美の壺「レトロでモダン 京都の喫茶店」京町家や洋館をいかした喫茶店から、高倉健が通いつめた喫茶店まで…



出典:『美の壺「レトロでモダン 京都の喫茶店」』の番組情報(EPGから引用)


美の壺「レトロでモダン 京都の喫茶店」[字]


京都の観光スポットの中で、注目を集めているのが「喫茶店」。京町家や洋館をいかした喫茶店から、高倉健が通いつめた喫茶店まで、レトロでモダンな喫茶店の魅力に迫る!


詳細情報

番組内容

京都は、戦前から続くレトロな喫茶店の宝庫!▽有名喫茶店のコーヒーに、砂糖とクリームがあらかじめ入っている理由とは?▽学生街の老舗喫茶店、心地よさの秘密は人間国宝が手がけた「特製テーブル」▽芸妓・舞妓のコーヒーブレイクに密着!▽俳優・高倉健が通いつめた喫茶店の「特等席」▽京都でいち早くアフタヌーンティーを始めた、「明治の洋館」▽江戸時代の町家では、「清水焼」でいただく極上の一杯!<File491>

出演者

【出演】草刈正雄,田畑ゆり,花吉真侑,【語り】木村多江



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美の壺「レトロでモダン 京都の喫茶店」京町家や洋館をいかした喫茶店
  1. コーヒー
  2. 喫茶店
  3. マサオ
  4. 京都
  5. 昭和
  6. 建物
  7. 今日
  8. 清水焼
  9. 学生
  10. 稽古
  11. 芸妓
  12. 年創業
  13. 舞妓
  14. ツボ
  15. 一杯
  16. 空間
  17. 時代
  18. 常連客
  19. 創業者
  20. 当時


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ここだ。

懐かしいなあ。

あ~ これも懐かしいな。

携帯電話なんか ない時だもんね。
よく使わせてもらいました。

こんにちは。

えっ 誰も いないかな。


もしもし。

☎いや~ その声は
もしかしたら マサオちゃんか?

その声は… おかみさん?

国内外から多くの観光客が訪れる
古都・京都。

数ある観光スポットの中で
今 注目を集めているのが喫茶店です。

戦災を免れた京都には
戦前に作られた喫茶店が

当時の雰囲気のまま 残されています。

京都は コーヒーの消費量がトップクラス。

趣向を凝らした店が そこかしこに。

京町家を生かした喫茶店。

店主自慢のコーヒーは
清水焼で頂きます。

明治の洋館を受け継ぐ店では
こだわりのアフタヌーンティー。

稽古の合間の芸妓さんに舞妓さん。

そして 映画スターにも愛された
京都の喫茶店。

今日は その魅力を味わいます。

堺町三条で 70年以上
愛されてきた喫茶店があります。

広々とした空間を ぜいたくに使い
座席は ゆったりと。

2つの建物に 211席が設けられ
屋外には 庭を眺められるテラス席も。

ヨーロッパのカフェをモデルに作られた
一角もあり

皆さん お気に入りの席で楽しんでいます。

居心地の良さに引かれて通ううちに

客同士が 顔なじみになることも
多いのだとか。

もちろん コーヒーの味も
常連客が店に通う理由。

定番は あらかじめ 砂糖と生クリームを
入れたコーヒー。

創業者が 常連客の様子を見て
考えたのだとか。

創業者は コーヒー豆の卸売りをしていた
猪田七郎。

昭和22年に店を開きました。

食糧不足だった時代に 猪田は いち早く
本物のコーヒーを提供しようとしました。

コーヒーが うどんやラーメンよりも
高価だった時代。

一杯でも満足してもらえるよう
工夫を凝らしました。

その一つが コーヒーカップ。

保温性を高めるため
ぽってりと厚みのあるものを特注。

改良を重ねながら
今も使われ続けています。

軽食にも こんな仕掛けが。

運ばれてきたのは 銀色の洋食器。

陶磁器とは また違った特別感を
演出しました。

皆さん 開けた瞬間に わあって
そういうお声を頂きますので

私たちも開けがいがあるんです。

味もそうです。 雰囲気もそうです。

お客様が やっぱり いてても…

今日 一つ目のツボは…

京都は日本有数の学生街。

大学のそばには
学生行きつけの喫茶店があります。

こちらは京都大学の北門前に
店を構える喫茶店。

昭和5年創業。 当時と変わらぬ装いを
今も残しています。

京都市内にある 現役の喫茶店の中では
最も古く

90年近くもの間 学生の憩いの場として
親しまれてきました。

この日も友人同士 放課後に集まって
勉強する姿が。

ノートのかたわらには カフェオレ。

学校の図書館とかも よく使うんですけど
こっちとかに来た方が特別感というか。

アメリカから訪れた研究者も。

この店の代名詞とも言えるのが

学生たちのために作られた
テーブルと長椅子。

京都出身の人間国宝
黒田辰秋が手がけました。

大人数で使っても耐えられるよう

木材の中でも丈夫とされる
ナラの木で頑丈に作られました。

店の創業者が 大正13年にパリ留学。

その体験をヒントに 黒田に依頼しました。

テーブルと長椅子は 学生たちに大人気。

昔も今も教室さながらに
ゼミや研究会が行われてきました。

クリーム入りの優しい味のコーヒーと

ほんのり塩味のきいたパンが
学生たちを支えてきました。

昔からBGMも流してませんし

できるだけ僕らの方からも あまり
お客様には声をかけないように

その時間を無駄にしないようには
してますね。

学生街の喫茶店。
心地よい時間が流れます。

堪忍え。 ちょっと近所まで
用があったもんやさかい。

おかみさん!
わあ 昔と全然 変わらない。

あれ? マサオちゃん どこへ?

確かに あれは マサオちゃんの声や
思たんやけど。

あの… マサオです。

旦那さんも マサオさんどすか。
そらそら。

そやけど うちが捜してるのは

シュッとして モデルみたいな顔した
若~いマサオちゃんや。

若いマサオちゃん?

いややわ お水も出さんと
すんまへんなあ。

今 メニュー持ってきますさかい。

一体どういうことだ?

1970年。

鴨川と木屋町通りの間にある花街
先斗町。

そのそばに 昭和49年創業の
喫茶店があります。

花柄タイルのカウンター席。

こちらの常連客は…。

芸妓さんや舞妓さん。

こんにちは。
いらっしゃい。

歌や踊りの稽古に追われる芸妓さんたちが
合間を縫ってやって来ます。

私 おっきいコーヒー おたの申します。

うちは… バナナジュース。

おかあさん ソーダ。
ソーダ水 はい。

芸妓のもみ乃さんが注文したのは
豆を独自にブレンドしたコーヒー。

イタリア製のエスプレッソマシンで
一杯ずつ作ります。

45年前から変わらない
店の看板メニューです。

はい どうぞ。

こまやかな泡に覆われた
コクのあるコーヒーができました。

頂きます。
どうぞどうぞ。

マイカップを店に置く もみ乃さんは
踊りの名手。

次の稽古に向けての一杯です。

おいしい? よかった。

ほっこりします。
よかった。

ソーダを頼んだ舞妓の秀華乃さん。

先斗町の舞妓は
1人で喫茶店に行くことができません。

だから今日は おねえさんたちと。

6月から玉うさぎです。

喫茶店では ふだんの稽古では聞けない
アドバイスも。

頑張ってね 気張って大きい声で。
好きみたいね。

いつか こうなりたいなというね
憧れも あるやんね。

おかあさん コーヒー ブラックで。

今日 二つ目のツボは…

四条河原町に程近い
昭和9年創業の喫茶店。

ドーム型の天井や 装飾を施した柱など

イタリアバロック風に飾られた
レトロな空間。

店の一番人気はクリーム入りのコーヒーと
チーズケーキ。

この建物は 戦前の喫茶店を伝える
貴重な建築として

喫茶店では初めて
国の登録有形文化財に指定されました。

こうした装飾が施されたのは

太平洋戦争が始まる
昭和16年のことでした。

戦禍も激しくなると
店も休止に追い込まれますが

戦後 再びサロンとしての役割を担います。

集まったのは 文化人や芸術家たち。

俳優で演出家の宇野重吉も その一人。

店の定番メニューは
宇野が きっかけでした。

宇野さんだけは
いつも紅茶しか飲まれないんですね。

でもコーヒーって やはり苦いですよね。

時代ごとに 集ってきた人々の思いが
残されていました。

烏丸通りと紫明通りの交差点近くの
住宅街。

昭和41年創業の喫茶店です。

ここには さまざまな映画人たちが
集ってきました。

ここですね この席です。

この席を好んで座ったというのが…。

京都・太秦の撮影所で 任侠映画の撮影を
していた頃から訪れていたといいます。

撮影所から車で30分。

お目当ては このブレンドコーヒー。

染め付けのカップに注がれたコーヒーに
舌鼓を打ちました。

当時 アルバイトとして接客をしていた
店主の門田貞三さん。

サイフォンでいれた
軽めのコーヒーを好んで

必ず おかわりをしていたといいます。

喫茶店でコーヒーを楽しんでいる姿は

映画のイメージとは
また違っていたのだとか。

スタッフの方とか俳優さん連れてきたら
仕事の話か

まあ 聞き耳 立ててるわけじゃないし
分かりませんけど

まあ 一生懸命しゃべりはりますよ。

その後 京都での撮影は
減っていきましたが

事あるごとに店を訪れました。

それで最後でしたわ。

また来てもらえると思ったんですけどね。

亡くなって5年。

そこには今も
コーヒーの香りが漂っています。

お待ち遠さん ミックスジュースどす。

うん これ これ。 おいしい。

マサオちゃんもコーヒーが苦手やさかい

ミックスジュースばっかり
飲んだはりましたなあ。

京都で下宿してはった頃は
毎日のように通ってくれはったけど

東京へ行かはって
どないしたはんにゃろ。

マサオちゃん おかみさんのこと
忘れたりはしませんよ。

ありがとうって感謝してます。


東山区にある京都市最古の公園
円山公園。

その隣に明治42年に建てられた
実業家・村井吉兵衛の別邸があります。

「明治のタバコ王」と呼ばれていた村井は

この館を迎賓館として使い
各界の著名人を招きました。

その建物を昭和43年
喫茶店として使い始めました。

中でも人気なのが かつて応接室として
使われていた部屋で頂く

アフタヌーンティーセット。

村井が持っていた 皿を載せる
ティースタンドが残されていたため

京都で いち早く アフタヌーンティーを
始めたといいます。

この建物は戦後 占領軍に接収され
荒れた状態でした。

それを先代が 50年近くかけて修復。

明治期の姿を再現しました。

そして建物を残してゆく方法の一つとして
喫茶店を始めたといいます。

110年前の その時 伊藤博文公が
ここのお椅子に座らはったんかなとか

イメージとして思って頂けるような
という思いで

使わせて頂いております。

今日 最後のツボ…

かつて 清水焼の一大産地だった東山五条。

町家を改装した喫茶店があります。

中へ入ると柱や梁が そのまま残る
落ち着いた雰囲気。

もとは江戸時代後期に建てられた
築200年を超える町家で

明治以降は清水焼の窯元でした。

実家である この家の老朽化をきっかけに
4年前 喫茶店としてよみがえらせました。

うちの家も父の代から 山科の方に移って
作陶 今でもしております。

更地にして新しく作るというのは
簡単なことなんですけども…

かつて かまどがあった場所には
コーヒーの焙煎機。

自家焙煎したコーヒーは
父と兄が作った清水焼で。

コーヒー豆の個性に合わせた色と形の
カップで出しています。

コーヒーのお供は…。

旬の果物を使ったフルーツサンド。

清水焼の器とともに 目でも味わいます。

私自身も やっぱり清水の窯元の家で
生まれたもんですから…

200年の時を経て 受け継がれる空間。

新しい伝統の形が ここにあります。

実は 僕がマサオです。

あの… お客さん
一体 誰と話したはるんですか?

その電話 もう使てへんのに。

誰って おかみさんと話してんだけど…。

あれ?

2019年。

おかみさんって もしかして
先代のおかみさんですか?

あの世で ゆっくりしたはるはずやけど

お客さんと よっぽど話したかったんと
ちゃいますか?

頂きます。

♬~


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