった~」とかって。

ここなら わかるんですね。
東京じゃわからない。

ああ そうか~。

「ああ 久しぶりだな」
って 顔を見たら

ここを こう…。

「上級生に殴られた」って。

「なんで殴られた?」。

役者だから いろんな役をやる…。
そうですよね。

俺 その時に浮かんだ言葉は…。

おお サンキュー。

どうぞ。
ああ ありがとうございます。

わあ 素敵。

いいでしょ?
(直子さん)7種類のフルーツが…。

へえ~ フルーツティー。
うちの娘です。

あっ 素敵な…。
ようこそ いらっしゃいました。

お邪魔しております。
大変 素敵な…。

説明してあげて。
説明します。

あの… えーと 最初の
設立当初からの看板メニューで

7種類のフルーツが
入っているんですけれども

ニルギリという あっさりした
紅茶で煮出しておりまして

最後の1滴が すごく甘い
おいしいフルーツティーです。

そうなんですか。
上手でしょ?

えっ 博さんは
どんなお父様ですか?

そうですね…。
なんだよ…。

そうね ひたすら野良仕事。
そうなんです?

だから 僕がいるよっつっても
みんな ここら辺 捜すんだよ。

そしたら 木の上にいたりね
草刈りやってたりね。

そうなんですか。
それを手伝うの 大好きなの 娘。

いや ありがとうございます。

置いといていいんじゃない?
持ってきます。 また あとで。

本当 いい香りですね フルーツの。
う~ん!

これは もう だから ここの…
八ヶ岳の…。

甘い!
甘いでしょ?

この甘みは 全部
フルーツの甘みなんですね。

わかんない。
ちょっとは入れてんじゃないの?

そうですか? おいしい。
俺は全然わかんない。

おいしいです。

〈1937年
茨城県 舟島村に生まれた〉

〈実家は 日本第2の湖
霞ヶ浦に近く

土地の名士ともいえる
地主農家だった〉

〈厳格な祖父からは

野良仕事のイロハを
たたき込まれたそうだ〉

おじい様は厳しかったけど でも

いろいろ教えてくださる方
だったんですね。

いや もう…
本当に教わりましたね。

あまりにも うるさいんで
おじいちゃんが。

「こうしろ。 違う」。

「スコップは こうじゃなくて
こうやるんだよ」とかね。

「なんで これじゃダメなの?」って
「そうじゃなくて お前

こう 上から垂直に乗れば

体重で軽くやれるだろ」とか
そういう事から

木の切り方とか
草刈りの仕方とか。

あと 台風なんかの時

すぐ大雨になって
水浸しになるじゃない。

その時 うちでつくった小川の
どこを切ったら

それを遊水… 水を遊ばせる…。
ああ そんな事まで!

できるかという事まで。
へえ~。

で 僕は 特に次男坊ですから

次男坊っていうのは… そうね
どういうものかっていうと

僕 あの…。

お墓。 自分ちのお墓ね。

なんで好きかって
昆虫少年でもあったわけ。

お墓っていうのは
いろんな昆虫がいるわけよ。

そう そこで遊んでた時に…
ああ…。

…っちゅうのは それは
僕を大きく転換させたかな。

おふくろが後ろに立ってね

すごい涙ぐんでね。

で …って泣いてるんですよ
おふくろが。

「何やってんだ? 母ちゃん」
っつったらね

「もう ここで遊ばないでくれ」と。

お前が ここで遊ぶと

もっともっと
好きになっちゃうから。

「なんで?」っつったら…。

つまり 次男というのは…。
次男だから…。

そういう… 家を継ぐっていうのは
そういうふうだったの 昔はね。

今は信じられないだろうけど。
ねえ。

それでね じいちゃんもすぐ来て

よし お前は
どっか 別の所にお墓をつくれと。

で 別の所へ 山をつくれと。

別の所で 畑も田んぼもつくれと。

それから教えてくれた。
ええ~! そうなんですか。

だから うちの兄貴は
俺をうらやましがってね。

俺に なんにも教えてくれなくて
お前は もう出ていく男だから…。

みんな教えてくれた。
そうか そうか。

〈柳生家には 代々受け継がれる
家訓があった〉

〈中学2年だった少年は

すでにして この時

目指す旅先に
八ヶ岳を選んでいる〉

柳生家での 代々

男の子は 13歳になると
一人旅をせよと…。

そうなんです。 どこへ行くかは
全部 自分で決めろと。

で 最低のお金をもらいなさいと。

で うちはね
霞ヶ浦… 茨城県のね。

関東平野の真ん真ん中で

なんのドラマチックなものもない。

いろんな本を読んでると

ドラマチックな小説とか
いろいろあるじゃん。 …ない。

で 地図を見てて…
日本地図ね。

こう 等高線ってあるじゃない。

高さ。
こういうやつですね。

例えば 富士山だったら

キュンキュン キュンキュン…
みたいな。

これは つまんねえなと。

あんまり単純でね。
あっ 確かにね 同心円ですからね。

そうじゃなくて
もっと入り組んだ…。

ヒュンヒュン ヒュンヒュン
キュンキュンキュン… みたいな。

ハハハハ…。
わかります。 こうね…。

そうやって見てたら
ちょうど本州の真ん真ん中に

どこの山とも繋がってない
八ヶ岳連峰。

まあ それは
結果的に ここなんだけど。

そして そこに よーく見てるとね

すごい高い所を…

1000メーター前後を走っている
小海線。

小さな海の線。 昔は ここ
海だったらしいんでね。

「これだ!」と思って。
で そこに決めて。

でも その出る時が おかしいんで

うちの門のとこでね
家族みんながね…。

きょうだい4人も
で 親父とおふくろと

で その向こうに じいちゃんと
ばあちゃんと こう いて。

親父は 涙を流すぎりぎりで

「頑張れ 頑張れ 頑張れ」って
言ってた。

心配だったんですね。
そしたら おふくろは

「いいのよ
そんなに頑張らなくて」

「嫌になったら
帰ってきていいんだから」

「母ちゃんだけは いるからね」
みたいな。

そうよね 心配よね お母さん。

じいちゃんはね
ニタニタ ニタニタ笑って

「大丈夫。 みーんな大丈夫だった」
っつって。

で 1カ月。 それで こう
小淵沢から甲斐小泉…。

ここは甲斐大泉で
そして 清里 野辺山…。

駅にベンチがあるじゃない。

で その駅で
寝泊まり ずっとしながら。

駅で野宿してたんですか?
野宿 野宿。

それ 夏休みかなんかですか?
夏休みですよ。

夏休み1カ月間?
ちょうど1カ月。

ええ~! なんか よく

何事もなく
帰ってこられましたね。

八ヶ岳の… 例えば

森に行って 自分で…
1人で何かするとか

探検するとか
そういう事もされた?

もちろん やってました。
そうなんですね。

あのね 何を一番

今 ますます年取って
感じるかっていうと…。

例えば 目。

キョロキョロ キョロキョロ
いろんなものを…

僕 ここへ来ると
葉っぱ 一つ一つ見て。

そんな事 東京でやってたら これ

危ない人だなと思われるよね。

で 耳。

全部開いて においも嗅いで。

で 触って。 五感ってあるよな。

はい。 私も それは
オーストラリアに行って

国立公園の中で
なんの音もしない所に立って。

最初 怖かったんですけど

だんだん なんの音も
しないわけじゃなくて

いろんな音がしてる事に
気が付いて…。

それはね だから…。

僕は その13歳の1カ月の旅…
そして 今 82。

だから もう 70年前だよね。

同じものが どんどん どんどん
強くなってきた。

そうですか!
だから 本当に

そういう10代の時にね こう
1人で いろんなものを感じる。

で 一生懸命 考える。

でも 今 うちの次男くんが
オーストラリアで

13歳になってます。
おお~! じゃあ やれ。

1人旅? 1人旅か…。
心配だな~。

〈俳優を志すきっかけは

アメリカ映画 『エデンの東』〉

〈ジェームズ・ディーンに憧れ

1960年 俳優座養成所に入る〉

〈この時 柳生は23歳だった〉

〈翌年 巨匠 今井正監督の

『あれが港の灯だ』に
出演が決まる〉

〈だが 撮影に臨むと

少年時代の吃音症が再発し

苦しめられた〉

〈思いがけず 大先輩が

窮地を救ってくれたそうだ〉

あの頃の映画界っていうのは
優しかった。

どんな映画でも 全部
オーディションをやってくれた。

「誰々の息子だから使おう」とか

「なんとかだから」っていうのは
ないんだ。

全部 オーディション。
はい。

必ず オーディション。

で いっぱい
オーディションがあった。

えー!?
昔は役者やってたの。

役者で落とされてばっかり。

で 最後の勝負に
なってくると

俺と蜷川 2人が残るわけ
補欠で。

すると 俺が選ばれるんだ。

大体 あいつ ビリなんだ。

それだから 演出家に
なったんだと思うよ。

それでね その当時の映画賞を
総なめにしていた

今井正先生という
名匠… 巨匠がいて

その人がね
映画をやるっていうんで。

船乗りの役だった。

で 俺は 通信室… 漁船のね。

で なんと 漁労長が

あの名優 山村聰さんだった。
へえ~。

で すごい事を傍受して

「漁労長! 漁労長!」
って言うと

こんな大きな顔してんだよ。

そんな大きくは…。

「なんだ!?」
っつってっから

「ああ ああ ああ…」っつって

もう すっかり 昔の…

かつての少年時代の
吃音に戻ってしまって。

「あの… あ…」。 僕 全部
セリフ覚えてるんですよ

3ページ分ぐらいの。
これこれ こういうのを

ここからは傍受しまして
こうです…。

もう やれどもやれども NG。

で あれ 多分 今でも
東映の新記録じゃないかな。

えー!?

いくらやっても
「あの… あの… あ…」。

そしたらね
聰さんが… 山村聰さんが

「おい 柳生…」。

で 今井先生も
「俺も入るから 入ろう」っつって

東映の撮影所の こう… お風呂場。

大きいお風呂場があるわけです
役者やスタッフが みんな入る。

そこへ 3人で入って。
4時か5時頃かな。

オーケー出て…
全然 オーケーない…

48回 「いや… あ…」。

いやあ 木村功も何も
皆 若い名優

みんな どっちかっていうと
吃音… どもっちゃうタイプ。

だから 人前へ出て
対人赤面恐怖症みたいな。

「そういう人は
結構 いい役者になるよ」。

「大丈夫だよ お前」。

「明日 やってもいいし…
どっちやる? 夜やる?」って。

「夜 やらしてください」って。
優しい~。

やったらね…
すらすら出てくるんだ。

「オッケー!」っつってね…。

〈デビューはしたものの

鳴かず飛ばずの日々が
10年余り〉

〈地下鉄の工事などで
食い繋いだ〉

〈その不遇時代

女優 二階堂有希子と結婚〉

〈妻の働きにも助けられ

息子2人に恵まれた〉

〈ようやく
俳優人生が花開くのは

40歳になってから〉

〈朝の連続テレビ小説
『いちばん星』で

作詞家 野口雨情を演じ
注目を浴びた〉

〈「ナイスミドル」と呼ばれ

売れっ子俳優となるまでの
舞台裏に

ふるさとの恩恵があった〉

これも 僕は 自分で
売り込みに行ったんだけれど

朝のテレビ小説って
やってるじゃない ずっと昔から。

で その時に 野口雨情の役。

作詞家?
作詞家。

あの…。

「シャボンだま とんだ」とか。

「赤い靴 はいてた」とか

誰でも知ってる
そういう童謡 唱歌の…

まあ 日本の素晴らしい人物。

それが茨城生まれなの。

ああ~。
俺も茨城生まれ。

で 茨城なまりで

例えば… 「例えばね」みたいにね。

「赤い靴はいてた女の子が

異人さんにつれられて
行っちゃったのよ」

「ビールください」みたいなね。
アハハハ…。

アハハハ…。

それで大人気になられて…。

それでね 今までの
ママが稼いできて

俺を食わせてくれた分まで
稼ごうって

ものすごい むちゃやったわけだ。

朝は テレビ小説
1週間6本かな。

昼間はね 各民放でね

昼間のメロドラマって…。
知ってるかな?

不倫ドラマとか。
はい 昼ドラですね。

だから それを
2本 3本やってたの。

すごいですよね。
だから 1週間で ドラマだけで

最低10本。
すごいですね。

その他 今度は
いろんな事をやり始めて

クイズ番組まで入れてくると

年間700~800本は
やってたんだよね。

でも そうすると 私も

『面白ゼミナール』とかね
拝見してましたけど

そうすると 普通は

そこで ずっとやっていこうって
思うものなのに

なぜ そこで
まさに人気絶頂の時に

じゃあ 八ヶ岳に引っ越そうって
いって その…。

(スタッフ)そうです。 このまま…。

よし!

あのね…。

〈「超」が付くほどの人気俳優は

なぜ 家族を連れて
八ヶ岳に移り住んだのか?〉

〈俳優 柳生博が

30年前に作り上げた
八ヶ岳倶楽部〉

全部 窓際にはね 例えば…。

ああ これは…。

ほら 実がついてるだろ?

これが鳥が好きなんだよ。
だから…。

ここで ワイン飲みながら
みんな 鳥好きは見てる…。

あと 多分 これも知っている人
っていないんじゃない?

ハナイカダ。

ほら 見てごらん ほら。

この葉っぱの上に花が咲いて…
これは実だけどね。

まるで
イカダのようでしょ?

これも
みんな お客さん喜ぶ。

子供はね 本当に
こうやって走るんでね。

バーッて走ってね
で この辺でごろんと転んで…。

で ここを走り回ってると
あそこで

お母さんたちとか
おばあちゃんたちとかが

「危ないわよ」みたいな…。

〈役者人生が軌道に乗って
間もなく

彼は 八ヶ岳南麓に
移り住んでいる〉

〈当時は 家族と過ごす時間も
つくれないほど

多忙を極めていた〉

〈一家での移住には
痛切な理由がある〉

長男が ちょうど
4年生ぐらいの時かな。

「ただいま」って長男が帰ってきた。

「ああ 久しぶりだな」
って 顔を見たら

ここを こう…。

で 「ちょっと見せろ」って見たら

ここに こう
明らかに何かで殴られた…。

「どうした?」。

「なんで殴られた?」。

いじめというような言葉
ない時代で

「お前の親父 昨日
女とやってたじゃないか」。

不倫ものもやってるし。

「お前のパパさん なんか
人を殺してたじゃないか」と。

役者だから
いろんな役をやる…。

そうですよね。
そういうのばっかりやってる。

で これは殴り込みに行こうかなと
思ったけども 考えた。

そういえば
うちのママもそうだよなって。

俺の事 なんか すごい気ぃ使って

体調 気ぃ使ったり なんにも…
いろんな事を気ぃ使う。

俺 その時に浮かんだ言葉は…。

って思ったね。
壊れるんじゃなくてね。

なんか ワーッと こう
溶けていっちゃう。

すごい感じたね。

で どうしよう どうしよう…
って考えてると

大体 そういう時は
おじいちゃんが

この辺にいるんだよ いつも。

ものすごい優しく。

野良仕事ってのは
やってないよな

どうしようと思って

家族たちを
晩ご飯食べながら見てたら

野良仕事
子供にもやらせた事ないし

ちょっと 行ってこようと思って
考え ここへ1人で来たの。

そしたら かつて ここは本当に
生き物たちがいっぱいいて

ここへ来ると 俺も
体重が スッと減って

キツネかタヌキくらいの
体重になって

この森を走り回ってるイメージ
って 自分の中にあるんだよ。

ここ 入ってくると
体重とか担いでるものとか

それも なんにもなくなってね
生き物の一つみたいな。

ところが ここの辺りは
全部 人工林。

じゃあ 13歳の時に来たのとは
全く変わっちゃってた…。

全く違う。 だから
生き物だらけの自然じゃなくて

光も入らない
花も咲かなかったら虫もいない

鳥もいない 他の生き物も
いないという事だから。

〈当時 家の前には
クマザサが はびこり

放置された人工樹林のせいで
土地も痩せていた〉

〈柳生は決意する〉

〈息子たちと力を合わせ

豊かな植生を持つ

〈遠い昔 深く感動した自然を
呼び戻したかった〉

こんにちは。
どうもどうも。

こんにちは。
いや どうも。

知ってます。
ありがとうございます。

知ってるって 知ってるって。
ありがとうございます。

〈一家の思い出を宿す雑木林を
柳生自ら案内してくれた〉

ここから ずーっと ほとんど
息子と植えた林です。

ええ~!
植えてきたんだよ。

これ 全部ですか?
40年ぐらい。

いや~ 素晴らしいですね。

それでね 小島さん ちょっと来て。

その中で
カラマツ林だったんだけど

全部切っちゃうと
罰が当たりそうな気がしてさ

この1本だけ残してる。
これ 元から生えてたやつですか?

これ 元から生えてたやつ。
こんな細いやつが あんな太く…。

あとは ほとんど植えてね。
へえ~ すごい量の…。

あれ見て。 きれいでしょ。

こういう… ほら 今
緑が圧倒的にまだ多いけど…。

あそこがね。
きれいだろ?

あっち 行こう行こう…。

なんか 立体的な…。
ほら いいだろう?

あっ きれいですね。
あれ 何が赤いんですか? 今。

あれはね ハウチワカエデ。
ハウチワカエデ。

てんぐの羽うちわに
似てると思わない?

てんぐちゃんの…。
ほらほらほら。

ああ~ 本当だ。 こういうね。

ここ 滑るから。
はい。

久しぶりに女性の手を…。
ハハハ。 ありがとうございます。

ありがとうございます。

ついでに なんか… ついでに
腕を組む形になってますけども。

あと もう… 草や花。

これね
お茶で時々使いますね このお花。

名前は なんでしょう?
ムラサキシキブです!

おお~!
はい。 茶花は少し知ってます。

俺が教えようと思ってるのに!
アハハハ…!

これは まさに
この八ヶ岳の南麓に昔からあって。

そうなんですか。 きれいですね。

ここは 全部そうです。

こういうのが好きか。
はい。

じゃあ こっち行こう。 行くよ。
こっちですか?

うん。

あっ これが…。

え~ 何? これ。
これ わかんないだろ?

何? これ。 初めて見ました。

これ ツリバナ。
ツリバナ?

これ 本当は丸いんだよね。

それで この紅葉の時期になると
その実がパカッと開くんだよ。

なるほど!

つまり 花をつっているようだから
ツリバナっていう。

かわいいだろ?
かわいい~。

実が パカッと開いて
そこに種がついてるのか。

今 なんや? あの花は
って みんなに聞かれるの。

アハハハ! え~ 面白い。

あれ 面白い花。

これは 葉っぱからすると
アジサイっぽい。

アジサイです。
アジサイですか?

でも このアジサイ 見た事ある人
あんま いないはず。

普通 アジサイって

この周りに
がくの部分があるんだよ。

ここに ポンポン…
これは それがない。

はあ~ 本当だ。

これが
花咲く時ってね

本当に いい香りがね
雑木林に充満する。

香りがあるんですか?
この香りを嗅ぎに来る

お客さんも いっぱいいる。

ええ~ アジサイって
香りがあるの知らなかった。

これだけですよ。
へえ~。

何アジサイっていうんですか?
コアジサイ。

これは こういうふうな

一面 生えるとわかるけど
フカフカなんだよ。

寒冷地だから
これぐらいがね 腐葉土で

そういうとこの細い根っこを
どれだけ伸ばせるか。

だから これ 東京へ持っていって

自分の花壇なんかに植えても
ダメなの 土が硬いと。

フワフワじゃないと
ダメなんですね。

そうですか。

アハハ。

〈花々は また
小さな命を支えている〉

普通のセイヨウミツバチより
少し小さい おとなしいんだよ。

ほら 今 やっと
少しあったかくなってきたんで

出てきたよ。

すごいだろ? かわいいだろ?
(スタッフの笑い)

〈ニホンミツバチの
飼育を始めたのは

今は亡き長男 真吾さんだった〉

〈4年前 柳生博は
長男を亡くしている〉

〈真吾さん 享年47
咽頭がんだった〉

こういう屋根も
全部 つくったんだよ。

真吾と一緒になって…
まあ 真吾がメインで。

〈ある意味で 家族を
八ヶ岳へと導いた真吾さん〉

〈親子 力を合わせて
雑木林を整えてきた〉

これは だから…。

〈けなげに生きる
ニホンミツバチを見ると

柳生は いつも 長男を思う〉

通り道をつくってあげるんだよ
これ。

ブーンといくと
そこでワーッと すれ違って…。

で 蜜を採ってきたやつは
ここへ入る。

でも ここへね
こいつらを狙ってくるのが…

ここへ
キイロスズメバチが来るだろ。

そうすると こいつらが

50~60匹
ブワーッと そいつを囲んで…。

で バーッて
全部で こうやるとね…。

そうすると
キイロスズメバチが死ぬんだよ。

(スタッフ)へえ~。
すごい強いだろ?

(スタッフ)へえ~ 温度で。
そうやってる時 何度も見て

俺… 頑張れ頑張れって
俺まで こうやっちゃうもんね。

なんか 午後3時を過ぎると
柳生さんは もう

赤ワインを飲む時間。 フフフ。
そうです。

3時前に これ飲むと
もう すごいんだよ。

お客さんから みんな
「まだ5分前ですよ」とか。

今 大丈夫ですから。
これも おいしいでしょ?

はい これもノンアルコール
という事なんですけど

たるのね いい香りで。

これは抜いてないよ。
召し上がってください。

今 あの 林の中 ご一緒してって

いろんなとこで これは… 例えば

建物のね 屋根の上の
すごくきれいに生えてる草とかも

これ 真吾さんが なさったとかね。
そうそうそう。

あと ミツバチの こうね

巣箱を…。
ニホンミツバチのね。

ニホンミツバチが つまり なんで
ここに すむようになったか。

ここに生えてる植物
全部 花が咲くって事だよ。

ああ そうか。 豊か…。

あれは お花畑へ連れて…
飼う事のできない。

だからね あいつが死ぬ
ちょっと前だけど

すごい勢いで
俺が飲んでるとこへ来て

「親父 親父!」って来てね
「なんだよ」。

「俺も飲んでいい?」って言うから

「いいよ」っつって 飲んだら

「おい 親父 この八ヶ岳の森は
表彰状を受けたよ」。

「どの表彰状?」。

俺 大臣か なんかから
もらったのかなと思って。

違う…。

「そう 俺たち やったの
偉かったねって

褒めてくれてるんだよ 親父」って。

まあ その時 何本飲んだか。
アハハハ。 嬉しかったんですね。

そりゃあ 嬉しいですよ。

真吾さんとね ずっと一緒に

それこそ
つくってこられた林なのでね。

真吾が亡くなった時

本当に はっきり言って
恥ずかしいぐらい

病院中 聞こえるように
号泣しました。

でも 20秒か30秒。

でも それから 僕
真吾の事で泣いた事ないよ。

そうですか。
ここへ来るとね いるんだよ。

いつも一緒に植えてきて
一緒に手入れをしてきて

一緒にニホンミツバチもやって

一緒に草屋根の 森…。

だから ふっと そこの木の
中くらいの所に

なんか 真吾がこうやって
枝打ちしてたり

屋根の上にいたりね。

だから 泣いたりしないもんね。
いるから。

そっか。
いるんだよ。

でも 東京にいる時ってね

いろんなものを閉じて

難しい本ばっかり読んでるんだ
俺 東京にいると。

するとね ポタッと こう
泣く事もあるよ

真吾の事 思ってね。

ここで泣いた事はない。
ありません。

一緒にいるから?
一緒にいるから。

で その弟もいるし
その孫たちが…

だって あいつの孫
4人もいるんだぜ。

もうね 結構 大きいね。

もう 一番上は 今
幼稚園の先生だもん。

そうなんですね。
一番下は この間 全国大会

バスケット部のキャプテンでね
ここの公立高校の。

で もう みんな…。

〈結ばれて もう 54年になる
妻の有希子さん〉

〈認知症の進行が進み

現在は 特別養護老人ホームに
入っている〉

ちょうど 真吾さんのお体が
悪くなられるぐらいの時から

有希子さんも 少し
ちょっと 認知症…。

うん。 だから

真吾が亡くなる直前に
認知症という…

かなり 高いレベルの
という診断をして。

で それから 全て閉じて

それから どうなったかっていうと
パパの追っかけになっちゃった。

追いかけ…
追っかけってあるじゃない。

熱烈なファンですよね。
ファン。

俺が 君の追っかけやってたら

行く先々に いたりするじゃん。
はい。

そういうふうになっちゃってね。
そうなんですね。

だから 俺が
例えば トイレ入ってもね

「ママ」って出てくると
いないんだよ。

ああっと思うと 道へ
「パパ パパ」って追っかけて…。

東京でもね
階段をちょっと滑り落ちたり

そういう事が いくつかあって。

まあな。

ヒモ… こんなヒモがいてさ

あんな息子がいてさ

それを全部守ってきたのは
ママだから。

まだ死んじゃいないよ。

ちょうど
東京へ行く間にあるんだよ。

だから 東京へ 毎週
行ったり来たりしてるから。

行き帰りに。 で 実は…。

ああ そうなんですね。

で その施設の職員たちがね
2人で送ってきて

俺と…。

だから 俺は むしろ
今のママと一緒にいる時って

青春してるかな。
ああ そうですか。

だから 言葉にして しゃべったり
論理的に何かをしゃべったり

そういう事だけが
会話じゃなくて…。

例えば コアジサイが
あんなになった。

「あっ やった~」とかって。

花が咲いて あのいい香りで

秋になると真っ黄色に
なるんだよねって。

そしたら
「ああ~」って言ってると

その向こうには対照的に

赤よりも もっと黒に近いような
濃い赤があるんだよねとか。

ここなら わかるんですね。
東京じゃわからない。

ああ そうか~。
東京じゃ生き物がいないから。

そうか~。

と 外国人ともわかるし

もっと言えば
鳥とも会話ができてるし

もっと言えば 虫ともね。

会話って 言葉だけで

何語でしゃべるとか
そういうんじゃなくって

息遣いみたいなの あるじゃない
みんな 生き物って。

あるんだよ そういう事が。

あるんだよ。

あるんだよ。
アハハハ…。 わかりました。

さらに先の展望というか

このあと やってみたいなとか

今 やろうとして
いらっしゃる事とか

なんかあれば 教えて頂きたい…。

そういう難しい話って
あんまり好きじゃないんだな。

だから ひと言で言うと
いつかは鳥になりたい。

もっと体重を軽くして

その枝へ
ポンと飛び上がって

その上へ バッと行って
上へ こう

イヌワシが飛んできたら
シュッと隠れて

みたいなね。
鳥に。

じゃあ 八ヶ岳の鳥がいいですか?

鳥って 君ね なめちゃいかんよ!

6割以上は 渡り鳥だから。

あっ そうか!
八ヶ岳の鳥とは限らないのか。

僕が
野鳥の会の会長になった時に

必ず
あなたたち記者は聞くじゃない。

「柳生さんにとって 野鳥って
どんな感じですか?」って。

聞いてごらん。

柳生さんにとって
野鳥は どんな存在ですか?

そうね~…。

国境なんかないんだって。

この足の下に地獄なんかないし

ここに
天国なんか あるわけないんだ。

宗教の違いで 殺し合いなんて
あるわけないんだよって。

わかるかな~。
想像してごらんって。

私は シロナガスクジラに
なりたいんですよ。

お~。

どうしても
大きい動物に憧れてて。

シロナガスクジラも
国境関係なく

深いとこも潜れるし
あっちこっち行けるので

私は あの…
海に潜るクジラになりたい。

初めて会ったんだけど

なんか ものすごい共通項が
いっぱいあるね 君とは。

え~ そうですか? 嬉しい。

よくわかんないけど
似てるとこ いっぱいある。

よかったです
今日 お目にかかれて。

なんか また 飲もうよ。
あっ そうですね。

私 木も植えてみたいので
植えに来ます。

いいね~。
楽しみにしております。

今日は ありがとうございました。

なんか まだ これから飲んで
しゃべりたい事いっぱいある。

命って こう いろんなとこに

こう お土産みたいに
置いていくっていうか

散っていくみたいな感じが
しますよね 自然の中にいると。

だから なんか こう

体がなくなるっていう事が

その人がいなくなるっていう事と
イコールではないな

っていう感覚は
少しわかった気がして。

あの… とってもいい時間を
頂きました。

〈俳優 柳生博が 今 思う事〉

こうしようか。

え~
「人と自然の 仲のいい風景

それは…
雑木林… だと思います」。

こう なんか
ちょっと 人間が手を加えるとね

花が咲き そうすると虫も来る。

生き物だらけになってくるんだよ。

こんなとこまで
お前 来るかっていう渡り鳥まで

みんな来るわけ。

そこには
生き物がいっぱいいるから。

そして そこで休める場所が
いっぱいあるから。

そこは 人間が関わってきて
仲良くやってきたから。

なんちゃってね。

〈雑木林の再生は

人生の
再生だったのだ〉


関連記事