サワコの朝 内田也哉子 母・樹木希林の遺言 “自宅での最期の日”あんなに疲れた状態でもなお「ありがとう」を3回…



出典:『サワコの朝【内田也哉子▽母・樹木希林の遺言】』の番組情報(EPGから引用)


サワコの朝【内田也哉子▽母・樹木希林の遺言】[解][字]


エッセイスト/内田也哉子▽母・樹木希林さんが希望していた“自宅での最期の日”あんなに疲れた状態でもなお「ありがとう」を3回…娘・也哉子さんがサワコに語ります。


詳細情報

番組内容

ゲストは、エッセイストの内田也哉子さん。樹木希林さんと内田裕也さんの長女として育ち、夫は俳優の本木雅弘さんという芸能一家。しかし、去年9月に最愛の母・樹木希林さんが他界。その後を追うようにして今年3月には、父の内田裕也さんも亡くなられました。今しかないというタイミングで病院から自宅に戻った母・希林さん。希望していた“自宅での死”を叶えた最期の日。その数時間後には、マスコミが押し寄せたと話します。

番組内容2

また「父の出所時にはヘリコプターが飛んでました。喜劇と悲劇が常に混在していました」と自分が生まれる前には別居状態にあった両親との日常を回顧。両親の夫婦喧嘩が絶えない「包丁が何度も欠ける日々」だったそうですが、母から、父の悪口は一切聞いたことがないと言います。その不思議な関係をはじめ、両親にジレンマを抱えていた思春期や母・樹木希林さんが最後まで伝えたかったことを、娘・也哉子さんがサワコに語ります。

出演者

【司会】 阿川佐和子 【ゲスト】 内田也哉子

音楽

【番組テーマ曲】 「Tea for Two(二人でお茶を)」歌:ドリス・デイ

お知らせ

【解説放送あり】

公式ページ

◇番組HP http://www.mbs.jp/sawako/

制作

【製作】MBS TBS 【制作協力】TBSスパークル



『サワコの朝【内田也哉子▽母・樹木希林の遺言】』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

サワコの朝 内田也哉子 母・樹木希林の遺言 “自宅での最期の日”
  1. 自分
  2. 裕也
  3. お母様
  4. 樹木希林
  5. 也哉子
  6. 子供
  7. カビ
  8. 内田裕也
  9. 本当
  10. 本木
  11. 夜中
  12. お父さん
  13. ドンドコ
  14. ナノイーX
  15. 一緒
  16. 何度
  17. 喧嘩
  18. 今日
  19. 樹木
  20. 状態


『サワコの朝【内田也哉子▽母・樹木希林の遺言】』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓MBS 毎日放送関連商品

(阿川)おはようございます。
阿川佐和子です。

今日のゲストは あの
内田裕也さんと樹木希林さんの

一人娘でいらっしゃいます

内田也哉子さんに
おいでいただいております。

(拍手)

はじめまして。 今日は楽しみに
おじゃましました。

ほんとに?
最近 でも いろいろ あちこち

引っ張り出されてる感じですか?

まあ そうですね。
両親のことがあったので。

そうですよね。
代理という形で。

一人っ子でしょ?
はい。

隠し子でも いない限りは。
あははははっ。

(ナレーション)
今日のゲストは内田也哉子さん。

樹木希林さんを
母に持ち

父は内田裕也さん

夫は俳優の本木雅弘さん
という

芸能一家。

去年9月
最愛の母 樹木希林さんが他界。

そして今年3月 後を追うように

父の内田裕也さんも
亡くなりました。

樹木希林さんの言葉を集めた
本は

ご本人亡きあと

10冊以上出版され 話題に。

こう述べています。

「父は」…。

生前 夫婦喧嘩が絶えなかった
という2人でしたが 実は。

今日は 母 樹木希林さんが
最後まで伝えたかったことを

娘の也哉子さんが語ってくれます。

♬~

お母様の樹木希林さんが
亡くなられたのが去年の9月。

そうですね ちょうど1年少し。

1年ちょっと たちまして。
で その

ちょうど半年後ぐらいに
お父様 内田裕也さんが

亡くなられたと。
3月に はい。

何が大変でした?
亡くなられてから。

とにかく 自分の
たった1人の母親でありながら

とても親密なお別れが
できなかった。

静かなひとときが
持てなかったっていうか。

まあ 母は もともと ずっと

家で死ぬっていうことを
目指してたので。

でも 帰れないなぁとは
思ってたんです。

あまりにも状況が状況で。
悪かったから?

はい。 だけれども

「私 もう そろそろ帰ろうと思う」
って言うから。

ご自身が おっしゃったんですか?
うん。 それで

お医者さんに申し上げたら
「よくご本人が わかりましたね。

今の このタイミングを逃したら

もう帰れませんよ」って言われて。
すごいですね。

多少なりとも体力があるうちに
家に帰っておかないと

もう 家で死ぬということ
できなくなる

っていうことを直感で?
直感ですね。 だから

もともと 元気なときから
直感力の鋭い

ナイフのような直感力で
生きてきたんですけど。

でも 最後の最後に
あんなに疲れた状態でも なお

気配っていうものが
したんでしょうね 自分で。

それで うちに帰られたので。
そこは やっぱり

24時間体制の看護師さんとか。
そうです。

それで じゃあ 明日からね

裕也にも会ってないし
裕也も呼べるしね。

病院だと なんか ねえ
目立っちゃうから あの風貌だから。

裕也って呼んでらしたの? お父様。
裕也って みんなで はい。

それで じゃあ…。
まあ 二世帯住宅で

母のフロアが1階で
私たちが2階の住まいになってて。

で 2階に寝に行くときに
母が あの~。

まあ 声は
あんまり出なかったんですけど。

ちょっと 呼び止められて。

で 「ありがとう」って
3回言ったんですね。

それ 今まで そんなことは
なかったんですか?        全く。

なかったんですか!?
ないです。 だから

「ちょっと気持ち悪いから やめて」
って言ったの うん。

で 3時間後ぐらいか
夜中 ちょっと過ぎだったから。

その看護師さんから電話があって。

もう ちょっと様子がおかしいので
下りてきてくださいって。

1階で ずっと看護師さんは
夜中も看てくださってた?

はい。 そして みんな 孫たちも。

ちょうど 長男の雅樂と
次男の玄兎で。

長女はアメリカの大学へ
行っちゃってたので

いなかったんですけど。
みんなで ダダダッと下へ下りて。

で まあ 顔を見たら
もう とても穏やかな。

もう 反応が
すごく遠くなってる。

声かけても反応はなかった?
声かけても

少~し なんか こう
まばたきするぐらいの。

で もう真っ先に
まあ 裕也にも電話かけて。

夜中の…。
たたき起こしちゃったんですけど。

裕也さんは でも もう
あんまりお元気じゃなかった…。

そうですね。
自宅にいたんで そのときは。

入退院 やっぱり
繰り返してたんですけど。

タイミングよく うちにいらした?
はい 家にいて。

起きたんです。
たたき起こしたの。 ははははっ。

まあ 裕也が

「しっかりしろ しっかりしろ」
ってふうに 声を。

啓子っていうんですけど 本名。
「啓子 しっかりしろ」って言って。

電話口で?
電話口で声かけたら

手をすごく ぎゅ~って。

孫の手をぎゅ~っと握った
って言って。

応えてらしたんですね その声に。
だから すごく反応してたから。

へえ~。

私は 両親が普通に
穏やかに たたずんでる姿を

一度も見たことがないので。

いつも殺気立ってるか
まあ 離れているかだから。

その瞬間が穏やかな…。

初めて何か家族として
内田家として 一体感が。

本木さんもいましたし。

さみしいけれども
温かい瞬間だった。

だから 多分 家で
そうやって看取るっていうことは

こういうことなんだな。
こういうことを

母は まあ 目指してたんだな
っていう。 はい。

でも それ おうちでだったから

誰にも漏れるはずないと
思っていたのに。      そう そう。

どっかで漏れちゃった?
次の朝には。

次の朝なの!?
ちょろちょろ ちょろちょろ

マスコミの人たちが
うろうろしていて。

どんどん どんどん
お昼ぐらいには わあ~っと。

家の前が
犯罪でも犯した人の前…。

出所する… ねっ。 ときみたいな。

まあ 父が出所したときには

ヘリコプターも飛んだんですけど
うちの上に。

うちの上に ヘリコプター?
そう 誰のか… 偶然…。

いや でも あれは絶対
うちを撮ってるっていう。 ふふふ。

うちは もう 喜劇と悲劇が
もう常に混在しているので。 はい。

そうですね。 まず記憶に残る1曲。

これは なんですか?
えっと

父がプロデュースしたバンドで

フラワー・トラヴェリン・バンド
っていうのが。

で 母は そんなに ロックミュージックは
好きじゃなかったんですけど。

いっつも 家で流れてた この
フラワー・トラヴェリン・バンドの

「SATORI」の なぜか「PART2」。

もう頭がおかしくなるほど
何度も家の中で流れてたっていう。

子供のころ。
也哉子さんは お父様の…。

わかってなかったです。
わかってなかった。

ただ この曲は
ずっと かかってるなっていう。

好きなんだな お母さんっていう。
はい はい。

荒ぶる魂
みたいな感じの曲なので。

♬~

とても ご飯食べながら聴く…
家庭で聴く曲じゃないでしょ?

ご飯食べながら
流れてたの?

♬~


これを…。 うちで ずっと流れて。

はい 朝から結構 晩まで。
朝から晩まで!?

「ただいま」って家に帰ってくると
これが フャフャフャ~って流れてんの?

ドンドコ ドンドコ。
ドンドコ ドンドコって。

でも 也哉子さんにしてみれば

お父様とお母様が
別居を始めたのが?

もう 生まれる前です。

おなかにいる…。
多分 妊娠して ちょっとして

あまりにも喧嘩が激しくて
包丁が欠ける…

何度も欠けるような
日々だったんです。

危ない。
それは なんか こう

今 俗に言うDVっていうものと
ちょっと違うみたいで。

母の場合は やり返してたので。
ちょっ… えっ。

話に聞くとね。
悲壮感っていうよりは

もう なんて言うのかな
2人でメラメラ。

2人で格闘技みたいなことに。
はい。 だから

自分の子供を守る
っていう意味で

自分でマンションを買って
その鍵を渡したそうです。

「どうか出ていってください」
って言って。

裕也さんのためのマンションを
用意したから

あっちに出てってくれと。
鍵を渡したって言ってました。

でも 母らしいのは
ちゃんと住まいも用意して

ポジションも ちゃんと確保しつつ
お父さんという。

それで出したというか。

立てるところは旦那様を立てる
って考えが おありなんですよね。

一家の主というものはって。
そこが不思議ですよね。

一切 父親の悪口
聞いたことがないですね。

お母様から?
はい。 気配もない。

もう 立派なお父さん
っていう感じで。

それ 説明はあるんですか?
お父さんは なんで

うちに いないんだろう
ってことについては?

うう~ん それは
仕事で頑張ってるからっていう。

でも 年に1回 父の日は会って…。
1人で会いに行かされてたんです。

お母様 一緒じゃないの?
一緒じゃないです。

一緒に行ったら
もう喧嘩するだけだから。

どうして? 立ててんのに。
もう1分も いれないですよ。

ほんとに嫌でした 私は
子供のとき。

その…
親がそろうっていうことが。

だから
1人で行かされる方が よっぽど。

1人で いくつから?
小学校低学年ぐらいには1人で。

だって 怖いでしょ?
怖いです。

で あとは その…

家に酔っ払った状態で来る
っていう。

甲高い声が
真っ暗な夜道に響き渡る。

「お~い お~い 開けろ~!
お~い!」って言って。

そうすると母も
バタバタ! つって。

とにかく 入れないと
近所迷惑だから。

ダダダダダダ! ってして。
下りてって。

バッと開けて ザッと入れて
鍵しめて。

で もう家の中に入って。

それで まあ夜中の2時3時なのに
小学生の私を…。

「おい 也哉子 起きて座れ」
って言われて。

世に中に対する怒りだとか

自分の その…。
理不尽なこと。

いろんな思いをまくしたてて。
大きな声で。

はい。 で 「間違ってるか!?」
って言われるんです。

そうすると 「間違ってない」
って言ってダ~ッて泣きながら。

そうすると 大体
「なんで お前は俺と会うと

いつも泣いてんだ ばか野郎!」
って言われて。

「大丈夫」って言いながら
もう 号泣して。

その間
お母様は どうしてんですか?

母はね ニコニコしてました。
ニコニコしてらっしゃるの。

じゃあ そこでは喧嘩は
あんまりないの? 夫婦喧嘩は。

あんまりないですね。
まあ 言ってますけど

そのころには もう
母も免疫が出来ていて

これは1つのイベントじゃないけれど。
イベントね。 へえ~。

(西島)
「ナノイーX」による カビ抑制実験です。

事実 有害なカビに対する抑制効果 実証済。

「ナノイーX」で 気になるカビを抑制。

ナノレベルで 空気を健康に。

次世代健康イオン 「ナノイーX」で

健康な わが家にしよう。

(西島)エアコンの中って
カビが生えたりしないのかな?

はっ! カビ!?

(エアコン:ピッ)
君は…。

「ナノイーX」が エアコンの中の
カビを抑制している。

もちろん お部屋の中のカビにも強い!

つまり…。

(綾瀬)ぜひ 当ててほしい!

子供のときは もう
ひたすら お酒臭いし 怖いし。

なんで そんなに うちへ来て
暴れなきゃいけないんだっていう。

だから ほんとに嫌で嫌で。
そして

やっぱり 思春期になって初めて
母に怒りが向くわけですよね。

也哉子ちゃん?
言ってることと

その… 実像が違うじゃないか
って 母に。

なんで あれが立派な父なんだ
っていうことを

すごく 思春期は問いかけて。
お母さんにぶつけたの?

そのときから 母が
とっても きちっと

「じゃあ ちゃんと話しましょう」。
それは なんだったんですか?

そのときには
理解不能だったんですけど。

自分は若いときに
とても幸せな結婚を最初にしたと。

そのときに幸せっていうものが
あまりにも息苦しすぎて

それを1回 解消…
離婚して解消したあとに

もう 生きること自体に絶望して

ブラックホールに
入ってしまったと。

その闇みたいなものに

もう 息をしてるのも
苦しかったって。

それが20代半ばぐらいから。

だから もう
いつ 仕事やめてもいいし

いつ死んでもいいぐらいの感じで
生きてたんですって。

30ぐらいのときかな。

父のような
破天荒の代名詞のような

予測不可能なカオスに
出会ったときに

あっ こういう人と一緒にいれば

私は このことに
一生懸命になっているから

そのブラックホールを

ある種 紛らわすことができる
って思ったんですって。

はあ~ 深い。
だから すごく 子供としては

それって いいこと?
っていうことですよね。

実は4年前 「サワコの朝」で
樹木希林さん本人が

内田裕也さんと結婚した理由を
こう話していました。

もう つまんなくなっちゃって
世の中が。

もう これで人生終わりかな~
っていうころに いたから。

いたら。
これだっていうふうに思って。

でも それが全て 1つの その~
おもしになると思ったんですよね。

おもし?
うん。 私みたいな人間が

すっ飛んでいっちゃうのよ
どんどん どんどん。

はあ それを こう
イカリのように。

なんか こういう人が
いることによって

おもしになるという。
結婚という形をとることによって。

あっ 自分自身のおもしになる
というふうに。

内田さんには もうちょっと
まだ 暴れていただかなければ。

もうね お互いに体力ない。

「お前 俺をおだてろよ」。

「おだてろよ」っておっしゃるの?
うん そう。 「おだてりゃ

俺だって木に登るんだ」つって。
ふふふふ。

もう 随分
おだてたつもりなんですけどね。

落ちるから。
ははははは ははは。

木から落ちるから
あっ! というような感じで。

ふふふふ。
すみません。

でも そのカオスというか
破天荒のマグマみたいな人も

年に1回 会うのも
つらいだろうけど お母様も…。

マグマでした。
はははは。

普通じゃなかったっていう。
そうですね~。

母の方が怖かったですね
本当の意味で。

いわゆる 一般的な母親が
心配するような…。

例えば お友達だったら
学校終わって

何時までに帰ってきなさい。
そして帰ってきたら

これをやって あれをやってって
全部 言ってもらって

そのとおりやる。
一切なかったですね。

一切ない。
そのかわりに

少ないですよ
ある程度のお金と鍵を渡されて

あなたは これで自分で
いつ帰ってきたらいいか考えて

自分で自由に…。
もちろん いるんですけど

自分で その~ 日常を。
部屋の掃除も含めて。

1回は
教えてくれるんですよ まず。

掃除のしかたも1回だけ。

で 聞き落として
「えっ?」って言ったら

「いや もう1回言ったら
おしまい」っていう。

すごい 魔女の修業みたい。
だから その 緊張感が。

なみなみならぬ緊張感。
拷問のようでした。

どうして拷問だったんですか?
だって

自分で
全部 考えなきゃいけないから。

甘えたかったんですよね 本当は。

ああ~ 「やめなさい」とか
「これはしていいよ」とか。

はい。 だから
それが不自由なんですよね。

自由ほど不自由はない
じゃないけど。

まあ そういう時代を経て

去年の9月に
お母様が亡くなられて

まあ その告別式のときに
お読みになった この…。

えっ それ なんですか?
喪主の代理。

びっくりした。
そんなの用意して…。 はい。

樹木さんが亡くなられて
間もなく

裕也さんが
昔 ロンドンにいた所から

樹木希林さん 奥様に宛てた
お手紙が出てきたと。

そうなんです。 母の本棚の 間に

こう1つ 小さめの本ぐらいの
サイズのアルバムがあって

そこに
いろんな手紙が挟まってて

その1つだった。

樹木さんの告別式の挨拶で

也哉子さんは 偶然見つけた

読み上げました。




初めて その~
お母様が亡くなられたあとに…。

そうなんです。
読んだんですか。

まあ もちろん 男性と女性が
出会うっていうことは

何か 最初は純粋な恋愛だったり

混じりっけなしの状態が
あったわけだけども

私が知ってるのは
さっき言ったような

もう ほんとに カオティックな
部分しか見たことがないから

その~ とても相反する
「メシ この野郎 てめぇ」って

つまり 喧嘩してる
うわ~っと激しい状態。

「でも 本当に心から愛しています」
っていう そんなピュアなことを

言った父もすごいし
言われた母もすごいし。

それを取っておいて こんな

母が亡くなったあとに
私が発見するっていうのは

これはよく出来過ぎてると思って。
はははっ ドラマとしても。

とにかく
これを 皆さんとシェアして

母と父が
こうであった瞬間もあったと

共感していただきたいっていう。
うう~ん。

へえ~。 世間一般の人たちも

内田裕也さんの横暴ぶりは
ちょっとね。     横暴ぶりは。

それを もう何度も何度も
繰り返しているにもかかわらず

樹木さんは 断固として
離婚はしないって。  はい。

えっ
しちゃった方が楽だろうにって

こう みんな思ったと思うんですよ。
私も ずっとお願いしてました。

はははっ。 えっ?
お願いだから別れてくれと。

樹木さんが
お母様が稼いできたお金で…。

ふふふっ。
お金のとこ いきます?

「私 1円ももらったことないのよ」
って うれしそうに言って…。

うれしそうにっていうか 母がね。
裕也さんから?

娘としては やっぱり こう
悔しくなるっていうか…。

そうです。 それが
ずっと抱えてたジレンマですね。

母は
このめちゃくちゃな父を立てる。

でも それを俯瞰して見てる

この2人の
遺伝子を受け継いだ私は

なんかおかしいぞって
ずっと思っている。

でも 母は じゃあ
かわいそうふうにいるんなら

かわいそうだっていうふうに
いたわれるけど

いや 全然 私は これでいいのよ
って胸張ってるから

なんとも言えない。
どこに こう

感情の発露を見いだしていいか
わからないっていう。

そこが… よくわかって。
そうだね。 そうよね。

そこが苦しく… そこが。

うん そう。
でも この手紙を読んだあとの

也哉子さんの言葉も
すばらしいんだけど。

続きです。

本木さんに内田家の婿になれって。
内田さんになってもらって。

はい。

泣いちゃいそう。

いろいろ大変だった話も
あちこちで。

ちまたでは流れていて。
ああ そうですか。 あちこちで?

夜中にね
「お~い 鍵 開けろ!」つって

お父さんが帰ってきたときに
あまりにも暴れるので

本木さんが
いいかげんにしてくださいって…。

羽交い絞めにして。
羽交い絞めにして

家から たたき出したとかいう話は
本当ですか?

それは本当です。
私も見てました。 ふふふっ。

母の後ろで
鉄パイプを持って立ってたんです。

ふふふふっ。

アシスタントで。 それは
さすがに使わなかったけれども。

はははっ。

あんまりね 身内のこと褒めるのも
あれだけど。

本人が
いちばん嫌がると思うんですけど。

本木さんが 多分
いなかったら 内田家は…。

いびつなんですけど いびつなまま
バランス取ってる内田家は

本木さんのおかげで
かろうじて こう… 均衡。

均衡を保ったっていう感じ。
そう。

でも その本木さんを最初に
也哉子さんに紹介したのが

お父様だっていうのも

皮肉というか 運命的というか。
そうですね。

(女性たち)こんにちは。

(男性)こんにちは。 どうぞ!

(でんきやさん)こんにちは!
早速 女子会を始めましょう!

今日作るメニューの説明をします。

《震災の後 ひとりにならず
誰かと会える場所があれば

みんな 少しでも元気になれる》

《そんな想いから
この女子会を始めたんです》

《初めは 必ず震災の話になって

みんなで涙ぐんでいましたが

いつからか 笑いのあふれる会になり
今も その輪は広がっています》

(女性)チーズ!
(シャッター音)

《街の人同士がつながって

離れて暮らす
街の人の家族ともつながって

みんなのふるさとである この街が元気になる》

《そんなお手伝いをしたいんです》

(為末)オリンピック パラリンピックの
感動の歴史。

それは 映像技術の
進化の歴史でもあります。

そして TOKYOで
新しい感動を生むために

パナソニックが開発したのは

人の動きを 高速で追いかけるプロジェクター。

限界に挑戦し続けているのは
アスリートだけでは ないようです。

今は 亡き親に振り回されては
いらっしゃるけども

これから どうしていきたい
っていうお気持ちは…。

やっぱり 母が亡くなる前に

1つ 重い宿題を
渡されたんですけど。

なんでも
小さいことでもいいから

周りの人の役に立っている…
立つっていうことを目指して

生きていきなさいっていうのを
割と ずっと…。

おっしゃってた?
後半 言われてたんですね。

そこは だって…。

「9月1日」っていうご本を
お出しになって。
はい そうですね。

それは お母様の
ある意味 宿題かもしれないけど。

その~ 9月1日に

子供がいちばん自殺する数が
多いんですって?          はい。

まあ いじめであったり
いろんな心の問題であったりで

学校に行けなくなってしまった
子供たちが

学校に行けないんだったら
死しかない。

ほんとに 選択肢を知らないまま
自殺してしまうっていう現状に

母は まあ 自分がほんとに

死に向かってカウントダウンを
してたときに

ちょうど 9月1日っていうのを
病室で過ごした日に

本当に
涙を ぽろぽろ流しながら

言ったんですよね
「死なないで」っていうふうに。

で その 残った母の思いと

私が受け取った
まあ バトンじゃないけれども…。

取材も随分なさったんですって?

はい 取材をして。
もっとしたかったんですけど

これ以上 分厚いと
誰も読んでくれないっていうんで。

ほどほどに まとめたのね。
ほどほどに。

また来てください。
ありがとうございます。

ありがとうございました。
すみません。

(拍手)

今後も 真矢ミキさん

元ラグビー日本代表の廣瀬俊朗さん

伊東ゆかりさんといった

多彩なゲストが登場。 お楽しみに。


関連記事