徹子の部屋 日色ともゑ~結婚50年目前に…愛する夫が逝き~ 女優業は辞めないことを条件に結婚。夫は常に…



出典:『徹子の部屋 日色ともゑ~結婚50年目前に…愛する夫が逝き~』の番組情報(EPGから引用)


徹子の部屋 日色ともゑ[解][字]


~結婚50年目前に…愛する夫が逝き~日色ともゑさんが今日のゲストです。


詳細情報

◇ゲスト

女優・日色ともゑさんがゲスト。

◇番組内容

昨年9月に出演した際「80歳で引退し、その後は夫孝行したい」と語っていた日色さん。だがその3カ月後、夫で建築家の中園正樹さんが肝臓がんのため亡くなった。実は収録時、自分が80歳になる3年後まで夫が生きていることはないだろうと思い、祈るような気持ちだったと明かす。デビュー前の18歳で出会い、女優業は辞めないことを条件に結婚。夫は常に日色さんの仕事を尊重し、闘病中もつらそうな様子を見せなかったと語る。

◇おしらせ

☆『徹子の部屋』番組HP

 http://www.tv-asahi.co.jp/tetsuko/



『徹子の部屋 日色ともゑ~結婚50年目前に…愛する夫が逝き~』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

徹子の部屋 日色ともゑ~結婚50年目前に…愛する夫が逝き~
  1. 本当
  2. 主人
  3. 結婚
  4. 自分
  5. 芝居
  6. 随分
  7. フフフフ
  8. 元気
  9. 最後
  10. 劇団
  11. 仕事
  12. 全然
  13. 意味
  14. 会社
  15. 完璧
  16. 感謝状
  17. 今度
  18. 今日
  19. 絶対
  20. 北林


『徹子の部屋 日色ともゑ~結婚50年目前に…愛する夫が逝き~』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


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(黒柳)NHKの朝のテレビ小説

『旅路』の頃のお客様です。

本当に若々しくてね

ピンピンしてらした
学生さんのような方で。

日色ともゑさん
今日のお客様です。

どうも。
どうも こんにちは。

あれ… 『旅路』って
いつ頃ですって?

多分 51年か52年ぐらい前で
白黒の最後だったんで…。

あっ そう。
ところで 話違うんですけど

この前 9月に…
去年 来て頂いた時に

お元気で
来てくださったんですけど。

あれから ご主人が
お亡くなりになったんですって?

実はね そうなんです。
あの時 もう悪かったの?

そうですね。
もう 10年ぐらい前に

言われていて。

でも 当初は ずっと元気で。
あのあと ここ…

徹子さんのお部屋に
伺ったあとぐらいから

大変と具合が悪くなって
それで…。

あっ そうなの。
そうです。 だから 12月の…

昨年の25日のクリスマスの日に
亡くなりました。

ここに来てくださったの
9月頃でしたよね?

そうですね。
だから それから本当に…。

本当にそうですね。 ええ ええ。

でも 本当に最後の最後まで
とても元気だったし

2人で あちこち旅行もしたり。

そうなんですってね。 随分…
あと3カ月ぐらいっていう時でも

随分
旅行にいらしたりなんかして。

だから 例えば その前の年に

あと余命1年とか
そういう事を言われますでしょ。

それはドラマの世界だけかなと
思ってたら

やっぱり 言われたんですよね
私ね。

その時 ああー そうなのかって
漠然と そう思っていて

そろそろ その1年が来るな
って思っていても

いや すごく元気だから
違う事もあるんじゃないかって。

ちょっと
去年 どんな事を話してらしたか

ちょっと見て頂いていいですか?

「日色さんは
決意をしている事がある」

「あっ…」
「それ 本当なの?」

「うん。
少し本気なんですよね」

「っていうか
そのつもりでいたんですね」

「80になったら 俳優という仕事を
辞めようかなって」

「今 77?」
「77。 だから あと3年ですよね」

「それをね 知ったのはね
沢村貞子さんが…」

「『おていちゃん』っていうので
知り合ったんですけど」

「80歳の時にお辞めになって
パーティーを開いたんですね」

「そうそう。 私 その時
司会した。 フフフフ…」

「その時に

“これからは夫孝行します"
っていうのが

ご挨拶だったんです」

「そしたら もう
すぐ80になっちゃうんですよ」

「そうよね あと3年ぐらいで」
「目の前にきてしまって」

「えっ どうしようかな
っていうのが今…」

いやー そのとおり
夫孝行しようかなって

まあ 本気でね
思ってたんですけど。

いや もう 80までには
生きてないなとは

わかってたんです 実はね。
あっ そう。

あっ ごめんなさい。
いや…。

そう。
だから あの時…

それは希望ね。

私が俳優という仕事辞めて

ゆっくり看病できるような態勢を
取りたいなって思って

そこまで頑張ってほしいな
っていうのが どこかに…。

あの本番は
ご主人 ご覧になったみたい?

見ました。 見て…。
なんか おっしゃってた?

なんにも。 私の仕事に関しては
なんにも言わないんですよ。

あっ そう。
舞台は…。

ですから 昨年の10月7日が…
千秋楽の芝居があって

あの時
紹介してくださった芝居があって

それを見に来て…
病院から見に来て。

それで 戻って
「どうだった?」って聞いたら

「お前 よく頑張ったな」とか
そういう事 一切なくて。

それは いつもの事なんですね。

私が「今日 どうだった?」

なんて言うと…。
建築家でいらっしゃったのね。

「まあまあ」って言うんですよ
いつも。 「あっ まあまあ」。

あっ 「今日 どうだった?」
って言うと 「まあまあ」。

それで 建築家ですから

装置の事は すごく見ました。
なるほどね。

「あっ 今度の とてもいい。
あの小さな紀伊國屋ホールがね

よく こんなに広く使えて
すばらしい装置だ」とか

そういう事は言うんです。

それで 「私は?」って聞くのも
しゃくに障るから

「ふーん」なんて言うと
「君は まあまあ」。

ハハハハ…。

それに 「あれっぽっちしか
出てないの?」とか

よく言いましたね。
なるほどね。

家を長く出てる割には。
そうなんです。

でも あれなの? ご主人とは
何年ぐらい結婚してらしたの?

結婚して あと5カ月で50年。

ああー そうだったの。

出会ってから60年なんですよ。

ちょっと結婚するまでに
時間かかりましたので。

あっ そう。
じゃあ 随分長い結婚生活…。

そうですね。
ご主人は有名な建築家でいらして

随分 色んなもの…

私たちが知ってるもの
たくさん お造りになってますね。

あっ この写真…。 これ 羽田の…

全日空の完成した時に
みんなで…。

すごいね。
真ん中に 偉そうに…。

真ん中にいらっしゃる方が
そうなのね。

ターミナルビルですってね。

でも 随分 あなたのお仕事に

理解をしてくださった
ご主人でしたね。

それは ありがたかったですね。

結婚する時に それが条件でした。

仕事辞めるなって
言わないでくれって 私の。

ずっと働いていて
で 自分が辞めたくなったら

それはそれで
いいんでしょうけども。

とにかく自分からは
絶対 辞めろって言わない

っていう約束のもとに…。
あなたが お頼みに…。

お願いしました。
したの。

絶対 私は自立した人間として
女性として

職業婦人となりたいという…。
フフフ…。

当時はね 職業婦人でしたからね。
そうなんです。 だから…。

それで そしたら もう それが…
それでいいという事で。

だから それが結婚まで
ちょっと長い時間かかりました。

かかっちゃったのね。

だけど 結婚してからは
一度も言いませんでした。

なんていうかな 愚痴というか。

例えば 劇団ですから
旅公演がありますよね。

何カ月もいない時…。

長い時は もう2カ月ぐらい
いないんですから。

そういう時でも
一切 言いませんでした。

偉いわね。

それは 感謝しています
ものすごく。

芝居の旅っていうものは
本当にね

間に帰ってくるってわけにも
いかないんですもんね。

行きっぱなしになっちゃって。
特に 九州なんか 遠いとね。

うっかり帰ってきて
帰れなかったら もう怖いから。

あっ そう。
いい旦那様だったわね。

そうですね。 で あとで…

会社のね 近しい
たった1人にだけ

病気を打ち明けていた人が
あとで

「社長は いつもね ともゑさんが

安心して芝居ができるように

してあげていたい」と
言ってたそうです。

なんて いい方なんでしょうね。
そうなんですよ。

どうして そんな いい方に
あなた 出会ったの?

本当ですね。
フフフ…。

高校時代の私の親友がね
就職した先が

主人のお父さんの
会社だったんです。

ええー。
貿易会社をしていまして。

で 私の親友は
そこへ勤めていて

経理かなんか
やってたんですけども。

その時 アルバイトの人たちが
何人もいて

みんなで ご飯食べたり
お茶飲んだりしに行く事になって。

私の その親友は
自分が「女1人なんだ」って。

「だから ともゑちゃんも
来てちょうだいよ」って言って

電話がかかってきて
それで ノコノコ出かけていって。

あなた?
ええ。 そこで会ったんです。

あっ そうなの。
はい。 とても なんかね…

向こうは だから
大学の1年生ぐらいでしたか。

感じの悪い人だったんです。
ハハ。 そうなの。

ええ。 斜に構えて
なんか こんなふうにしていて。

なんか 嫌だなって思って
帰ってきて。

バスケットをやってるっていって

「これから合宿に行くんだ」
っていう事を言ってたら

手紙が来まして。

「その合宿先でケガをしたので

東京に帰されちゃって
暇にしてるから

映画でも見ませんか?」って

ハガキが来たんです。
ええ。

それで また
ノコノコ出かけていって

映画を見て。
それから なんとなく…。

その時は 感じ悪くなかったの?
なかったです。

ええ。 1対1の時はね。

だから きっと 大勢の中では
偉そうに見せたかったのかしら?

フフフフ…。
あっ そう。

でも なんだか あなたが
一番最初に おあげになった

50年以上前のお手紙やなんか
ずっと持ってらしたんですって?

そうなんです。 それ
見つけたかったんですけどね。

私が劇団に入る前に

「劇団民藝という所に
受験しようと思うんだけど

どうかしら?」
っていう手紙なんですよね。

うわー じゃあ 随分前よね。
そうです。 私 19の時ですよね。

女優になる前ですもんね。
ええ ええ。

そしたら どんな返事が来たのかは
忘れちゃいました。

私 それ
全然 取ってないんですよ

向こうから来た手紙を。 彼は
ちゃんと取っておいてくれて。

なんと お優しい…。
ねえ。

ねえ あなた。
なんて事でしょうね。

本当ね。 あっ そう。

それで 劇団に
まあ うまく合格してね

入ってからは だから ずっと
応援しててくれたんですけど。

そういう事で
辞めてくれっていうような…。

辞めないんだったら
結婚できないような事に

話が進んじゃったものですから。

なんとなく
ちょっと別れたんですよね

2~3年の間ね。 でも それは…。

こんな いいんですか? 私だけ…。
いいですよ

あなたのお話なんだから。
あの えっと…

『旅路』に出始めて
名前が出てきた時に

ちょっと驚いたらしいんですよね。
向こうがね。

あっ この人だとわかって。

それで 終わって ダービーが…

私 ちょっと おじさんが
馬の関係をしていたので。

そうなの?
ええ。

府中競馬場が修復で

今年は
5月にダービーができないで

7月になりますっていって。
「じゃあ ともゑちゃん

悪いんだけど 優勝した騎手」…

なんていうの? 「騎手の人に
花束を持って行ってよ」って

おじさんに頼まれたんで
「あっ いいですよ」なんて言って

「はいはい」なんて。
それで 行ったんですね 私は。

花持って。
花持って。

それで その府中を設計したのは
彼の会社なんですよ。

見に来てたんですね。
あなたが

お渡しになってらっしゃる
ところやなんかをね。

どこかで それを見てて

私に声をかけたわけでも
なんでもないんですよ。

で 後日 そこで見たって。

それで また交際したい
っていうような

そういう内容だったのか
なんか…。

電話が その時は
かかってきたのかな。

で また…。 ハハハハ…。

付き合うようになったんです。
あっ そう。

なんかね 理由がね

『旅路』っていうのに出てね
日本中の人気者になったのに

ちっとも
そういう感じがしなかったって。

普通の人みたいだったって?

まあ つらい話なんだけど

ご主人が がんだっていうのが
わかった時っていうのは

どんなお気持ちでした?

そうですね。 それが なんか

「えっ?」っていう
あんまり実感としてなくて。

最初 糖尿病が
ちょっとあるっていうので

検査で入院する
っていう事だったんです。

で その間 ちょっと 私
仕事があって 地方へ出ていて

2~3日して帰ってきて
「今 入院してる」って言って。

電話かけて 「これから
すぐ行くから」って言いましたら

「実は がんだ」って。 で 向こうも

「糖尿病のはずだったのに
“がんだ"って言われた」って。

「えっ?」って言って。

「今 病院に向かってる
タクシーの中だから」

「すぐ着くから」って言って。
それから 病室に入った時に

やんなっちゃったななんて感じで

向こうも
ケロッとしてるんですよね。

「ええー。 それで どうなるの?」
って言ったら

「手術するんだって」
って言うんです。

「いつ?」 何 何 何…。

「えっ だって その頃 私 きっと
芝居の稽古してる」って。

「それ 別にいいじゃないか」
っていう…。

へえー そんな…。
…でした。

で 直腸がんだったんですけど…。
あっ そう。

手術… でも それは 稽古中でも
立ち会う事ができました。

…しまして。
その時点で転移してました。

ああ そう。 つらいわね。

つらいですね。
その1年間は だから

本当に
つらかったんですけども。

そのあと 本当に
みるみる元気になって。

あっ そうなの?
はい。

もう仕事も だから 全然…。

お休みしないで?
しないで。 だから 亡くなるまで

社員の人たちは知りませんでした。

でも その間 あなた 随分
不在が多かったんですって?

そうでしたね 不在ばかりで。

でも その度に
手術が ぶつかったりする時は

たった1人 打ち明けた会社の方に
お願いして

全て あなたに
お任せするからって。

主人も 「おいおい 行ってこい
行ってこい」って言って。

なんか 悲壮感がないんですよね。

病院に行っても
いつも なんか書き物して。

で 今 それを読みましたら
全部 記録なんです。

こういうものを食べた
こういうものを食べた

こういう人が見舞いに来た
っていう そういう記録です。

ええー。
すごいですね それは。

それで 退院する。
ですから なんですかね

1年 入院してるとかっていうの
ないんですよ。

一番長くて
一月ちょっとぐらいでした。

あとは もう本当に
1週間か10日かぐらいだったので。

あっ そうなの。
はい はい。

だから まあ なんとなく
そんなに悪いっていう感じは…。

そうなんです。 私自身も
あっ 大丈夫なんだなって。

すごい運動してましたしね。

あっ そう。
ええ。

だから バスケットの方を
やってましたから すごく…。

あっ そう。
丈夫なんですね… 元々が。

でも あなたに
心配かけないようにって

もう とにかく…。
絶対 そうだと思います 私。

どこか痛かったりね
ご飯が食べられないとかね

まあ なんていうんですか

治療のあれで吐き気がするとか
絶対あったはずなんですよね。

そういうお話
たくさん聞きますでしょ。

なのに 「全然。
ううん 大丈夫。 全然」って

いつも言うんですよね。

えっ そんな事ないでしょ?
なんて こっそり こんなになって

なんか痛がってるかなって。
別に そういうのもなくて。

だから なんか 最後まで
そういうふうにしてくれて

私の事
思ってくれてたんだなって。

すごいわね。

きっと だって…。 あっ。

釣りなんかなさるの?
釣りが大好きで。

子供の時から好きだったんです。
これ 沖縄かな? 海は。

すごい長い魚があるもんだわね。
あれはタチウオですよね。

ええー。

私は付き合えないんですよ
船が全然 駄目なので。

だから これ もう 病気…
2~3年前ですよ。

最後 もう痩せちゃってて。
あっ そうなの。

ですから…。
でも お元気そうにね。

そうですよね。
ふーん。

いっぱい…。
ああ 若い時の。 やだ。

外国 いらした時? これは。
これ ニューヨークです。

ええー。

ヤンキースの
なんか 帽子かぶってて。

ええー。
30代の頃ですかね。

可愛いわね あなたね。

でも 随分 ご主人
背の高い方だわね。

あなた あんな高い所に
乗っかってんのに。

そうなんですよ。
80近くありました。

180…。
そうでしょ。

だから あなたが あんな高い所に
乗っかってんのに ご主人…。

男らしくいようと
なさった方なんでしょ?

もう全くそうでした。 もう…

全く…。

なんでも… 道を歩いてても
車の側にはスッと…。

そういう意味では
ジェントルマンで。

そうですよね。
エレベーターに乗るんでもサッと。

だから うちの劇団の男どもは

そういう事してくれないって
私が いつも…。

荷物持ってくれた時
驚いたんですって?

驚きました。 スッと手伸ばして
こうやって持ってくれたから。

「えっ?」って。 うちの劇団は
そういう事がないなと…。

まあね。 そうですか。

でも まあ 入退院の時にも
付き添えなかったし…。

本当ですね。

全部 自分でしましたね 彼はね。
全てを全く…。

それと
自分の思うとおりにしましたし。

で 1本も欠かさずに
私の芝居は見に来たし。

それ すごいわね。
それが すごいですよね。

でも いい旦那様ですよね。
そうですね。

本当に そう思いますね。 ええ。

でも あなた自身は
付き添えないなんていうのは

本当は つらかったんですって?

そうですね。
本当はね ずっといられたらね。

でも
「うるさい」って言うと思います。

そう。 フフフフ…。
「いいよ。 いいから帰れ」って。

フフフフ…。
きっと言ったと思いますね。

だから ご主人としては ちょうど
いい方にお会いになったでしょ?

あなたにね。
そうかもしれませんね。

やっぱり 物を作り上げていく…
両方とも。

まあ 向こうは形に残るし
私の方は 形には残らないけど

人のね 心の中に

ひょっとしたら
残ってくれるような仕事だから

苦しみとか そういうのは
お互いに わかりましたので。

そうですよね。

彼が「今度は こういうのだ
こうだ」って言うと

旅で行った時に
こっそりと見に行ってました。

なるほど。 いいわね それはね。

建物の場合とか
そういう建築はね。

そうですね。
見られるもんね。

何年か経った時に
「あの時 見といたわよ」なんて

そういう言い方しちゃうんですよ
私がね。

フフフフ…。
その時 すぐ

「見たわよ。 すごかった。
よかったよ」とかって言わないで

「見といたわよ」…。
フフフ…。

フフフフ…。
あっ そう。

優しい方なんだね。
そうですね。

今日 なんか 思い出の品を
お持ちくださったとかって。

あのね たくさんありましてね
困り果てて。

とにかく どこへ行っても
必ず お土産とか お洋服とか

みんな買ってくるんです。
本当に?

私 ほとんど
自分で買わないんです。

いいわね。
ちょっと ここに

不思議な物が出てきたんですけど
よろしいですかね?

ええ。
感謝状って… こんなのなんです。

あっ あなた
中園っておっしゃるの? 本名。

はい。 主人が中園といいます。

こういう…。
あら 出てる。 映ってる。

じゃあ ちょっと読んでくださる?

いや…。
なんて書いてあるの?

「感謝状 中園ともゑ殿」

「昭和五十六年七月二十七日に

ライオンズマンションのローンを
十年間 無事に払い続け

本日 完済致しました」

「これも 貴女の
日ごろの協力のおかげと思い

金一封を、添えずに
感謝状を贈ります」

「昭和五十六年七月二十七日
中園正樹」ハハハ…。

まあ でも
随分 ユーモアのある方だわね。

そうですね。

そうよ あなた
こんな感謝状 くださるなんて。

そうなんです。
それで すっかり忘れていました

こんな もらったの。
ねえ。

優しく 一生懸命
ちゃんと書いてくださって。

そうなんです。
だから マメでしたね

そういう意味ではね。
しかも

ローンが払い終えた時にね。
そうなんです。

どうも 恐れ入りました。

ご主人様も
ありがとうございました。

どうも ありがとうございました。
本当にね。

あなたは民藝にお入りになって
そうすると

ほとんど芸歴と同じぐらい?

そうですね。 58年ですか。

いやー
時の経つのは早いなと思って。

本当ね。

でも 今度 あなた
今まで北林さんが…

谷栄さんがやってらした役を
今度 おやりになるんですって?

そうなんです。
『泰山木の木の下で』という芝居で

宇野重吉先生が演出なさって
北林さんが主演なんですけども。

皆さんが 完璧な演出と
完璧な主演女優だったって言う…。

完璧っておっしゃるんですよ。
すごいわね。

で 1963年の時に
初演がされて

それから 40年間?
宇野先生が亡くなられても

北林さん
おやりになっていて。

90近くまでだったかしら 最後が。

ですから もう 敵いませんでしょ
そんなのね 完璧だったんだから。

もう開き直ってて。
しかも その37歳から

やってらしたわけでしょ?
北林さんは。

そうです。 だから もういい。
私は もういいって思って

一生懸命やればいいと
思いながらですね

『泰山木』は だから
ちょっと 頭痛の種。

なんで 「これ やる」って

「うん」って言ったのかなって
今…。

でも もう言った以上は
やらなくちゃと思ってますので。

また それは
旅にいらしたりなんかするの?

…と思います はい 皆さんが。

でも あれでしょ
ご主人がいなくなって

旅にいらっしゃると

気楽っていえば気楽だけど
逆に つらい… 思い出すでしょ?

むしろ いた頃の方が
気楽にしてましたので。

ねえ。 そうそうそう。

だから どうなんでしょうかね?

それから長い旅には出てないので。

なんとなく
どういうふうに自分が…

見てもらいたいなっていうのは…。
あっ そうね。

あっ 泣けちゃう 泣けちゃう。

それが一番残念ですかね。
全部 見てくださった方がね。

だから 特に『泰山木』なんかはね

見てもらいたいなっていうのは
どこかにあって。

そうですね。

でも なんか そういう事が…
色んな事 忙しくて

ご主人が亡くなった事を
悲しんでる暇もない

っていう感じも
あったんですって?

っていうよりも そこまで…
ある意味 変な言葉ですけど

犠牲を払って 彼は普通の奥さんを
もらわなかったから。

ねえ。 毎日 ご飯も食べさせて…
作ってもらえない。

それに 彼に
私は犠牲を払わせたんだから。

それで 今 ポンッて
辞めちゃったら意味もないから

逆に なんか 責任を持って

一生懸命
やらなくちゃいけないんだなって。

辞めるなんて
言えなくなっちゃったなって…。

あなた ここに
この前 いらした時

一番のメインは
80歳になったら女優を辞める

っていう話だったじゃない。
そうなんです。

それで 夫孝行しよう
っていう感じだったんですけど。

今は もう これ 辞めたら

なんだ 俺は
今まで苦労してって…。

でも まあ お元気で
お続けください。

はい。 ありがとうございます。
見せて頂きますので。

よろしくお願いします。
(拍手)


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