ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 周防正行×舘野晴彦 新作映画「カツベン!」が公開。周防監督63歳が…



出典:『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 周防正行×舘野晴彦』の番組情報(EPGから引用)


[字]ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 周防正行×舘野晴彦


「シコふんじゃった。」「Shall we ダンス?」で日本アカデミー賞最優秀作品賞に輝き、まもなく新作映画「カツベン!」が公開。周防監督63歳が今こそ伝えたい事とは…?


詳細情報

番組内容

これまでに9本の映画を手掛けた映画監督、周防正行。信念は“自分が撮りたいモノを撮る”。これまで、日本アカデミー賞最優秀作品賞に2度輝いているが、いずれの作品も目の付けどころが秀逸だ。学生相撲に打ち込む若者の情熱を見つめた「シコふんじゃった。」。中年男性が人生を見つめ直すハートフルコメディー「Shall we ダンス?」。この作品は、日本アカデミー賞で13部門を独占し、ハリウッドでもリメイクされた不朽の名作だ。

番組内容2

そして、まもなく5年ぶりの新作映画「カツベン!」が公開される。今作でテーマにしたのは「活動弁士」。映画に音が付いていなかった時代、流れる映像に台詞や解説を付けた、いわば喋りの職人だ。周防は、活動弁士の生き方を通して、日本映画がどのように発展してきたか…最初の一歩を描きたかったという。映画監督歴35年。63歳になった今だからこそ伝えたいことがある。

出演者

【ゲスト】周防正行(映画監督)

【インタビュアー】舘野晴彦(編集者)

次回放送予定

次回12月7日(土)は、騎手の武豊に、編集者の舘野晴彦が迫る!お楽しみに!

番組概要

様々なジャンルで時代を切り開いてきたトップランナーたち。彼らはどのようにして“新たな時代の扉”を開いてきたのか?人間洞察のプロのインタビュアーによって、知られざる「裸の履歴書」が明かされる!!

番組ホームページ

<番組ホームページはこちら!>

www.bs-asahi.co.jp/interview/

制作

BS朝日、テレビ朝日映像



『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 周防正行×舘野晴彦』のテキストマイニング結果(ワードクラウド&キーワード出現数ベスト20)

ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 周防正行×舘野晴彦
  1. 映画
  2. 本当
  3. ハハハハ
  4. 活動弁士
  5. 世界
  6. 面白
  7. 本木
  8. 最初
  9. 役所
  10. 一緒
  11. 周防
  12. 映画監督
  13. 時代
  14. 自分
  15. 日本
  16. サイレント映画
  17. ダンス教室
  18. 監督
  19. 嫉妬
  20. 芝居

『ザ・インタビュー~トップランナーの肖像~ 周防正行×舘野晴彦』の解析用ソース(見逃した方はネタバレ注意)


解析用ソースを読めば、番組内容の簡易チェックくらいはできるかもしれませんが…、やはり番組の面白さは映像や音声がなければ味わえません。ためしに、人気のVOD(ビデオオンデマンド)サービスで、見逃し番組を探してみてはいかがでしょうか?

☆無料で民放各局の動画視聴ができるTVer(ティーバー)!まずはココから!

他にも、無料お試し期間のあるVODサービスが増えてますので、各社のラインナップを調べてみるといいかもしれませんね。

↓テレビ朝日関連商品

〈映画を撮る上で

母校の大学から
大きなヒントをもらったそうだ〉

どうも こんにちは。
(舘野)こんにちは。

なんか 改めて
こうやってお会いすると

ちょっと照れくさいです。
照れくさいし

まあ 随分 こう
見た目 変わったんですけど…。

その頃の事 思い出すから。
なるほど。

『シコふんじゃった。』の相撲部も

ここがモデルでしたよね?
モデルです。

あれ 「教立」って…。
そうですね。

立教大学のキャンパスで
相撲部。

要するに 本当に 立教大学で
やろうと思っていったら

立教大学のほうで

立教大学って わかる撮り方を
しちゃいけない

っていう時代だったらしくて。
はあ~。

だから 断られちゃって。

で ちょっと あの… 若気の至りで
ちょっと ムッとして。

名前 ひっくり返しちゃえ!
って思って

教立大学にしちゃったの。
そういう事だったんですか!

そう。 それで…
それ 面白かったんですよ 実は。

だから すごい…
それが いいきっかけになって

慶應大学でも防衛大学でも

全部 名前
ひっくり返したんですよ。

その後ね。
で 日本医科大学っていったら

「本日医科大学」になっちゃって
これ 面白いっつって。

思わぬところからね。
そう! 本当に。

そういう意味では 感謝しなきゃ
いけないかもしれない。

そんな発想なかった。

♬~

〈日本アカデミー賞
最優秀作品賞に

2度輝いた映画監督 周防正行〉

〈35年間 信念は揺るがない〉

〈学生相撲に打ち込む
若者の情熱にフォーカスを当てた

『シコふんじゃった。』〉

〈痴漢の冤罪事件を題材に

刑事裁判の危うさに斬り込んだ

『それでもボクはやってない』〉

〈そして 人生を見つめ直す

中年男性の心の声をすくい取った

『Shall we ダンス?』〉

〈作品は 日本アカデミー賞で
13部門を独占し

ハリウッドで
リメイクもされている〉

「駄目よ お父ちゃん。
死んじゃあ嫌」

「お父ちゃ~ん」
…で

梅子と俊太郎の驚いてる顔
ぐらいで おしまいです。

〈5年ぶりの新作も
目の付けどころが秀逸だった〉

〈『カツベン!』は

日本映画の草創期を支えた
活動弁士が主人公〉

〈映画に まだ
音が付いていなかった大正時代〉

〈流れる映像に
セリフや解説を付けた

いわば 喋りの職人だ〉

「キクは生きてはいけません」

「おおい 野郎ども!
やっちまえ!」

〈活動弁士に憧れる青年を
演じるのは

注目の若手俳優 成田凌〉

俺に代わりを務めさせてください。

昔から
山岡先生のまねが得意でしたんや。

馬鹿野郎!
余計な口 挟むんじゃねえ。

沢井松子いう名前や…。

〈活動弁士の生き方を通し
描きたかったのは

日本映画が
どのように発展してきたか〉

(拍手と歓声)

ホトトギス。 愛と誠の…。

〈63歳になった今だからこそ
伝えたい事がある〉

ほっ ほっ ほっ ほっ
ほっ ほっ…。

アイター! イター!

〈映画に焦がれた 男の思い〉

はい。

♬~

♬~

♬~

向こうから なんか…。

パッと見たら
「あっ! 役所さんだ」。

ちょっと いつもと違う…。
違うんですよ 全然!

僕のイメージの役所さんと違って

「うわ くたびれてる…」って…。

もう 役所さんには
失礼なんですけど。

もう 実は お話しする前に…。

♬~

仕事部屋が隣同士なんです。

で 彼女も… ああ見えて
ずっとパソコン使ってて

「ねえねえ!」って言うんですよ。

「ねえねえ!」って…

ハハハハ…。

ある時から。

今は 何があっても なんか

「おっ これぞ 草刈民代!」
なんて思いながら。

♬~

原作もの 多すぎないかと。

もうちょっと…。

そうじゃないと…。

嫉妬する監督は
いらっしゃいますか?

ちょっと 世代 一緒ですけど

ずっと顔なじみで
仲も良かった

ああ 今 世界のね…。
そうそう。

俺 大正時代の日本で
「カツベン!」っつってる…。

ハハハハ…。
いやいや いやいや…。

改めましてよろしくお願いします。
はい よろしくお願いします。

周防さん 机の上に
カメラ置いてありますけど。

これは あれですよね?
はいはい。

常に 持ち歩いて
らっしゃるんですよね?

まあ ずっと同じじゃなくて…
でも これ 長いかな?

結構… 数年 持ち歩いてますけど。

ちなみに 今 チラッと

モニターで
ちょっと見せてもらって

どんなのが写ってるのか
見てもいいですか?

これ 教室。
もう すでに ここを…。

教室の様子。
なるほど~!

こういうとこ 入ったっていう。

で これ さかのぼってますからね。
はい。

これ メイクしてもらった
部屋の様子。

スナイダー館ですね。
これ スナイダー館の外観。

で これは撮ってもらったんです。
舞台あいさつ。

へえ~。
…は預けて。 こんなふうに。

これ 時折 見返したりする事も
あるって事ですか?

えっとね
これを見返そうっていう時は

やっぱり 映画のシナリオとか
書いてる時に

なんとなく 「あっ あんな景色
見たような気がする」と思うと

その写真 探したりするんですよ。
ああ。

で 「あっ!」って
意外な写真を見つけて

「そうだったよな…」とか
こう 感慨に…。

そうか。 その途中でね

また 貴重な写真が
見つかるって事ですか。

そう。 だから それを よく
人に説明するのに

皆さんも 部屋とかを掃除してて

机の奥に ちょっと折れ曲がったり
茶色くなった写真見つけて

「えっ?」と思って見ると

「うわ! あの時のだ!」っつって

思い出が
バーッと広がりませんか?

(2人)ハハハハ…!

なるほど。 納得。

〈1956年 神奈川県川崎市で育つ〉

〈国鉄に勤める父は

東海道本線の運転士だった〉

〈人一倍 正義感が強かったという
少年の夢は

プロ野球選手になる事〉

〈スワローズに憧れ

ファン歴は 50年を超えている〉

当時の… あれは誰ですか?
あの… ヒーローは?

えーとね 僕がね…

実は 国鉄スワローズファン
なんですけど。

なんで 明確に
国鉄スワローズっていうか

スワローズを応援しようと
思ったかっていうと

やっぱり どう考えてもね…。

で なんで
それを覚えてるかっていうと…。

そうか。 許せなかったわけですね。
許せなかったの。

もう すっごい卑怯者に見えて。

「弱いチーム捨てて
なんで強いとこ行くんだ!?」。

だから そういう正義感ですよね。
そうですね。

だんだんわかってきました
正義感の感じ。

それで もう スワローズ…

熱狂的スワローズファンに
なりました。

映画との接点というのは
いつ頃…?

小学校2年生の時にですね

学校で ある文部省推薦の
文芸大作の招待券。

割引券じゃなくて招待券だったと
思うんですけど

それを先生が
「みんな この映画 いいからね

観に行ってください」って
渡されたんですね。

で 子供たち同士で
観に行ったんですよ

新丸子文化劇場。

そしたら 併映が
なんと 『モスラ対ゴジラ』だった。

ハハハハ…。 怪獣だ…。

そう。 そっち 先に観たの。

そしたら みんな 興奮して

その 観なきゃいけない文芸映画
観ずに帰ってきちゃった。

そのあとの事 覚えてないんです。

学校で 先生に なんて言ったか
覚えてないんだけど

それで はまったんです 怪獣映画。

あっ そうなんですか。
本当に はまりました。

それから
怪獣映画の追っかけに始まって

それは 『ゴジラ』だけじゃなくて
『サンダ対ガイラ』とか。

『フランケンシュタイン』とかね。
あったな~。

そういうのを
追っかけで観るようになって

そしたら 今度は ある時に

その怪獣… 東宝とだから
多分 『ゴジラ』だったんですけど

映画 『若大将』だったんですよ。
おお~。

『海の若大将』 『エレキの若大将』
『ゴー!ゴー!若大将』とかね。

…だったんです。 そしたら
『若大将』に はまって。

えっ 周防さん
『若大将』に はまったんです?

はまったんです。
へえ~。

で 母親の名前が
澄子っていうんですけど

あの… 星由里子さんがやってた
役名が 澄子さんだったんです。

澄ちゃん 澄ちゃんって…。
そうなんです。 そうなんです。

で 母親も
それ観に行くの 好きだったんで

一緒に行ってもらったんです。

あっ お母さんとも
仲良かったんですね なんか…。

そうですね。 母親は
めちゃくちゃ優しい人だった。

もう
何やっても怒らないっていうか。

お父さんは怖い人?
怖かったです。

やっぱりね… 少年飛行兵で
戦闘機乗りだったんです。

で 帰ってきて

国鉄で東海道線の
特急 運転してて。

お召し列車 運転して。
ああ そう。

で 途中で
国鉄がJRになる前に

なんか 色々
職場のあつれきがあって

もう国鉄 辞める!
って辞めて

今度
自動車の免許 取りに行って。

どういう免許の取り方?
みたいな。

飛行機 列車 車ってさ
そんな履歴の人 いないでしょ?

〈2年の浪人生活を経て

1977年 立教大学に入学〉

〈映画評論家 蓮實重彦と出会い

運命が動きだす〉

〈目からうろこの講義に
衝撃を受け

映画監督になろうと決めたのだ〉

1年生の時の教養課程で

「蓮實重彦」っていう
名前を見つけて

「映画表現論」っていう。

で 最初の授業で
蓮實先生が言ったのは

「私は この授業を
10年やってます」と。

「ただ 残念ながら
まだ この教室から

映画監督が
1人も誕生しません」。

「ぜひ この中から 映画監督

なられる方がいると
いいと思ってます」

っつって 始まったんですよ。
最初に?

そう。 で 蓮實先生の授業って

その時 映画館で公開されてる
映画をおっしゃるんですね。

で みんな 観に行くでしょ。

で 次の週の頭に
必ずされる質問が

「何が映ってましたか?」
っていう質問。

「何が映ってましたか?」って
言い方…。

で 大体
最初に みんな 当てられると

「SFXが素晴らしかった」
とかって

口走るわけですね。
はいはい。

そうすると 蓮實先生が…
「SFXがすごくて…」

「あっ あれは

SFXだったんですね」って
聞くの。

「はい」って言う。
「どこでわかりましたか?」って。

「あっ そういうふうに
プログラムに書いてあって…」

「あっ あれ 本当に

円盤が飛んでたわけじゃ
ないんですね」って言うんです。

あとは 「こうこう こういう事を

監督は伝えたかったんだと思う」
って言うと

「それは どこに映ってましたか?」
って言うわけですね。

はあ~。
で ちょっと絶句するわけです。

で 言うべき答えは
本当に何が映ってたかなんですよ。

「円形の物体が
どこそこの上空を飛んでいる

っていう姿が映っていました」。

…が いい答え? ちゃんとした…。
そうなんです。 本当に映ってた…。

で そんな授業 繰り返してるとね

難解な映画って
この世にないんですよ。

ゴダールの映画 観たって

「何が映ってましたか?」って
聞かれれば

「黒い画面が何十秒 映ってました」
とか。

「兵士が
行ったり来たりしてました」とか。

そう! だから 要するに

映画を観るって
まずは そういう事でしょ

っていうのを ずっと
言われてた気がするんですよ。

それで じゃあ その授業を受けて
ますます 映画が…。

もう それを受けて…。

っていう発想に
なっちゃったんです 僕は。

はあ~。
自分が観たいものを撮る。

そういう事で 要するに
哲学とか 背景があって

何かを組み立てるんじゃなくて

観たいものを撮るっていう
発想だと

なんか 僕でも
撮れるのかもしれないと思って

8ミリフィルムのカメラを
手にするんですね。

大学2年生の終わりぐらいかな。

〈学生時代
巨匠・小津安二郎を敬愛した〉

〈最初に観た作品は
笠智衆が演じる

孤独なサラリーマンの
日常を見つめた

『秋刀魚の味』〉

小津安二郎監督は よく

周防さんがお好きな事
有名ですけど どこが…?

映画が始まって しばらくして

この映画
ずっと終わらないでほしいと

思ったんですよ。
はあ~。

へえ~。

しばらく 笠智衆のように
なりたいと思ってました。

ハハハハ…。

要するにね…
要するに 映画に感動したとか

やられた! じゃないんですよ。
はい。

あの中に
あの登場人物と一緒に…

例えば おじさんたちが
飲み屋で馬鹿話して

女将さん からかったりしたり

友達をはめたりしながら
笑い合ってる。

そのカウンターの横っちょにいて
ずーっと聞いていたい。

こう
スクリーンのこっちじゃなくて

あのカウンターに座って

「ああ この人たちのお話
聞いていたい」みたいな感じ。

一番 ひかれたのは
『生れてはみたけれど』っていう

サイレント映画。 小津さんの
サイレント映画の名作 観て

これ 衝撃でした。

あの世界にいたいとかって
いうんじゃなくて すごいって。

サイレント映画で
こんなに完璧に

あの時代の空気とか

あの子供たちのたたずまいとかが

もう全部 こう いとおしく

ガーッと入ってくるって
すごいなと思って。

情報が少ないわけですもんね。
少ないですよ。

でも 突貫小僧っていう
弟役の

青木富夫さんっていう人の
たたずまいとか

すっごい いい
悪ガキなんですよ。

彼を大好きになって…。
で 話 飛ぶんですけど…。

あっ そうなんです?

青木富夫さんを
竹中さんに投影して。

へえ~。

〈監督デビューは
ピンク映画だった〉

〈大杉漣主演の
『変態家族 兄貴の嫁さん』〉

〈そう決めた周防は

大胆にも ピンク映画に

小津安二郎の演出を取り入れた〉

〈例えば オープニングの富士山〉

〈タイトルの書体も小津調だ〉

〈どこか わびしい
飲み屋のたたずまいに

徹底したローアングルでの撮影〉

〈さらに 抑揚のない会話まで〉

旅行 行けばいいのに。

会社 忙しいんだって。

真面目だな。

本当。 くそ真面目。

かわいそうに。

〈周防によれば この映画は

小津が撮った
『晩春』の続編らしい〉

これは 『晩春』で
原節子さんが最後のシーンで

笠さんに 「結婚したってね
最初から幸せじゃないんだよ」

「母さんだって 最初は 台所の隅で
いつも泣いていた」って

原さんが
そうやって言いながら

嫁ぐところで終わるわけですね。

で 嫁いだ先が
変態の家族だったっていう

話を作っちゃったんです。

もう とんでもないですよ。
ハハハ…。

「お前 何考えてんだ!」みたいな。
小津さんに対しても…。

そう。 それを 全編

小津調といわれるようなもので
撮り上げちゃったんで

センセーショナルを巻き起こし…。

まあ センセーショナルって…
本当 片隅ですけど。

当時の蓮實先生の
影響力って すごくて

それで まず
学生がピンク映画館に行き。

業界関係者がピンク映画館に行き。

で ピンク映画の館主が
配給元に電話してきて

「いつもと客層が違うんだけど」
って言ったっていう。

ああ そうなんですか。
ちょっと あれですけど

大杉漣さんも
ずっと長いですよね。

『変態家族 兄貴の嫁さん』の
主役です。

それは 現場で
助監督と主演俳優っていう形で

僕は付き合いが始まったんです。

で 僕が『変態家族』撮る時に

笠さんの役を… 漣さんだ!
と思ったんです。

本当 老け役で まさに…

まさに笠智衆さんですよね。

大杉さん… この番組にも
出て頂いたんですけど

本当に
あのまま 穏やかな感じの…。

そうなんですよ。 同じです。

僕 もう 助監督時代から
怒られた事ないし。

大体ね 役者さんに…
こっち 何も知らないから

怒られる事があって。
それで覚えていくんですけど。

漣さんって 本当 穏やかですよ。

怒鳴る事もなかったし
本当に いい方で。

で 『変態家族』の主演の時も

実は なんか
息子さんが ちょっと病気で

大変な時期だった事
あとで知るんですよ。

うわ~ もう 本当に
申し訳ないと思いました。

残念ですよね。
残念ですよ。

足をね こうやって やってると

フィルムを
踏みつけにしてるみたいで…。

なるほど。
なんか 映画への愛情が…。

全く感じられない?

じゃあ こっちにしましょうか?
ああ そうですね。

はい よーい… はい!
(カチンコの音)

(成田)ありがとうございました!

〈周防が 初めて
一般映画を撮ったのは 1989年〉

〈32歳の時だった〉

〈アイドルから俳優に
転身したばかりの

本木雅弘を主演に起用した

『ファンシイダンス』だ〉

〈本木は これが映画初主演〉

〈演じたのは

ロックバンドに打ち込む
寺の跡取り〉

〈実家を継ぐため
修行に励む役どころだった〉

〈本木とは 3年後

『シコふんじゃった。』で
再び タッグを組む事になる〉

〈まわしなど
巻いた事のない学生たちが

弱小相撲部で奮闘する
青春コメディー〉

〈稽古を重ね 次第に
本気になってゆく若者の思いを

スクリーンに映し出した〉

〈この作品で 周防は

日本アカデミー賞
最優秀作品賞を受賞する〉

〈本木を
連続で主役に選んだのには

訳があるそうだ〉

『ファンシイダンス』は じゃあ

どこから そうやって
繋がってくるんですか?

えっとね これはね
磯村一路監督。

『解夏』の監督ですよね。

…に 僕 相談したんですよ。

「なんか 面白いものって
ないですかね?」って言ったら

磯村さんの奥様が
漫画を好きな方で

その中で
『ファンシィダンス』っていう

岡野玲子さんが描かれた

お坊さんの
すっごい面白い漫画があるから

これ どう? って見せられて
見たら

「わっ 撮りたい」って
思った理由が

スキンヘッドの若者
100人ぐらいの後頭部

引きで撮りたい。
ハハハ…。

それが初動っていうか…。

それで お坊さんの世界の
取材を始めたんですよ。

鶴見の總持寺に
毎朝 通ったんです。

朝のお勤めが美しいんです。

飽きないですよ。

こっちが気おされるぐらいの
なんか…

本当に きれいな目をしていて。

で 彼らの その動き。
はい。

朝のお勤めの時の彼らの動きとか
本当 きれいなんですよね。

こんなフォトジェニックな人たち
いないと思って。

で この漫画を原作に撮ろうと
思って シナリオ書いた。

モックンですよね?

名のある人に 片っ端から
20代の… 連絡して。

ああ 当たったんですか?
当たったんです。

「スキンヘッドになれますか?」
「スキンヘッドになれますか?」。

そしたら 本木雅弘さんが
「スキンヘッドになれます」。

おお~。
で 本木さんなんですよ。

だから
そんな… 慎重に何かでとか

本木さんには申し訳ないんだけど

あなたしか いなかった
みたいな…。

そってくれる人が…。
いなかったんです。

で 一緒に仕事したら
これが素晴らしかったんですよ。

何がって
あんなに立ち姿が美しくてね

引きで 立ってるだけで
持つ画を撮れるって

なかなか いないんですよね。
ああ~。

で うわ~ いい人だなって…。

ただ 本木さんを想定して
書いてないっていうか。

現場で感じた 本木さんの良さって
いっぱいあったんで。

次も なんか 本木さんで
できないかなって思ったんです。

で 『シコふんじゃった。』で

今度は 本木さん主演で
何がいいだろう? と。

要するに 若い女性が
やっぱ 映画館 来ないと

映画 ヒットしないっていう
時代が…

まあ 今でも変わらないのかな。
そういう事だったんで

なんとかして 若い女性が…

「モックン見たい!」っつって
来るには

どうしたらいいだろうと
思って…。

本木くんを裸にしようと
思ったんです。

でもさ
ベッドシーンで裸になるなんてさ

当たり前すぎて
面白くないじゃないですか。

裸に 絶対
ならなきゃいけないもの

あるかな? っつったら

相撲だったんです。

わかりますね。
そのとおりです。

で 大相撲の新弟子とか
どうだろうって

可能性 探ったんですよね。

周りが… プロの相撲取りを
用意できないっていうか

プロの相撲取りな体形の人を…

しかも 芝居ができて…
ハリウッドじゃないんだぞと。

ハリウッドだったら
1~2年かけて

体 作っていって
っていうふうになるじゃない。

でも 日本映画に
そんな財力ないから。

いや~ 困ったなって時に…。

あの…
ニュースかドキュメンタリーで

立教大学 相撲部 見ちゃうんです。
ああ~。

「ええ~!」って びっくり。

それで その日 初めて
まわしを締めた学生が

国技館の土俵に上がる。
フフフ…。

「おいおい」って。 それって

その日 初めて
ボールを持った人が

甲子園のマウンドに上がる
ぐらいの衝撃じゃないですか。

で 学生相撲を
見に行ったんですよ。

それも 弱ーい大学たちの。

これが面白かった。 すごい!

もう みんな 必死なんだけど

必死さ故に おかしいって事が
いっぱいあるじゃないですか。

ワーッて やってて
どっちかが 土俵際で小手投げ…

まあ こう 逆に押さえられて

投げられようとすると
頑張っちゃったんですよ。

投げられまいって。
一生懸命だから。

そしたら
パキンって音がしたんですよ。

そしたら 土俵下にいた関係者が
「折れたな」っつって。

ハハハハ…。

「嘘!?」とか思って。
そのまま救急車ですよ。

言っちゃ悪いけど 面白いですね。
やっぱり それ。

そうなんですよ。
すっごい世界だと思って。

だから 「あっ! これだったら

本木くん オッケーもオッケーだ」
と思って。

それで
学生相撲で本木雅弘っていう。

そっからなんですね。
そうなんです。

〈1996年 40歳を目前に

人生を変える作品を生み出した〉

〈役所広司と草刈民代が
主演を務めた

『Shall we ダンス?』〉

〈平凡なサラリーマンが

美人講師目当てに
社交ダンスを習い始め

深みにはまる
ハートフルコメディー〉

〈映画は大ヒットし

日本アカデミー賞で
13部門を独占〉

〈ハリウッドでも
リメイクされている〉

〈ヒロインの草刈と
結婚したのは

公開の2カ月後だった〉

一歩 電車を降りたら

人生が もしかしたら
変わるかもしれない。

あの踏み出した勇気で…。
そうなんです。

だから 観てる人が

ああ 人生って 変えうる瞬間は

すごく身近なところに
あるかもしれないって

あんなに わかりやすく
メッセージ性があって

それで楽しくて。

あのビッグプロジェクトは
どんな感じで…?

えっと 東横線…
子供の頃は ずっと東横線で

こう 駅 止まるじゃないですか。

で 僕 本当
ずっと窓の外 見てる…。

今みたいにね スマホみたいに
見るもんなかったから。

窓の外 見てて
ある駅で止まった時に

目の前に
「ダンス教室」っていう字が。

切り文字で 窓に貼ってあるの
見えたんですよ。

ああ そういえば
駅のそばの雑居ビルって

昔から ダンス教室あったよな
と思って。

じゃあ 例えば この窓に

美しい人が たたずんでいたり
美しく踊ってたりしたら

あっ いいな…。

まさに あの一歩ですよね。
そうなんです。

で じゃあ
ダンス教室の取材してみようって。

社交ダンス
何も知らなかったから。

それで取材を始めたんです。

で ダンス教室へ行くと

すっごい怖い先生が
中年の男女を

叱るようにして教えてるっていう
教室もあったんです。

その時に 踊ってる人で

もう これ 今 出してもね

誰も知らないって
言うかもしれないけど

「由利徹さんが たくさんいる!」
って思ったんです。

え~ いや わかりますよ。

舘野さんの世代
わかりますよ。 でも…。

由利徹が たくさん…。
すごいんですよ。

要するに 特に
ラテン踊ってる男性は

もう みんな
由利徹に見えるし。

で 竹中さんの ああいう こう…
なっていくわけですね。

そうなんです。
はあ~。

で 本当に皆さん
楽しんでらっしゃるんですよ。

一生懸命なんですよ。
いとおしいんですよ。

いいな~と思って。 こんな日本人

みんな知らないだろうと思って
あのお話が…。

だから 本当に
サラリーマンの冒険物語です。

本当に
窓辺に たたずむ美女を見て

「あっ あのダンス教室…」と思って
降りちゃって

で のぞいてみたら 行きがかりで
習う事になっちゃって

ダンス教室の先生に
癒やされていく

っていうような…。
はあ~。

あの… 草刈さんの第一印象って
どう…。

こんなに近寄りがたい人はいない
と思いました。

なんかね 半径5メートル以内に
行けないようなムードがあって。

あっ ぴったりだと思ったんです。
もう だって

主婦と
これだけ違う雰囲気って…。

出せない…。
それが大事なんですよ。

だって サラリーマンが見上げて
「ああ いいな」って思うのは

やっぱり異次元なんですよ。

それで 段差があって
見上げるんですけど。

自分と違う世界の人っていうのが

ひと目会った時の印象だから

この人 すごいなと思って。

いや この人… 近づけないって
思ったのが 第一印象です。

役所さんは どうでした?

役柄的な事とかも含め。

あっ 役所さんは まあ
一緒に会社やってる磯村監督から

役所広司さん いいんじゃない?
って言われたんですよ。

でも 役所広司さんの
イメージって 侍…。

なんか ニヒルなというか
かっこいいというか

渋いというか
そういう侍に見えちゃって

それって
サラリーマンになるのかな?

…って思ったんですね。

で 渋谷にあった
事務所のエレベーター…

まあ 事務所に 時間どおり行って
エレベーター乗ったら

向こうから なんか 中年の
おじさんが乗ってくるんですよ。

パッと見たら
「あっ! 役所さんだ」。

ちょっと いつもと違う…。
違うんですよ 全然!

僕のイメージの役所さんと違って

「うわ くたびれてる…」って…。

もう 役所さんには
失礼なんですけど。

なんか その…
哀愁漂う感じっていうのがあって。

いや 失礼だな 俺。
役所さんになんて言おうか…。

で もう 実は お話しする前に

それ見て
「いける!」って思ったんですよ。

へえ~。

何が功を奏するか
わからないですね。

それで お話しして

そして 髪形とか
色々 決めていくじゃないですか。

あとで…
終わってから聞いたんですけど

髪形 すごい抵抗があったって。

こんな ださい格好は
したくないみたいな

抵抗 あったらしくて。

〈2019年 周防は新作で

日本映画の草創期に目を向けた〉

〈舞台は大正時代〉

「どうした?
元気がないじゃないか」

〈音のない映像に
セリフや解説を付ける

活動弁士の物語だ〉

アルマンがささげるがごとき
愛である。

おい 弁士! 聞こえへんぞ!

黙って聞け!

いよいよ 『カツベン!』のお話を
伺いたいんですけど

これは楽しい…。
楽しかった?

…ですね。
これね…。

ハハハハ…! 本当ですか?
はい。

実は この映画こそ
初めてのチャレンジで

企画 脚本
初めて自分じゃないんです。

片島章三さんって…

『それでもボクはやってない』
っていう まあ 苦しい映画から

一緒に お仕事してくれてる人
なんですけど。

彼が 「こんなシナリオ
書いてみたんですけど

読んで頂けますか?」って
渡されたのが最初で。

それ読んだら…

活動弁士って 本当に…。

なんでかっていうと

僕自身が
活動弁士を無視してたんですよ。

無視って どういう事ですか?

さっき 小津安二郎の

『生れてはみたけれど』って
サイレント映画 観た時に

素晴らしいと思ったでしょ。

サイレント映画っていうのは
サイレントで観てこそ

監督の伝えたい世界が
わかるんだと。

なんで そこに
見ず知らずの他人が

セリフまで言い 状況説明までし

で 楽士が
頼んでもない演奏するんだ。

う~ん そうですね。
…って思ってたら

日本って…。

で そこから ずーっと
スクリーンのとこに人が立って

色んな説明をし続けてたんですよ。
へえ~。

だからね
日本で映画を撮るっていう事は…

日本で映画を撮った監督は
前提条件として

自分の作った映画は 必ず

楽士の音楽と 活動弁士の説明が
入るって

知ってて撮ってたんです。
ああ そうなんですか。

ああ~。
だとするなら…。

うわ~…。
知らなかった。

そうなの。 だから…

ほぼ 30年ぐらいなんですけどね
サイレント映画の時代って。

その30年間 本当に 日本では

あの活動弁士が
支えてたんですよ。

お客さんを
楽しませてたんです。

その事に気付いたの
ちょっとショックでした。

なんで そんな

日本映画史にとって
欠かせてはいけない人たちを

無視してたんだろうと。

その知らない世界が やっぱり
今回も色々わかりますね。

わかりました。
撮りながら わかりました。

例えば 映画に音がなかった時代の
映画館って

こんなに
にぎやかだったんだって。

つまり 活動弁士が登場するだけで
拍手と歓声。

で 映画が始まって
盛り上がったところで

弁士に 「日本一!」とか
かかったりとか。

で 逆に 活弁 つまんないと
「引っ込め!」とか。

活動弁士が怒って
喧嘩にもなったりする。

なんか 映画に音がなかった時代の
映画館って

やっぱ ライブパフォーマンスの
会場だったんだ。

まず 活動弁士自身が

自分で台本書くんですね
映画 観て。

で 喋ってみて ウケないと
変えていくんですよ。

で その日の客層によっても
違うから

途中で喋り方 変えたりとか
色んな工夫しながら

一回一回の 喋りのパフォーマンスの
勝負だったんです。

だから
寄席芸人に近いんじゃないか…。

そうですね。 へえ~。

そうやって 活動弁士さんたちが

一回一回のライブで
観客を盛り上げていく。

で 映画が音を持った瞬間

観客は黙って映画を観るって
マナーを身につけるんですよ。

ああ~ そうか。

これがね 発見。

わっ こうなんだなと思って。

お前。
えっ?

お前じゃなくて。
お前は何ができるんだ?

はい。 活…。
雑用だよ!

呼び込みも売り子もいねえから
猫の手も借りたいくらいなんだ。

ちょうどよかった。

〈映画初主演の
成田凌が演じるのは

活動弁士を夢見る青年〉

いっ…!

何すんだ!? 助けに来たのに!
あんた…!

〈やがて 才能が花開く〉

女の二人連れ。

「拙者には そなたが必要だ」

「それは本当なの?」

「ああ 本当だとも」

「それが本当なら
もう一度おっしゃって」

「何度でも言ってやらあ。
俺の女になれ!」

(笑い声)
「あなたは誰?」

また…。
むちゃくちゃ やりやがる。

フフフフ…。

主役の成田さんは素敵ですね。
もう いい存在…。

活弁を あのレベルまで
上げてくれた あの喋り。

クランクイン前から言ってたんですね。
クランクイン前っていうか

オーディションで
成田さんに決めた時から

成田さんには言ってたんですけど
この映画で 初めて

活動弁士の喋りを聞く人が
ほとんどなんだ。

その時に
「なんだ この程度か」と。

「そんなに面白くないじゃないか」
って思われたら

この映画は成立しない。

だから…。

おお~。
…ってプレッシャーをかけて。

ああ じゃあ それに応えた?
応えました。

応えてくれました。
ちょっと びっくりしました。

クランクイン直前ぐらいに
1回…

まあ ずっと
時々 様子は見てたんですけど

聞いた時に
「やっぱ ここまでかな…」

「まあ でも 合格ラインギリギリで
驚くまでじゃないよな」

って感じだったんですよ 実は。

でも クランクインしてから
1カ月 まだ あったんですよ

喋りのシーン 撮るまで。

その間 彼は 俊太郎という役で

竹中さんと芝居したり
えりさんと芝居したり

色んなベテランの俳優さんと
芝居してるじゃないですか。

その間も
ずっと稽古 続けてたんですよ。

そういう事があったからなのか

実際 活弁の喋りをやる
本番のテストの時に

じゃあ 喋ってみようか
っつったら

すっごい うまくて
びっくりしたんですよ。

グーンと…。
いつ こんなに うまくなったの?

役者さん魂…。
びっくりして。

だから ああ もう 活弁について
俺 何も言う事ないやと思って。

他の芝居の演出 頑張れば
これ 成立するわと思って。

もう 僕は 他の芝居の演出だけを
考えればいいや

ってなったんですよね。

はい よーい はい!
(カチンコの音)

涙に暮れるカロリン。

彼女は オーレスに近づき そして

「私には あなたしかいないの」。

「もう 我慢できない。 早くして」
(観客の笑い声)

「他の男にも
同じ事を言ってるくせに!」

「手紙を見つけたんだよ!」
「えっ 手紙?」

周防監督の考える
いわゆる主役像というか

主役に求めるもの
みたいなものは…?

まず 僕が好きになれるか
っていうの すごく考えます。

今回の『カツベン!』も
成田さんにしたのは そこで。

成田さんが この役をやったら

僕は 多分
好きになれるだろうと

思ったんで 選んでるんですけど。

結局 振り返ってみるとね

会った瞬間
決めちゃう人もいたし

熟考の上 理屈で考えて
決めた人もいるんですけど

でも 最終的には
やっぱ その人を

僕は この映画の中で愛せるか
っていうのが やっぱ大きいかな。

ああ わかりますね。
ヒーロー ヒロインに関しては。

〈映画監督 周防正行〉

〈世界的バレリーナだった
草刈民代と結婚して

もう 23年になる〉

〈体調管理を徹底した生活に

初め 戸惑う事も多かったそうだ〉

草刈さんがバレリーナで
大変だったと思うんですけど

今 振り返ってみて
どんな感じの生活でしたか?

えっ でも 楽しかったですよ。
振り返っちゃえば。

(2人)ハハハハ…!

いや でも
最初は やっぱ異文化交流。

今 振り返ると
まさに異文化交流で

「これは修行だ!」と。
ハハハハ…!

俺は 草刈民代さんのおかげで
人間が大きくなった気がする。

ハハハハ…。
そういう感じ。

だって…。

それも
「クーラー嫌いの僕だったから

よかったね」っつったぐらい。

信じられないですよ。

夏場… 夏場
本当に窓 閉めきってるんですよ。

開けないですよ 窓すら。

それ もう 体のためですよね?
はい。 すごいですよね。

喧嘩したりする事は 何度か
たまに あるんですか?

昔は よくありましたよ。
それこそ 異文化交流だから。

そうか。

最初は笑い話のように

「民ちゃんって ぱなしなんだね」
とか言ってたんだけど

本当にね… ぱなしなんですよ。
「ぱなし」っていうのは?

開けっぱなしとか
つけっぱなしとか。

うん なるほど。
放りっぱなしみたいな。

今日も 朝ね 歯磨きのチューブを
ピュッと見せたんですよね。

ふたがない状態で
置いてあったんですよ。

「開けたら締める」って
言ったんだけど

もう これ
そういう時期 乗り越えてるんで

笑い話のように言ってますけど。

あとはね…
仕事部屋が隣同士なんです。

で 彼女も… ああ見えて
ずっとパソコン使ってて

「ねえねえ!」って言うんですよ。

「ねえねえ!」って…
用事があるほうから来いよ。

ハハハハ…。
「なんで俺が呼ばれるんだよ」とか

「話があるんなら
そっちから来いよ!」とか思う。

…っていうんで
喧嘩になる事はありました。

だけど…。
今は もう…。

言ったでしょ? さっき。 修行。
ああ そうか。

そうか そうか。
こういう生き方してきたし

こういうふうに生きてる人なんだ
っていうのが

「面白いな」と思えるようになった
ある時から。

今 何があっても なんか

「おっ これぞ 草刈民代!」
なんて思いながら。

〈映画監督になって 35年〉

〈長く その世界を
見てきた者として

近頃の日本映画界に
思うところがあるようだ〉

映画も今 活況を呈して 色々…。
はいはい。

新しいシステムも出てくるし

どんなふうに
ご覧になってますか?

まあ 技術革新の歴史なんだよね
映画って。

だから 今 映画館へ行っても
スクリーンによっては

上映のタイプが
違ったりするじゃないですか。

えっ 4D? …とか。
そうですね。

あと この間 驚いたのが
スクリーンの横に こう

白い壁なんですけど
そこにまで はみ出て 画を映す

っていうタイプの
上映があったりとか。

もう 訳わかんなくなってて。

もう 少なくとも
映画の定義が変わってしまってる。

まあ スマホでも観れる
時代なんで。

壁に上映して
みんなで一緒に観るっていう

それが崩れ去っていくんだろうな
って中で

日本映画で一番
ここ最近 思ってたのは

やっぱ 原作もの…
それがヒットしたり

漫画の原作も
小説もありますけど

原作もの 多すぎないかと。

もうちょっと オリジナルで…。

そうじゃないと なんか…

なんか 映画の世界観が
小さくなっていくような気がして。

だから 去年
『カメラを止めるな!』とか

出てきた時は
よかったなと思いました。

ああいう若者が オリジナルで
ああいうものを作って

それが面白いっていう 口コミで
あそこまで広がるって

ああ なんか まだ

面白い事 新しい事やると
観客は観てくれるんだ

っていうのを実感させてくれて。

だから 『カメラを止めるな!』は
本当に よかったなと思う。

嫉妬する監督は
いらっしゃいますか?

嫉妬するの…?

まあ でも
ちょっと 世代 一緒ですけど

ずっと テレビマンユニオンで
顔なじみで 仲も良かった

是枝さん やっぱり嫉妬しますね。
(2人)ハハハハ…。

ああ 今 世界のね…。
そうそう。

やっぱり それは嫉妬しますよね。

あんなふうに
世界に出ていくっていう…。

あの
世界に出ていくっていう感覚

僕 『Shall we ダンス?』
やってるけど ないですから。

『Shall we ダンス?』って
極めて日本的な映画で

日本で閉じる映画だと
思ってたんですよ。

で 外国に向けて…

外国の映画祭で
みんなに観せたいって

あんまり 映画
作ってこなかったんで。

是枝さんって 1本目から
その意識が強かった人。

よくやったなと思いますよ。
俺 怖くて できないですよ。

ハハハハ…。

いや すごいなと思いましたよ。

ちょっと嫉妬しますよね それ。
そっか。

俺 大正時代の日本で
「カツベン!」っつってる…。

ハハハハ…。
いやいや いやいや…。

〈周防正行は

これまで9本の映画を
世に送り出した〉

〈63歳になり
いや応なく考えてしまうのは

この先の事〉

今まで だから 本当に

自分の撮りたい映画
っていう時に撮る

っていうスタンスで
やってたから

本当に 期間が
結構 長く空いたんですけど。

自分の年 考えると
もう あと何本撮れるかなって

なっちゃったんですよね。

なるべく 次の映画にいく
タイミングを早めたいと。

だから
今まで 面白いなと思ってて

ほったらかしてた企画とか

あの時 考えてて

何かがわからなくて
止めてしまったものが

今の僕だったら
なんか見つけられるかもしれない

とかって
最近 思い始めたんで。

少し 昔の企画にも
目を配りながら

また それでも
現実の世界で驚く事があったら

それをやりたいっていうふうに
やっぱ思うんですよね。

え~ それ すごく…。
今後の… 今後の…。

みんな 期待しますよ。
気持ち。

そっか。

やっぱり 人間って
限りが見えてくると焦るんですね。

〈映画監督 周防正行が
今 思う事〉

はい。 「あるがままなり」。

『ファンシイダンス』って映画
撮り終わったあとに

色んなとこで
サインする機会があった時に

「あるがままなり」って書いてたな
っていうのを

さっき思い出したんですよ
『ファンシイダンス』の話 しながら。

やっぱり もう
あるがまましかないっていうのは

今でも 確かにそうだなと
思ったんで

一般劇場用映画デビュー作から

あるがままなりにしようと思って
書きました。

〈その道を信じて
進めば

やがて 開眼の時が
訪れる〉


関連記事